逆転人生「船場吉兆・働き方改革旅館 話題の逆転劇その後」[解][字] …の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

逆転人生「船場吉兆・働き方改革旅館 話題の逆転劇その後」[解][字]

船場吉兆、そして働き方改革旅館。放送100回を記念し話題になった逆転劇のその後を描く。再起に挑む元・船場吉兆の御曹司伝は、伝説の料理人との思い出の一品を再現。

番組内容
大きな反響を呼んだ奇跡の逆転劇、再び!不祥事で廃業に追い込まれた船場吉兆。御曹司だった湯木尚二さんは、一度は料理人の道をあきらめアルバイトで食いつないでいたが、人々の縁に支えられ、大阪・北新地で再起に挑む。コロナ禍で苦しい中でも、かつての経験を胸に従業員の雇用を守るべく全力を注ぐ。また定休日を設ける異例の働き方改革で赤字旅館を再建した宮﨑知子さんも、地方の温泉郷と協力してさらなる大胆な改革に挑む。
出演者
【司会】山里亮太,杉浦友紀,【ゲスト】湯木尚二,株式会社陣屋代表取締役女将…宮﨑知子,【語り】小松由佳,磯部弘

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
バラエティ – トークバラエティ

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山里さん。
はい。

なんと 「逆転人生」
放送100回目に達しました。

ありがとうございます!
ほんと 皆様のおかげです。

山里さん 何かこう 影響を受けたりとか
そういうことってありますか?

やっぱりね 失敗した時の対処法の
何かこう 正解みたいのを知れたから

意外とね この番組のおかげで
前に進んでること多いのよ。

その一歩で 随分
その先が変わるんだなというのを

ほんとに この番組 通して
感じているんですけれど。
うん。

今回は その100回記念ということで

視聴者から 特に反響が大きかった

2人の主人公の
その後を紹介していこうと思います。

コロナ禍の今 さらなる逆転に
挑もうとしている このお二人です。

14年前 世間を騒がせた
高級料亭 船場吉兆。

消費期限偽装
そして 産地偽装。

その謝罪会見は
大きな注目を集めました。

すごい反響だったよね これ。

(湯木尚二)
あの会見のあと…

結局 船場吉兆は
廃業に追い込まれたのです。

もう
一度は料理界を追放されました。

この どん底から はい上がったのが
1人目の主人公。

経営陣の一人だった
次男の湯木尚二さん。

ある奇跡的な縁に支えられ
生き直しを決意。

新たに
料亭をオープンし

4店舗を構えるまでに
なったのです。

しかし 番組放送後 湯木さんは
新型コロナウイルスに直面します。

その時 逆転をかけて

高級料亭のイメージを覆す
驚きの料理に挑みました。

伝説の料理人といわれた祖父との

思い出の一品を復活させたのです。

そして もう一人 大反響を呼んだ
逆転劇の主人公が この人。

老舗旅館のおかみ 宮崎知子さん。

老朽化し
全く魅力のない建物。

スタッフ同士の派閥争いで
質の落ちたサービス。

なんと 10億円の借金を抱え

倒産寸前の
ジリ貧旅館でした。

ところが ある大胆な改革で
旅館は大変身!

1泊4万円でも連日満室の
大人気旅館へと生まれ変わったのです。

旅館では異例の
「定休日」を設ける…

すると なぜか 利益が どんどんアップ。

スタッフは休みが増え
サービスの質も劇的に向上。

スタッフも お客さんも そして経営も。

みんなハッピーな
大逆転を果たしたのです。

この影響を受けて 変えたってとこも
出てきてんじゃないのかな。 ああ~。

そして今 宮崎さんは
コロナ禍で苦しむ 全国の旅館に

経営のノウハウを伝えています。

長野県にある 創業130年の こちらの旅館。

客足が遠のき
廃業の危機に陥っていましたが

宮崎さんは 大胆な秘策で
経営再建に乗り出しました。

♬~

船場吉兆の次男として
生まれた私。

生っ粋のボンボンでした。

うわぁ~!

毎日の食事は スッポン鍋など
高級料理のオンパレード。

舌も だってね
立派な武器だもんね。 はい。

調理場では
料理人が 包丁技を見せてくれました。

まさに…

私の祖父は 日本料理界の巨人…

料理界で初めて
文化功労者に

選ばれた
レジェンドです。

このころ 祖父は
吉兆の のれんを いくつかに分け

それぞれの運営を
子どもたちに任せていました。

ビール3本 お願い。
はい。

両親が任されていたのは 大阪にある…

私は 高校時代から
店を手伝うようになりました。

はい すいません。

そこで見たのは…

料理の味や見た目にこだわり抜く 父の姿。

母は おかみとして仲居を率い

おじぎ一つにも
心を砕いていました。

祖父の教えを
守っていくことが

両親にとっては
全てだったのです。

(貞一)ええか 日本料理っちゅうのは

味だけやないんやで。

心や。

この言葉の重みというか。
はい。

その後 船場吉兆は
評判を受けて 支店を増やし

私は そのうちの2つを
任されることになりました。

おめでとうございます。
おめでとうございます。

すると 生活が
どんどん派手になっていったのです。

私 本当は…

(尚二)へぇ~! じゃ…

ハハハハハハ…!

まさに 順風満帆の人生。

しかし 一夜にして
その状況は一変したんです。

事の発端は 福岡のデパ地下の店舗でした。

消費期限が切れた菓子に

ラベルを貼り直して
売っていたのです。

その後 船場吉兆 本店でも。

カメラ ここまで。

食材の産地の偽装や

食べ残しの使い回しが
次々と発覚しました。

来たぞ! ちょっと! どうやって
責任取るつもりですか!?

報道は みるみるうちに過熱。

そして 最初の報道から7か月。

やはり のれんの上に
あぐらをかいていたのだと思います。

船場吉兆は
廃業に追い込まれたのです。

お客さんや従業員 取引先など

多くの人に迷惑をかける
最悪の結末でした。

今 振り返って考えても

すごい あの~
情けないというか…

そういう思いが
募りますですね。 はい。

なぜ あのような偽装が

起こってしまったと
思われますか?

やっぱり 売り上げも
伸ばさなきゃいけない。

そうなってくると ノルマを
課せることもございましたし

私の発する一つ一つが
プレッシャーになったり

最終的には私の愛情が足りなかった部分が
大きかったと思います。

店に対してもそうですし
従業員に対しても

私の愛情が
足りなかったことが

一番の大きな原因に
なってると思います。

財産を没収され
アパート暮らしを始めた私。

アルバイトや内職で
食いつないでいました。

そんなある日 私は ふとしたきっかけで
ある すし屋を訪ねました。

あ いらっしゃいませ!

そこにいたのは…

私がイケイケの時に通っていた
バーのマスターでした。

うれしそうに すしを握るマスター。

お待ちどおさま。

ありふれた食材でも
精いっぱいの工夫が凝らされた料理。

更に マスターの気さくな声かけで
お客さんが 心からくつろいでいました。

そうだ…

高齢のため 店をたたむという
マスターからの勧め。

やってみたいという衝動が
わき上がってきました。

あの 湯木尚二です。

私は早速 調理道具や食器を集めようと

かつての取り引き先に
片っ端から電話しました。

しかし…。

分かりました。 すいませんでした。

まだまだ信用はなく
ほとんど相手にされないのが現実。

本当に店をオープンできるのか。

弱気になりかけていた時…。

ほんまですか?

かつて 器を仕入れていた店の主人が
話を聞いてくれるというのです。

わあ 久しぶりやな。

(湯木)ご無沙汰しております。
ほんまでんな。

また 料理屋 始めるんか?

はい。
(店主)ああ そうか。

ちょっと待っといて下さい。

そこにあったのは
祖父の代から使っていた器。

廃業した時 競売に出されたはずでした。

あの事件から4年後
私は 新たな店をオープンしました。

こだわったのは 季節感。

旬の食材を仕入れ
調理法も考え抜きました。

おいしい。

今日は ありがとうございました。

欠かさずに見送りし

心を込めて 翌月の献立を渡しました。

次第に 私は

お客さんの笑顔が
何よりの喜びであることを

はっきりと思い出しました。

…っていうのは
実感して分かりましたね はい。

真摯に お客さんに向き合ううち

お客さんの一人で 店舗のデザインなどを
手がける繁田さんから

思いがけない話をされたんです。

ほんとですか?
(繁田)うん。

老舗の名店がひしめく 大阪・北新地。

料理人にとっては 憧れの場所です。

うわあ どうも!

北新地でのオープンが決まると

私は かつての従業員たちに
声をかけました。

私の料理を食べてもらい
一緒に働いてくれないかと頼んだんです。

声をかけた5人全員が
首を縦に振ってくれました。

昔の仲間と共に 北新地での再出発。

おかげさまで
たくさんの人に評価して頂き

その後 大阪市内に
4店舗を構えるまでになりました。

かつて 船場吉兆時代に
お世話になった方も

足を運んで下さいます。

(湯木)ありがとうございます。

絶対に 過去の失敗は繰り返さない。

その覚悟で 精進を続けています。

しかし ここ北新地は
コロナの影響を もろに受けました。

お取り寄せの販売に 力を入れ

何とか 窮地をしのいでいます。

そんな中 私は

幼い頃 祖父・湯木貞一と食べた

思い出の料理を

復活させたいと思うようになりました。

日本料理を極めた…

それは…。

ちょっと この違和感はワクワクさせるよ。
ええ。

実は 祖父は
ある店のビーフカレーのファンでした。

私も 幼い頃 よく祖父に連れられ

そのカレーを食べたのです。

祖父との思い出の味を再現し

レトルトカレーにして売り出したい。

自分を応援してくれる
お客さんのためにも

コロナ禍で 手軽に楽しめる料理を
作りたいと思ったのです。

始まった開発。

その時 役立ったのが

かつての船場吉兆の まかない料理でした。

どうぞ こちらです。

その下ごしらえを
ちょっと お見せしましょう。

あっ ちょうど今…

(湯木)はい しっかり炒めてます。

あめ色になったタマネギと

一口大に切った野菜を炒めます。

そこに
別に炒めた牛肉の切り落としを加え

煮込みます。

そして 最大の特徴が
料亭ならではの こちら。

意外に思われるかもしれませんが

カレーとかつおだし とても合うんです。

まかないでは
市販のルーを使っていましたが

レトルトカレーの開発では
新たに スパイスを調合しました。

うまそうだな これ。

絶対 おいしいやつですね これ。
絶対 おいしいやつだ。

記憶を頼りに 祖父との思い出の味に
近づけていったのです。

ということで ここからは
湯木尚二さんに

リモートでご参加頂きます。
よろしくお願いいたします。

お願いしま~す。
よろしくお願いいたします。

いや~ 湯木さん
ほんと 去年「逆転人生」ですね

これ 出て頂いて
大きな反響 呼んだんですけども

どうですか? ご自身のとこに
こう 何か声とか届きました?

はい。 あの~ 是非 私に会いたいと
大阪の店まで 足を運んで頂いた方や

青森のりんご農園の方は

おいしい りんごを
箱いっぱい詰めて

お手紙を添えて
送って頂いたりもしました。

そのお手紙には どういった内容のこと
書いてあったんですか?

当初はもう マスコミとか
その時のニュースの情報しか

ご存じない方が多数だったんですが
この番組を見て

そののちの私の生き直しを
ご覧になられて

それに対する
激励のお言葉でございました。

なるほど。
生き直しって言葉は すごいですね。

そしてですよね あとあの
おじい様との思い出のカレー。

あれは なぜ
商品化しようと思われたんですか?

まあ コロナ禍の中で
ご来店頂くお客様っていうのは

なかなか見込めない
ということで

通信販売に力を入れました。

しかしながら まあ 私どもの そういう…

日もちが しないんですね。
確かに。

特に私どもは その辺はもう 意識して
今 取り組んでおりますんで。

確かに。
確かに。

まあ お客様からですね
もっと日もちするものを

常備食として何かないのかと。
ああ~。

だからさ こういう状況じゃなかったら

世の中の皆さんの口には
届かなかったものってことですよね。

これね この船場吉兆の不祥事の時に
まあ どん底の経験をされたと。

それが このコロナ禍で
湯木さんの生き方とか考え方に

どんなふうに影響をしていますか?

14年前の不祥事の時は
多くの従業員を

雇用の維持を
することができませんでした。

ほんとに申し訳ないことに
なってしまいました。

その時の教訓を胸に
大切な従業員を守ることが

雇用を維持することを 今 私は

念頭に置いて
取り組んでおります。

なるほど。
いや ほんとに…。

何かね ほんと久しぶりにお話しできて…
またね さらなる壁があるけども

その壁を 何かこう
越えていこうとされてる姿見て

ほんと いろいろ学ばせて頂きました。
湯木さん ありがとうございました。

ありがとうございました。
ありがとうございます。

いや すごい。 ほんと。

さあ 続いても 大きな反響を呼んだ
主人公が登場します。

大胆な改革で
倒産寸前の老舗旅館を立て直した

おかみの宮崎知子さんです。

コロナ禍で
さらなる逆転に挑戦しています。

2009年7月

私は 切迫早産のおそれがあったため

入院していました。

そこに 実家の旅館を切り盛りしていた
義理の母が

浮かない表情で やって来たのです。

こんな時に ごめんね。

え?

夫の実家は 大正から続く老舗旅館。

1万坪の敷地に庭園が広がり

将棋のタイトル戦の舞台に
選ばれることもありました。

ああ 立派な旅館ですもんね。

まさか そんな負債があったなんて。

義母は一人で苦悩を抱えて体調を崩し
私に打ち明けたのです。

2人目の子どもが生まれ
幸せなはずだった私たち夫婦。

もう一つ
恐ろしい現実を突きつけられました。

なんと 夫だけでなく 2歳の長男も

亡くなった義理の父の
相続人になっていて

負債を背負っていたのです。

悩んだ末に 私は決めました。

夫婦で旅館を継ぎ 経営を立て直して

10億円の負債を返済する。

でっかい こう
守るものとか動機があると

そこが強いんすよね。 大きいですね。
うん。

旅館のおかみになった私。

なぜ これほどの借金を抱えたのか。

その理由が明らかになりました。

まず驚いたのが スタッフの数。

なんと…

彼らの多くは役割が決まっていて

例えば お膳を運ぶ配膳係は

本当に お膳を運ぶだけ。

なんと お出迎えの太鼓を
たたくだけの人も。

派閥の問題も深刻でした。

接客スタッフは 本館担当の「黒帯」と

別館担当の「紫帯」

2つの派閥に分かれていたのです。

派閥で分断されることで 大事な連絡が
スタッフの間に行き届かなくなり

サービスの質も低下していました。

更に 資金不足で

老朽化した設備を直せず
旅館として魅力がない。

こうした問題が山積し
10年も赤字経営が続いていたのです。

この絶望的状況から
どうやって逆転したのか。

まず 手を付けたのが
黒帯と紫帯に分かれていた派閥でした。

(従業員たち)はあ?

帯の色分けをやめ 更に別館も廃止し

全員が一緒に働く荒療治を行ったのです。

(ざわめき)

そして 皆さんには…

(男性従業員)はあ?

更に サービスの質の向上を目指して
ITを取り入れました。

お客様のスケジュール
ご要望 好き嫌いなど

あらゆる情報を 全てのスタッフが
共有するようにしたのです。

スタッフの力を引き出す取り組みも
行いました。

ちょっといいですか?
はい?

長年 同じような料理を出していましたが
ガラッと変えられれば

旅館の魅力は大きく上がるはず。

思い切って 自由にやっていいと
お伝えしました。

すると…

驚くほど豪華な料理が出来た…
のですが…。

サクラマスを炭火で焼くか。

料理人たちは 調理法を工夫したり

新たな仕入れ先を開拓したり

私の むちゃ振りに
必死に応えてくれました。

試行錯誤を重ね
全く新しい看板メニューが誕生。

その後も 次々と
新作が投入されるようになりました。

次第に 他のスタッフたちも
変わり始めました。

指示待ちではなく
自らお客様の情報に アクセスし

率先して サービスを行うように。

老朽化した部屋は
はやりの露天風呂付きにするなど

できる範囲で 少しずつ
リニューアルを進めていきました。

そんなある日…

…が生まれたのです。

そのきっかけは
地元小学校の運動会が重なり

子どもを持つスタッフたちが
一斉に休みを申請してきたこと。

でも 全員の休みを認めると
旅館は回らない。

夫と そんな話をしていた時…。

私は 何とか人繰りをし
全員の休みを認めました。

そして 借金に追われ
家族を犠牲にしている自分も

変えたいと思いました。

息子の痛烈なひと言が

思い切った決断を下す
きっかけになったのです。

宿泊業は
24時間365日営業が鉄則でした。

お客様が 朝 チェックアウトするので
休みを設けにくい業態なのです。

迷いは ありましたが

月曜宿泊のお客様を
火曜の朝 送り出したあとは

水曜日まで
完全休業してみることにしました。

もちろん売り上げ低下は避けられず

いばらの道となることは
覚悟していました。

ところが…

予想外のことが起きたのです。

確かに 年間の売り上げは 8%
2, 600万円 下がりました。

でも逆に
売り上げより大事な利益は

1, 400万円 なんと
20%も上がっていたのです。

2日間 完全に旅館を閉じることで

温泉の温度調節などにかかっていた
光熱費を大幅に削減。

パートやアルバイトの人件費も
2日分なくなりました。

意外に大きかったのが 食材費です。

火曜水曜は お客様が少なく

仕入れた食材が無駄になることが
多かったのですが

このロスが なくなりました。

こうしたコストカットが
売り上げの減少分を上回り

利益アップに つながったのです。

最高じゃん。

表情がいいです。

こうした「働き方改革」で
旅館は すっかり生まれ変わりました。

かつて 120人で回していた仕事は

その3分の1 40人で できるように。

お客様に サービスの質を認めて頂き

宿泊代が かつての4倍以上でも
満室が続くようになりました。

その結果
息子の将来に影を落としていた

負債の心配は なくなりました。

すごいよな。
10億よ。

そして 私自身も…。

その後も改革を推し進めたことで
コロナの影響を受けながらも

旅館は 何とか
黒字経営を続けています。

すごいな。
このコロナ禍で。

そんな中
この逆転劇の経験を生かして

新たな挑戦を始めました。

信州上田にある小さな温泉郷
別所温泉。

明治から続く老舗の温泉旅館が
廃業の危機に ひんしていました。

コロナ禍で経営が苦しく

しかも オーナーはご高齢で
継ぐ人も いなかったのです。

しかし 建物は老朽化が進んでいて
建て直す必要があります。

しかも 別所温泉は
全国的な知名度が低く

集客に限りがあります。

そこで 思い切った秘策を立てました。

人件費を極力抑えるため
夫婦2人で営むことにしたのです。

いや それ 人件費
抑えられるけど 回るの?

白羽の矢を立てたのが

長年この旅館の料理長を務めてきた

大熊さんご夫婦です。

(大熊)この二部屋を…

夫婦2人で
最上級のサービスを提供するため

建物を思い切って ぜいたくに改造。

1日1組。

とはいえ さすがに
1日1組だと 収益が厳しい。

そうですね。
そこで さらなる秘策を考えました。

スタッフと直接会わずとも利用できる

素泊まりの部屋を8部屋作ります。

自由に旅を楽しみたいという
ニーズに応えつつ

安定した収入を得るのが ねらいです。

なるほど。

料理人の大熊さんは今
うちの旅館で おもてなしも研修中。

お待たせいたしました。
本日は

ハモのお吸い物で…
おわんでございます。

…という気はしてます。

コロナで大きなダメージを受けた
旅館業ですが

アイデアしだいで
必ず逆転できるはず。

大胆な挑戦を 続けていきます。

これ 宮崎さん
でも 旅館業もね

今 コロナで大変な打撃を受けてると
思うんですけども

宮崎さんところは
いかがですか?

宿泊に関してましては リピーターの方にも
ほんとに支えて頂いていまして

また 収益構造も この10年間
ずっと改変してきたこともあるので

まあ何とか やれている
というところでございます。

何とかって
おっしゃってますけども その中で

長野の旅館の再建計画?
これ すごい斬新でしたね。

こちらに ちょっと
その計画 まとめてみました。

旅館は 夫婦二人で運営していく。

そして 一日一組のお客さんに
最上級のおもてなしを提供する。

で それに加えて 素泊まりの部屋を
8部屋… 8室 設けて

安定した収入を得る計画
ということなんですが。

ちゃんと あの ねえ 素泊まりの部屋で
ある程度の安定とってるって

めちゃくちゃ
理にかなってるでしょ これ。

しかもですね この素泊まりは
実は 収入の安定だけではなくて

実は 旅館がある温泉街全体の
活性化につなげよう というねらいも

宮崎さん あるんですよね?
えっ?

はい。
やはり 宿泊 頂いて

そのあと
お食事だったり遊びに行ったり

街を活用して頂きたいなと
思っていまして。

1施設だけが頑張っても
やはり限界というのは ありまして。

で あれば もう街全体で
業種に こだわらずにですね

いろんな商店さんや他施設さんと
手を組んで

地域で集客をする というのが
すごく重要なのではないかな。

実はですね 今後 宮崎さんは
ITを活用して

お客さんの予約受付や データ管理も

街全体で協力してやっていこう
というアイデアを持っているんですね。

まあ 宿に… 旅館に泊まりますよね。

旅館のホームページにアクセスして
予約を入れると

そこから近くの飲食店や
アクティビティも

一括して予約できるシステムを
構築する予定なんです。

で これ どういうメリットがあるか
というと

こうすることで お客さんは まあ
いちいち個別に調べて予約せずとも

簡単に旅の計画を立てられますよね。

で 更に お迎えする街としても

食材を共同で仕入れて
経費を削減したり

お客さんのリクエストを
みんなで共有して

よりよい おもてなしが
できるようになったり とまあ

こうしたメリットがあるんですよね。

どうですか 山里さん この挑戦。
いや いいですよね 何か ほんとに。

だって そこかしこに ほら
今 たくさん あるわけじゃないすか

ちょっとこう
さみしくなってきちゃってるところが。

それが どんどん
活性化してくっていうのは

日本全体が こう盛り上がってく。

そのシステムの まず大正解を
ここが見せてくれることっていうのが

一気に そこから加速してく感じで
ワクワクしますよね。 そうですよね。

宮崎さん
ありがとうございます。

いいえ ありがとうございます。
ありがとうございます。

相変わらず お二人とも 何ていうか

パワーをもらえますよね。
そうなのよ。 お話 聞いてると。

ほんと学ばせてもらえますね
ここに来た人からは。 そうですね~。

それが何か あの~
見ている人たちにとっても

エールになるといいなと本当に思います。
そうですね。

「逆転人生」101人目の主人公も
楽しみですね。

楽しみですねえ!
いや でも ほんとに何か またね…

いや これだけの数の逆転があって
まだ更に いろんな逆転がある。

はい。
楽しみでございますね。 はい。

これからも よろしくお願いします。
お願いいたします。

ありがとうございました。
ありがとうございました。