100分de名著 アリストテレス“ニコマコス倫理学”(3)“徳”と“悪徳”[解][字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

100分de名著 アリストテレス“ニコマコス倫理学”(3)“徳”と“悪徳”[解][字]

アリストテレスの説く「幸福」は、単なる「幸運」とは大きく異なる。高額の宝くじに当選した人の中にも、堅実な人生の軌道から逸れ「不幸」な人生を送ってしまう人もいる。

番組内容
「幸福」になるためには何が必要なのか?外的な幸運を真に生かすための内的な力が必要だという。その力のことをアリストテレスは「徳(アレテー)」と呼び、それが一定の行動を何度も繰り返し習慣化することで「性格」として身についていくという。第三回は、勇気、節制、正義、賢慮といった現代でもそのまま活用することができるさまざまな「徳」と、それに対立する「悪徳」を分類しつつ、「徳」を身につける方途を探っていく。
出演者
【講師】東京大学大学院総合文化研究科教授…山本芳久,【司会】伊集院光,安部みちこ,【朗読】小林聡美,【語り】小坂由里子

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 文学・文芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
趣味/教育 – 生涯教育・資格

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  11. 不足
  12. 勇気
  13. ウォーキング
  14. ダイエット
  15. 逆上
  16. 重要
  17. 中庸
  18. 超過
  19. 放埓
  20. 目指

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友人が持ってきてくれた
何とも おいしそうなケーキ。

でも 今 甘いものは禁止!

このケーキ 食べる?
それとも 食べない?

もし 我慢できたら
あなたの「徳」は高まります!

古代ギリシャの哲学者
アリストテレスは

人間が持つ「徳」について
こう言いました。

「100分de名著」
アリストテレスの「ニコマコス倫理学」。

人々を幸福に導く 「徳」について考えます。

♬~
(テーマ音楽)

♬~

「100分de名著」
司会の安部みちこです。
伊集院 光です。

今月は 古代ギリシャの哲学者
アリストテレスの

「ニコマコス倫理学」を取り上げています。

前回は 幸福について学びましたが
伊集院さん いかがでしたか?

え~と 決めつけが少ないっていうか。
はいはい はいはい。

こうした方が 確率的に
最終的に幸福になれますよ みたいな

そんな感じのアプローチが
何か ちょっと心地いいです。

ありましたね。
幅はあるけど

大体 こんな感じみたいなのが
よかったですよね。
そうそう。

あと やっぱり自分は何か

目先の幸福みたいのを
取りに行こうとして

何か 不幸になってんじゃないかという
ケースが 結構多いような気がして。

この辺りにも ちょっと かかってくる
話なんで ちょっと楽しみ。

指南役 ご紹介します。

倫理学 哲学がご専門の
東京大学大学院教授 山本芳久さんです。

(安部 伊集院)お願いします。
よろしくお願いします。

今回のテーマは 「徳」と「悪徳」です。

「徳」は 「ニコマコス倫理学」の中でも
重要な概念でした。

山本さん 改めて
「徳」とは どういうものなんでしょうか?

そうですね…

幸福というのは
はるかかなたにあるかのように

見えていたかもしれませんが

そういう
充実したあり方をしてること自体の中に

既に 幸福が実現し始めているんだ
というふうに

アリストテレスは考えてるわけなんです。

では 話を進めていきますが…

「自然によってではなく」というのは…

また この「自然に反してでもなく」
というのは…

そうではなくて…

っていうことは ざっくり言うと…

そうですね。

この人は 生まれつき幸せになることが
約束されてるわけでもなければ

幸せになれないということが
決まってるわけでもない

ということですよね。
そうですね。

…というふうに
アリストテレスは考えています。

で その一個一個の段階においては…

そういうことですね。

だから 「節制」でいうと…

うわ~
何か 何か ちょっと分かる。 分かるかも。

では どのように「徳」が身につくのか
見ていきましょう。

皆さん こんにちは。
倫理の時間です。

「徳」は どのように
身につけていくのか。

アリストテレスは 技術と比較して
このように説いています。

皆さん ちょっと これ
おかしいと思いませんか?

だって こんな感じですよ。

「アリストテレス先生 質問です。
私 勇気がない 臆病者なんです。

どうすればいいでしょうか?」。

「そうだねぇ… まあ
まず 勇気のある行いをすることだね」。

「あっ 先生 ですから
あの それができないんです。

どうしたらいいでしょうか?」。

「う~ん でもね
まず 勇気のある行いをすることです」。

これって 堂々巡りですよね。
どういうことでしょう? うん?

アリストテレスは
こんなふうに考えました。

例えば… 逆上がりができない
A子さんがいたとします。

なかなか成功しない。

それでも 繰り返し練習していると
ある瞬間 うまくいく。

友達にも褒められ 彼女は自信を得ます。

翌日は 3回もできた。

その次の日は 5回できた。

A子さんは 逆上がりが楽しくなり
どんどん上達してゆきます。

1回の成功体験が
2回目の成功につながる。

それと同じことが
「徳」を身につける時にも起こるのだと

アリストテレスは言います。

しかし よい習慣があれば
悪い習慣もある。

それが 「悪徳」です。

「悪徳」。

アリストテレスは こう言います。

あの~ 子どもの頃に 電車とかバスの中で
お年寄りに席を譲るというの

結構 勇気 いったんですよ。

でも 初めて 勇気出して言った時に
「ありがとう」って すごい言われた時の

この気持ちよさと
次も言ってみようという感じ。

そうですね。 まさに この…

このコツが つかまれるから
ということもあります。

アリストテレスは 技術と同様に…

…ということがある
というふうに述べているんです。

駅で 道が分かんなくなって 人に聞くの
勇気いったじゃないですか 子どもの時に。

でも 聞いたら すんなり
目的地に たどりつけるってなると

次からは 聞けばいいんじゃんっていう

スピードが
どんどん上がってくじゃないですか。

だから やっぱり 逆上がりの回数とか
腕立ての回数とか

体重のキログラムじゃなくても
何か実感すると

スピードが速くなるというのは
ちょっと分かる。 分かりますね。

あと思うのは 逆上がりですと
例えば 体育の先生が教えてくれると

早く分かるかもしれないと
思うんですけども

「徳」の場合は そういうのあるんですか?

誰かに教えてもらうと
早く身につけられるとか。

そうですね アリストテレスは やはり…

…というふうに考えています。

伊集院さん 多くの人が
この 「徳」を身につける時に

最初に モデルにするのは
どういう人だと思いますか?

誰だろう。
大谷翔平が ゴミ拾ってるところ?

あ~ それは身につく。

今ね 現代で言うと 何か そういうこと。
何か よく分かんないけど

大谷翔平が 球場のゴミ拾ってるところを
みんなが絶賛してたら

俺 ゴミ拾うようになるし でも もう
普遍的にってことですよね それはね。

そうですね。
誰ですか? 学校の先生ですか?

「徳」についても 「悪徳」についても
まずは 親のあり方を見て

おのずと身につけてしまう
ということがあるわけです。

育児中の身からすると もう 親は
身の引き締まる思いしかないですよね。

一日の 一つ一つの行動 習慣が

子どもの性格も決めるというふうに
とっても いいんですよね。

そうです。 何か怖いですね。
親の振る舞い 親の言葉遣い。

そりゃ大変だ。
いや~ 習慣 怖いですねぇ。

でも できることからでいいっていう。
そうですね できることから。

もう一つ
「悪徳」についても言ってましたよね。

恐れたりとか 臆病になったりとか

そういう「悪徳」も身についてしまう
ということなんですよね。

そういうことですね。

例えば 戦場で 一回 この逃げる

臆病になって 逃げるということを
やってしまうと

その時 逃げるだけではなくて また次に…

アリストテレスは こう言っています。

これ 非常にショッキングなことを
言ってると思うんですね。

というのも
我々が 「徳」を身につけようと思う

その 物心ついた時には もう
それまでの しつけとか環境とかで

相当 自分の性格 この「徳」と「悪徳」の
組み合わせみたいなものは

決まってしまってるわけですね。

我々は 何か
ニュートラルな 中立なところから

出発することはできない。

何か もう悪い方向が
身についているなら いるで…

非常に現実的な捉え方を
アリストテレスがしていることが

読み取れる箇所ではないかなと思います。

やっぱり
ダイエットで切り取ると 分かりやすい。

おお これもですか?

そもそも遺伝的に 両親とも でかいから
自分は でかいわけですよ。

それで 小さい時から
我慢が足りないわけですよ。

でいて もう 既に
100キロを超えてるわけですよ。

じゃあ しょうがないじゃん
ということではなくて…

もしかしたら
ここからの習慣は 加速度をつけて

自分を まあ ダイエットに限って言うと
よい体型にしてくかもしれない。

でも だからといって…

そのことによって ほんの少しでも

悪くない方向へと進んでいく
出発点が得られると。

さあ ということで 「悪徳」は
私たちにとって重要な問題です。

次は 「節制」について

自分の欲望をコントロールする力の
例から 見ていきましょう。

分かっちゃいるけど やめられない。

そんな経験 あなたにもありますよね。

例えば… おっ
こちらに すてきなケーキがありますね。

これ 友人が差し入れてくれた
おいしいという評判のケーキなんです。

私ね 甘いものに目がないんです。

でも 残念ながら 今 お医者さんに
甘いものを止められてるんです。

さて どうしましょう。

人は ここで 4つのパターンに分かれると
アリストテレスは考えました。

おいしそうなケーキですねぇ。

でも 大丈夫です。

食べたい食べたい! けど 駄目だ。

いいえ 食べません!

食べたい食べたい! でも…。

ええい 食べてしまえ!

わあ おいしそう。 いただきま~す!

食べたいという…

さて あなたは どのタイプですか?

おっ… 僕
ほんとに正直に 3番です。 ほう。

これを食べてはいけないということは
頭では すぐ理解できます。

けど 食べてしまいます。

そうですね。 大半の人が この3
または 2なのではないでしょうか。

この4つのパターンをまとめてみました。
こちらです。

節制ある人 抑制ある人
抑制のない人 放埓な人。

で 節制は徳
放埓は悪徳となっています。

節制ある人と 抑制ある人というのは

言葉を見るだけでは
ちょっと区別しにくいと思うんですね。

じゃあ 何が違うのかというと

抑制ある人というのは

葛藤しつつ 理性で欲望を抑えて

食べないという選択肢をする人。

それに対して
節制ある人というのは 葛藤がない。

喜びを感じつつ この
程よい食べ方をするということですね。

他方 この抑制ある人と
抑制のない人というのは

理性と欲望の葛藤があるという点では
共通している。

理性が勝つのが 抑制ある人

この理性が負けてしまうのが
抑制のない人と。

最後の 放埓な人というのは
欲望のままに振る舞う。

そこで この快楽を味わえることに
満足している。

度々 ダイエットの例えで
申し訳ないんですけど

食べる方じゃなくても 例えば
ウォーキングってあるじゃないですか。

ウォーキングね 最初は分かってるけど
今日は電車乗っちゃおうとか

ましてや テレビ局だと タクシー
乗っちゃおうってなるんですけど

でも これは体 カロリー消費した方がいい
ってなると歩き始めるじゃないですか。

ほう!
歩くのが喜びになり
景色が見えることが楽しくて

体の調子も良くなってというところが
くるんですよ。 ええ。

また怠惰になってったりは
するんですけど。

何か 元 戻りますよね。

すぐに戻って なかなか もう
こっちには戻ってこられないですよね。

そうですね
やはり この「徳」を身につけるには

時間がかかるというふうに
アリストテレスは言っていて

その一つは
今 伊集院さんのおっしゃったことが

関係あると思うんですね。

何か 一旦行く 行かなければ そんな
困難があるとも思わなかった困難に

一旦 いいところまで行くからこそ
何か直面して

そこで また戻ってしまうとかですね。

なので この…

「徳」の揺り戻しというか。
揺り戻しですね。

リバウンドっちゅうか。
リバウンド。

そういうのを だんだん安定させてって
本物の「徳」になってくんですかね。

きちんと身につけた状態に
なってくんですかね。

さあ では もう一つ 「徳」について
重要なことがありますので

見ていきましょう。

アリストテレスは こんなふうに言います。

なるほど おっしゃるとおり。

何事も バランスが大事
ということですよね。

「徳」についても 同じことが言えると
アリストテレスは言います。

過剰ではいけないし
不足があってもいけない。

例えば 「勇気」という徳。

戦場で勇敢に戦う兵士。

困難に立ち向かう力が不足すると
「臆病」になる。

逆に 自信過剰で
何にでも向かっていくのは「向こう見ず」。

「気前の良さ」は お金の使い方の徳。

適切にお金を使う人は
時に後輩におごり 人間関係も良好に。

しかし
むやみやたらにお金を使えば 「浪費」。

一方 倹約を極めれば
「ケチ」と言われる。

あんまりケチすぎると
世界が狭くなる。

欲望の追求が超過すると 「放埓」。

欲望のままに ケーキを食べる。

不足すると「無感覚」。

快楽を感じず
味わう楽しみを失う。

超過でも不足でもない あり方。

この最適なあり方を 「中庸」といいます。

節制という「徳」が身につきました。

アリストテレスは
中庸を選ぶのは難しいと言います。

誤りは 多くのやり方でなされる。

弓矢も 的を外すのは簡単だけど
的中させるのは難しい。 それと同じです。

ダイエットも ウォーキングも
途中で いい状態になるんだけど

それを超えていくんですよ。
おお。

なぜなら よいということを
勘違いし始めるんですよ。 へ~。

要は カロリーが より少ないのが
よいになっちゃったりとか

ウォーキングのキロ数が
より長いのが よいみたいな

何か 変な欲望に駆られていくんですよ。

そうすると 歩き過ぎて
膝関節やって 歩けなくなったりとか。

健康を目指してたのに不健康になってる
っていうことですよね。
そうなんですよ。

本来 目指してるのは健康なのに

何だか ウォーキングのキロ数を
目指すみたいな勘違いを始めたりとか。

…ということは
もう おっしゃってたんですね。

ねえ 中庸難しいって もう この時から
言ってらっしゃるんですね。

言ってらっしゃったんですね。
こういうふうに まとめてみました。

中庸を挟んで 超過と不足がある
ということなんですね 山本さん。

そうですね。 超過でも不足でもない…

この中庸というのは しばしば

「ほどほどに」とかいうような しかたで
捉えられるわけなんですが

必ずしも そういうことではない
それでは不十分で。

…と アリストテレスは述べています。

こっちに引っ張る誘惑も
いっぱいあるし

こっちに行きそうなストレスもありますし。
あります。

結構 難しくないですか?
そうですね。

やはり この一回一回の行為で 最善を
全て実現することはできないにしても…

その中で 何が ほどほどなのか
ということが少しずつ分かり

かつ それを実現するための力量も
少しずつ身についてくる。

やはり 時間がかかることだというふうに
アリストテレスは述べています。

でも 何か この「名著」の番組やってて
すごい思うんですけれども

「知っておく」ということの大切さ
結構あるなっていう。

その いい加減
程よいということは難しくて

いつも よいを目指してないと

到底 たどりつくことはないんだ
っていうことだし

いつも これは よいのか 今の現状は
超えてないのか みたいなことを

思ってないかぎりは 絶対
真ん中にならないんだよということを

知ってるだけでも
「徳」から遠ざかりにくい。 知ってれば。

いや まさに
伊集院さんの おっしゃるとおりですね。

哲学を学ぶというのは

特に この倫理学のように
実践が重要だといっても

すぐに実践できなくとも
この 理論として知っていることが

この実践の積み重ねの中で

思いがけないところで生きてくる
ということが

さまざまな場面で
起こりうるのではないかなと思います。

今回 いい「徳」もですけど 「悪徳」も

習慣とか
日々の行動の積み重ねで身につくと

学んできましたが
伊集院さん いかがでしたか?

そうですね
だから まず やってみること。

やってみて 楽しいことは
より やりやすくなるということと

あと 時折 自分は程よいを超えていないか
というチェックをするっていう

何か そんなことを
頭に入れておくといいかな。

はい 次回も楽しみです。
ありがとうございました。

ありがとうございました。

♬~