開運!なんでも鑑定団【幕末悲恋!徳川家茂の妻<和宮>秘宝&野球偉人宝】[字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

開運!なんでも鑑定団【幕末悲恋!徳川家茂の妻<和宮>秘宝&野球偉人宝】[字]

■日本人初のメジャーリーグ選手が秘蔵…世界を変えた<野球偉人>宝に驚き値■黒船来航!歴史に裂かれた恋…<家茂の妻・和宮>秘宝に衝撃鑑定額■アノ高額お宝は今■

詳細情報
番組内容
去年の秋、家を片付けていた際に発見した謎の手紙。詳しく見てみると、それは皇女和宮に捧げられた恋文だった!96歳になる祖母に尋ねたところ、曽祖父が戦前、さる宮家に仕えていた人物から貰った物だという。激動の幕末に翻弄された恋を物語る情熱的な内容に今田も大興奮!
出演者
【MC】今田耕司、福澤朗
【ゲスト】村上雅則(元プロ野球選手)
【アシスタント】片渕茜(テレビ東京アナウンサー)
【出張鑑定】あのお宝は今!
【ナレーター】銀河万丈、冨永みーな
鑑定士軍団
中島誠之助(古美術鑑定家)
北原照久(「ブリキのおもちゃ博物館」館長)
安河内眞美(「ギャラリーやすこうち」店主)
山本清司(「COLLECTIBLES FIELD」代表)
山村浩一(「永善堂画廊」代表取締役社長)
増田孝(愛知東邦大学客員教授)
関連情報
【番組公式ホームページ】
https://www.tv-tokyo.co.jp/kantei/

【見逃し配信】
https://video.tv-tokyo.co.jp/kantei/

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
バラエティ – その他
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸

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キーワード出現数ベスト20

  1. ロビンソン
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  19. 片渕
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解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)

   ごあんない

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< はるかなるメジャーリーグ。

大谷翔平をはじめ

そのマウンドに立った日本人は
きら星のごとく。

なかでも センセーションを
巻き起こしたのは

1995年の野茂英雄。

しかし その30年ほど前に

一人の男が 日本人のみならず

アジア人として 初めて
メジャーのマウンドに立っていた>

<二十歳の
雄姿。

小さい頃から スポーツ万能で

なかでも のめり込んだのが
野球でした。

名門 法政二高に進学すると

南海ホークスの名将

鶴岡一人監督の
目にとまり…>

< と 口説かれました。

プロになる気は
まったくなかったのですが

アメリカ行きにひかれ

<翌年 約束どおり
野球留学生として

3か月の契約で
サンフランシスコ・ジャイアンツ傘下の

シングルエー フレズノへ加わり
抑え投手として活躍しました。

そして帰国準備を始めていた
8月30日のこと。

突然 メジャー昇格を
告げられたのです。

訳もわからぬまま
ベンチ入りしたのは 2日後のこと。

ところが あまりに急だったため

正式契約が済んでおらず

その場でサインを求められたものの

何が書いてあるか分からないから
サインできないと押し問答に。

ようやく サインしたのは
なんと

<相手方のリードで迎えた
8回裏 ついに出番が。

不思議と緊張はせず
スタンドを見て…>

<第1球は 外角低めのストレート。

メジャーリーグ公式戦のマウンドで
アジア人が初めて投じた

記念すべき一球でした。

残念ながら勝利は逃しましたが

チームメートが
健闘をたたえてくれたことが

何よりも うれしかったそうです。

その年 9試合に登板。

防御率 1.80の好成績を残すと
翌年の契約も交わし

ウィリー・メイズらとともに
大車輪の活躍をしましたが

日米球団間の協定により
66年 惜しまれつつ帰国>

<引退後は 解説者や
後進の指導に尽力する一方

国連難民サポーターとして

募金活動の拡大に
奔走しています>

依頼人の登場です。

(片渕)東京都からお越しの

ようこそ 「鑑定団」へ。
よろしくどうぞ お願いします。

いや 我々世代は
野茂さんからみたいなイメージが

ちょっと あったんですけど。
はい。

はるか30年前に。
ちょうど 東京オリンピックのとき。

あぁ そうか。
そうか 64年ですもんね。

たぶん 言葉の問題も
いろいろあったでしょうけども。

通訳はいませんよ。
そうでしょうね 当時はね。

65年にね
ドジャーススタジアムで私投げたんですよ。

ただ いいところでストライク。
完全なストライク。
ストライク はい。

ところが アンパイアは
ボールって言ったんですよ。

あら この間の
佐々木朗希選手みたいな。

私はね Why? って
こうやったんですよ。

そうしたら アンパイアがね

ゴニャゴニャって…。
めちゃくちゃ怒りますよ メジャーで。

怒ってきたんだけど
ちょっと待て。

今日は ちょっとお宝
期待しますね。

拝見しましょう。 お宝オープン。

さぁ これどなたのサインでしょう?

黒人初のメジャーリーガー
ジャッキー・ロビンソンです。

えっ! 我々でも知ってる。

(村上)65年の
たしか6月だったかな。

3連戦あったときに
ちょうど練習始まるときにね

マッシー ジャッキー・ロビンソンが
来てるぞっていうから

えっ ホント。
慌ててね ロッカーに走っていって

色紙を持って。
用意してあったんですか?

このくらい用意して。
(片渕)え~っ。

あぁ 有名な選手に
会ったらもらおうと。

これは もうホントに

全然違う選手がね

お前 ジャッキー・ロビンソンの
フリしろみたいな。

Are you Jackie Robinson?

<大谷翔平が 今シーズンの
第1号ホームランをかっ飛ばした。

背番号42のユニフォームで。

大谷だけではない。

この日 グラウンドに立った選手は皆

背番号42をつけていた。

たった一人の男をたたえるために。

ジャッキー・ロビンソン。

メジャーリーグ初の黒人選手である>

<ニグロリーグとは 当時メジャーリーグから
排斥されていた

黒人たちが
独自に立ち上げたリーグのこと。

そこには 超人的なプレーで
観客をわかせる選手が

原石のごとく
ひしめき合っていた。

これに目をつけたのが…>

<走攻守 三拍子そろった

若きロビンソンに
白羽の矢を立てたのであった。

わかっているだろうが

< いや…>

< かくして 1947年4月15日。

ロビンソンは 一塁手として
エベッツ・フィールドに登場した。

背番号は42。

白人だけで行われていた
メジャーリーグは

この日をもって新時代を迎えた。

しかし それは同時にロビンソンの

苦しい戦いの始まりでもあった。

相手チームや観客から 容赦なく
浴びせられる差別的な野次。

チームメートからも さまざまな
嫌がらせを受けた。

しかし ロビンソンは無言で耐え

華麗なプレーをもって
人種の壁を打ち破ってみせた。

47年に新人王と盗塁王

49年には 首位打者と盗塁王
MVPに輝いた。

戦績以上にたたえられたのは

いかなる差別にも屈しなかった
その高潔な勇気であった>

<2004年には 彼が初めて
グラウンドに立った4月15日が

ジャッキー・ロビンソン・デーに制定された。

以来 この日試合に臨む
すべての者が

背番号42を背負い

今なお彼の勇気を
たたえ続けている>

<改めて依頼品を見てみよう。

ジャッキー・ロビンソンのサイン色紙である。

村上さんによると 1965年6月

偶然 試合を見に来ていた
ロビンソン本人に

目の前で書いてもらったとのこと。

サインペンで丁寧に

幸運が訪れますように

ジャッキー・ロビンソンと書かれている>

アジア人初のメジャーリーガーが

黒人初のメジャーリーガーに
もらったサインってすごいな。

ご本人の評価額です。
おいくらでしょう?

欲をかいて100万。
100万。

まいりましょう オープン ザ プライス!

いけいけ。

50万 これはすごい。

色紙 50万はすごいです。

たいへん貴重なサイン色紙です。

ジャッキー・ロビンソンが プレーした
1940年から50年代というのは

アメリカでは 人種差別によって

球場も
入場口や座席 トイレにいたるまで

白人用と
有色人種用が分かれていた。

もし 仮に あのときに

ロビンソンが困難に
屈してしまっていたとしたら

メジャーリーグの歴史は違ったものに
なっていたのではないか。

アメリカには 色紙の文化はないので

珍しいものでは
あるんですけれども

紙に書かれたサインというのは
高くなりにくい。

ただ この色紙に関しては
先駆者から先駆者に贈られた

歴史的背景がございますので
50万円と。

仮に当時の公式球
コンディションのよいものであれば

1200万円くらいで
取り引きされたものもございます。

練習前にパッとボール拾って
もし書いてたら…。

そうですよ~。

<続いては 京都市 北区から。

早速 ご自宅におじゃますると…>

< あら かわいい!

熱心にワンちゃんに
芸を教えている この方が

次なる依頼人>

この子は
ナナといってペキニーズという犬種です。

すごく賢くって
いろんな芸ができるんですよ。

<飼い始めたのは 4年前。

おて おかわりを教えると
なんと1日でマスターしたため

次々と芸を教えたところ

レパートリーは なんと

<中でもイチオシは…>

「おもちゃのチャチャチャ
おもちゃのチャチャチャ」

「チャチャチャ おもちゃのチャチャチャ」

< ところで お宝は何ですか?>

< えっ? ラブレター?>

<祖父の遺品を
整理していたところ

一通の書状を発見。

書状自体は
達筆すぎて読めなかったものの

その内容を書き下した
メモが添えられており…>

< いったい
なぜ こんなものがあるのか?

同居している 御年96歳になる

祖母 キミ子さんに訪ねたところ…>

(2人)鑑定のほど
よろしくお願いします。

<スタジオで拝見しましょう>

依頼人の登場です。

京都府からお越しの…。

よろしくお願いします。
ようこそ 「鑑定団」へ。

よろしく どうぞ お願いします。

さあ 50種類の
芸を覚えた ワンちゃん。
はい。

ちなみに
あのピアノは何か弾けるんですか?

えぇ!?

もうめっちゃ
おやつで釣りますけど。

さあ それでは
お宝拝見しましょう オープン!

はぁ~。

有栖川宮熾仁親王が
皇女和宮に宛てた恋文です。

熾仁親王は 和宮のいいなずけで
婚約してたんですけれども

和宮が徳川家茂と
結婚することになって

婚約が破棄になったという人。

って書いてるんで…。
あ~ だからもう

今となってはアカンけども

もう昔に戻れるもんなら
戻りたいなという

もうホントに未練タラタラ。
ということですよね。

そうですね。
あとから見られるの
恥ずかしいですね。

熾仁親王も まさか番組で
全国放送されると思ってないから。

すみませんっていう感じです。

祖母から聞いたんですけれども

曾祖父が戦前に
有栖川宮家に仕えてた人から

これ持っとかはったらよろしいで
ってもらったと聞いてます。

そんな軽い感じで渡されるの?
人の想いを。

その おばあ様と
Zoomがつながっておりますね。

おばあちゃん!

あら おばあちゃん。
あっ お母さん?

お母さんと おばあちゃん。

体調どうですか?

なんか 船場吉兆の
記者会見 思い出しますけど。

今日 ものすごい値段が付いたら
どうされますか?

全部 言うてますやん。

全部おっしゃっちゃって。

一応 キミ子さんに
考えていただいてください。

いやいやいや
お母さん 質問はありがたいです。

答えは ください。
そうです 本人の。

<皇女和宮 有栖川宮熾仁親王。

激動の幕末に
引き裂かれた2人である>

<有栖川宮家は 江戸時代

伏見宮 桂宮 閑院宮とともに

皇位継承資格者として

代々 親王の称号を与えられた

世襲親王家である。

書道と和歌を家学とし

歴代天皇の師範をつとめ

特に書は 有栖川御流と呼ばれる

優美な書風を大成。

熾仁親王も
その薫陶を受けて育った。

孝明天皇の思し召しにより

その妹宮 和宮との
婚約が成立したのは 17歳のとき。

和宮は 当時6歳だったが

有栖川宮家から
書の手ほどきを受け

やがて熾仁親王から
和歌を学ぶようになり

似合いの夫婦になると思われた。

ところが 1853年
黒船来航により

2人の運命は急転する。

大老 井伊直弼が
朝廷の許可を得ず

日米修好通商条約に
調印したため

異国嫌いの孝明天皇が激怒。

幕府は建て直しを図るべく

朝廷と結びつこうと世に言う

公武合体を進めた。

14代将軍 徳川家茂の正室として

皇女和宮を迎え入れたいとの
申し入れを受けた孝明天皇は

条約の破棄と
攘夷実行を条件に

降嫁を了承。

当時15歳になっていた和宮は

泣いて固辞したが
破談の際は退位もやむなし との

天皇の固い決意を知り
ついに承諾したのであった。

これを知った熾仁親王は
和宮の体面を保つため

あえて有栖川宮家から
婚約辞退願いを提出。

1861年 京を発った和宮は
こう歌に詠んだ>

<天皇と民衆の
ためならば

我が身は武蔵野の
露のように

はかなく
消えても構わない。

悲壮な覚悟で臨んだ
結婚だったが

将軍 家茂の優しい人柄に

いつしか心を開き
和宮は円満な暮らしを得た。

しかし 結婚から4年後

家茂は 第二次長州征伐のさなか
大坂城で客死。

21歳にして寡婦となってしまう。

一方 熾仁親王は 急進的な
攘夷運動に その身を投じ

1867年 明治新政府が樹立すると

最高職である総裁に就任。

戊辰戦争では 自ら志願し

新政府軍トップである
東征大総督の座に就くと

江戸に向け進軍した。

このとき 江戸城にいた和宮は

徳川家と
運命を共にすることを決意。

朝廷や熾仁親王に向け

将軍 慶喜の助命と 徳川家の
存続を願い出る嘆願書を送った。

その意向は 熾仁親王に通じ
慶喜は 謹慎処分で沙汰止み。

江戸城の無血開城が
実現したのであった。

そののち 2人は 宮中の歌会で
同席することがあったというが

互いの胸中は はかり知れない。

改めて依頼品を見てみよう。

有栖川宮熾仁親王の恋文である。

書風は まさに
有栖川御流を思わせる

流麗な筆致。

残念ながら 差出人の名も
宛先も記されていないが

文末に…>

< と記されている
ことから

ごく親しい人物に
宛てた書状と

わかる>

< という
ことば書きに続き…>

<注目すべきは
この一首で…>

<和宮が江戸へ降嫁したのちも

恋い慕う思いが断ち切れずに
京の熾仁親王が送ったものか?>

嫌いで別れたんではないんよね。

だから ホンマの思いが
ここに

全部ぶつけられていると。
はい。

本人の評価額です
おいくらでしょう?

50万円。
それでは

おばあちゃん
いかせていただきます。

オープン ザ プライス。

いった~ 300万!
うわぁ!

300万円!
すごい!

300万です。

ありがとう。
ねぇ。

有栖川宮熾仁親王の恋文
間違いございません。

決め手は 有栖川御流という
書風で

熾仁親王の筆跡が一致します。

思いは一つですよ
という そういう時期に

書かれている。
和歌が主体ですけども

あくまで これは
恋文であると。

非常に珍しい資料だと。

おばあちゃん これ
どうしますか? 今後は。

いやいや お母さん。

<「鑑定団」のだいご味は
あっと驚く

<見事 その栄誉を勝ち取った
依頼人は

今 どうしているのか?

そして お宝はどうなったのかを
徹底調査。

さぁ いってみよう>

<去年3月に登場した
渡辺さんのお宝は…>

<実は…>

< この石仏は
見事 大穴を当て

600万円もの大金を手にした日に

なじみの古書店で勧められるまま
200万円で購入したのでした。

ところが 結果は…>

< なんと3倍の600万円>

(片渕)うれしそう。

大穴的中!

唐時代の仏様に
間違いございません。

唐の代表的な文様が入っています。

本当によいものを
入手されたと思います。

どうします?
いや あの どこか…。

本当は600万ですけども…。

< すると 今年の春 番組宛てに

石仏を購入したいという方から
お手紙が。

しかも 差出人はお寺の方。

大分県淨流寺の 十五代住職で

ぜひ お寺に飾りたいとのこと。

早速 渡辺さんにお伝えすると…>

いや それはね
願ってもないことです。

ぜひ 紹介してください。

< というわけで
購入希望者の河村さんに

渡辺さんが住む千葉県まで
お越しいただきました>

< それでは

あぁ…。

< ここで

気持ちが変わらないうちに。
あっ いや…。

よろしくお願いします。

キャッシュです。
いや~ 確かに。

ありがとうございます。

<拝み合いつつ

< ぴったりの場所に収まって
よかったですね>

そうですね なかなか。
そうそう キャッシュ。

そうですね ピン札250万。

決して お寺のお金ではなく
ご自身が…。

そうそう。

<2010年に登場した
鳥取県雲龍寺のご住職

大井さんは 大の美術好き。

寺の書院は
日本画で埋め尽くされていました。

お宝は 江戸時代中期に
鳥取藩で活躍した絵師…>

<市内の旧家で一目ぼれし

100万円で譲り受けたのですが

周囲は ほとんどその名を知らず
更には…>

< ところが結果は…。

なんと 1200万円!>

ありがとうございます。

たいへん立派な本物でございます。

これほどの力作は
なかなかない。

ごくごく一部の人で
高い評価はあったんですが

これがもっと…。

< この屏風は いったい
どうなっているのでしょうか?>

<再び 雲龍寺を訪ねました>

ようこそ ごぶさたしています。

< お元気そうでなによりです>

< うわぁ 相変わらずの迫力>

< なんと 鳥取ゆかりの絵師の
代表作として認められ

全国の美術館から
貸し出しの依頼が殺到。

展覧会に展示されるや

この屏風のファンとおっしゃる方も
現れて…>

<今年は
寅年のため

<2017年に登場した
馬屋原さんのご自宅は

山口県萩市の武家屋敷で…>

< まもなく
定年退職を迎えるため…>

< お宝は 萩出身の南画家
松林桂月の掛軸。

長年 家の蔵で
眠っていたものですが

もしよいものなら

オープン予定の喫茶店に
飾りたいとのことでした。

そして 結果は…。

400万円>

わぁ さすが。
本物でございます。

シルエットだけで描き出している
っていうところが

幻想的な品格の高いものに
しているんだな

っていう気がいたします。
これ見たさに来ると思いますよ。

で またね こういう
観音開きのとこに入れて。

そうですね はい。

<果たして この掛軸は

<5年ぶりにおじゃましました>

こんにちは お久しぶりです。

< ご無沙汰しています。

って なんだか ガランとしてますけど
喫茶店は?>

< え~ どうして?>

< なんと 1日1組限定の宿
花南理の庭をオープン。

実は
喫茶店の評判がよかったため

もっと ゆっくり
楽しんでもらおうと

考えついたそう。

オススメは
見事な庭を眺めながらのお風呂。

夜には カラーライトアップもされ
幻想的な美しさです>

<今田の助言どおり
お宝は 別料金。

馬屋原家に伝わる
美術品のいちばん奥に…。

あの掛軸が鎮座しています。

横に貼った説明書きには
もちろん

鑑定額も しっかりアピール>

やっぱり

ねえ。 しかし わざわざ…。

やっぱり
2, 000円払っていただいて

しっかり

気分が また変わって…。

なんとか

(片渕)マッチングアプリ?

<去年11月に登場した
遠藤さんは

70歳独身で婚活中>

アローンですか。
はい。

いや~。

やってる。
やってるんすか。

諦めたら終わりですからね。
諦めないで頑張りましょう。

(笑い声)

なんすか それ。

< お宝は…>

< もともと
山下清の絵のコレクターで

ネットオークションで
150万円かけて集めたものでした。

番組出演が婚活の一環になればと
思っているそうで…>

狙ってます。
狙ってんだ。

< すると 結果は…>

出たんだよね。

<350万円!>

山下清の作品 すべて本物です。
すべて!?

貴重な作品であると同時に
とてもいいコレクションだと思います。

結婚資金に少し。
まわしますか?

まわします。
まわしましょう。

< と お宝を

< すると 放送後
購入したいとのお手紙が。

早速 遠藤さんにお伝えしました>

非常にありがたい話ですね。

5点まとめて
お譲りしたいと思いますので

よろしくお願いいたします。

< というわけで

< やってきたのは
奈良県の住宅展示場>

お待ちしておりました。

どうも
お宝を届けにまいりました。

石田靖と申します。

よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。

< こちらが

<田村さんは 主に
営業を担当しているそうです>

お宝を購入する
きっかけっていうのは

何やったんですか?

(石田)え~。

ありがとうございます。
チェックした。

今まで絵は持ってはるんですか?
いいえ 一枚もないです。

山下清さんの絵がない?
ないです。

思ってました。

(石田)ヤッタと。

< では

オープン!
うわぁ すごい!

うわっ うわぁ!

(石田)本物ですよ。
本物。

すごい テレビより
すっごくおっきくてビックリ。

もっと小さいイメージだったんです。

<テレビで観て
いちばん気に入ったのは

この九谷焼>

この蝶々の色合いがね
すごくきれかったので

手の込んだ感じかな思ってたんで。

でも こちらも すごくいいです。

やはり

では 鑑定額の350万円で
お買い上げでよろしいでしょうか。

はい お願いいたします。

触ってください。

すてき これ。 すてき。

そういう触り方。
(片渕)抱いてる。

< ひと目見たときから

モデルルームの和室に
ピッタリだと思っていたそう。

というわけで
飾っていただきました>

どうですか?

すごく似合ってます。

(石田)これやったら

頑張ります。

< せっかくなので

すてきな場所に
飾っていただいて

たぶん山下清さんも
喜んでるんじゃないかなと

思いますよ。
ありがとうございます。

ちなみに
婚活の話はあったんですか?

なんだよ~。

ぜひ…。

< だそうです!>

テレビの影響力をもってしても
来ないて。

ねえ。 にこやかでね
人のよさそうな方なんですけどね。

いや でも まあまあ
諦めたら そこで終わりですから。

まずは じゃあ その350万の使い道
ご本人に伺いたいと思います。

今日は Zoomで
遠藤さんとつながっております。

遠藤さ~ん。
はい 皆さ~ん お久しぶりです。

どうもどうも~。
わかりますか?

いや~。
(笑い声)

350万ですよ。

いま考えてるのが
2つありまして

1つは

マッチングアプリだけじゃなくて

そういうのにも頼る
っていうのはね。

あぁ そうか。
もう1つは?

もし結婚できなかった場合は

まあ…。

(笑い声)

今日1つ
重大な報告がありまして

実は 先日 我が 「鑑定団」の
番組スタッフルームに

かような手紙が届いておりまして。
こちら。

えっ!?

遠藤さんへの
交際申し込みのお手紙なんです。

このチャンスを逃さずに

前向きに
頑張ってみてはいかがですか?

いいこと尽くめじゃないですか。

<CMのあとは…>

<続いては

<早速 ご自宅にお伺いすると…。

ん? なにやら異様な光景が…。

野球のユニフォームを着た人たちが

真剣な面持ちで
将棋を指していました。

次なる依頼人は…>

<参加者は 井原さんの仕事仲間や
大学時代の同級生。

しかし なぜ また
野球のユニフォームで将棋を?>

< そういうことでしたか>

まあ ちょっと やっぱり…。

< ちなみに勝負のゆくえは…>

< お疲れさまでした。

ところで お宝は何ですか?>

< そこで そのすごくいい絵。

お仲間にも見ていただきました>

私には…。

リアクション悪いな。

< あらま

< それでも…>

鑑定よろしくお願いします。

<スタジオで拝見しましょう!>

依頼人の登場です。

千葉県からお越しの
井原浩之さんです。

ようこそ 「鑑定団」へ。
よろしくどうぞ お願いします。

お願いします。

いや~ 僕 将棋…。

ホントに負けたっていう気分に
なるじゃないですか。

頭のよさで負けた感じが
メチャクチャ腹立つんですよ。

それで やめました 俺は。

そして 今回
その仲間たちにも見せた

ちょっとリアクションの悪かったお宝

拝見しましょう オープン!

(笑い声)

松田正平の絵です。

祖母が市原市の鶴舞に
住んでおりまして

松田先生がですね
近所に越してこられて

交流を深めていって
茶飲み友達で。

買ったか もらったか
よくわからないんですけども

もしかしたら 右の絵はですね
遊びに来られたときに

花瓶にバラが活けてあったんですね。

祖母が ツルっていうんですけども

ツルちゃん これ
ちょっと借りていいって

借りて持って帰ったんですって。

そうしたら後日

絵がかえってきたと。
ありゃ!

もしかしたらあれじゃないかなと。
それかもしれないですね。

僕は こういうの やっぱり
好きなんですよね。 素朴で。

この絵
でも一番好きやわ。 3つのなかで。

すごくかわいいですよね。
なんかこぼしてますやん。

そうなんですよ。

井原さんも
あの犬の絵がお好きですか?

実は 私 白い
真ん中のワンちゃんが好きで。

えっ これ 何なんですか?

これ 犬なんですか?
右のほうを向いている絵ですね。

どれが顔ですか?
右の上のところ…。

これ?
あっ 見えてきました!

えっ ホント?
見えてきました!

ヤギ!
(笑い声)

< その画家の自画像は
笑っている。

まるで少年のように>

<松田正平は ありふれた日常を
無垢のまなざしで見つめ

描き続けた画家である>

<画家をこころざし

東京美術学校
西洋画科に進学。

卒業後は
故郷の有志の支援を受け

パリに留学を果たした。

そこで松田を魅了したのは

19世紀の画家 カミーユ・コローであった。

油絵の具で
描いたとは思えぬほど繊細で

清涼感のある表現に圧倒され
模写を繰り返した。

2年後帰国し 結婚。

住居を転々としながら

身の回りのものたちを

太い輪郭線と
暗く重厚なマチエールで描いた。

繰り返し ひたすら描くも
納得いく表現は得られず

試行錯誤の日々が続いた。

50歳の時 静かな環境を求め…>

うっそうとした雑木林のなかに

ポツリと建つ古い米蔵をアトリエにし

制作に没頭した。

とはいえ 絵は ほとんど売れず

妻が洋裁の内職で
細々と家計を支えた。

これは 定職に就くことで

絵がダメになってしまうことを
恐れた妻の配慮で

妻こそが
松田の最大の理解者であり

支援者であった。

やがて 松田の絵は
変貌を遂げていく。

淡く暖かみのある色彩。

薄い絵の具を
何度も塗っては削り取ることで

マチエールに美しい透明感が
生まれたのである。

松田が描いたのは 犬 魚 バラなど

誰もが
ふだん見慣れているものだが

遠近法など
まったく無視しているため

子どもの絵のごとくである。

しかし 生き物たちは

いずれも 実に楽しげで
はつらつとしている。

恐らく 人の評価など
気にせず生きてきた

松田自身の姿が
投影されているのであろうが

邪心を捨てて
このように素直に描くことが

どれほど難しいことか>

<バラは 松田が生涯繰り返し描いた
画題である。

庭でみずから手塩にかけて育て

もっとも美しく咲いた一瞬を
逃すことなく描いた。

ようやく
絵が売れるようになったのは

70歳を過ぎてから。

人生の大半を
不遇のうちに過ごしたが

その絵には 屈託がなく

ただ
描くことの喜びにあふれている。

その自画像は笑っていた。

改めて 依頼品を見てみよう。

松田正平の絵 3点である。

いずれも水彩画で

バラも犬も 松田が
もっとも得意とした画題である。

しかし 松田の犬は

ひと目で
犬とわかるものがほとんどで

このように抽象的に描いた作は
他に類例がないが…>

抽象的なのはないって
言ってましたよね。

ひと目でわかる 四国犬とかね。
なんだろう これ。

本人評価額です。
おいくらでしょう。

期待を込めて
3点合わせて 100万。

わかりました。 まいります。
オープン ザ プライス。

やった~! 200万!

すごいぞ これ!

松田らしい 穏やかで純朴な
作品だと思います。

真ん中の作品。

(一同)えっ?

白い3輪のバラ。
それから左は赤い1輪のバラ。

えっと これが
犬って見えたって言った人。

あれっ バラ?

緑の部分が茎と葉っぱで
下が その花瓶。

グアッシュと混ぜて質感よく
描いていると思います。

右のあっさりしたバラ。

手数は少ないですけど

バランス感覚っていうのは
うまいなっていうふうに思います。

ロクという犬を描いた作品。

松田以外にあまりなつかなくて

人が来ると
結構吠えちゃうような。

そのどう猛な部分っていうのを

こういうユーモアな感じで
描いているっていうのは

すごくおもしろいし

愛情を注いでたんだろうな
っていうふうに思います。

大切にしてください。
いかがでしょう 改めて。

趣味をとりたいですね。
趣味をとりたい。

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