ボクらの時代[字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

ボクらの時代[字]

泉ピン子×内館牧子×天童よしみ

詳細情報
番組内容
毎回さまざまなジャンルで活躍するゲストが集まり、あえて司会は介さずに多彩な話題や事象を取り上げるトーク番組。
今回は泉ピン子、内館牧子、天童よしみの3人が、去年95歳で亡くなった橋田壽賀子先生の様々な想い出などを語り合う。
出演者
泉ピン子 
内館牧子 
天童よしみ
スタッフ
【プロデューサー】
西村朗 
松本彩夏(イースト・ファクトリー) 
【演出】
高野裕樹(イースト・ファクトリー) 
【制作著作】
フジテレビ

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
バラエティ – トークバラエティ
趣味/教育 – その他

テキストマイニング結果

ワードクラウド

キーワード出現数ベスト20

  1. 橋田先生
  2. 先生
  3. ホント
  4. ピン子
  5. 紅白
  6. 全然
  7. 全部
  8. 駄目
  9. 結局
  10. 終活
  11. 珍島物語
  12. 結婚
  13. 自分
  14. 出会
  15. 天童
  16. コネ
  17. タイプ
  18. テレビ
  19. 国語
  20. 仕事

解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)

   ごあんない

解析用ソースを読めば、番組内容の簡易チェックくらいはできるかもしれませんが…、やはり番組の面白さは映像や音声がなければ味わえません。ためしに、人気の配信サービスで見逃し番組を探してみてはいかがでしょうか?

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[今日の 『ボクらの時代』は
こちらの3人]

もう 始まってんの? これ。
始まってんですよ。

あら やだ。 そうなんだ。
始まっています。

ホントに あの…
本日は ありがとうございます。

内館先生と 初めて
お目にかかることができました

ピン子さん。
私 『珍島物語』からのファンで

演歌一辺倒なのね 私。

私ね やっぱり
うまい人が好きで

情感のある人が好きで…。

たまたま テレビ見たら
『珍島物語』

うまいし 情感あるし
メモしてさ

それから ずっと。
そんなさ 歌手 見て 歌 聴いて

メモして…
名前メモして うれしいよね。

いや~ これ うれしいですね。
名前メモしたのよ あなた。

大勢ね 歌手の人も
いっぱいいるのに

心に留めておいていただけるのは
うれしい。

やっぱり 活躍なさってると

私の見る目に狂いはなかったと
思うわよね。

いや それは そうですよ。

私は新幹線で 偶然 降りる
東京駅で お見掛けして

「あなた 頑張ってね」って。
言ったの!?

『紅白』のね。
橋田先生を紹介して

先生の前で 『珍島物語』を
アカペラで歌わせたの。

ピン子さんが
「よしみちゃん 歌って」っつって。

橋田先生おられて それで
アカペラで歌わせていただきました。

今 考えたら よく歌った…。

私 緊張しました。
アカペラっていうのは もう。

だけど 「あんた 歌ってよ」
っていうのも すごいね。

橋田先生も演歌の人だから。

だから そしたらね
途中で 泣きだして。

すごい感極まって
すごい泣いておられましたね。

「うちは 明るか貧乏やけん。
心配せんでよか」

[8月からは…]

[…が控えています]

[この舞台の原作を
書いたのが…]

[13年間 会社員として働き
40歳で 脚本家デビューしました]

[数々の人気ドラマを
手掛ける一方

女性として 初めて
横綱審議委員も務めました]

[話題になっています]

♬「何があっても」

[今年 歌手生活 50周年を迎える
天童さん]

[『珍島物語』は
ミリオンセラーを記録するなど

不動の人気を得ています]

[演歌が好きだった
橋田 壽賀子さんを介して

泉ピン子さんとも
親交を深めたそうです]

やっぱり 橋田先生が
元気だったら

きっと喜んだとね 思いますね。
そうですよね。

『珍島物語』で つながってて。

♬~

橋田先生とは
どこで会ったんですか?

橋田先生は 私が まだ
大きな会社に勤めてて…。

OLでしたよね。
だって OLって紹介された…。

大きな造船所にいたのね。

そこに 勤めてたときに
シナリオの学校に行ってて。

あの先生って ほら お弟子さんとる
タイプじゃなかったから

だから 私は
お手伝いに来ている

アルバイト
みたいなもんだったんですよね。

だけど 結構 聞いてたの
そのときから。

「朝ドラは
どうやって書くのか」とか

「大河ドラマっていうのは どうやって
テーマを決めるのか」とか。

あなた まだ 会社員で
何の仕事もないんですよ。

それなのに 先生ね
真面目に教えてくださるのよ。

それが プラスになった?
もちろん なった。

だから 紹介してくださったのが
橋田先生ですから。

「うちの子…」なのよ。

「あの子 どうやったら
売れるかしら」って。

全然 売れないから。
試作本 書いてたんだけど

で テレビ…
あれ 持ち込んでたんですか?

いや 持ち込みもしなくってね

橋田先生が いろんなプロデューサーとか
紹介してくださるんだけど…。

だけど それが
けんもほろろに言われると…。

私が書いたものがね 何か 全然
使い物になんないらしくって

全然 駄目だった。
でもね 先生がね

その中でもね
「これ ギャラっつって

自分の小遣いを渡した」
っつってた。

それで だから 「どうやったら
売れるんだろうか」って言って。

あの… 結局 女の人は

いても いなくてもいいっていう
時代だったから。

そういう思いしてきたからね。

仕事もね あの…
結局 こう 紙を渡されてね

「内館さん ここ 縦に足して
横に足して」とか言われるわけ。

「はい 分かりました」って

「これ 何の数字ですか?」
って言うと

「数字は どうでもいいから
足して 言われたとおりに」

そういう時代だったんですよ。
だから 結局 その中で

「これ ずっと 一生やってて
いいのかな」って思って

で 私は力士のまげを結う
床山になろうと思ったの。

え~!?
え~ 床山さんに!?

結局ね 特殊な技術を
身に付けないと

女の人は 大変だって
あのときに実感したのね。

まげ結うのって
女性でもいいんですか?

駄目なの。 分かってたわけ。
やっぱり。 そうなんですか。

だけど 万々が一っていうことも
あるから 協会に電話したの。

「あの 私 力士の床山に
なりたいんですけど」って。

そしたら 「えっ?
あなたがですか?」って言うから

「そうです」って言った。
で 断られて。

「残念ですけど 女の人は
駄目なんですよ」

私は その後も
ずっと 相撲の仕事に就きたくて

北海道から 九州…。
そんな好きなんだ!?

北海道から 九州までの新聞社とか
雑誌社に電話をかけて

「私を相撲記者で
使ってください」って。

全部 断られて。
すごい情熱ですね。

でもね やっぱり それが…
そのぐらい 一生懸命だったのが

『ひらり』で まあ うまく
花開いたといえば

聞こえはいいけど。
先生 すごいわ。

だから 『ひらり』はね
もう ホントに楽しかった。

で あれが 四十何%取って
当たったから。

今の視聴率 私
朝ドラの主役やったときに

「ピン子 数字 下がっちゃったね」
って 橋田先生が言って

「何%?」っつったら 四十何%で
「下がったね」って。

そりゃ 『おしん』から見りゃ
下がったのよ。

でも 私たちは落ち込んで
「下がったね」って言ってて

今 何よ? 40っつったら
天下 ひっくり返りますよ。

ひっくり返ります。

だけど そういう
夢中になったものってある?

そうですね。 私は やっぱり
歌からは外れていないかな~。

ずっと 歌手?

はい。 昔からね 三面鏡で
遊んでました よく。

どういうふうに?
三面鏡で ザ・ピーナッツするんですよ。

こまどり姉妹さんと。

♬「お姉さんのつまびく 三味線に」
って こっちから映るんですよ。

それが もうね 何か楽しくて
ずっと 三面鏡で遊んでましたよ。

小さい頃 ホントに。
そのぐらい好きでたまらなかった。

でも 何か 今 考えると
好きなものは好きっていって

ずっと続けてくるって
大きいことですよね。

ほら やっぱり 普通は…
相撲もそうだけど

「そんなもの好きでも
暮らしの役に立たない」とか

「成績 上がらない」とかって
言われるけど

結果的に それで 生きてく
っていうのあるんですもんね。

小学校のときとかは
音楽だけが 5で

あとは 駄目みたいなこと
あったんですか?

いや あの やっぱり
音楽そのものの…。

「こんばんは」じゃ駄目かもね。
そうなんですよ。

だから あの 縦笛とか
楽器の…。

夏休みで 「みんな
一曲 覚えてきてください」って

『荒城の月』を
吹かなきゃいけないのに

私 『メキシカン・ロック』
吹きました。

ハハハ…。

あれ 吹きやすいんです。

♬「フッ フィ フッ フッ フィ
フー フー」って

みんなも ぼけーっとしてましたね
そのとき。

この人 面白過ぎる。

あっ そう。
でも 先生 困ったでしょうね。

困ってましたね。
困る生徒よね。

私ね 高校のときも
中学のときも そうだけど

国語だけ 5だったんですよ。
他は 全部 駄目だったの。

それで 私 今になると
すごく感謝してるんだけど

高校のときに
10点法だったのね。

で 国語だけ… 国語 漢文
古文だけが 10だったわけ。

他はね 全部 2とか
よくて 3で

数学なんか 1だったわけ。

えっ そうですか!?
それで 担任に呼ばれて

都立高校だったんで

「都の みんなの血税で
運営している 都立高校に

ここまで 置いておくわけには
いかない」って

言われてると 職員会議で。
え~!?

それで 「どっか 私立に

転校しようっていう話も
出てきてるから

できない学科を
もっと 頑張るから」って。

「せめて 3にしてくれ」って。

「オール3にしてくれ」って
言われたんですね。

そのときに あの… こういうの

テレビで言っていいかどうか
分かんないけど

仲のいい 東工大とか 東大とかに
行きたがってる お友達から

カンニングさせてもらうしか
ないなと思ったわけ。

いやいや それは そうよね。
生きていくためにはね。

それで そのときに 先生が
私に

「あのね 内館君 僕はね

人間… オール3の人間ほど
つまんないものはないと思ってる」

「それを
あなたにやれっていうのは

すごく残酷なんだけれども

僕は ホント言って 10と 1で
ベクトルをつくってる生徒の方が

ずっと楽しみなんだよ」って。
その方が 何かありますよね。

そのとき やっぱり
これ カンニングしかないなって。

だけど やっぱり 考えてみると
今 国語で生きてるわけでしょ。

そうですね。
もちろん そうですね。

だから 私もね テレビ見てる
お母さんたちがいたら

何も 息子を
オール3にすることはなくてね

私たち みんな きっと
10と 1で生きてたみたいな

人間でしょ? 『メキシカン・ロック』は。
そうです。

私… 父親に あの…
下からね アパート借りてて

芸人になったときに。

「おいちにの 小夜ちゃん」って
呼ばれるの。

「おいちに」って 通信簿
1と 2しかないから。

でもね 「書けなくてもいいけど
読むようにはなれ」って。

だけど 私ね 「うるさい」って
「五月の蠅」って書くじゃないですか。

それが読めないときに
次のせりふ 私なのよ。

森繁 久彌先生がいるのよ。
杉村 春子先生いるのよ。

「どうしよう!? しょうがない」と
思ったから 台本 落としたの。

で 「あっ すいません。
どっからですか?」っつったら

「五月蠅いからだ」

「あっ これ 『うるさい』って
読むんだ」と思って。

だけどね 次に出てきた漢字も
読めなかったの。

二度目は 落とせない…。

だから そういう 何ていうの?
悪知恵…。

私 橋田先生と出会ってなかったら
今日ないと思うんですよね。

だから 会うチャンス? 出会いとか?
出会いですよね。

天童さんは 出会いっていうのは
こういう ピン子さんみたいに

大きな出会いっていうのは
あったんですか?

『紅白』が
私が やっぱ夢で

あの… どうしても 『紅白』
出場したいなって すごい思って。

やしき たかじんさん?
そうですね。 たかじんさんですね。

たかじんさんが
私 テレビで よく見たんだけど

「天童よしみほど 歌が上手な人
いないだろう」

「それが なぜ 『紅白』
出ないんだ」って。

テレビで それ おっしゃったわけ?
言ったの。

私 偶然 大阪にいて 見たの。
あっ そうだったんですか。

生で。 「僕はね あの…
天童よしみを 『紅白』出すまで

頑張ろうと思うんだ。 プロジェクト
つくってやろう」って言ったの。

プロジェクトチームつくりました。
ホントに つくったの?

はい。 つくりました。
3年間 ずっと レギュラーで。

だから それこそ
女芸人さんみたいな感じの

あの… 出方ですよね 私は。

バラエティーですから そこは
ちょっと 勇気を振り絞って

何でもやりました。
泥んこエステもやりましたし。

泥んこエステ!?

顔も 全部。
全部 泥んこ。

誰か 分からんやろう?
分からへんかったんですよ。

だから そうやってると
街へ行くと

若い人たちが 今まで
声を掛けてくれなかったのが

もう 若い人たちが みんな

たかじんさんの番組を見ていて
深夜ですから。

「あっ 天童よしみや」っていうふうに
言われるようになりましたね。

幅は すごい広がっていきました。
それから 何年かかった?

それから たかじんさんが
応援していただいて

3年後に 『紅白』に初出場。

喜んだでしょう?
すごかったですね たかじんさん。

『紅白』とか
そういう大きなね…。

『紅白』に限らずだけど
『レコ大』もそうだし

そういう 大きなステージに
出るっていうときって

いよいよ
どういう気持ちになるもん?

何でしょう?
びっくりしたのと…。

それは マネジャーさんから
「決まったよ」って言われるわけ?

普通 マネジャーさんですけど
うち 父だったんですよ。

家に電話かかってきたみたいで。

それで 自宅の方に
電話かけてきて

それで 決まりました
っていうことを 報告 受けて

父は震えてましたね。

男の人が あんなに震えて
しゃべるっていうのも

びっくりしましたけど。

私は やっぱり 大河かな?
そうですよね。

やっぱり 『紅白歌合戦』の役者版
っていったら 大河ですからね。

大河 出た。 で うちの父に

「誰にも言っちゃいけないよ」
っていうのに

あんた 町じゅうが知ってたのよ。

「小夜ちゃん」
本名 小夜っていうんです。

「小夜ちゃん
大河 出るんだってね」

「『おんな太閤記』っていうんだ」
言っちゃいけない…。

また たばこ屋のおばさん
「出るんだってね」

みんな しゃべってるんですね
お父さん。

うれしくて しょうがないから
やっぱりね。

だけど それ 見ないで
亡くなりましたね。

見ないで 亡くなった?
見ないで。

内館先生 何人きょうだいですか?
私たち 一人っ子なんですよ。

私 弟がいて 2人。
弟さんがおられて。

で サラリーマン家庭だったから

全然 貧困とかもないし
別に すごい富裕層でもないし

だから 学校 大学 出て
コネで 大きい会社 入って…。

コネじゃない…。
コネですよ。

コネ。 …でないと入れなかった。

で エリートと
結婚しようって思ってたのね。

だけど 自分の趣味が やっぱり
北の富士 小林 旭なんですよ。

あ~ そうですか。
これだけはね 譲れないんですよ。

そういう人は なかなか 大企業に
タイプとしていないのね。

分かりますね。

結局ね お見合いとかも
いっぱいしたんだけど

そのたびに 私が 父に言うわけ。
「駄目 断って」って。

父が 「えっ どうして?
いいじゃないの?」

「条件もいいし」って言うんだけど
「私 ああやってね 張り手一発で

土俵の外に出ていくような男は
嫌なの」って言うと

父が ついに 最後 怒って

「普通の男は 張り手なんか
食らわないんだ」

「土俵なんか立たないんだ」って
言われたんだけど

でも 結局ね 結婚よりかも
ちゃんと仕事を持ちたかった。

ピン子さんは どうやって
結婚を決めたの?

いや 魔が差したんでしょうね。
でも 私 ご主人に会ってるけど

すてきな人だよね。
すてきな先生ですよね。

タイプ 全然 違いますけどね。

でも 一生 一緒にいようって
何か思ったわけでしょ?

いや ホントに
魔が差したのかもしれない。

魔が差した?
いやいや…。

あの 私 白血球が
ものすごく高かったんですよ。

それで 入院して
白血球の検査して

で 何か 入ってきた瞬間

「この人と結婚するな」
思ったの?

思ったの。
よく そういう話 聞くけど…。

いや ホントに思ったの。
タイプじゃないのに。

相手も思ったのかな?
いや~。

ずっと 人の病室から
出ていかないから

気があったんじゃない きっと。

私 もっと痩せてましたし
かわいかったから きっと。

[8月公演の…]

[夫の死後 愛人と
隠し子がいたことが発覚]

[ショックを受けながらも
力強く生きる妻を演じる 泉さん]

[この作品の
オファーを受けたときには

複雑な思いがあったそうです]

あの本 来たときに 私 何で…
あなたも読んでくれたのよね。

読ませていただきましたよ。

だけどさ 朗読劇でやるんだけど
あの話が来たときに

愛人で 子供つくるわけよ。

それさ 私 そのまんまじゃない。
私 断ったら…。

「こだわってんのか?」って
思われると。

で あれから もう…
半世紀じゃないけど

30年ぐらい もう…
まあ 30年はたたないにしても

二十何年たってるわけだし

もうさ はっきり言って
時効じゃない。

それで まあ…
「じゃあ やろうかな」って。

私は すごい やりたかった
もちろん。

だけど まあ 夫に
原作本を渡して

「読んでみて。 この話が来てる」

で うちの夫が 能天気よね。

「めちゃくちゃ面白い本だね」
っつったの。

内心 「お前だろ」って
思ったんだけどさ。

だけど 何か
「いいんじゃない」っつったの。

「でも あんた 死んだら
死後離婚よ」って言ったら

「いいよ。 死んじゃった後
分かんないから」っつったのよ。

だから 何ていうのかな?
そういう人だから

今 一緒にいられるんじゃ
ないですかね。 きっと。

私はね やっぱり そうね
あんまりね

終活とか 断捨離とか
まったくしてないの。

一切。
私さ 終活したら

あんた 余計…。
ピン子さん 終活してるの?

した。
いやいや… 終活やりだしたの。

いろんな手紙あるじゃない。

読んじゃうから
余計 散らかっちゃうの。

写真も 「懐かしいな…」

あの すいませんけどね
前より 散らかってるの。

それで 私が うちの夫に

「どうしたらいいだろうか」
っつったら

「死んだら 誰かがやるよ」
っつったのよ。

そうそう…。 そう思う。
あ~ そうですね。

だから 「することないんじゃない」
って言われた。

自分が死んだ後で 例えば
自分が大事にしてたものとかね

知らない人たちが
「いらない」と思って 捨てても

しょうがないじゃない。
知らない人から見たら

ごみかもしれないもんね。
そうなんですよね。

宝だと思った人は
死んでるわけだから

だから 他の人が
ごみかと思ったものは

ごみ処理してもらって
私は 全然 構わない。

終活なんか
もちろん やってない?

全然 考えてないですね。 もう
ためるだけ ためてますね 今。

あんた ドレス
どのぐらいあるの?

今 800枚超えました。

あんた はっきり言って
うち 壊れるわ。

そうなんですよ。
重たさで。

はい。 だから ちょっと また…。
何トンあるでしょ? だって。

何トンですよ。
あれは もうね あの衣装部屋は…。

あれ 普段 着れないしね。
「やる」っつったって。

やっぱり 脚本家は
お金がかかんないわね。

元手 何にもいらないもんね。
原稿用紙だけだもん。

取っとくものも 何もないし。
資料ぐらいで。

で 書き終わって もう
撮影も 全部 終わっちゃうと

捨てちゃうのね。
えっ!?

橋田先生は 取ってたのよね?
取ってる。

でも その衣装 残された人
困るよね。

着ないんだもん。 この人
「残す」っつったって どうする?

まあ あれですね。
やっぱり こう 終活とか

もちろん
言葉の中でありますけど

私は 自分の衣装は
もう 抱えて死ぬぐらい

ホントに
いっぱい思い出があるので

捨てられないんですよ。
あ~ 1枚ずつある?

1枚ずつ 全部 蘇ってきます。

もう ホントに ぎゃーっと
こう 抱き締めるぐらい…。

あんたは やっぱり
歌と結婚したのね?

そうみたいです。

すいません。
頭だけで いいですから

『珍島物語』 聞かせてください。

♬「海が割れるのよ
道ができるのよ」

♬「島と島とが つながるの」

♬「こちら珍島から
あちら芽島里まで」

♬「海の神様 カムサハムニダ」

何か 鳥肌 立っちゃう。

ぜいたくな番組ね
生で聴いちゃって。

泣いてる!?
泣いちゃった。

あなた 大作家 2人泣かした。
はい。

すごいでしょ?
でも ピン子さんじゃなきゃ

言えないよね。 この人に向かって
「ちょっと歌ってよ」って。

何の隙もなく
いつも ピン子さんから

「はい どうぞ」って言われて
「はい」って。

だって B型友の会の妹だから。
私も B型。

あっ!
えっ!? ホントですか!? 先生。

橋田 壽賀子も Bだし B型。
先生 B型だったんですか!?

いや うすうす感じてましたけど。

[それでは
今日も 素晴らしい一日を]