開運!なんでも鑑定団【夭折の天才画家作&人気テレビ人形劇の人形に衝撃値】[字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

開運!なんでも鑑定団【夭折の天才画家作&人気テレビ人形劇の人形に衝撃値】[字]

■わずか22歳で死…<伝説の天才画家作>幻の絵に衝撃鑑定額■大人気<テレビ人形劇>…アノ人形がなぜ家に!?驚き値■出張鑑定は三重・四日市…松尾芭蕉のお宝!■

詳細情報
番組内容
お宝は、インターネットオークションにはまり絵画を買い集めている父が、数ヶ月前、1万5千円で落札した風景画。作者も知らずに買ったが、裏にその名前が書いてありびっくり!番組が始まって間もないころ、出張鑑定で3000万円の高値がついた絵の作者と同じだった。父はすごいものを手に入れたと自慢してくるが、果して本当にそんな価値があるのか!
出演者
【MC】今田耕司 福澤朗
【ゲスト】松島トモ子
【アシスタント】片渕茜(テレビ東京アナウンサー)
【出張鑑定】出張鑑定 in 三重県・四日市市
【出張リポーター】石田靖
【出張コメンテーター】近藤くみこ(ニッチェ)
【ナレーター】銀河万丈、冨永みーな
鑑定士軍団
中島誠之助(古美術鑑定家)
北原照久(「ブリキのおもちゃ博物館」館長)
安河内眞美(「ギャラリーやすこうち」店主)
山村浩一(「永善堂画廊」代表取締役)
阿藤芳樹(「阿藤ギャラリー」代表取締役)
林直輝(「日本人形文化研究所」所長)
関連情報
【番組公式ホームページ】
www.tv-tokyo.co.jp/kantei/

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
バラエティ – その他
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸

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キーワード出現数ベスト20

  1. 近藤
  2. 万円
  3. 人形
  4. お宝
  5. 村山槐多
  6. オープン
  7. 寿三郎
  8. 石田
  9. お願い
  10. 作品
  11. カメオ
  12. チェコ
  13. 鑑定団
  14. 玉梓
  15. 結果
  16. ジャカジャン
  17. ポコ
  18. ホント
  19. 依頼人
  20. 画家

解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)

   ごあんない

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ABEMA



<音楽が鳴ると すぐに踊り出す
活発な子だったため…>

< その稽古風景を撮影した
ニュース映画 『小さな豆バレリーナ』が

天下の名優 バンツマこと

阪東妻三郎の目に留まり
スカウトされるや

1年後

<以後 名子役として
引っ張りだことなり

数々の映画に出演。

ところが17歳の時
すべての仕事を辞め

ミュージカルの勉強のため
アメリカに渡り ニューヨークの…>

<子役時代 蝶よ花よと
育てられていたため

傘のさし方や
切符の買い方もわからず

大変苦労したそうです。

そんな滞在中の留学記

<帰国後は ミュージカルを中心に
活躍していましたが

一躍 世間から注目されたのが

40歳の時に起きた あの事件>

<テレビのドキュメンタリーで

ケニアの動物保護地区を
訪れた際に

なんと

<思い出してください。
トモ子さんのデビュー作のタイトル。

そう 『獅子の罠』。

頭から血が止まらず 本来なら
10日間の入院が必要でしたが

3日で退院し 撮影を再開。

しかし 最初の事故から

<今度は ヒョウに首をかまれ

第四頚椎粉砕骨折の
重傷を負ってしまいました>

<耳元で 骨がバリバリと
砕ける音がしたときには

死んだと思ったそうです。

そんな恐怖体験も
今では ようやく笑い話に。

昨年 開設したブログにつけた
タイトルがなんと…>

<子役スター時代から
二人三脚で歩んできた

母の介護の様子など
明るくつづっています>

依頼人の登場です。

(片渕)東京都からお越しの

ようこそ 「鑑定団」へ。
よろしくお願いします。

どうぞ こちらお入りください。
よろしくどうぞお願いします。

ライオンの餌 松島トモ子でございます。

今日もおいしそうですね。

あのお話 根掘り葉掘り
聞いてもいいんですか?

えぇ えぇ。
最初にどこいかれたんです?

ここをかんで ビューッと飛んで。
投げ飛ばしたんだ。

それで 7頭ライオンがいるんですよ。

その真ん中で 私が倒れて。
餌やん 完全に餌ですやん。

もうズタボロですよ 私は。

松島さん そこから10日後に。
もう1回行くっていう根性が…。

超人ですね。
仕事熱心って。

仕事熱心とは違うと思う。
熱心すぎます。

次元が違う。
熱心すぎる。

ブログのタイトルが
ライオンの餌って

そんな自虐的なタイトル
よくつけられましたね。

若い方 私のこと
知らないじゃない。

だから なんとなくこう
キャッチーなものにしなきゃいけない。

キャッチーじゃないですよ。
ライオンの餌は キャッチーじゃない。

それでは いきましょう。
お宝 オープン。

あら これなんでしょう?

カメオのブローチ。
カメオのブローチか。

これ いつくらいに
手に入れられたんですか?

(松島)私がまだ
小さいときにですね

大阪で ずっと
連続テレビを撮っていて

スタジオとホテルしか
行くところがないんで

ホテルのアーケードのところに 宝飾店が。
よくありますよね。

(松島)すてきな
カメオのブローチがあって

その時 3万か4万か
渡されてて

で 買っちゃったんだけど

カメオだけだったんですよ。

金とか ダイヤとか入ってますよね。
入ってますね ダイヤとか。

(松島)はい あれはない。
裸で買ったんです。

買ったのは カメオの部分だけで。

これが似合う
大人になったときに

枠をおつけくださいって。
あぁ。

(松島)それから 何十年か経って

だいたい 55万くらい。

こういうブローチが似合う
女性になりたいと思って

買ったんですけれど。

先生あの 55万くらい
枠にかかってるんですけど。

聞いてましたから
阿藤さん聞いてましたから。

ご本人の評価額になりますが
おいくらでしょう?

思い切って 100万。
100万で。

まいりましょう。
オープン ザ プライス。

どうなってるの?
見ててください。

80万円。
80万。

ちょっと
100万には届かなかったか。

アンティークではなくて
現代ものなんですけれども

ボッティチェリの絵画の
『プリマヴェーラ』という絵から

題材をとっています。

よ~く見ると ホントに
細かいところまで きちんとした

きれいな細工がされてて
すばらしいものだと思いますね。

フレームなんですけれども
繊細かつ豪華なものに

出来上がっていて 非常に この
中のカメオと枠が一体となって

すばらしい作品になってると。

嬉しいです。
ぜひ大事になさってください。

これからも。 くれぐれも
動物には お気をつけください。

ありがとうございました。
ありがとうございました。

<続いては 東京都 三鷹市にある
ちょっとモダンなカフェから。

こんにちは>

いらっしゃいませ。

<次なる依頼人は
こちらのカフェで

アルバイトをしている
大学生 竹内大樹さん。

実は ここ 2019年にオープンした

クラフトビールの醸造所に
併設されているカフェで…>

<特に オススメは…>

こちらの吉祥寺IPAです。

他のビールに比べ ホップの苦味と香りが
楽しめるので

ビール好きな人は
絶対に ハマるはずですよ。

<東京外語大で学ぶ竹内さんが

この店で働きはじめたのは
1年ほど前>

このお店で働くきっかけでした。

<チェコは
国民一人あたりの消費量が

世界一といわれるビール大国。

チェコ発祥のピルスナーは
その爽やかな喉越しと

ホップの苦味が世界中で人気となり

日本のビール造りにも
影響を与えました>

これから もっと
ビール造りに詳しくなって…。

< ところで…>

<1年ほど前 父 友章さんが
知人に頼まれ 買ったもの。

その額 なんと…>

< あら まあ…。

では 父 友章さんの言い分を
伺うと…>

その人形は…。

鑑定 よろしくお願いします。

< その不気味な人形とは?
スタジオで拝見しましょう>

依頼人の登場です。

(片渕)東京都からお越しの

ようこそ 「鑑定団」へ。
よろしくどうぞ。 お願いします。

チェコ語って どんなんなんですか?

チェコ語は…。
例えば 「こんにちは」とか。

ドブリーデン。
ドブリーデン?

スラブ系の言語なので ロシア語に少し

似たようなイメージを
していただけると。

チェコが そんなビール大国だなんて
僕 知らなかった。

ホントに。 世界一ですもんね。
ドイツかと思ってた…。

普通は そう思いますね。
ねぇ。

いちばん多く消費する国は
ドイツなんですけど

1人あたりにすると
チェコが いちばん…。

じゃ 1人で飲む量は
断然 チェコなんだ?
すごいです。

いいな。
チェコ 行ってみたくなった。 急に。

ぜひ ぜひ。
それでは お宝 見てみましょう。

お宝 オープン!

辻村寿三郎の人形になります。

1973年に NHKで
『新八犬伝』っていうのが…。

めっちゃ観てましたわ!

もう玉梓が怨霊
超 怖かったんですよね!

懐かしい!

もう俺
かじりついて観てたんですよ。

二大トラウマですもん。

この玉梓が怨霊と
『妖怪人間ベム』は ほんまに。

初めて見たとき どうでした?

こんな不気味なものに
100万円 使ったのは

ちょっと
どうかしてるんじゃないかなって。

確かに そうや。
でも わかるやろ?

今の俺の この熱。 温度。

温度差がありすぎて 自分は
すごくビックリしてるんですけど。

(笑い声)

お父さん 来てはる。
お父さん どうも。

その後 100万円でしたっけ?

学資保険分の何か補填は
あったんですか?

すみません。 まだ… はい。

なんとか作りたいと。
行くまでには。

なくなったら なくなったで
また頑張って作るんですよね?

めっちゃ肩 持つな。 やっぱね。

いつ頃 チェコ 行きたいですか?

できれば 早く
すぐに行きたいんですよ。

まあ まあ まあ。 1年や2年ね
もう ちょっとやそっとでは

どないもならんて。 大丈夫。

大人なったら あんときの1年って
こんなもんかってなるよ。

なんか今 すごく
説得されちゃいそうで

今 不安になってきました。

でも 急に寝返るわけやないけど
お父さんとしたら

もう 1回 手に入れて 実物を
見たら もう満足してると思う。

お父さんとしたら どうですか?

いえいえ いえいえ…。
(笑い声)

ごめん。 予想 大間違いでした。

<和でもなく 洋でもない。

独自の世界を築き上げた
人形作家…>

<生後 まもなく 料亭を営む
辻村家の養子となった。

料亭に出入りする芸者たちに
囲まれ生活していたためか

着物の生地や人形に
強い愛着をおぼえるようになり

5歳にして 誰に教わるでもなく

人形を作りはじめた。

1944年 満州から
広島市内に引き揚げ

1年後 養母の故郷である

広島に 原爆が投下されたのは
その4か月後であった。

1955年 22歳のとき
養母が亡くなると

すべての家財道具を処分し 上京。

その際に頼ったのが
以前より親交があった

前進座の看板役者
河原崎国太郎であった。

当初は 俳優を志したが

寿三郎のものづくりに対する
非凡な才能を見抜いた

河原崎の勧めで

< そこで 人形の動かし方や
芝居の基礎を学んだ。

上京してからも 趣味で
人形を作り続けていた寿三郎は

27歳のとき 本格的に

<才能を一気に開花させた。

そして取り組んだのが

『ヒロシマより
こころをこめて』であった。

広島で被爆し 亡くなった
同級生の兄妹をモデルにしたもので

その表情は どこか悲しげだが

鋭いまなざしに
力強い生命感が溢れている。

寿三郎の原点ともいうべき
作品であり

こう記している>

<マリー・アントワネットや 北条政子など

名だたる世界の女たちを
題材にした

人形を作るという企画で
話題となった。

これが きっかけとなり

<人形制作はもちろん
自ら 人形の操作を担当。

番組は大ヒットし 寿三郎の名は
不動のものとなった。

寿三郎の人形は 歌舞伎や

文楽人形などに
影響を受けつつも

そのほとんどは 寿三郎独自の
技法によって

生み出したものである>

<通常 日本人形の頭は
胡粉を塗り重ねて作るが

寿三郎は 人間の肌の質感を
大事にしたため

表面に ちりめんを使った。

焼きごてで 凹凸をつけて

繊細な感情を作り出す技法も
考案した>

< その後 人形の世界は
もちろん

<幅広く活躍。

今なお 多くの人形作家に
影響を与え続けている>

<改めて 依頼品を見てみよう。

人形劇 『新八犬伝』に登場する
怨霊 玉梓の人形である。

『新八犬伝』は1973年4月から

およそ2年間にわたり
放送された

毎回15分の人形劇。

曲亭馬琴の 『南総里見八犬伝』を
基にした物語で

伏姫と 霊犬八房の間に生まれた

8人の犬士が 妖怪や

悪党など
さまざまな敵を退治していく>

<影の主役と言われるほど
人気が高かった。

『新八犬伝』で寿三郎が
制作した人形の数は

およそ

そのほとんどは
目や口は動かないが

玉梓は特別に
目の色が変わったり

口が開くからくりが
つけられており

寿三郎 自らがこれを操った>

いや~ すごい!

なんで ここにあるんだろう。

すごいものなのかもしれない
という期待が

少しだけ わいてきました。
よしよし…。

は~ 懐かしいな。

会えるとはな~。

今田さん 動かします。
お願いします。

あぁ これこれ…。 これ
トラウマなるでしょ 子どものとき。

なるなる これはなる。

ご本人の評価額になりますが
おいくらでしょう。

100万円で。
100万で。

まいりましょう
オープン ザ プライス。

500万円!
すごい! 500万!

500万!
(片渕)500万!

えっ…。
行こう 5カ国。

これはもう 辻村寿三郎さんの
傑作ですね。

『新八犬伝』は 浮世絵 歌舞伎
文楽といった

日本伝統の様式美を生かした
人形時代劇。

玉梓が怨霊は
主役ではないにも かかわらず

視聴者から
次はいつ登場するのかと

投書が届いたというくらい…。
は~!

人気のキャラクターだったんですね。

顔を見ていただきますと 単に
怖い 恐ろしいというのでは

なくてですね
内に悲しみを秘めたような表情。

しかも この玉梓が もとは
美女であったっていう

背景までも語るようなですね
表現が実に見事だと思うんですね。

人形自体はですね
1体だけではなくて

何体か この放送のために作られた
ということなんですけれども

放送で使われていた
ときにはですね

髪の毛が 木綿のしつけ糸を
使っておりまして

グレーだったんです。 放送後に

展示して使うためにですね
黒いヤクの毛に

植え替えております。
それによってですね

かえって このすごみが
増しているんではないかな…。

ぜひ 大切になさって
いただきたいと思います。

いやぁ いかがですか?

< お宝列島 日本縦断…>

<今回の舞台は 三重県の北部に
位置する 四日市市。

戦後 大規模な
石油化学コンビナートが造られ

国内有数の工業都市として
発展してきた。

近年 写真映えすると
注目を集めているのが

その景観で 特に夜景は
幻想的で美しく

まるで 近未来都市のよう。

陸上はもちろん 海上クルーズなど

さまざまな場所から
楽しむことができるため

全国から 多くの観光客が訪れる。

特産品は

<江戸時代中期

<隣町の朝日町で窯を開き

茶器を焼いたのが
その始まりとされる。

現在 さまざまな日用品が
作られているが

特に 土鍋は

<人気が高く その…>

<名物は

厚切りにした豚ロース肉とニンニクを

濃厚なタレを絡め ソテーしたもので

戦後 工場で働く労働者のために
考案された。

ニンニクのきいたパンチのある味は
ごはんにもお酒にも相性抜群。

一度食べたら やみつきである。

本日の鑑定士は…>

<会場は

早速いってみよう!>

「出張! なんでも鑑定団」
IN 四日市!

<四日市市出身で
観光大使も務めている>

生まれ育ちがこちら?

そうなんですよ。

いらっしゃ~い。
(笑い声)

< まずは
萬古焼を集めて25年の

萬古焼を集めてらっしゃる。

< そのコレクションが こちら>

これ!? これ萬古焼?
萬古焼です。

(近藤)うわっ すごい!
おもしろい!

(石田)土瓶だ。

<実は

萬古焼に限らず 一度
気に入ったものは

買わずにいられないため
こんなものまで集めてしまった>

(近藤)なんですか? これ。

(近藤)えっ!?

(石田)これは何ですか?

(近藤)えっ!? 便器!?

(近藤)確かに。

これできへん…。
(笑い声)

< お宝は 明治から戦後にかけ

三重の伊勢で活躍した日本画家

<6年ほど前 馴染みの骨董商から
突然 電話がかかってきて…>

怖い 怖い 怖い…。

<聞けば ある老夫婦が
旅館を廃業することになり

すぐにお金が入り用だという。

人助けになるならと
買うことにしたが

自分では持ち合わせがなく…>

1回どころやないと思いますけど。

<自宅に持ち帰り
じっくり見たところ…>

鯛なんかにしたって
海の中泳いでるっていう感じが

すごく出てるから。
鯛の表情がやわらかい。

っていうことくらいしか
わからない。

<本人評価額は
買ったときと同じく 30万円。

実物も見ずに買ったのは
あとにも先にも このとき限り。

正直 今でも不安だが
果たして 結果は!?>

ジャカジャン!

100万円!
(近藤)うわぁ~!

< よかった~!>

おめでとうございます!
すごい!

真作 間違いありません。
(近藤)すごい すごい!

鯛の左洲という
異名があるくらい

鯛を描かせたら
日本一といわれた作家です。

確かにですね 鯛を見ると

動き 非常に よく捉えて
描かれてるんですけども

後ろ向きの鯛がいますね。

こういった場面を描くというのは
非常に珍しい。

伊勢海老 どちらかというと

写生というよりも
写意を重んじて

わりに簡略化して描いてます。

そういった対比が
非常に おもしろいですし。

それとですね
すばらしいのはですね

非常に 仕立てがいいです。
屏風の生地ですね

それは 全部
左洲の印譜裂になってます。

名品といえる作品。

<続いては 地元を撮り続けている
フリーカメラマン

(石田)えっ マジっすか?

被写体やないの。

<実は 今年の3月まで

市の広報紙の表紙写真を
担当していた>

今は 主に どんな写真を
撮られてるんですか?

< それが こちら>

(石田)これ
四日市ちゃうでしょう。

(近藤)なんか 近未来的な感じも
しませんか?

(石田)えっ うわ!

(近藤)かっこいい。
(石田)かっこええな!

写真…。

< お宝は こちら>

(石田)ちっちゃ。
(近藤)かわいい 何あれ。

<60年以上前

幼稚園の頃に
夢中になって集めたもの>

幼稚園の頃?
そうなんです。

こんな ちっちゃい!?

<小さいながらも ブリキや木で
精巧に作られており

当時は ちゃぶ台いちめんに並べ

眺めているだけで楽しかった>

車の あの 三輪の?
そうです オート三輪 マツダの…。

オート三輪とか。
あと 特急の車両。

カメラが 2台並んでます。

これ 昔のバリカンですよ。

そうです 床屋さんのイスも…。
床屋さんの… ほんで イス。

(島崎さん)あれに ガサッと
入れてあったもんですから

散らからずに済んだんです。
(石田)すごい!

<本人評価額は
これくらいかなと 1万円。

ずっと 道具箱に
しまいこんでいたので

こんな大舞台で

日の目を
見せてあげることができ 感無量。

果たして 結果は!?>

ジャカジャン!

15万円!
(近藤)え~!

< やった~!>

ヤバい!
すごい 状態がいいです。

創業者の江崎利一さんはですね

子どもの二大天職は

食べることと
遊ぶことということで

お菓子の中に おまけを入れたり
だとかしていたわけです。

紙のオート三輪は 1949年。

あとは 50年代のもの。

当時 流行したものだとか
憧れのものを

おまけにしてるわけですよ。

それで オート三輪だとか
こだまだとか

断トツ 高いんです 7万円です。

(近藤)え~!

数が すごく少なくて
とても珍しい。

ぜひ 大事に。
(近藤)すご~い。

<続いては 梅干しを食べるのが
日課の

そのままがいいんですか?

意外ですよ!

< お宝は こちら>

オープン!

お~!

<35年ほど前
焼き物が大好きな父が

骨董商から見せてもらったところ
一目ぼれし…>

< なかでも
父が気に入ったのは…>

見えないかな。
いや…。

馬? そうです…。

<本人評価額は
買ったときと同じく 30万円。

今日は 高齢の父に頼まれ
代わりに出演したが

もし高値がつけば
お駄賃として くれるかも。

果たして 結果は!?>

ジャカジャン!

70万円!

< これは すごい~!>

堂々とした
いいものだと思います。

明時代後期 龍泉窯という窯で
焼かれた 青磁なんですよ。

江戸時代 日本では人気があって

七官青磁っていうふうに
俗に言われてるんですけれども

結構 その当時も輸入されて
きてるものなんですよ。

本当に
鏡のようにツヤツヤとしていて

ちょっと緑がかった
明るい青磁になるんですね。

よく見ると 釉薬に
貫入といいますけれどもね

ヒビが バーッと入っていて
それが また味わいになってます。

首のところの模様 波の模様です。

波?
(近藤)波じゃない ほら。

形も とっても
腰が ピッと張っていいですし

これからもね ぜひ大切に。

<続いては 住職になって
1年の

やっぱり大変なんですか?

はい お元気で。

<住職を務める欣浄寺は
350年以上続く真宗高田派の古刹。

16代目として跡を継ぎ まだ1年

たまったストレスは
歌で発散している>

(拍手)

どうですか? いま歌ってみて
気持ちよかったですか?

< お宝は こちら>

松尾芭蕉の掛軸になりますね。
(近藤)え~っ!

三重ですか? 出身は。

<65年ほど前
13代目住職だった曽祖父が買い

ずっと大事に
蔵にしまってあったもの。

芭蕉が伊勢参りをした際

西行法師の短歌と

平安時代の僧侶
増賀上人の

故事を踏まえて詠んだ
2句が書かれている>

それに やっぱり…。

<父は 筆遣いも滑らかで美しいと
自信満々だが 自分としては…>

<本人評価額は
父の意見を尊重し300万円。

ふだん 父は 間違ったことは
絶対に言わないが

こればっかりは 半信半疑。

果たして どうなるのか?>

<65年ほど前

13代目住職の曽祖父が買った
松尾芭蕉の掛軸。

果たして 結果は!?>

ジャカジャン!

< あ~ちゃ~!>

笑いました 長松さん!

真筆ではありません。
いわゆる写し。

ほとんど かすれがないです。

ゆっくりと
丁寧に写してるっていう感じです。

それと紙。

おそらく 芭蕉の時代より
100年くらい

下がると思うんですね。

極め札も箱書きもニセモノと。

これ自体は 伊勢の詣での歌で

ホントに地元に即した
いい内容ですので

飾られたらどうかなという。

<最後は
腹話術が趣味の荒木さん>

その方のお名前は?

あっ そう
ありがとうございます。

おもしろい。 そうだね。

顔かい!

嫌なんかい!

< お宝は 園児服を着た…>

<25年ほど前
たまたま通りかかった

近所の菓子店の解体現場で発見。

ゴミとして
捨てられそうになっていたため

持ち主の許可をもらい
持ち帰った>

そうですよね。
珍しいですよね。

なんで?

こういう人形は お好きですか?

そうですか。
持ってるものないんですか?

四日市愛 すごい!

<本人評価額は
当てずっぽうで 1万円。

ポコちゃんだけでは
かわいそうなので

ネットオークションでペコちゃんを探し
一緒に飾っている。

果たして 結果は!?>

ジャカジャン!

<大幅アップ!>

ものすごい珍しくて
ペコちゃんが誕生したのは 1950年。

そのボーイフレンド ポコちゃんは
翌年の1951年に誕生したんです。

室町時代 幼児のことを
「ぼこ」って言ってたんですよ。

それが名前の由来。

これは 1960年代に作られた
ポコちゃん。

まったく
日にも当たってない状態で。

胸を見ると 「不二家のポコちゃん」
って書いてありますよね。

あれが 消えちゃってるものが
結構多いんですよ。

それも消えてない。

それと足の裏に
「MP」って入ってるんです。

それは 制作会社 モダンプラスチックの略。

よく救い出してあげたなって。
ポコちゃん喜んでると思います。

<「出張鑑定」 IN 四日市は
これにて無事閉幕>

<続いては 栃木県 大田原市から。

こちらのお宅にお伺いすると

親子水入らずで
おしゃべりの真っ最中。

次なる依頼人は…>

今日は…。

なんかさ

そうだね うん。

緑が きれいなところだからさ

< お父さんよかったですね>

実は

部屋に

< なるほど。 お父さん
これらはいったい?>

華やかな
観光地とかじゃなくて全部…。

<今回のお宝も最近

ネットオークションで
手に入れたものだそうで>

<数日後 届いた
絵をよく見てみると

裏に作者の名前が書いてあり…>

といわれた人だったので
ホントにビックリしました。

鮮明に覚えていたんです。

と 私は本当に興奮しています。

父は すごく
盛り上がってるんですけど

私としては
ホントにそんなものが

手に入るのかなって
半信半疑に思ってます。

(2人)鑑定よろしくお願いします。

依頼人の登場です。

(片渕)東京都からお越しの

ようこそ 「鑑定団」へ。
よろしくお願いします。

よろしく どうぞお願いします。
4~5年ってことは

コロナも関係なく
あんま帰ってなかったんですね。

そうですね。
東京の生活が充実してたので。

お父さん。
いやいや まぁまぁ

実家ってね そうですよね。

でも その4~5年前に
家に帰ったときには

なかったような絵が?
そうです。

なので
帰ってちょっとビックリして。

そんな趣味があるとも
聞いてなかったので。

あれだけ
周囲に山があるのに

また絵でも山を
見たいのかしら?

自分んとこは見飽きてんですよ。
そっか そっか。

他の景色が見たい。
他の山を見たいんだな。

それでは ちょっと
お宝拝見しましょう。

お宝 オープン。

おっ?

さぁ これは
どなたの作品でしょうか?

村山槐多の油絵になります。
なるほど。

私も ちょっと父から
名前を教えてもらうまでは

あまり存じ上げ
なかったんですけれども

大正時代の頃に
活躍された画家で

22歳にして
亡くなってしまったので

作品の数が
すごく少ないらしくて

コアなファンの方は
数多くいるらしい。

以前 この出張鑑定で

村山槐多の絵が
扱われたことがあって

当時のビデオがありますので
ご覧ください。
いや見たい。

<番組史上 さん然と輝く

村山槐多の
高額鑑定が飛び出したのは

1994年8月

番組開始から わずか4か月

山形県 新庄市の
出張鑑定であった。

気になる その絵は…。

ひなびた漁村を描いた油絵で

槐多の下宿先の子孫に
伝わっていたもの>

「なんでも鑑定団」
始まって以来の快挙です。

<若き日の中島も思わず大興奮の
その絵は スタジオへ。

結果は…。

なんと 3, 000万円であった。

村山槐多 恐るべし>

3, 000万がついていたと。
いやぁ 3, 000万。

あれをお父様は
覚えてらしたんですか。

そうです。 あの時も
父はリアルタイムで

「なんでも鑑定団」を
観ていて。

村山槐多っていう
画家の名前も覚えていたんです。

よく覚えていた。
覚えていたと。

さっきの映像と比べて
いかがですか?

もっと
大きかったりするのかなって

勝手に想像してたんですけど。

あんまり サイズも今
ここにあるのと変わらないし

似たような感じかな。

村山槐多っていう
なんかサインとかは

どこか入ってるんですか?
めちゃくちゃあります。

槐って書いてあります。
ほんまかいないうくらい。

(片渕)
しっかり槐って書いてますね。

すごい値段
ついたらどうしますか?

都内にマンションを買いたいです。
帰る気ないやん。

<村山槐多は
大正時代

すい星のごとく現れ

わずか22歳で
ようせつした

天才画家である>

<14歳の時
母方のいとこ

14歳年上の版画家
山本鼎から

油絵道具を
もらったのを機に

画家を志すようになった。

同時に文学にも目覚め
友人らとともに

自作の詩を載せた
回覧雑誌を次々と発行>

< これらの詩は のちに
室生犀星や芥川龍之介から

高く評価され
その才能が惜しまれた。

18歳の夏 画家になるべく上京。

田端の

<『庭園の少女』は
そのわずか3か月後

第1回二科展に出品した
デビュー作である。

未醒の5歳になる娘を
描いたものだが

青と赤が織り成す
鮮やかな色彩と太い筆致は

実に独特で 新鮮な息吹が

感じられると絶賛された。

翌年には 『カンナと少女』で

日本美術院賞を受賞。

花と頬にガランスを用い
色香が漂う前の

少女の内に潜む美を
見事に捉えたが

槐多は一向に満足することなく

貪欲に新たな表現を模索した。

もっと野蛮に

もっと勇猛に
ならなくてはいけない。

そして 描いた入魂の一作が
こちら。

裸の僧が 合掌しながら

托鉢用の鉢に向け
小便をしている。

恐らく これは槐多自身の姿。

その全身から発する
赤いほむらは

激しく燃えたぎる情熱であろう。

詩人 高村光太郎は こう評した>

<私生活では ほれっぽく

たびたび モデルの女性に
恋心を燃やしたが

槐多は貧しく 食うに
事欠く有様だったため

ことごとく失恋。

それも また
次なるキャンバスに向かう

大いなる力となった>

<気鋭の画家として注目を集め

その後も数々の展覧会で
受賞を重ねたが

22歳の春 突如 喀血。

結核性肺炎と診断された>

< しかし その願い
むなしく 今度は…>

<1919年 2月18日の雪の夜

まるで自ら
死に向かっていくかのように

外に飛び出し 絶命。

22歳5か月であった。

改めて 依頼品を見てみよう。

村山槐多の油絵で

稲刈りを終えたばかりの
のどかな農村風景である。

裏には…>

<詳しく調べたところ
槐多は しばしば

スケッチ旅行に出かけており
1915年 秋には

長野県に滞在。

農村風景を数多く
描いていたことが判明した。

ひょっとすると
とんでもない発見か!?>

いや~ いかがでしょう?

VTRを見たら やっぱ 本物…。

条件がね。
うん。

マンションが ちらついてるでしょ?
アハハハハ! はい。

もう ここにあります。
(笑い声)

ご本人の評価額です。
おいくらでしょう?

1, 000万で。
1, 000万で。

本物だったら
もちろん するでしょう。

オープン ザ プライス!

5, 000円!
ダメでした。

ダメだったか…。
やはり…。

やはり あまりにも画風が違う。
うん。

村山槐多の作品ではありません。
これは がん作です。

がん作…。

依頼品なんですけど
まず まったく絵が違います。

似せてるとかって
いうことではなくて

片鱗もない
全然 違う絵なんですね。

画面の右下のとこ
なんですけど

茶色で不自然に
塗られてる絵の具が。

それ この絵の作者のサイン
消しちゃってるんです。

で 左下に 「槐」って入れて。

そういうことか。
いかにも槐多の作品ですよって

仕立てた がん作。
裏のサイン 確かに

「村山槐多 信州風景」と

書いてありますけど
これも当然 他人が書いたもの。

マジックで書いてあるので
この時代 マジックないですから。

むちゃくちゃやん。
わけないですよね。

そうだったのか…。
ただ絵が悪いわけじゃ

ないですからね。 これ。
作った人間が悪いだけで。

この絵は誰かが真面目に描いた
素朴な絵ですから。

そういう意味では 掛けて楽しんで
いただければと思いますんで。

いや いかがでしょうか?

言われたとおりに掛けて
父とネタにして また楽しく。

そうですね。 これ あれだった
5, 000円だったねっていうね。

どうも ありがとうございました。
どうも ありがとうございました。

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お待ちしています。

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