逆転人生「下町工場が奇跡の再建!せんべい兄弟の大逆転劇」[解][字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

逆転人生「下町工場が奇跡の再建!せんべい兄弟の大逆転劇」[解][字]

黒沢かず子も涙!東京の下町、倒産寸前のせんべい工場を再建した若き兄弟の物語。亡き父が残した秘伝のせんべいを守る!金なし経験なしのふたりが繰りだす逆転の一手とは?

番組内容
数千万円の負債を抱え倒産寸前だった下請けのせんべい工場が、オリジナルブランドのせんべいで大ヒットを飛ばしている。駅ナカに出店すれば若い女性たちが大量購入!一流旅館とのコラボも話題だ。奇跡の復活劇を成し遂げたのは、元サラリーマンと元フリーターという異色の兄弟。先代の父を若くして亡くし、せんべいのノウハウもない中、わずか1年で工場を再建した。兄弟を逆転に導いたのは、亡き父が残した“あるもの”だった。
出演者
【司会】山里亮太,杉浦友紀,【ゲスト】(有)笠原製菓社長…笠原健徳,(有)笠原製菓重役…笠原忠清,【出演】長田庄平,黒沢かずこ

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
バラエティ – トークバラエティ

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今日は 何の変哲もない この一枚の
せんべいに起こった大逆転劇です。

せんべい?
はい。

日本中のサラリーマンたちが行き交う…

そのせんべいは 前代未聞の売り上げを
あげていました。

都心で 新規開業した高級旅館は
目玉の一つとして

オリジナルせんべいの開発を
依頼しました。

…いらっしゃいます。

絶品のせんべいを
生み出すのは

東京の下町にある…

営むのは
ちょっと髪形が気になる この兄弟。

確かに…

朝ごはん 食べてるの?

せんべいを焼くのは 弟。

実は 8年間 フリーターでした。

かつて 工場は…

更に 2人は せんべい作りの経験も
ありませんでした。

「逆転人生」のスタートって感じしますね。

ド素人の兄弟は…

すいません…。

2人には ある逆転の原動力がありました。

下町せんべい兄弟が起こした

奇跡の物語です。

私の家は 祖父の代から続く
せんべい工場でした。

割れが多いな…。

おい! ほれ!

私と兄の大好物は…

(父)うめえか?
おいしい!

そのせんべいには
こだわりが詰まっていました。

生地は 精米度の高い米を使い
雑味を そぎ落としたもの。

そして 味の要は

この…

コクのある醤油に

ザラメで
まろやかな甘みを加えた…

祖父の代から…

私には 「秘密の味わい方」がありました。

それは…

2度漬けデビュー 早いすっね。
この年で これを。

でも やっぱ それが おいしいんですよ。

このとき 工場は順風満帆。

父が作る せんべいは

銀座や浅草の老舗に卸す
高級品でした。

オリジナルのブランドってわけじゃ
なかったんですね。
(健徳)下請けですね。

朝から晩まで せんべいを焼き続ける父は
私たちにとって あこがれでした。

ところが 私が中学生になったときの
ことでした。

父は くも膜下出血で倒れました。

(黒沢)
そっかぁ 若いのに…。

手術で 一命は取り留めましたが

この日を境に
父の生活は変わっていきました。

(叔父)いいって。

父は 体を動かせるまで
回復していましたが

持病があったことから 母は…

(黒沢)15か…。

すると…。

(母)お父さん。
何だ?

ちょっと! 昼間っから飲んでるの!?

いいかげんにしてくださいよ。

分かった!
薬が効かなくなるんだから。

ダメだって!
何すんだよ!

酒瓶を取り上げても

今度は 工場で料理酒を見つけて
飲み始める始末。

あこがれた父の面影は…

消え去りました。

俺の金で買ってんだ!

おい 2人ともやめろって!

いいかげんにしろよ!

おやじ もっと
しっかりしてくれよ…。

ちくしょ~!

2年後 父はアルコール依存が原因で
46歳の若さで亡くなりました。

そのとき 私は まだ18歳。

工場を継ぐ器量もなければ

覚悟も持てませんでした。

そりゃそうでしょ。 18じゃ。

工場は 親戚に任せ
フリーターの道を選びました。

しかし 8年後。

そのときは 突然やって来ました。

職人の一人が退職したため
家族から 工場に呼び戻されたのです。

せんべいは 機械が勝手に
焼いてくれると思っていましたが…。

どうです?

これじゃ 硬すぎだよ。
すいません…。

私は 少しずつ せんべい焼きの奥深さを
知っていきました。

焼く前の生地の乾燥が わずかに甘いと…。

硬ぇ…。

まるで生米を焼いたような…

そんな差が出るんですか?
(長田)難しいもんなんですね。

焼き加減が 少し強いだけで

「割れせん」が多くなり
商売 あがったりです。

くっそ~。

更に その日の天候に応じて

焼き加減や乾燥の具合を
変えなければいけません。

しかし 格闘を始めて半年余り。

徐々に その仕事の楽しさを
感じるようになっていました。

そして このとき 工場に立てなくなった
父が なぜ酒におぼれたのか…。

その理由が分かってきました。

(黒沢)ほう~ 理由があったんだ。

体調が悪くても
やりがいだった せんべい作りを

少しでもやらせてあげれば よかった。

後悔…。

すいません…。

父に報いたいという気持ちが

せんべいを作り続ける
私の力になりました。

(忠清)これは どうですか?

できたか?
はい。

うん! いいんじゃない? やったわね!

よし!

しかし
時代の不運な波が 私を襲いました。

長引く経済の低迷で 一箱 数千円もする
私たちの せんべいは

次第に売れなくなったのです。

今月も厳しいな…。

小さな町工場の弱みにつけ込む
取引先も現れました。

(叔父)もしもし。

いつも お世話になっております。

秘伝のレシピを譲れば 見返りとして
次の仕事を回すと持ちかけられたのです。

いやぁ これ怖いな。
(長田)厳しいっすね これは。

(叔父)
はい 分かりました。

えっ どうすんの?

忠清…

えっ でも うち自慢のタレなんですよ。

こうでもしないと生き残れないんだぞ!

それでも教えちゃダメですって!

(ため息)

しかし 大口の取引先を失ったツケは
あまりに大きいものでした。

そっか。 それじゃあ もう
取り引き やめようってなったんだ。

私が継いでから5年以上 低迷が続き

売り上げは 最盛期の
1/5にまで落ち込んだのです。

いやぁ~。 なかなかなことですね。

何でも 黒沢さんが
このご兄弟が焼く せんべいの

大ファンだということなんですけども。

最初は テレビ番組のロケで お邪魔して。

ご兄弟で お父様から受け継いで
やられてるっていう

そこまでは分かってたんですよ。

でも まさか
こんな物語があったなんて。

気軽に うまいなんつって
食べてたのがね なんか。

(笑い声)

(長田)味かみしめながら。
重すぎますね ちょっと。 (笑い声)

でもね 忠清さん 始めたときは
素人同然でしょう?

あっ そうですね。

どっかで修業したりとか
そういう期間も設けなかったんで

ほんと飛び込んでいった感じになります。

気候によって なんかこう
変えなきゃいけないとか

乾燥度によってとかって。

それは やりながらで やっぱり

失敗を重ねて
何がいけないんだろうって考えると

やっぱ そういう ほんと
ふだん気にしない部分が

すごい影響してるんだなっていうのが
分かりましたね。

こんなにも すごいこと 自分のお父さん
やってたんだなっていう。 そうですね。

そして 長田さんはね
実家が工場を経営されてるってことで。

僕のも ちっちゃい町工場なんで

結構 うちのおやじも結構 飲んべえで

結構
ブワーっていうときが あったんですよ。

当時は もう 何や こいつと
思ってたんですけど。

うちのおやじが おじいちゃんから
その町工場 継いだばっかりだったんで

やっぱ
ちょっと不安定なときだったんで

まあまあ そういう気持ち…
あふれてたんだろうなっていうのはね

今になって分かりますけど
当時は もう分からないですよね。 はい。

実はですね 今日 お父さんが
入院中に書いていた日記も こちらに

お持ちいただいているということで
健徳さん 紹介していただけますか。

こちらですね。

おやじが亡くなった年

入院中の病院で書いてた
日記になりまして

なぐり書きのような形なんですけど
ほんと こういった。

わあ なんか…。

「おわり」。

(健徳)亡くなった
ときに見たときは…。

お酒をやめるっていうことに

思ったんですけど。

おせんべい 焼き続けてきて
自分の居場所がなくなって

病院で一人
孤独に最期を迎えるっていうのが

ちょうど その入院して亡くなった年
っていうのが 46なんですけど

同じ年齢になって ほんと今 僕が

この年で
死を受け入れられるかといったら

とんでもない
想像できない つらさですし

もっと おやじに
できることあったんじゃないかなと。

(忠清)僕は その当時

毎日 家庭の中で
トラブルを起こしてっていう。

父親に対しては やっぱり… まあ

ひと言で言えば
ほんと嫌いだったんですけど。

やっぱり
父親が亡くなって 同じ仕事に就いて

一人で
つらいときに出てくるのは やっぱり

父親の背中になっちゃうんですよね。

その
出てくれることが 僕自身は やっぱり

工場では
孤独を感じなくなる瞬間でもあるので

続けられる原動力は やっぱり

父親ではありますね。

大きい存在でありますね。

ありがとうございます。 そんな
ほんとにね いろんな思いのあるノートで。

でもですよ まだ工場は大ピンチ。

このとき あれ? まだ お兄さん
全然 出てきませんけども

お兄さん 何やってたんですか?

あっ 僕はですね
あの 別の業界で

デザイン関係の
仕事をしてまして

家業には
ノータッチだったんですよ。

けど ちょっと まあ
あることを きっかけに

困ってる弟と
一緒に やることになりました。

今から7年前。

当時 サラリーマンだった私は
家族に呼び出されました。

(健徳)で 話って何?

実は…

営業を担当していた…

売れ残った商品が増え続け

工場の負債は
数千万円に膨らんでいました。

絶体絶命の危機を前に
私の口から 思わず出てきた言葉は…。

負債を なんとか返済するために

私は 取引先との契約を見直すことを
始めました。

大変 申し上げにくいのですが
卸値の見直しをしていただけないかと

本日は ご相談にあがりました。
ほう。

原材料の価格が
年々 上がっているにもかかわらず…

そんなことをしたら
せんべいの味が落ちてしまいます。

そうですか…。

今日は これで…。

次々に 取引先は去っていきました。

それでも私は 弟が焼く
醤油せんべいの味を信じていました。

私は無謀にも 自社ブランドの
せんべいを作ることに決めました。

まずは デザイン会社での経験を生かし…

コーヒー豆のパッケージから着想を得た

斬新なデザイン。

醤油の香りを閉じ込める ジッパー付き。

見た目も味も良ければ 売れるはず。

いらっしゃいませ!
いらっしゃいませ!

いらっしゃいませ!
いらっしゃいませ!

しかし 醤油せんべいは…

(健徳)うちに代々伝わる
醤油味の おせんべいです。

本当に…

私は 苦渋の選択をとることにしました。

兄貴 できたよ。
そうか。

自慢の醤油味を封印し

これまで
せんべいには
なかった味を作る。

使ったのは スナック菓子に
多用されていた

シーズニングと呼ばれる調味料。

せんべいに興味がなかった
若い人たちにもウケる味で

勝負することにしたのです。

どう?
うん! いいよ!

更に。

ちょっと待って!

ああ…。

のぼりを下げ せんべいと聞いただけで
引いてしまう若い人に

足を止めてもらうようにしました。

すると。

(健徳)
バジルにトマト チーズ味もありますよ。

試食してもいいですか?
どうぞ!

(忠清)おすすめのバジル味です。

ハマりましたね マダム。

おいしいですね! バジル 1つ下さい!

(2人)ありがとうございます!

(忠清)少々 お待ち下さい。

私たちの せんべいは
徐々に売れ始めました。

そして1年後。

実績を買われ 百貨店の催事で
販売できることになったのです。

なんか緊張してきたな。
ここで売れなかったら どうしよう…。

大丈夫だって!
ほらっ もう お客さん 来るぞ。
ああ。

私たちにとって
正念場でした。

いらっしゃいませ。

実は 百貨店の催事には

大手企業のバイヤーが
客に紛れて リサーチに訪れます。

そういう意味があるんだ これ。

その目に留まれば
一気に販路を拡大できるのです。

(健徳)いらっしゃいませ!
(忠清)試食 いかがですか?

しかし 強力なライバルたちがいる中で
なかなか 客は立ち止まってくれません。

はあ… もう無理だわ…。

そう言うなって! なあ ターボ!

今日は もういいから
ビールでも買ってきて飲んだら?

えっ! そんなのアリなの?
アリアリ!

私の弟への気遣いが

このあと奇跡を起こすとは

予想していませんでした。

ヤベッ! これ うまっ!

(健徳)自画自賛かよ!

破れかぶれ。
(黒沢)飲みながらだ~。

せんべいを つまみに ビールを飲む姿が
客の心をつかみ始めました。

すみません。 それ 試食 いいですか?

(忠清)はい!
(長田)うそみたいな話ですね。

へえ~ いろんな味があるんですね。

そこで 私は せんべいを

お酒のアテとして
売ってみてはどうかと考えました。

そして…

効果は てきめんでした。

すいません。 このおせんべいって
ワインと一緒に食べるんですか?

(健徳)はい。 とっても合いますよ。
(女性客)へえ おもしろい!

じゃあ これ下さい。
(健徳)ありがとうございます!

私も このビールに合うのって
もらえます?

(忠清)はい 少々 お待ち下さい。
お待たせいたしました。

この日 なんと
過去最高の売り上げを記録しました。

そして ついに!

すいません。
はい いらっしゃいませ。

あの…。

私 バイヤーをやっております。
中村と申します。

ちょ ちょっと待って下さい!

これを機に
一気に販路が広がっていきました。

東京だけでなく 関西の百貨店からも
出店の依頼が殺到。

メディアにも取り上げられ
工場で直売をすれば…

私たちは わずか1年で

倒産の危機を
乗り越えることができたのです。

(健徳)今日も お客さん すごかったな!
(忠清)ああ…。

(健徳)どうしたんだよ?

いや…。 あしたの仕込み やってくるよ…。

ああ。

私と弟には あえて口にしない
モヤモヤが渦巻いていました。

が~ ここで いやぁ 見事逆転!
ではないんだ。

まだ…。 なるほどね。
いや でも すごいことですけどね。

だって 販路が全くない状態から
自社ブランド立ち上げて 1年で工場再建。

長田さん どうですか これ?
(長田)いや すごいっすね。

自分たちの醤油のせんべい
あれを守るためには

やっぱ 会社を残さないといけないって。

僕らも やっぱ コントやるために
ものまねやリズムネタ 手 出して。

なんとか コントを
存続させるために
やってきたので。

すごい感銘を受けるところが
あります。

(笑い声)
はあ なるほどね。

ここまでくると食べたくなりますよね。
ですよね。

さあ 工場再建のポイントの一つになった
シーズニングを使った おせんべいを

用意していただきました。

(健徳)先に ワサビ味を。
ワサビ味から。

失礼いたします。

ワサビの 本来味わってほしいっていう
あの

口の中に いわゆる風味 清涼感。

こう お子様に合わせてないというか。
そう。

プーンとくるんですよ。
しっかりあるんですね ワサビが。

それはやはり
あえて そうさせてるんですか?

そうですね 僕ら やはり

大手のおせんべいメーカーさんと
勝負したときに

みんなが好きって味を作っても
大手の規模には勝てないので…

そういった方向を目指しました。

まず種類の数を見てほしいんですよ。
どんどん増えてってるんですけど。

長田さんのおせんべいは
バジル味とチョレギ味です。

(長田)チョレギ味?
はい。

(長田)いいですか チョレギ。
どうぞ。

チョレギ… あっ チョレギのにおい!

初めて聞いたよ そんなの。

(笑い声)
うめぇ!

う~ん チョレギの方が薄いっすわ。

厚さ違うんだ ベースが。
(長田)うん 違いますね。

はあ~。 シーズニングだから

同じベースのやつに
味を付ければってことで

ベースは同じで
いいんじゃないですか?
(忠清)そうですね…。

考え方としては
間違ってないんですけど

そこを ちょっと兄貴の方で
こだわって

薄さとかも若干
違うものだったりとか。

あっ 味によって
これは厚みがあった方が

絶対 味が生きるとか。

こうできないの? ああできないの?
もっとおいしいの欲しいよっていう。

(笑い声)

確かにそうですね はい…。
僕は どちらかっていうと

目標に対して
楽な道を選びがちなんですけど

弟は どちらかっていうと
ゲームをクリアするような形で

コツコツコツコツやってくような
性格だったので。

その性格も分かって
どんどんと新しい課題を。

結構むちゃぶりして
あとで あのとき こうだったみたいに

言われることが多かったんで
ちょっと反省するとこも。

できたから いいけどさ。
(健徳)そうそうそう。

あれ むちゃくちゃだよ 兄ちゃん と。

あと黒沢さん…

(笑い声)

なかなか買えないからさ これさ。
(長田)そうそうそうじゃない。

これ忠清さん シーズニングが これだけね
売れて 経済的に安定するんだったら

じゃあシーズニングだけでいいかな
みたいには ならなかったですか?

あ~ そうですね…
シーズニングは すごく取り扱いやすい

余ったおせんべいを使って味付けをして
サンプルを作ったりもできるので

ひっくり返すと…

はあ~。 実際にこれ

まねされた みたいなこと
あったりするんですか?

始めて1年…。

そうですね
似たような味付けのものが出てきて。

全くもう パッケージ
ただロゴだけが違うっていう状況に。

うわ~っ!

(長田)
まあまあ 宿命っちゃ宿命なんすかね
人気商品の やっぱり。

それだけ影響力あるってことですもんね。
なるほど。

なので やはり僕らは シーズニングの
おせんべいで数を増やすよりかは

一番最初 光明とした…

そこでやはり確固たる地位を築かないと

僕らは いけないんじゃないかって

うちの醤油せんべいで勝負したいなと
思って 新たな開発に臨みました。

よし!

新しい醤油せんべい作ろう!

ああ!

父から受け継いだ…

「せんべいの定番」という
古くさいイメージが強く

かつて全く売れませんでした。

どうしたら醤油味で
客の心をつかめるのか。

「逆転」の鍵となったのは 弟の記憶でした。

醤油ダレの2度漬けせんべい。

濃厚な味がクセになる
新しい醤油せんべいを考えたのです。

まずは生地を一新することにしました。

女性や子供にも食べやすい…

更に お米を「粒のまま」
生地に練り込みました。

へえ~!

何が変わるんだ? 食感?

今までの生地より 表面に凹凸ができて

醤油ダレが たまりやすくなったんです。

(長田)はあ~。
なるほどな!

更に タレへの漬け方も見直しました。

生地を一度漬けたあと

振り落とすときの回転速度を
変えてみることにしました。

少しだけ速度を落とすと…。

うわ~!
(長田)お~!
このとおり。

残るんだ!

せんべいに たっぷりと
醤油がまとわりつきました。

あの醤油が たっぷりつくのか…。

乾燥機の扉を閉め 熱を籠もらせて
極限の高温状態に。

乾燥機を通り抜ける速度も
少しだけ落とし

焦げない ぎりぎりを攻めました。

繊細だなぁ。

開発を始めて3か月。
ようやく完成しました。

は~!

よし!

新商品の たまり醤油味も
いかがですか?

おいしいですよ!

いや… 結構です。

分かりました…。

知ってるやつでしょって
なっちゃうもんな 醤油だと。

どんなに売れなくても
私たちは諦めませんでした。

自慢の醤油せんべいを
センターに置き続けました。

すみません。 チェダーチーズと

スモーキーイタリアン いただけますか?

ありがとうございます。 一緒にこちらの
たまり醤油味もいかがですか?

新商品なんです。 うち秘伝の醤油ダレを
存分に楽しめますよ。

醤油ねぇ…。

自信作です!
代々伝わってるんです!

それを守り抜きたい一心でした。

自信作です!
代々伝わってるんです!

じゃあ これも1つ下さい。
あ~ 粘り勝ち。

(2人)ありがとうございます!

(健徳)ありがとうございました。

やっと1個売れたな。
ああ!

次第に 売り場に変化が起き始めました。

兄貴!
ん?

あの…。
(健徳)ああ この前の!

うちのせんべい いかがでした?

チーズもスモーキーイタリアンも
ほんっとに おいしかったです!

ありがとうございます。
でも今日は…

はい!
(女性客)このおせんべい
ほんっとに おいしかったです!

ありがとうございます!

よしっ!

たまり醤油せんべいは
一人 また一人と…

私たちは3年をかけて
粘り強く販売を続けました。

(長田)3年!
そんなに!?

そして今年… たまり醤油せんべいは

工場の売り上げトップに躍り出たのです。

祖父から父 そして私たちへ
受け継がれた「醤油ダレ」。

そこには 時代を超えて愛される魅力が
あるのだと 私たちは実感しました。

私たちは 新たなステージに
踏み出そうとしています。

ええっ!?

すいませんね…。

更なる進化を求めて
私たちは挑戦し続けます。

(拍手)
いや~!

いや 健徳さん これ
お父さんのね 残してくれた醤油ダレが

大逆転を生んだということで。

でも 醤油ダレを工夫したのは
分かるんです。

なぜここまで売れたのか
ちょっと不思議な気もしたんですけども。

やはりあの 一度食べていただくと
記憶に残る味というか

やはり 最初の取っかかりは
時間はかかるんですけど

結構食べていただくと あとで
買うリピートの方

友達に配りたいとか そういった形で
速度は速くはないんですけど

自然と輪が広がってって
僕らも気付いたら

たまり醤油せんべい
一番売れてるじゃん みたいな。
へえ~。

ですから そこはやはり 急がず
信じ続けて 地道にやり続けた結果が

結び付いたのかなと思います。

まあ おやじから生を預かった僕ら兄弟が
時間を超えて

おやじがやってきたことを
世の中の方に認めていただいたので…

…と伝えたいですね。 はい。

ということで
そのお父さんの味を受け継いで

更に ご兄弟でブラッシュアップして
できた たまり醤油せんべい。

召し上がっていただきましょう。
でしょうね!

でしょうね!

(そしゃく音)

(黒沢)醤油の香りがすごく。
すごい!

すっごい伝わっては…。
(長田)これが焦げる直前っていう。

そうですね。 今までの作り方に
プラスアルファで

どんどん新しい製法は入れてます。
へえ~。

(そしゃく音)

うんまっ!

おいしい醤油が しっかり
たくさんあるって感じ この一枚に。

醤油の味がしっかりしてるっていうと
そんな何枚もいけない感じするけど

これ何枚もいけんだよ。 これがすごいわ。

止まらないんですよ。

(長田)止まらない。

さあ お二人にお伺いしたいんですが

お二人にとって醤油ダレとは
と聞かれたら どうですか?

僕にとっては あの…
血液のようなものかなと思ってまして。

僕らが今こういった形で
せんべい屋ができてるのも

先代からつながってきた
醤油であり 血液だと思うんですね。

ですから
決して絶てない つながりの中で

振り回されたり 苦しんだり
恨むときもあったんですけど

諦めずに つなげてきたことが

ほんと僕らにしかない強さが

醤油ダレに表れていると思ってます はい。

そうですね うちの醤油に
一番触れてる人間でもあるので

過去から 学ぶことがあって

それが未来につながる

やっぱりそういう すごい
知れば知るほど奥が深い。

それでいて まだ まだまだ伸びしろが
あるんじゃないかって思いながら

日々
精進してるんで そこを楽しみながら

これからも
頑張っていきたいと思ってます。

まだ… まだまだ成長し続ける。

チョコプラもやっぱ
自分たちのコントに自信持ってたから。

でもまだ 僕たちの売り上げのトップが
TT兄弟なので。

(笑い声)
もっとやっぱ磨いていかなければ
ならないなっていう。

そうね TT兄弟こえていこう。
そうですね。

いつの間にか コントが一番
トップっていうのが

一番理想だなとは思いますね。
今ちょっとずつ
そこに近づいてます。

(笑い声)

今 間違ってですね「今日ほんとにごちそう
さまでした」って言いそうになっちゃった。

ほんとに今日 貴重なお話いろいろ
ありがとうございました。

ありがとうございました。