ボクらの時代[字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

ボクらの時代[字]

福山雅治×柴咲コウ×北村一輝

詳細情報
番組内容
毎回さまざまなジャンルで活躍するゲストが集まり、司会を介さず多彩な話題や事象を掘り下げるトーク番組。今回は、映画「ガリレオ」シリーズ最新作「沈黙のパレード」で共演している俳優3人が顔を揃え、それぞれのデビューから今の生活、そして“エンタメ論”まで幅広く語り合う。
出演者
福山雅治 
柴咲コウ 
北村一輝
スタッフ
【プロデューサー】
西村朗 
松本彩夏(イースト・ファクトリー) 
【演出】
高野裕樹(イースト・ファクトリー) 
【制作著作】
フジテレビ

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
バラエティ – トークバラエティ
趣味/教育 – その他

テキストマイニング結果

ワードクラウド

キーワード出現数ベスト20

  1. 自分
  2. 映画
  3. 北村
  4. ホント
  5. 最初
  6. 必要
  7. 福山
  8. デビュー
  9. 結構
  10. 全然
  11. ライブ
  12. 頑張
  13. 今日
  14. 仕事
  15. 柴咲
  16. 全部
  17. 会社
  18. 感謝
  19. 事務所
  20. 駄目

解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)

   ごあんない

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[今日の『ボクらの時代』は
こちらの3人]

(柴咲)よろしくお願いします。
(北村)よろしくお願いします。

(福山)よろしくお願いします。

こういうトーク番組で
福山さんがいると 超安心。

あっ そうですか。
すごい安心。

ファシリテートできる人って感じだから。
MC福山って有名ですから。

さあ 今日はですね。
(北村・柴咲)アハハハ!

この3人のトライアングルで
映画を作ったのは14年ぶりって。

そんなに たってた…。
14年も たちましたか。

「ハハハハ…」
「湯川先生?」

[3人は 今週 金曜より公開の
映画 『沈黙のパレード』で共演]

[福山さん演じる物理学者
湯川 学が不可解な未解決事件を

科学的検証と推理で
解決してゆく人気シリーズです]

[映画としては 『容疑者Xの献身』
以来の共演の3人]

[時を経て感じた変化や
それぞれの生き方を

語り合います]

僕 映画の主演っていうの
やらせてもらうの あれが初めて。

えっ? そうなんですか?
そうなんです。

39歳のときか。
それが初めてなんです。

39歳だったんですか? あのとき。
そうです そうです。

今の私より年下だったんですね?
そうです。

っていうか そもそも映画に
出演させていただいてなかった。

えっ!? そうなの?
へぇ~。

デビュー…
オーディションは

うちの所属事務所のアミューズが
10周年で

映画の俳優と監督と脚本と
全部募集します

10ムービーズ・オーディションっていうのが
僕の始まりだったんですよ。

で 何か全然分かってない状態で
飛び込んでいって。

それが18かな?
18か19ぐらいのころ。

その間 ドラマは結構やってますよね。
キャリアの割には本数は少ないです。

それは北村さんの方が
圧倒的に多い。

柴咲さんの最初のデビューって
あのCM?

3分情報番組みたいなのの

「今日 何時からは こちら」
みたいなやつがホントの最初です。

でも そのぐらいのときに 私
北村さんと共演してるんですよね。

結構…。
18ぐらいかな? コウちゃんが。

俺が どれくらいかな?
30ぐらいかな?

気ぃ強そうだなと思った。
ホント?

現場で物おじしない。 一切。

18歳で
そんな経験ないって言いながら

全然 物おじする感じでもなく
周りをうかがってるわけでもなく

自分でいるなっていうのは。
そうだったかも。

何も知らないのに
だから何ですか?ぐらいな感じ。

♬~

デビューのきっかけっていうのは
さっき言ったあれでしょ?

私は14歳のときにスカウト…
される時期ってあるんですよね。

まだ 未完成の未熟な。

でも もしかしたら
磨けば光るかもしれない時期に。

歩いてて 急に声掛けられるの?
歩いてて 突然やって来る。

「すいません」って?
はい。 そこら辺から

今まで自分が生きてた世界とは
まったく違う次元の世の中

世界があるのかもしれないって
ちょっと気付くわけですよね。

興味はあった?
全然なかった。

何になりたかったんすか?
当時14歳ぐらいのころって。

パーソナルスペースが
ちゃんと保てる職業に就きたかった。

あんまり人との距離が近いのが
苦手で

集団行動も苦手
学校も苦手なタイプだったので。

だから 個室イコール
例えばタクシーの運転手さんとか

トラックの運転手さんとか
自分一人を保てて働けるってのが

いいなって思ってた。
やってみようと思った

最初のきっかけは?
経済的な理由ですね。

だから 早く大人になって
自立したかったから

それが早く訪れるかもしれない
できるかもしれないって

チャンスが来たっていう感じ。
14歳のときは まだ やっぱり

親の反対にも遭い
16歳になってから

事務所に入りました。
やっぱ反対でしたか? 親御さんは。

猛反対ですよ。
「売り飛ばされるぞ!」

一人娘なので 父親からしたら
そんなところに入れられないって。

芸能界って怪しいとこだろ?って。
そうそう まさに。

お芝居をやりたいっていうふうな
気持ちはあった?

したことがないから
分からないですよね。

憧れてもなかったわけなので。
ただ でも どんどん魅了されてる。

面白いなって
のめり込んでいった感じ。

それは
いい出合いだったんでしょうね。

好き嫌いが
すごくはっきりしてるので

嫌いなものを続けることは
たぶん できない。

何か 自分が こうやりたいって
思った芝居ができないな

悔しいなとかって
いうことじゃなく?

あります
それもあります 悔しさも。

「下手くそ!」とか言われて。
「下手くそ 帰れ!」とか言われて

そういう時代だったので まだ。
1990年代。

北村さんのデビューのきっかけは
何だったんですか?

僕は事務所に入るまでに
10年以上 やっぱ かかって。

最初 18で出てきて
右も左も分からず。

来てから さあ どうやれば
俳優になれるかっていうか。

事務所に電話しても
誰も会ってもいただけない。

『オーディション』っていう
雑誌があったりして。

あった あった。 僕も読んでた。
それを読んで。 でも どこも駄目。

全部出した。 結構な いろんな数
出したけど どこも駄目で。

エキストラみたいなことを
やり始めて。

そのうちに 今でいう
すごい巨匠ですかね。

三池 崇史監督やら
望月 六郎監督

小林 政広さんとかと
自主映画や Vシネマのころに

一緒にやり始めて。

で その監督たちが
注目されるようになってきて

だんだん… もうそのころには
1年に何十本って

小さい映画 何やってるか
分かんないぐらい本数やってて。

初めて事務所に
入れるようになったのが

20後半ですよね。 27~28。
バイトもしながらみたいな。

不安でした? それとも
いや 何とかなるやって思ってた?

不安は… 変な話ですけど
たぶん なかったです。

基本的に 成功するまで
何でもするっていう。

何をやってでも成功してやる。

簡単に言えば 人の3倍
努力すればできるはずだし

3倍で足りなかったら
5倍やればいいっていう感じで。

だから 変な話
恥ずかしい話なんですけど

服も買わなかったんですよ
出てきたとき。

全部 レッスン。
いろんなものに お金かけて。

笑われたりしても
いつか俺にはスタイリストがつくから

っていうぐらいなことを
大口たたいて。

下積みっていう感じは
一切なく

徐々に
役が上がっていくわけですから。

自分の中では…。
むしろ 手応えとして考えた?

はい。
不安というよりは むしろ

少しずつ
積み上がっていってんぞっていう

実感があった?
そうですね。

何か24か25ぐらいのときに…
これ あんまり話したこともない

何か自分の中の
転機っていうものがあって。

よく 家で一人で寝る前とかに
もんもんして ずっと考えるわけ。

毎日。
もっと こうなりたいとか

いろんな妄想とかも
あったりしてる中で

あんまり うまくいかない時期に

例えば同い年ぐらいで どんどん
売れてる人たちとかを見て

悔しく思ったりする自分がいて。
そのときに

最初の方って認めれなかった。
何で こんなやつ売れてんだよって。

俺の方ができんのにみたいなのが
あったんですけども

何か認めるようになったんですよ。

自分が どこを
足りないんだろうって いつも。

で 何が足りなくて…。

図を作って。
こうなりたいためには何が必要で。

それを ずっと 図をかいてると
自分に足りないものっていう

項目を書いてるときに
すぐ 人と比べてる自分があって。

逆に あんまり
人を認めれなかったからこそ

何も入ってきてないし
これは違うぞと思って。

そのときにプライベートでも 大きく
色々状況が変わったというか

結婚することにもなったりして。

自分と向き合わなきゃ
いけないっていうか

人と比べるとかじゃなくて

すごい人は
みんな いいじゃない!って。

俺も そこへ行くし
っていうぐらいに

すごい いいマインドに変えた。
何か… 特別な日ではないけど。

論理的じゃないですか すごく。
そうそう… だから楽観的で

絶対 マイナスな方に考えない。
できなかったら どうしようとか

考えないみたいなところも
ありつつ

対策を きちっと考えて
抽出して 課題解決する

マップみたいなの
作ってるってのが すごい。

すごく勉強ができる大学生の
ノートの取り方みたいな。

いやいや 全然…。
分析して 足りないところをね。

何かバランスがいいですよね。
歯を全部抜いたって話はホント?

そこですか?
(北村・福山)ハハハハ!

歯を抜いた…? 全部?

前歯を9本ぐらい抜いて
4~5本 削って。

何で?
役ででしょ?

役で。 今考えたら ホントその顔。
俺もそう。

知らなかった?
知らなかった!

ほらほら だから知らない…
あんま言わないようにしてるの?

だから 正直
何度か聞かれたりすると

1回しゃべると飽きるんですよ 僕。
すぐ飽きちゃって

それ 他で話しちゃったとか。
はいはい ああ…。

あれだ トーク界でいうところの
フリースタイルの人だ。

ヒップホップでいうとね。
2パターンいるからね。

僕みたいに
何回も話していくうちに

落語のように
仕上がっていくのを楽しむ。

大泉さんとかも そうなんだけど。
まず楽屋で話し始めて

ネタ下ろしして
そっから本番で話すみたいな。

なるほど。 そういうのないですね。
ちょっと話戻してもいいですか?

はい。
それは そうじゃなきゃ駄目だった?

まず いくつか
もちろん理由があって。

徐々に 徐々に 自分で
役をつかんでいくしかなく

爪痕というか。 常に100%以上の
ものを出そうとしてて。

そのとき 頂いた映画が

主演が萩原 健一さんと
渡部 篤郎さんだったんですね。

で 僕は渡部 篤郎さんの
弟分みたいな 何か そういう役で。

年も近いし 身長も少し高いだけで
似てたりするので

どうすれば弟分に見えるだろうと。

で 色々考えて
食べ方に品のなさというか

いろんなものが
出るんじゃないかと思って

家で食べ方とか 音を出したりとか
お箸の持ち方であったりとか

色々やったんですけど 何か
もう少しないかなと思ったときに

やっぱり 歯が揃ってたら
変だよなとか思って。

何か 思い付いたんですよ。
で 抜こう。

それ 歯医者で?
そうです。

「すいません
歯 抜きたいんですけど」って?

そうです。
抜いてくれるんすか?

まず駄目で。
後々 全部 直したいんですと。

だから いいんですって言って
先生に頼み込んで。

最初は恐る恐る。 1回目
1日目は4本ぐらいかな 抜いて。

一気に4本ね。
で やめて。

で そのうち やってるうちに
だんだん 先生もノってきて。

「ちょっと削る歯もあった方が色々…」
結果的に4本削って

9本抜いてみたいな感じで。
すごい覚悟…。

でも 結構 今でも たぶん
そういうのは平気な方かも。

っていうか 作品で見てる人が
面白いとか 笑ってくれるなら

どうなってもいいかなみたいな。

この話は
何回もした方がいいですよ。

落語みたいに言えるように。
途中

ドクターが
ノってきたみたいな話も含めて。

面白いし やっぱ
そういう話聞くと北村さんの

俳優としての矜持から
人生の生き方も含め

ものの捉え方も含め
全部 入ってるんで。

その… 言葉ちょっとあれですけど
役者バカみたいな

そういうのが
あんま好きじゃなかったんですよ。

ちゃんとした いろんな世界
いろんな違う分野のことも

知った上で ちゃんとやらなきゃ
っていう考えが根本的にあったので。

どっちかっていうと 歯抜いたり
体重 すごい変えたりすると

役者バカみたいな感じで
書かれたりするんで

それを避けたかった。
ああ なるほど。

でも 歯を抜いたことの
エピソードだけじゃなく 今

カレーも入ってきてるから。
両方いくと ちょうど…。

歯を抜くけど
カレーもやるんだっていうのが。

バランス取れてる。
バランス取れて カッコイイと思います。

幅広いなぁ…。
幅広いよね。

僕は だから カレーの話を
ネットニュースか何かで見たときに

カッコイイと思った。
そうですか。

ビジネスってものをね
ちゃんと打ち出してやるって

カッコイイです。 僕なんか
こっそりやってる人なんで。

どっちかっていうと。
やってますよね 色々。

うまいからね。
あれは違う目的もありまして。

うんうん そうだよね。
きっかけでお店の話を頂いたとき

高齢者の雇用とか

今 母子家庭の人とかも
色々いるじゃないですか。

自分とかの周りにも
そういう人たちがいて。

何か そういうことを
自分が仕事やっていくうちに

広げれるかなと。
最初は それで始めて。

そうしたら コロナみたいな
状況になっちゃったので

大変だったりもするので
またそこでフランチャイズみたいなこと

いっぱい
やり始めたりしてるんですけど。

全国のお店に
どうぞ安く使ってくださいって

今 出して。
少しでも もうけてくださいって

ほとんど利益取らずに。

それで ちょっとでも
助かってるお店が

今も いくつか出てきてて。

そうやって
「ありがとうございました」って

言われて 気持ちよく
人と つながれている。

面白いです。 皆さん
何か やられてるじゃないですか。

バランス
逆によくならないですか?

私は そうですね。
福山さんは?

僕は 少し この仕事で
収入が上がってくると

個人の会社つくってくださいって
言われるんですよね。 会社からも。

会社があって いろんな業態を
登記をしてるんであれば

自分がやりたいと思ってることや
出会いがあれば

そこと組んでいくっていう。

例えば
レコーディングスタジオだったんだけれども

そこで働いていたスタッフの方で
料理がすごい上手な人がいて

1人1, 000円とかで
定食みたいなもんですよね。

そういうの
そのスタジオが始めたんですよ。

おいしくて。 もし
このレコーディングスタジオがつぶれたら

一緒にご飯屋さんでもやろっか
なんて言ってたら

ホントにレコーディングスタジオが
なくなっちゃったんですよ。

え~!?
で それで

じゃあ 何かやろうかっていう。
そんな始まりです。

さっき 北村さんも
おっしゃったし

柴咲さんも そう感じてるところ
あるんでしょうけど

自分が仕事
やらせてもらってるっていうのは

もちろん 自分の頑張りも

そりゃ 頑張ってないとは
言わないから頑張ってるし。

汗もかいてんだけど
やっぱり運と出会いによって

ほぼほぼ
生かされてるっていうのが

事実 そうなんだと
思うんですよね。

そのマインドが
生まれてきたときに

何か 人の役に立てることに
使えたらいいんじゃないかなって

感謝の気持ちを どうやって
形にできんのかなってことを

やってるっていう状態ですね。
どうしたら そういう

福山さんみたいに
なれるんですか?

何ですか? どういう意味ですか?
若いときは どうだったんですか?

もっと 全然
人のこと考えてなかったです。

一番 大きかったのは
デビューした後ですね。

1990年の3月21日に
音楽でデビューして

まったく売れなかったんですよ。
全然 売れなかった。

それが しばらく続くんですよね。
オリコンチャートにも入ってこない。

何位って出てくるのって
200位までなんですけど

計測不能って出てきますから。
200に入ってなかった?

そうそう。 だから
計測できないぐらい売れてない。

で 売れてないんだけど
それでも2枚とか3枚とか

シングル出させてもらって

2枚目のアルバム
3枚目のアルバムぐらいまで

バンバンやらせてくれるわけです。

あれ?
これ 自分でお金出してないのに

全然 取り戻せてないなってことに
気付くわけですよ。

だけど 幸いなことに

ライブをやるとファンの方が
増えていってたんですよ。

僕は そのとき初めて
ファンの方が応援してくれている。

この人たちのために頑張ろうって
まず思ったんですよね。

頑張れる対象が… 会えた。
とにかく恩返ししないとっていう。

ファンの方にやらせてもらう
時間をもらった。

あと レコード会社や
プロダクションの方に

期待という名の下の
執行猶予とでも言いましょうか。

すごいプレッシャーだな。
猶予をもらったと思ってる。

ということは とにかく
本番をやりながらでも

練習を積み重ねていく。

で その時間を与えてもらってる
っていう感覚でずっとやってきた。

へぇ~。
感謝ですよね。

福山の血液は感謝でできています。
献血 大変ですね。

感謝の献血がいきますから。
いいですね。

柴咲さん どうなんですか?

今 ホント 激しく同意と
思いながら聞いてました。

まさにそう。
私も出発はそこだし。

会社つくって 定款に色々…。
書くじゃないですか。

うわ~ 何かもう
何でもできるかもしんないから

何でも書いとこ!みたいな。
日用品販売 雑貨販売とか

書いたりとかしながら。
で それとともに自分自身が

ちょっと 色々
世の中のことを知るようになって。

社会課題だったりとか
環境課題っていうのが

年々 悪くなってきてるな
っていう。

物を売るっていうのは
相反することかもしれないけど

私たちは消費…
何かを消費しないと

生きていけないわけだから
やっぱり せめて そこに

罪の意識っていうものが
薄れるような

買い物自体も罪悪感なくできる
物作りがしたいっていうのが

ふつふつと芽生えてきて

そういった
お洋服作ったりだったりとか

化粧品作ったりだったりとか
っていうのは始めましたね。

北海道だよね。
二拠点生活って言っていいもん?

二拠点って… まあ 何とでも
言えるかなと思うんですけど

何か ひとところにうずまって
例えば 東京 都会で

仕事をするだけの自分
っていうのが飽きてきた。

真の豊かさとは何ぞや
ってなったときに

やっぱり
元々あるものだったりとか

自分では作り出せないものが
自然だったりとか。

そういう木々 森だったりとか
他の動植物たちだったり。

それを感じられる機会が少ない
人生って豊かなのかなって。

できることなら やっぱり
そういうのに触れられる時間を

持ちたいし それが自分の豊かさに
つながるなと思ったんで。

私もホントに考える前に行動する
みたいな感じなんだけど

土地買って じゃあ建てる!
みたいな感じで

気付いたら
もう走ってたっていう。

どうですか? やってみて。
必要ですし

みんなで
畑仕事ができる場所を持って

色々 実験してみようって
していて。

例えば 鶏飼ってみたり
そこでコットンを育ててみたり。

へぇ~。
やってみよっかなっていう。

だから 自分がやること全部

何かしら役に立って
循環すればいいなみたいな。

ただ 自分の満足度だけで
終える人生じゃなくって

それが巡り巡ればいいな
みたいな感じ。

50代ですよ。
正直 もちろん元気なんですけど

多少 疲れは残るようになってきた
ってのは あります。

撮影が 結構 深くまでなると
何か2~3日残るなとかってのは。

ないっすか?
ありますよ すごく。

何か その… 労働環境も含めて
変えていかなきゃなってのは

ちょっと 責任感も含めて
出てきますね 何かね。

うんうん… そうですね。
何か そういうところって

先々の人のために変えたい
とかっていうのは すごくある。

良くないことも
いっぱいあるじゃないですか。

なかなか 世の中には
実態も分かりづらいし。

でも過酷じゃないですか。
やっぱりメンタルすり減らして

魂削って その一人の役 作品に
3カ月ぐらい拘束されて

ずっと
没頭するわけじゃないですか。

メンタルケアとかも含めて
課題は結構あるんですよね。

なんだけど 変わらないな
なかなかってのは感じる。

そうですね…。

でも このエンターテインメント
っていうものが

社会において
必要な仕事だっていうふうに

今のコロナ禍においても
逆に強く思ったし。

エンターテインメントの出番が そのときに
自粛みたいな… なったけど。

あらためて 自分は2年間ぐらい
コンサートができなくて

2年ぶりに
ステージに立ったときに

こんなにも音楽っていうものが

自分にとって必要だったんだ
っていうことを実感したんですね。

自分にとって。
うん。 やっぱ 生のライブ

有観客でのライブやったときに
生き返ったと思ったんです。

こんなに必要だったんだ
って思って。

それまで 何か 恥ずかしながら
50も超えてんのに

自分のこと音楽家であるとか
ミュージシャンであるとか

いや はばかりながら…
みたいな。

そんなんじゃないっすけど
みたいな感じだったんだけど。

こんなにも自分にとって
必要な存在だったんだ

ライブが 音楽がって
思わせてくれてオーディエンスが 会場が。

これはもう 音楽家として

逃げられない体になっちゃってんだな
っていうことは実感できた。

まさに 私も 今 ライブ。
久しぶりに有観客でやって。

やっぱり
何か 見えないものだけど

エネルギーが そこにあって。
それを確認して

交流をするっていうことが
必要なんだなってのは

すごく感じた。

生き返った感も?
生き返った。

呼吸できるなって感じが。

深く呼吸できるなって
感じがしました。

いや いい話でした。
アハハハ!

ありがとうございました。
雅治の部屋へ 今日はようこそ。

ありがとうございました。

[それでは
今日も 素晴らしい一日を]