NHK地域局発 北海道道「“すすきの”で生きる女たち」[字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

NHK地域局発 北海道道「“すすきの”で生きる女たち」[字]

新型コロナウイルス第4波で緊急事態宣言が再び出された北海道。国内有数の歓楽街すすきのは今どうなっているのか?生き残りをかけた飲食店経営者らを追った。

番組内容
新型コロナウイルス第4波で緊急事態宣言が再び出された北海道。国内有数の歓楽街すすきのの飲食店には感染対策や時短営業など度重なる自粛要請に黙々と従ってきた経営者が少なくない。しかし、変異ウイルスが広がる今、いよいよ経営者たちは窮地に追い込まれている。大人の夜の社交場を華やかに彩ってきた女性たちはどのような時間を過ごしているのか?すすきので生き抜こうとする人々のいまを追った。
出演者
【出演】鈴井貴之,多田萌加

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ニュース/報道 – ローカル・地域

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新型コロナウイルス
感染拡大の一因ともされた

夜の街 すすきの。

明治4年 北海道の開拓期に
遊郭街として誕生。

人々の欲望をのみ込みながら
経済を動かしてきた。

昭和47年の札幌オリンピックを契機に
大きく飛躍。

バブル景気で その拡大は加速した。

(一同)乾杯!

しかし 熱狂の宴は終わる。

すすきのは もがき…

そして 今 すすきのを襲う…

この街で幾度も試練を乗り越えてきた
女たちは…。

すすきので生きる女たちの言葉に
耳を傾ける。

♬~

こんばんは。 こんばんは。
「北海道道」鈴井貴之です。 多田萌加です。

北海道の今日のコロナ感染者数は
過去最多の727人と

厳しい状況が続いていますが

今日の話題は すすきのです。

あ~ 早く このコロナね

収束してほしいと
願ってはいるんですけども

なかなか
そうはいかない状況が続いてますね。

やはり 特に
飲食店の皆さんへの影響というか

制限を課せられているだけに
大変だと思うんですよね。 そうなんです。

現在 北海道全体に
緊急事態宣言が出されており

まさに 飲食店への自粛要請も
併せて行われています。

飲食店については 8時に営業の終了。

お酒の提供は
7時までとする要請が出されています。

更に 札幌市を含む

石狩地方 小樽市 旭川市の

特定措置区域へは

酒やカラオケを提供する場合は休業。

それ以外は 営業を午後8時までに

短縮するよう要請しています。

あの~ 飲食店は
もちろんのことなんですけども

その飲食店に関連する業種の方

お酒の販売であったり
業務用の食品であったりとかね

また 細かく言えば おしぼり屋さんとか
こういうお花屋さん

更には この 店舗クリーニングとか
いろんな業種の方たちが

この飲食店 すすきのというのを
支えてるわけですね。

そういう方たちにも
たくさんの影響が出ている。

本当に大変な状況になっていると
思います。

中でも今日は すすきので生き抜いてきた
3人の女性にスポットを当て

北海道が
今を乗り越えるヒントを探ります。

テルコさんの方 シャケにする?
うん。

じゃあ こっち 梅にしますね。

すすきのの外れにあるビルの一室で
女たちが お握りを握っていた。

シャケ2個のやつ作っといてね。

コロナ禍で苦境に立つ人たちに
無料で配っているのだ。

メンバーの一人
すすきのにあるスナックのママ…

長年 すすきので ホステスとして働き
9年前に自分の店を構えた。

自粛要請に従い
協力金も受け取ってはいるが

それでも去年は 100万円の赤字となった。

取り引きのある酒屋の従業員が
お握りをもらいに来た。

15%!?

じゃあ また来週。
はい。 失礼します。

じゃあ 行ってらっしゃい!
はい 行ってきます。

飲食店の営業自粛は 酒屋をはじめ
おしぼりや花 食材を卸す問屋など

多くの事業者に打撃を与えている。

こんにちは。 こんにちは。
こんにちは お疲れさま。

今日は ありがとうございます。
遅くなって ごめん。

木村のもとには
その取り組みに賛同した人たちから

連日 食材が届く。

この街で 共に生きる者として
繋がりを大切にしたい。

木村は お握りが そのきっかけになればと
考えている。

すすきのの始まりは 明治4年。

開拓を担う人々が集う
遊郭が築かれた。

その後 商談や接待を行う場として
料亭が造られると

多くの芸者も集まることになる。

内閣総理大臣だった伊藤博文や黒田清隆も
すすきのの芸者の酌で酒を飲んだ。

すすきので売れっ子の芸者だった
澤田啓子。

激動の時代を生き抜き
コロナ禍でも 芸の道を追求している。

澤田は…

終戦で引き揚げてからの一家の生活は
貧しく

住まいを転々としながら
札幌に流れ着いた。

そして 9歳の時 売られた先が
すすきのにある芸者の置屋だった。

そう 心に決めて生きてきた。

高度経済成長が始まっていた昭和35年。

澤田は 17歳で 芸者 茶良子を襲名。

力士や政治家など

著名人のお座敷にも
呼ばれるようになった。

そんな澤田にとって
すすきのの変化を強く感じる時代が来る。

昭和47年に アジアで初めて開かれた
冬季オリンピック。

新しいビルが次々に建設され
地下鉄も開通した。

すすきのは 大阪・難波に次ぐ

全国2番目の歓楽街へと飛躍を遂げる。

更に…

やほ~!

奇抜なデザインの大型ディスコ。

次々と出店する新たなキャバレー。

すすきのは絶頂期を迎える。

♬~(歌声)

しかし その陰で 澤田たち芸者には
厳しい事態が起きていた。

地価の高騰によって
料亭が次々と店を畳み

商業ビルが建てられたのだ。

「このままでは
芸者の活躍の場である料亭が

すすきのから なくなってしまう」。

澤田は財界の重鎮に訴えた。

すすきのの景色を大きく変えた
バブル経済。

その崩壊は 街全体を
大きく揺るがすことになる。

今や 飲食店の数は 6, 000軒。

東京以北随一の繁華街
ここ すすきのにも

バブル経済の崩壊以降 不況の波が
じわじわと押し寄せてきているようです。

バブル期は つかまえることすら
難しかったタクシーが

客待ちで車道を埋め尽くした。

キャバレーも 次々に消えていった。

すすきのの変化を
間近で目撃してきた人がいる。

岡本久美子 84歳。 この街で生まれ育った。

昭和21年に父が創業した
小料理屋を切り盛りする岡本。

幼い頃から店を手伝い
看板娘として常連客から愛された。

意外にも バブル崩壊以上に
大変だった時があるという。

北海道庁が中央省庁の役人などを
税金で接待する

いわゆる 官官接待が厳しく非難された。

公務員が すすきのに行くこと自体を
ためらうようになり

飲食店には大きな打撃となった。

更に 地域経済を支えてきた
北海道拓殖銀行が破綻。

その後 長い低迷が続くことになった。

それでも 岡本がやってこれたのは
人との繋がりを大切にし

身の丈に合った商いに
努めたからだという。

今 かつてない試練にさらされる
すすきの。

お握りを配る活動をしている
スナックのママ 木村ゆかり。

コロナ禍のすすきので 人との繋がりを
より強く 感じるようになった。

木村は ここに踏みとどまる覚悟だ。

1 2の3 はい。

指さして… はい キラッキラッキラ。

明治以来 すすきので受け継がれてきた
芸者文化。

今 お座敷に呼ばれる機会は
ほとんどない。

それでも 澤田は
若い芸者を育てることに力を入れる。

手の使い方って
すっごい きれいに見えるのと

あ~って こんな人 見たら
それ きれいって…。

これ きれい?

だから ふっと指す。
何気に ふっと指すの。

下り過ぎても ちょっといけないのよ。
柔らかく…。

澤田のもとへ来て 3年になる小梅。

客に披露できる日が
再び やって来ると信じ 稽古に励む。

「苦しい時には 目の前にあることを
夢中になってやるしかない」。

澤田の思いは次世代に引き継がれる。

それこそ いつか こんなわけには…

これ見てると 絶対来るっていうかね…

数々 苦難を乗り越えてきたからこその
言葉だと思うんですよね。

おっしゃってましたけども
辛抱とか 我慢とかね

そういう言葉は嫌いですけども

でも 今 あの言葉を聞いて
ここで もう一度

やっぱり 辛抱や我慢
それで耐えて 夢を持ち続けて

明るい明日 それを望みたいという

そういう気持ちにさせて
いただきましたね。

勇気づけられました。

何か こう 第3波が来たと思えば
第4波か…。

もういいよって 正直 個人的に

もう
うんざりしてしまってたんですけども

今 本当に打撃を受けている方々の

その… また元に戻れる
また頑張ろうっていう

そういう言葉を聞いて
何か こう はっとさせられたというか

何か こんな中でも

前を向いて進もうとしている人々を
応援していきたいし

今 自分にできることを私も頑張りたいな
っていう気持ちになりましたね。

いや~ 本当に いろんなこと教えられて

もう お三方自身が 非常に大変な状況に
追いやられているのに

やっぱり 人に対する手助け
思いやりということで

ああやって お握りを作ってね
配っていらっしゃるとかね

そういうことを やっぱり
それぞれ 我々も もう一回 考えて

前へ向かっていくためには何をすべきか
ということをね 考えて 元気に

やっぱり 明るい明日
目指したいと思いますし

やっぱり すすきのって
すばらしい街なんですよ。

日本にも誇る おいしいものもあるし
そして 安全な街。

その すすきのが取り戻せる
そういう日をね

早く来ることを祈りたいですね。

いや 本当に明るい未来を信じて
支え合って

本当に苦しい中ですが
皆さん一緒に

頑張っていきましょう。
頑張りましょう!

ということで 「北海道道」 それでは また
金曜7時半にお会いしましょう。

さようなら。