SWITCHインタビュー 達人達「西本智実×佐治晴夫 EP1」[字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

SWITCHインタビュー 達人達「西本智実×佐治晴夫 EP1」[字]

世界を舞台に活躍する指揮者・西本智実と、宇宙の法則を人生に照らし、易しい言葉で伝える理論物理学者・佐治晴夫。北海道美瑛の大自然に包まれ、音楽・宇宙・平和を語る。

番組内容
西本が美瑛町にある佐治のアトリエを訪れると、優しい音色が…。佐治が自らオルガンを弾き西本を出迎える。若い時から音楽に造詣が深く、専門である物理や数学と音楽の類似性に魅せられるという佐治。1977年にアメリカで打ち上げられた無人惑星探査機ボイジャーにバッハの音楽を搭載するよう提案したことでも知られる。宇宙から送られる「音」とは?御年87歳、「わかることはかわること」と語る佐治の思いにせまる。
出演者
【出演】指揮者…西本智実,理論物理学者…佐治晴夫,【語り】満島ひかり,岡田将生

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化

テキストマイニング結果

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キーワード出現数ベスト20

  1. 佐治
  2. 音楽
  3. ボイジャー
  4. 宇宙
  5. 当時
  6. 研究
  7. 本当
  8. レコード
  9. 機会
  10. 西本
  11. 先生
  12. バッハ
  13. 演奏
  14. 人類
  15. NASA
  16. お話
  17. ゴールデンレコード
  18. テーマ
  19. トロイメライ
  20. パイプオルガン

解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)

   ごあんない

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今夜の「SWITCHインタビュー」は…。

(拍手)

クラシック界の
第一線で活躍する…

これまで
世界30か国以上のステージに立ち

演奏家をまとめ

自身が思い描く 理想のハーモニーを追求。

2013年には みずから主宰する楽団が

アジアのオーケストラとして初めて

バチカン国際音楽祭に招聘され
注目された。

常に新しい音楽や芸術の可能性を
追い求めてきた西本が

会いたいと願ったのは…。

北の大地を歩く…

御年87歳。

佐治は 鳥のさえずりや そよ風
小川のせせらぎなど

自然界に宿る
「1/fゆらぎ」と呼ばれる現象を

理論的に研究。

技術開発に役立ててきた一方

「ゆらぎ」から宇宙の本質までを見つめ

解明したことを発信している。

中でも 人生に照らし合わせて
一般に わかりやすく伝える著書も多い。

各地で講演し 精力的に活動する佐治。

実は

音楽にも造詣が深い。

オルガン演奏の腕前は
もはや 趣味の範疇を超えるほどだ。

♬~(演奏)

本当に これは…

宇宙と音楽 そして 人類について。

壮大なテーマで語り合う!

♬~

この日 西本は

北海道 美瑛町を訪れた。

(セミの鳴き声)

春ゼミの鳴き声が響く中
何やら 美しい音色が…。

♬~(演奏)

(拍手)
ああ~…!

こんにちは。
こんにちは。 はじめまして。

はじめまして。
西本智実と申します。

もう 今 入ってきたときに
とっても柔らかい音で。

こんなに柔らかい音がするんだと…。

ありがとうございます…。

いやあ でも 本当に
よくいらっしゃいました。

お疲れになったでしょう。
いえいえ…。

佐治は 9年前 縁あって訪れた美瑛の
風と木の音に魅了され

この地に居を構えた。

とっておきの場所に西本を案内する。

そうですね。

うわ~…。
こういう具合に見えるんですね。

目の前に広がる大自然。

真冬になりますと
もう あれが真っ白になるので

人を寄せつけないっていう
山の厳しさを感じますね。

そのときに…

すごい!
これ 面白いんですよね。

続いて 2人が向かった先は…。

昼間も観測できる天文台があり

佐治は その天文台長を務めている。

展示室には 美瑛の自然や

開拓期から近年に至る
歴史の資料が集められ

誰でも学ぶことができる。

ここが郷土学館なんですけどね。
はい。

ここに ちょっと 音に関わるもので

ちょっと懐かしい…

大変 私も思い入れがありまして。

不幸な…

何だと思いますか?

学校の音楽の時間?
学校の音楽の時間で

聴いてたレコードがね…

「ボーイングB17D 高度3, 000メートル」。

「(戦闘機の音)」

当時 音楽の授業で聴かされたのは

敵の戦闘機の音を集めたレコードだった。

録音してあるものを聴いて…

それで…

それで ご存じのように
ここにレコード盤を入れて

これを回すわけですけど
これ ピックアップで針をつけますよね。

それで 鉄がなくなったら
あと どうなるかっていうと

あとは…

竹を斜めに切って

そして それを ここに入れてたんです。

ところが それも駄目になったんです。

っていうのは…

そこで 何をやったかというと
これをやったんです。

レコード 回ってますでしょ。 そこの…

はあ~…!
そうすると このレコードの振動が

骨伝導で。
ああ~…!

まあ そういう一つの思い出も
あるんですけどね。

防空壕の中で
言ってみれば そういう極限の中で

音楽を聴きたい。

そこでの工夫とか
やっぱり そういったことに

ちょっと こう… 胸に迫ります。

そういうことの 証言をできる人が
もう ほとんどいなくなりましたから。

だから せめて 僕も
まあ… 話ができるうちにね

皆さんに話しておきたいなとは
思ってるんですけどね。

1935年 東京で

4人きょうだいの
末っ子として生まれた佐治。

戦時中の ある体験が

その後の人生に 大きく
影響することになる。

僕の父親が…

「…というやつがある」と。

「たぶん 日本 東京は
火の海になるから…」

…と言われて
それで 兄に連れられて

日本橋の三越に行って

そこで 初めて
パイプオルガンを聴いたんですね。

それで はっきり覚えているのが…

それから もう一つが
「海ゆかば」というような

軍歌を演奏していて その間に

ええっ? という
何か 違った音楽が聞こえたら

僕の耳元で…

そこで その… バッハの
何か わからない曲っていうものが

すごく僕の心の中に入っていった
っていうのが最初ですね。

先生にとって
宇宙との出会いというのは

いつぐらいの…?
これはですね やはり 先ほどの

僕の父親が「パイプオルガンが
聴けなくなるよ」と言って

それから
2~3か月してからでしょうかね

僕の担任の先生がですね 突然ね

「今度の土曜日は授業をやめます。

そのかわり 希望者は

連れて行ってあげたい所がある」
と言うんです。

それで 連れて行かれた所が
当時 有楽町にあった

「東日天文館」
というプラネタリウムがあって

そこに連れて行かれた。
で まず最初に

まあ 夕暮れになりますね。

そこで聞こえてきた音楽を
覚えてるんですよね。

だから「トロイメライ」が
静かに流れるうちに

だんだん 夕暮れになって

そして 星が
だんだん 出てくるんです。

それが やっぱり 子ども心に
すごい やっぱり 衝撃的でしたね。

これは もう…

何か 今「トロイメライ」が
そこに流れていたっていうのが

これが… 何でしょう
そのときの情景っていうのは

全くの想像ですけれども
とても感じます。

何でしょう…。
なるほど。

そこは僕は気が付きませんでした。

ちょっと ドからソに
いってみたいような気分のところが

ドからファでということですね。

そういった憧れ。

そういったものを感じる
音程なんですね。

ですから 今 先生のお話を伺って…

ああ そうですか。

音楽への情熱は持ちつつも

当時 ノーベル物理学賞を受賞した

湯川秀樹に憧れた佐治。

大学では理学部に進学し

数学と物理学を専攻した。

その後
東京大学と松下電器の研究員を兼任。

研究を進める中で 佐治は
「ゆらぎ」に注目した。

「ゆらぎ」とは 木漏れ日や そよぐ風

打っては返す波など

人が心地よいと感じる自然界のリズム。

これを理論的に解明し
製品に応用できないかと考えた佐治。

そこで開発したのが

扇風機。

不規則で ゆらぎのある風を
作り出す機能を付けた。

大学を卒業されて

東京大学の研究者として
お勤めなさって。

そのときに…

基本的には…

歩くのも…

万物は やっぱり 存在するのは

ゆらいでいないといけない
ということは昔から わかっていた。

当時の…

そうすると 若い女性の方は

自分のほうに風が来ない所を選んで
電車に乗る。

そうしないと
髪の毛が乱れるからですね。

もう 恨めしそうに
にらんでるのが見えるんですよね。

ここの扇風機が こうやってね。

そういうお嬢さんでも 例えば
この… 美しい野山に出かけて…

だったら これは…

そこで 自然の風の中に

どういう強弱の変化があるのか
ということを測定を始めた。

そうして 測定をしたものを
数学的に解析したら

何だ 何だ これは…

…っていうことが
わかってきたんですね。

そこの辺りから
その「ゆらぎ」というものも

電気製品にね
取り入れることができるだろうと。

ゆらぎ研究を応用し

録画ビデオの3倍モードの開発にも
携わると

製品は爆発的にヒット。

成功の裏には
ある人との出会いがあったという。

松下電器の創業者の
松下幸之助。

当時の 相談役と
いわれてましたけど。

いやあ なかなか
すごかったですね。

お話をする機会が
本当 貴重な機会がありましたけども

今でも印象に残ってるのは…

…っていうふうに
おっしゃいましたね。

非常に あの… だから

お会いする機会があったのが
本当に宝だと思いますね。

今回の対談で佐治は

西本に ぜひ 聴いてもらいたい
「音」があった。

(CDの音声)

そうです。

宇宙の中を飛んでて…

それで 一応 私の研究テーマというのは

同じドの音でも…

それは なぜ 違うかっていうと…

そこで 僕は
ボイジャーが送ってくる音

つまり…

…というのが私のテーマなんです。

1977年 アメリカで

無人惑星探査機 ボイジャーが
宇宙に向けて打ち上げられた。

ボイジャーがとらえた電波を受信し

人が聞こえるように変換した音が こちら。

(ボイジャーがとらえた音)

ところどころ 少し高い音が交ざっている。

(ボイジャーがとらえた音)

うわ~…!
これはですね…

だから…

そういうことは もう 最近は

科学的な事実として
わかってるということですよね。

ですから 僕らの役割っていうのは

研究することだけでなくて やはり

そうやって人類は生まれてきたよ
ということを

皆さんが理解していただくことによって

平和をね もたらすための
何か きっかけにならないかなと

そんなふうに考えてます。

そうですね。

ボイジャーには 人類の叡智を集めた

「ゴールデンレコード」が搭載された。

地球の生命や文化の存在を伝える
音や画像が収められたものだ。

当時 NASAの研究者と交流のあった
佐治は

そこにバッハの音楽を入れることを提言。

バッハの曲を載せたボイジャーが

宇宙へと飛び立っていった。

恐らく…

そういう…

…というものを
レンジとして考えています。

ですから NASAのいろんな方々
僕を含めて言うのは

やはり…

だから 光で言うと どうだろうな

21時間半ぐらい かかるかな。

でも まだ 交信 続けてます。

ですから
先ほど 聴いていただいたのは

ああいう音を聴きながら
ボイジャーは飛んでいて

今も送ってきてくれるんです。
う~ん…!

実は 去年 私は 小学生とか…

もし 今 私たちが
ゴールデンレコードを宇宙に送るなら

どんなものを そこに入れたいですか
っていうような

ワークショップをしたんです。
なるほど。 それは面白いですね。

もう いろんな絵を
描いてくれたり

もう 本当に
さまざまな…。

自分で曲を
作ったりですね。

とても
すばらしかったんです。

やはり コロナとかで

合唱も歌えない。
リコーダーも吹けない。

ただ 私の中で…

ああ おっしゃるとおりです。

今 改めてできるアプローチ。

もう一度 みんなで

それこそ 確認… 再確認をしましょう
という機会になったかなと…。

それは重要なことですね すごく。

研究で知り得たことを社会に還元したい。

教育職へと転身した佐治は

文系 理系を区別せず

横断的なプロジェクトを展開。

当時は まだ珍しかった

「リベラルアーツ」の考えを導入した。

学生だけでなく 地域の子どもや大人にも
開かれた教養講座を開設するなど

学ぶことの楽しさを伝え続けている。

「わかる」っていうことは
僕 よく言うんだけど

「わ」と「か」をかえて
「かわる」っていうことなんですよ。

だから 教育っていうのは
相手が「かわる」。

それでないと わからないんですね。
そのためには やっぱり

いろんな手だてを
考えていかなきゃいけない。

だから やっぱり
僕のできる範囲で それをやりたい。

人間と動物の違いというのは
何かというと…

だから 人々に やっぱり
お世話になって勉強してきたことの

やっぱり ここまで わかったよ
っていうことは

次の時代に
残しておかなきゃいけない。

実は 僕らだって
今から300年 400年前の…

そういう思いもあって やはり…

…というのは
いつも考えてることなんですよね。

先生が教えてくださったら
また みんなも

ぜひ 知りたいっていうようなところが
たくさんあると思います。

数えで88歳となった佐治は
今も若々しい。

実は 2015年 希少がんに罹患。

医師から「あと5年」と余命宣告を受けた。

それでも元気に過ごしている
その秘訣とは…。

いやあ 困ったなあ
まだ やりかけの仕事もあるし

僕の最後は もう どうしても
ショパンの あの曲を弾きたいんだけど

それでは 5年じゃ無理だなとかね
いろんなのはあるんですけど

そのとき ふと
やっぱり 思ったのはね

じゃあ その がん君と
話をしようかなと思って。

「がん君。 君は僕の中に来たよね。

もし 君が僕を殺したら
君も死ぬんだよ。 どうする?

一緒に生きようじゃないか」
っていうふうに

考え方を変えたんですね。

とにかく
けんかするのは やめようと。

それで 常に 今でも 毎月
モニターをしています。

確かに それは ずっと
カーブは上がっていくんですね。

それで 上がっていくんで
それを僕はグラフに書いて

ああ 僕の残った寿命は
これぐらいだっていうことを

理論曲線を
ずっと こう 書いてみたり。

それを 3か月ごとに…

だから これ…

それが…

そういうようなことでですね
おかげさまでね

今…

そうすると あとは

自然寿命が勝つか
がん君が勝つかっていうことで

これは もう任せるしかないという
そんな感じですね。

だから…

だから 病気だけじゃなくて
嫌なことでも たぶん

そうだと思いますね。
何ていうんですかね こう…

例えば 習慣といいますか その…。

うわ~っと こう
頑張らなくてもですね…

これは大事ですね。

今日は雨が降ってたけども
明日 晴れたら

あそこのコーヒーは
おいしそうだから

あそこ
飲みに行こうかなでもいいし

ちょっと 海を
見に行こうかなでもいいし。

そんなことでいいんですね。
これから先の

例えば こういうことを
やりたいとかっていう

大きいものを設定するよりも

とにかく もう…

それなんかは とても
僕は いいと思いますね。

やっぱり…

そのことを やっぱり
皆さんには伝えていきたい。

物理 やった者として
理屈として言えることは

生きていればチャンスがある
ということですよ 確率的にね。

ちょっと 黒板があるとね。