先人たちの底力 知恵泉「松本清張 人気作品を生み出し続ける仕事術」[解][字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

先人たちの底力 知恵泉「松本清張 人気作品を生み出し続ける仕事術」[解][字]

ベストセラー作家・松本清張。多岐にわたるテーマで人気作品を生み、しかも1000以上の作品を残した清張には、独特の仕事術があった。そこにはどんな知恵があったのか?

番組内容
数々のベストセラーを生み出した作家・松本清張。生涯に残した作品の数は、1000以上。しかも、清張を一躍有名にした“社会派ミステリー”だけにとどまらず、昭和史のノンフィクションや、邪馬台国をテーマにした作品など、内容は多岐にわたる。清張は82歳でこの世を去るまで書き続けたが、なぜ清張は、さまざまな分野の、しかも膨大な量の作品を生み出すことができたのか。そこには、清張ならではの独特な仕事術があった。
出演者
【出演】みうらじゅん,南沢奈央,立命館大学教授…福間良明,【出演】高井正智

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸

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没後30年。

その存在が改めて注目を浴びている作家
松本清張。

「点と線」の発行部数は322万部。

「砂の器」は464万部。

社会派ミステリーという
新たなジャンルを開拓し

多くのファンを獲得しました。

戦後 日本を代表する

人気ベストセラー作家となった
清張。

その秘密は 実は 巨匠らしからぬ

画期的な働き方
仕事術にありました。

昭和の時代 純文学の作家たちは

自らの内なる理想を
追い求めていたのに対し…。

清張は周りの人たちと 積極的に
関わりながら作品を作っていました。

大俳優だから。

例えば 巨匠作家となった清張のもとに

若い編集者たちは
恐る恐るやって来ましたが…。

(田中)とても怖い
先生じゃないかというふうに

思っておりまして

仕事に厳しい先生だと
思っていたんですが

とても優しい方で

今日は あなたが来ると聞いていたから…

更に 清張の仕事で
特筆すべきは

人並み外れた その量。

清張が生涯で残した作品の数は

合計 なんと1, 000を超えています。

晩年には こんな言葉も残しています。

82歳で亡くなるまで
全力で作品を作り続けていた清張。

仕事に情熱を持ち続けた その秘密は…?

「交換作業」。

一体 何のことでしょう?

今回 松本清張の仕事術の
知恵を読み解くのは

イラストレーター
エッセイストなど

幅広く活躍する
みうらじゅんさん。

清張作品を ほぼ全て読破するほどの
清張ファンで

その生き方からも
大きな刺激を受けているといいます。

途中からもう おしっこが行きたくて
しょうがなくなって

相手の話が
ちっとも耳に入ってこない時期

それが「老いるショック」っていう
時期なんですよ。

「ゆるキャラ」「マイブーム」など

ユニークな企画を
次々と生み出し続ける みうらさん。

敬愛する松本清張の仕事術の知恵を

どう読み解くのでしょうか。

本日も ご来店頂きまして
ありがとうございます。

松本清張の大ファンの みうらさん。
はい。 よろしくお願いします。

何ですか? あの写真は…。
(笑い声)

えっ これ?
これ。

それは当然 やっぱり…。

まあ バンドでいえば
KISSのファンだったら

KISSのメークするのと同じように

同じようには撮りたいですよね それは。

これだから 松本清張さんの仕事場。
そうですね。

みうらさんの…。
うちの仕事場っちゅうか

応接間みたいなとこで
じか座りですけど 俺は。

でも清張さんはね
こういう製図台のような

ちょっと傾斜がついた台で
書いてるんですよ。

それはね ちょっと今後

修正していかなきゃ
なんないとこなんですけども。

どれだけお好きなのかがね
本当に伝わってきますけどね。

あやかりたいと思ってね。

そして 俳優の南沢奈央さんです。
お願いします。

仕事術っていうことでね
今回 見ていくわけですけれども

冒頭もありましたけど
どうですか? こんな巨匠の仕事場で。

もし南沢さん 働いていたら。

いや~ でも 私も怖そうだなっていう
印象だったんですけど

でもちょっと 先ほどのVTRで

意外とチャーミングだったりとか。
チョコレートを。

チョコレート 用意してくれたりとか。

すごく気配りだったりとか気遣いのできる
優しい方だったのかなって

ちょっと新しい一面を
見れた気がしますね。

さあ そして 福間さんは

戦後の人々の労働環境などを
研究されているということですけれども

この清張の仕事術
どこがポイントになりますか?

やっぱり何て言うんでしょうかね…

いろいろ 学歴だとか その後
いろんな不遇の状態があった中で

それが その後の仕事そのものおよび

仕事のしかたに どうつながっていくのか。

そこは何か
すごい興味深いなっていうふうに

いつも思うところですね。

本当に数々の作品をね
生み出し続けた清張ですけど

その仕事術に今日は迫ってまいりますが

その前に
本日の当店オススメからまいります。

今回も こちらでございます!

あっ それか。
みうらさんのイラストですけど。

南沢さん 分かります?

えっ? これ4つ 絵 描かれてますけど。

えっ 清張なんですか?
そうですね。

思わず色鉛筆で
描いたみたいな。

色鉛筆なんですね。
色鉛筆。

いろんな ふん装の。
そうなんですよ。

そこを もう
描きたくて描きたくて。

これが だから働き方に
つながってくるってことですね。

ここはあんまり 松本清張さんの世界で

語られてなかったんじゃないかなと
僕 思うんですよね ここの部分。

ここ重要ですから 実は。
大事な部分です。

さあ その人気の作品を
生み出し続ける秘密。

どんな働き方にあったのか
まずは こちらから味わって頂きましょう。

41歳で作家デビューし
社会派ミステリーという

新たなジャンルを生み出した
松本清張。

現代のミステリー小説にも
大きな影響を与えた

文学界の巨匠です。

しかし 清張には巨匠らしからぬ
意外な面がありました。

出版社に勤め 晩年の清張の

編集者となった田中光子さん。

当時 新人だった田中さんは

清張の接し方に驚いたといいます。

2年目になる時に編集長に呼ばれて

「君は今年から松本清張先生の担当を
やってもらう」って言われたんですね。

とても怖い先生じゃないかというふうに
思っておりまして

仕事に厳しい先生だと
思っていたんですが。

実際に会ってみると…。

とても優しい方で

今日は あなたが来ると聞いていたから…

帰りがけに「せっかくだから
持って帰んなさい」っておっしゃって

テーブルの上にあったチョコレートを
ガサッて すくって

私のかばんの中に入れて下さったのが
一番最初です。

新人編集者にも気配りをし
優しく接したという清張。

その姿勢は
生涯 変わらなかったといいます。

清張が作家として活躍を始めたのは

日本が高度経済成長へと向かい

人々が がむしゃらに働き始めた頃。

社会は年功序列の風潮が強く
上下関係が厳しい時代。

男女の格差も大きくありました。

1959年 社会派ミステリーで
ブームを巻き起こしていた清張。

当時 編集の担当者となったのが
新人の宮田毬栄さん。

すぐに清張は 宮田さんに
取材を手伝わせるようになりました。

ある日 清張と銀座で待ち合わせをした
宮田さんは

なんと 40分も遅刻。

その時 清張は…。

宮田さんを連れて なぜか時計店に。

そして…。

叱るのではなく
時計をプレゼントしてくれたのです。

それ以来 宮田さんは

遅刻をしなくなったと
いいます。

そして 清張は
こんな質問もしました。

この時 清張は…。

素直に受け入れたといいます。

一流の人気作家が
新人編集者にとった この対応。

ここに 清張独特の
仕事術の知恵がありました。

50代に入り 人気絶頂の
売れっ子作家となっていた清張ですが

新人編集者の宮田さんに対して

ほかにも
驚くような接し方をしていました。

例えば…。

清張の原稿を読んだ宮田さんが…。

自然なファッションに
なるようにと
原稿を直すと

清張は
それを受け入れました。

更に こんな質問も。

時代に敏感で
知らないことは

新人からも
学ぼうとしました。

清張本人も こう語っています。

(松本)私の場合は…

ただ女性を断片的に見ることは
しばしばあるわけで

だから その想像力が
その断片と断片の間を埋めていく。

そこが一つの作家の主張にも
なるんじゃないかと思いますね。

晩年の編集者 田中さんも

どんな相手からも
謙虚に学ぼうとする

清張の姿勢を
感じたといいます。

全ての担当者に最初にね
お聞きになるんだそうですが

「君は大学で何を専攻したのか」って
最初に聞かれまして。

若い世代が何を考えてるかとか

今 そのあなたたちぐらいの人は
どういうものを読むのかっていうことは

とても好奇心が旺盛でいらして
よく いろんなことを質問されましたね。

田中さんの先輩に当たる編集者

藤井康栄さん。

学生時代に
近現代史を学んでいた藤井さんは

若手だった当時

ノンフィクション「昭和史発掘」の
資料探しの仕事を任されました。

その時 清張からの注文は たったひと言。

藤井さんは自分を信頼して
大事な仕事を任せてくれたことに

大きなやりがいを感じたといいます。

清張は どんな相手でも
その人の得意な分野を見極め

能力を発揮してもらうことで

共に作品作りを進めていったのです。

…男性である 女性であるとか

若いとか
それから編集長であるっていう

肩書をご覧になるのではなくって
相手をじっと見てね

その人柄 人となりをご覧になるのだって
言い方をしていまして はい。

それぞれの担当者 それぞれの人が

何が得意で 何だったら
この人と一緒に取材をして

小説を作れるかってことは
常に気にかけてらしたと思います。

女性の編集者たちから
さまざまなことを学んだ清張。

それまで あまりなかった

女性が主役の推理小説も
多く執筆しました。

どちらかというと屈折のある。

そして 欠点をさらけ出すような女性を
書いた方が

まず人間として浮き彫りにできる。

それから女性としても生き生きと
そこんところは出るんじゃないかと。

1978年 清張が69歳で連載を始めた
「黒革の手帖」。

何度もドラマ化されている作品です。

預金係として銀行で働いていた元子が

横領をした金を資金に
銀座のクラブのママに転身。

更に 金持ちの男たちを相手に
野望を膨らませていく姿を描いています。

女性を主役にした
清張のミステリー小説は

女性読者の共感を呼び

ファンを 一層 増やすことに
つながりました。

先生 とても優しいお気持ちがおありで

強い者の味方よりも

やはり 弱い立場の者に
目を向けるような眼差しが

一貫してあったんじゃないかと。

女性がヒロインになる小説も
たくさんお書きで

そういうストーリーに 読んでいて
共感する女性が多かったのは

すごく私も分かります。 想像できますし。

決して
「女は こうあるべし」っていうふうな…

相手に偏見を持たず

得意なことを見極め 謙虚に学んでいく。

こうした清張の仕事への向き合い方が
成功を導く鍵となったのです。

ということですが 南沢さん。

女性への接し方 いかがでしたか?

いや~…
何か いくら売れっ子作家になっても

誰に対してもフラットで謙虚で

それを徹底して 多分 意識してたのかは
分からないですけど

それが自然な態度でできるっていうのは
本当 尊敬できますね。

遅刻してきたら時計を買ってくれた。

かっこいいですよね。

怒ったりしないんですね。

福間さんはね 出版社で

実際に編集者も務めた経験が
おありということですけれども

どうですか? この編集者との接し方。

私自身 10年
出版社に勤めたうちの7年間かな

ビジネス書の
編集をやってたんですけれども。

やっぱり 編集の立場としては

こっちと一緒に仕事をしようっていう
気持ちを前面に出して下さる人は

すごく うれしいですし。

ただ少なくとも 松本清張の場合は
やっぱり その…

高等小学校卒で いろいろ苦労して

やっぱり周りの学歴エリートの

大卒層との人たちと違う扱いを
やっぱり受けてたので

その中での
いろんな 悔しい思いであったりだとか

いらだち コンプレックスだとか

そこが やっぱり何て言うんでしょうかね
人への接し方であったりだとか

肩書で見ないだとか。
何か そういうところには

何か すごいつながってたんじゃ
ないのかなっていうふうに思いますね。

さあ ここでの知恵は

「どんな相手からも学ぶべき点を
見つけろ!」ということですが

南沢さんもね いろんな方と
お仕事されてると思いますが

どうご覧になりました?
いや~ でも それこそ

このお芝居の世界は何でしょう…。

本当に年齢が上でも
芸歴は まだ短かったりとか

本当に子役からやってる
芸歴が長かったりとかで

年齢とか本当に関係なくて。

逆に子役の子の
現場の立ち居振る舞いとかから

すごい勉強になったりとかもしますし。

でも なかなか そこまで 何だろう
人から何か得ようとか 貪欲にというか

知らないことは知らないで

恥ずかしがらずに聞くとか。
「それ 何?」って。

なかなかできないなとは思いましたね。

巨匠が新人の編集の方に聞く。

みうらさん 清張は やっぱり貪欲に

周りの人から学ぼうとしていた
ってことなんですかね?

今はもう やり取りっていうのは
あんまり…。

僕も物書いてるんで
編集者とそんな会わないですよね 今はね。

でも昔は 原稿用紙を渡してましたから
イラストもそうですけど。

手渡しで?
取りに来てもらったりしてましたんで。

当然 女の編集者の人 来たら
部屋 片づけしましたよ 俺。

きれいにして。
俺だって そんなん

誰だってやりますよ。
…とは僕 思うけど

それは多分 自分が巨匠だと思われてる
っていうのもあると思うんですよ。

先生だから。

松本清張っていうのは
ペンネームじゃないですか。

本名 清張さんだから。

松本清張なら こういう時
こうするなっていうのがあったんだと

僕 思うんですよね。
僕も本名は漢字なんですけど

俺 平仮名なんですけど。
平仮名の みうらじゅんなら

こうしないと駄目だとかいうのが
あるんですよ 何か どっか。

…で 松本清張っていうので

自分を実験してたとこも

あるんじゃないかなと
僕 すごい思うんですよ。

ちょっと客観視して。

きっと そういう巨匠っていうか文豪が
出てくる人と編集者のストーリーも

考えられるじゃないですか
そうやったら。

そういうところの世界
広がっていくと思うんですよね。

そういう 個人で
個人対個人で会ってるんじゃなくて

清張として会ってる時と 清張さんは
違うんだと 僕は。

自分も ちょっとそういうところあるから
思うんですけどね。

でもですよ 福間さん
その当時の時代背景として

女性の新人編集者っていう人は…。

かつては やっぱり女性はね

基本的に早く会社を辞めるっていうのが
前提にありましたし

結婚したら辞めるよねっていうことで

ある意味 実質的な
早期定年制みたいなものがありましたし

女性の そういう働いてる人たちの
立ち位置みたいなものは

やっぱり今に比べると
あんまり高くはなかったかと思います。

さっきのインタビューでも
「僕は女性のことは

あんまりよく知らないので」っていうのが
正解じゃないですか やっぱ。

やっぱり探求心ある人だから
知りたいですよね。

奥さんは知ってるんだけど
若い その編集者は やっぱり…

だから こんな僕が
チョコレートを出したら

どう反応すんだろうっていうのは
あったような気がするんだけどな 俺。

あの時計 買ってあげるやつでも
わざとじゃないですか もう。

そんなん 普通しないじゃないですか。
しないですよね。

もう演出してるわけじゃないですか。

…で どう対処するのかっていうのは
やっぱり考えてるよね。

確信犯だと思うけどな。

そのチョコレートと時計が
はっきりした証拠ですよ ここは。

(笑い声)
裁判長!

どうですか? 弁護人。

逆に何て言うんでしょうかね
やっぱ ある種 根底には…

当然ね。
本当に リスペクトしているのか

リスペクトを演技してるのかは別にして

そこは 何かやっぱり
大事なんでしょうね お互い。

だから それで得た知識で今度

「黒革の手帖」のような
女性主人公のミステリーができると。

何か とりあえず自分の時間がないと
明言 書かれてる人だから あれだけど

やってないことを とりあえず一個一個
バツしてることだったんじゃないかな。

女性向けのやつは書いてないとか。
旅は書いた 何とかって。

もう全てのジャンルを
網羅したかったんじゃないのかな。

全部やるぞと。

どうですか? 女性主人公のミステリー。

やっぱり 一気に身近になるし
共感しやすいですよね。

しかも 「黒革の手帖」は読者というよりも
何度もドラマ化されてて

代々代々 いろんな女優さんが
演じてますけど。

だから結構 一つ この女優界でも

何か憧れの役であり 作品だな
っていうぐらいの地位にいってますよね。

これ どの部分が憧れなんですか?

何か… 女性のかっこよさとか。

ミステリアスな部分が
秘められていたりとか。

何か 一筋縄じゃ
きっと演じられないような女性

結構 深い女性を描かれてるなって
印象です。

悪女みたいな方も うまいじゃないですか。

だから「黒革の手帖」は
悪女じゃないですか。

「わるいやつら」とか
ここら辺のやつの出てくる女の人とかも

悪女も うまいんでね

どこで情報を得てるのかが
僕は ものすごい興味があった。

…と同時に特に「黒革の手帖」とかだと

どこかこう
自分自身を投影してるのかなとかって

感じるところもあるんですよね。
当然あると思いますよね。

主人公でいうと 元子ですかね
銀行で働いて

長く勤めてて
女性たちも早めに退職して

かようなことに幸せな結婚をしていると。

男性たちは
順調に出世していくんだけども

自分は関係ない世界にいると。

それって何か やっぱり周りの
大卒層の人たちと違う扱いを受けてた

松本清張だよなっていう感じがしてて。

その いらだちだとか
コンプレックスみたいなものの

行方の一つを「黒革の手帖」の中でも
描いているような感じがしてて。

そうですね 感情はそっちの方に。

その作品は
そして当時の女性たちからは

やっぱり受け入れられた
っていうことなんですか?

その当時 78年の頃ですから
高度経済成長が一段落して

第2次オイルショックとかの時期では
ありますけれども

女性の社会進出ということが
多く言われるようになってきたと

思うんですけれども そういう中で

女性たちの生き方を
多分 読者たちは それなりに

それを通して
いろいろ考えさせられるところは

一つあったのかなと思いますかね。

かつ出版史の流れでいうと
新書とか文庫のような

比較的 手軽に手に取れるものが
多く広がっていきますから。

特に松本清張辺りは
文庫になってますから

書店に行ったら いつでも目に留まる
そういう存在でもありましたので。

「点と線」の時って
旅雑誌だったじゃないですか。

あのころ 高度成長期で
ディスカバー・ジャパンとか 後にね。

次 多分 婦人雑誌が
すごい主流になったんですよ。

男性誌より婦人雑誌
ものすごい脚光が浴びるっていうことに。

それを予言したのか
それに乗っかったのか分からないけど。

…作家の人だと思うんですよね。

今 一番売れてる本に載せてるっていうか。

本当に大衆と一緒になって社会を歩んで。

その時は婦人雑誌には当然
女の人の主人公でありっていうことを。

だからそこは やっぱり
純文学の人ができなかったことを

バンバン時代に乗っていけば
できるわけだから

いろんなジャンルのことが。

多分 そのころ
そろそろ純文学の方も下火になって

「俺の本を読んどる読んどる!」と
思ってたと思うんだけどな。

さあ そのようにして
さまざまな人から本当に学んでですね

作品を作り上げていった清張なんですが

晩年までですね 新しい働き方に
チャレンジし続けていきます。

こちらをご覧頂きましょう。

作家生活 およそ40年で

1, 000を超える作品を残した松本清張。

超人的な仕事量をこなしながら

倒れる日まで
ペンを握っていたといいます。

その原動力となったものは
一体 何だったのか。

清張は自ら こんなことを語っています。

それから書くといったところで
私の場合はね

まあ 小説も書き その…

担当編集者だった
田中さんも こんな指摘をしています。

一番小説の中で 自分が
言いたいことが終わると…

この物語が終わりかける頃には

もう次の物語の
スタートのことを考えてらっしゃるので。

実は飽きっぽかったという清張。

欠点とも思える その性格を
ある方法でプラスに転じていました。

そこに 清張ならではの
働き方の知恵があったのです。

福岡県北九州市にある松本清張記念館。

ここに 清張の仕事の様子を
うかがえるものが残されています。

(中川)ここは再現家屋ですね。

松本清張さんの
東京の自宅。

ここ玄関ですよね。

上が書斎で
こっち応接室と

向こうに書庫がありますけど
その部分を全部再現したと。

かつて東京にあった清張の家。

中身がそっくりそのまま移され
一部が再現されています。

書斎にあるものも全て
清張が使っていた実物です。

この机で書いていたんですね。

さて 清張は自らの飽きっぽさを
どう克服していたのか。

本人は その仕事術をこう表現しています。

「交換作業」。
一体 どういうことなんでしょう?

(松本)同じ小説を書いていてもですね

極端に言うと…

清張の言う「交換作業」とは

新鮮な気持ちを保つため
やることを次々と切り替えること。

例えば 1960年 51歳の時には

ノンフィクション「日本の黒い霧」を
書きながら

小説「黒い福音」
「球形の荒野」

「わるいやつら」「砂の器」など

合わせて10本もの作品を
並行して執筆していました。

更に こんな交換作業も…。

先生 ご自分で
お書きになったり

話されてたと思うんですが

「短い単位の昼寝が得意だ」
って おっしゃってました。

つまり15分 寝るんだと。
そうするとね

頭がクリアになって
また違うふうに働くんだ。

そういう意味では非常に…

清張は交換作業で
仕事のオン オフも

上手に切り替えていました。

更に 気持ちを切り替えるため

執筆以外のことにも 次々と挑戦。

絵を描くのも得意中の得意だった清張。

ペンを筆に持ち替えて
心を落ち着かせることもありました。

豪快なスイング! 野球で気分転換も!?

そして なんと こんなことまで…。

あ~… やっぱり色がね
組み合わせが大事で。

恋人に あげるんですかね。

清張原作のテレビドラマに
自ら俳優として出演していたのです。

いつかは迎えにゃならん。

役柄も 実にさまざま。

シリーズ12本
全て違う役で出演していました。

それにしても なぜ
俳優にまで挑戦していたのでしょうか。

あれは やっぱりね
私は小説書きですからね

テレビ あるいは芝居のことも
書かなきゃいけない。

そうすると こういうふうに
テレビに出ますとね

スタジオだとか
スタジオの雰囲気だとか

あるいは俳優さんの
画面に出ない裏側のね

いろいろな動きとかいうものが
非常に参考になるんでね

机の上に座ってたって
そういうものは見られませんから

進んで俳優役を
買うわけですね。

松本清張さんのテレビの
NHKの出演料でございますけども

たのきんより ちょっと高くて

それから 郷ひろみさんより
ちょっと安くて

…で 新沼謙治さんと大体 同じという。
(笑い声)

好きな仕事を
飽きずに続けるために

1つの作業に とらわれず
自由に挑戦すること。

そんな働き方こそが
生涯 仕事を愛し続けた

清張流の極意だったのです。

…ということですけれども
南沢さん 分かりました?

ちょっと… 俳優やられてたんですか?

いや… それの役なんですね。

いや でも 映像見たら…。
描きたくなるでしょ?

当然 描きたくなるでしょ?
顔 いいですね。

もう表情 作らなくても
そこにいるだけで何か成り立つような。

あのスタジオのこととかをね
ちょっと また書く時にね

勉強のためにって言ってたけど
うそでしょ? これ。

(笑い声)

本気だと思いません? やりすぎでしょ。

しっかりメークして。
いろんな役やって。

ヒッチコックのカメオ出演と
訳 違うじゃないですか。

そこに清張さんのすごさ ありますよね。

やっぱ 俳優からご覧になっても
いい表情される?

いや もう… やっぱり出せないですよね。
出したくても出せない空気がある。

俳優さんからしたら困るでしょ。
こういう人 出たら。

ずるいなって嫉妬します。 本当に。

さっきの「天城越え」のお遍路さんのとこ

あれ ラストシーンですからね。

ラストに原作者 出てるって
ありえないですよね。

すごい。
私 見てて衝撃を受けちゃって。

振り向いたら清張さんだったでしょ。
あれ!? と思って。

あれ びっくりしますよね。
メインですよね まあ言えば。

最後 一番大事なところで
声をかける遍路役。

でも 今いるじゃないですか こういう人。

作家やってて出る人だって
普通にいるじゃないですか。

もう 演技もできるっていう人。

だから先駆者ですよね そういう意味では。

当時 何て言うんでしょうかね。

メディアの人たちからしてみたら
やっぱり

テレビの時代になったとはいえ

やっぱ もともと
映画やってた人からしてみたら

テレビが やっぱ ちょっと
格下だったりとかっていうことが

もしかしたら 松本清張自身は
そこに あまり こう…

テレビだから
格下みたいなことは 思わずに

いろんな人への接し方であったりだとか

自身の生い立ちであったりだとか。

そういうところでも つながるのかなと
思ったりはしますかね。

本当に飽くなき好奇心。

オファーさえあったら

当時の「ドリフ」とか
出てると思うんですよね 俺。

見たいですね。
何か見たかった それ。

金だらい ボンって。
(笑い声)

じゃあ ここでの知恵なんですが…

南沢さん これ どうご覧になりました?

本人にとっては 作業効率とか
自分自身の創作を進めるための

いい方法だったのかも
しれないんですけど

ちょっと 信じられないですね。

それこそ お芝居を
ドラマ何本か一緒にやるとかは

結構できない…。
やりたくても できなくて。

何か されてます? 交換作業。

でも 私も
お芝居だけやってるよりかは

やっぱり 違う現場に行って
こういう番組とかも そうですし

落語見たり
落語やったりっていうことで

やっぱり ちょっとずつ刺激受けて

どっかしらが つながって
何か 生きているような感じがするので。

何か1つ突き詰めるのもいいけど
アンテナ張るのも…。

何か 清張さんは いっつも 仕事が

時代とシンクロしてるから
忙しくいんだよね。

歴史のやつだけやってったら
そんな忙しくないじゃないですか。

次の次の時代 全部 乗っかってるから
そりゃ当然 忙しいですよね。

時代の寵児でいたいわけですからね。

しかも それが遅咲きで 41歳から

ずっと続いてる。
それが すごいですよね。

今 見てると 清張さんに刺激 受けて

私も店主以外に いろんなこと
やってみたいなって思うんですけど

みうらさんみたいに
いろんな分野で活躍するって

どうしたら なれるんですか?

あっ 今 店主設定だったんですね。
そう 店主…。

店主ですから 店主。
あっ 店主ですよね。

断らないことですもんね 基本は。

基本は断ったら
もう何も始まらないじゃないですか。

ちょっと これ むちゃだなって。

週刊誌で 2~3本やってんのに

もう1本って言われた時に

「いや 無理!」って言ったら
もう終わりだけど。

「いいんじゃないですか」って
言っちゃえば

どんどん
こういう感じになるんじゃないですか。

もう 「やる」と言う?
言ったからには

もうやらなきゃなんないとこまで
追い込むのも

こういう人の手法なんじゃないかな。

だから より好みしてたら
こうならないと思うんですよね 絶対。

雑誌を より好みしてたり
仕事を より好みしてるようでは

こういう清張さんみたいなタイプには
なれない。

みうらさんも断らないですか?

僕 出だしが
断ってないような雑誌だったんで。

…っていうか デビューが 僕
そもそも原稿料が出ない漫画雑誌で

僕 デビューしてんですよ。
そうなんですか。

だから いまだに
何か デビューした気がないっていうか

世間的に言うと やっぱり お金を
もらったことがデビューじゃないですか。

だから 俺 清張さんも
デビューしたっていう気が

ずっとないんじゃないかなって
思ってるんですよ。

だから 断らないし 当然 そんなの

お金もらえることを
絶対 断らないだろうしね。

そういう いっつも 新人みたいな気持ちが
あるんじゃないかなと思うんですよね。

巨匠然とせずにっていうことですよね。

巨匠然としたら
来ない仕事もありますよね それ。

そうなってくると。

今日ね 仕事術ってことで
ずっと見てきましたけれども

どんなことをお感じになりましたか?

いや~ ちょっと 自分はまだまだだな。

まだまだできるぞ! っていう気に
ちょっと なりましたね。

何か… もっと自分がやりたいことと

やっぱり 求められることと違くても

何か とりあえず
全部やってみるっていう

そのチャレンジ精神みたいなのを

一生 持っていたいなっていう気に
ちょっと なりました。

逆に 何か
デビューが遅かったっていうのも

ある意味 そこをすごい

後押しすることに
つながっちゃったのかもしれませんよね。

自分のことで言うと 僕自身も

遅咲きといえば遅咲き…
まだ咲いてないんですけれども。

遅く 人より だいぶ遅れて
この道に入ったので

やっぱ 興味 関心を
複数持っておくっていうのは

やっぱり 研究の世界に入っても

何か そこは大事にしていきたいかな
っていうふうに

やっぱ 改めて思いましたかね。

そして みうらさん。

仕事術 見てきましたが
いかがでしたでしょうか?

俺 書いてることって
時代と何にも関係ないとこで

僕 逆に こういう方を見たから
避けてるんですよね 僕。

だから 今
「今の時代どうですか?」とか聞かれても

意見ないんですよ 俺 ちっとも。

でも やっぱり時代と ず~っと

時代の寵児で居続けてる人たちって

やっぱ それなりに覚悟いるだろうし

大変だろうなって思ってるから
逆に学んだことは

時代とは絶対 添い寝しないと思って
生きてます 俺は。

…で あとは
自分が いい調子になった時は

どっかの角度の 45度ぐらいの角度から

「見とるぞ 見とるぞ!」って
清張さんに脅されてる気持ちで

余生を送りたいなと思ってます。

作家デビューから40年以上。

さまざまなテーマに挑戦し続けてきた
松本清張。

晩年に取り組んでいたのが

未完の大作「神々の乱心」。

新興宗教を題材に

ノンフィクションで描ききれなかった
昭和の闇に

小説で迫ろうとした野心作でした。

清張は雑誌の連載を2つ。

更に数本の長編の構想を練ったまま
病に倒れ

1992年8月4日

82歳で
この世を去りました。

清張には 未完に終わった作品が
もう一つあります。

江戸時代に 医者 発明家
蘭学者などとして活躍した

平賀源内を描いた作品です。

さまざまな才能を発揮して

時の権力者に反発し続けた
源内の姿に

自らの人生を重ねて
描こうとしていたのかもしれません。

清張は晩年
こんな言葉を口にしていました。

時代とともに歩み

常に新たな挑戦を続けてきた松本清張。

その作品は今も色あせることなく
多くの人々に読み継がれています。

♬~

最近 夜空を見上げたのは いつだろう?