先人たちの底力 知恵泉「松本清張 “新たなジャンル”を創り出せ!」[解][字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

先人たちの底力 知恵泉「松本清張 “新たなジャンル”を創り出せ!」[解][字]

8月4日に没後30年を迎える作家・松本清張。41歳のデビューと“遅咲き”ながら、「社会派ミステリー」と呼ばれる新たなジャンルを開拓し人気作家に。その知恵を探る。

番組内容
今年8月4日に没後30年を迎える作家・松本清張。「ゼロの焦点」「砂の器」「黒革の手帖」などベストセラーを次々と生み出した。作家デビューは“遅咲き”とも言える41歳。しかしその後“社会派ミステリー”と呼ばれる新たなジャンルで人気作家に。50代ではノンフィクションにも挑戦し“昭和史”と呼ばれる分野を切り拓いた。純文学への憧れもあった清張は、なぜ社会の現実をリアルに描く道へと進んだのか。その知恵を探る。
出演者
【出演】みうらじゅん,南沢奈央,放送大学教授…原武史,【司会】高井正智

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸

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解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)

   ごあんない

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今年8月4日に没後30年を迎える
ある作家がいます。

数々のベストセラーを生み

最も発行部数の多い出版社では

文庫だけでも 4, 580万部を突破。

…など多くの作品が映像化され

映画は36本 ドラマは なんと500本以上。

戦後日本文学界の
巨人とも称される清張ですが

意外なことに

いわゆる
遅咲きの作家でした。

清張と同じ年に生まれたのが
あの太宰 治。

20代から作品を発表し

若くして才能を発揮した
太宰に対し

清張が作家としてデビューしたのは

41歳になってからでした。

しかし その後の活躍は目覚ましく

社会派ミステリーという
新ジャンルを生み出し

一躍 人気作家に。

更に 50代にはノンフィクションにも挑戦。

地道な取材によって数々のタブーに挑み

昭和史の分野でも
新たなジャンルを切り開きました。

空白な部分ね
資料のない空白の部分を

いろいろと考える
その楽しさ 面白さというものが

私に 一つの活気を与えるわけです。

82歳で この世を去るまで
常に新たな挑戦を続けた清張。

その原動力は
一体 どこにあったのでしょうか。

今回 松本清張の知恵を読み解くのは
みうらじゅんさん。

イラストレーター 漫画家
エッセイストなど

幅広い分野で才能を発揮。

これ 喜多方ラーメンの…。

ゆるキャラ集合!

「ゆるキャラ」「マイブーム」といった
流行語の生みの親でもあります。

清張作品を
ほぼ全て読破したというほど

清張を熱愛する みうらさん。

文学界に新たなジャンルを生み出し

人気作家へと上り詰めた
松本清張の知恵を

どう読み解くのでしょうか。

本日は ご来店頂きまして
ありがとうございます。

俳優の南沢奈央さん。

改装してからは こちら…。
初めてです。

ちょっと広くなりましたね。
ねえ。 ちょっと明るい雰囲気に。

南沢さんは 読書が
お好きということですけど。

私 ミステリー好きなんですけど
松本清張作品は

何か難しいイメージが ちょっとあって
見てないんですけど

ただ やっぱりドラマとか映画とか
映像化されてるイメージがあるので。

もちろん やっぱ知ってる 有名な。

そして 政治思想史ご専門の原さんです。

よろしくお願いいたします。

原さんは 松本清張の本も書かれている?

清張は ただの小説家ではなくて
先ほど紹介あったように

歴史家の側面もあるんですよね。

特に この昭和史に関しては

私も近現代史のことを研究してますので
非常に重なる部分が多くて。

非常に学ばされるっていうんですか

そういう作家です。

ところで 今日はですね
特別に あるものを用意したんですね。

何か すごい貼ってあるなって
思ったんですけど。

ちょっとこれ お店の冷蔵庫なんですけど。

ほら 冷蔵庫のマグネット…。

何かインパクトのあるマグネットですね。

よく見て下さい。 分かります?

え? これ 清張のマグネットなんですか?
清張のマグネット。

よくあるじゃないですか

これをね 実は
作ってしまった方というのが…。

大ファンでいらっしゃって

間もなく お店に
いらっしゃると思うんですけどね。

どうも。 こんばんは。

いらっしゃいませ。
みうらじゅんさんです。

どうぞどうぞ こちらへ。
よろしくお願いします。

あっ! それ… Tシャツも?

ファンであるっていうことなんで。

なんと もう熱が
ここで伝わってきますよね。

ありがとうございます。

みうらさん これ何ですか?

一応 僕 「冷マ」って呼んでんですけど。

冷蔵庫に貼るマグネットね。
冷マって呼んでるもんなんですけど。

冷蔵庫に貼るマグネット 冷マ。

一時 僕の中で すごいブームがあって

それをね ちょっと
ある松本清張記念館ですよ。

僕が勝手に作ったわけじゃ
ないんですけど

僕ね いろんなものを冷マ化するの
その時代 はやってたんで

僕の中で はやってたんですけど。

主に そういう冷マは

水回りのトラブルが
多いやつなんですけど

トラブルっていったら やっぱり

清張さんだろうっていうことも
ありますよね。

あの清張さんが冷マ化されてるって
いいじゃないですか。

いや ないですよね。
何か グッとくる。

もし出てたら欲しいと思って
作ってるわけで。

ちょっと欲しくなってきた。

何で そんなに清張が好きなんですか?

もう 僕 特に
やっぱり松本清張さんの小説って

ホラー小説だって 僕 思ったんですよね。

…じゃないかなと思って
何か ワクワクしながら

身につまされながら読んでいくと
ほぼ多分 読んだと思います。

僕 もう松本清張さんしか
30代以降は読んだことないんで。

えっ!? そうなんですか?
松本清張さんのために

本屋に行ってましたから 俺は。
買いにだけ。

今日は 清張の深い世界に
連れてって頂けそうな感じがしますが

どうやってね 清張が
国民的な人気作家になっていったのか。

その知恵を今日は
たっぷり見ていきたいと思うんですが

まずはですね 当店のおすすめから
ご覧頂ければなと思います。

今日は こちらでございます。
じゃん。

いつもは メニューなんですけど

みうらさんのイラスト
「因果応報っ!! 見とるぞ見とるぞ…」。

これ松本清張を描いたんですか?

そうですね。 やっぱりね

好きが高じてくると
描きたくなりますよね。

当然 描きたくなるし着たくなるわけで。

(笑い声)
着てますね。 今日ね。

やっぱり基本が清張さんは

どっかから
見てる感じがしてんですよ 俺。

見てる?
うん。 「見とるぞ見とるぞ…」と。

「どうなるか見とるぞ
最後まで」っていって。

じゃあ今日は このメッセージが

だんだん分かっていくという感じに
なるかっていう。

だから多分 この番組見たあとは

いっつもどこかに清張さんが
見られてるような気になって

そんな気になって後半の人生
送ってかなきゃなんなくなりますよ。

人生 変わっちゃう。

松本清張が作家としての道を
歩み始めたのは 41歳の時。

会社員として新聞社に勤めながら

時間を見つけてコツコツと書いた作品が

雑誌の懸賞小説に入選したのです。

その後 清張は
歴史小説から現代小説まで

さまざまな作品を書きながら
自分のスタイルを模索していきました。

そして たどりついたのが推理小説。

清張は
ここで新たな試みに挑みます。

清張についての著作もある
ミステリー評論家の権田萬治さん。

清張は 推理小説の歴史を

大きく変えたといいます。

やっぱり清張さんっていうのは

戦前の乱歩っていうのが
戦前の探偵小説の代表者であるとすれば

戦後以降のミステリーの潮流を
大きく流れを変えて作り出した

大きな作家だというふうに
私は 考えております。

江戸川乱歩は

「うつし世は夢
夜の夢こそまこと」

というふうに
言っていましたね。

つまり現実の社会っていうのが
夢で

夜の夢こそが現実なんだと。

そういうような状態から
清張さんは

お化け屋敷のところから

現実の社会に
世界を取り戻さなきゃいけないと。

清張が江戸川乱歩のような
従来の推理小説とは違う

新たな試みとして書いたのが

49歳の時に出版された「点と線」です。

乱歩の小説では 明智小五郎という

人並み外れた天才名探偵が
主人公なのに対し…。

「点と線」の主役は
しがない地方の老刑事と

警視庁の若手刑事。
実際に いそうな人物ですよね?

更に 乱歩が
殺人鬼や怪人が登場するなど

現実離れをした
猟奇的な事件を書いたのに対し…。

清張が「点と線」で書いたのは

官僚の男と水商売の女性の心中。

実際に起こりそうな事件から
謎解きが始まります。

ほかにも鉄道や時刻表といった
日常的なものをトリックに使うなど

読者の生活に近い リアルな現実を
描くことにこだわりました。

こうした清張の作品は
社会派ミステリーと呼ばれ

新たなジャンルとして
人気を集めていきました。

「点と線」の発行部数は 322万部。

「砂の器」は 464万部。

一部のマニア向けだった推理小説は
清張によって

より多くの読者に
読まれるようになったのです。

遅咲きの清張が

なぜ新しいジャンルを生み出すまでの
作家になれたのか。

そこに清張ならではの知恵がありました。

清張が生まれたのは 明治末期の1909年。

日露戦争に勝利し

日本が近代国家への道を
突き進んでいた時代でした。

貧しい家庭で育った清張は

尋常高等小学校を卒業後

15歳で すぐに働き始めます。

第一次世界大戦が終結すると
戦後恐慌が起こり

世の中は 一気に不況に。

清張は 印刷所などを転々としながら

生きるために必死に働き続けました。

そんな清張に光をもたらしたもの。

それは…。

文学でした。

文芸誌を買い 純文学作品を
貪るように読んだのです。

新作が出ると真っ先に飛びついたのは
芥川龍之介でした。

11円の給料から3円をはたいて
芥川の写真を買うほど

憧れの存在だったのです。

印刷工として働いていた清張は

27歳で 佐賀県出身の
ナヲと見合いで結婚します。

そして 地元・小倉に移転してきた

大手新聞社の支社に就職します。

清張は 広告部の意匠係となりました。

しかし
大学卒のエリート記者たちに囲まれ

厳しい学歴差別を
受けたといいます。

その新聞社の場合は
大阪に本社がありまして

その上の方は 本社から来るわけですね。

だから…

(松本)その時 今に見てみろという言葉が
そこで生きるわけで

決して負けないぞというような気持ちは
ありましたね。

4人の子どもが生まれ

更に 両親を養わなければならない中

生活の苦しさから抜け出そうとして
書いたのが小説だったのです。

そして 44歳で芥川賞を受賞。

芥川龍之介のような
純文学の作家への道が開かれました。

長年 憧れ続けていた純文学への道。

しかし 清張は意外な選択をします。

文学好きの
一部の人々に向けた作品ではなく

広く大衆に読んでもらえる作品を
書くことに決めたのです。

自分自身が
生活が苦しくて貧しかったから

底辺に対する見方というのは
連帯感というか

どうにもならない やっぱり

貧乏な人たちの本当に悲しみとか
そういったものは

自分の肌身に感じてるわけですね。

ですから 文章も簡潔明瞭っていう
言っておりますけども

そういう分かりやすくて
読みやすいものを書くということは

彼自身が自分で思って言って
実践してきたものだと。

清張は かつての自分のような
生活に苦労をしている人でも

読みやすいように
簡潔な文章を書くことを心掛けました。

例えば こんな感じです。

社会で生きる人々の姿を
リアルに描いた清張の作品は

戦後日本の復興を地道に支える
多くの人々から共感を得

熱い支持を受けていったのです。

憧れに安易に飛びつくのではなく

まずは 自分の足元の現実を
しっかりと見つめる。

こうして 清張は逆境や
コンプレックスを乗り越え

パイオニアとして 新たなジャンルを
切り開いていったのです。

ということでございますが 南沢さん。

新しいジャンル 社会派ミステリー。

しかも 私 松本清張って
かなりの作品数 残してるから

若い頃から 私 書かれてたんだと
思ったんですけど

40過ぎて始めて
しかも最初 純文学に憧れてたのに

そこからミステリーの方にいって

いろんな大衆に向けた作品を
残していった。

しかも
画期的なことをしてったっていうのは

すごいエネルギーがあったんだなって
思いますね。

最近 思ったんだけど

この松本清張さんの
このストーリーあるじゃないですか。

いつも よく紹介される
貧しくてっていうの。

これは 僕らの世代は
「巨人の星」の左門豊作なんだなと思った。

きっと梶原一騎は
松本清張さんのイメージで

左門豊作を作り出したんだなと思って。

ルックスが似てるし
きょうだいは多くて

全部の一家を支えてたり

九州から出てきたり
設定が全部一緒だから。

若い頃の眼鏡とか
ほら 左門豊作だから。

絶対モデルですよ。
僕 絶対そう思う。

「因果応報」
この絵に込められた思いっていうのは

今のちょっと ここまで見てくると
何か感じるところあるんですか?

どうですか?

特に男ね 地位と金つかむと
大概 もう末路は見えてるわけで。

ついつい愛人作ったりするわけですよ。
この人の小説は。

やっぱ…

そういう作品が多いってことですか?

大概 そうでしょう。

…っていうか テーマが
一貫しているような気するんですよね。

それが 因果応報。
そうですね。

ちょっと じゃあ知恵を
見ていきたいと思うんですけれども

ここでの知恵が…

原さん その足元… 憧れじゃなくて

足元を見つめることの
大切さっていうのを清張は考えていた。

そうですね。 だから何て言うんですか

理想を高く掲げるっていうのではなくて

我々の現実というか 足元というのは

いわば 自分が どういう道のりを
歩いてきたかっていうね

それを再確認するっていうことでも
あるんじゃないかと私は思うんですよ。

やっぱり 清張の中にある

そこは ある種のコンプレックスって
やっぱ あると思うんですよね。

やっぱり東京というね
いわば中心があり

そこにエリートたちがいて

…で だから さっき
憧れた 例えば芥川龍之介にしても

あるいは 同時代で活躍した
三島由紀夫にしてもですね

ああいう人たちっていうのは
みんな東京出身で

すごい学歴が高くて
いわば東京を舞台に

華々しく活躍しているっていうね
きら星のような人たちですよね。

やっぱり 自分は どうやっても

そういう人たちと同じには
やっぱりなれない。

だから結局 途中から転向するというか

そっちじゃない方に
やっぱり いくわけです。

この辺りの機微…。
ほら 左門豊作の話でしょ これ。

(笑い声)
「巨人の星」の話ですよ やっぱり。

やっぱり そのきらびやかな人のとこでは
自分は活躍できないって思って

そういうジャンルを作ったんですよね
自分でね。

きっとね 切り開いたっていうのは
そこだと思うんですよね。

その新しいジャンル作って

世の中的には
すぐに もう受け入れられたんですか?

だから最初はね ああいう芥川賞を
もらったわけじゃないですか。

ところが途中から
大衆文学の方に転向していって

その第1号が
さっき言ってた「点と線」なんですよ。

これは やっぱり すごく評判がよくて

なぜ あれが評判がよかったか
っていうとですね 今から思うと

さっき「あさかぜ」っていうね

寝台特急が出てきたんですね。

あれって
デビュー まだしたての頃で

あのころ 日本人って

例えば 東京から九州に旅行するなんて
なかなかできなかったんですよね。

だから本当に
今でいうと外国みたいな感じで。

…で つまり旅行したくても
できない人たちって

たくさんいたわけじゃないですか。

そういう人たちが
例えば「点と線」を読むことで

何か自分も
それ乗ってるような気分になれる。

それが すごく大きかったんじゃないかと
思いますね。

だから ちゃんと清張さんは
旅雑誌で連載してるんですよ それ。

「旅」っていう雑誌
結構 創刊して まもない頃ですよ。

だから そこの雑誌に合わせて
書くんですよ。 全部。

そこが すごいんですよ。
大衆に向けてっていうか。

だから 女性誌だったら
女性が主人公なんですよ。

女性の編集者が主人公だったり。

そこですよね。
芥川龍之介と違うところは。

ただ自分が書きたいものじゃなくて…。
合わせてる。

もう雑誌に全部合わせてるから
そこが すごいですよね。

だから 読者もどんどん増えていくし。
そうそう。

読者も いろんな方面で獲得できるしね
そっちだったらね。

今でこそ そういうやり方ってあるけど

当時は やっぱり文学と小説っていうのの
ちょっと あったんじゃないかな。

そういう だから…

じゃあ その社会派ミステリーっていう
新しい分野を生み出した清張ですが

その後 更に まだ挑戦を続けていきます。
その辺り見ていきましょう。

40代で社会派ミステリーという
新たなジャンルを切り開いた 松本清張。

50代に入ってからは

ノンフィクションという
新たなジャンルに挑みます。

1960年
51歳の時に「日本の黒い霧」を発表。

銀行員など 12人が毒殺された
帝銀事件をはじめ

戦後日本の闇とされていた事件と
GHQの関係に迫りました。

55歳の時には 「昭和史発掘」の執筆開始。

二・二六事件など

戦前に起こった事件の新事実を
次々と発掘。

タブーを恐れない姿勢で
ノンフィクションにおいても

昭和史という新たなジャンルを
切り開いたといわれています。

調べていく。 探索していく。
これがまたね

自分の好奇心を満足させるわけですね。

作家として
絶えず新しい挑戦を続けた清張。

そんな清張を支えていた知恵とは?

尋常高等小学校を卒業して
すぐに働き始めた清張。

しかし 学ぶ意欲は
常に持ち続けていました。

清張の故郷 福岡県北九州市にある
松本清張記念館。

学芸員の中川里志さんは

こんな独学のエピソードを挙げます。

清張さんが書いてるのは
朝鮮半島に戦争に出征した時に

京城 今のソウルですよね。

古本屋で何か英語の教科書を
見つけたらしいんですよ。

英語を独学で学んだという清張。

しかも 太平洋戦争のさなかでした。

古本屋で見つけた教科書で

人目を忍んで
こっそり英語を学んだのです。

後に 日常会話が

スムーズにこなせるまでに
上達しました。

更に 独学で
熱心に取り組んだものがあります。

それは 考古学。

新聞社に勤めていた頃

同僚からの影響で
興味を持ち始めました。

1人で自転車に乗り

古墳時代の墓
古月横穴などの遺跡を回りました。

現地に足を運び

自らの目で直接
調査を行っていたのです。

作家になってからもコツコツと
独学で古代史に取り組んだ清張。

57歳で連載を始めた 「古代史疑」では

邪馬台国について論じ
専門家からも一目置かれました。

弥生時代の集落跡で知られる

吉野ヶ里遺跡の発掘を指揮した

考古学者の高島忠平さん。

清張と遺跡を回った高島さんも
「古代史疑」に驚かされたといいます。

この「古代史疑」が上梓されて

それで早速 買ったんですよ。

ただ まあ研究者の人たちというのは
私も含めて そうでしたけども

作家が邪馬台国って何だっていうので
まともに読まない。

ところが
やっぱり「古代史疑」を読み直すと…

研究者としての。

これまでの いろんな定説じゃないかと
いわれるものがありますよね。

それを自分で受け止めて

反論というか
はっきりと反抗というけどね

そういうものが清張さん
そういう考古学 古代史をやる上で

その姿勢になってますね。

清張は定説を
そのまま うのみにするのではなく

独学によって見つけた
自分だけの発想を

大切にしようとしました。

私の場合はね
小説以外に

古代史なんか
やってますけれども。

疑問を持つからには
それに関連して ずっと調べていく。

言うなれば
プロフェッショナルな学者の世界と

同じレベルで発言しなきゃいかんと。

成功するかどうかは
別として

努力だけはしてみたいという気持ちは

ずっと持っていますね。

所在地論争が繰り広げられていた
邪馬台国。

「魏志倭人伝」に記されている
距離の数字をもとに

畿内説をとる
学者たちに対し…。

清張は 数字は
必ずしも正確ではないと

大胆に読み解き
九州説をとりました。

更に 卑弥呼による女王国が

北の地域に 一大卒という

監督官を置いていたという定説に対し…。

それは 中国の魏から

派遣されたものであると考えました。

今から50年以上前としては
ユニークな説でした。

松本清張記念館の学芸員 中川さん。

作家でありながら 専門家に
果敢に挑んでゆく清張の姿は

多くの人々に影響を与えたといいます。

清張さんはですね 国民の代表として

いろんなものを書いたり
研究してたりしてたと思うんですよ。

…で 対談なんかも
いろんなとこでやったりとか

その姿は 結局
いろんな発表するものとか新聞とか

いろんなところで
一般の方々も見るわけですよね。

…で 一般の国民の人とか読者の人は
その姿を見てですね

自分たちのようなアマチュアでも
研究していいんだと 邪馬台国については。

研究できるんだというふうな

多分 勇気をもらったんではないかと
思うんですよね。 松本清張の姿に。

清張は こんな言葉を残しています。

ブームの頂点として開催されたのが
邪馬台国シンポジウム。

600人の参加者の前で

一流の学者たちが意見を交える
一大イベントでした。

68歳の清張は そこで…

清張さんは その時も言ってるように

その参加者 一般の方々の参加者の
代表であると自分は。

だから どんなに偉い先生方でも

分かりやすく 自在に交通整理して
整理して 皆さんに分かりやすく示すし

それから また先生方に
論争をして頂けるように

ちょっと仕組んだりとかですね。

論争し合って意見を闘わせ合って

そういうのを一般の人に見て頂くことが

一つの自分の使命なんだみたいなことは
言ってた。

清張の古代史への意欲は 更に深まり

69歳で飛鳥文化の起源をペルシアに求め

イランにまで調査の足を延ばしました。

最後まで
執念を燃やすこと。

そして 最後まで

何かに向かってチャレンジする

挑戦するという気持ちが
一番大事じゃないかと思うんです。

次々と新たな挑戦を続けた 松本清張。

それを支えたのは
生涯にわたり 自ら貪欲に学び続け

自分の発想を大切にした
清張の知恵があったのです。

ということですが 南沢さん
「すっごい!」と言ってましたね。

すごいです。
もう ちょっと独学と言うにしても

あまりに突き詰めてらっしゃるので
びっくりしました。

普通に何か知りたいと思って
調べたとしても

そこに書いてあることが
正しいと思ってしまう。

私も そうなんですけど。

そこを全てに疑問を抱いて 自分で調べて
自分の考えを持つっていうのが

すごいことを本当に晩年まで
されてたんだなと思って 驚きました。

原さん
歴史という学問は国民のものであると。

これ しびれる言葉だなと思いますけどね。

そうですね。 今のVTRで
僕が むしろ ちょっと感動したのは

古代史の学者たちの態度ですね。

学者ってね
結構 みんなプライドが高くて

こんなのアマチュアみたいに
普通は思うんですよ。

ところが
あの古代史の先生方っていうのは

そういう態度をとらずに
むしろ「古代史疑」に対して

これは ちゃんとした研究書であると
おっしゃってましたよね。

僕はね あの先生の態度は
あっぱれだと思うんですよ。

原さんが感動してるのが
伝わってきますね 本当にね。

だから やっぱり…

自分の切り口で ちゃんとものを見てる。

しかも それが ちゃんと調査に
裏打ちされていくっていうことですね。

特に「昭和史発掘」とかの場合はですね

関係者にも
やっぱり会ってるわけじゃないですか。

本に書いてないような話まで含めて
とにかく できるだけ取材をしていく。

だから 今でいうとオーラルヒストリー
っていうんですけれども。

オーラルヒストリーは ようやく最近

学問の一つの方法として
認められてるんですけども

それを いわば 一番早く
パイオニアっていうんですか

開拓したのが清張だと。

ここでの知恵が…

独学
みうらさん どうご覧になりました?

いや もう元祖マイブームですよね
この人がね。

マイブーム
みうらさんがつくられたお言葉。

一応
もう「広辞苑」まで載ってんだけど。

何て 定義したらいいんですか?
マイブーム。

趣味みたいに書いてあんだけど

趣味じゃなくて やっぱりブームなんだと。

自分の中で とってもブームなことは

やっぱり
うまく伝えたいわけじゃないですか。

ゴムヘビが 今 きてるとかね。
ゴムヘビ?

何で ゴムヘビが寺の参道に
あるんだとかっていうところに

だんだん いくんですよ。

ゴムヘビと一緒に
ゴムワニも売ってると。

そういえば売ってるでしょ?
参道に昔 売ってたんですけど。

そのゴムワニは 実は もともとは

ガンジスの川の神のクンビーラじゃ
ないかっていうとこまで

考察していくんですよ。
それが また楽しいんだけど。

クンビーラが
日本で金毘羅になって

…で 参道にゴムワニが置かれることは
正当だったっていう

何か自分の理論ができた時に

「すげえ~ やった!」みたいな気持ちに
なるんですよ。

ちゃんと 今 つながりましたね。 ここで。
つながったでしょ?

だから そういうことをやってる
俺の先生みたいな人で。

しかも みうらさん あれですよね?
清張から影響を受けたマイブームもある。

ありましたね。 ありました。
ちょっと これ見て頂けますか?

これはね 僕ね…。
「崖」?

これね ある時 突然自分の中に
「崖っぷち」っていう言葉が

面白いと思ったんですよ。
マイブームって突然 くるもんで。

そん時から俺 崖見たくなって すごく。

崖が見たくなった?
島国ですから

どこにでも崖あるけど
でも 自分が何かグッとくる崖

一応 グットクリフって呼んでたんだけど。
(笑い声)

グットクリフっていうのが 何か
どっかにあるような気がしてたんですよ。

それで石川県の
ヤセの断崖っていうとこに…。

ありますかね? あった。 これですか?
ヤセの断崖。

ここに行った時に何か
もうグッときてる自分がいて

これグットクリフだなっていう感じが
あったんだけど

えっ? 何でだろう?
何でだろう? って俺 思ってたら

僕 多分 中学か高校の時に
リバイバルの映画で

「ゼロの焦点」を見てるんですよ 俺。
確かに見てた。

そのラストシーンが崖だっていうことが

多分 俺の脳裏に
宿便のように張り付いてたんだよ 何か。

まさに このヤセの断崖だった?
ヤセの断崖でした。

だから もう何回も
そのあと行ったんだけど

よくよく考えたら
犯人が ここでしゃべるって変なんだよ。

ここで話す必要ないじゃないですか 別に。

でも それが後の サスペンス劇場の

崖に追い込まれるラストみたいなのの
ルーツだったんだよね。 ここが。

そのもとにあるのが
独学であるということですけれども

どうですか? 南沢さんは
この知恵は どうご覧になりましたか?

いや~ 私も そうですね…。

私 落語が好きなんですけど

何となく聴くのが好きになって
聴き始めて

やっぱり気になって
どんどん調べたりとか

どんな話があるかとか
噺家さん どんな方がいるかなって

調べてったりとかは 自分でして

最近では ちょっと
自分でもやるようになったりとか。

出るでしょ? やっぱり。
録音したりするでしょ? 自分で。

つい やっぱり
やるようになったりとか。

もうちょっとしたら 落語家の名前
自分で付けるようになりますよ。

そこまでいくと
かなり いい感じになると思います。

何か こういう聞き方も やぼですけど
みうらさん何かコツってあるんですか?

その夢中になってって 突き詰める時の。

…っていうことだと思うんですよ。

何か待ってるじゃないですか。 やっぱり。

好きなものが見つからない人って。

違うんですよ。
こういう人は 好きになってやろうって

思ってると思うんですよね。
すごく。 強く。

強く思ってる?
大体 好きになったら

これぐらいでいいやって
自分の限界って 大体あるけど…

ゴムヘビも だから途中から

グッと またいくわけですね。
「好きになるぞ!」と。

やっぱり ゴムヘビも1~2匹持ってても
駄目じゃないですか やっぱり。

やっぱり それも 同じ種類じゃなくて

結局それ 104匹
現在いるっていうことが分かった。

でもそれは いっつも
ゴムヘビのこと考えていかないと

見つからないんですよ そういうもんって。

マップがないんだもん だって。

ということで 今日はですね
松本清張の知恵を

たっぷりたっぷり
深く味わってまいりましたが

南沢さん いかがでしたか?

いや 勉強になりましたね。
もう生き方もそうですし

ちょっとこんなに 多ジャンルの作品を

残されてたっていうのも
ちょっと知らなかったので

もう これ 読んでみたいけど

どこから手をつけようかな
っていうところで今 迷ってます。

みうらさん いかがでしたか?

何か好きですね。
面白いですね このジャンルは。

やっぱ 新ジャンルですよ どう考えても。

今でも 実は
新ジャンルなのかもしれないしね。

だから 昭和だけど新しい?

全然 新しいですよね。
やっておられる気持ちが。

その 権威にこびず
何とかみたいなやつって

そこも煩悩なのかもしれないね。

だから変わってないんだよね 昔と。

だから清張さんだけが確立した
世界なのかもしんないね これ。

改めて この絵が
ちょっと違って見えてきますね。

だから怖いですよね こういう人に
「見とるぞ見とるぞ」って言われたら。

怖いですね。
だから こういう写真で

Tシャツまで出る始末ですよ それは。

今日ずっと私 見られてる感じしました。
そうでしょう?

いや~ 国民的人気作家の知恵は
足元にありましたか。

うちの歴代店主もね
ちょっと お客さんが増えるとね

国際展開だなんて
浮ついたこと言ってるんですけどね。

こんな感じかな。

やはり 大事なのは
足元ですよ。

このお店
足元見て頑張ろう。

ん? 今 誰かに見られていたような…。