歴史探偵「千利休」[解][字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

歴史探偵「千利休」[解][字]

茶人・千利休を徹底調査!戦国最大のミステリーとされる切腹の謎に挑む。浮かび上がった黒幕とは?さらに、茶わんの科学調査から利休が行った茶の湯の一大革命に迫る。

番組内容
今回は、千利休を徹底調査!茶人にして、天下人・豊臣秀吉の側近としても活躍した利休。しかし、突然切腹を命じられ非業の死を遂げる。なぜ切腹に追い込まれたのか?同時代史料の洗い出しから浮かび上がった黒幕とは?さらに今回、利休が行った茶の湯の大改革を調査。手がかりは「茶わん」と「茶室」。科学実験や現地調査から見えてきたのは「人と人が心を通わせるため」の数々の工夫。利休が目指した茶の湯・その真の姿に迫る。
出演者
【司会】佐藤二朗,渡邊佐和子,【出演】多摩大学客員教授…河合敦,【リポーター】森田洋平

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行

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  16. 茶道具
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  19. 自分
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解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)

   ごあんない

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NHK
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エンスカイ(ENSKY)

♬~

時は戦国。

一服のお茶で
時代を動かした男がいます。

茶人…

天下人・豊臣秀吉の
側近として活躍。

政治にも
大きな影響力を持ちました。

しかし その秀吉から
命じられたのは…

戦国最大の
ミステリーとも言われる

利休 切腹の謎。

徹底調査で その真相を探ると…。

浮かび上がった
ある黒幕の存在とは?

更に 科学の力で

利休が行った

茶の湯の一大革命に迫ります。

こんなことされるとね
思ってないでしょうね。

茶わんに秘められた仕掛けとは?

これ もう 一目瞭然ですね。
一目瞭然ですね~。

♬~

「歴史探偵」 調査開始です!

♬~

うん! やっぱり あの

こういう お茶わんで
お茶を頂くのは 最高ですね。

ねえ いい香りしますよねえ。
ねえ ほんとですね。

う~ん 結構なお点前で。

ありがとうございます。
じゃ ちょっと飲んだところを

少し こう 指をそろえて 拭いて頂いて。

こういう形で よろしいですか?
はい そうです。 引いて。

副所長 さすが
お茶をやってるだけあって

お詳しいですね。
いえいえ いえいえ。

ということで…

きましたね。
どんなイメージ ありますか?

やっぱり その 今に通ずる 今の…

あと やっぱり その わびさび。

さあ 千利休の調査を担当したのは
森田探偵です。

はい よろしくお願いします。
出ました!

あなた お茶とか大丈夫ですか?
わたくし…

ハッハッ! ドヤ顔で言うな そんなこと。
今から調査するのに。

まあ そんな わたくしなんですけども
ちゃんと調査はしてまいりました。

さあ まずは 千利休について
こちらで確認しておきましょう。

生まれたのは 1522年。

もともとは
商人だったんですよね。

で その後…

政治にまで関与してきた。

ここの印象が強い方も
多いと思います。
はい。

にもかかわらず…

よほど その
秀吉に怒りを買ったんですかね。

…だと思われますよね。

さまざまな理由 説が
唱えられているんですけれども…。

ああ いくつかあるんだ。
主なものだけでも…。

おい 待ってくれ。
こんなにあるんです。

主なものっていったら 普通
まあ 2つぐらいにしてくれよ。

こんなにあるんだ? これ 一部なんです。
はあ~。

何か気になるものってありますか?

これなんかは 当時 その…

いわゆる 秀吉の
ブレーン的存在だったとしたらば

ちょっと あるかなとかって

思っちゃいますけどもね。

あら
「秀吉毒殺未遂説」なんていうのもある。

これ 実は…

疑いをかけられて

怒りを買ったのではないか
という説まであるんです。

まあ こう さまざまな説が
唱えられている

切腹の謎に迫るために

まずは
千利休の人物像に迫ってきました。

え~ 眼下に広がるのは相模湾です。

神奈川県小田原市に
やって来ました。

だとしたら…

なぜ 小田原なんだ。

バス停 何て書いてあるんだろう?

あっ 「天正庵跡」?

あ 天正庵?

すぐそばに…

そこには…。

「秀吉が千利休に命じて

茶室を設けたところである」!

おっと!

地元の歴史を研究する
田代道彌さん。

利休の手紙に
その答えがあるといいます。

(田代)古田織部に宛てた
利休の直筆の手紙なんですよ。

利休の手紙?
(田代)はい。

ここに 「小田原」って文字がありますね。
はい。

秀吉が 天下統一の総仕上げとして

北条氏と戦った 「小田原攻め」。

利休は その戦場にまで出向いて

茶をたてていたのです。

利休の茶を受け継ぐ 表千家には

利休が身につけたという甲冑も

伝わっています。

天下の行方を左右する
重要な場に呼ばれるほど

秀吉から
寵愛を受けていた利休。

なぜ 一介の茶人が

それほど重用されたのか。

それは
あの有名な戦国武将が

茶の湯の価値を
押し上げたからです。

信長は
高価な茶道具を200点近く集め

功績をあげた家臣に
褒美として与えます。

家臣たちも 競うように求めました。

こんなエピソードが残されています。

信長の家臣
滝川一益は

褒美として
広大な土地を
与えられました。

ところが…。

あらら 土地よりも
茶器が欲しかったと…。

そして 茶道具を披露する「茶会」も
重要な場になります。

有力な武将が招かれ

政治的な話し合いが行われたと
考えられるからです。

ひところ よく言われた…

…というような

まあ 「料亭政治」なんていうふうに
新聞に書かれたりしたことも…。

ここで活躍したのが
利休です。

茶人にして 秀吉の側近
という立場から

茶会で 武将たちとの交渉を担いました。

秀吉の弟 秀長の

こんな言葉が
残されています。

利休は 茶人でありながら

豊臣政権を支える
存在だったのです。

はあ ものすごい信頼だね
これ。

(雷鳴)

しかし 1591年。

利休は
秀吉に切腹を命じられ

その生涯を閉じます。

蜜月関係だった2人に
一体 何があったのでしょうか?

その謎に迫るため 訪ねたのは…

わあ… きれいな和室がありますね。

ちょっと見て下さい。

飛び石がありますよ。

えっ! 枯れ山水のお庭が ビルの中に!

あっ お待ち頂きまして
どうも すみません。

ようこそ おいで下さいました。

茶人にして 茶の湯の歴史にも詳しい…

さまざまな説が唱えられる 切腹の理由。

どうすれば 信ぴょう性の高い説に
たどりつけるのでしょうか?

考えるのも大切だと思ってます。

後世に書かれた史料には

人々の推測や創作が
混じっている可能性があります。

そこで 利休について書かれた史料を

「同時代史料」と 「後世の史料」に分類。

同時代史料に 何が書かれているか
あぶり出すことにしました。

さあ まず1つ目は 「北野社家日記」。

(田中)こちらは 同時代のもの。
同時代のもの。

じゃあ こちらに
並べていきますね はい。

さあ 続いて… 「千利休由緒書」ですか?

(田中)これも あの…
後のものなんですね。

分類すると

利休が生きていた頃の
「同時代史料」は 半分の10に。

この中から…

すると…。

6つに
絞られました。

(田中)ここで…

うん 絞られたじゃん。

2つの理由とは
どのようなものなのか。

奈良の僧侶が書いた
「多聞院日記」を見てみると…。

「利休は…」。

…と書かれていました。

もう一つはですね 「晴豊記」の方の

「大徳寺の三門に
利休は木像をつくらせ」ですね。

京都・大徳寺の三門に
自分の木像を置き

秀吉に
その下を通らせたため

怒りを買ったというもの。

じゃあ
その 戦国時代のミステリーである…

いや でも…

え? いや 今…

ハッハッハッ おい!

この2つの出来事には

罪と言うには不自然な点があると

田中さんは言います。

利休は 商人でもあるため…

うん まあな そらそうだ。

大徳寺の像は 利休が置いたのではなく

寺が置いたもの。

しかも それは 切腹を命じられる
1年以上前のことでした。

ということは…。

いずれも…

では この…

田中さんは
ある戦国武将に 目をつけています。

石田三成!

有名中の有名な
武将が出ましたね。

石田三成は 豊臣政権を
切り盛りする実力者です。

茶席を利用して 陰で動き回る…

一応ね…

田中さんが注目するのは

博多の豪商・神屋宗湛の日記。

利休と同時代の史料です。

宗湛は 秀吉を資金面で支えた
重要人物。

その時 世話をしたのが
三成でした。

日記から 宗湛の足跡をたどると

意外な事実が
見えてきました。

12月に入って 4日5日6日
ずっと茶会があって

7日… 8日 もう 昼 夜ですね
ここダブルヘッダー。

ずっと茶会してる!

宗湛を招いた茶会に

なかなか 利休が呼ばれなかったことが
分かります。

ここに 世話役だった
三成の意図が働いていたと

田中さんは見ています。
会わせないってことか。

そんなふうに疑ってるんですね。

(田中)はい。

影響力を持つ利休を
政治の場から排除したい。

そう考えていた三成が
言いがかりをつけ

利休を切腹に追い込んだと
田中さんは推測します。

(田中)…と思ってたんだと思います。

しかし 最終的に
切腹の決定を下したのは 秀吉です。

なぜ秀吉は…

田中さんは 利休が担ってきた
茶席での政治が

過去のものになったからだと考えます。

(田中)多分…

見つけたので 「YES」と
言えたんじゃないかと思うんです。

茶席に代わるもの?
そうですね。

ズバリ言ってしまうと
それは 「関白就任」だと思うんです。

1585年。

これにより 秀吉は

朝廷が決めた序列
「官位」を

武将たちに与える
権限を得ます。

それまで 茶道具を与えることで
行ってきた 家臣のコントロールを

「官位」という 新たな褒美で
行えるようになったのです。

しかも 官位には

茶道具にはない
メリットが…。

秀吉に近い位置から
官位の高い順に並ばせるという

単純な方法で

武将たちの順位付けを
視覚化できるようになりました。

利休 切腹。

その背景には

茶の湯の持つ
政治的な力の衰えがあったと

考えられるのです。

もう 実際 秀吉が
もう 関白に就任して

官位っていう 非常に分かりやすく。
はい 与えられるようになって。

権威ね
もう 与えられるようになったから

もう 茶の湯の価値っていうのが

まあ はっきり言えば 下がってしまった
ということなんですね。

そして 切腹に至るように
言いがかりをつけたのが

石田三成だったのではないか
という話もありましたけれども

ただ 三成も 個人的に
利休のことが嫌いだったとか

目障りだった あるいは

男の嫉妬を抱いた
というだけでも
なさそうなんですよね。

まあ 勢力争いという
そういう意味もね あったんですが

それだけじゃなくて 当時…

あの 小田原平定で北条氏を倒して

完全に…

(河合)今までは
その 密室の茶室の中でですね

工作したりっていう

そういう茶室政治が
必要だったんですが

もう 公の政権なので
そんなことは する必要なくてですね

むしろ ちゃんと…

…と思うんですね。

しかしですよ 皆さん
それにしてもですね

何も その…

そこですね。

これは
もう あくまで想像なんですけど…

ですから もう ほんとに

そういう人間が 隠居させたとはいえ
生きていたらですね…

そうですね そうですね。
そういった意味では まあ 残念ながら

やっぱり…

なるほどねえ。

じゃ 利休自身は…

そうだね。 それ知りたい。
その心の内を
うかがい知ることができる

実は和歌が。 和歌があるんですか。
あるんですよ。

ちょっと
読み上げますね。

…というね この和歌。
これ どういう意味ですか?

ちょっと現代語訳 見てみましょう。
こちらです。

おっと これは

割とストレートな物言いですね。
そうですよね。

これ だって
そう読めますよねえ。

あまりに 政治に食い込むようになって

自分が探求したい道と
それてしまって…

そうですね。 やっぱり
この辺りから

ちょっと 考え方が
だいぶ違ってくるのかなと思いますね

秀吉との間のね。
そうですね。

では 所長 その
利休が目指した茶の湯というものは

どういうものなのか なんですが…。
そうだね。

実は 利休ですね…

わたくしが調査してまいりました。
あら 副所長自ら はい。

やって来たのは 関東学院大学。
ミッション系の大学です。

あっ どうも。
こんにちは。

はじめまして
「歴史探偵」の渡邊と申します。

スムットニー祐美と申します。

茶の湯とキリスト教の
関係について研究する…

スムットニーさんが見せてくれたのは

イタリア ローマの イエズス会文書館に
保管されていた史料です。

これ たくさん この…

(スムットニー)はい。 何語だと思いますか?

ええ~…。
(スムットニー)実は…

あっ ポルトガル語。

これなど どうですか?

え? 読めますかね
ポルトガル語 初めてですけど…。

よく見ると ポルトガル語に交じって…

最初が…

(スムットニー)はい そのとおりです。

更に 「茶わん」「茶せん」
「茶しゃく」と

お茶に関する道具が
ずらり!

この史料 一体 何?

これは…

えっ 布教マニュアルって…

戦国時代 イエズス会の宣教師は

有力な大名に取り入るため
布教に 茶の湯を利用していました。

この布教マニュアルを
丹念に読み解くと

利休が起こした茶の湯の変革が

見えてくるといいます。

注目するのは 書かれた時期が異なる…

一つは 信長が天下統一を目指した
1580年前後に視察して作られたもの。

もう一つは その10年後

利休が活躍した時期の視察で
書かれたものです。

まずは 信長時代の布教マニュアルを
見てみましょう。

え~… 「読めますね」!?

プレッシャーを与えますね。

チャ… チャナユ…

「茶の湯」か!
(スムットニー)そうです 「茶の湯」です。

書かれているのは

ごく形式的な

必要最低限の
指示だけです。

ところが 利休の時代になると

内容が大きく変わります。

…と このように書いてあるんです。

あれ 何か…

指示が
より具体的な内容に
変わっています。

この変化が
起きたのは

利休の影響を
受けたためだと

スムットニーさんは
考えています。

その根拠が こちら。

その内容を

先ほどの布教マニュアルと

比べてみると…。

「朝一番に起きなさい」。

「起きたら 炉に火を入れ

炭を継ぎなさい」。

「水をくみ

釜を清めなさい」。

多くの共通点が見られます。

マニュアルを
更に詳しく見てみると…。

先生…

ハハハハハ 大丈夫か副所長!
(スムットニー)もう少し 頑張ってみましょう。

そこで「x」ですね。
「xi」。

シ… アール…

「しる」です。
「しる」! アハハハ。

難しい。

茶席で
振る舞う料理も

「南方録」に書かれた
内容と同じ。

利休は 宣教師の布教マニュアルを

大きく変えるほど

茶の湯に変革をもたらしたことが
うかがえるのです。

その変化が 如実に表れているのが…

利休が活躍する以前は…

しかし 利休は

その考えを根底から覆す
茶道具を考案します。

例えば この花入。

もとは 別の用途に使われていた
ある道具を用いたもの。

漁師が腰につける
魚籠です。

一方 こちらは?

巡礼者が
水筒に使っていた

瓢箪。

それを
半分に切って

花入にしたと
伝わります。

高価な中国のあれとは
全然違うじゃない。

質素でも 工夫を凝らした茶席で
客をもてなしたい。

これが 「わび茶」と呼ばれる
利休のお茶です。

肝心なのは道具ではなく…

そんな利休の思いを伝える
逸話があります。

床に花入がある。

しかし そこに花はなく
水しか入っていない。

客が不思議に思って聞くと
利休は こう答えました。

茶の湯の在り方を
大きく変えようとした 利休。

そのねらいは 何だったのでしょうか?

(筒井)…というふうに あの
利休は 考えたんだと思いますね。

人と人が対話できる
コミュニケーションがとれるという…

政治の道具とされてきた 茶の湯。

利休は それを…

…に変えようとしたのです。

人の心を通わせるものに
変えたっていうのは

もう… 何か かっこいい革命
っていう感じしますね 何かねえ。

だって もう明らかに いわゆる…

明らかに 鉄をくらわすような
つもりがなきゃ やらないことだし

これは でも
大きな革命だったんでしょうねえ。

そうですねえ。

先生 その まあ そういう
政治的に利用されてたものから

立ち返ろうっていうような思いが
あったような気はするんですけど

もっと 何かこう
具体的に 何か きっかけっていうか

あったんでしょうか?
あくまでも 僕の想像なんですけど

利休 一応 堺の商人で
お金持ちではあるんですけど…

お金持ちというわけではない。

で まあ そういうこともあってですね

やっぱり その…

で まあ一説には

その 何年も 同じ茶わん
使ってたなんていうことも

書かれてるので それを…

なるほどね。 でもこれ
何でもかんでも この手に入ると

別に それで満たされるから
創意工夫する必要はないけれども

お金だったり
そういったものがないから

何とか工夫で 何とかしようっていう。

だから そういう制約があるから

何か こう 創意工夫して
新しいものが生まれる可能性が

生じるっていうこともね
あるかもしれないですよね。

まさに 茶道具に大変革をもたらした
この千利休なんですけれども

その最たるものが こちら。

おっ。
「樂茶碗」と言われる茶碗なんですね。

これは 利休が
長次郎という陶工に命じて

自分の理想を伝えて 焼かせた 作らせた

茶碗なんですけれども

そのこと自体が
すごいことだったんですよね。

そうですね。 利休の前までは やっぱり
何が一番 尊ばれてるかっていうと

中国の茶器なんですね。

「唐物」という。
高価な どっちかというと。

それを まあ 利休は
自分でね あの 注文して

そして 新たに
作らせたっていう

利休オリジナルの
和物という 日本物

これを作ったことは やっぱり
大きな 茶の歴史の変化だと思うんですね。

で この樂茶碗の特徴の一つが
作り方なんですけれども

それまでの
多くの茶碗というのは

効率的に ろくろを使って
作られていたんですが

この樂茶碗は
あえて ろくろを使わずに

手で形づくる
「手捏ね」と呼ばれる手法で

作られているということなんです。
「手捏ね」 ほうほうほう。

それは…

はあ~ 確かにね
もう この写真を拝見して

やっぱり あったかみといいますか
肌触りを感じるといいますかね

そういう感じを受けますね。 うんうん。

で この樂茶碗というのは

初代から現代に至るまで
16代にわたって

樂家で 一子相伝で受け継がれている
大変貴重な茶碗なんですよ。

で この樂茶碗を
科学の目で見てみると

利休が追い求めた…

…ということが
見えてきたんです。

科学。

利休が理想とする 茶の湯が
形になったと言われる 樂茶碗。

それまでの茶碗と
一体 何が違うのか。

武者小路千家 第十五代家元後嗣の

千 宗屋さんに伺いました。

宗屋さんによると
茶をたてた樂茶碗を手に持つと

体と一体となるような心地よさを
感じるといいます。

この感覚は なぜ生まれるのか。

宗屋さん立ち会いのもと

その秘密を 科学的に調査します。

あ~ どうもすいません。

この度 お世話になります
「歴史探偵」の森田と申します。

どうも いらっしゃいませ。
よろしくお願いいたします。

協力してくれるのは さまざまな物質の
成分や構造を分析する

専門スタッフの皆さんです。

お茶をたてた茶碗を手に持つと
どのような感覚になるのか。

赤外線サーモグラフィーで

お湯を入れた時の

表面温度の変化を調べます。

調査のため
番組で用意した茶碗が こちら!

出てきました~。
(千)はい。

これが 本物の…。

(千)そうですね 「黒樂茶碗」。

利休の時代と ほぼ同時期に作られたと
見られる 樂茶碗です。

本物です。
本物なの!?

ちょっと やぼなことを
お伺いしますけども…

プライスレス!
値段のつけようがない?

ですよね 私もね そうは思ったんです。

ちょっと聞いとけっていうことで…。
すみません。
ああ なるほど なるほど。

おい ちょっと待て ちょっと待て!

温度変化の比較に使うのは…

…という 2つの茶碗。

共に中国で作られ

利休の時代
茶席で実際に使われていたものです。

並んでますね。

そうですね。

お湯の温度は 80度 量は 70cc。

お茶をたてる時と同じです。

宗屋さん指示のもと
温度を測るポイントを

手が 茶碗に触れる位置に合わせます。

磁器である 珠光青磁は

熱伝導率が高いため

陶器の
樂茶碗 天目茶碗より

早く熱くなると
予想されます。

こんなことされるとね
思ってないでしょうね。

そろいました? よし!

80度 70cc 3杯 ビーカーに入りました。
準備は よろしいでしょうか?

いよいよ 実験スタート。

お湯を入れて下さい。 どうぞ!

さあ お湯が入りました。

a b c あっ もう既に
b 変わってきましたよ。

あれは 珠光青磁?
珠光青磁が…。

(千)珠光青磁
やっぱり強いですねえ。 強いですね。

一番 早く
すぐ赤くなりました。

(千)天目も やっぱり早いわ。

あっ 天目の方も
色 変わってきましたね。

緑色 そして黄色?
…に比べて 樂茶碗は…。

全然 色が…。
(千)変わらない。

珠光青磁と
天目茶碗は
50度以上に上昇。

手で持つと
熱く感じる
温度です。

一方 樂茶碗は?

黄色く出てる cで

大体
40度ぐらいかなあと思います。

ぬるめのお風呂って感じですね。
そうですね。

一連の温度変化を

10倍速で見てみると…。

天目茶碗と珠光青磁が

一気に 50度を超えたのに対して

右側の樂茶碗は

40度強までしか上がりません。

そして 2分 3分たっても

この温度をキープし続けています。

安定してます。

うん 安定の樂。
名付けちゃいました。

他の2つに比べ
特に樂茶碗は

「熱しにくく冷めにくい」性質を
持つことが分かりました。

このことは
どんな効果を生み出すのでしょうか?

例えば こう 手に持って
こう 掌に包んでる時に やっぱり…

茶碗の存在を意識させないことが
人と人の心を通わせることに つながる。

そんな ねらいが
あったのかもしれません。

更に 利休は 茶碗だけではなく

茶室にも
こうした仕掛けを施していたのです。

京都にある…

利休が手がけたと伝わる
現存する 唯一の茶室です。

今回は 待庵を
原寸大に復元した茶室で…

それをですね 私だけじゃなくて…

こんなものを
つけさせて頂いたんですけど…

だ… 大丈夫ですかね。
もちろん 大丈夫です。

そのための 今日は実験ですので。
よろしいですか?

(千)はい。

茶室の入口に 早速 仕掛けが!

この目の前にあるのが 入口。

(千)はい 「躙口」といいます。
入口なのに とても低い…。

(千)特に 昔…

くぐることが できないんですね。
この幅では 無理でしょうね。

無理なんですね。

あえて それをさせた意図というのは…

いよいよ 中へ。

ちょっと… お邪魔してもいいですか?
(千)どうぞどうぞ。

うわ 緊張する。

(千)そうですね。
ほんとですね。

驚きは その狭さ! 僅か2畳。

おお~!

当時の茶室は 4畳半が基本。

それを 利休は半分以下にしました。

(千)閉める時は
トンと音を立てて閉めます。

(閉める音)
そして 暗いな!

所長 そうなんです!

この暗さが
重要なポイントだといいます。

薄暗い ほの暗いという感じがあって

陰の中にいるような気すら
するようですね。

(千)なるほど 陰の中にいるような
気がする なるほどね。

何ていうかな…

そうすると やっぱりもう
なるべく その…

ああ そういう感覚 あるかもね。

狭く暗い空間は

人と人との境目を
忘れさせるための演出。

物理的に近いしねえ。

この茶室で 利休は
一体 何を目指したのでしょうか?

つまり それは…

それは 多分
人間が 本質的に持ってる…

これ でも 知れば知るほどですね

もう そういう その身分とか
そういうの関係ない 一体感。

もう その…

本当に 何かこう 鉄くらわすぐらいの
つもりがあったと

僕は 個人的には やっぱり
見てると 思えてならないですね。

利休の茶室というのは
自分と他人の境がなくなって

もう 心と心が
じかに交わるような空間

これ 言いかえると
人と人とが 徹底して平等になる空間

というふうに
言えるということなんです。

実は 千 宗屋さんは
それが…

…とも考えているということなんです。
ああ そうか。

人は みんな平等というさ… ふうに
なられちゃ困る人もいるという。 そう。

特に 秀吉のような権力者は

「豊臣政権」というピラミッドの頂上に
いたかったわけですよね。

当時の 政治のしかたとしては

余計 そのピラミッドというか
平等ということは

ちょっと
都合が悪かったかもしれないですね。

さあ 所長 今回の千利休の調査
いかがでしたか?

いや ほんとね あの 利休のイメージ
何か変わりましたですよ。

とにかく 割と雅な感じを
勝手に思っていたんだけれど

やっぱり 自身が目指す茶の湯のために…

泥臭さも感じましたです。

そのおかげで でも 今に続く茶の湯が
生まれたかもしれないですもんね。

そうですね。

やっぱり 一つの道を究めるって
もう 大変…

やっぱ すごいことなんだなと思って
改めてね 思いますね。