歴史探偵「比叡山延暦寺」[解][字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

歴史探偵「比叡山延暦寺」[解][字]

比叡山延暦寺を徹底調査!寺を開いた最澄の不屈の挑戦。比叡山に現れた「悪僧」の正体とは?焼き打ちにまつわる奇跡のエピソードまで…知られざる1200年の歴史に迫る。

番組内容
1200年続く巨大寺院・比叡山延暦寺を徹底調査!寺を開いた僧侶・最澄の生涯をたどると、数多くの名僧をひきつけた画期的な教えと不屈の挑戦が明らかに!さらに境内を調査すると、奇妙な姿をした僧侶の絵を発見!そこから世を騒がせた比叡山の「悪僧」の歴史が見えてきた。かの有名な信長の焼き打ち。寺の復興には、ドラマ顔負けの奇跡の実話が存在した―。比叡山延暦寺、その知られざる波乱の1200年に迫る!
出演者
【司会】佐藤二朗,渡邊佐和子,【出演】多摩大学客員教授…河合敦,【リポーター】森田洋平

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行

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♬~

「歴史探偵」。 今回は…

1, 200年の歴史を持つ
巨大寺院を…

見えてきたのは たった一人で
寺をつくり上げた 僧侶の姿。

日本仏教の歴史を変えた
挑戦の物語とは?

境内では 不思議な絵を発見。

水木しげるさんの…

妖怪が退治したのは
とんでもなく悪い僧侶!?

そして訪れる…

救ったのは
なんと 遠く離れた山形のお寺。

比叡山延暦寺 激動の1, 200年に迫ります。

「歴史探偵」 調査開始です。

♬~

所長 今日のテーマは
「比叡山延暦寺」でございます。

延暦寺といいますと
私 その イメージ的にはですね…

ねえ 大きな事件でしたよね。

ただ 比叡山延暦寺は
1, 200年の歴史がありますので

まあ 焼き打ちだけじゃなくって

いろんな ほんとに 深~く
日本史に関わっている お寺なんです。

で 調査を担当したのが 森田探偵です。

出た!
はい よろしくお願いします。

今回 調査に当たった延暦寺
まず 場所から確認しておきましょう。

こちら。 滋賀県と京都府の

ちょうど府県境に
位置しているんですね。

本当に またがっているんですよ。

で 今では 日本最大級のお寺と
なっているんですけれども

この最澄が 1人で山にこもって
開いたお寺が 延暦寺。

今では 「日本仏教の母なる山」とも
言われているんです。

1人で。
アハハッ 考えられない。

大の大人が エンエンと
声を出して泣く。

今 別に ごめんなさい 延暦寺と
エンエンをかけたわけじゃございません。

違ったんですか?
違う違う。 今 偶然。

1人でこもって開いた山が…

徹底調査してきました。

山を巡ってきますと 権威に挑み続けた
挑戦者 最澄の姿が見えてきました。

昨日 雪が降ったということで

ちょっと 雪に覆われているんですよね。

調査を開始したのは 1月。

ちょっと 早すぎましたかね?

ハハハッ。

あっ めったにない?

ちょっとね この道が かなり凍って
足元が悪い中で…。

「比叡山延暦寺」。
あっ ここが 入り口ですかね。

寒い中 どうもすいません
お待ち頂きまして。

ようこそ いらっしゃいました。
「歴史探偵」の森田と申します。

長谷川と申します。
よろしくお願いいたします。

よろしくお願いいたします。

案内してくれるのは…

初めて 比叡山延暦寺に
やって来たんですけれども

これ…

…っていう意味なんですか?

では こちらの地図を
ちょっと ご覧頂きますと。

あっ 案内図があるんですね。
(長谷川)延暦寺というのはですね

1つのお寺とか お堂を
指すものではございません。

この山全体が
延暦寺だと思って頂ければ。

え この案内図に描かれている山全体が
これが 延暦寺なんですか?

そうですね。

すごいな! 山全体が。

100以上 お堂が あるんですか?

(長谷川)はい。

山の上から麓の町まで
お堂は100以上!

最澄は どうやって

この巨大な寺を
つくり上げたのでしょうか?

その謎を
解き明かすため

私 森田が 延暦寺のあちこちを
駆け巡って調査します。

最初に向かったのは 「大講堂」です。

(長谷川)はい。

僧侶の方々の像ですか?
(長谷川)はい。

あっ…

で こちらは?

私でも知ってるような…。
教科書にも。

あっ そうなんですか?
(長谷川)はい。

見つけたのは 仏教界のオールスターとも
言える顔ぶれでした。

いや ほんとだね うん。

みんな だって知ってるもんね。

その謎を解くため
次に向かったのは 法華堂です。

はい。

中を見せてもらうと…。

(長谷川)これは 「ほとけ」という字…

ここにも 「一仏乗」。

(長谷川)もうちょっと
そちらに行って頂きますと…

何度も書かれている
「一仏乗」という文字。

どんな意味なのでしょうか。

安心して下さい…

これこそ
最澄が重んじ

多くの僧侶をひきつけた
教えでした。

今を生きる 我々の その
仏教に対する考え方で言うと…

実は この教え
奈良時代では画期的でした。

すべての人が成仏できるわけではない
という教えが 主流だったのです。

更に 仏教は主に
民より 国家を守るためのものでした。

あらま
そうだったんですね 奈良時代の。

実際には
飢きんや災害が 度々 起こり

多くの人が 救いを求めていました。

これに疑問を抱いたのが

僧侶としてのエリートコースを
歩んでいた 最澄でした。

今のままでは… 駄目だ。

新たな教えを確立するため
比叡山に こもります。

最澄 この時…

いや! はぁ~。

たった一人での挑戦でした。

最澄が修行していた
という場所を訪ねました。

(長谷川)比叡山延暦寺の総本堂
「根本中堂」ですけれども

今 改修工事しておりまして。

相当な大きさですよね。
(長谷川)大体…

うわ~ 10階建て!
(長谷川)はい。

中に入ると見えてきたのは…

あっ ではない?
(長谷川)はい。

1, 200年前に こちらに建てられまして

そこに 仏様を安置して
修行を始められた。

最澄は ここで

「法華経」の神髄に
到達するため

修行を行いました。

12年もの間 一度も山を下りることは
なかったといいます。

いや~ マジですか。

次第に
弟子が集まるようになります。

最澄は 山に来た僧侶の記録を
残していました。

そこに 意外な言葉が…。

不住山。
(長谷川)はい。

はい。 というふうに考えられます。

山に住まず 最澄のもとを離れた僧侶が
多くいたのです。

当時 正式な僧侶として
認められるには

「戒」という規律を
寺から与えられる必要がありました。

しかし
戒を与えることができた寺は

国が認めた 僅か3か所のみ。

最澄は…

更に 戒の仕組みそのものを
変えようとしました。

当時 戒を得られたのは
世俗を捨て出家した人だけ。

これを 出家しなくても得られるようにと
訴えます。

…という考えからの行動でした。

比叡山を
これまでと全く異なる寺として

認めてもらおうとしたのです。

しかし 当時 力を持っていた
奈良の僧侶は

これに 強く反発。

最澄は 彼らを説き伏せるため
次々と反論を提出します。

「この戒こそ

あらゆる人のための
ものであり…」。

更に 朝廷の官僚たちとも交渉。

支援を求めました。

果たして その結果は…。

それが分かる建物がありました。

(長谷川)こちらが 「戒壇院」と。

戒壇院という お堂なんですか。
(長谷川)はい。

うん ありますね。

所長 そうなんです。

つまり…

ひと言でいうと。 奈良の仏教から。
はい。

それは 最澄さんも 相当頑張って
切り開いた道ということなんですね。

ということになろうかと思います。

国に働きかけてから 4年。

最澄の願いは
聞き届けられたのです。

じゃ それ以降は…

こう 優しくというか…

それがですね こちらに
正式に認められるようになられたのは…

じゃ 最澄さんは…

かなわなかったことになります。

ああ… そうだったんですか。
はい。

最澄は 57年の生涯をかけて
比叡山延暦寺の礎を築いたのです。

未来ある若者が
エリートコースを捨てて 山にこもって。

それこそ 一生をかけて。

力の強い奈良の仏教と闘ってっていう
まあ すごい信念。

今では当たり前のことが

最澄をきっかけに
日本中に広まっていったっていう

すごいことですよね。

でもね 延暦寺が どうやって こう

今のような 大きなものになったか
っていうような謎は…

所長 さすが するどい。

するどくない。
ご安心下さい。

河合先生がお答えします。
何だよ 丸投げかよ おい!

役割分担でございます。
(笑い)

まあ 亡くなって しばらく たってから

先ほど出てきたように…

そこで まず こう人気がね。

受戒できると。 戒がもらえる。

そのあとに…

ほんとに 当時 随一の
もう 大図書館になっていくんですよ。

で そこに行けば ほんとに さまざまな
最新の仏教が学べるっていう

まあ いわば 仏教の総合大学に
なってったんですね。

そうなんです。

更に…

絵図を ご覧下さい。

こちらの僧侶は
先ほども出てきた 法然。

浄土宗の開祖でも
あるんですけれども

人々に説法

仏の教えを説いている
場面なんですけれども

一般の民衆と思われる人たちも
描かれているんです。
ほんとですねえ。

あなたね 私を誰だと思ってんですか。

今 「鎌倉殿の13人」

ちょうど 平安末期から
鎌倉時代の辺りをやってるんですよ。

私 比企能員をやってるんですよ。

さようでございます。
それが…。

聞いといて下さい!

これ 俺 ごめん
正解しちゃうかもしれない。 おっ。

みんな こう 争ってるわけよ
何か とにかく。

荒れてくるとさ 世の中が。

やっぱり 救いが欲しいとか
っていうことになるじゃないですか。

お~!
ありがとう。

なるほど。
例えばですね こちらのですね

法然さんなんですが…

…と言ったんですね。

あと 日蓮さんなんかも
やっぱり 「お題目」といって…

…という そういうことをですね
始めていったんですね。

なるほどね。 弱冠…

所長 実はですね
その 最澄の祈りなんですけれども…

うわっ これが 根本中堂の中ですか。

うわ~ 立派な造りですね。

柱も はりも やっぱり厳かな雰囲気が
漂っていますけれども。

正面を ご覧下さいますと

あそこにございますのが

「不滅の法灯」と呼ばれるものです。

あの 3つ並んでいる灯籠が 不滅の法灯。

(長谷川)中に…

あの灯り 1, 200年 消えてないんですか?

(長谷川)はい。
1, 200年 消えてない?

えっ これ?
ええ。 これ!?

はい まさに。

ず~っと ともり続けているんです。

最澄が 比叡山で修行を始めた時に

ともした灯り。

この炎に込めた
思いを

歌に残していました。

「『法華経』の教えを表す
この法灯を

後世まで
守り伝えるように」。

最澄の言葉どおり

比叡山では 1, 200年間

灯りを守り続けています。

そうなんですよ!

えっ だって 例えば
「ちょっと ここにさ

こぶが出来てさ」みたいなこと
言ってたら

もう 消えてるみたいな感じの。

いや ほんとに
ささやかに見えますけれども

ものすごい法灯っていうことですよね。

はぁ~ それは驚きだねえ。

一体 何でしょうか?
何だろう 四字熟語。

誰でも知ってるような四字熟語ですか?
知ってますね。

えっ 何だろうね。
多分ね 小学生でも知ってる。

えっ 当てたいな。
多分ね 息子さんの方が

先に 今 答えてらっしゃると思います。
なんてことだ!

そうですね。

はい そうです。 正解です。

「油断大敵」ですね。
すばらしい。

そう思いますよね。

ところが 伺ったところ これ…

そうなんです。 そこが
すごい びっくりなポイントですよね。

理由があって これはもう…

…という意識を
持ってるからだそうなんです。

俺が もし そんな
絶対 俺は根性なしだから無理だけど…

気になって。
ああ そうですよね。

誰がいる? 誰が… 俺 見る。

あっ でも
実際 そういうことあるみたいで

1日に 何人もの人が
見に行っちゃうなんてことは…。

いや だってそうでしょ。
決めてないからさ。

さあ ここまで 延暦寺の誕生から

その教えが広がるまでを
見ていきましたけれども…

あらららら。

延暦寺で起きた問題とは 何か。

それが分かる 奇妙な絵を見つけました。

何か絵がありますけど… え?

変わった絵ですね。

でも あの 顔が…

(長谷川)1つ目小僧みたいな。

足ですかね。

そして 「悪い僧」と書いて
「悪僧」というふうに読むんですけども…

(長谷川)そういう方たちを…

まあ 怖いなあ。 これ 夜 見つけたら
俺 悲鳴を上げるなあ。

妖怪が懲らしめなければならないほどの
「悪僧」。

どんな存在だったのでしょうか?

最澄の死後
延暦寺に現れた悪僧の様子が

平安時代の史料に
記されていました。

物騒な文字が…。

彼らは 徒党を組んで
活動していました。

更に 貴族の日記に

その様子が詳しく残されています。

あややや。

もう 僧侶じゃないじゃん。

ねえ 殺生にまで
ってことですよね。

更に こんなことまで。

え?

神仏の力を利用して

自分たちの要求を
押し通そうとしていました。

うわ~ 最澄が泣いてるよ これ。

実は こうした悪僧が出現したのは

延暦寺が拡大しつつある時。

記録では 平安時代

山に 3, 000人もの僧侶が
集まっていました。

更に…。

…というふうに
考えていいんじゃないかと。

山全体に…

…という面もあった。

武力は 延暦寺が生き残るためにも
利用されました。

武士が台頭し
自分の身は自分で守るという時代が

始まっていたのです。

次第に 武士をも おびやかす力を
持つようになります。

延暦寺は 武力以外の力も
持つようになっていました。

それが分かるものが 3年前
比叡山の麓の町で見つかりました。

こちらの水晶 よく見ると
穴が開いています。

(西中)…というか
持ってはったんじゃないかなあ とは。

延暦寺は ばく大な財力を
手にしていたのです。

それを悪用する僧侶が現れます。

なんと
延暦寺は

金融業も
始めていたのです。

お金を貸したのは
農民 武士 貴族と あらゆる人たち。

更に その取り立ては…。

もともと金貸しは

貧しい人たちを
助けるため

善意で
始まったものでした。

本来の延暦寺における
物や銭の貸し付けの実態が…

すごいなあ。
財力もつくよねえ。

山に集まった 武力と経済力。

延暦寺は 強大な権力を手にしたのです。

そして…

織田信長による…

原因は 延暦寺が

信長と敵対する勢力を
支援したことでした。

そして この時。

最澄の祈りの象徴
不滅の法灯は…。

消えてしまったのです。

組織がね 大きくなるとね

あの まあ 避けられないことなのかも
しれませんけどもね。

ああ まさに はい。

ご紹介しますね。

平安時代の後期に 権力を持っていた

白河法皇という人が

思いどおりに
ならないもの

3つ
挙げています。

やっぱり 京都の賀茂川って

大きな川があるじゃないですか。
たびたび 氾濫するんですね。

今でも やっぱり洪水って
なかなかね 制御できませんので。

そりゃそうですね。

それと並ぶぐらい その 「山法師」。

これは
延暦寺の僧侶ということですよね。

そのとおりですね。
この人たちはですね ほんとに…

で お神輿を
積んでるじゃないですか。

お神輿を持ってると
何か みんな こう…

攻めちゃいかんような気に
なるからだと

思ってたんだけど
中に何が? 分かんない。

あら~…。

白河法皇といえどもですね
何ともできない。 嘆いたんですね。

かといって 最初から その僧兵も

こう 横暴に振る舞おうと思って
武力を持っていったわけでもないし

金融業を始めたわけでも
ないわけですよね。

そうなんですね。

最初は そういう形で始まったと
思うんですが

だんだん やっぱり…。
悪用されていく。 変質していくんですね。

ところで もう実は私
こう しゃべりながらも

ずっと
気になっているんですけども

不滅の法灯
1, 200年 不滅って言うけど…

消えちゃってましたね。
消えてる 消えてる。

消えちゃってましたね。
いや 完全に消えてたよ。

やっぱり 不滅だったことが
分かったんです。

どういうこっちゃ。

延暦寺を焼き打ちした信長は
決して 寺の復興を認めませんでした。

しかし 信長が亡くなった 2年後。

それを認める書状が出されます。

書いた人物は
羽柴秀吉です。

そこには 秀吉が天下を取るための
戦略がありました。

中世以来…

(河内)有利であるっていう
判断もあったのかな。

こうして 延暦寺の復興が始まります。

しかし 大きな問題がありました。

一たび 失うた ともし火を…
元に戻すというのは…。

史料には あるお寺が
重要な役割を果たしたとあります。

それは…。

「立石寺」さんと書いてあります。

(長谷川)天台宗のお寺となります。

延暦寺から 500km以上も離れた

山形県の お寺。

法灯と どんな関係があるのでしょうか?

また 雪やん!

いや~ 比叡山と比べますと
やっぱり 雪深いですよね。

マフラー ニット帽 手袋していても
やっぱり寒いです!

境内を歩いていると…。

あの左側の札 見て下さい。

「根本中堂」って書かれてますね!

どういうことなんでしょうか。

こんにちは
「歴史探偵」の森田と申します。

立石寺の清原です。 どうぞよろしく。

どうぞ よろしくお願いいたします。

そうなんですか。

立石寺は

最澄の弟子・円仁が建てた
お寺でした。

延暦寺と
深い関係があったのです。

更に 謎の核心に迫るべく
調査を進めると…。

あそこ 「不滅の法燈」って
書かれてますよね。

ほんとだ。

ここにも 不滅の法灯が。

どういうことでしょう?

え?
ちょっと待って下さいね。

ありがとうございます。
おっ!

え!?

実は この灯り…

不滅の法灯は 延暦寺と立石寺

2か所にあったのです。

はぁ~ なるほどね~ 分灯か。

延暦寺の法灯復活には

この2つの灯りにまつわる
奇跡的な物語がありました。

始まりは
焼き打ちの50年ほど前。

立石寺の法灯が
先に消えてしまったのです。

山形でも
度重なる戦乱が広がっていました。

立石寺も巻き込まれます。

お堂は ことごとく壊され

10年以上 住む場所すらない
状態が続いていました。

僧侶は 洞窟で生活し

日々のお勤めも
ままならなかったといいます。

そこで立ち上がったのが
一人の若き僧侶。

名を 円海といいます。

[ 心の声 ]
当山は 慈覚大師開山の由緒ある寺。

このままで よいはずがない。

円海は 立石寺の法灯復活のため

延暦寺から 灯りを分けてもらうことを
思いつきます。

しかし 簡単ではありませんでした。

…などが これは
必要になってくるわけです。

当時…

円海は 地元の領主に

資金援助の手紙を
書き続けます。

更に 各地の大名にも

道中の安全を
お願いしたといいます。

そして ついに…。

伝教大師の法灯を 再び分けて頂き
お礼の言葉もありませぬ。

円海は 延暦寺から

法灯を分けてもらうことができたのです。

あとは これを持ち帰るのみ。

これ 無事に持ち帰らないとなあ。

山形へは 船で
日本海を渡らなければなりません。

あの小さい火でしょ?
(河合)そうですね。

ともし火を。
いや~…。

ものすごい荒れとるな 海が。

(揺れる音)

大事ない。 火は消えておらぬ。

…というようなシーズンに
あたりますので

「数度の嵐に見舞われた」と
書いてあるんですね。

え~…。

航海は 苦難の連続だったといいます。

そして…。

≪(円海)ただいま戻りました。

おお!

よう戻った!

寺に 不滅の法灯が よみがえったのです。

しかし 28年後。

比叡山 焼き打ちで

今度は 延暦寺の法灯が
消えてしまいました。

この時 延暦寺が頼ったのが…。

立石寺に頼んでみるのはどうか。

立石…。

その昔 立石寺の
円海という寺僧に乞われ

法灯を分け与えたことがある。

こたびは その逆を行えば。

かしこまりました。

1通の手紙が
立石寺に届きます。

比叡の御山より
こちらの文が。

手紙を受け取ったのは 一人の老僧。

あの円海でした。

[ 心の声 ] 今 この寺があるは
叡山に法灯を分けて頂いたからこそ。

まさに 恩を返す時じゃ。

円海は 人生2度目の
法灯を運ぶ旅に出ます。

この時 72歳。

延暦寺から 立石寺へ送られた書状には

こう記されています。

♬~

比叡山延暦寺 不滅の法灯。

強い信仰心を持ち続けた
僧侶の物語がありました。

♬~

いや~ 驚きましたね。

この1, 200年 1, 200年ともり続けた
不滅の法灯に

こんなドラマがあったんだね。

しかも 円海さんっていう人が
もう大活躍ですね。

当時 500km
山形から 比叡山延暦寺に行くって

もう それこそ命懸けだと思いますよ。

いや~ そうです。

消えちゃったから…

もう 延暦寺の1, 200年の法灯
不滅の法灯は終わってるんだけど。

最澄の祈りの象徴が こういう形で
受け継がれていたんですよね。

円海さんのお話が出てきましたけど

円海さんだけが
力を尽くしたわけではなくて

やっぱり ほんとに 比叡山も
全部 燃えてしまったじゃないですか。

ですから まあ ほんとに…

比叡山延暦寺というのは…

富だとか それとか
土地を持ってましたけど

そういったものが
必要なくなってくるんですね。

武力とか そういうのを
あれする必要がなくなった。

ですから…

本来の 最澄が目指した

すべての人が救われるっていうところに
戻ったわけですね。
そうなんです。

私 役者やってますとですね
ロケ行ったりすると

もう 「お前がいるから
必ず 雨 降るじゃ~ん」みたいな感じで…

完全に…

あなた 全部 雪 降ってましたよ。

山形の立石寺の時に
もう がんがん降ってた。

そうでしたね。
もう ずっと調査中
降り続けてました。

ハッハッ!
いやいや 大変でした。

いや 「雪男」と 名誉ある称号
ありがとうございます。

私は でもね 心に決めました。

もう 次の冬には
絶対に 調査に行かないと心に決めました。

(黒川)あんたが 俺の

本当の父親だ。