歴史探偵「岡本太郎と太陽の塔」[解][字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

歴史探偵「岡本太郎と太陽の塔」[解][字]

1970年の大阪万博で誕生した岡本太郎の代表作「太陽の塔」の謎を徹底調査!太郎の業務日誌、構想スケッチなどから、誕生の秘密、形の謎、永久保存が決まった理由に迫る

番組内容
巨大芸術作品「太陽の塔」。1970年の大阪万博で芸術家・岡本太郎によって誕生した。実はこの塔、太郎が勝手につくったものだった!?テレビ初公開!太郎の業務日誌から見えてきた塔誕生の影のキーパーソンとは!?近年、発見された120枚の太郎自筆の太陽の塔構想スケッチ。あの独特な形に込めた太郎のメッセージに迫る。太郎も同意、太陽の塔は壊されるはずだった!規則を覆して永久保存となった理由とは!?
出演者
【出演】佐藤二朗

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行

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  14. 芸術
  15. 大杉
  16. 不安
  17. カタチ
  18. 今回
  19. 所長
  20. 説明

解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)

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ここに 一度見たら
忘れられない

巨大芸術作品が
あります。

高さ70m。

これを
つくったのは…。

52年前 大阪で開かれた万国博覧会の

シンボルとも言える作品です。

この姿形は 何を表現しているのか。

どうして 建てられることになったのか。

塔に秘められた謎を徹底調査。

すると 驚きの事実が…。

えっ これ…。

太郎のスケジュール帳から…

更に 120枚に及ぶ
太郎のスケッチから

カタチの謎に
迫ります。

命の象徴?

太陽の塔とは 一体 何なのか。

「歴史探偵」 調査開始です!

♬~

今日のテーマは 「太陽の塔」です。
そうでございます。

1970年の大阪万博ですね。

で これ アジアで
初めて開かれた万博なんですが

その万博の象徴とも言える存在が

「太陽の塔」なんですね。
そうだねえ。

で この太陽の塔をつくったのは
芸術家の岡本太郎ですよ。

(たたく音)
私 これ もう

初めて ここを たたきました。

いや~ もう もちろんですね
私 子どもの頃からですね
知ってるし

やっぱり イメージ的にはですね
ただ やっぱり子どもでしたから

「芸術は爆発だ!」っていう ことばがね
そのフレーズが とても印象的で

とんでもない人だという
イメージがあります。

で 今年 この岡本太郎の展覧会が

各地で 大規模に開かれている
ということもあって

やっぱり 今でも
すごく人気なんですよねえ。

もう 時代を超えてる感じが
しますよねえ。

今回の調査を担当したのは

当探偵事務所の若手一番でございます
加藤探偵です。

よろしくお願いします。
また来ましたね。

ところで所長。
何だい?

いや それを 改めて
考えたことはなかったけども

普通に考えたら…

それがね 違うんですよ。
違うのかい! はい。

なるほど! あっ それは初耳ですね。

何で その 岡本太郎さんは
つくったんですか?

まずは 「太陽の塔」誕生の謎に迫りました。

今回 私が向かうのは この「太陽の塔」。

なぜかね 昔から
ずっと 心惹かれていたんです。

その謎に迫りたいと思います。
いきましょう!

ちょっと… NHKのアナウンサーとは
思えないぐらい

テンションが高い 入りだった。

調査に向かったのは
万博記念公園。

52年前の大阪万博の会場です。

こんにちは。
こんにちは。

探偵の加藤と申します。
よろしくお願いします。

お願いします。
今ですね…

あっ 是非!

ゲートを くぐると…。

でか~!

(二宮)そうですね。

えっ 結構…

(二宮)そうですね。

太陽の塔の高さは 70m。

幅は
60mを超えます。

独特の存在感を放つのが 顔。

正面 頂上

そして
裏側にも。

ここに
岡本太郎ならではの

「美意識」がありました。

「うわぁ~…」。

既成概念にとらわれない
太郎の芸術性は

世代を超え
今も多くの人に愛されています。

そんな太郎の代表作 「太陽の塔」。

今は 広い公園に
ポツンと立っていますが…

よかったら…

いや いきましょうよ!
見たいです! 見たいです!

それが こちら。

これですか?
(二宮)こちらです。

はぁ~!

(二宮)そうです。
へえ~!

万博のメイン会場だった

シンボルゾーンの模型です。

(二宮)あっ そうです。
え?

(二宮)そうですね はい。
へえ~!

結構
大きいですけど。

「太陽の塔」を囲っているのは

「大屋根」と呼ばれる構造物。

実は これ ただの屋根ではありません。

…などが設置され

未来生活を展示する施設でした。

巨大な屋根。

それを 突き破るように立つ 「太陽の塔」。

あとから 太陽の塔をつくったんですか?

ハハハッ! うそ!?
え~!

なんと…

どういうことなんでしょう?

失礼します。
ああ どうも。 ああ どうも!

いらっしゃ~い!
探偵の加藤と申します。

いや どうも お待ちしてました。

太郎の親類です。

「太陽の塔」は 太郎だからこそ
つくることができたといいます。

ハハハハッ。

しかし 万博は
国の威信を懸けた一大事業。

そんな簡単に
つくることができたのでしょうか?

あっ はじめまして。

見せてくれたのは
「太陽の塔」誕生に関わる 貴重な資料。

おお… 結構 謎が
全部埋まってんじゃないの この…。

業務日誌?

ええ~! そうですか!

へえ~。

パートナーとして 公私にわたり
太郎を支えた…

常に 太郎の行動を記録していました。

この日誌に 「太陽の塔」誕生の秘密が
隠されているはず。

あの 見るとね ちょっと…

これは…。

確かに ちょっと読みづらいかも…。

でも よ~く見ると

メモは
ある決まりに沿って

書かれていました。

これは 「訪」という字。

太郎が どこかを訪ねたという意味です。

「来」は 太郎への来客。

「tel」は
太郎が電話をかけたこと。

「来tel」は

太郎のもとに
電話があったことを
表しています。

読み進めると ある人物の名が

頻繁に出てきました。

あ ここにもありますね「丹下」とかってね。

丹下って 誰ですか?

丹下健三。
はい。

日本を代表する…

当時 丹下は 万博のメイン会場である

シンボルゾーンの計画責任者でした。

あの大屋根も 丹下のアイデアです。

一方 太郎の役割は

その大屋根の下で どんな展示をするか
考える プロデューサー。

2人は 頻繁に
打ち合わせを重ねていました。

その数は
1か月半の間に

18回にも
及びます。

そんなある日 太郎に

とんでもない感情が湧き起こります。

丹下の事務所で 初めて
大屋根の模型を目にした時でした。

なんと 大屋根をぶち破る
塔を建てると宣言。

丹下サイドは…

いや そりゃそうだ!
えらいこと 言いだしたねえ。

ちょっと待って下さい!

つくりたければ
屋根の下に収めて下さい!

背の高いものをつくりたいなら
屋根の外で やって下さい!

この時 大屋根の…

屋根に 新たな穴を開けるには

構造計算から
やり直さなければなりません。

丹下サイドとしては
到底 受け入れられない 太郎の主張。

太郎のアイデアを
受け入れた人物がいました。

丹下健三です。

恐らく…

恐らく 思ったんだと思いますね。

僕は 生前 太郎を口説きに来た

当時の
事務総長の新井真一さんに

直接 話を伺ったんですよ。

太郎と丹下。

2人は 万博前から
コラボレーションをしていました。

繊細で均斉の取れた建物は 丹下の設計。

その中に 色彩豊かで
躍動感あふれる

太郎の壁画が。

この組み合わせについて

太郎は こう語っています。

それには…

ちょっと 写真で
説明したいと思いますけれども

丹下健三がつくった大屋根が

まあ こちらにあるというわけですが…

出してきてるわけですね。

私たちにとって。

メイン会場を彩ったのは 大屋根と

それを突き破る 「太陽の塔」でした。

太郎と丹下。

この2人だからこそ
「太陽の塔」が生まれたのです。

今 すごく やっぱり印象的だったのは
その あるものを その 何かこう…

今回は 調査にもご協力頂きました

岡本太郎記念館の館長で
いらっしゃいます

平野暁臣さんに
お越し頂きました。

どうぞ よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。

平野さんは
先ほどの調査にも登場した

公私ともに太郎を支えた
岡本敏子さんの

おいにあたる方なんです。
なるほどね。

ということは その 平野さんは
生前の太郎さんを

よくご存じなんですかね。
はい。

丹下さんの大屋根をぶち破って
塔を建てるっていうのは ちょっと…

やっぱり 周りは 「えぇ!?」
っていう反応だったんですかね。

一番びっくりしたのは
発注者である万博協会の人たちです。

ハハハハッ! だけど 太郎は その
テーマ展示の一つとして

ああいうものが必要なんだと
考えたわけです。

よくね その…

常人では ちょっと 一瞬
理解不能なことなんだけど

あの 別に 奇をてらったわけではなく。

全然そうじゃないです。
で それ 終わったあとね

全部 出来上がって
チェックするんです。

で 大屋根と「太陽の塔」 一体だから
あの2人が そろって見たらしい。

チェックに回ったらしいんです。

で 大屋根に上がって
ず~っと階段で下りてきた。

「太陽の塔」の周りを まわりながら。

あ~!

うれしそうに言ったらしいです。

むちゃくちゃ だから…

そう思いますね。

岡本太郎さんっていうと
「芸術は爆発だ!」とか

やっぱり 天才って言われてたと
思うんですけど 僕 子どもの時も。

それに関しては?

ありました 子どもの時。 常人と違ってね。
はいはいはい。

でもね そんなわけないじゃないですか。

「冗談じゃない」と。

「岡本太郎は 生まれた時から
岡本太郎だったわけじゃないんだ」。

その… そこまで その 歯 食いしばって
岡本太郎をやり切るって

その強い意志っていうのは…

で 太郎はね その 絵も描いたし

いろんなもん やったわけですよ
とにかく。

はぁ~ なるほどねえ。

しびれますねえ。
しびれますねえ。

さあ 続いては…

迫れるの? これ。
確かに謎だけど。

所長。
おう。

おい おい 加藤君。

私は 君が生まれる前から
この「太陽の塔」を見てんだぞ。

大先輩でございます。
ず~っと考えてるけど…

分かんない?
あれ?

人の 何か
腕みたいなのがあってとかさあ

もう 子どもの時から ず~っと見てて
僕も 「太陽の塔」大好きだけど

何を表してるのかは 全然分かりません。

不思議ですよね。
不思議ですねえ。

「太陽の塔」のカタチは
何を表したものなのか。

その調査をしてきました。

まずは パートナー・岡本敏子が記した
書籍を調べます。

え!?

「太陽の塔」が
カラス!?

「あれは
カラスだよ」。

雑談の中で 太郎は
そう答えたといいます。

他にも…。

え?

こっちは
キリスト!?

更には 土偶やトーテムポールなど…

[ 心の声 ] 一体 どれが正解なんだ…。

そこで 再び記念館へ。

なんと カタチの謎を解く

手がかりがあるといいます。

(大杉)これはね…

スケッチ?
はい。

太郎自らが描いたスケッチです。

もう 「はぁ~」って
言うしかないね。

長いことね
保存されてたんですね。

その数 なんと120枚。

全てが公開されるのは

テレビはもちろん
メディアでも初めてです。

今の「太陽の塔」と
全く違うような感じがするんですけど

これ…

確かに 中央には 木のようなものが…。

その下は
根を張っているようにも見えます。

更に…。

スケッチの端に

メモが
残されていました。

これ どういう
意味ですか?

最初 太郎は
「木」をイメージしていたようです。

それ以降のスケッチでも

本数やカタチの違いはあるものの

木のようなものが描かれています。

最初のスケッチから およそ1か月。

大きな変化が現れました。

顔です。

ちょっとね 今のあれに
近くなったような…一気に。

(大杉)ええ 何かね これ
トーテムポールみたいですけどね。

はい そうですよね。
(大杉)やはり あの…

以前から やっぱり…

命の象徴。

木 そして顔。

太郎は この塔で

「命」を表現しようと
していました。

調査を進めると

さらに深い意味が込められていることが

分かってきました。

「太陽の塔」の構想段階から関わっていた…

見せてくれたのは
手書きのメモです。

これがね…

太郎が考えた テーマ展示の草案です。

そこには…。

「過去 現在 未来を貫いて

脈々と流れる人類の生命力

その流れ 発展を象る」。

この思いを
「太陽の塔」に刻みます。

それが分かるのが 顔です。

正面の顔は「現在」

頂上で輝く顔は「未来」。

裏側は
「過去」を表しています。

太郎が
「太陽の塔」で

表現したかったのは…

しかし 太郎は
不安を抱えていたと

千葉さんは感じていました。

それ もう ず~っと あの…

もし これが認めてくれなかったら
俺が立ってやるっていうのは

まあ その
ものすごい気概も感じるし

だけど 同時に 今 おっしゃってた
その ちょっと不安というか

これが認められるんだろうかっていう
不安もあって

歯を食いしばって
岡本太郎をやり切った…

その不安さにね… 気がしましたねえ。

そりゃ 不安だったと思いますよ。

だって あれは 万博っていうものの中で
つくられたものですけど

万博って 技術が
人を幸せにするということを

説明するための
いろんなものがね

宇宙船 ロボット そういうものが
展示されていたわけでしょ?

ところが 太郎は

未来が そんなもので
つくられるはずがないと

思っていたんだと思うんですね。

万博会場は もうほんとに
未来の風景が広がったわけだけど

そこに 太郎は ああいう

まるで 自分だけが
太古から立っていたかのような

ああいう 土俗的な
巨大な像をつくることで…

しかも その大屋根を

まあ ある種 ぶち破るような形で
っていうことですもんね。

同じことを 今やれるかって。

あの 税金の無駄遣いだって
キャンペーン 張りませんか?

いろいろ考えていくとね
多分 なかなかできないでしょう 今。

懐の深さみたいなのもあったし。

で もちろん 考えたのは太郎だけど

じゃ 何のモニュメントかっていうと…

よく実現させたなって思うよ。

いくら 高名な芸術家の方の
デザインであっても

それぐらいさあ
何かこう…

で 実際ね
説明なんかできなかったと思いますよ。

「重工業」っていう作品があるんですよ
代表作があるんです。

これはね 「工業社会に
抑圧される人間たち」

みたいな
ノリの絵なんです。

でっかい歯車で
人間が飛ばされたりしてね。

ところが ど真ん中に
でっかいネギが ドカンといるんですよ。

このネギが 一発いるために

さっきの安っぽい解釈

できなくなっちゃうんですよね。
なるほど なるほど なるほど。

で 敏子が…

そしたら…

アハハハハッ!

言ったぐらいなので。

敏子さんが 「なぜ ネギ?」って

もう 誰もが
聞きたくなることを聞いたら

ご本人は 「いや 俺だって分かんねえよ」
っていうのってね

何か分かんないけど
すっごい いい話だと思うんだよね。

簡単に説明できる芸術も
あっていいんだけど

やっぱり
何がいいかって…

さあ 所長…

ていうか まあ 謎だらけだけど!
(笑い声)

まだ 謎に迫りたいと思います はい。

こちら ご覧下さい。

現在の「太陽の塔」の写真です。

大屋根や 他の施設は姿を消して

「太陽の塔」だけが ポツンと残っています。

なぜ残ったのか。 迫りました。

当時 制定された…

そこには こんな文言があります。

「出品者の施工にかかる建築物は

博覧会閉会後 6か月以内に撤去」。

(崩壊音)

それは 「太陽の塔」も同じでした。

構想から完成まで およそ3年。

心血を注いだ
「太陽の塔」を壊すことに…

作品に対して 一風変わった考えを
持っていたからです。

それを物語る資料が
記念館で見つかりました。

何度もすいません。

実は これなんです。
これ? はい。

探していた?
(大杉)はい。

太郎が生涯に描いた油絵は 700点以上。

その中で いくつか

行方不明になったものがあります。

こちらの作品も その一つ。

ところが…

これなんですよ。

これ?
(大杉)はい。

いや…

はい。

右が行方不明だった作品。

左が見つかったものです。

違う作品に見えますが…。

はい。

え? どういうこと?

え? え? え~!?

X線写真に
写っていたのは

行方不明だった作品。

ということは…。

あっ 岡本太郎…

そうなんです。

え~!

そこがね…

へえ~。

太郎は 完成した作品に対して
全く執着しませんでした。

「太陽の塔」についても こう述べています。

では なぜ
「太陽の塔」は残ったのでしょうか?

その謎を解く手がかりが

万博記念公園事務所に
ありました。

失礼しま~す。

(二宮)…をつづられたものです。

厚さ見るとね…

「『太陽の塔』を残してほしい」。

万博閉幕後 多くの人々が
そう訴えていたのです。

かつて 「太陽の塔」存続の謎を調査した…

ある世代からの要望が
多かったといいます。

は~い。
(スタッフ)よろしくお願いします。

こちらこそ よろしくお願いいたします。

高校1年の時
塔を残してほしいと 手紙を書きました。

「もう一度
考え直していただきたいのです」。

あの こちらなんですけども。
えっ これは 何ですか?

これ 幼稚園の時に
僕が描いた絵なんですけど。

(スタッフ)絵ですか。
(清水)はい。

4歳の時 「太陽の塔」に出会った…

その時の衝撃を 今も覚えています。

♬~

「完成した作品に興味はない」。

そう考えていた太郎の心境にも
変化が起きます。

そして…。

「太陽の塔」の永久保存が決定。

規則を覆す 異例の決断でした。

万博から半世紀。

「太陽の塔」は 今も変わらず

立ち続けています。

いや~ あの あれも印象的ですね。

「こどもたちが生きてる
100年ぐらいは残してほしい」って。

平野さん やっぱり その 決め手は
要望書が決め手だったんですか?

うん いや まあ それは
一つの要因ではあったと思いますけど

ただ 要望書でひっくり返るような
話ではないんです 本来ね。

それが…

そうなんです そうなんです。
ねっ。 そう。

さっき 映像にあったように
バーンって これ壊すシーン 想像すると…

ハハハハハッ!
確かに 確かに うんうんうん。

同じような感じを 何となく

みんなが持っていたんじゃないか
っていう気がします。

太郎は 自身の作品を

普通 絵画の作品とかって オークションで
売ったりするじゃないですか。

それを売らなかったっていうのを
聞いたことが…。

あの オークションどころか
画商を通して売るってことも

ほとんどなくて

特に 一点物の油絵は
売らなかったんです。

それはね…

なぜなら…

なるほど。 芸術は

特別な一部の人が 楽しむものではないと。
そうです。

大衆のものであるっていう…。 そうです。
まさに。

あの そのかわり

全国に パブリックアートを
いっぱい つくるわけです。

で それを見て

「ああ いいね」って
言ってもいいよ。

だけど 「何だ こんなもん
つくりやがって」と
言ってもいいんだぞと。

あるいは 横目で
いちべつしただけで

無視して
通り過ぎたっていいんだと。

芸術っていうのは
そういうものなんだ
ありがたがるもんじゃないんだ。

道端の石ころと一緒なんだって
言うんですよ。

おい いい話 どんどん出てくんな おい!
ほんとです~!

なるほど。

グラスの底に 顔があっても
いいじゃないかっていう。

これは ウイスキー1本に
1個ついてくる おまけだったんですよ。

ねっ で これを作る時に
周りは みんな大反対だったんです。

そんなことをやったら

「私は タダで ばらまく
おまけを作る程度の作家です」って

宣言するようなもんじゃないかと
周りは言ったんだけど 太郎は…

いや~ すごい人だったんだなあ。

さあ 所長 今回は
この「太陽の塔」を通して

芸術家・岡本太郎の素顔に
迫ってまいりましたが

何か いろんな話で。
いや~ ほんと そう
いろんなお話があったんで

ひと言では とても言えません 平野さん。

でも 何か すごい とてつもない
何か力を感じました 何か。

ところで そのあとね 平野さん。

ただ 1回だけ あの 全部
大屋根がなくなったあとに

訪ねたことがあったらしくて。

で その時に
こいつが 1人 立ってるわけですよね。

で もともと 「太陽の塔」は

万博とか 大屋根とかと
対決するために立ったわけです。

ところが
相方が みんな いなくなって

一人だけ残ってしまった。

その時に 一緒に歩いていた人が…

その人も よく聞きましたね。 何て?

ふぅ~。

ちょっと もう これ
ごめんなさい

歴史の番組っていうことを
忘れています 私 今。

もう 平野さんと飲みたいぐらい。