開運!なんでも鑑定団【タダで貰ったスゴい焼き物&86年前のプロ野球秘宝】[字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

開運!なんでも鑑定団【タダで貰ったスゴい焼き物&86年前のプロ野球秘宝】[字]

■社長の世話して<タダで貰った焼き物>…一同あ然!衝撃鑑定額■86年前の巨人軍!伝説の選手ズラリ…<プロ野球秘宝>驚き値■<皆生温泉>にスゴいお宝が!?■

詳細情報
番組内容
お宝は、現在96歳の母が肌身離さず大事にしてきたもの。母が小学4年生だった1936年、祖父の仕事の都合で一家でアメリカに引っ越すことになった。渡米する船の中で日本のプロ野球の歴史に遺る伝説のチームと偶然遭遇!母はすぐに選手たちと仲良くなり2週間の船旅が終わる際、記念にお宝をプレゼントしてもらった。それはプロ野球の歴史を物語る逸品で博物館級の大珍品!驚きの鑑定結果にスタジオ騒然!
出演者
【MC】今田耕司、福澤朗
【ゲスト】ダイアン
【アシスタント】片渕茜(テレビ東京アナウンサー)
【出張鑑定】出張鑑定 in 皆生温泉(鳥取県米子市)
【出張リポーター】石田靖
【ナレーター】銀河万丈、冨永みーな
鑑定士軍団
中島誠之助(古美術鑑定家)
北原照久(「ブリキのおもちゃ博物館」館長)
安河内眞美(「ギャラリーやすこうち」店主)
田中健(「那須オルゴール美術館」館長)
山本清司(「COLLECTIBLES FIELD」代表)
田中大(「思文閣」代表取締役社長)
森由美(陶磁研究家)
関連情報
【番組公式ホームページ】
https://www.tv-tokyo.co.jp/kantei/

【見逃し配信】
https://video.tv-tokyo.co.jp/kantei/

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
バラエティ – その他
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸

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(3人)こんばんは。
さぁ 「鑑定団」始まりました。

今週もよろしくお願いします。
よろしくどうぞ お願いします。

戻っちゃった。
あら 鑑定士の皆さんがまた。

パネルになってしまいました。
そうですね。

コロナやオミクロンやいうて 我々の会社
すごい出てますけど

そんな はやりのなか

俺だけ腰痛っていうので
病院 行きましたからね。

腰痛 あら何かしたんですか?
筋トレ。

スタッフさんにね
つらかったら言ってください

椅子 出しますからって。

これ 「鑑定団」の高齢の方が
来たときにやるやつやと思って。

< お笑いコンビ ダイアンのお二人。

ともに 滋賀県
愛知川町出身の同級生>

< いつも騒いでいる
津田さんを見て

ユースケさんは アホそうと
思っていたそうですが…。

その後 お互いに

<22歳のとき 津田さんが
ユースケさんを誘って

2人でNSCに入学。

ダイアンを結成しました。

当初は なかなか芽が出ず
悩んだものの

やがて 上方漫才大賞を
受賞するなど

関西では 誰もが知る
超売れっ子になりました>

< そして満を持して

< しかし現在

<津田さんの持ちギャグ ゴイゴイスーも

いまいち浸透していません>

<私生活では 津田さんが…>

<ベンツやロレックスなど

高級品をたくさん
買ってもらったそうです>

<一方のユースケさんも
去年結婚し 順風満帆。

実は2017年 津田さんの義父

博保さんがこの番組に出演し

津田さんもオマケで登場>

<お宝は 奥様のもうひとりの
祖母が残した…>

えっ!
そうですか。

ちょっ待った! ちょっと早い!

< ところが結果は…>

うわ うわ!

え~っ!

< まさかの1500万円!>

< あまりの高額に

依頼人の登場です。

東京都からお越しの
ダイアンのお二人です。

ようこそ 「鑑定団」へ。
よろしくどうぞお願いします。

どうでした? あれ反響は。

すごかったですよ。
まさかの一千何百万で。

ホンマのだから ええ家の
人なんやね奥さんが。

相方どうやった? 見てて。
いやいや ビックリしました。

1, 500円になれって
思ってたんですけど。

そうか 応援はしてなかったんや。
応援はしてないです。

安くあれ 安くあれ。

できるだけ安くあれと。
今どうしてんの? あの掛軸。

そのあと売りに出しまして。
売ったん?

ちょっと怖くなってお父さん。

そんな金額ではなく。
いかなかった?

全然 全然。 もっと低い。

ご自身のもとには
入ってないんですか?

入ってこないですよ そんなん。
無関係ですもん。

(津田)無関係なことはないです。

今日はほんなら?
僕 養子に入ってまして。

そこのおばあちゃんも
結構 まあ お金持ちっていうか。

前回は 義父の母。
そうなんです。

今回は?
義母の母。

結局 津田の家には
なんにもないんやな。

拝見しましょう お宝オープン。

うわっ。

(津田)カメオのブローチって
いうんですか。

貝殻。 でかっ。
でかいね。

むちゃくちゃ
うさんくさいですね。

おばあちゃん こういうのが
好きなんですね。

装飾品とか宝石類とかも。

結構 集めてはるんだ。
(津田)めちゃくちゃ集めてますね。

そのなかで
お気に入りのやつなんですけども。

15万円で買ってるんですよ。
えっ。

下に敷かれている ハンカチ
みたいなのは何なんですか?

(津田)それだから おばあちゃんが
その敷物に置いたら

きれいに見えるからって。
おばあちゃんがこうやってくれと。

そういうふうに
見せてって言うて。

津田本人は
お宝見てどう思うの?

(津田)きれいやなと。
ほんで やっぱ

大きければ 大きいほど
高そうな勝手なイメージですけど。

一見細かそうで
なんか すげぇ粗いよ。

顔もよう見えへんし。

居酒屋で こんな
貝のやつなかったっけ?

炭火で焼くやつな。
あれで うまいことやったような。

大きさ的にはちょうどね。
味噌で焼くじゃないです。

裏側に味噌ついてんちゃう?
そうそう そう。 大葉味噌ついて。

こんなんなんですか? いつも。

このときだけ。

一切言わへん こんなこと。

おばあ様は ふだんこれは
お使いになってるんですか?

(津田)自分で
着けたりするんですけど

大きいほうも自分で
着けようとしたら でかすぎて。

飾るもんちゃう?

本人評価額です。
おいくらでしょう?

50万円。
50万円 2つで。

ユースケはどうですか?

できるだけ安くなってほしいし。

昔から やっぱり
おばあちゃんのお金がすごいので。

僕とか劇場まで 電車と自転車
乗り継いで行ってるときに

相方は おばあちゃんに
買ってもらった

ベンツで来たりとかしてたんです。

何回 パンクさしてやろうかと…。

できるだけ
安くいってもらいたい。

オープン ザ プライス!

頼む! 1億!

1, 000円!

7万円!

半分!?
半額や!

クソ!
やっぱり…。

現代のものなんですよね。

で ナポリのほうへ行きますと
お土産屋さんで

ものすごい数
売ってるんですよね。

貝が 真っ白い状態であります。

そこへ ルーターっていって
よく 歯医者さんで

削る… あのルーターで
粗削りするんですね。

そのあと のみで彫っていくんで
簡単にできるんです。

繊細さに欠けるって
おっしゃってましたけども

まさに そのとおりなんですよね。
ありがとうございます。

大きいのはね
コレクターアイテムというか

着けて 楽しむものではない。
アクセサリーとしては

需要の多いのは
小ちゃいほうですね。

7万円… 半分に落ちましたけども
着けやすくなったかな と。

そうやね。 楽しんでいただいて…。
(笑い声)

帰らそうとしてる。
(笑い声)

<続いては 横浜市中区から。

歴史ある建物が立ち並ぶ
日本大通りを散策中のこの方が

次なる依頼人…>

神奈川県庁を辞めて
2年になるんですけれども

この 横浜の街並みが大好きで

ときどき こうして
散歩をしています。

せっかくなので…。

< それが こちら>

ここは 飛鳥だとか
にっぽん丸といった

大型客船が着岸する
さん橋です。

<360度 遮るものがないため
山下公園や横浜ベイブリッジ 更には

みなとみらいや赤レンガ倉庫などを
一度に楽しむことができ

市民の憩いの場として
親しまれています>

< ところで
お宝は なんですか?>

< そのお宝とは
現在 96歳の母 幸江さんが

小学4年生のときに
手に入れたもの。

1936年 日本郵船に勤めていた
幸江さんの父 守屋剛明さんが

ニューヨークへ転勤を命じられ

その年の2月
客船 秩父丸に乗り アメリカへ>

< お宝は アメリカに着いたときに
記念にもらったもの>

このお宝を見ると 母は今でも
たいへん 喜んで

当時の思い出を
よく話してくれます。

母が大切にしてきたお宝に
どれほどの価値があるのか

気になっています。 鑑定のほど
よろしくお願いいたします。

< いったい どんなお宝か?
スタジオで 拝見しましょう>

依頼人の登場です。

神奈川県から お越しの…。

ようこそ 「鑑定団」へ。
よろしくどうぞ。

お願いいたします。
港 すごい…。

すてきなとこですよね。
いいとこですね。

そうですね 私は
どっちかっつぅと

夜の横浜も好きで…
夜景と音楽と お酒ですね。

あぁ… 最高ですね。

犬塚さん 生まれも育ちも
横浜だっていうことですと

米軍の施設とか
あった頃じゃないですか?

まさに そうですね。
独立記念日の 7月4日は

開放してくれるんですよ。
基地を?

えぇ。 で そのときに 初めて
コーラを飲んだ… あの衝撃は

忘れられないですね。
うわ~ すごい!
なるほど。

さぁ どんな お宝なんでしょうか。
拝見しましょう。 お宝 オープン!

あら!
さぁ これは なんでしょう?

現在の読売巨人軍の前身の
東京巨人軍…。

これが あの… 1936年に
アメリカに遠征したんですね。

そのときに 船の上で
撮られた写真です。

全部 サイン入ってる…。
全部 サインをいただいてるんですね。

さっき書いたくらい きれいに
色 残ってますよ 黒いペンが。

上の いちばん左に
写ってるのが 沢村栄治です。

真ん中が スタルヒン。
スタルヒン はい。

いちばん右が 巨人の監督なんか
やられた 水原茂さん。

水原の隣に 内堀保選手…
キャッチャーだったらしいんですけど

保ちゃん 保ちゃんっていって
母たち 呼んでましたけど…。

すごく かわいがられた…。
なので おそらく

船で撮ったあとに 保ちゃんが
みんなに サインをしてもらって

おりるときに もらったんだろう
というふうに…。

船の中で 現像もしてくれて?
そうだと思います。

お母さん これは どういうふうに
保管してたんですか?

母は 戦争前に帰ってきて
終戦の年の5月に

大空襲があったんですけども
大きな旅行カバンに入れて

で 家の庭に埋めてあった…。
埋めといたんだ。

すごい…。
歴史的な1枚じゃないですか。

これ ホントに…。
まぁ… 私 ずっと 横浜だし

孫たちも横浜が多いので…
まぁ ベイスターズ…。
そうですね。

なので 巨人軍には
正直 あまり興味がないので…。

まぁ もし いいものであれば
野球博物館とか

そういうところに
寄贈してもいいかな。

これ 他に持ってる人
いるんすかね。

いや~ これは楽しみです。

<日本のプロ野球の歴史は 87年前

アメリカ遠征を行った
このチームに始まる>

<読売新聞社の社長
正力松太郎は

1931年 1934年と 2度にわたり

現役大リーガーを招へいした
日米野球を成功させると

これに自信を深め
アメリカと対等に戦える

本格的なプロ野球球団の創設に
乗り出すことを決断。

それが 1934年に結成された

大日本東京野球倶楽部である。

野手では 学生野球のスター選手
三原脩や水原茂

投手では 京都商業を中退後

日米野球で好投した沢村栄治

同じく 日米野球のため
北海道旭川中学から引き抜いた

ヴィクトル・スタルヒンが参加した。

しかし当時
他のプロチームは存在しておらず

対外試合ができなかったため

武者修行を兼ねた
北米遠征が行われた>

< ここで ある問題が発生する。

地元の新聞社から

大日本東京野球倶楽部という
チーム名は

長すぎて困るという
苦情が寄せられたのだ。

そこで
当時 球団顧問を務めていた

元大リーガーのオドールが

大リーグの人気チームにあやかり
ジャイアンツにすることを提案。

このときついた
トーキョー ジャイアンツの愛称が

帰国後も使われ

現在の読売ジャイアンツとなるのである。

チームは

<対戦相手は マイナーリーグのチームや

日系アメリカ人などの
民間チームが務めた。

最終的に109試合を行い
アメリカの野球ファンを魅了。

特に
試合中 選手が帽子をとって

審判に対してまでお辞儀をする
日本独特の習慣は

アメリカ人とは正反対だと称賛された。

チーム成績は 74勝34敗1分と

まずまずの成果を残し
帰国の途についた>

< その翌年の2月
東京巨人軍の他

名古屋金鯱軍や大阪タイガースなど
7チームによって

日本初のプロリーグ
日本職業野球連盟が発足。

初のリーグ戦を開催したが
公式戦とはしなかった。

というのも 東京巨人軍が

前年からスケジュールが決まっていた
アメリカ遠征に

秩父丸で出発し
不参加だったためである。

2月27日
再びサンフランシスコに到着すると

アメリカ西海岸を転戦。

およそ3か月の間に
76試合を行った。

2度にわたる アメリカ遠征の様子は

『読売新聞』で
報道されていたため

東京巨人軍への期待度は
高まっていた。

注目を浴びるなか

<沢村の プロ野球史上初の
ノーヒットノーランなどの活躍もあり

巨人軍は

<日本プロ野球の歴史に

輝かしい第一歩を刻んだのである。

改めて 依頼品を見てみよう。

東京巨人軍 第2回アメリカ遠征の
直筆サイン入り集合写真である。

秩父丸と記された
救命浮き輪を中心に

浅沼監督以下

後に巨人の監督を務めた 水原茂

沢村栄治 ヴィクトル・スタルヒン

韋駄天 田部武雄
逆シングルの名手 白石敏男

巨人の4番打者として

プロ野球史上初の三冠王となった
中島治康など

16人の選手が写っている>

プロ野球のルーツは
ここにあるわけだからな。

そうですね。
ねぇ よく土の中
埋めておいてくれたわ。

本人評価額になります。
おいくらでしょう?

50万円。
50万円で。

まいります オープン ザ プライス。

さあ 50万円よりも…。

おっ おお!

いった~ 100万円!
おめでとうございます!

そりゃ そうでしょう。

ジャイアンツの歴史を物語る
たいへん貴重な写真です。

読売新聞社のカメラマンなどが
同行しておりましたので

報道写真用か 記念写真用に

撮られたものでは
ないかと思います。

関係者以外に
プレゼントするっていうことは

まず ないですから
たいへん貴重なものです。

この中の選手としては
特に沢村栄治さん。

現地でも たいへんな人気で

メジャーリーグから
引き抜きが起こるような逸話も

残っております。

それから田部さん
ホームスチールを決めるなど

足で魅せて人気を博しました。

お母様が かわいがって
もらったという内堀さんは

その後 巨人の二軍監督や

コーチ それからスカウトなどもされて

1997年まで ご存命でした。

それ以外でも
巨人の初期を支えた選手。

審判に転出された選手。
戦争で亡くなられた方々。

そういった方々の若かりし頃の
姿が記録されている

たいへん感慨深い写真です。

これからも
ぜひ 大切になさってください。

< お宝列島 日本縦断!>

<今回の舞台は
開発から100年を迎えた

鳥取県 米子市の皆生温泉。

大山を望む皆生海岸に面し

国内でも珍しい
海底から湧き出る温泉である。

古くは 海の池と記したが
出雲の浜から流れ着いた魂が

ここで
よみがえるとの言い伝えから

江戸後期以降
現在の表記になった>

<源泉の最高温度は
83℃と高温で

健康と美肌の湯として知られる。

0.4平方キロメートルの
小さな温泉街ながら…>

< また 意外なことに
トライアスロンの聖地としても有名で

1981年に日本初の
競技大会が行われて以来

現在でも
毎年7月に大会が催され

活況を呈している。

本日の鑑定士は 田中と森。

会場は…>

<早速いってみよう!>

「出張! なんでも鑑定団」
IN 皆生温泉!

(拍手)

< まずは とっても真面目な

(拍手)

よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。

30年。

好きな言葉ですか?

< お宝は 志野茶碗である。

2年前
ネットオークションで購入したもの>

これ…。

<広島の豪商だった
旧家から出たもので

実物が届いた瞬間…>

形がですね…。

<今回の出張鑑定で

ぜひ 見てもらいたいと思ったが
買った値段が安いので

単純に申し込んでも
選ばれないと思い…>

< その方とは 2000年
この番組に志野茶碗を出品し

6, 000万円の値がついた高田さん
いわく…>

< そこで
自己評価額を100万円と書くと

見事 採用された。

大喜びで高田さんに報告し
お宝を見せたところ…>

< とはいえ 選ばれたからには
よいものと信じたい。

本人評価額は もちろん 100万円!

高田さんの茶碗は 番組放送後

よく展覧会に
出品されているので

これも そうなるとうれしい。

果たして 結果は!?>

(石田)ジャカジャン!

(石田)3, 000円!

< あちゃ~>

いやぁ~。

桃山時代の
志野茶碗では ございません。

土が違います。 志野茶碗を
作っている土っていうと

やわらかみのある感じの
ものなんですが

こちらはですね 硬くカチンと
焼き締まってしまっていて

質感が やっぱり違います。

じゃあ これは
何なのかと思ったときに

唐津焼なんかが桃山時代に

志野茶碗を写すっていうことを
実はしてるんですよ。

ですから その系統で
近代になって焼かれた

まあ 普通にお茶をいただく茶碗。

これ 志野茶碗という古いお箱に
入ってるっていう段階で

ちょっと偽物として
仕立てられてしまってるかな。

<続いては 33歳で
軟式テニスを始めた柴田さん>

鑑定士の はい。

いや…。

< お宝は…>

<実は 8年前にも
一度 出演しており…>

2回目?

ごめんなさい。

< そのときのお宝が
こちら。

骨董好きの父が残した
森狙仙の掛軸で

自信満々だったが 結果は!?>

(2人)ジャカジャン!

< とんだ赤っ恥であった>

< あの日以来
リベンジの機会をずっと待っていた。

そして今回
家じゅうをひっくり返し

この掛軸を見つけた瞬間
ピンときた>

小さいところまでね
念入りに描いとるのよ。

< しかし 家族は…>

今度いけんかったら
今度3回目でね。

いや もう ごめんなさい。

<本人評価額は
自分の年齢と同じ85万円。

前回 観覧に来てバカにしていた
小学生の孫も今や大学生。

8年越しに ギャフンと言わせたい。

果たして 結果は!?>

ジャカジャン!
ジャジャーン。

< これは すごい~!>

真筆間違いありません。

大正 昭和にかけて活躍した
虎描きの名手。

パリ万博で金賞を受賞してですね
海外でも非常に評価が高い。

箱書きは
翠石自身が書かれてます。

「乳乕之図」。

この時期の母虎 非常に
凶暴だというふうに言われてます。

確かに 周りを警戒しているような
その目つき。

そのなかにも
優しさみたいなものが見える

非常にすばらしい表現だと
思います。

よくよく見るとですね
子虎と母虎の毛描きが違います。

子どもさんのほうが
やわらかい…。

そうそう
そういうふうに見えます。

この背景のよさですね。
水面の際のとこありますね。

それを その水墨だけで
描き分けるというのは見事な表現。

60歳前後の脂の乗り切った時期の
非常にいい作品。

ぜひ大切にしてください。

<続いては 高校野球の
解説をしている藤井さん>

テレビです。

<一応 元甲子園球児だが
指導歴は ほとんどないため

打診されたときは ビックリ>

< お宝は…>

<3年前に亡くなった義父の形見。

義父の趣味は
潮干狩りや山菜採りなど

金のかからないものばかり。

しかし…>

<遺品整理の際 義母が

記念に1つ どうぞと
言ってくれたので これを選んだ>

まあ いろいろ

<本人評価額は
これくらいかなと20万円。

前の人の高値を見て
少々自信を失ったが

野球と同じく
諦めたら そこでゲームセット。

果たして 結果は!?>

ジャカジャン!

< やった~!>

おぉ すごい!

室町時代後期の古備前ですね。

壺っていうのは 口が小さくて

大切なものを
貯蔵しておくための入れ物。

ひとつが
来年まく種もみというのが

非常に
大切なものだったんですよ。

ですから こういう壺のことを
種壺と呼ぶ場合があります。

昔は ホントに道具なんです。

なんの飾り気も てらいもない
作りをしてますよね。

あと裏側が全然 景色が違います。

もっとね うわっと焦げたり

ちょっと
くすりが溶けたりしてると

更に どんどん どんどん
価値は上がるんですけれども

お父様のお箱と一緒に
ぜひ大切になさってください。

<続いては
若いころモテモテだった 梅林さん>

恋の告白というのは やっぱり…。
ものすごかったです。

< こちらが その頃の写真>

(石田)へぇ! モテるわ。

< ついた あだ名は…>

かわいかった?

初めてのチューは やっぱり…。

<新婚旅行は
京都に一泊する予定だったが…>

< お宝は こちら>

(一同)おぉ!

<6年前 ほったらかしだった
土蔵を片づけようと

40年ぶりに入ったところ 発見。

大喜びで
持って出ようとしたのだが…>

えぇ?

えっ…。

誰か~。
いや…。

奥さんは?

いない。

<3時間後 妻は帰宅したが

鍵が錆びついて開かず 結局…>

<苦労して持ち出しただけに
愛着もひとしお。

特に気に入っているのが
この皿で

立派なコイの姿は
まるで自分のよう>

コイの…。

それでもう ものすごい…。
今 昇ってますね。

昇ってます。

<本人評価額は
最低でもこれくらいと50万円。

かつて
自分に恋していた女性たちも

きっと見てくれているはず。

かっこ悪い姿は
絶対に見せたくない。

果たして どうなるのか?>

<40年ぶりに入った土蔵で
見つけた

<果たして 結果は!?>

ジャカジャン!

3万円!

< う~ん 残念>

明治以降のものなので

数がね たくさんあるんですよ。

おそらく 入手されたときは
とても高いものだったと

思うんですけれども
親戚集まったりして

ドンと置いて お料理を盛り付けて
っていうのに

非常に便利なお皿ですね。

なので どんなご家庭でも
こういうのが1枚 2枚あって

いちばん
左側のお皿なんですけれども

直しがしてありますよね
これ おもしろいですね。

傷の両側にちいちゃな穴を開けて
鎹をはめて…。

(石田)ねっ 小さい鎹が
いっぱい入ってるんです。

はい 表から見るとね
全然 傷がなく見えて

すごく上手な直しかたを
されていて

ずっと使いたいっていう
そういうね 気持ちも一緒に

伝わってきていて
これ そういう意味で

貴重だと思います。

<続いては
水道工務店を営む 浜田さん>

えっ もう何年になるんですか?
もう40年近くになりますね。

やりがいありますか?
ですね。 それと…。

やっぱ 気になりますか?
なりますね 絶対なりますね。

へぇ。

< こつこつ集めるうち
50点ほどになってしまった>

< お宝は 奥村土牛の絵である。

10年ほど前 かつての同僚が…>

おいくら?

えっ…。

<一度は断ったのだが

この絵を かたとして預けるから
と再び頼まれ…>

<思い切って100万円貸した>

今 その同僚は
どうされてるんですか?

<本人評価額は
貸した金額と同じ100万円。

金は戻ってこないが

思いがけず
「鑑定団」に出ることができた。

そのうえ 本物なら万々歳だが

果たして 結果は!?>

ジャカジャン!

1万円!

< あちゃ~>

奥村土牛の作品ではありません。

昭和を代表する
文化勲章作家で

決して 派手さはない

ありふれた風景を
好みますというふうに

ご本人が語っておられます。

そういう意味ではですね
この作品は

土牛が描きそうな
図柄であると。

しかし じっくり見ると
粗が目立ってきます。

例えば脚ですね。

枝をつかまえてないですね。

もう1本の脚も描いてないですね。

そして その真ん中の笹は

2枚なのか3枚なのか
わかりにくい。

こういった雑な表現はない。

ありがとうございました。

<続いては 栃木県 宇都宮市から。

早速 ご自宅に
おうかがいすると

鉄砲の手入れに余念がありません。

次なる依頼人は…>

< しかも 部屋の中には

なんと甲冑が
飾られているではありませんか。

さらに こちらの棚の上にも
もう2体>

<製作年代や作者など

詳しいことは わからないものの

まるで戦国時代に
タイムスリップしたかのような

気分に浸れるため とても
気に入っているそうです>

< う~ん
確かに ちょっと怖いかも。

ところで お宝は何ですか?>

…と言われました。

<社長のコレクションの中には

山本さんが熱心に集めていた
地元 栃木の焼物

益子焼もあったため…>

< しかし

< そのため形見の品として
大事に保管してきました>

<スタジオで拝見しましょう>

依頼人の登場です。

栃木県から お越しの…。

ようこそ 「鑑定団」へ。
どうも よろしくお願いします。

よろしくお願いいたします。

お孫さん おいくつなんですか?
今 15です。

あぁ 15歳。
まだちょっと怖いか。

うちの家族も なんとなく
最初のうちは

部屋に入るの嫌がってましたよ。

飾ってある絵も
怖かったですしね。

子どもが寄りつくものが
何一つなかったですから。

言われてみれば ありませんね。
そうですね。

どういったお宝なんでしょうか。
拝見しましょう お宝オープン!

お~っ!
迫力あるな これ。

でかい!
これは どういう焼物ですか?

古丹波かと思うんですが
そのへんも自信ないんですけど。

あんまり よさは
わからないんですもんね。

全然わかりません。
全然わからない。

「どれでもいいから持っていけ」。

なかなか このサイズ
選ばないですけどね。

舌切り雀は でかい つづら
選んだでしょ。

ダメじゃないですか。

舌切り雀やったら
でかいの持ってったら

絶対ダメですよ。
そう… そうですよね。

最後えらいもん
出てくるやつでしょ。

あとで気がついたら失敗したなと。
だけど これ

ちょっといいじゃないですか。
なんか垂れ具合とか光沢とか。

その垂れ具合っていうのはね
牛のよだれみたいな感じ。

牛のよだれ
こんなんちゃいますやんか。

そんなふうにしか見えない?
何ですか その表面。

なんかギザギザしてる 表面…。
それも嫌でね。

ボロカスですやん。
社長 怒ってますよ。

社長が 「公私にわたって
君には お世話になったから」

みたいなのありましたけど
相当 優秀な社員で。

いや それはないと思います。
ないんですか?

全然。
自分で思い当たる…。

あれは確かに 社長
感謝してくれてたもんな

みたいなのはあるんですか?
それはね

でかい木があったんですよ。
庭に 社長の家に。

そう。 お茶会があるから
池の掃除してくれ。

まだ寒い…。
4月か5月だったかな。

パンツ一丁で池に入って池掃除です。

え~っ!?
メチャクチャ頑張ってるじゃないですか。

すごい社員。
やらないですよ 社員で。

<丹波焼は
赤褐色の土肌と

緑色の自然釉の
鮮やかな対比が

ひときわ異彩を放つ。

古丹波とは 中世から

江戸時代の末にかけての
ものを言い

今や その名は
広く知られているが

一般に評価されるように
なったのは

戦後になってからである。

そのきっかけとなったのが
民藝運動の提唱者 柳宗悦で

柳は晩年 古丹波の収集に
情熱を傾け こう評した>

<丹波焼は

<当初は 山の斜面に
細長い穴を掘った

いわゆる穴窯で

壺や甕などの生活雑器を
作っていた。

瀬戸焼や常滑焼など 東海地方の
窯の影響を受けており

紐状の粘土を
輪のようにして積み上げる

輪積み成形で 釉薬をかけずに
そのまま焼くが

釜の中で降りかかった灰が
土の鉄分と融合し

見事な自然釉となり

えも言われぬ景色を
作り出している。

その深く澄んだ緑色は
古丹波最大の魅力で

他の窯と比べ
特に発色がよいのは

赤松の他に
複数の雑木を焚き木として

用いたからではないかと
考えられている。

室町時代になると
丸胴形や長胴形など

丹波独特の形状が 盛んに作られ

粘土を輪積みしたあとを
目立たなくするため

わら束や くし歯状の道具で
縦の線を施すようになった。

これを俗に 丹波の猫掻きという。

桃山時代には
燃焼効率のよい登窯が導入され

焼き上がりが
数段早くなったため

大量生産が可能となり

それまでの壺や甕以外にも

桶や徳利など
さまざまな器が生み出された。

人工の釉薬を
用いるようになったのも

このころからで

もともと
水漏れを防ぐために塗っていた

鉄分の多い土が
意外にも鮮烈な赤褐色に

焼きあがることから始まった
赤土部釉は

その後 丹波ならではの色と
言われるまでになった。

更に 赤土部釉の上から灰釉を
流しがけする 流し釉。

先のとがった工具で
釉薬をかき落とす 釘彫り。

型で作った花を貼りつけた
貼付文など

装飾性が一気に開花した。

江戸時代後期には
器の表面に 白い化粧土を塗り

その上に 釉薬をかけた
白丹波が登場。

さまざまな絵付けが可能となり

それまで実用本位だった丹波は

一躍 観賞用陶器へと
変貌を遂げたのであった>

<改めて 依頼品を見てみよう。

古丹波の壺で

< やや歪んではいるが
ふっくらとした丸胴形で

豪快に流れる緑の自然釉が
実に 味わい深い。

肩には 窯の中で降った
灰や砂が びっしりと張りつき

これもまた
野趣に富んでいるが…>

いかがでしょうか?

こう見ると よさそうですね。

VTRで ちょっと変わりましたか?
考えが。
変わりました。

いちばん大きいもの選んで?
そうそう いちばん大きいもの。

ホント 舌切り雀。

社長はね こんな大きいの
バカなヤツだなと思ってるでしょ。

本人評価額です
おいくらでしょうか?

大きくいって
50万といきたいです。

大きくいって50万 わかりました。
オープン ザ プライス。

さあ 50万!

おぉ!

やった~ 250万 250万!

すごい すごい!
社長 ありがとうございます。

今さら!
ごぶさたでございます。

天国の社長喜んでるな これ。
いや~ 250万。

いや 見事な古丹波ですね。

室町時代 初期の作と見ました。

輪積み成形でね 下の部分と
上の部分を別々に作って

パカッと肩のところであわせてる。

ですから そういう そろばん型の
形が生まれたんですね。

穴窯っていうのはね
熱効率が たいへんに悪い。

おそらく焼成に
15日間くらい かかると思います。

そうすると その長い間にね

薪の灰が
こういう自然釉の流れになる。

その流れの先が
ちょっと膨らんで

指で触ると つくような
みずみずしさを持っておりますね。

この流れが多いほど
景色として見立てがいいわけでね。

これも見事なもんですね!

その反面 肩にはね
溶けきらなかった灰が

渋くこびりついてる。

この野性味と
流れの流動性の対比が

実にいいと思いますね。

ビックリしました。
ねっ!

社長の好きだった おまんじゅうと
羊かん持って

お墓に行きます。
(笑い声)

大事になさってください。
うん!

どうも ありがとうございました。
おめでとうございます。

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