ボクらの時代[字] …の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

ボクらの時代[字]

ディーン・フジオカ×岩田剛典×佐々木蔵之介

詳細情報
番組内容
毎回さまざまなジャンルで活躍するゲストが集まり、あえて司会は介さずに多彩な話題や事象を取り上げるトーク番組。
今回は俳優のディーン・フジオカ、岩田剛典、佐々木蔵之介の3人が、手掛けている舞台のプロデュースや新作映画「バスカヴィル家の犬 シャーロック劇場版」での共演秘話、そして実家の家業継承の話まで、幅広いテーマで語り合う。
出演者
ディーン・フジオカ 
岩田剛典 
佐々木蔵之介
スタッフ
【プロデューサー】
西村朗 
松本彩夏(イースト・ファクトリー) 
【演出】
高野裕樹(イースト・ファクトリー) 
【制作著作】
フジテレビ情報企画開発部

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
バラエティ – トークバラエティ
趣味/教育 – その他

テキストマイニング結果

ワードクラウド

キーワード出現数ベスト20

  1. 自分
  2. ホント
  3. 大学
  4. 日本
  5. ダンス
  6. 家業
  7. 業界
  8. 実家
  9. ディーン
  10. プロデュース
  11. 安藤
  12. 岩田
  13. 芝居
  14. 内定
  15. 普通
  16. ウクライナ
  17. エンタメ
  18. ゲーム
  19. ハプニング
  20. メーカー

解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)

   ごあんない

解析用ソースを読めば、番組内容の簡易チェックくらいはできるかもしれませんが…、やはり番組の面白さは映像や音声がなければ味わえません。ためしに、人気のVOD(ビデオオンデマンド)サービスで、見逃し番組を探してみてはいかがでしょうか?

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前回 僕 モーリー・ロバートソンさんと
安藤 忠雄さんと

3人でやらせてもらったんですよ。
安藤さんと。

めっちゃ元気で
収録 終わった瞬間に

ダッシュで帰っていきましたからね。

ボクサーやもん。
ねっ。 そう。

兄が 建築学科やって

ホントに
演劇 始めたきっかけというか

東京の大学 行って
関西の大学に行ったんやけど…。

農大だったんですね。
東京農大 行ってた。

次 神戸大学 行ったんやけど
東京 行ったときに 兄が

ちょうど 安藤 忠雄さんが

下町唐座って唐 十郎さんの舞台の
造ってはってん そのときに。

すごいバブルやったから
劇場を隅田川に造ってはったのよ。

へぇ~。
それ 見に行ったら? っつって

初めて行って
何じゃこれはっていうので

演劇体験を初めてしたっていう。
それが出合いだったんですか?

大きな要因ではあった
安藤 忠雄さんの建築は。

[3人が共演する映画…]

「部下の推理は0点だ」
「えっ? 何で?」

[ディーン・フジオカさんと
岩田 剛典さんの演じる

名探偵コンビが
難事件に挑む本格心理スリラー]

[2019年の月9ドラマ『シャーロック』を
きっかけに知り合った3人]

[今日は 自らのルーツから
プライベートまで大いに語り合います]

♬~

ディーンさんは
この業界 入る前は

どういう感じの人生
送ってきたのかなって

現場で 断片的には
聞いたりするんすけど…。

ボーダーレスやから。
節操なくやってましたよ。

よく 実は 聞かれるんです
インタビューで。

何で日本を出たんですか?
っつって。

1つは
花粉症がつらかったっていう。

そんな理由なんすか?

昔 花粉症の薬って
そんなよくなかったじゃない。

眠くなるだけっていう。
普通 それでは海外行かんけどな。

すごいね。
それで行くっていう行動力…。

年の4分の1は しんどいみたいな
それがないとこ行きたいと思って。

何歳?
出たのは 19の年ですね。

ホント 簡単に言うと
日本っていう国家に頼らないで

サバイブするゲーム
ずっとやってたから…。

(笑い声)

でも パスポートは
変えようか何度か迷ったけど

最終的には日本人でいようと思って
そのままにして。

何度か…。
迷いましたね。

自分の妻は 日本人ではないので

簡単に言えば
配偶者っていうところから

他の国籍を得るってことも
スムーズにできるし 結局 何か

生まれたのは 福島だったから
311があったときに

自分は ずっと… 何だろう。

世界中 どこでも生きていける
みたいな

たぶん どっかで
おごりみたいなのがあったけど

その先に何があるんだろう
みたいの 初めて突き詰められて

自分が やりたいって
思ってることを

自分を満たすためだけじゃなく
何かに つなげられることが

もしかしたら
できるのかもしれないっていう。

簡単に言うと そういう感じで
日本で仕事するようになって。

なるほど。 震災が1つの…。

俺 サバイバルなんて
考えてなかった 今まで。

どうやって進学して どうして…
就職してみたいな。

蔵さん そのときは
何 勉強してたんですか?

農学。 行ったのは
うちが 実家が酒屋やから

メーカーやから
農学部 出ようと思って。

[佐々木さんの実家は…]

[一方 岩田さんの実家も…]

[それぞれ 家業を継ぐという
選択肢もあったのでしょうか]

演劇サークルに
入っちゃったから

学校は行くけど 授業は受けずに
部室にいてるみたいな。

学校は行くけど
部室に行くみたいな方が多かった。

でも 大学のときは 将来は
普通に家業っていうのは決めてて。

メーカーやから 代理店行こうっつって
代理店行って。

その切り替わったきっかけは
何ですか?

これで食ってこうとか これだと。

全て実家を継ぐために
ずっと進めてきたんですよ。

その間 劇団は
やってたんだけど

東京の劇団から
「やりませんか?」と。

いや 僕 やりませんと。
会社もあります。

あまりにも
ずっと言うてきはんねん。

今まで そういうのは
断ってきたけど

そのとき 初めて
ずっと断ってたけど…。

迷ったんだよな
その押しが強くて。

それが いまだに分からへんねん。

これを断ったら この先も
ずっと断っていくのであって

それでいいのかな
この芝居に関わったのにと思って。

終わらせたくはなかったんだよね。

それだけで
続けたかったというよりも

終わらせたくなくて
家で 会社辞めますって言ったら

あっ 家 やっとやるんかと。
2年半いたから。 いや…。

芝居やるって言った。

ハトが豆鉄砲食らったように

えっ? どっから
そんな発想がみたいな感じで。

岩ちゃんもさ
家業みたいなものは意識してた?

家業は 僕は 次男だったんですよ。

なので 長男が
結局 今 継いでるんですけど

小学校のときの
社会科見学みたいなので

うちの工場に行ったりとか。
同級生と みんなで一緒に

岩ちゃんの家の工場
見に行ってたんだ。

そうなんすよ。
面白いね それ。

高校卒業するぐらいから ずっと…
ストリートダンスと出合って

深夜のダンス番組が すごく
若者の中で はやった時期があって

ちょうどDA PUMPさんも MCで
やられてた時期だったんすけど

ホントに朝から晩まで ずっと
ダンスをやってたんですね 大学時代。

そのときは 将来何になるっていう
家業とかは考えてない?

何も考えてなくて。
そのとき 考えてなかった。

学校に申し訳ないぐらい
ダンスをしてた記憶しかないぐらい

打ち込んでたんすよ。
真面目に。

日本の大学って
そんなもんかもしれないけどね。

どういうきっかけだったの?
この業界。

やっぱり就職活動が
一つ 転機というか

なんとか内定を頂いた企業も
ありまして。

で 無事に親にも報告でき
ホントに この業界に入ったのは

青天のへきれきというか。

当時の僕 深夜にパフォーマンスしてた
グループの一員というか 先輩が

同じ事務所の しかも
同じ三代目 J SOUL BROTHERSの

リーダーの小林 直己っていう
人間だったんすよ。

あっ そうなんだ。
テレビ番組に追っ掛けてもらって

ボーカル&ダンスユニットみたいなの
つくろうみたいな。

僕さえよければ
推薦したいみたいなこと言われて。

それだけやったら 大学4年の最後
思い出にもなるしね。

就職はできるよね。
変な話 やらしい話なんすけど

内定 持ったまんま
オーディション受けたんすよ。

気付いたら 候補者が

ホントに 何か
数えるぐらいになっていってて

ちょっと待てよ これみたいな。
内定もろうたままやぞと。

それを経て 発表しますみたいな
テンションでもなく

新メンバー決まりましたみたいなこと
会長から言われて

名前を読み上げてもらって
そこで もう一気に

何か 張り詰めてたんでしょうね。

当時は やっぱり
将来 どうするとか

落ちた後のことも
考えたりしましたし。

だから そういうテンションで
発表されたのにもかかわらず

号泣してしまって
ちょっと おえつというか

動悸が止まらないみたいな感じの
感情になってしまって

すぐ その場で 電話して 母親に。

言ってなかったんだけどみたいな。

お母さん いきなり それやもんね。
いきなり。

「えっ? 内定は?」
みたいな感じになって。

いや 何か ちょっと…
夢 追いますみたいな。

何のために中学受験させたと
思ってんのって すごい言われて。

いろんなことも含めて
小学校から

親的にはプランを立ててたんだと
思うんですよね。

分かる。 俺も 何のために
大学 もう一遍 受け直して

何のために就職して…。
何のために学費払って。

でも 脇目も振らず 3年間ぐらい
ずっと朝から晩… 聞いてたら

ずっとダンスやってたから
そこなんだよな。 継続してたから。

心のどこかでは やっぱり
ダンスで飯が食えたら

一番いいのになっていうのは
思ってて。

それが あったんだね。
当時は もう

有名な日本の… 例えば
『紅白歌合戦』に出てるような

アーティストさんのツアーに
同行するとかじゃない限りは

食っていけない
生活できないっていう

シビアな業界だったんで

選択肢として
残り得なかったんすよね。

自分が 親として
そんな選択 おかしいと思うやん?

客観的に見てもね。
はい。 そうです。

賢さみたいなものを超える何かが
あるんでしょうね。

人間 生きてく上で。
そうね。

メーター 振り切っちゃう瞬間が
ある…。

[普段は
表舞台に立つ3人ですが

クリエーティブな部分にも
挑戦しています]

[ディーンさんは…]

[佐々木さんは…]

[そして 岩田さんは
ソロプロジェクトをプロデュースする一方

実家の家業である…]

今さ コラボしてるわけじゃない。
靴ってものは ずっと自分の中で。

うーん 何か それも
でも 色々あったというか

コロナ禍だったりとかして
現実的に 革靴のビジネスって

すごい日本の中だと
ニッチな世界で

主流が
スニーカーだったりするんすよね。

そんなに きっちり革靴を履いて

オフィスに行ったりとかする
仕事の方が…。

最近はね。
昔は 革靴 履いてたけどね。

でも それってダメージはあって
全体的な業界としての。

何かできないかなっていう…。

びっくりしたよ。
あれを知ったときにさ

岩ちゃん いろんなことを
トライしてる中で

あっ そっちもやるんだと思って。

両親共に喜んでくれたんで
そこは すごくよかったですけど。

一遍は離れたと思ったけど…。

不良息子だって
ずっと言われて…。

「お前なんて知らん」と言われて…。
だから 俺も 最初

朝ドラに
出演させていただいたときに

10月から3月までの間の
クールやったんで お歳暮があるやん。

お歳暮の時期に 朝ドラの
『オードリー』っていうんだけど

『オードリー』のお酒を造ったのよ
朝ドラの。 それなりに売れて。

佐々木酒造 始まって以来の
ヒット商品になって。

俺も ちょっと還元して
やっと認めてもろうたと。

役者 人にも
やっと認めてもろうた。

蔵さん 広告代理店に
勤められてたんですよね?

この仕事 始める前。

広告代理店行った理由は
うちがメーカーなので

売る方法を見つけようと考えた。
へぇ~。

新聞 ラジオ 雑誌 テレビ
っていうふうな

イベントとか使える
このツールを使ったら

うちのお酒も
売れるんじゃないだろうか

そこ 勉強しようと思って
広告代理店。

そんとき そんな感じで見てたけど
むしろ辞めて

今は 自分が
表現者の立場となったときに

代理店さんの動きは
すごい分かる。

ちょっとクライアントに
寄せ過ぎなんちゃう? とか。

どれぐらい…
何%のマージン取ってんだとか。

いろんなものが
すごい分かるようになった。

自分も 例えば 映画の監督とか
企画とかプロデュースとか やってみて

もちろん経験は そんな
多いわけではないですけど

一回の仕組みというか
メカニズムを知ってるから

見方が ちょっと
変わったなってのがあって

たぶん すごく それに
近いんじゃないかなって 今…。

実際 どう?
実際 プロデュースして。

そこで自分が求められてることは
何なのかっていうのが

明確になって
いい意味で こだわらなくなった。

客観 ふかんで見れることによって。
そうですね。

押し通してもいいことはないと。
そうですね。

あっ こういうふうに
思われてたんだみたいな。

なるほど なるほど。
現場からは。

お前が言える立場じゃないぞと。
立場は違うやろと。

違うセクションがあるんだから…。

余計なことに だいぶ
エネルギーと時間 使ってたなみたいな。

蔵さんも プロデュース
されてるじゃないですか 舞台。

何か 始めてから 始める前と後で
変化ってありました?

客観的に見るようになったね
やっぱり。

お金のこともあるし。

何ていうの。
物販とかも すごい大事やん。

大事やんっていうのも
あれやけど。

いや ホントに。
興行としては。

芝居 終わった後に もう一遍
物販用の何かをやったりとか

いろんなイベント考えて お金を
回していかないとあかんなとか

そんなこと すごい考えたな。
分かる。

ずっと そんな話ばっか。

マネジャーと ずっと
そんな話ばっかしてますもん。

車の中とかで。
ありがたみが分かる。

ホントに。
ホントに。

[岩田さんと佐々木さんは…]

[実は ウクライナも

佐々木さんの思い出の場所の
一つだったそうです]

蔵さん ウクライナに行かれた…?
ウクライナ 行った。

どうでした?
いつ頃だったんですか それって。

クリミアのあれが…
あった後なんですけど

キエフ。
今でいうキーウには行きました。

独立広場の前にあるウクライナホテル
よく 今でも映像に出るけど

そのホテルに泊まった。
個人旅行で行ったんやけどね。

へぇ~。
ホントに行ってみたかった。

1つ 興味深かったのは

そのとき チェルノブイリツアーみたいのも
あったんだよね。

そういう原発の資料館
みたいなものがあって

街には
全然 英語表記ないんやけど

そこ入ったら 急に 日本語が…。

何かっていうと
チェルノブイリと福島が

ほぼ同列で書かれてる。
びっくりした。

世界的には こういうことなんだな
福島のっていう。

で キーウの所
色々 街 見てるから

今 ちょっと 映像で見るのは
人ごとではないんですけども。

そういうことを言うことでは
ないのかな?

まあ 旅行が好きやという。

僕も 好きなボクサーが
ウクライナ出身だったから

いつか行ってみたいなと
思ってたんですけど

ロマチェンコっていう選手…。
ロマチェンコ 大好きです。

カッコイイよね。
カッコイイっすね。

旅行が好きっていうのは

自分が変わらないから
環境 変えたら…。

気分転換。
何かなるかなと。

例えば 休みの日に
ずっと家にいてても

あ~ 夜まで… あ~ 夕方も
何もせんままやったっていうの

嫌やから ちょっとでも
外に出ていこうみたいな感じで。

2日 3日あったら アジア行こう。

1週間あったら
ヨーロッパ行こうかなみたいな感じで。

よくやってたね。

どの国でも どの旅先でも
楽しめるってことですよね?

そうやね。
こっち来たてのときは

最初 来たてのときは
お金ないから

取りあえず 新宿まで行って
どの高速バス乗るかみたいな。

乗り物に乗ってるのも
好きってことですか?

好きやね。
飛行場にいてるだけで盛り上がる。

何カ国ぐらい…。
何カ国やろう。

前 数えたの42やけど
その後も行ってるから

ちょっと分からない。
旅人ですね 完全に 生粋の。

旅 行ったら
絶対 思いどおりにならない

自分の今までの価値観とは
違うことになる。

例えば ご飯注文しようと思っても
食べログないわけで

めっちゃ大きい皿で来て

何で ご飯に牛乳かけたり ご飯に
こんなことすんねんみたいな

こんなん頼んでなかったけど
食べるかみたいなんが笑える。

荷物 届かなかったりする…。
ハプニングだらけですよね。

ハプニングしかない。
ハプニングしかない。

そういう失敗が
面白いのかなとは思ってる。

日本じゃ そういうことはないし。

でも インプットには
間違いないと思います。

環境 変えるって意味でいうと。
岩ちゃんは?

僕 そんな 何ていうんですかね。
好きなものが はっきりしてて

大学のとき
ダンスを突き詰めてたんで

1人で ハーレムに行って
外国人の方とダンスバトルとか

サークル組んで
やったりとかしてたんですよ。

それ 今 話すと ホント
よくさらわれなかったねって

みんなに言われて。

目に入ってくるものが
好きなカルチャーしかないんです。

タギング… 壁にスプレーで
わーっと こう デザインが。

あれも ある種 ヒップホップ的な
文化だったりとかするんすけど

ちょっと 足 延ばせば
体験できんだなってのが好きで。

じゃあ 地図 見ないで
ぷらぷらするとか あんまり…。

リサーチ めっちゃして。
なるほど なるほど。

だから 蔵さんの
いろんな国に行って

開けて何が出るかなみたいな
楽しみ方は

まだしたことないかもしれない。

変なとこ 行きたいなって…。

コロナ禍になって 蔵さんって
すごいストレスあるだろうなと…。

どこも行けないからね。
そうっすよね。

それだけ旅が好きだったら。

例えば ずっとダンスやってて
ずっと芝居やってて

でも 今の大学生は
活動はないのかな?

あんの? 授業にも これでしょ?

そうっすね。
モチベーションが どこなんすかね。

大学生って 僕…
一緒にしちゃあかんけど

勉強してなかったけど
今の大学生って

授業も これやし
そういうのもなかったら…。

何に興味持って進めばいいか
分からないですよね。

大学のときに
将来 何になるかとか

なんやかんやで決まってたような
気がして… 勝手に。

メタバースで
会おうみたいな感じなんすかね。

「メタバースで会おう」
ゲーム。 仮想空間で。

子供たちが自分たちで
プログラミングして

ゲーム作ってんのとか見たとき
びっくりしました。

お互いが作ったゲーム 招待し合って
遊んでるっていうのを

目の当たりにして
こうやって世代交代って

行われていくんだなって。

普通に だって 4~5歳で
絵文字 送ったりとか

写真 撮って 自撮り 送ったりとか
その年で もうできんのっていう。

5年 10年先の…
親が考えてくれたのを

ポイって捨てるみたいな きっと
されるだろうなとか思うけど

考えちゃう それこそ
教育のことだったりとか

どこに住むとかも
関わってくるし

家族は 絶対 近くに
一緒にいた方がいいと思うけど。

コロナの間 やることがないから
1人で散歩はしてたね。

歩くの気持ちいいですよね。
気持ちいい。

別に 1時間 2時間歩くことが
普通になって。

そのときに あっ ここに
こんな店があるんだ 地図 見て

普段 車で過ごしてるところ
歩いてみたりとかして

家 帰ったりしてた。

何か こう 人生を もう一回
考え直したりとかする

いい機会なのかなとか
すごい考えちゃって

そこから始めた趣味を
実は 今も続けてて…。

絵?
絵 描いてて。

やっぱ あのタイミングだったんだ。
そうっすね。 何ていうんですかね。

居ても立ってもいられない
というか

やることが
あまりにも なさ過ぎるのと

映像作品…
それこそNetflixとかも

あのときに ばーんと日本でも
はやったと思うんですけど

あれを見るだけの生活が
苦で 結構。

昔 描いて 絵 好きだったから
やってみようかなと思って

注文して 何となく
やり始めたことが いまだに。

それは すごいよかったですけど。

何してました? ディーンさん。

ひたすら書いてた。
あっ 脚本とか?

企画書 書いたりとか
曲 作ったりとか

それでも もし 時間 余ったら
たまってた本…。

あるじゃない。
山積みになってるような本。

読もうと思ってたのとか
一個ずつ 読んでって。

いや 何か そのときに 確かに

読む習慣 読むリズムみたいなのが
できたのかもしれない。

今も 本…。
癖づいて。

昔に比べると読むようになったから
それが そのときに作ってた

物を書く作業にも 直接的に
間違いなくプラスになったし。

エンタメに携わってて
考え込んじゃって

自分 何か意味あんのかな
みたいな。

ニュースとか見てても
エンタメの出る幕じゃないというか

それどころじゃねえみたいな
雰囲気になっちゃうとき

すごく 僕は 自分の存在意義
考えたんですけど

ライブが始まって
ちょっと自信を取り戻した ある種。

待っててくれてたんだっていう。
あっ 俺 いていいんだみたいな。

そっちは
すごくありがたみを感じて。

ライブやるって
ホント大変なんだなと思うよね。

エンタメとしては映像では見れる。

みんな 家で見てるんだから
それはいいんだけど

自分が 現在 立って
そこに集まるってことが

駄目だっていうことやん。
そうですね。 確かに。

見に来てくださいって言えない。
言えない感じというか。

でも そのときに立って
待っててくれたんだ

お互いが力になったんだっていうの
すごく分かる。

僕も 人数減らして
お客さんが満席のときの感覚

得られるんだろうか。
どうなんだろうな。

要するに 拍手も何にも
カーテンコールもしないとか

どうなるんだろうなと
思ったけど

ちゃんと そこは
通じるんだなっていうことに

ああ 信じていいんだ…
ありがたいなって思ったね。

僕 すごい感動したんすよ。
マスク越しなんすけど

目が みんな
うるうるしてる方とかもいて

外せないけど もう それで

通じ合ったなっていうのがあって
ぐってきて 僕も。

岩ちゃんに救われた人
たくさんいると思う。

自分も救われてます。
まあね。

ドラマの現場でも
こういうふうに時間取って

話したことはないもんね。

ホントに
ありがたいなと思います。

2人に出会えたのは
ホントに宝です。

ホントに そのとおりです。

[それでは
今日も 素晴らしい一日を]