100分de名著“太平記”(2)「時代を読み切れないリーダーたち」[解][字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

100分de名著“太平記”(2)「時代を読み切れないリーダーたち」[解][字]

天皇を中心とした「建武の新政」という新しい政治がいよいよスタート。だが時代を読み切れなかった後醍醐天皇に対して武士たちの不満が爆発。果たして時代はどう動くのか?

番組内容
続く天皇の失政に対し武士たちのリーダーとして足利尊氏が立ち天下を分ける動乱が巻き起こる。一見「弱いリーダー」に見える尊氏はなぜか多くの人を巻き込む力を発揮し善戦。しかし、新田や楠木に支えられた朝廷側は、尊氏を九州へと追い落とすことに成功する。第二回は、時代を読み切れず失敗を繰り返すリーダーたちの姿を見つめ、その失敗に学びながら、新しい時代に対応したリーダーの資質がどんなものかを探っていく。
出演者
【講師】能楽師…安田登,【司会】伊集院光,安部みちこ,【朗読】玉川奈々福,【語り】加藤有生子

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 文学・文芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
趣味/教育 – 生涯教育・資格

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  1. 尊氏
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  13. 新田義貞
  14. 足利高氏
  15. 足利尊氏
  16. 多分
  17. 恩賞
  18. 鎌倉幕府
  19. 結果
  20. 高氏

解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)

   ごあんない

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日本の歴史文学でも最長の作品 「太平記」。

鎌倉幕府が滅んで 始まった
後醍醐天皇の政治。

しかし それは 長くは続きませんでした。

一方 足利尊氏は

後醍醐天皇に
敵と見なされるようになってしまいます。

それは 思ってもみないことでした。

天皇と武士。

それぞれの生き残りをかけた
せめぎ合いは 二転三転していきます。

流れゆく時の中の一瞬を
ぐっと捕まえる。

これが時なんですね。

これをうまくできたのが 尊氏なんです。

時代を駆け抜けた
2人のリーダーの姿から

転換期を生き抜くヒントを探ります。

♬~
(テーマ音楽)

♬~

「100分de名著」
司会の安部みちこです。
伊集院 光です。

今月は 中世の歴史文学
「太平記」を読み解いています。

前回は 価値観が揺らぐ「あわいの時代」
という話が出ましたけれども

いかがでしたか?

そうですね ちょうど今も新しい価値観と
古い価値観が入れ代わるような

そういう時なんで
つくづく 古典って新しい みたいな。

今の時代にも通用するような
お話が多いですね。 はい。

教えて下さるのは
能楽師の安田 登さんです。

(一同)よろしくお願いします。

さあ 第2回は
どんなところを見ていきますか?

今回は
さまざまなリーダーが出てくるんですが

そのリーダー論を見ていきたいと
思います。
はい。

この中で リーダーというと
まずは後醍醐天皇ですよね。
はい。

自ら政治を行おうと
鎌倉幕府を倒しました。

ところが 鎌倉幕府を倒して
建武の新政という新しい政治を始めます。

その途端に…

駄目なんですか?

ちょっとですね
駄目になっていくんですね。
ああ。

従来 鎌倉幕府では
戦功があった者に領地を与えることで

武士たちを従えていました。

後醍醐天皇が北条氏を滅ぼすにあたっては
数多くの武士が 命懸けで戦いました。

彼らは当然 天皇から 恩賞としての
土地が与えられると思っていました。

しかし…。

「相模入道の一跡 かの徳宗領をば
供御料所に置かれぬ。

舎弟 四郎左近大夫入道が跡をば

兵部卿親王へ進ぜられぬ。

大仏奥州跡をば
准后の御料になされぬ」。

北条氏関係の土地は
天皇 その息子 側室で分けられ

武家が恩賞として与えられる土地は
残っていませんでした。

更に…。

「主上は さらに
思し召し寄らざりけるにや

叡慮ことごとく日比に似ず
政を閣き

御遊日を易へ
宴を尽くさずといふ事なし」。

これまでとは違い
毎日のように遊び 宴会三昧。

更に 政策も ころころ変わり
人々は大混乱。

この様子に
側近の藤房は こう いさめます。

「もし 武家の棟梁となりぬべき
器用の仁出で来て

朝家をさみし奉る事あらば

恨みを含み 政道を猜む
天下の士

糧を荷ひて
招かざるに集まらん事

疑ひ
さらにあるべからず」。

まさしく その存在となっていくのが

後醍醐天皇の味方をした
足利尊氏なのでした。

あれっ
ころっと変わっちゃいましたね。 ええ。

せっかく幕府を倒して
自分で政治をやるぞと頑張ってたのに。

そうですね。
後醍醐天皇は 多分 才能豊かな人で

何でも自分でしたくなっちゃう。

強い立場になったことによって…

それが
一つの問題なんじゃないですかね。

なるほど。 だから そもそも
後醍醐天皇が分かってないのは

後醍醐天皇がトップにいて
自分たちが それを支える世の中が

正しいと思って
集まってるわけじゃないから

高時に対しての大いなる不満があって

高時をやっつけようという利害関係で
一緒になってるだけだということを

後醍醐天皇は あんまり分かってない
というか ケアできてないですね。

そこが 一番の問題ですね。

「公」「武」で言うと 「公」の人たちは まさに
天皇親政を願ってたんですけども

「武」の人たちは
何とか 北条氏をやっつければ

また 昔のような世の中に
なるんじゃないかと思ってた。

ところが ならなかった。

だから 何か 力を合わせて 前の価値観を
倒すまでは 一枚岩なんでしょうけどね

さあ 次 どうしますかというと
あれ ちょっと見てる方向 違う。

だから 倒幕軍として
後醍醐天皇を助けていたはずの尊氏が

こういう
対立する関係になっちゃうんですね。

まず 対立というよりも
台頭してくるんですね。

後醍醐天皇にとっては
自分の下にいるはずの存在が

おんなじような存在に
上がってくるんですよ。
はい。

で 実はですね
これを最初から予見していた人がいて。

それが…

もともとは 天台座主といって

比叡山で 一番偉い人だったんです。

ところが お坊さんだったんですけども
武芸が好きなんですよ。

しかも かなり優れていて…

2メートル以上ある屏風を
飛び越えてしまう。

すごい。
すごいジャンプ力ですね。 そうですね。

しかも 先見の明があり

どうも高氏は このままだと何かやる
そんなふうに彼は思っていて。

だから 征夷大将軍を俺にくれと言って
彼は征夷大将軍になってしまうんですね。

あっ 自分で?
はい。

父の後醍醐天皇は どうするんですか?

まず 後醍醐天皇としては
もう一回 お坊さんに戻ってほしかった。

もう一回 出家しろと
言ったんですけども

こんなこともあるんで 大塔宮は嫌だと。

しかも 兵を集めてるんですね。

大塔宮という人は 多分 足利高氏に対する
兵だと思うんですけども

それを見て 足利高氏が 後醍醐天皇に

あの兵を集めてるのは 実は あなたの…

彼が天皇になろうとしてるんだ
というふうに告げるんですね。
ほ~。

実は 後醍醐天皇 大塔宮じゃない皇子を
天皇につけたかったんです。

それもあって…

ああ じゃあ あれですか 後醍醐天皇は
せっかく助言してくれたのに

こいつは駄目だって
思っちゃうわけですね。 そうですね。

実際のところ
その彼は 父親の

その 何ていうんですかね
位置を狙ってるんですか?

それも分からないんですよね。
分からない。

でも それでいうと足利高氏は
上手っちゃあ上手ですね 何かね。

そうですね。 上手なんですけども
高氏も その気も そんな なくて。

ひょっとしたら 高氏は本気で

大塔宮が そう思ってるんじゃないか
というふうに

想像してたんじゃないかと思いますね。
うわ~。

実は これからですね
北条家 滅ぼされましたでしょう。
はい。

生き残ってた人たちがいて
鎌倉に攻めていくんですよ。

おお~ はいはい
取り戻そうとするわけですね。 はい。

弟の直義はですね
鎌倉から逃げるんですけども

その時に多分
これから 一番問題になるのは

この大塔宮に違いないと言って
殺害してしまうんですよ 大塔宮を。

ああ~。
うわ~ そうなんだ。

状況としては
北条氏の残党が 乱を起こしましたので

その知らせが入って
後醍醐天皇は 足利高氏に

鎌倉に行って この乱を鎮めよと
討つように命じるんですね。

その時 足利高氏は ある要求をします。
さあ どんな要求でしょうか。

高氏は 乱を鎮圧するにあたり
後醍醐天皇に 2つ条件を出しました。

一つは 自分を征夷大将軍にすること。

もう一つは 関東武士の恩賞を決められる
関東の支配権を求めたのです。

「もし
この両条 勅許を蒙らずんば

関東征伐の事は

他人に仰せ付けらるべし」。

後醍醐天皇は 征夷大将軍については
結果次第と条件をつけましたが

支配権は許可。

更に 自分の本名
尊治から 一字を与えて

「尊氏」と名乗らせました。

尊氏は 鎌倉に赴くと
見事に乱を鎮圧します。

すると尊氏 鎌倉に そのまま居座り

まだ正式な勅命が出る前に
征夷大将軍を名乗り始めてしまいました。

更に 恩賞についても支配権を得たので

新田氏の所領を没収し

戦功のあった自分の臣下に
分け与えました。

これに激怒したのが
新田義貞。

2人の いさかいは
エスカレートし

双方が 後醍醐天皇に
相手の非を訴えます。

この中で 大塔宮が 尊氏の弟 直義に
殺害されていたことが明らかになり

後醍醐天皇は 大ショック。

その結果 尊氏を一転 朝敵として

討伐することを決定するのです。

一時は 仕えてくれていた尊氏が
朝敵となった。

追われるんですよね。
そうですね。

2つ 約束をしましたでしょう。

一つは関東の支配権 これはいいと。

もう一つの征夷大将軍は うまくいったら
いいよと言われたわけですね。

尊氏にとっては
もちろん 乱を鎮めたわけですから

うまくいったから いいじゃないかと。
俺は もう征夷大将軍だと。

ところが あっちからすると
手続き踏んでないと。

手続き踏んでないから駄目だ。

そこに
大塔宮を殺したって話があるから

突然 朝敵になってしまうんですね。
ああ~…。

これも何か まあ 後醍醐天皇からすれば
天皇を立てろよという。

とにかく立てろよという。
はい。

で 足利尊氏からしたら

まあ こんなもんで立てたことだろうと
思ってるんでしょうね。

だって ちゃんと
言うとおり やったじゃんっつって。

別に尊氏も 後醍醐天皇を裏切ろうとか
おとしめようと

思ってるわけではない
ということですよね。

全く その意思がないんですよ。
ああ そうなんだ。

後醍醐天皇からですね
お前は朝敵だと言われますでしょう。

そうすると 弟たちは
戦おうという話になるんですよ。

ところが 彼はですね
自分は 全く不忠をはたらく気はないと。

そこまで言われるんだったら
自分は髪をそって

もう お坊さんの形になって
出家すると言ってですね

もう 戦う気満々の
自分の部下たちがいるんですけども

彼は 後ろの部屋に入って
引き籠もってしまうんですね。

息子を殺しちゃったのも

弟が ちょっと やりすぎちゃってる
感じしますもんね。

そうですね。 尊氏は その気がないのに
朝敵になってしまって

落ち込むんですよね。

落ち込むんですか。 落ち込む?
割と気の弱いというか。

体も ちょっと弱めだし
気も弱い人なんですね。 そうですね。

戦前は 足利尊氏というと
もう 極悪人として扱われるんですよ。

ある大臣は かつて 足利尊氏を
いい人だと言っただけで

大臣 罷免されるぐらい。
ああ そうなんですか。 へ~。

そんな極悪人にされるんですけども
「太平記」の中では

実は 尊氏は
そんな悪く書かれてないですね。

さあ では このあと尊氏は
どんなことになるのか見ていきましょう。

新田義貞 楠木正成と戦うことになった
尊氏勢。

京では 一進一退の戦いを続けますが

楠木正成の奇策にはまり 敗走。

九州に落ちます。

筑前の多々良浜では

天皇方 4~5万騎に対して
足利軍は 500騎足らず。

尊氏は すっかり弱気になっていました。

「この勢にて 大敵に懸け合はせん事は

蜉の大樹を動かし

蟷 流車を遮らんと欲るに異ならず。

憖ひなる軍して
云ふ甲斐なき敵に逢はんよりは

御腹を召さん」。

もう切腹してしまおうという尊氏を
いさめたのは 弟の直義でした。

「合戦の勝負は 必ずしも

大勢小勢にはよらぬ事にて
候ふものを。

まづ異国には 漢の高祖
陽の囲みを出でし時

わづかに
二十八騎なりしかども

項羽が百万騎に
打ち勝つて

天下を保ち候ひき。

また我が朝には 右大将頼朝卿

土肥の杉山をのがれ給ひし時は
わづかに七騎なりしかども

つひに平家を亡ぼして

累葉久しく
武将の位を続がれ候はずや。

御方小勢なりとも
志を同じうする程ならば

などか この敵を
一散らし払はでは候ふべき」。

直義が飛び出していくと 案外戦える。

それに勇気を得て 尊氏も戦うと
なんと勝ってしまいました。

また 運も尊氏に味方します。

強敵 新田義貞が
九州に追ってこなかったのです。

その訳はというと?

「その比
天下第一と聞えし美人

勾当内侍を
内裏より賜られけるに

しばしの別れを悲しみて
三月の末まで

西国下向の事
延引せられけるこそ

誠に傾城傾国のしるしなれ」。

絶世の美女 勾当内侍と
別れるのが惜しくて

義貞は 九州行きを
ズルズル遅らせ

尊氏を討つタイミングを逃したのです。

そうこうしているうちに
九州全域を従えてしまった尊氏。

再び 京に攻め上ってくるのでした。

人々は こう言いました。

何か えらい弱気な尊氏と
弟は真逆なぐらいイケイケだったりとか

このコンビネーションも
めちゃくちゃ面白いし。

新田義貞 来ねえなと思ったら

美人のね え~と 彼女と
別れたくないからっつってね。

そんなことでいいんですね 当時は。
そんなことでいい。 そう。

尊氏のすごさは まだ あんま
僕には入ってきてないんだけど

でも結果 結果 勝ってる。
勝ってる。 はい。

何で そう できたんでしょうか
尊氏は。

大きく分けると 3つあると思うんです。

一つは 直義のイケイケ。
ああ 弟。 はい。

あれがいなかったら
ほんとにもう 腹切ってますからね。

それを止める直義という
すばらしい人がいた。
はい。

で もう一つは…

尊氏は弱いんで
流れを変えようとか そうしなかった。

その ゆるゆるのうちに いつの間にか
うまい こう 流れに乗って

だんだん こう上がってきたんですね。

こういう言葉も出てきましたよね。

時を得てたと思うんです。
「時」って字は 右側が寺でしょう。

手へんを付けると 「持」になりますよね。

もともと 「時」と「寺」というのは
何かを捕まえることなんですよ。
へ~。

ですから 流れゆく時の中の一瞬を
ぐっと捕まえる。 これが時なんですね。

これをうまくできたのが 尊氏なんです。

何か 弱気で全然動かないんだけれども
その動かないでいるうちに来た

ここだけは動けよは
何か動いてますね 尊氏。 そうですね。

だから 最小限 動いてる場所が
もう ここしかないっていうところ。

まさに時をつかんでると おっしゃった
その感じなんですかね。 はい。

もう一つ 重要なのがあってですね

ここでですね
朝敵だったんですね 今まで。
そうですね。

ところがですね もうひとつの
実は 天皇家の皇統があって

そこから 院宣をもらうことによって
朝敵ではなくなったんです。

ちょっと難しいので…。
あれ ちょっと
何か いきなり出ましたね。

こちらの図で解説頂きましょうか。

この 後嵯峨天皇
この天皇がですね

次を
誰に継がせるかというのを

はっきり
決めなかったんです。

そのために誰が天皇になるか
というのが もめてですね

それだったら 大覚寺統と
持明院統の2つから

順番に出そうやって
決めていったんですよ。

で 後醍醐天皇がいますよね。

後醍醐天皇が隠岐に流された時に
光厳天皇が即位します。

また 後醍醐天皇になって 今度
光厳天皇は上皇になったんですけども

この上皇から 新田義貞を討てという
命令をもらったんです。

片方の朝敵なんだけど
片方の朝敵じゃない みたいな

そういうことですか。
はい。

まだ この時は
朝廷は 2つないんですけども

これが きっかけとなって
だんだん 朝廷が2つに分かれていって

南北朝時代が始まるんですね。
へ~。

その ほんとに分かれ道ぐらいのところ
なんですね ここは。 はい。

ちょうど これから分かれるぞ
というところが今ですね。

こんな弱気な人が そこにいたんですね。

いや面白いね。 面白いですね。
すごいねぇ。

このあとの時代

例えば こういう尊氏のようなリーダー
というのは この先にはいたんですか?

徳川家康が そうだったんじゃないかと。

徳川家康って
1回 大負けしますでしょう。
はい。

三方ヶ原のやつで。
はい。

それまでイケイケだった人が
弱くなることによって

実は あんな すばらしい人になった。
はい。

で それも何か最終的には え~と
武田信玄 あれ死んじゃったぞ みたいな

そういう感じですよね。
そうですね はい。

ちょっと時代の方が来て
そこで 時 つかんだ感じしますね。 はい。

で ず~っと待ってたんじゃ

多分 目の前を 多分 その時は
通り過ぎてっちゃうと思うんですけど。

時をつかむことが大事ですね。
何か所かで ちゃんと つかむんですね。

これに ちょっと似てると思うのは
キャラクターは違うんですけど

似てると思うのは 落合監督。
ああ~。

落合監督は
割と すごく長いスパンで見てて

とにかく ある程度 不調の選手でも
ず~っと使い続けるんだけど

シーズンの終盤に こういう局面が
出た時にだけは動く みたいな

割と待つ人ですね。

ソフトバンクの監督をやってた
秋山さん なんていうのも

ほんとに待つ監督なんで
そういうリーダーっていうのは

野球なんかに関して言うと
求められてるかもしれないですね。

何か でも一方で
その 国ぐらい大きいところを見ると

リーダーというのは
指導力があってっていう人を

日本でも世界でも 求めているような
気がしているんですけれど

でも そういう強いリーダーが導く
世の中って

平和からは 遠ざかってるんじゃないか
という気がするんですが。

そうですね。
そういう意味では 国という形も

今 あわいにあるかもしれないですね。

実は リーダー論というのは そろそろ
変わるべきじゃないかと思っていて

もう
強いリーダーの時代ではないんですね。

衝突が起これば
それは戦いにならざるをえないし。

日本って
どうやっても やっぱり ちょっと

大国の影に おびえなきゃならないとこ
あるじゃないですか。

当然に アメリカに
敵視されるわけにはいかないし

かといって 中国とも仲良くしなきゃ
いけないっていう時とかに

待つっていう その待ち方。

どの時に どこと どう交渉していけば
いいのか みたいのは

少なくとも 尊氏は
結果 出してますもんね。 そうですね。

あわいの時代というのは
価値観がはっきりしていない時代なんで

今で考えると
裏切りとか言われるものが

「返り忠」と言われてるんですね。
忠義が逆になっただけ。

去年までは この人だった
今年は この人になった。

これ 逆転なんですよ。

返り忠は 案外 勧められてるんです。
へ~。

どんどん 返り忠をしなさいという。

今で言うと どんどん転職を
しなさいのようなもんでしょうかね。

それが勧められてる時代でもあります。

でも 何か難しいですね。

その返り忠があるかもしれないって思うと
また みんなビクビクして

あいつが裏切るんじゃないか
みたいなことにもなるじゃないですか。

そうですね。

でも よく その返り忠の世の中で
その空気がある中で 尊氏 待てましたね。

そうですね。 そう考えると やっぱり
すごい人なのかもしれないですね。

何かね もちろん 待つタイプのリーダーで
滅びちゃった人も

いっぱい いると思うんですよ。
時が つかめずに。

だけど 成功例として
こういうもの きちんと残ってるのは

読んでおくべきだなって
思うんですよね。

それと
今の自分の立場と重なる人は 誰だ

重なるエピソードは どれだ
みたいなことは

自分が あまり思い切って
勝負出れないタイプだとするならば

じゃあ 誰のアドバイス聞く? とか

自分にとっての弟にあたるのは
誰なの? とか

そういう読み方は
何か できそうですね。 はい。

安田さん ありがとうございました。

ありがとうございました。
ありがとうございました。

♬~