こころの時代~宗教・人生~「コロナの時代に“いのち”を問う」[字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

こころの時代~宗教・人生~「コロナの時代に“いのち”を問う」[字]

コロナ禍に“看取りの現場”が危機に瀕している。日本のホスピス医療の第一人者である柏木さんが「人間の尊厳ある最期を守る」医療のあるべき姿について語る。

詳細情報
番組内容
新型コロナウイルスが猛威を振るう中、医療現場では感染リスクのため誰の看取りも許されずに最期を迎える“孤独な死”が頻発している。日本のホスピス医療の第一人者である柏木哲夫さんはこの現状に対し「延命や生命維持といった“生命”だけを重視して、患者や家族の感情や価値観などを含む“いのち”を置き去りにしてはならない」と話す。最前線の医療現場の取り組みと共に、今、私たちがみつめるべき”いのち”とは何か考える。
出演者
【出演】ホスピス財団理事長…柏木哲夫

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
趣味/教育 – 生涯教育・資格
福祉 – 社会福祉

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<全国で猛威を振るう…>

<医療の現場では 感染リスクがあるため

誰のみとりも許されないまま最期を迎える
「孤独な死」が頻発しています>

<多くの家族が 心の準備もできないまま
最期の時を迎え

大切な人の死を
受け入れられない人もいます>

<今 コロナ禍のもとでの
臨終の在り方に

疑問を投げかける人がいます>

<日本のホスピスの
第一人者である 柏木哲夫さんです>

<これまでに ホスピスで2, 500人以上の
みとりを行った経験から

「よりよい『死』を迎えるために
大切なことは何か」

伝える活動を続けています>

<今 私たちが大切にすべき
「いのち」とは何か。

そして 医療のあるべき姿とは
どういうものなのか 話を聞きます>

♬~

<大阪市の中心部に
柏木さんが理事長を務める

ホスピス財団があります>

この教会は ちょうど
梅田の真ん中にあるんですけれども

ホスピス財団のある建物の中にある
チャペルですね。

はい。

コロナの影響が
いろんなところに出ていますけれども

教会で礼拝を守ることができない
という状況の教会が

かなり日本に多いんですね。

ここも 日曜日も どなたも来られない。

そんな感じで…。
日曜日の礼拝も
今 使ってらっしゃらないという。

まあ このビル全体が教会の…
まあ 所有物といいますか。

その一部をホスピス財団の事務所として
使わせて頂いてる

そういう形でございます。

今日は特別に ここを使わせて頂いて

換気をしながらの
お話伺うという こういう環境です。

ちょっと 梅田の街の音を聞きながら
ということになると思いますけれども

よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。

日本のホスピス医療の
先駆者でもいらっしゃいます

そして その最前線に
長らく立ってこられた柏木さん

80歳を超えた今 どういうお仕事を
なさってらっしゃるんですか?

執筆と講演 それから
まあ いろんな学会のお世話。

それが私の3大役割かなと思っています。

講演では どのようなお話を
なさってらっしゃるんでしょう?

望まれるのは
やはり いのちの問題ですね。

それと がん末期の患者さんのケアの問題。

ホスピスで 2, 500名ぐらいの患者さん
みとりましたので

その経験を話してほしいという
そういうリクエストが一番多いですね。

その中で印象に残ってらっしゃるのは
どういった場面でらしたでしょうかね?

そうですね…
私 2, 500名の みとりの中で

一つの共通した体験っていいますか

多くの方が体験される それを
私 勝手に

「矢先症候群」
という名前を付けたんですね。

矢先症候群?
ええ。

58歳のご主人がですね
入院してこられて

肝臓がんの末期で
もう残り時間 少ないかなと。

で 奥様にお話伺ったら

「主人は 少し早く会社を辞めて

ちょっと ゆっくり温泉にでも
行こうかなって言っていた矢先に

がんで倒れました」と
こう言われるんですね。

この「矢先」という言葉が
すごく印象的でして

その他にも たくさん「なになにの矢先に」。

それで 私 勝手に「矢先症候群」という
名前を付けたんですけれども。

矢先ということは
まだまだ先だと思っていたのに

手前に死があったということですね。
そうなんですね。

死を背負っていたということですね。
あっ そういうことなんですね。

ですから まあ 一枚の紙の表に
「生」という字が書かれていた。

それが なんか
風が吹いてフッと裏返ると

その裏に「死」という字が書かれている。

例えて言えば そんな感じで

いつ その死ということが訪れるか
分からない。

やっぱり我々は
死を背負って生きているんだな

という感じが
だんだん してきたんですね。

私たち 生きることを考えますけれども
死ということ その日が来ることも

やっぱり考えておかなければいけない
ということなんですかね。 そうですね。

死を思案に入れて生きるといいますか
「やがて この世を去るんだぞ」という

いい意味での緊張感を持って
生きていくということが

大切なのではないかなと
私は思っています。

しかしコロナの場合は ほんとに
準備するというふうなことがなくて

ご本人がコロナのために
非常に短い闘病生活で亡くなられる。

ご家族のことを思うと大変ですね。

何の心の準備もしていないのに
急に死が訪れる。

しかも 死に目に会えない。

病院へ入院して そして
お骨になって帰ってくる。

もう これはもう
ほんとに大変なことだと思うんですね。

<柏木さんは これまで

人間は「生命」と「いのち」の
2つを持つ存在だとして

そのどちらも
大切にしなければならないと

伝え続けてきました>

柏木先生は いつも
生命… 漢字で書く「生命」 そして

ひらがなで書く「いのち」という
この2つがあるんだというふうに

ご本の中でも 講演の中でも
説いてらっしゃいますよね。 はい。

これは どういう違いがあると…?

「生命」と「いのち」の違いっていうのは
言語学者が書いた本を見ますと

連想法をすれば
明らかになるっていうんですね。

「生命」という言葉から
どんな言葉を連想するか。

実際 自分でやってみたんですけど
一番初めに出てきたのは

生命保険だったんですね。
ああ はい。

それで その次に出てきたのが
生命維持装置。

で 「いのち」という言葉から
何が出てきたかっていうと

「君こそわが命」。

これ 私の青春時代の
水原 弘というのが歌った

とてもいい歌だと思ってるんですけど。
はい。

もう一つは 私の好きな賛美歌で
「命の泉」っていう賛美歌があるんですね。

「命の泉」というのは ず~っと湧き続けて
決して かれないという。

この4つの文字を
じっと見ていますとですね

「生命」っていう言葉は やっぱり
物質的な感じがするんですね。

それから 「いのち」という言葉は

瞬間瞬間ではなくて
永遠性というものがあって

「生命」の瞬間性と
「いのち」の永遠性っていうのは

やっぱり すごく違う。

この「生命」と「いのち」の違いを
見事に言われた

先生の話を
ちょっとしたいんですけども

中川米造という

医学の哲学 大阪大学で
講じておられた先生なんですけど

腎臓がんで亡くなる
ちょっと前に こう言われたんですね。

「私の生命は もうすぐ終焉を迎えます」。

だから 生命という言葉には
制限があるわけですね。

「しかし 私のいのち」と
言われたんですね。

そのあとに 「すなわち」と言われた。

「すなわち 私が大切に思っていること
私の価値観は

これから永遠に生き続けます。

だから私は 死が怖くありません」と。

まあ この前置き その次なんですけど

「今までの医学は
生命は診てきたけれども

いのちは診てこなかった。

「これからの医学は 生命だけではなく

いのちをも しっかり診ていく必要が
あると思います。

これが私の遺言です」と
言われたんですね。

私 この言葉を聞いて なんかこう

きゅーっと
胸が締めつけられるというか

いや~ すばらしいお言葉だなと。

その「生命」と「いのち」と
今 このコロナの時代では

どういう状況になっているというふうに
ご覧になっていますか?

患者さんの いのち

患者さんの大事にしていること
大切に思っていることを

どう生かしていくか
というようなところへ

医療が しっかりした目を
向けているかどうか。

それは コロナの場合は

患者さんの生命 いのちと同時に

家族のいのちですね。

家族の生命観 家族のいのち。

最後に患者さんを
みとることができないということは

どれほど家族にとってつらいことなのか
ということに対する思い

というようなものをですね

もう少し 強く深く考える必要が
あるのではないかなと思うんですね。

<柏木さんは 1939年
兵庫県の淡路島で生まれました>

<3歳の時に父親を亡くし

母親の美智恵さんが
看護師として働きながら

柏木さんを育てました>

<母親の影響からか
医学の道を志した柏木さんは…>

<30歳で渡米し
留学先のワシントン大学で

後のホスピス医療につながる
取り組みに出会い

「よき死」を迎えるための医療に
目覚めます>

延命 生命を長く保たせる
ということが

医学の一番大切なことであると。

そういう考え方が医学界全体を
取り巻いていたといいますか。

ところが 1970年代の初めぐらいに

例えば がんで
もう死を迎えざるをえない その時に

生命を延ばすということよりも
苦痛を緩和してもらって

その人らしい死を実現させるという
方向性を考えてほしい。

これ アメリカの市民運動として
起こったことなんですけれども

その考え方に接して
ああ これは大切だと。

私自身が そういう状態になった時に

もちろん その病気が治るということを
一番望みますけども

それが無理なのであれば
苦痛を緩和して頂いて

安らかな死を迎えたいと
きっと思うだろうなと。

そういう思いを持って
まあ 日本に帰ってきたんですね。

その時の日本も やっぱり
延命ということが大義名分といいますか。

で… 病院で働きだして

92~93のおじいさんが胃がんの末期で
ほんとに静かに死を迎えつつある。

その時に主治医が入ってきて
心停止が起こりかけてた時にですね

心マッサージ始めたんですね。

それで実際 そのそばにいて
肋骨が折れる音を 私 聞いて

これはいかんと思ったんです。

恐らく患者さん自身も そんなことを
してほしいと思うはずがない。

家族も そんなことをしてほしいと
思うはずがない。

これは何とかしていかないといけないぞ
というふうに思いだしたのが

私自身が
ホスピスというものの設立に

力を注いだ原点といいますかね。

<柏木さんは 1984年 日本で初めて
ホスピス専門の病棟を開設します>

<ホスピス医療に携わった30年間で
2, 500人以上をみとってきました>

なんか どうしても忘れることができない
非常に印象的な最期を迎えられた方。

お一人は すい臓がん。
もう一人の方は 肺がんだったんですね。

両方とも 72歳。

まあ お二人の対比といいますか
違いといいますか

それ ちょっと
お話ししたいと思うんですけど

すい臓がんの
72歳の男性のことなんですが

倉庫会社の社長さんをしておられて
非常にお金持ちだったんですね。

ただ ある病院に
入院しておられたんですが

痛みが非常に強くて。

みとりの場として
ホスピスを選ばれたのではなくて

痛みのコントロールの場所として
選ばれた。

入院してこられて
確かに かなり強い痛みで

すぐにモルヒネをスタートしました。

で 数日で痛みは かなり楽になって
喜ばれたんですが

体の痛みが ましになると
今度 心の痛みが出てきまして。

だんだん その…

「俺は死ぬんじゃないか」っていう
気持ちが出てきて

死の恐怖 死の恐れっていうことが
今度 主な痛みになった。

私は これ
魂の痛みだと思うんですけれど。

で だんだん弱ってこられて

「死にとうない 死にとうない」
っていうことを回診の度に言われて。

まあ この患者さん自身
今まで順調な人生 歩んでこられて

トントン拍子に事業もうまくいって。

初めての うまくいかなさが
すい臓がんであったと。

「なんとか治してほしい。
なんか ええ薬ないのか」って

まあ そういう叫びを続けながら

次第に衰弱されて

叫べなくなり しゃべれなくなり
亡くなった。

何となく こう…

切ないみとりだったんですね。

非常に対照的な 72歳のご婦人。

この方 クリスチャンだったんですけど
肺がんの末期で来られて

とても息苦しいというのが
一番大きな問題だった。

「先生 この息苦しささえ
取って頂いたら

私できるだけ早く神様のもとへ行きたいと
思ってるので よろしく」って

こんなことを言われたんですね。

で レントゲン撮ると もう両方の肺が
真っ白で まあ呼吸が苦しくてですね

「あ~ 近いな。 1週間 10日ぐらい
頑張れるかな」と思うような状態でした。

すぐにモルヒネとステロイドを投与して

まあまあ 神様の助けがあったのか
3日ぐらいで本当に楽になったんですね。

で 回診の時に

「先生 ありがとうございました。
本当に楽になりました。

でも 近いと思います」って
言われたんですね。

その会話を交わしてから3日目ぐらいに
少~し意識が落ちてきて。

痛みからは
ほとんど解放されていたんですけど。

娘さんに対して 最後の言葉
これまた印象的でして

「いろいろお世話になったな。
行ってくるね」って言われたんですよ。

これ 最後の言葉。
「行ってくるね」。

なんかあの ふすま開けて隣の部屋へ
こう行くような感じ。

それで次の日に
す~っと亡くなったんですね。

このお二人が あまりにも対照的。

それで まあ 私なりに
分析というわけではないんですけど

魂の痛みが 差があったんではないかと。

で すい臓がんの この男性は
みんな痛かったんですね。

体も痛いし 心も痛いし

社会的にも 社長という場から もう
降りざるをえないという そういう痛み。

なんとか治してほしいという希望の裏に

死ぬのではないか。
死が恐ろしい 怖いという。

あの… みんな 剥げ落ちるんですね。

だから 今までの自分の
身分であるとか 財産であるとか

交友関係であるとか 家族であるとか
そういう この人の周辺にあった

それを一つの生きがいみたいなことで
生きてきた人が

全部 それ 剥げ落ちちゃうわけですね。

そうすると その中心の中心の部分にある
魂に平安がなかったら

死にとうない 怖い 死にとうない 怖い
っていうふうな形で

まあ しかたなく死を迎える。

周りは つらいですね。 うん。

自分は一体 困難に向き合った時に
どういう魂を持っているのかということ。

それも ちょっと生きてる中で

自分を見つめることがあった方が
いいのかもしれませんね。

そうですね そうですね。

で 女性の方の場合は
魂に平安があったんですね。

もう行き先 はっきり分かっている。

体の部分も 心の部分も 魂の部分も

それぞれが この 調和をとれた形で
うまくおさまっておれば

まあ いい死を迎えることができる。

<柏木さんは 患者と向き合う時
いつも大切にしていることがあります>

これは実際 私自身の体験なんですけど

かなりひどい肺炎になって
自分の病院へ入院しました。

かなり参っていたんですね。

そして その…
すごく若い看護師さんが来られて。

椅子を なんかすごく近づけて
座られたんです。

で なんか若い ぴちぴちした人が
あまりこう近づかはられると

つらいんですね 私…。

でも 私は思ったこと
割にすぐ言える男で

「すみません。 ちょ… ちょっと
椅子 引いてくれませんか」って

これ 言えないんですね。

自分でも驚きました。

そんなん言ったらいいじゃない…
言えない。

点滴が始まって
3日ほどたって熱が下がって

今日は この辺りに
座ってもらうのがいいと思って

椅子を置いてあったんですね。
看護師さんが来て下さって

椅子 すっと引いて
ちょっと遠くへ座ったんですね。

もう駄目ですね。 彼女と私の間に
なんかこう隙間風が。

「すみません もうちょっと…」
これ 言えないんですね。

それで 「へえ~ 患者っていうのは
距離に こんなに敏感になるんだな」と。

それで たくさん写真を撮ってますので

全部 今までの写真 見たんですね。

そうすると 患者さんに近づきすぎていた
ということが分かったんです。

ある37歳の男性と私の写真で

座って 手握って 雰囲気いいんですけど

患者さん 表情見ますと

「先生近い…。 もうちょっと
離れて下さい」っていう表情なんです。

決して言えないんです。
患者さんの表情見れば分かるんですよ。

で 朝 回診を始める前に 一人一人の
患者さんの状態をずっと聞きます。

で まあ鎮痛剤がよく効いて
かなり痛みが取れた。

そういう患者さんには
少し近づいてあげる方がいい。

逆に しんどさが どんどん増してきて
ちょっとつらい思いをしている。

そういう人には 少し離れる
というふうにした方がいい。

まさに
「患者には その日その日の距離がある」。

私の その患者体験で一番学んだことは

そばに来て座ってくれる人との距離にさえ
反応してしまうほど

心が敏感になっている。

患者っていうのは そういう まあ
立場にある人たちなんだということを

医療に従事する人は
しっかりと認識しておく必要がある。

コロナでですね
その距離というのは

随分遠いものに
なってるんじゃないですか。 そうですね。

一番 そのコロナで
大きな問題っていうのは

手を握るということが
できなくなったんですね。

末期の患者さん
私 2, 500名のみとり

まず例外なく
どこかの場面で手を握ってますね。

それは 自然に
「つらいですね」って手を握ることが

表情の変化なんか見てると
それが効果的だということが

よく分かるんですね。

だから 病人の看護で
接触 特に手を握るっていうことは

とってもとっても大切なことなんですね。

少し前に 昔 働いてたホスピス病棟で
少し用事があって行って

手袋はめたまま 手を握ってるのかなと
確かめたんです。

例えば体位交換といって
少し体の向きを変えてあげるとか

そういう時は全部 手袋。

でも本当に手を握ってあげるという時には
手袋を外して手を握ります と。

はぁ~ よかった というふうに思って
ちょっと安心したんですけどね。

あの… 恐らく多くの病院で
素手で手を握るということを

禁止しているところがあるのではないか。

でも やっぱり 人生の最後の時に

人と人との直接的な触れ合いから
感じることができる安心感。

私は 手を握ることで患者さんが感じる
安心感というのは

心と魂の真ん中ぐらいのことでは
ないかなと思うんですよ。

なんかこう 心と魂の間ぐらいに

何か 手を握って頂いた感覚というのが
届くんじゃないかなと。

次々にルールが出てきて

そして状況に合わせて
そのルールも変わってきてというのが

もう日々 このコロナの時代には
起きているわけですけれども。

じゃあ そんな中で
何ができるかっていう考えですよね。

そこは それぞれの 介護や医療機関や
その現場での考えどこですね。

なんかこう 全部
「もう規則ですから」って…

払ってしまうというか。

それかといって

言われたら何でも受け入れたらいい
という意味では決してないんですね。

生命現象に重きを置いているから
そうなるんで。

患者さんのいのち
ということを考えた時に

少し違う行動をとることもできるのでは
ないかな というふうに思うんですね。

<柏木さんは ホスピスの
「いのち」をみつめる医療が

今 コロナ治療にも
必要だと言います>

ホスピスで実現して
それがよかったと思えることが

コロナ病棟でも実現できないかな
というのが 私の思いなんです。

ホスピスで ずっと仕事をしてきて

ケアが必要なグループが3つある
というふうに思うんですね。

患者グループ。 これ当然 第一ですね。

そして 家族というグループですね。

それと医療看護のスタッフ。

この3つのグループのケアが
必要だというふうに思うんですね。

特に あの… ご家族のケアですね。

家族が急に発病して

全然会うこともできない状態で
どんどん患者さんが死に近づいていく。

せめて ひと言 声をかけたい
一目見たい

という気持ちになるのは当然ですよね。

最後のひと言が言えたか 一目見ることが
できたかどうか ということが

その方の残りの人生に落とす影がですね
違うんですね。

それほど やっぱり
最後の接触っていうのは

私 大切だというふうに思ってるんです。

ですから もっともっと
家族のケアといいますか

それに対して真剣に取り組む必要が
あるんではないかなと思います。

それから スタッフですね。

スタッフのストレスというのは
やっぱり すごいと思うんですね。

例えば 重症で
運び込まれてきた患者さんっていうのは

そこで対話が成立するとかいう

状態ではないわけですよね。

自分がどう動いたらいいかということも
初め なかなか分からない。

コロナの患者さんの場合
ご本人とは なかなか

コミュニケーションがとりづらい
という場合もあると思うんですけれども。

そんな場合に じゃあ どういうふうに
その人の思いをくみ取ればいいのか。

まあホスピスの場合 かなり弱られても
会話が可能な時はですね

「今 もしできるとしたら
何が一番したいですか?」っていう

問いかけをして
患者さんから こう返ってくる。

しかし コロナ病棟の場合は
多分 一番問題になるのは

患者さんとのコミュニケーションが
とりづらくなっている。

その時に 何か患者さんのために
できることはないだろうかと

まあ 思うわけですね。

やっぱり私は
そういう思いをご家族とシェアする。

共に考えるっていうことが

とても大切だというふうに思うんですね。

例えば ベッドのそばに 何かこう

お花飾るとか
なんかお写真をちょっと置くとか。

非常に具体的に言えば 何かこう

患者さんの慰めになるようなものを
置いたらどうかな。

「もし置くとしたら 何がいいと
思われますか?」っていうふうに

お尋ねする。
それは ご家族に…。

ご家族にお尋ねをする。
あ~ はいはい。

ですから何か メディカルなこと以外に

患者さんが少しでも
気持ちが和らぐようなことはないか

という気持ちを持つことが大切で。

ご家族に 「何かしたいんですけど
何をしたらいいでしょうね?」

ということを尋ねること自体が
まあ ご家族から見れば

「そこを考えて下さってるんだな。
ありがたいな」という気持ちを

伝えることになるわけですね。

それは 家族にとっても
そのベッドに横たわっている患者さんを

深く思い返すことにもなりますし。
そうですね。

医療関係者も 家族や患者さんに対して
できることをやるという

その行為自体に
何か芽生えてくるものがあるでしょうし。

これは ひとえに患者さんのためだけでは
ないですね。 そうですね。

その家族や医療従事者の
この3者の関係で

いろいろなものが耕されるというか
そういう感じがしますね。 そうですね。

<柏木さんが重視する
コロナ患者のみとりに

取り組む病院があります。

神奈川県の…>

<主に 新型コロナウイルスの
重症者の治療をしています>

<この病院では 感染リスクのため
患者と直接会えない家族の心に寄り添う

「家族ケアチーム」を発足させました>

<不安を抱える家族と連絡を取り

タブレットを使った家族との面会や
患者の枕元に家族写真を置くなどの

取り組みを続けてきました>

<家族のケアを続けてきた
看護師たちです。

今回 医療現場の現状を知ってほしいと
取材に応じてくれました>

<今年4月 他の病院から 容体が急変した
一人の女性が搬送されてきました。

神奈川県在住の 70代の女性です>

<女性は 植物や昆虫などを精密に描く
プロのイラストレーターで

何よりも自然を愛していました。

自らも自然の一部と考え

延命はせず
自然に亡くなることを望んでいました>

<しかし 新型コロナウイルスに感染し
1週間で容体が急変。

日に日に 肺が白くなり
血液の酸素濃度が落ちていきました>

<女性は 直接面会が許されず

誰とも触れ合えない孤独の中で
自らの死と向き合い

必死に闘っていたといいます>

<女性には
一人娘の香菜子さんがいました。

長年 母一人子一人
支え合って暮らしてきました>

<今回 香菜子さんが 番組に書面で
当時の状況を教えてくれました。

香菜子さんは病院に
母親と直接会いたいと訴えます>

<「もう一度
母に青い空を見せてあげたいんです。

風の囁きを 鳥の鳴き声を
花の香りをかがせてあげたい。

母がもう病院の外に
出られないのであれば

私が中に入って
直接 母の手を握ってあげたい」>

<このころ 病院では半年以上かけて

家族が直接面会できる仕組みを
整えつつありました。

看護師たちから

「感染対策を行った上で 患者と家族を
最期に直接会わせてあげたい」

という声が多く上がっていたからです>

(香菜子)ママ。

<4月下旬 香菜子さんは毎日のように

タブレット越しの面会に
訪れていました。

娘の顔が見える度 母親は
目を輝かせて喜びました>

<香菜子さんが花束を贈ると
大切そうに抱き締めていました>

<この日を境に ほとんど
目を開けることはなくなりました>

<3日後 母親が危険な状態になったと
香菜子さんへ連絡が入ります>

<病院は 母親と香菜子さんを
最期に直接 会えるよう

空いた病室に 母親のベッドを移動させ

二人が安心して会える空間を
つくりました>

<母親が感染してから
およそ1か月ぶりの再会でした>

<そばにいた看護師が
背中に手を添えました>

<香菜子さんと看護師の呼びかけに

意識がほとんどないはずの
母親が反応します>

<面会中に血中の酸素濃度が上がり
容体が落ち着いたのです>

<8日後 香菜子さんは母親と
もう一度 直接会うことができました>

<看護師からの提案で 二人
手をつないだ写真を撮りました>

<この日の夜
母親は静かに息を引き取りました>

<香菜子さんは 母親の最期まで
共に奔走してくれた医療スタッフに

深く感謝するとともに こう記しています>

<「あの時
もし母の手を握ってあげなかったら。

私は生きることの意味を
見失っていたかもしれません。

家族にしかわからないこと
家族だからこそできることがあって

私は母の人生の終わりに
それをやってあげたかったのです」>

その 残される者にとって

この最期のいのちを
見つめる時間っていうのは

すごく大切なんですね。
そうですね。

この病院で特別の場所
みとりの場所として

つくられたっていうのは
非常によかったと思うんですね。

その場所がなければ
実現できないような みとりが

現実に その場で
行われているということですね。

これは やっぱり すごいことだなと
見せて頂いて思いました。

その 最期に会えたかどうか
ということが

それからの娘さんの人生に
大きな影響を与える。

ですから そういう意味では

一人の人の人生を決めるというぐらいの
大きな価値を持つ。

一人の人が死を迎えるっていうのは

その人と関わった多くの人に
さまざまな思いを残すわけですね。

例えば 父親が亡くなった息子さん。

その お父さんの死をみとって
ことあるごとに

おやじは こういうことを
大切に思ってきたな

あの人の価値観は こういうところに
あったよな というふうなことを

ちゃんと思い出すことができて
それを自分の人生に

まあ 利用するというわけじゃ
ないですけど…。

生かすというかね。
参考にして。

この時に おやじが生きてたら
どうするかな ということを考えたり

非常に困った時に おやじだったら
この困り方にどう対処したかなというの

全部 おやじさんの生きざまを
見てきている息子だから

それ できることですね。

だから いのちをつなぐっていうのは

その人が大事にしてきたことを

その人が持っていた価値観を

その子どもたちが
受け継ぐ つないでいくと

そういう意味がある
というふうに思うんです。

つまり生命… 物理的あるいは
医学的な命は終わっても

その人の考え 志 そういう「いのち」は…。
継がれていく つながっていく。

ですから 病院関係者が死というものを
全体的に捉えるという姿勢を

いつも持っている必要があって

なんかこう 医学的なことだけで
いろいろなことを判断するというのは

まあまあ 危険性をはらむと。

ただ まあ 医療ひっ迫 あるいは
医療が もう崩壊だっていうことが

繰り返されている今 その中で
とても その余裕はないんだよ

無理なんだよって思ってしまう事態も
向き合いつつ

大事なひとときを守るかっていうのは

ここが 今の私たちの
勝負どこかもしれないですね。

そうですね。 なんか あの
何かできないかという気持ちで

患者さんの状態を診ていく時に
出てくる時がある。

これ ブラジルで実際に起こった
コロナの患者さんの写真ですね。

これは ナースがですね
患者さんの手が冷たいだろうと

自分の手でギュッと握って
温めてあげたいんだけど

それができないということで

なんとかしたいという気持ちが
強くなってですね

手術用の手袋に
お湯をいっぱい入れて 結んで

ちょうどいい加減の温度で
患者さんの手の甲に置いたわけですね。

患者さん自身は
意識もかなり低下していて

反応はできなかったんだけど
何となく顔の表情がよくなった。

これ よほど患者さんのこと
思ってなかったら

そんなこと できないですね。

限られた人的な要素
お金の要素 時間的要素

いろんな要素ありますけれども その中で
何ができるかというところですね。

ホスピスで働いてた頃に
よく感じたことなんですけど

回診に行って 病室に入った時にですね

お部屋の片隅に きれいな花が飾ってある。

それ見ただけでホッとするんですね
こちら側が。

ドクターの側が。
ええ こちらの側がホッとするんですね。

いのちの問題で いのちと闘っている
その場でこそ

そういうことが
必要だというふうに思うんですね。

コロナが
これだけ広がっている社会とはいえ

最期のみとり この大事な時を
切り捨てるような そういう医療が続く

これは避けたいですよね。

2, 500名のみとりから
いろんなことを教えられたんですけど

人は死んでいく力を持ってるな
ということです。

死んでいく力って なんかこう…

モリモリとという
そういう意味ではなくて

死というものを どこかで覚悟して

これはもう誰にでも訪れることなので
しかたのないことなんだなぁ

というふうに思う力みたいなものを

人間は持っているんではないかな
というふうに思えてしかたがない。

受け止め 受け入れ…。
受け止める はい はい。

腹に落ちるということですか。
そうですね。

体の部分も 心の部分も 魂の部分も

それぞれが調和をとれた形で
うまく収まっておれば

まあ いい死を迎えることができる。

大切なのは 死んでいく力を
発揮できないような状態を…

う~ん… 防ぐ。

ものすごく苦痛に満ちた死を
迎えさせてはいけない。

とにかく
安らかな死を実現するということは

我々の非常に大切な仕事だと
思ってますね。

<柏木哲夫さん 82歳。

ホスピスで学んだことを
多くの人へ伝えたいと

コロナ禍の中で執筆や講演を
精力的にこなしてきました>

<今こそ 柏木さんが大切にしたいのは…>

(笑い声)

<ユーモアを使って笑い合うことです>

(柏木)
「お守りを 医者にもつけたい 手術前」。

(笑い声)

<ホスピスでは ちょっとしたユーモアが

死の現実と向き合う空間に
笑顔と癒やしをもたらしたといいます>

<柏木さんは ユーモアの力が

困難な状況を生き抜く助けになると
信じています>

今 日本中 ほんとに
コロナとの闘いに明け暮れる

全体的に非常に重苦しい空気が
日本全体を覆ってると思うんですね。

これ なんとかしないと なんか

日本人が潰れてしまうような
気がしまして。

その中で 私 やっぱり
ユーモアが持っている働きって

かなり大きいというふうに思うんです。

ユーモアっていうのは
いろんな定義がありますけども…

…であるというふうに
定義してもいいかなと。

ある… 68だったと思うんですけど
肝臓がんの末期の女性で

ある日の回診の時に
いろんな話をしてたんですけど

途中で 「このごろ もう
あっさりしたものしか

食べられなくなりましてね。

おそうめんとか お豆腐とか」。

「そうですか お元気な頃は
何がお好きでした?」って聞いたら

「お金」って言われたんですよ。
ハハハ… そうですか。

びっくりしましてね。

みんな 若い医師もナースも家族も
ドッと笑った ウケたんですね。

すごく いい雰囲気になった。

しかし その回診が終わってから
ちょっと不自然な気がした。

それで 患者に素直に言ったんです。
「あそこで 面白かったけど

かなり ずれが大きかったと
思うんです」って言ったら

「いやぁ さすが先生ですね」って
言うんですよ。

「いや 実は だんだん私 弱ってきてね

自分でも ちょっと沈みがち。

主治医も看護師さんたちも なんか
私のとこ来て ちょっと鬱っぽい。

家族もそうだ」って。

「みんなでワーッと笑いたいって
思ったんです。

それで今日 たまたま先生が
食べ物の話をして下さったので

あそこで 大きくずれてやったんです。

みんなで笑って 私もうれしかった」。

この人すごいなと思ったんですよね。

あえて自分で笑いを紡ぎ出した。

で みんなが助かった。

もう一つ ユーモアっていうのは…

…という定義があるんですね。

58歳の男性で 直腸がんの末期でですね

だんだん弱ってこられて 近いなぁと。

12月 ある年の12月だったんですけど

最後の正月を家で過ごしたいという
気持ちが非常に強くて

なんとか帰りたいということで
帰って頂いた。

その奥さんが 「先生 外泊できて
ありがとうございました。

夫の寝正月を見ていて
さみしくなりました。

でも こんな時にこそ
ユーモアが大切だと思って

川柳 1つ作りました。 見て下さい」って
こう 色紙にね

きれいな毛筆で
川柳を書いて渡してくれたんですよ。

プッと笑ったんですね。

ところが
なんか じっと見てるうちに

その おかしさの裏にある
奥さんの悲しさみたいなのが

なんか グーッと迫ってきましてね。

不覚にも
ちょっと ポロッと一粒 涙が出た。

自分の悲しみを
ちょっとだけ横へ飛ばすというか。

普通であれば
笑うことができない状況の中で

そこへ そのユーモアを
導入することによって

つらい状況を笑いに変えることができる。

コロナ時代にもかかわらず…。

まあ 笑うというのが難しければ
ほほ笑むぐらいでもいいんですけどね。

なんかやっぱり なかなか心の底から

大笑いっていうようなことは
できないにしても

クスッとでもいいから
なんか笑える空気

笑うこと そういうことに
少し みんなが心がければ

浮き上がるだけの力はなくても
ホッとして

ちょっと下へ下がっていく下がり方を
やや持ちこたえる。

まあ あの…

コロナには負けないぞという気持ちだけは
みんなが持てたらいいなと思いますね。

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