開運!なんでも鑑定団【謎の竹カゴに驚き鑑定額&緊急開催!衝撃値お宝は今】[字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

開運!なんでも鑑定団【謎の竹カゴに驚き鑑定額&緊急開催!衝撃値お宝は今】[字]

■値札に168万円…父の形見<謎の竹カゴ>は伝説職人作?衝撃値■懐かしフィンガー5&美しき古民家の絵に驚き値■緊急開催<アノ衝撃値お宝は今>…その後を大追跡■

詳細情報
番組内容
新たな企画が登場!名付けて「あのお宝は今!?」。思いもかけない鑑定結果に笑う者…そして泣く者…様々なドラマが展開される我らが鑑定団。しかし、物語はここで終わりではなかった!今回、気になる依頼人とお宝のその後を徹底調査したところ、
「お宝を売って借金地獄を脱却した!」「ニセモノのお宝が客を呼んだ!」「巨大お宝を目玉にしたミュージアムを計画中!」など、衝撃の後日談が次々と明らかに。
つづき
その驚きの顛末にスタジオ騒然!!
出演者
【MC】今田耕司、福澤朗
【ゲスト】晃(元フィンガー5)
【アシスタント】片渕茜(テレビ東京アナウンサー)
【出張鑑定】あのお宝は今!?
【出張なんでも鑑定団レポーター】チャンカワイ
【ナレーター】銀河万丈、冨永みーな
鑑定士軍団
中島誠之助(古美術鑑定家)
北原照久(「ブリキのおもちゃ博物館」館長)
安河内眞美(「ギャラリーやすこうち」店主)
山村浩一(「永善堂画廊」代表取締役)
大熊敏之(日本大学芸術学部教授)
関連情報
【番組公式ホームページ】
www.tv-tokyo.co.jp/kantei/

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
バラエティ – その他
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸

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キーワード出現数ベスト20

  1. お宝
  2. 万円
  3. お願い
  4. 民家
  5. 尚月斎
  6. 登場
  7. オープン
  8. ニセモノ
  9. 向井
  10. 柿右衛門
  11. パパ
  12. 鑑定
  13. 作品
  14. 早速
  15. 拝見
  16. 林尚月斎
  17. スタジオ
  18. ミュージアム
  19. 依頼人
  20. 画家

解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)

   ごあんない

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Hey!
Hey!
Hey!

<印象的なハイトーンボイスで
一世をふうびした

元フィンガー5の晃さん>

<父がショーパブを経営していたため

3人の兄は小学生のころから
バンドを組み

店で演奏していましたが

晃さんは音楽活動には
まったく興味がなかったそうです。

しかし 1969年 兄たちが
全国デビューしたいと言いだし

一家で上京すると

歌がうまかった晃さんと

妹の妙子さんもグループに参加。

翌年 ベイビー・ブラザーズとして
デビューを果たしましたが

3年間は鳴かず飛ばず。

そのため 心機一転
フィンガー5に改名するも

やはり売れなかったため…>

< と決め
『個人授業』をリリースしたところ

なんと売り上げ
145万枚を超える大ヒットに。

更に 『恋のダイヤル6700』
『学園天国』と

3枚連続で
ミリオンセラーを達成しました>

< しかし
一躍人気者となったため

晃さんに

< もちろん
断固拒否した晃さんは

13歳になると声変わりが始まり

3オクターブあった声域は
2オクターブすら出なくなってしまい

やがて活動を休止。

その後 一般企業に就職し

不動産の営業マンとして
働いていましたが

再び音楽への思いが募り

2002年 ソロ歌手として活動を再開。

2010年からは
元フォーリーブスの 江木俊夫さん

狩人の高道さん 更に
あいざき進也さんとともに

ユニットも結成。

「ありがとう ありがとう」

<59歳になった現在も
夢コンサートを中心に

年間100本以上の
ライブ活動を行っています>

依頼人の登場です。

(片渕)
東京都からお越しの晃さんです。

ようこそ 「鑑定団」へ。
よろしくどうぞ お願いします。

いや~。
うわぁ 晃さんだ。
ねぇ!

うれしい。
我々は見てた世代ですよね。

もうリアルタイムで見てました。
すっごい人気だったのよ。

黄色い声援すごかったですもんね。
うん 「キャーッ 晃」みたいな。

みんな晃くんのファンだったの。
下世話な話 出演料とかって

5等分されてたんですか?
そうなんですよ。

みんな同じ 5等分で。
でも 俺 昔読んだ雑誌で

妙子ちゃんと晃くんの
財布の中身は360円でしたよ。

俺 メッチャ覚えてるんですよ。
妙子ちゃん好きでしたもん。

フィンガー5としての再結成は
ありえないんですか?

まぁ みんな 今は
クール・ファイブみたいになっちゃって。

『学園天国』
ちょっと無理ありますね。

さあ そんな晃さんのお宝を
じゃあ拝見しましょう。

オープン! あら…。
おっ。

柿右衛門さんのですね
菓子皿5枚です。

僕の親戚がですね 昔あの

富山の薬売りを
してたらしいんですよ。

そのときに薬代として
いただいたみたいなんですよね。

100年くらい前のものだと
思うんですけども。

そんな時代ですか?
メチャクチャきれいじゃないですか。

白いのって珍しいですからね。
柿右衛門さんのほうで。

これは 柿右衛門だっていう証しは
どこかにあるんですか?

裏に福っていうのがありましてね。
後ろにありますね。

どの辺がいいなとか…。
縁がこう 何て言うんですか

きれいに柄があるんでね。
あと真っ白だっていうのがね。

フィンガー5の晃さんが5枚ね
柿右衛門 持ってくるっていう。

あら!
5つながりで。
ラッキーナンバーじゃないですか。

ご本人の評価額です。
おいくらでしょう?

1枚30万として 5枚で150万。

それくらいの価値が
あるんじゃないかと?

親戚代表で来てますから 今日は。
わかりました。 まいりましょう。

オープン ザ プライス!

60, 000円!
ちょっと伸びませんでしたね。

あら? 柿右衛門では ない?

1世紀ほど前の
柿右衛門窯の白磁ですね。

柿右衛門独特の濁手ではなくて

一般的な白磁なんですよね。

葡萄唐草の文様が
陽刻されておりますね。

これはね 柿右衛門家に
江戸時代から代々伝わる土型

それによって
型打ち成型されたものなんです。

ですから 古い江戸時代の
柿右衛門の器にも

同じ文様を見ることが
できるわけですね。

事情がありましてね
昭和3年から

角福のマークを
使うことができなくなるんです。

この器を見ますと 裏に

染め付けで角福のマークが
入っておりますね。

ですから これは
昭和2年までの間に

作られたもんだということが
わかるわけなんです。

5客そろってるっていうことは
会席料理に使えますね。

そろいのままで
大切にお使いになって

楽しまれたら
いかがかと思います。

う~ん。
ありがとうございます。

ニセモノじゃなくて本物…。
よかった~。

それだけでも安心できました。
ぜひぜひ 大事にしてください。

はい ありがとうございました。
どうも ありがとうございました。

どうも ありがとうございました。
(拍手)

<今宵 新たな企画が登場!

名づけて

<番組に出演し
思いもかけない結果に笑う者。

そして 泣く者。

しかし ドラマは
ここで終わりではなかった>

< そして こちらは
いったいどうした!?>

< と その前に…。

やってきたのは 東京都荒川区。

早速 ご自宅にお伺いすると

なぜか玄関先に
座り込んでいらっしゃいました>

<次なる

< こんな寒空の下で
いったい どうしたんですか?>

平日は 朝から晩まで

配送業の仕事で忙しいんで

休日は せめて
僕の大好きな缶チューハイを飲んで

1日をすごしたいです。

< そうなんですか。

とっても貴重な
ひと時だったんですね>

なかなか ちょっと
相手にしてもらえないんで…。

<愛娘の優愛さんによれば…>

酔っ払うと
すんごい変な感じで…。

みたいな感じです。

<元気 出してくださいね。

ところで

父が遺してくれたもの
なんですけれども…。

< それは15年前
父 紀久雄さんが他界した際

形見として受け継いだもの>

長男なんだから これ
ちょっと じゃあ アンタにあげるよ。

って言われて なんか…。

それを見たら えっ…。

これが 168万!?

< そこで 喜び勇んで
近所の骨董店に

持ち込んだのですが…>

< の ひと言。

これには加藤さん 大困惑>

160万の差があるんで…。

そんなバカな話はないだろう…。

鑑定のほう
よろしくお願いします。

< わかりました
スタジオでスッキリさせましょう>

依頼人の登場です。

(片渕)東京都からお越しの
加藤信行さんです。

ようこそ 「鑑定団」へ
よろしくどうぞ お願いします。

お願いします。
いやぁ…。

平日 飲まないんですもんね?
平日は まったく飲まないです。

まったく飲まないから。
休みの日に 自分へのごほうび

ということで。
そらそっか~ そのあとに

娘さんと遊ぼうと思たら
嫌がられる。

嫌がられますね。
今日 娘さん

一緒に来てくれて…。
来てます。

ゆうたん 来てくれた。
今のパパは いいでしょ?

はい どのパパよりも優しいので

でも お酒飲んだときは
ちょっと嫌です。

そうか。
飲んだとき もう1回やって。

ゆうた~ん。
(笑い声)

それは 嫌やな~。
似てる 似てる。

パパの好きなところ どこですか?

お菓子買ってくれたりとか…。

お菓子か…。
もう それしかないですよね。

将来 パパみたいな人と
結婚したいとかはないの?

ないです。
ない!

さぁ 拝見させていただきましょう
お宝オープン!

うん? これなんでしょう?

林尚月斎の 竹細工の籠ですね。

ほ~。
1本の竹から

作られてるんじゃないかな
と思うんですけど…。

どうやって使うのかなとか…。
フルーツかなんかを入れたり…。

ホテルとか行ったときにね。
そうそう…。

バリとか なんか…。
あっ そうですね バリとか。

お父さんは どうやって
手に入れたんですか?

おそらく 借金のカタかなんかで
たぶん…。

お金借りてるほうの人が
いや これ

こんな値札ついてました
みたいな…。
そうですね。

そこが ちょっと
怪しいかもしれない。

高額ついたら どうしますか?

ハワイ ワイハです。

いいですね~。

評価額 低いと ちょっと 娘と
かみさんしか行けないんで

僕 ちょっと入れてもらえないんで
なるべく高く評価して…。

3人で行きたいかなと思って。
外れるのは お父さんなんですね。

まぁまぁ 2人 ハワイ行ったら
もう 玄関で吸い放題ですよ。

ありかもしんないですね。

<竹は 温暖湿潤な東南アジアを
中心に生育するイネ科の植物で

中は 空洞で軽く
丈夫で よくしなるうえに

割ったり裂いたりといった
加工が容易なため

古来より 生活道具の素材として
重宝されてきた。

竿 籠 筆など
竹を部首とする漢字が

1, 000字以上あることからも

竹が いかに我々の生活に
根付いているかが伺えよう。

芸術的要素を兼ね備えた

工芸として花開いたのは

江戸時代のこと。

茶道が広く 庶民の間で

たしなまれるようになると

花入をはじめとした

< その技法は 竹ひごを編んで
造形する編組物や

円筒形の竹を そのまま用いる
丸竹物に分類されるが

黄檗宗の僧
売茶翁が広めた煎茶道では

中国渡来の細やかな
編みの籠が好まれた。

そのため 大坂・堺では これを
模した籠を作る職人が集い

腕を競い合った。

明治になると
早川尚古斎などの籠職人が

個性を発揮。

デザインに創意工夫を凝らし
更に 昭和には

独自の様式を確立する
竹工芸家が次々と誕生。

林尚月斎も その1人である>

<当時 この一帯は
竹やぶだらけで

父は 家業の茶屋を営むかたわら

竹籠を編む小商をしていた。

そのため 幼い頃から
籠編みを手伝っていたが

それは 創造性のない
決まりきったものだったため

いつか 後世に名が残る
仕事がしたいとの思いを

募らせるようになった。

15歳で丁稚奉公に入ると

昼は 籠作りに追われながらも

夜は 古今の名品の形や
編みの種類を学び

研鑽を積んだ。

23歳で独立。

林尚月斎と名乗り

目黒川のたもとに
店を構え

念願の一点ものの制作を始めた。

1943年 新文展で
初入選を果たすが

その際 他の作品が
いずれも古色蒼然として見え

尚月斎は 竹工芸の
近代化の必要性を悟った。

そこで 試しに
洋風の食器を作ってみたところ

これが アメリカで大評判となり

尚月斎は 世田谷に
日本竹芸社を設立>

< を スローガンに
国内外で商品を販売し

大きな注目を集めたのであった。

また 竹工芸家
林尚月斎としても

新たな作風を展開。

もともと 細かな編みより

大きく粗い編みを
得意としていたが

その傾向が 更に深まり
加えて 取っ手に折り曲げた

丸竹を使用するなど
大胆な造形にも挑戦している>

<鉄脚盛器は
1953年に発表した意欲作。

しなやかな曲線に
編み上げた籠に

鉄製の脚をつけるという
斬新なデザインは

もはや 籠というより
北欧家具のごとくである。

当然 毀誉褒貶相半ばしたが
そんなことは どこ吹く風と

独自の道を突き進んだ>

<竹連鎖文屏風は
尚月斎芸術の集大成。

籠と違い 竹を平面に造形すると

そのしなやかさが あだとなり

一定の枠に収めるのは
極めて難しいが

竹の特性を知り尽くした
尚月斎は

緻密な編みと鉄芯を
組み合わせることで これをカバー。

竹を見事な
壁面装飾へと昇華させ…>

<竹とともに生きた人生。

墓碑には 「竹」の一文字。

改めて依頼品を見てみよう。

林尚月斎 作の籠である。

大胆に裂かれた竹が
ぐにゃりと曲げられた

極めて斬新なデザインだが

竹を知り尽くした
尚月斎ならではの

仕事が 随所に光っている>

いいじゃないですか。

優愛ちゃん これ
いいものかもしれないよ。

いいものだったら
「ゆうた~ん」を

5回まで許してあげましょう。

<果たして どうなるのか?>

ご本人の評価額は
おいくらでしょう?

100万円 期待したいと思います。
100万円。

まいります。 オープン ザ プライス。

いった~!!
おめでとうございます!

170万!
すごいよ 優愛ちゃん!

170万!

うわぁ すごい。
ハワイ ゲット~!

尚月斎の作品で
間違いないですね。

非常に やっぱり
出来がいいものです。

おそらく
1950年代後半くらいの

作品じゃないかなと思います。

尚月斎というのはですね
日本の工芸師のなかでは

ちょっと
軽んじられてるといいますか

竹工芸となりますとね
生野祥雲斎ですとか

それから 飯塚小齋。

尚月斎も そういう名工と
並び立つ名人でして。

メトロポリタン美術館の竹工芸の…
中にも作品入ってますし。

もっともっと
尚月斎の価値っていうのは

知られてもいいだろうと。

もし これが展覧会の
出品作ということになりますと

200万くらいに
なるはずなんですが

それが
見当たらないということで170万。

公的機関に収まっても
いいんじゃないかな

というくらいの
出来の作品だと思います。

大事になさってください。
ありがとうございます。

缶チューハイじゃなくて 生レモン絞って
いいんじゃないですか。

そうですね ご自分で作って。
レベル 上がりますね。

さぁ 優愛ちゃん いかがですか?
パパのこと見直しましたか?

いっ…。
え~。

どうも おめでとうございました。
ありがとうございました。

< あんなお宝 こんなお宝。

その後 たどった運命を徹底調査。

そこには それぞれに
あっと驚く ドラマが!

それではいってみよう!>

お待たせいたしました。
特別企画

「あのお宝は今!?」
でございますが。

ちなみに お二人 先日 このスタジオに
ご登場いただきました

日本モンキーセンターのお宝
覚えてらっしゃいますか?

モンキーセンターしか覚えてないですね。

お宝 何でしたっけ?
お宝 何やったっけ?

絵?
絵です。

「見ざる・聞かざる・言わざる」。
そうだ そうだ。

あれは 一応 作者は
どなたってことでした?

え~?

ピカソ?
(笑い声)

<愛知県 犬山市にある動物園
日本モンキーセンターは

新型コロナウイルスの影響で
来園者が激減し 大ピンチに。

そこで
集客のきっかけ作りのため

鑑定を依頼。

お宝は 60年ほど前に寄贈された

猿にまつわる品
5, 000点の中から

選りすぐったもので

森狙仙が
「見ざる・言わざる・聞かざる」の

三猿を描いた掛軸と

取っ手に猿が施された
古瀬戸の水注の2点。

放送後には
その結果を伝える企画展を

開きたいとのことでした>

万が一 2つとも
ニセモノだったら どうします?

それでも 展示は
しようかなというふうに。

古瀬戸と思っていましたが
みたいな?

「鑑定団」に出た結果
違うということが判明!

というのを
お客さんに見ていただく。

<古瀬戸の水注の
本人評価額は 50万円。

鑑定結果は?>

出た~!!

< なんと 350万円!>

すごい すご~い!

大珍品 珍しいもんですね。

猿の取っ手っていうのは
私 初めて見ましたね。

手の込んだ
いい仕事しております。

< そして モンキーセンター
一押しのお宝と

期待していた
森狙仙の掛軸は…>

< まさかの ニセモノ>

がっかり!

これ ショックだな~。
ショックだ。

残念ですね。 でも 真実というか

こういうものだっていうのが
よくわかりました。

放送翌日から3週間
施設内の一角で

展示が行われました。

収蔵品の一部と 番組で
鑑定したお宝2点が

それぞれ 専用のケースに入れられ
展示されました。

森狙仙は ニセモノなんですが

絵の前には 厳重に
柵まで設置されていましたよ。

中島さんと安河内さんの
解説も紹介されていて

もちろん鑑定額も
堂々と載せております。

あっぱれ!

皆さん 食い入るように
真剣な まなざしで

ご覧になってますね。
いいじゃない。

最も人気があったのは

鑑定額350万円の古瀬戸ではなく

ニセモノと鑑定された
森狙仙の掛軸だったそうです。

やっぱ見たいんだって。

<続いては この方。

ノリノリで歌っている彼女は
中国出身の貝原ベイさん。

なぜ こんなことを
しているのかというと

彼女が持ってきたお宝が
人生を変えたのです。

今田さん 覚えていますか?>

覚えてますね これ。

<貝原さんが登場したのは
2018年12月。

夢は…>

なんで大阪の心斎橋なんですか?
人が多いから。

ちょっと外れても…。
ちょっと外れたほうがオシャレかも…。

絶対いいですよ。
今 考えてるのが…。

ホンマ 心斎橋やったら激戦ですよ。

(笑い声)

< お宝は サファイアのなかでも
特に貴重な

パープルサファイアの原石に 見事な
透かし彫りを施した装身具。

友人に店を開く夢を
語ったところ

開店資金の足しにしてほしいと
手渡されたものでした>

<鑑定結果は…>

いったよ!

< その後 あのお宝は
どうされたんですか?>

それで そのお金と
他に貯めたお金を合わせて…。

<2019年11月 念願の
ウイグル料理専門店を開店。

席数200の広々とした店内と

ラム串などの料理が
評判でしたが…>

新型コロナウイルスが流行りだして
客足が止まっちゃって

3月に

< そのため
家族のいる広島に戻り

新たな働き口を求め
手当たりしだい

パートの面接を受けるも
すべて不採用。

それでも めげない貝原さんは…>

パートの面接が受からなかった…。

その動画が…。

< すると フォロワー数も
みるみる増え

半年足らずで およそ4万人に。

更に その人気に目をつけた

ライブ配信アプリの運営会社に
声をかけられ

現在では 歌の生配信を行う

ライバーとしても活動されています>

「天城越え」

夢は 有名になって
広島のテレサ・テンになることです。

お店は潰れちゃって
とっても残念ですけど

でも今 新しい夢ができたので
とても楽しいです。

タフやなぁ!
バイタリティーあふれますよね。

見習わないとダメね。
2年で お店 作って潰れて

TikTokerになるっていう。
そうよ。

転んでも ただでは起きない感じが
かっこいいですよね。

広島で ホンマに売れたら
おもしろいですね。

そうですね。

<続いては
2020年10月27日に登場した

蓄音機収集家の伊藤良一さん。

お宝は イギリスの老舗メーカー
E・M・ジーン エキスパートの蓄音機でした。

ホーンの直径は 実に93cm。

伊藤さんのコレクションのなかでも
最大で

30年ほど前
ロンドンのオークションで 100万円で落札>

いい値段ついたら どうされます?

手放して…。

それで家内と… クルーズ。

いいですね
奥様と一緒にクルージングを。

そうですね それがいいですね。
ねっ。
はい。

<鑑定結果は…>

やった~ 280万!

すごいです!
すごい値段!

< すると放送直後
番組宛てに1通のメールが。

そこには 「是非
購入させて頂けないか」

と書かれていました。

早速 伊藤さんに
お伝えしたところ…>

ありがたいですね。

< というわけで
購入希望者にお会いするべく

お宝とともに 神奈川県横浜市へ>

さぁ 今回 お宝を
お届けするという大役を

仰せつかりました チャンカワイです。
よろしくお願いします。

さぁ ここらへんにですね
このお宝の購入希望者の方の

お店があるということなんですよ。

あっ あちらですね。

こんにちは。
こんにちは。

よろしくお願いします。
お待ちしてました。

< こちらが…>

<イギリスアンティーク専門店を
県内で3店舗経営する

実業家です。

早速 店内で お話を伺いました>

あの蓄音機 なんで
購入したいって

思うようになったんですか?
実はですね…。

ミュージアム?

目玉として あれがピタッと はまる?
はまるんです。

実はですね こちらが
ミュージアムの完成図なんですよ。

わぁ すげえな これ。

<高輪ゲートウェイ駅などを手がけた
建築家 隈研吾が設計。

コンセプトは 鎌倉の伝統的工芸品
鎌倉彫だそう。

このミュージアムのため
現在 別の店舗を一時的に閉め

内装や展示品のシミュレーションを
しているということで

拝見させていただきました>

うわぁ なんだ これ。

いやぁ すごい お部屋だ。

< こちらの部屋は

19世紀後半の
イギリスをイメージしており

飾ってある家具や調度品は
すべて その時代に作られたもの。

このように
時代設定の異なる部屋を

いくつもつくり
鑑賞してもらう予定だそうです。

というわけで
お預かりしてきた蓄音機を

制作年代と同じ
20世紀前半をイメージした

こちらの部屋で
見ていただきました>

それでは 失礼します。

お宝 オープン!

いや…。

迫力というか
予想を超えてましたね すごい。

大きさが とりあえず驚きです。

こんなデカいの…。

<レコードをかけて
音質も確かめてみることに>

深すぎますね。

ということは もう土橋さん…。

(拍手)

< というわけで 無事…>

いろんな方が見てるもんですね。
見てらっしゃるんですね。

売ってくださいって言われた
あの方ですら

あの大きさに
ビックリされてましたもんね。

スタジオが大きいんで
テレビで見るよりも

たぶん ミュージアムに入れたときに
うわって なったんでしょうね。

ちょっと行ってみたいって
茜ちゃんも…。
そうですね。

しかも 鎌倉にあるっていうのが
おしゃれですよね。

<最後は 青森県深浦町出張に
登場した 漁師の村上さん。

晴れの舞台で 思わぬハプニングが…>

カセットテープを買ってきたから…。
ほう!

それ あったから 俺 練習したの。
あっ! それ聴いたのね テープをね。

あら~! 若い…。
あれ…。

大丈夫?
ちょっと 緊張が激しいからね。

(笑い声)

< お宝は
虹色に輝く希少珊瑚の深海松。

40年ほど前 漁師だった叔父が
引き上げたものですが

もしも 高ければ
すぐに売るつもり。

なぜなら…>

さっき 聞いたら…。

え~っ!?

<鑑定結果は?>

どうぞ。 ジャカジャン! 100万円!

< なんと 2倍>

<ツケは どうなったのか
直撃取材したところ…>

<頼りにしていた深海松は?>

降ろすときも折れて

全然 買い値が
つきませんでした。

30万で なんとか
私を助けると思って…。

全国の皆さん
私を助けてください。

< と 緊急募集。

すると
なんと 同じ青森県内の方から

購入したいとのメールを
いただきました。

早速 村上さんにお伝えすると…>

そうですか。

<早速 メールの送り主に会いに
青森県 平川市へ>

どうも よろしくお願いします。

こんにちは。
よろしくお願いします。

< この方が…>

< こちらは

よろしくお願いします。

こんにちは。
よろしくお願いします。

どうして
買おうと思ったんですか?

買ってあげたいなという気持ちが
あって 購入を希望しました。

たいへん うれしいです。

<更に こちらの別荘
宿泊施設として

貸し出しもしているため

飾って 話題になれば と
考えたそうです。

というわけで 運んできた
深海松を見ていただくことに>

迫力もすごい。

興味なかったんですけども

こんなに カラフルなものだとは
思わなかったので

正直 ビックリしました。

本当に 30万で
買ってもらえるんでしょうか?

はい。

よかったです。

< めでたく 売買が成立。

そして 村上さんが その足で
向かったのは もちろん…>

山中商店から
領収書をもらってきました。

< あれ!?
ツケは30万円だったのでは?>

皆さんも気になるお宝 「あれ
どうなったんや」っていうのが

もし ありましたら…。
あの人は どうなったのか?

番組のほうまで リクエスト
していただきたいと思います。

<続いては
東京メトロ 行徳駅から徒歩4分。

こちらのビルの3階にある
焙煎香房にお伺いしました。

次なる依頼人は
店主の吉田浩司さん 61歳>

< もともと
IT企業に勤めていたのですが

コーヒー好きが高じて
定年退職を機に 一念発起。

昨年6月 試飲スペースを備えた

焙煎豆の販売店をオープンしました>

<珈琲への熱い思い
伝わってきました。

ところで お宝は何ですか?>

< それは 28年前
結婚が決まったときのこと。

父の友人からお祝いにと

3枚の絵をいただいたのですが

そのうちの1枚は

とっても有名な画家の作品だと
言われたため…>

< そこで
有名画家の絵はお返しし

無名の画家の絵を
1枚だけいただくことに。

しかし…>

<有名画家の絵は
そのまま父のものに>

とても価値のある絵だと
信じています。

鑑定 よろしくお願いいたします。

<スタジオで拝見しましょう!>

依頼人の登場です。

千葉県からお越しの
吉田浩司さんです。

ようこそ 「鑑定団」へ。

よろしく どうぞ お願いします。
よろしくお願いします。

今日は いでたちが
全面 珈琲色ですよね。

それに合わせてきました。
ジャケット シャツ 靴にいたるまで。

オーダーメードの珈琲って
僕 初めて聞きました。

たぶん そういうこと
やってる方っていないと思います。

来ていただいてからできるまで

40分くらい かかりますけど

その間 珈琲 飲んでもらって
ゆっくりと待っていただく…。

40分くらい 珈琲飲みながら
ちょっと 本読んでたら。

焙煎してる過程も
すぐ近くで見えるので。

珈琲好きは たまらないですね。

さあ そして お宝ですけれども。

お父さんから奪い返した。
そうです。

拝見しましょう。 オープン。

う~ん。 きれいねぇ。

向井潤吉。
昭和に活躍した画家です。

細かいなぁ。

見てて 懐かしいっていう
感じがするじゃないですか。

ありますね。
日本の原風景みたいなね。

これ くれた方は
どういう人なんでしょうね?

バブルのときに ゴルフ場の開発で
ちょっと羽振りのよかった方で。

あのとき 絵画を
皆さん 買い漁ってて。

かつみ・さゆりさんが大失敗…。
ああ そうなんですね。

将来 高くなるから

大切にしてほしいっていうことを
言われたんですけど

そんな高いのは
ちょっとどうかなと思って

僕は ちょっと
もらえないですよって

言ってたんですけど 父が
勝手に もう飾りだしちゃって

あたかも 自分のものだ
みたいな顔をしてたんですよね。

お父様は
向井潤吉という作家名は

ご存じだったんですか?
いや 全然 知らなくて。

ただ高いって言われたから…。
そういうことか。

奪い返すときは
どうやったんですか?

病気で倒れたときなので

不在だったもので その隙に…。
なんてことするんですか!

もともと あれは
私がもらう権利のある絵を

勝手に持っていったんですから。

こうやって
争いごとって起こるんですね。

<日本の四季折々の風景。

かぎりなく美しい。

かぎりなく愛おしい。

そこに
寡黙に佇む民家があるから>

<向井潤吉は
民家のある風景を

こよなく愛した画家である>

<15歳のとき 関西美術院に入り

4年間 厳密なデッサンを学んだ。

18歳から立て続けに
二科展で入選したが

26歳のとき
更なる飛躍を求め パリに留学。

ルーヴル美術館に足しげく通い

古典的な名画を 次々と模写。

その画法を腕に叩き込んだ。

帰国後は 二科展で活躍したが

ほどなく 日中戦争勃発。

すると 向井は
戦場の現実を描くため

自ら従軍画家を志願し
アジア各地に赴いた。

『影』は 中国 蘇州の街並みを
上空から捉えた作。

家々を覆う不気味な機影が

これから起こる惨劇を
暗示している>

<死の行軍
インパール戦線を描いた この絵は

突然の雨が湖畔に降り注ぐ
壮大な風景画である>

< ところが 戦闘機と黒い煙が。

戦争の愚かさと理不尽が

大自然の恐ろしいほどの
美しさの中に染み渡る>

<国威発揚のための
戦争記録画としては

極めて異色であった>

<空襲のさなか
防空壕に逃げ込む向井が

肌身離さず持っていたものがある。

平凡な 民家の図録であった>

<終戦直後の1945年9月。

『雨』と題して
娘が学童疎開していた

新潟の農村風景を描いた。

以後 向井は民家のある風景を
生涯の画題としたのであった>

< なかでも好んだのが

萱葺きの民家の素朴な佇まい>

<ローカル線やバスを乗り継ぎ

旅人すら訪れない
山あいの村まで

どこまでも出かけていった。

お目当ての家が見つかると

家主に断りを入れてから
イーゼルを立て

その瞬間の景色を
切り取るように描き上げる。

常に現場至上主義で

あとから 手を加えることは
決してなかった。

当初は 民家そのものが
興味の対象であったが

やがて それらを育んだ風土にも

強い関心を抱くようになり

絵に重厚さが加わった。

しかし 戦後の復興とともに

民家は次々と取り壊されてしまう。

向井の旅は
時代に抗うようなものであった。

40年かけて描いた民家の絵は
なんと2, 000点に及ぶ。

こんな言葉をつぶやいて>

<平凡な田舎町の風景が
今はただ 切ないほどに美しい。

暮らしの匂いがある。

営みの記憶が そこにある。

情緒と叙情の誠実な記録である>

<改めて 依頼品を見てみよう。

向井潤吉の油絵で

陽の光にきらめく水田と
萱葺き屋根の民家が描かれている。

萌え上がる草木の
鮮やかな濃淡と

その繊細な筆致は
いかにも向井らしい。

裏には 「岩手県
遠野にて」と

記されて
いることから

向井が好んで足を運んだ
岩手の農村風景であろう>

ご本人の評価額になります。
おいくらでしょう?

200万で。
200万円。
はい。

それではまいりましょう
オープン ザ プライス!

2, 000円!

ダメだったか~。

親子で取り合った絵画が2, 000円。

残念ながら ニセモノです。
ニセモノ!

向井っていうのは現場主義。

描きたいと思った場所に座っては
勢いで描き上げてきた作家さん。

臨場感とか
空気感っていうものが

ギュッとキャンバスの中に
詰まってるんですよ。

それに対して
この依頼品なんですけれども

草木の描写とか
屋根の質感なんていうのは

塗りが薄いですね。

寄せて描こうとしている分
筆が遅いんですよね。

構図が まとまりすぎている。

妙に小ぎれいすぎてしまっていて
小さくまとまってしまっている。

本物でしたら
300万円から400万円くらいは

今でもすると思います。
は~!

スッキリしました これで。
ねっ!

お父さん
指差してわろうてますよ 今。

ウワーハッハッハ…。

あとで 墓参り行っておきます。
そうですね。

どうもありがとうございました。
どうもありがとうございました。

< お宝鑑定希望の方

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お待ちしています。

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