沁(し)みる夜汽車 2020秋 子育てを終え、新幹線のクリーンスタッフになった女性。乗客からの「ありがとう」の言葉を…

出典:EPGの番組情報

沁(し)みる夜汽車 2020秋[字]

鉄道を舞台にした、心が温まる実話を伝える「沁(し)みる夜汽車」。子育てを終え、新幹線のクリーンスタッフとなった女性。乗客の一言をきっかけに生きがいを見出す。

詳細情報
番組内容
ナレーションは、人気番組「チコちゃんに叱(しか)られる」でおなじみの森田美由紀アナウンサー。子育てを終え、新幹線のクリーンスタッフになった女性。乗客からの「ありがとう」の言葉をきっかけに生きがいを見出していく。若い頃、出稼ぎから帰郷する夜行列車で同席した女性に一夜の恋をした男性。晩年になって再び思い出した時、なんと再会できることになったが…。日常の鉄道利用の中で実際にあった5つの物語を紹介。
出演者
【語り】森田美由紀

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般

テキストマイニング結果

ワードクラウド

キーワード出現数ベスト20

  1. 木村
  2. 家族
  3. 女性
  4. 一人
  5. 仕事
  6. 時間
  7. 自分
  8. 双子
  9. 鉄道
  10. 電車
  11. 絵本
  12. 学校
  13. 佐藤
  14. 電話
  15. 齋藤
  16. 言葉
  17. 一緒
  18. 看護師
  19. 急行
  20. 高原

解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)

   ごあんない

解析用ソースを読めば、番組内容の簡易チェックくらいはできるかもしれませんが…、やはり番組の面白さは映像や音声がなければ味わえません。ためしに、人気の配信サービスで見逃し番組を探してみてはいかがでしょうか?

全て無料!民放各局の動画視聴ができるTVer(ティーバー)!まずはココから → 民放公式テレビポータル「TVer(ティーバー)」

他にも、無料お試し期間のある配信サービスがありますので、以下バナーなどからラインナップを調べてみるのもいいかもしれませんね。



NHK
created by Rinker
エンスカイ(ENSKY)

♬~

暮らしに欠かせない駅や列車。

今日は そんな鉄道にまつわる
5つの物語をお届けします。

忙しい日常を離れた 心温まるひとときを。

(英語のアナウンス)

おはようございます。

失礼いたしま~す。

ゴミはないか。

座席を進行方向に回転。

手と足を同時に使う。

1車両 およそ100枚のヘッドカバー。

ほうきがけをしながら
ぬれていないかを確認。

1人で3つのトイレを磨き上げる。

僅か10分の早業。

発車時刻に必ず間に合わせる。

おはようございます。
おはようございます。

おはようございます。
お願いします。

新幹線のクリーンスタッフとして働く…

8年前 49歳の時に この仕事を始めた。

皆さん そろってるようなので
点呼とります。

今では チーフとして 5人ほどのチームを
まとめている高原さん。

いつも大事にしている言葉がある。

「ありがとう」が高原さんの人生を変えた。

短大卒業後 製薬会社に就職し
3年間 働いた。

23歳で結婚し 4人の子どもを授かった。

子育てが生きがいだった。

でも 子どもたちが成長するにつれて
生きがいが薄れていった。

何かしなければ。

でも 何をしていいか分からなかった。

新しい生きがいを探し始めた。

そんな時 クリーンスタッフの求人広告が
目に留まった。

お願いします。

でも 甘い考えだった。

プロの技についていけなかった。

家でも職場でも
必要とされていないのではないか。

♬~

自信を失っていたある日
子ども連れの女性から声をかけられた。

「いつもきれいにして下さって
ありがとうございます」。

誰かの役に立っている。

そう思えた時から
仕事への取り組みが変わった。

1秒でも早く作業する。

小さなゴミも見逃さない。

気持ちが前向きになった。

娘のあすかさんは
母の変化を間近で見てきた。

(あすか)明るくなった気がします。

前は 何か 学校の話とか 私とかの話が
多かったと思うんですけど

今のお仕事に就いてからは
自分の話をするようになりました。

自分自身の心持ちが変わった。

ありがとうございます。

「ありがとう」という言葉から
力をもらった高原さん。

乗客とスタッフへの感謝を忘れない。

かつて 上野と青森を結んでいた
夜行列車…

岩手県に住む佐藤俊朗さんは
急行 十和田に特別な思いがある。

農家の長男だった佐藤さんは
冬になると東京へ出稼ぎに行った。

仕事は 建設現場での肉体労働。

同世代の若者たちを見ると
引け目を感じた。

一方で 憧れの大都会で
お金を稼ぐ喜びもあった。

53年前の年末
佐藤さんは出稼ぎから帰るため

急行 十和田に乗り込んだ。

東京で買った服に身を包んでいた。

ちょっと誇らしかった。

そこに 女性が乗ってきた。

「ここの席 いいですか?」。

思い切って行き先を尋ねると
宮城県の瀬峰だと教えてくれた。

見知らぬ きれいな女性と隣り合わせ。

ドキドキしていた。

目を覚ますと コートをかけてくれていた。

心がときめいた。

でも
女性が降りる瀬峰駅に着いてしまった。

♬~

一夜限りの恋だった。

♬~

4年後 佐藤さんは出稼ぎをやめた。

地元 岩手で就職し
実家の農業も手伝った。

地元の女性とお見合い結婚し

2人の娘が生まれた。

家族を養うため 必死に働いた。

娘たちが成長すると
より給料の高い仕事に転職した。

高校を中退していた佐藤さん。

娘には進学させてやりたいと思った。

娘2人が嫁ぐと 父としての務めを終えた。

定年後に待っていたのは
穏やかな日々だった。

東京での あの輝いていた自分を
思い出すようになった。

その時の思い出を詞にまとめた。

あの急行 十和田で出会った
女性を思い出し 書いたものだった。

知人に作曲を頼んだ。

歌のタイトルは「瀬峰の女よ」。

♬~

佐藤さんは この思い出を新聞に投稿した。

すると 「妹のことかもしれない」と
女性の兄から連絡が入った。

2人は 49年ぶりに再会した。

優しげな面影は当時のままだった。

でも 女性は
あの日のことを覚えていなかった。

♬~

妻のとよみさんは
残念がる夫を黙って見守っていた。

正直 思いました。

夫は 大切な思い出を持っているだけで
幸せだ。

とよみさんは そう思っている。

東京駅と
神奈川県の久里浜駅を結ぶ

JR横須賀線。

その沿線にある子市。

ここを拠点に活躍したのが 鉄道画家…

昭和40年代に大ヒットした
乗り物の絵本を手がけていた。

経済成長の要として
次々と新型車両が登場した時代。

木村は 鉄道の絵の中に
子どもたちの姿を描いた。

モデルを務めていたのは
木村の家族だった。

木村が亡くなって20年。

家族は神奈川県に住んでいる。

部屋には 木村が残した絵が飾られている。

こちらはですね
ここに写ってる… 母なんですね。

ちょっと おなかがね
少し ふっくらしてるんですけど

妹がいて。 で 私と弟。

人物を描くのが苦手だった木村。

子どもたちにモデルを命じた。

本当に もう…

注文は厳しかった。

思いどおりにならないと
手を出すこともあった。

子どもたちは
常に父の顔色をうかがっていた。

木村は 戦前に美術学校に入学。

風景画家を志していた。

しかし 終戦後は 食べていくために
風景画を諦め 絵本の仕事に就いた。

昭和25年に結婚。

3人の子どもが誕生し 一家5人の生活を
筆一本で支えることになった。

だが 木村自身は
複雑な思いを抱えていた。

絵本であっても
精密な絵を描くことを心がけた木村。

締め切り前になると
家族全員を資料探しに駆り出した。

作業は深夜にまで及んだ。

一家総出で描いた鉄道の絵。

家族の協力がなければ
楽しそうな絵は描けなかった。

家にこもって仕事をした木村。

出かける機会は めったになかった。

だが 年に一度だけ
家族と一緒に出かける日があった。

駅に向かう道で 父は鼻歌を歌っていた。

機嫌がいいことが分かった。

いつもは 絵の中だけの電車。

この日は 家族みんなで乗った。

僅かな時間が とても楽しかった。

駅に降りると 光の道が
八幡さまへと続いていた。

鎌倉駅から鶴岡八幡宮までは大混雑。

父が手をつないでくれた。

父の手が頼もしかった。

一年に一度の初詣。

父は いつも笑っていた。

平成11年 木村定男は77歳で亡くなった。

死後 物置から木村の資料が見つかった。

絵本を描くために撮った家族の写真。

大切に保管していた。

大量の資料の中からは
新しい小さなアルバムも見つかった。

中にあったのは
横須賀線で出かけた時の写真。

幼かった娘が母となり
孫を抱いて笑っている。

木村の描いた絵本の世界そのものだった。

家族で鉄道の絵に取り組んできた時間。

娘たちは今 それが
掛けがえのないものだったと感じている。

愛情表現の下手な 昭和の父親だった。

長野駅と湯田中駅を結ぶ
長野電鉄 長野線。

この列車の中で
青春の悩みに向き合った人がいる。

高校の3年間を長野電鉄で通学した。

千彬さんは双子だった。

妹の知華さんとは ずっと一緒だった。

だが 思春期になると
そっくりなことがつらくなった。

比べられるっていうのが
嫌だったんですけど

だけど…

中学生の時 千彬さんは

自分がクラスの中で
浮いているように感じていた。

高校は 妹と違う学校を選んだ。

同じ中学の人は 誰もいなかった。

学校まで1時間。 一人だけの時間だった。

ある時 降りる駅で寝過ごしそうになった。

同じ駅で降りる子が 声をかけてくれた。

学校でも会ったら こうやって
「ああ!」って手振ってくれたりとか

そういうふうに仲よくなったり。

友達ができた。

それは 一人になったからだと思った。

♬~

恋もした。

自分から声をかけようと思った。

♬~

一人になると
自分の世界が広がっていく気がした。

♬~

ただ一つ 気になる存在があった。

3年間 同じクラスにいた双子の男子。

彼らは いつも楽しそうに見えた。

でも 内心は違うはず。

その疑問をぶつけてみた。

「家でも学校でも ずっと一緒で
嫌じゃないの?」。

「本当は嫌なんだ」と
同意してくれると思っていた。

そういうことを…

返ってきたのは 意外な答えだった。

逆に 「なぜ そんなことが気になるのか」
と聞かれ 面食らった。

♬~

一人の帰り道 千彬さんは考えた。

双子であることを気にも留めない
あの子たち。

自分は 双子であることがつらかった。

妹がいなかったから友達ができたのか。

一人だったから
ボーイフレンドができたのか。

双子のせいに
していただけなのではないか。

電車に乗る度 考え続けた。

高校最後の日。

電車で過ごした時間を振り返った。

一人で ずっと悩んできたこと。

その迷いが消えた気がした。

電車で過ごした時間が
ちょっとだけ大人にしてくれた。

♬~

今は それぞれに家庭がある2人。

双子であることを
今は誇らしく感じている。

長崎市と佐賀県の鳥栖市を結ぶ
JR長崎本線。

4年前の12月の夜
佐賀県に住む齋藤泰臣さんは

帰宅するため 電車に乗り込んだ。

(齋藤)1車両に ちらほら 10人も
乗ってるかな 乗ってないかなぐらいで。

仕事帰りのサラリーマン風の人だったり

僕と おんなじ年代ぐらいの
女性の方だったり

また ちょっと若い方が イヤホンつけて

音楽聴きながら
乗ってるような感じでした。

普通の ふだんの電車の中の風景だと
思うんですけど。

しばらくたった頃
言い争う声が聞こえてきた。

やめなさい! いい加減にしろよ。

隣に座っていた中年の夫婦だった。

聞き耳を立てるつもりはなかった。

しかし 気になる言葉が聞こえてきた。

齋藤さんは看護師だった。

切迫した2人の様子から状況を察した。

2人の会話から 夫の父親に死が迫り
病院へ駆けつけるところだと分かった。

乗客たちも2人を気にし始めていた。

妻は 夫に電話をかけさせようと
必死だった。

いい加減にしろよ。
もう…!

夫は 電話をかたくなに拒んでいた。

みんな 「電話してもいいですよ」と
声をかけたそうだった。

でも ためらっているように見えた。

齋藤さんも 声をかけようか迷った。

この時 ある後悔が心をよぎっていた。

齋藤さんが看護師となったきっかけは
1つ年上の姉の死だった。

姉は 大学生の時に脳腫瘍を患い
次第に意思疎通が難しくなっていった。

そんな姉に向き合うことができなかった。

最後は 言葉もかけられないまま
姉は亡くなった。

看護師になり 亡くなっていく患者と
その家族の姿を見てきた。

齋藤さんは声をかけようとした。

その時…。

「電話 かけた方がいいですよ」。

「大丈夫ですよ」。

「私たちは構いませんから」。

夫は 電話に出た母親に対し

父親の枕元に携帯電話を置いてくれと
頼んだ。

おやじ!

♬~

車内は いつもの空気に戻った。

臨終に間に合ってほしい。

あの時 乗客みんなが そう願っていた。

鉄道にまつわる5つの物語
いかがでしたか?

鉄道が運ぶ出会い 別れ 日々の営み。

今も どこかで
優しい物語が生まれています。