100分de名著 アレクシエーヴィチ(3)「時代に翻弄された人々」[解][字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

100分de名著 アレクシエーヴィチ(3)「時代に翻弄された人々」[解][字]

旧ソ連では「兄弟姉妹よ」との掛け声のもと女性たちの愛国心も鼓舞。だが彼女たちを待っていたのは戦後の厳しい差別だった。人間が国家や制度の犠牲になっていく構造とは?

番組内容
旧ソ連では数多くの若い女性が自ら志願して戦争に行った。その背景にはスターリンによる愛国主義の高まりがあった。男女同権の理念を高らかに歌い上げた旧ソ連では「兄弟姉妹よ!」との掛け声のもと女性たちの愛国心も鼓舞された。だが彼女たちを待っていたのは戦後の厳しい差別だった。男と同じく銃を持って戦ったのに英雄視されたのは男だけ。そればかりか帰還した女性兵士は「戦地のあばずれ、戦争の雌犬め」と蔑視される。
出演者
【講師】東京外国語大学大学院教授…沼野恭子,【司会】伊集院光,安部みちこ,【朗読】杏,【語り】加藤有生子

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 文学・文芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
趣味/教育 – 生涯教育・資格

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プロパガンダに愛国心を鼓舞され
戦場に向かった女性たち。

しかし 戦後に彼女たちを待っていたのは
耐え難い侮辱でした。

「戦争は女の顔をしていない」。

第3回は
時代に翻弄された人々の悲しみから

国家が 個人に犠牲を強いる構造を
見つめます。

♬~
(テーマ音楽)

♬~

「100分de名著」 司会の安部みちこです。
伊集院 光です。

さあ 「戦争は女の顔をしていない」を
読んでいます。

まあ 70年以上前の戦争ですけれど
証言が 一つ一つ リアルで

生々しく感じますよねえ。

ほんとに無知で
知らなかったことも多いので

何か 改めて
震える感じの本ですね。 はい。

指南役は ロシア文学研究者の
沼野恭子さんです。

よろしくお願いします。
お願いいたします。

100万ともいわれる ソ連の女性たちが
自ら兵役を志願した背景に

何があったのか
ということなんですけれど

彼女たちの愛国心をあおる 宣伝活動が
あったということなんですよね。

いわゆる プロパガンダですよね。

まあ これが国じゅうにあふれていた
ということになりますね。

プロパガンダの一つが
兵役を呼びかけるポスターです。

キャッチフレーズ
「母なる祖国が呼んでいる!」。

「ローヂナ」というのが
「祖国」

そして 「マーチ」は「母」ですね。
お母さんのことなんですね。

ローヂナもマーチも 両方とも
ロシア語の文法でいいます 女性名詞と。

そして この絵ですよね。

母である この祖国を守るために

つまり 母を守るために戦争に行こうと
呼びかけているわけです。

母が祖国ということは

プロパガンダ上の父親は
こちら スターリンだったわけです。

これは
優しい父親というイメージを作るために

さまざまなところで
当時 使われた写真なんですよね。

1936年に撮られた写真なんですけれども

ブリヤートの代表団の人たちが来た時に

少女を抱き上げた この写真が

表情が やわらかくて

優しいお父さん的な顔に
なっているために…

…というスローガンが言われたんですね。

しかし まあ この当時というのは

スターリンが もうほんとに
ひどい粛清を行っていた時なんですね。

なので 片方では血生臭い粛清を行い
そして 片方では

このようなイメージ創出をしていた
ということになるかと思います。

さあ こういったプロパガンダを

女性たちは
どう受け止めていたのでしょうか。

「戦争は女の顔をしていない」から
読んでいきましょう。

朗読は 俳優の杏さんです。

「母なる祖国」のポスターの原型は

既に ロシア革命の時に作られていました。

…と 赤軍への参加を呼びかける
ポスターの構図は

「母なる祖国」と よく似ています。

こちらは「君は前線のために何をしたか?」
と呼びかけるポスター。

親しい相手に使う
「ティ」という二人称で

犠牲的な行為を呼びかけています。

こうした呼びかけに鼓舞され
人々は 戦場へと向かったのです。

歌も プロパガンダの手段として
使われていました。

♬~

1941年6月。

ドイツが ソ連に侵攻した2日後に
歌詞が発表された 「聖なる戦争」。

戦況が厳しくなった秋になると

毎朝 必ず
ラジオで放送されるようになりました。

さまざまなメディアを通じて

人々は 戦争協力をするように
しむけられていったのです。

このプロパガンダの影響というのは
戦後も続いたんですか?

ソ連という国自体が
ロシア革命以来ですね

ずっと そうしたスローガンですとか
プロパガンダを

駆使してきた国だというふうにも
言えると思うんですけれども

人々が その 自分の生活も青春も
全て そうしたイデオロギーと

まみれていたといいますか
関係していたわけですから

なかなか それを手放すというのも

難しかったというところが
あるかと思います。

戦勝国ってなっちゃうと
より難しいですよね。 そうですね ええ。

それを否定するわけには
いかないわけですから

日本のように
その 全てを まず断ち切って

そして 新しく始めよう
というわけではないですよね。

「戦争は女の顔をしていない」の中にある
一つの証言ですね。

共産主義を運用した人が悪いのだと。

共産主義という思想自体は
正しかったのだという

こういう人たちが多くいました。

それは
戦争とか 大きな出来事がなくても

僕らは あの とかく 自分が
一番 活動的だった時代を振り返って

あの時代はよかったって
まあ 言いがちだなとは思うんですよね。

だって 今 例えば これだけ否定されても
スパルタで しごかれた時代のことを

「あれは よかった」って

何とか くぐり抜けちゃった人は
まあまあ 言いがちだったりするんで。

ソ連が崩壊して
まあ 資本主義になりますけれども

その資本主義の荒波に ついていけない
人たちが 多くいたので

その人たちからすると ソ連時代の方が
年金もあったじゃないかと。

最低限の生活が
保障されていたじゃないかという。

そうすると ソ連時代に戻った方が
いいんじゃないかと考える人たちが

一定の数 いるということは
まあ 理解できますよね。

ちょっと ここで 一つ ご覧頂きたい
数字があるんですけれども。

これ 先生 何の人数ですか?
はい。

これは まあ ソ連の 推定される
戦死者の数ということになります。

で これ 非常に多い数だということは

例えば ドイツでも

440万人から 550万人ぐらいというふうに
いわれているんですね。

なので 一桁違いますよね。

4~5倍ですよね。
桁違いと。

僕が無知なのも そうですけど

ここまで桁違いに 戦死者が多かった
イメージが あまりなかった。

今 大体 これくらいでしょうというのが
この数字になります。

こうやって ほんとに かろうじて

ファシズムに まあ勝った
ソ連なんですけれども

その 捕虜になった人たちが
ソ連に帰ってきますよね。

その人たちのことを 普通だったら

「よく帰ってきた」と
迎えるはずのところを

今度は 自分の ソ連の中の収容所に
送り込むことになるんですね。
はい。

国のために戦い 捕虜になった人々を
帰国後に待っていたのは

過酷な収容所でした。

戦中から スターリンは
そう公言していたのです。

アレクシエーヴィチが
初版時に削除した部分には

捕虜になることより 死を選んだ
兵士がいたことを示す証言があります。

日本も 戦争の時は 捕虜になって
辱めを受けるぐらいだったら

自害しろっていうことを
言ってたわけで

そこに関しては
まあ すごく似てるところと。

更に大事なのは そのペレストロイカで
やっと発行できた時にも

これは 切られてたってことですね。
そうですね。

これを載せちゃったら
恐らく発行できないって考えて

切ってたものを
後に復活させてるってことですね。

今も おっしゃって下さったとおり
長いこと これ タブーだったんですね。

まあ 収容所に送られた人が
解放されることは解放されるんですね。

それは スターリンが亡くなるのが
53年なんですね。

そして スターリン批判が 56年。
その辺りからです。

しかし そのあとも ずっと
この問題は タブーとされていて

アレクシエーヴィチですら
この本の中に

書きたくても
書き込めなかった部分なわけですよ。

まあ 救われない話ですよね。

終われば 勝てば 何とかなるんだろうって
まあ思いますわね。

で その結果 これですからね。
帰ってきて これ。

でも これ
男性兵士で この扱いということは

女性兵士は やはり
もっと ひどい扱いですか? そうですね。

女性たちにとっては むしろ

その収容所よりも
もっと ひどいことがありまして

それは 社会から受けた差別なんですね。

これは 第2回目の時に
ちょっと お話ししたことなんですけど

建て前としては ソ連では 男女は平等
ということになっていましたよね。

ところが 社会規範として 女は女らしく
良妻賢母であるべきだという

非常に まあ 言ってみますと

家父長的な社会規範というのが
強いんですね。

それで 戦争から戻ってきた
女の人たちに対して

傷ものですとか あばずれですとか

そういった ひどい言葉を浴びせかける
ということがありました。

男の子のような刈り上げ頭で

第一線の部隊で戦った
射撃兵のエカテリーナ。

戦後に待っていたのは

近所の既婚女性たちからの いじめでした。

投げつけられたのは ひどい侮辱の言葉。

その後 復員してきた司令官と
結婚しましたが

1年後 夫は
別の女性のもとへと去っていきました。

勇敢に戦ったエカテリーナを
傷つける言葉を残して…。

こういうことは 普通に今の日本でも
起きてるような気がして。

仕事を持ってるお母さんと
専業主婦のお母さんの対立とか。

何か もしかしたら その大本のところに…

かなり 同性から ひどい扱いを受けたと
いうのが事実なんですか? そうですね。

何しろ
死者が多かったので 先ほど見たように。

ああ なるほど。
ああ 戦後。

そうすると 女性たちが
男性の取り合いになるという

そういった側面もあったと思いますね。

まあ 旧価値観みたいなもの
消えないじゃないですか。

なかなか消えないから。

僕 この意地悪を言ってるように
聞こえる人たちも

何か 多分 戦争中に
すごく後ろめたかったりとか

居心地 悪かったりということは
あったと思うんですよね。

要するに…

男の言葉で 女性たちをいじめてしまう
ということも

あったのではないかなと思います。

そしてですね そんな女性たちを
戦場で共に戦った男性たちが

守らなかったという趣旨の証言があるので
そこを読んでみましょう。

戦地では違ってたんだよというのも また
悲しいひと言ですねえ。

そうですよね。 一緒に
銃をとって 戦った人たちですから

それは ほんとに
全く平等だったはずなんですよね。

ところが 帰ってきたら
彼女たちのことを守ってあげない。

下手すりゃ 人間の嫌なとこ
全部 出る感じの…。

まあ プロパガンダ的な
公式の言葉に対して 本音ですよね。

それが いかに異なっていたか
ということではないかなと思います。

なので ほんとに 使い捨てというと
言葉が悪いんですけれども…

で その悪い方向に行ってることを
なかったことにするためには

一番 手っとり早いのが 女性兵士が
口をつぐむっていうことっていう。

…ということが
だんだん 経験上 分かってきますよね。

そうすると だんだんだんだん…

でも そうなると 事実は 世の中には
出ていかないわけですものね。

ものすごく
不平等感が強かったと思いますね。

自分たちも半分は 勝利は女性のものと
言ってもいいわけですけれども

そういうことを 全く…

さあ では 女性兵士たちの存在を
タブーにしてきた原因でもある

初版時の検閲官の言葉を
読んでいきましょう。

共産主義の理想のもとで語られてきた
「大きな物語」が

人々を鼓舞してきたことは事実です。

しかし一方で そうした「大きな物語」から
こぼれ落ちてしまう

「小さな物語」が 無数にありました。

アレクシエーヴィチは言います。

そして その二つの顔は

一人の人間の中にも
存在すると分かるのが

ニーナの証言です。

ニーナは アレクシエーヴィチに

たくさんの「小さな物語」を
語ってくれました。

軍から支給された袋をほどいて
スカートを作ったこと。

大尉を 「おじさん」と呼んでしまったこと。

そして
戦場で 「好きだ」と言われた男性のこと。

アレクシエーヴィチは そうした
エピソードをまとめて 原稿を書き

彼女に送りました。

数週間後 重たい書留が送られてきます。

入っていたのは 新聞の切り抜きと

彼女の「愛国的な仕事」についての
公式報告書。

そして アレクシエーヴィチの文章が
ほとんど残っていない

ずたずたに削られた原稿でした。

それを受け取った衝撃を
アレクシエーヴィチは こう振り返ります。

このニーナさんは
アレクシエーヴィチとは

文通をするほどの仲に
なったそうなんですけれど

それでも ああいうものを
送り返してくるということは

見せたい姿は これじゃないという
メッセージですか? そうですね。

もう何か そのニーナさん自身が
検閲官のような形ですよね。

自分の言ったことを 何か 検閲して

公式の文章を送ってくるわけですから
新聞の切り抜きとか。

自分自身の言葉を隠して
イデオロギーに満ちた言葉だけで

自分のことを見てくれと
言っているわけですから…

すごく残酷なのは
プロパガンダみたいなものって

どこからどこまでが
人の手によって 洗脳されたもので

どこからどこまでが
自分の考えなんだ みたいなことって

もう 分けられないじゃないですか。

何だろうね この人間の複雑さ。

そして まあ 時代が こう進んできますと
証言者の方が変わってくるわけですね。

心情が変わってきて
「戦争は女の顔をしていない」が

ドラマ化されたりするという
ニュースを聞くと

実は あの時 話せなかったけれども

もっと こんな話があったというような
手紙が来たりしますね。

徐々に変化をしていくわけです。

ですから ペレストロイカという時代を
非常に象徴したような本になっていると

作品になっているというふうに思います。

いや 第3回まで終わりましたけど
伊集院さん いかがでしたか?

戦争において
「女性らしく」という言葉は

実は ちょっと 女性に対する決めつけが
入ってたりもするわけですよ。

でいて
もっと 今の考え方になっていくと

また 言うべきことも違うのかな みたいに
いつも揺れてるんです。

何か 最終的に 4話終わったところで

あ こういうことを
この本は言ってるんだとか

そういう判断が出せたら みたいなのも
ちょっと思ってますね。

沼野さん
次回も よろしくお願いいたします。

よろしくお願いいたします。
お願いします。

♬~