アナザーストーリーズ「落語を救った男たち 天才現る!古今亭志ん朝の衝撃」[字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

アナザーストーリーズ「落語を救った男たち 天才現る!古今亭志ん朝の衝撃」[字]

戦後、落語界にすい星のごとく現れた天才!古今亭志ん朝。先輩落語家19人抜きで真打ちに。その話芸は今も伝説!ライバル立川談志との逸話など落語家たちが語る笑撃の真実

詳細情報
番組内容
戦後、衰退の危機にあった落語界にすい星のごとく現れた天才がいた!古今亭志ん朝、昭和の大名人・志ん生の息子だ。24歳で先輩落語家19人を抜いて真打ちに。圧倒的なキレとスピード、その話芸は今なお伝説。だが素顔は驚くほど知られていない。今回、ライバル立川談志との逸話をはじめ、関係者の証言から知られざるエピソードを発掘。落語への思いと偉大すぎる父を持つ苦悩。落語家たちがあの語り口で振り返る“笑撃”の真実!
出演者
【出演】松嶋菜々子,林家正蔵,【語り】濱田岳

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般

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  16. 女将
  17. 先輩
  18. 朝太
  19. 当時
  20. 反発

解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)

   ごあんない

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何はともあれ 今日の主役が披露する
落語を聞いてほしい。

素人の鰻屋に客が さばき方を
知ったかぶって教える 「素人鰻」。

鰻の急所ってえのは ここだよ。
パクパクやってんだろ。

そこん所をね 3本の指で 3本。

覚えときなよ 本当に。
鰻屋のあるじが。

両手で こんなことやって捕まる
わけがねえじゃねえか。 ええ。

見てな 見てな。
向こうからこっち… こう来たろ。

えっ? ね? 知らん顔してる。
こんな顔に驚いちゃいけねえんだよ。

こっちも知らん顔すんの。
知ら~ん顔するんだよ。

捕まえねえような顔をする。

こっちの方から こうやって
ふっと こう…

やると こっち来るだろ。

ええ 来ますな。

来たっていいじゃねえか。
本人が来たいってんだから。

本人の自由を奪っちゃいけないよ。 ね。

こっち来て安心だと思わせるのが
手なんだよ。

安心してるところを こうやると…
また こっち行くなあ。

あなたも あんまり うまくありませんね。

男の名は…

昭和の大名人 志ん生の息子。

だが 落語の実力は決して
七光りではない本格派。

毒舌で知られた あの立川談志も
称賛を惜しまなかった。

もし 金を払ってね
他人の芸を聞くとしたらね

寄席芸では 志ん朝しかいないな
ってことがあるんです。

更に 落語通で知られる
コピーライター

糸井重里は
志ん朝の高座の印象を

こう語っている。

志ん朝が生きたのは
戦後 日本が高度成長を遂げる時代。

社会は大きく変わろうとしていた。

昔ながらの話芸から客足は遠のき

古典落語は伝統芸能になろうとしていた。

しかし 落語は よみがえった。

酔ってるな?
酔ってませ~ん!

今なお 静かなブームが続いている。

その立て役者こそ 志ん朝だ。

ええい ちくしょう。

志ん朝は落語を 現代に通用する
芸術に変えたと言われる。

なんだよ ちくしょう
ええ てめえなんぞは

目も鼻もねえ 血も涙もねえ
のっぺらぼうな野郎だから

丸太ん棒ってんでえ。
よく覚えてやがれ この金隠し。

従来とは まるで違う…

その男は 彗星のごとく
突如 現れた。

3代目 古今亭志ん朝。

言わずと知れた 古典落語の大家。

「天才」と称される話芸で
多くの人々を魅了し

戦後 落語界衰退の危機を救った
噺家です。

その歯切れの良い 粋な語り口は

「現代の寄席を江戸の空気に包む」とまで
称賛されました。

運命の分岐点は…

古今亭志ん朝の
真打ち披露公演が行われた日です。

1つ目の視点は この日の主役…。

真打ち昇進を遂げた 志ん朝です。

入門から僅か5年の昇進は
異例中の異例。

ところが本人は その知らせに
喜ぶどころか頭を抱えていたといいます。

若き志ん朝の苦悩 そして

天才が覚醒する瞬間の
アナザーストーリーです。

落語の世界で
正真正銘の一人前を意味する…

それまで 「朝太」と
名乗っていた若者は

その日 真打ちに昇進

「古今亭志ん朝」となった。

その披露公演が行われた演芸場に
その時の演目が残っていた。

公演初日 最後に登壇して演じたのは…

そして4日目…

その演目の選び方は
仲間たちの度肝を抜いた。

なぜなら その2つは よりにもよって
当代きっての名人 志ん生と文楽の…

同期の落語家 鈴々舎馬風によると

名人たちと比べられるのを承知で
志ん朝はネタを選んだという。

俺は うちの親父とは違うぞ
っていうところを

見せたんじゃねえかと
俺は思うんだけどね。

だから 隠れた ものすごい自信が
あったんだろうね。

衝撃の真打ちデビュー。

その知られざる舞台裏。

いい年増だなあ。 いいなあ。
おめえ どうだ。

うん。 俺 年増 好きだ。

天衣無縫の話芸で
戦後の落語界に君臨した名人…

その息子である志ん朝が
前座として初めて高座に上がったのは

64年前の…

この日 同じく前座の馬風は
初めて志ん朝と出会った。

また いい男だしさあ。

はあ もうどうにも…。 男が ほれるもん。

(取材者)あっ そんなに?
ああ。

ほんとに役者みたいな顔だったよ 若い頃。

今の噺家で ああいうの いないよ。

品があってさ 着物が似合ってさ
ちょっと おつでさ。

俺は すぐ もう諦めたね。
「あっ これはもう ライバルじゃない」と。

うん。 これはもう 憧れの人だと。

もう1人 当時を知る噺家に
思い出を聞いてみよう。

志ん朝より4か月遅れて入門した…

今の馬風兄さんなんかはね
顔を よく知ってたから

「おはようございます」って
入っていったら

「おお なんだお前 今日から
出られるのかい」って

「今日から出られるんですよ」つって。

「そうか よかったな」つうんでね。

「朝太兄さんっていうのは
どの人なんですか?」

「朝太? 朝太…

あいつ 電気室で
寝てんじゃねえのか」つって。

だが 居眠りはしていても
その話しぶりは飛び抜けたものだった。

志ん朝の初高座を目撃した
貴重な人物がいた。

「これが? 噺家になったばかり?」
って思うくらいのね

ものすごい高座に 私は驚きましたよ。

今まで聞いてきたうちの初高座で
あんなうまい人は あとから出てこない。

しゃべりだす口調の良さといい

声の大きさといい
明るさといい テンポといい

「これが? ええ?」っていう。

これは うまくなるなと思ったもん。

間もなく 二ツ目に昇進。

たちまち独演会が
開けるほどの腕前になる。

その人気と評判は
テレビ関係者の耳に入り

ドラマにも
出演オファーが来るほどだった。

だが入門4年目
父から そのニュースを聞いた時は

さすがに めんくらっていたらしい。

「お前…」

志ん朝は 「勘弁してくれ」
と言ったという。

真打ちへの昇進は基本的に…

志ん朝の上には この時
まだ 19人も先輩がいた。

それを抜くことも そもそも
24歳という若さでの真打ち昇進も

異例中の異例だった。

馬風は その直後 楽屋で志ん朝に
会った時の顔が忘れられないという。

やっぱり恐縮してたよ。 悪いって。

(取材者)悪い?

やっぱり… 分かってる。

あんな 口のうるせえ連中
追い越すんだから

何言われるか分かんないもんね。

先輩からは
「お前 辞退しろ」と ねじ込まれた。

だが その時 志ん朝は反発するように

「俺は全員抜いたと思ってる。

だから辞退はしない」と答えている。

その覚悟を決めた時のことを
志ん朝は こう語っている。

異例の大抜擢を決めたのは
当時の重鎮たち。

このころ のっぴきならない危機が
迫っていた。

急速に娯楽が多様化する中で
落語人気は低迷。

しかも…。

当時の落語家の年齢を
見てほしい。

往年の名人たちが
高齢化する一方

あとを継ぐべき
中堅どころが

戦争で兵隊に行った影響で
足りず

若手の抜擢が急務だった。

そして息子の真打ち昇進は
父 志ん生の最後の願いでもあった。

まさに この年の暮れ
志ん生は病で倒れることになる。

生前の 志ん朝と親交があった…

なんか それで売れてくるのはいいけど
映画に出たりテレビへ出たりすると

そっちのタレントになっちゃって
落語が おろそかになりゃしないかと。

お父さんとしては
そういう危惧もあって それで…

…というとこもあったのではないかって。

これは それはね お父さんの
志ん生さんばかりじゃなくね…

…という先輩は
みんな思ってたんじゃないですか。

初日 父 志ん生の
十八番…

そして4日目 8代目 文楽の十八番…

聞く者を うならせたという その高座は
どんなものだったのか?

違うのよ。 志ん生の
「え~と う~ん…」ってやるのとさ

タンタンタンタン!っていうのと
違うのよ 芸風が。

俺は こうやる。

…っていうところを
見せたんじゃないかと俺は思うね。

その貴重な録音が

ラジオ局に残っていた。

昭和37年3月24日に収録された 「明烏」。

志ん朝の現存する最も古い高座の音声だ。

「明烏」は 吉原の遊郭に
真面目で堅物の若旦那を

仲間が うそをついて連れ出す噺。

ここは御利益のある お稲荷さんだと
言いくるめ 茶屋に上げようとする。

では その場面から。

(志ん朝)
「おい うまくいっとるねえ ええ?
こうこなくちゃいけないよ。 ね。

ここまで芝居がトントントンと
いってるんだから。 うん。

ま 向こうへ着くまで分からねえように
してえじゃねえか。 な?

だから俺 これから先にね
あの茶屋 行ってね

女将に すっかり話をするから
いいかい?

お前ね あの若旦那 連れてきてくれよ
いいかい? 頼むよ 分かったね。 うん。

まあ まあ はい!
あっ まあ いらっしゃいませ。

ま 珍しい方が お見えになって。
さあさあ どうぞ こちらへ。

どうも すまないね。
すっかり ご無沙汰しちゃって。

いやね いろいろと用が多くて
なかなか来られなくてね。

いや それよりね あの 今日は ひとつね

女将に是非とも
頼みたいことがあるんだがね。

まあ 私にですか? へえ。
まあ 私で できることでしたら

かまいませんよ。
あの なんでございましょう?

すまないが ちょいと
耳を貸してもらいたいんだ。

はあ 耳をね。 あの どっちの方の?

どっちだっていいんだよ
聞こえる方の耳がいいやね。 実はね…。

ああ はあ はあ… はあ…
まあ へえ? ほんとに?

うそ おっしゃい! えっ ほんとに
二十歳にもなって まあ…。

へえ へえ あら まあ 嫌ですわね。
あら はあ はあ!

なんだよ 分かってんの?

まあ 驚きましたね。 そうですか。

そんな堅い方が
よく おいでになりました…。

えっ? ええ お稲荷様に
お籠もりに行くと言って?

まあ 悪いうそをついて。

へえ そうですか。
はあはあ 分かりました。

それで ここが
御巫女の家ということにして

ああ ここにいる妓
みんな御巫女ですか。 へえ。

あたしが? 御巫女頭?
やですね どうも ねえ。

そんなのありませんけど
まあ 引き受けましょう。

頼むよ ひとつ。 いいかい ええ。
ほら 来た。

向こうから 太助が連れてきたろ。
あれがそうなんだよ。

もしぃ 坊ちゃん!」。

それまでの ゆったりとした落語とは
全く違う キレと臨場感。

それは まさに
天才 志ん朝の

圧倒的な才能が
花開いた瞬間だった。

その日 会場に駆けつけた
清水一朗の証言。

やっぱ この人が出てくると…

で こう ガーッと みんながもう

志ん朝 志ん朝っていう
朝太 朝太っていう

こういう盛り上がりが 客がね

その なに 待ち構えてる姿勢が
あるんじゃないですか。

やっぱり…

一人の若き天才の登場は

間もなく 落語界全体に
まばゆいほどの連鎖反応を巻き起こす。

何を負けるかと反発するように

その後の落語復活を担う若手が
頭角を現していく。

中でも筆頭は
落語界に戦国時代を呼ぶ この男だった。

こちらを ご覧下さい。

後輩の志ん朝に先を越された
先輩落語家たちの名前です。

その数 なんと19人。

この中には 後の三遊亭圓楽や

春風亭柳朝など

実力派の落語家もいました。

2つ目の視点は この抜かれた先輩の一人。

後の 立川談志です。

入門が 志ん朝より
5年早い談志は

後輩の出世に
激しく憤りました。

そして その怒りは
何とも奇妙な形で

落語界を活気づけます。

誰より 志ん朝を評価し
そして反発した男。

言うに言われぬ アナザーストーリーです。

歯に衣着せぬ型破りな言動で
落語に革命を起こした…

それにしても 麻原彰晃が
死刑になったという

死刑に決まったという

久しぶりに なんか
麻原のネタができそうで

うれしくてしょうがないんだ 今 俺ね。

知ってますよね
あれは俺の弟子だってことは。

え~…。

体が宙に浮くことから何から
みんな あたしが教えたんです。

「あれ 体が宙に浮いて
どんなプラスがあんでしょうね?」

なんて言ってましたよね。

「屁が籠もらないよ 先生」って。

この男の志ん朝への評価は
随分 変わっている。

酷評したかと思えば…。

一体どういう関係なのか?

談志とは学生時代から
つきあいが深い

元TBSアナウンサー
川戸貞吉に聞いてみた。

う~ん…。

口が裂けてもライバルとは
言わなかったろうね。

談志さんのことだから。
たとえ ライバルと思ってても。

口が裂けても
ライバルとは言わないと思います。

自分の方が上だと。

私は思ってたと思いますよ。 ええ。

言うに言われぬ
志ん朝への複雑な思いとは?

立川談志は…

入門は志ん朝より5年早い。

骨の髄からの落語好きで 野心も人一倍。

実は入門以来 誰より 志ん朝を
かわいがったのは談志だった。

ならばこそ 真打ちで抜かれたのは
我慢がならなかった。

談志さんから連絡あって
「ちょっと飲もう」って言うんで。

その一杯飲み屋へ入って そこで聞いたの。

「あの 志ん朝が
真打ちになるんだそうだ」って。

驚きましたよ そりゃあ。

そりゃあ 志ん朝さん うまいよ。

それから
談志さんにはない色気があって

調子がよくて 明るくて

もう滑らかで 人気もある。

でも まだ入って数年じゃないですか。

怒ったあと 悔しがったよね。

怒ったというより 悔しがったよ。

そんな強引なことされて
文句も言えないんだから。

これは 志ん朝が
真打ち披露公演を行った時の出演表。

当時 「小ゑん」を名乗った その名前は
どこにあるかというと…。

なんと
寄席を休んでいた。

むくれぶりが
うかがえる。

談志だけではない。

志ん朝に抜かれた先輩たちの間では
不満が くすぶっていた。

もちろん 落語界の上層部も

このままでは収まりがつかないことは
分かっていた。

そこで今度は 他の若手たちを

短期間の間に
まとめて真打ちにするという

思い切った手に出る。

談志は 志ん朝から
1年遅れで真打ちに昇進した。

談志は その後も
度々 志ん朝を酒に連れ出した。

そして いつも これからの落語は
どうあるべきか 議論を ふっかける。

だが…。

2018年に亡くなった
弟子の立川左談次は

議論は いつも空振りだったと
生前 証言している。

そんな時でも志ん朝師匠は…

なっちゃったもん勝ちみたいな。

(取材者)あんまり そういう
芸論とかはしなかった?

あんまりしないけどね。
志ん朝師匠自体が あんまり…

間もなく談志は 志ん朝とは全く違う
異色の芸風を発揮し始める。

自らテレビ局に持ち込んだ企画 「笑点」。

若手落語家を束ね お茶の間に進出した。

同時に 落語に新風を吹き込んだ。

新聞なんか見て

こう 悪いニュースなんて言うけど
ニュースは悪い方がいいんでね。

「警官 人殺し」なんて怖いわね。

お巡りさんに
ものも聞けないわね なんて。

そうじゃないの。
あれだけ話題になるってのは

他の警官が いかに健全であるか
ってことなんですよ。

みんな やったら
話題になんかなるわけねえ。

落語に 「今」を取り入れた

独自の進化路線は

やがて 談志の代名詞となった。

談志と親交が深かった 毒蝮三太夫は

あの破天荒さが生まれた裏に
志ん朝の存在があるという。

志ん朝の落語っていうのは やっぱり
ほんとに 誰が聞いたって すばらしい。

でも談志は
途中で他の落語になっちゃうとか

最後 また元へ戻るとか

それから
北朝鮮の話を入れちゃうとか。 ね。

だから それは 「おい…」

だけど 志ん朝さんはね…

…って志ん朝さんも思ってるんですよ。

そういう点ではね 切磋琢磨するね
とってもいいね 得をした2人だ。

王道の古典落語を深める 志ん朝。

かたや 独自の芸風を確立する談志。

だが 談志の目の先には終生
志ん朝がいたことは疑いようがない。

川戸には後年 こんな思い出があった。

今でもね 覚えてるのはね

談志さんと2人で 袖でね
東横落語会だったと思うがね

志ん朝さんの「愛宕山」を聞いたの。

横でね うなってたもんね。

「いいねえ」つって。

「うん 大したもんだ」つって。

もう それは覚えてますね。

ツッ ツッ ツッ

ツツツツツツツゥーッ!

ただいま帰りました。
上がってきたよ おい。

偉いやつだねえ!

お前は生涯 ひいきにするぞ!
ありがとう存じます。

金は どうした?
あっ 忘れてきた!

(笑いと拍手)

昭和40年代以降 落語は俄然
活気を取り戻す。

ブームを つくり上げたのは

志ん朝に反発するように腕を上げた
あの若手たち。

やがて それぞれが
一枚看板となっていく。

(川戸)今にして思うと
あの時にドンドンドーンと

真打ちになった人たちが
後の落語界 支えるんだからね。

皮肉な現象というか。 うん。

でも それは… それは やっぱり
志ん朝さんが

その なに つらいのを乗り越え

それから 談志さんや圓楽さんや
柳朝さんが悔し紛れに…

こう なに
やったからなんですよ きっと。

だから みんなの力が ワッと
出たんだろうと思いますね。 皮肉にも。

「親の七光り」。

真打ちに昇進した その時
そう陰口を たたかれたという志ん朝。

以来どんな思いで
仲間の様子を見ていたのだろうか。

24歳で真打ちに昇進して以来

まさにスターとして
落語界を牽引し続けた志ん朝。

これは 志ん朝が この世を去る1年前
62歳の時の写真です。

奥ゆかしい表情の裏に 一体どんな思いを
秘めていたのでしょうか。

その熱い思いに触れた落語家がいます。

2人には ある共通点がありました。

それは 偉大すぎる父を持つということ。

昭和の爆笑王 林家三平の子である正蔵は
人知れず悩みを抱えていた頃

志ん朝の意外な一面に
触れることになります。

天才落語家の知られざる顔が明かされる
アナザーストーリー。

お母ちゃん パンツが破けた!

またかい!
って それだけですからね。

晩年の志ん朝から
毎年1回 北海道に呼ばれ

2人だけの時間を過ごした。

そこでの志ん朝は
寡黙な ふだんの様子とは

全く違っていたという。

はい。 2人っきりです。

なんて貴重な時間だったんですかねえ。

(取材者)
なんで正蔵さんにしたんですかね?

(笑い声)

それは こちらから伺いたいです。

志ん朝の隠された素顔が明かされる。

番頭さんが また今度来てくれって
そう言われました。

正蔵は 3代続く
噺家の家に生まれ

父は破天荒な男
林家三平だ。

一番最初
都へ乗り込んで参りましたのが

木曽義仲という武勇絶倫の大将。

倶利伽羅峠の…。

あっ いらっしゃいませ。

(笑い)

今 いらっしゃるんじゃないかって
うわさしてたんで ございます。

ハチャメチャな創作落語や漫談で
テレビでも人気を誇った。

だが 正蔵が落語家になったのは
父の影響ではなく

中学2年の時に見た
志ん朝の高座が きっかけだったという。

出囃子にのって お出になられて
座って語る。

そのさまを見た時に

かっこいいっていう言葉しか
出なかったんです。

「これだ~!」って思ったんですね。

中学卒業と同時に入門。

そして9年かけて 林家こぶ平として
真打ち昇進を果たした。

かわいらしいキャラクターで
お茶の間でも人気者。

しかし その陰で

1つの悩みを
抱えるようになる。

客に期待されるのは
いつも 父のようなハチャメチャさ。

本当は 本格的な…

だが その思いを
誰にも打ち明けられなかった。

そんな ある日 正蔵の家の電話が鳴った。

かけてきたのは 恐れ多くて
ほとんど話したこともない志ん朝だった。

「こぶ お前 仕事じゃないけど…」

(取材者)仕事じゃない?
ええ。

「お前 飛行機代ぐらいあるだろ。

「テレビ出て 飛行機代ぐらい
持ってるだろ」って言うから

「はい あります」
「じゃあ ちょっと 旭川」。

なんで 旭川なんだろう?

行き先は ゴルフ場。

正蔵は黙って
志ん朝のゴルフに つきあった。

プレーが終わり
サウナで2人きりになると

志ん朝が話し始めた。

師匠と私とサウナに行って
こう 師匠の隣に座るんですよ。 憧れの。

そうすると
落語の話ばっかりなんですよ。

…って言うから 「はい やりたいです」と。

落語家なら
誰もが憧れる

古典落語の
最高峰…

人情の表現が
極めて難しい

志ん朝の
十八番だった。

「あの噺 どこが難しいか分かるか」
って言うから 「いや…」。

「えっ?」
「あの女将なんだよ」。

「あの女将 佐野槌の女将ができないと
だめなんだ」っていう話を

じかに隣で しかも ほぼ…

裸で。 ええ。 サウナですから。

なぜ正蔵を呼んだのか
志ん朝は 一切語らなかった。

だが 芸論が嫌いなはずの男が

自分が重ねてきた試行錯誤やコツを
熱く語り続けたという。

「こいつは ちょっと 大丈夫かな」って

師匠 思ってらっしゃったんじゃ
ないですかねえ。

で うちの親父のことが好きで
同じ噺家のせがれで…

何か伝えておかなきゃって。

この子には どうにかなってもらわなきゃ
一人前になってもらわなきゃって。

師匠 思われてたのかなあ。

志ん朝に ひそかに感謝する男は
名古屋にもいる。

ここ 大須演芸場は

90年代 深刻な経営不振に陥っていた。

悩んだ席亭の足立は
スターである志ん朝に

来てもらえないかと
頼んだことがある。

志ん朝さんのとこへ電話したわけだ。

「いい。 いいよ いいよ」と言うので。

「ちょっと どうなるか…」って言うと

「いいんだよ。 あんた もう すぐ
そういうこと言うんだから」。

「僕のことなんて
気にしなくてもいいから」。

志ん朝は経営を助けるために

それから毎年 独演会を開いてくれた。

あれは どうしたって聞かれた時に
女なんだから

食べちゃったってことはないんだよ。

その時
ここで活動していた…

もとは東京で
志ん朝の後輩だったが

行き詰まり この時 大須にいた。

「歌笑 お前 うまくなったなあ」つってね。

で 「頑張んなさいよ」って。

これ言われた時はね
うそでもね 言ってもらえた時はね

私のような芸を言ってくれた時は
うれしかった。 うん。

「ありがとうございます。
聞いてて下すったんですか」と言ったら

にやっとね はにかんだのね。

あれが何とも言えないね

ああ 喜んでるんだなと。

2001年7月。

志ん朝は 生涯で最後の
対談を行っている。

相手は 正蔵だ。

正蔵はこの時 父 三平の陰で
自身が葛藤し続けてきたことを

初めて志ん朝に打ち明けた。

その時 志ん朝は こう言った。

「自分は自分の
やり方しかないんだ」。

「こぶは…」って その当時

「こぶは 三平兄さんみたいな芸は
できないんだよ」。

だから… ね

おのずと自分のやりたいように
やりなさいっていうことを。

それは
偉大な父のかげを
感じ続けた

志ん朝の思い
そのもの。

取材を嫌った志ん朝が

テレビのインタビューに応じた
貴重な映像がある。

そこで志ん朝は
父のことを こう語っている。

うちの親父は
「う~ん」つって

何だか訳の分かんないこと
言ってるけど

志ん生ファンは
それがいいんですね。 うん。

しゃべらなくていいんだ
って言うんですよね。

そこで 一杯 やっててくれてもいいし
お茶飲んでタバコ吸っててくれてもいい。

それでいいんだって。

そこまでになれたらいいなと思いますね。

楽ですよ。 昼間っから
お酒飲んでていいんですから。

(聞き手)そこへいくまでが でも…。
そりゃあ大変だったと思いますよ それは。

戦争に ぶつかって こうだっていう
ようなことや何かがあって

それで なおかつ
自分の前々から努力していたものと

持って生まれたものとが
一緒になって できたんですからね。

「父とは別の自分の道を行く」。

それは志ん朝を
終生 支えた言葉だった。

志ん朝は この対談の
2か月後に亡くなる。

享年 63。

多分 志ん朝師匠のお言葉で
吹っ切れたんです 全て。

亡くなる年の。

もう迷ってない。
そこから迷わなくなりました。

噺家のせがれで
父親が とても偉大な方で

そこで どうやって生きていくか
っていうことの苦労は

お前だったら分かるよねっていうことを
教えて下さったのかな。 うん。

ところで。

志ん朝は あの男とも
不思議な関係を続けていた。

一度は落語協会を分裂させたほどに
反発し合った2人だが

人知れず 酒を酌み交わしていた。

その場に居合わせた
談志の弟子 立川キウイが

ある日の会話を教えてくれた。

やっぱ うれしかったんじゃないですか。

すっごく うれしくなっちゃって。 ええ。
それでもう なんか…。

もともと うちの師匠って
そんな飲めないんですよ。

キュンキュン飲み始めちゃって。

(キウイ)そしたら志ん朝師匠が
言ったんですね 「兄さん…」

(キウイ)そしたら 師匠が…。

…って言ったんですよね。
だから やっぱ 志ん朝師匠も

その時は
うれしかったんじゃないんですかね。

志ん朝師匠も うちの師匠のことは
すごく認めていたんだと思いますし

で うちの師匠も もちろん
志ん朝師匠のことを認めてたわけですし

やっぱ お互い好きとか
嫌いとかじゃなくて もう

縁が しっかり つながってたんじゃ
ないかなと思うんですよ。

志ん朝が亡くなった時 談志は
談志らしいメッセージを残している。

「綺麗な芸を残して
見事に死んだ。

結構でしたよ。

古今亭志ん朝
本名 美濃部強次」。

日本の話芸を崖っぷちで救った男は
静かに去った。

ほら 来やがったってんで
スパーンと千段巻の所から先を

切り落としちゃったの。 やりの
先っちょが なくなっちゃったの。

どうにも しょうがない。 ねえ。

やりくりが つかないっていうのは
これから始まったんだよね。

持ってても しょうがないから
放り出しちゃった。

やりっぱなしの元祖。
そんなことはない。

慌てて大刀の柄に手をかけて
抜くより早く たがやが 先に飛び込んだ。

えいっ! 横にはらった 一文字。

殿様の首が中天高く スポーンと上がる。

見ていた見物人が 声を そろえて

た~がや~!

(拍手)

ありがとうございました。