開運!なんでも鑑定団【江戸<浮世絵二大巨頭>作&将棋の天才お宝に超絶値】[字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

開運!なんでも鑑定団【江戸<浮世絵二大巨頭>作&将棋の天才お宝に超絶値】[字]

■歌麿と並ぶ…江戸時代<人気絵師>の美人画に衝撃鑑定■幕末剣豪の<超絶名刀>に驚き値…高橋英樹も仰天■将棋史に輝く伝説決戦…<将棋天才秘宝>に超ド級鑑定額■

詳細情報
番組内容
お宝は、将棋好きだった亡き父がとても大事にしていた物。生前、知人から「ある方がお金が必要で買って欲しい物がある。将棋好きなら買わないか?」と相談を受け、お宝を見せてもらったところ、一目惚れ!そのまま、家族への相談なしに言い値の120万円で購入した。しかし、30年程前に父が亡くなり、ずっと仕舞いっぱなしなので、どのくらい価値がある物なのか知りたい。鑑定結果はいかに!?
出演者
【MC】今田耕司 福澤朗
【ゲスト】五木ひろし
【アシスタント】片渕茜(テレビ東京アナウンサー)
【出張鑑定】第2回武器武具鑑定大会
【出張リポーター】原口あきまさ
【出張コメンテーター】高橋英樹
【ナレーター】銀河万丈、冨永みーな
鑑定士軍団
中島誠之助(古美術鑑定家)
北原照久(「ブリキのおもちゃ博物館」館長)
安河内眞美(「ギャラリーやすこうち」店主)
泉高志(『闘道館』館長)
鵜川善郷(「株式会社 御蔵」代表取締役)
関連情報
【番組公式ホームページ】
www.tv-tokyo.co.jp/kantei/

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
バラエティ – その他
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸

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  17. 最初
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ABEMA



(3人)こんばんは。
さあ 「鑑定団」始まりました。

今週も よろしくお願いします。

舞台のほう来ていただきまして
ありがとうございました。

ホント刺さるセリフが いっぱいあった。

たぶん お芝居の中での
昔のバラエティーの話が

出てくるんですけど まさに
とんねるずさんとやってるときの。

やってた頃。
プールすべてに マヨネーズを入れて

あれで数百万みたいな。

そういうノリで作ってるバラエティー番組
山ほどありましたからね。

ブレーキに足かかってる人
いなかったんですよ 制作者で。

全員が アクセル踏んでたんで。

今は 制作者は
みんなブレーキに足かけて。

テレ東さんはもう ソーラーパワーで
ず~っと走ってますから。

(笑い声)

太陽の光が
もつといいですけどね。

いやいや もつよ。

< なんと歌謡界の大御所
五木ひろしさん。

小さい頃から歌が大好きで

しぜんと
歌手を夢見るようになりました。

16歳のとき

<翌年 歌手デビュー。

松山まさるの芸名で
計6枚のシングルを発売したものの

鳴かず飛ばず。

その後 一条英一 三谷謙と
改名を重ねるも

ヒット曲に恵まれない日々が
5年も続いたそうです。

そこで 23歳のとき

「いいツキをひろおう」
という願いを込めて

五木ひろしと再び改名し

『よこはま・たそがれ』を発表。

すると たちまち大ヒットを記録し

その年の
「紅白歌合戦」にも初出場。

一躍 人気歌手となりました>

「残り香 煙草のけむり」

<五木さんといえば
この拳を握り歌う姿。

実は 五木ひろしとして
最初に入った事務所が

キックの鬼 沢村忠さんが所属する
キックボクシングジムで

自身もトレーニングをしていたため
しぜんと身についたもので

拳を握る あの姿は
まさにファイティングポーズだったのです>

こんな写真 見たことない。

< その後も数々のヒット曲を放ち

<更に去年 初出場から

50年連続での
「紅白歌合戦」出場という

前人未踏の記録を
打ち立てました>

<5月12日には 新曲

『日本に生まれてよかった』を発表。

これは 今や文化庁長官となった

都倉俊一さんが
作詞・作曲を手がけ

日本の四季の美しさ 家族愛を
歌い上げた意欲作です。

五木ひろしとして
満50年を迎えた今年も

歌謡界のレジェンドとして

その美声を届け続けています>

依頼人の登場です。

(片渕)東京都からお越しの
五木ひろしさんです。

(拍手)

ようこそ 「鑑定団」へ。
どうも よろしくお願いします。

いや~ 五木ひろしさんとして
50年ですもんね。

そうですね。
長いな~。

あのこぶしが 事務所が
キックボクシングの事務所だったんで

この延長線上で まさに拳。
そうなんですよ。

五木さんのファイティングポーズ
初めて見ましたもん。

当時の取材は
あればっかりでしたよ。

そうなんですか。
はい。
だから サンドバッグ蹴ってくれとかね。

新人の歌手で?
はい そういうのばっかりでした。

最初は デビューしたときはですね
センターマイクだったんですよ。

そうかそうか。
2年目くらいに

ハンドマイクになったんですよね。

それで持った手が
左手だったんですよ 偶然にも。

ほな しぜんと こう?
それで そのまま こう…。

あ~ こういうことか!
そうそうそう。

どういったものなんでしょうか
拝見しましょう。

お宝 オープン!

ありゃ! これ何ですか?

横綱 輪島関 彼と親友でしてね。

私に くれたんですよ。

同じ歳で 同じ北陸出身で
とっても仲よかったんですよ。

特に いちばん思い出あるのは
『夜空』でレコード大賞 取ったときに

間奏で僕を こう ガッと
抱きかかえてくれたの。

あった。

マイクが
センターマイクだったもんですから

抱きかかえられても
歌わなきゃいけないじゃない?

ハンドマイクやったらいいですけどね。
ええ。

ちょっと下ろして… みたいな
ことの合図をしながら

下ろしてもらって…。
へ~っ そういうことですか。

これ ず~っと
実は気になってたんですよ。

彼からは 細かく
聞いてもいなかったもんですから。

どういうルートで これを頂いたか…。

たぶんね 優勝のときに
頂いたものだと思うんですよ。

EXPO’70って
書いてあるんですよね。

大阪万博ですよ。
大阪万博ですよ。

相撲が ちゃんと
彫ってあるんですよ。

あっ 戦ってるわ これ。
これ お相撲さんですわ。

そう。 だから お相撲さんのために
作ったんですよ。

これの幅で 一応
飾り棚を作りましてね。

今も おうちの目立つところに
飾られてる?

いちばんいいところに
飾ってあります。
いや~。

ちょっと ご本人の評価額
難しいと思うんですけど。

最低 これくらいするだろう
という値段をつけました。

わかりました。
はい。
おいくら?

100万円ということで。
100万!

最低100万はするやろ。
まいりましょう。

オープン ザ プライス。

さあ どういったもんでしょうか
五木さん。

こちら ご覧ください。

50万円!
あっ 50万。

100万には届きませんでした。
届かなかったですか。

でも なかなかの額ですよ これは。
でも どういったもんなのか

ちょっと泉さん。
大相撲優勝力士に贈られる

チェコスロバキア友好杯ですね。

ああ。

千秋楽で行われる表彰式では
各国からの友好賞の授与が

行われるんですが いちばん
最初に贈られることが

多いのが チェコ友好杯なんです。

1970年 大阪万博をきっかけに
いちばん最初に友好杯を

始めたのが
チェコスロバキアだったからです。

なので このグラスにも大きく
EXPO’70と刻まれているんですね。

口径が 30センチあって
どっしり大きく

国技館の土俵上で手渡すのに
ふさわしい迫力があります。

半世紀以上 贈り続けられて今年で
もう300個を超えるんですね。

力士が突っ張りしてる絵柄。

相撲は元来 五穀豊穣を願った
伝統儀式でもあるんです。

ちょうど反対側に イノシシを担いだ
勇者が描かれています。

古代チェコの伝説が
モチーフになっているんですね。

強い男が 田畑を守るために
体を張って戦うという

共通する国の物語を
一つの器に描くことで

チェコと日本が 共感し合える文化を
持っているっていうことを

表現してるんですね。

角界の輪島関から
歌謡界の五木さんへ。

まさに友情の杯にもなっている
というのが 友好杯らしい。

大事になさってください。

五木さん いかがですか?
お話 聞けば聞くほどね

もう一桁多くてもよかったなと…。
(笑い声)

確かにね。
大事になさってください。

はい。
どうも ありがとうございました。

(拍手)

<続いては
東京都 東久留米市から。

次なる依頼人は

すてきなお庭の一角に
いらっしゃいました。

草むしり 精が出ますね>

今日 この辺やるじゃないですか。
で また明日やって。

で その次… なんてやってると
もう1週間後には また ここ

生えてきちゃうんですよね。

<実は 松本さん 5年前に
早期退職したあと

暇つぶしとして

<コロナ禍前までは頻繁に
撮影に行っていたそうです>

もちろん セリフなんかもなくて
そこにいるだけの人ですね。

<今日は 松本さんが主役ですよ。

ところで…>

<実家に飾ってあった
絵の価値が気になり

「鑑定団」に応募しようと
写真を撮ったのですが…>

< その後 両親は他界>

鑑定のほど
よろしくお願いいたします。

<果たして そのお宝とは?>

依頼人の登場です。

東京都からお越しの

ようこそ 「鑑定団」へ。
よろしくお願いします。

いやぁ 何のドラマでも
いけそうですね。
いけそう。

大企業の会議室。
いけますね。

どういう作品に
出られてきたんですか?

やっぱり あの通行人ですとか

なかには 議員さんですとか。
議員。

テレビ東京さんでいくと
『銀と金』っていう。
『銀と金』。

賭博場ですよね。
ルーレットやってて

そこに かけてるところっていう。
あぁ。

お客さんの役ね。
お客さん役や。

パンツ事件を乗り越えて お宝オープン。

さぁ これはなんでしょう?

鳥文斎栄之の美人画。

肉筆画だと思うんですけれども。
あぁ。

もともとは
浮世絵師らしいんですけども。

浮世絵師の肉筆画ってことですか。
なるほど。

実家が 農家なんですけれども

祖父母の代だと思うんですが
食糧難の時代に

さつまいもですとか
じゃがいもですとか

書画 骨董品で これで譲って
いただけないかというのが

何人か
いらっしゃったらしいんですね。

物々交換。
そうです そうです。

土間があって 囲炉裏があるような
家だったんです。

四十数年前に新築するときに

蔵の2階にあって
巻き物になってて

それをこう そっと開けてみたら
この美しい絵があって。

これを気に入って額にして。
額にして。

新築の家にかけた?
そうです。

この横にパンツ干します?

日本間の奥に
廊下がずっとつながってまして

その廊下のところに
洗濯物があったんです。

ここに こう
かけてたんかなっていう。

そんなお粗末な。

パンツだって わかるかわかんない。
わかんないでしょう。

これが
テレビに出るわけじゃないから

大丈夫ですよって
言ったんですけど

その場でだめです。 人さまに
見せるものじゃありません。

お母様はわかるんです。
自分のやから。
自分のパンツだから。

あっ! お気にの。
お気になんだ お気に。

< すらりと伸びたその姿は
清楚で慎ましく

あたかも一輪の可憐な花のよう。

描いたのは 鳥文斎栄之。

江戸時代後期
あの喜多川歌麿と

人気を二分した
浮世絵師である>

<家は 家禄500石の旗本であった。

17歳で家督を継ぎ
26歳で江戸幕府

第10代将軍 徳川家治に仕えた>

<画才に優れていたため

書画を好んだ
家治のちょう愛を受け

ついには 栄之の雅号を賜った。

しかし 病のためわずか3年で

旗本としての職を辞し
浮世絵師に転身。

当時 全盛を誇っていた
鳥居清長に強い感銘を受け

8頭身の健康的な美人画を描いた。

『青樓美人六花仙』は
38歳の時に描いた

栄之の代表作である。

吉原の遊女を花と
六歌仙になぞらえた作品で

細やかで優美な描線で
描かれた女性像は

背筋がすっと伸び 容貌は
もの静かで気品がただよう。

これらの女性たちを
描くにあたり

栄之が好んで用いた画法を

< これは 読んで字のごとく

派手な紅色をあえて用いず

墨 薄墨を基調とし

黄 藍 紫 緑を
わずかに加えるというものである。

当然 画面は渋く地味になるが

その分 上品に見え

典雅を愛する
趣味人に特に好まれた。

栄之が 理想化された

上品な女性の
全身像を描いたのは

肉感的であでやかな美人画で

江戸庶民を熱狂させていた

ライバル 喜多川歌麿に対抗するための
活路だったのかもしれない。

しかし

< これは 寛政の改革以降
厳しくなった

浮世絵取り締まりの
影響もあるが

幕府 版元 彫り師 すり師などに
左右される浮世絵よりも

より自由で一人で完成させる

肉筆の世界を
好んだからであろう>

<以降 隅田川や吉原通いを
主題とした作品を

数多く制作するようになった>

<例えば 『隅田川渡舟図』は

一艘の渡し舟から

対岸の花を見物する人々を
描いたものだが

美女2人のみを彩色し

他は 薄墨で表すという
演出が施されており

栄之の技術の高さ
ばかりではなく

洗練された美意識を感じさせる
傑作である。

改めて依頼品を見てみよう。

鳥文斎栄之の肉筆画である。

縦30センチ 横150センチ。

屋敷から雪見に興じる
あでやかな女性や

庭で雪遊びをする
若い女性たちが描かれている。

すらりとした立ち姿や
品のよい面ざしは

いかにも 栄之を思わせる>

女性だけが 色ついてて って
あれ かっこいいですね。

あれと同じ手法じゃないですか?

ねぇ 着物が明るくて
周りが わりかしね トーン抑えてて。

いや 改めて
いい絵だなと思いました。

<CMのあと

ご本人の評価額になりますが
おいくらでしょうか?

100万円で お願いします。

さぁ 本物と信じて。

まいりましょう
オープン ザ プライス。

安い~。
あ~ だめだったか!

だめだった…。
ほら!

あららら…。

残念なんですけれども
印刷でございます。
ありゃ。

これ 本物を印刷してるんですか?
恐らくは

原本があってのことでは
ないかなと思います。

建物の欄干部分なんかの
線を見ていただくと

わかっていただけますでしょうか。

紙を見ますと 江戸はない
恐らく 明治以降の

数を作ったものではないかなと
思います。

なるほど。
立ち姿の女性の

衣服の辺りの胡粉は
あとから少し入れておりますね。

あと 雪とかは。

ですから 描いたふうに
見えるのかなと思います。

遠目から見ても 非常に
色が ワントーン落ちているというか。

もっと 本物は鮮やか。

いかがでしょうか?
残念ですけれども

当時の芋の代金は
適正な価格だったのかなと…。

どうも
ありがとうございました。

<戦乱の世に
大いなる力を発揮した

刀 鎧兜 そして 火縄銃。

これらは 今日

日本を代表する美術品として
高く評価され

特に刀は 若い女性たちを魅了し

一大ブームを巻き起こしている。

そこで!>

<本日の鑑定士は…>

< そして ゲストコメンテーターは
俳優の高橋英樹さん>

イエーイ よろしくどうぞ
お願いします。

比較的
お好きなほうなんですか?

じゃあ 刀とかは。

大好き?

ないですか。
はい。

まぁ 私自身

< まずは 狩猟に憧れている
白石さん>

知り合いに

はい それで 近いうちにでも

免許 取れればなと。

何を とりに行ってるんですか?

とったあと どうするんですか?

マガモですと 市販の合ガモとかと
全然違ってですね

全身レバーのような感じ
というんですかね

私自身は あんまり…。

< お宝は こちら>

<天國は 日本刀の祖と呼ばれる
伝説の刀工。

作製したとされる刀は
いくつか現存しているものの

詳しい人物像は
謎に包まれている>

私は初めて見ますね。

<去年 母が亡くなり

蔵の整理をしていた際に
発見した>

こんな きれいな状態で?

<白石家は代々
青森県 八戸市にある

七崎神社の管理を任されており

この短刀は舞を奉納する際に
使ったものらしい。

更に…>

昔から修行僧が何人もそこで
修行をしてきたという伝説が

いっぱい残ってて
その修行僧が持っていた物

という可能性もあるのかなと…。
なるほど!

なんか聞けば聞くほど
ワクワクしますね。

<本人評価額は 堂々の100万円>

なぜ 100万円に…。

単純に その10倍くらいは
ほしいなと。

<由緒ある神社に伝わり

ご先祖が
ずっと大事にしてきたので

絶対 本物と信じている。

果たして 結果は!?>

ジャカジャン こい!

< あちゃ~!>

150年くらい前の幕末の刀ですね。

天國というのは
日本刀の祖といわれて

平安時代の最初
桓武天皇のところにですね

伊勢神宮からの使い姫の
カラスが刀を持ってきた。

それが天國という刀であった
というのが始まりなんですね。

その刀があるおかげで

天國というのは
大名人ということになりまして

他の名前を入れると
ちょっと疑わしいけども

天國と入れる分には あまり

信用する人もいないだろう
ということでですね

無銘の刀があると みんな

なんか天國という名前を
入れちゃうんですね。

<続いては
キノコ狩りが趣味の片桐さん>

どこまで行くんですか?
キノコ狩りに。

いろいろなキノコが
生えてるもんですから

毎年 楽しみで。
え~っ!

狙い目というか…。

マツタケ!

< しかし 1日中 探しても

見つけられるのは
せいぜい1本か2本。

何かいい方法がないかと思い…>

愛犬にですね
豚が トリュフをとるという話を

聞いたもんですから…。

訓練した!
したんですよ。

どうでした? 訓練したあと。

お宝 オープン!

うわっ すげぇ!

< お宝は大筒である。

7年ほど前 退職した記念に

何か珍しいものがほしいと
探していたところ

飲み友達が それならピッタリの
いいものがあると言って

見せてくれた>

象嵌っていうんですかね…
龍の何か いろいろ

そういった模様も
あるもんですからね。

で 葵の御紋が
ついてるもんですからね

徳川ゆかりのものなら

持っていてもいいんじゃないかな
と思いまして それで…。

おいくらくらいで?

100万くらいだったと思います。
100万くらいで。

結構な重さでしょ これ。
重くて…。

ふだんは どうされてる…。

かといって…。

<本人評価額は
買ったときと同じ100万円。

当時 勢いで買ってしまったが
今となっては無用の長物。

これで安物だったら
目も当てられない。

果たして 結果は!?>

ジャカジャン こい!

< なんと2倍!>

(高橋)すごい!

外国に輸出するために作られた

百目玉筒といわれる
抱えの大筒ですね。

これに使う弾丸は
鉛計算でいくとですね

ちょうど百目ですね
グラムでいくと375g。

本来は 軍用のものなんですが

幕末になって
いろんな飾りを入れるわけです。

そこに葵のご紋が
入っておりますけど

徳川家だとか 松平家とは
まったく関係ありません。

外国向けの装飾なんです。
なるほど。

その象嵌は
いわゆる布目象嵌と言われる

表面だけの簡単な象嵌なんです。

江戸中期には
そういう象嵌はなされません。

けれど 飾りもんとしては
堂々たるものですから

200万の価値はあります。

押入れ入れず
売らず飾っといてくださいよ。

少し じゃあ

<続いては 柄巻師の平山さん>

柄巻師って
どういうお仕事なんですか?

日本刀の持つところは
柄って言うんですけども

その柄を作る職人を
柄巻師と言いまして。

今おいくつですか?
今 僕

若っ!
これ でも 有望株ですよね。

数の少ない仕事を
お選びになって

それに まい進していくってのは
ありがたいですね。

すごいですよね。

<平山さんの自信作が こちら>

ポイントは どこでしょう これ。

江戸時代の尾張藩
今の愛知県で武士たちが作った

拵をうつしたものが
こちらになりまして。

さすが やっぱ

< お宝は
江戸時代中期に活躍した

金工師
初代 土屋安親の縁頭である>

どこの部分ですか?

上に付いているのが 縁で
下に付くのが頭。

これセットで縁頭って呼ばれてます。
これセットなんですね。

<4年ほど前
柄巻師の修行を始めてすぐの頃

骨董店で一目ぼれ>

千鳥という鳥の柄が
すごくかわいくて

なかなかいいデザインだなと思って
衝動買いしたものになります。

いくらくらいで?

たしか 当時

<作者の名前すら知らなかったが
修行をしていくうちに

重要文化財に指定されている
作品もある名工だとわかり ビックリ。

その後 詳しい人に
見てもらったところ…>

っていう声も
ちらほらいただいて。

本物だったら
すごいご縁だなと思う。

ホントですよね。

10万円では
ちょっと安いんじゃないかと。

はい と思いますね。

<本人評価額は 最低でも
このくらいはするはずと 50万円。

修行中に購入したとはいえ

万が一 偽物だと 今後の仕事に
悪い影響を及ぼしそう。

果たして どうなるのか!?>

<現在
柄巻師として活躍する依頼人は

修行中に一目ぼれして購入した
初代 土屋安親の縁頭。

果たして 結果は!?>

ジャカジャン こい!

< ん~ 残念!>

3万円かぁ。

ショックですね。

初代ということでは
ないと思います。

安親という人は 江戸中期の
大名人だったんですけど

そのあとも続きましてですね
6代まで確認されております。

みんな 2字銘で同じような銘を
切るもんですから

銘だけで判断するのは
難しいわけで。

あとは 作品で見るわけなんです。

初代はですね いい材質で

いいテクニックで
やっているわけですね。

代が下がってきますとですね
量産的なところも出てきまして。

なるほど。
今回のお品物もですね

初代の時代の作行きとは
違いましてですね

もうちょっと簡単な作り方。

江戸末期の
作り方になっておりますので

後代のものだと思います。

<続いては 鉄道大好き
乗り鉄の奥山さん>

もう相当 乗ってきてますか?
そうですね。

乗ってます。

<15年ほど前から
時刻表についている地図を使い

自分の乗った路線には
マーカーを引いて記録している>

そうです。

うわっ。

< お宝は

管打ちとは 撃鉄を落とした
摩擦を利用して点火し

発砲する方式のこと。

20年ほど前から
古い銃を集めているのだが

これは5年前
インターネットオークションで発見し

迷わず 50万円で落札した。

というのも めったにない代物と
確信したためで…>

だいたい

左利き用って
なんでわかったんですか?

上から見ていただくと
わかるのですけども

そして 右側に付いてるのが
右利き。

こうやったときに
落ちるんです 火縄。

銃の向こう側になかったら
ここ けがする。

ここね 右は
こう構えますもんね。

そうですね。
そう。

邪魔やもんな これが。
(笑い声)

<鉄砲の資料には
まったく出てこないため

もしかすると 右利き用を改造した
ニセモノかもしれないと疑っている。

本人評価額は とりあえず
落札したときと同じ 50万円。

何人か知り合いのコレクターに
聞いてみたが

そんなものあるわけないと
鼻で笑われてしまった。

果たして 結果は!?>

ジャカジャン こい!

< これはすごい!>

ありがとうございます。
やりましたよ!

左打ちとしては 私
初めて見ました。

先生も初めて。
この鉄砲はですね

軍用の鉄砲です。
武士が使いますから

一般に 侍筒と言われてる。
これは 管打ち式ですから

火縄は使わない。 火縄は
火がついた縄を使って

着火するわけですね。 ですから
雨風には弱いんですけれど

これは 雨風あっても
すぐ発射できるという

一歩進んだ形式の鉄砲です。

管打ち式は 安政以降
幕末までですから

わずか十数年です。 当然
作られた数も少ないです。

その150万円という値段は
私が欲しい値段です。

(笑い声)

<最後は 大の刀剣ファン

はい。
なんか 銃のほうにいきそう

ですけどね。
いやぁ やはり僕は

高橋英樹さんみたいに
刀のほうです。
刀です。

< お宝は こちら。 作者は…>

あ~。
英樹さん うなっておりますが。

江戸後期の いわゆる

という この3人の一人ですね。

<更に この刀 すごいのは
作者だけでなく…>

<本名 男谷信友は

幕末に活躍した剣術家で

強いだけでなく
教養 人格とも抜群で

剣聖と謳われた。

お宝には 男谷信友の
館において

兜を6回
試し斬りしたところ

刀は折れず
曲がらずであったと

刻まれている>

こうやって見ると あまり
長さが長くないので

男谷精一郎って人は それほど
大きい人じゃなかったのかな

と思いますね。
なるほどですね。

<15年前 知人の
刀剣愛好家から見せられ

これを逃したら 一生
手に入らないと思い購入した>

いくらくらいですか?

え~っ!?

相当 高いと思うんですけど 僕。

いやぁ… これ遊びからしたら
安いと思います。

やめなさいよ ジェスチャーは。
安いですよ。

<本人評価額は 買ったときと同じ
1, 300万円。

刀剣を収集し始めて 30年。

これほどの名刀に
出会ったことはない。

果たして 結果は!?>

ジャカジャン こい!

< う~ん 残念!>

この刀はもう 名品で
直胤のもので問題はございません。

ただ 直胤という刀は 昔のほうが
申し訳ない 高かったんですよね。


銘文なんですけども…。

その銘文は
実は

1本だけじゃ
ないんです。

同じ文章が彫ってある刀を
何本か 見ております。

私たちはつい この刀で
1本だけ斬ったんだ と

思うんですけども
実際は そうじゃないんですね。

斬る機会があって
そこに みんなが集まるんです。

何本かを持ってきて
そこで 一つの大会が行われる。

で そこで 斬れた刀には
証明書かなんかを

こう… 出すんでしょうね。
それで 持って帰って

銘を書き込んだ ということだと
私は解釈してる…。

<第2回 武器 武具 鑑定大会は
これにて 無事閉幕>

<続いては 埼玉県三郷市から。

こちらの 株式会社 美徳に
お伺いしました。

失礼しま~す>

こんにちは。
ようこそ いらっしゃいました。

すごく 渋い工場でしょ?

<次なる…>

<1956年に 父が創業。

昔ながらの フリクション プレス機などを
今も用い

職人さんたちの確かな技術で

さまざまな金属製品を加工する
町工場です>

< おもに 金属製のボタンや
ネームタグなどを製造していますが

中には こんなものも…。

更に…>

これも 私たちが作ったんですが
キタムラっていうロゴマーク…。

ここのところに
付いてるんです。

<私たちが持っているのも
こちらで作ったものかも…。

ところで…>

<父 一美さんは
大の将棋好きで

アマチュア五段の
腕前でした。

45年ほど前 知人から…>

<将棋好きなら どうだ?
と すすめられたもので

父は一目惚れし 二つ返事で了承。

その金額が…>

<当時を知る お母さんにも
話を聞くと…>

<父にとっては
憧れの品だったので

とても大事にしていたのですが
26年前に他界。

その後はずっと
しまいっぱなしだそうです>

家族は 将棋のことは
ほとんど わからないので

どのような価値があるか
ずっと 気になっていました。

どうぞ 鑑定
よろしくお願いします!

<スタジオで拝見しましょう>

依頼人の登場です。

埼玉県から お越しの

ようこそ 「鑑定団」へ。
よろしく どうぞ お願いします。

いや あのボタンとか
見覚えのあるものが すごい…。

作られてますね。
あんな小さな工場なんですけど…。

他 どういったブランドの…。
昔は バーバリーとか…。

バーバリーとか!
え~っ!

でも すごい… 仕事が
しっかりされてるから

そういう発注がくるんでしょうね。
そういうことですよ。

JALのパイロットも…。
ねぇ あのマークとか…。

俺 今度 見ますわ。 胸元。
(笑い声)

お宝 オープン!

うわ… すごそうな…。
うわっ! すごい セット…。

さぁ これは?
第16期 名人戦で使われた

将棋盤と駒です。

対局者が 名人の大山康晴さんと
挑戦者 升田幸三さんです。

ビッグネーム…。

うちの会社で言うたら
三枝 きよし みたいな…。

父が将棋を習っていた先生が
関根九段 その紹介で

弓を趣味に持ってらっしゃる方で。
弓?

弓道ですか?
はい 弓道のほうで。

どうしても欲しい弓が120万だと
そのお金を これで

工面したいなっていうことで。

欲しがる方たまんないですよ。

これ使われてたんですか?
いや とても使うような

恐れ多くて…。
ですよね 恐れ多くてですよね。

暮れとか
お正月になると出してきて

丁寧に磨いて
磨きをかけて またしまう。

だってこれ 60年以上前ですよ
すごないですか このキレイさ。

ピカピカしてますよ。

でもえらい升田さん
性格なんですかね。

名人より字でかいですよね。
そうそう…。

うらっていう。
そうだね。

負けへんぞっていうね。
(片渕)出てますね。

出てるわ 欲しいね。

欲しい?
欲しい。

<1人の天才の出現で
その世界の景色は ガラリと変わる。

81マスの戦場には

息をのむような
天才たちの歴史がある。

戦後の将棋界では二人の天才が

空前のブームを巻き起こした>

<宿命のライバルと呼ばれた2人は

昭和20年代後半からの

およそ20年間で

争ったタイトル戦は 20回。

その対局数は 100局を超える。

2人の出会いは…>

<12歳の大山が木見金治郎八段に
弟子入りしたとき

兄弟子が 17歳の升田であった。

将来を嘱望された
気鋭の若手であった升田には

当然のことながら 大山少年は
まったく歯が立たなかった。

当時は
14世名人 木村義雄の全盛期。

若い棋士たちは ひたすら

打倒木村を目指していた。

昭和26年

新しく創設されたタイトル
王将位をかけ

升田は 木村名人と対峙。

升田が

<升田にとって
木村の持つ名人位は

すぐそこにと思えた。

その行く手を阻んだのが
弟弟子の大山であった>

<第11期名人戦の挑戦権を
升田と大山で争うが

大山が勝利。

勢いそのままに 名人戦を
4勝1敗で勝利し

ついに木村の牙城を崩した>

< と残した
木村は引退し

一つの時代が終わった。

弟弟子に先んじられた屈辱に
升田が燃えないはずもなく

大山との第5期王将戦では
あっという間に3連勝し

第4局は香車を1つ落とした
ハンデ戦となったが

これにも勝利>

<空前絶後の偉業を達成した。

絶頂期を迎えた升田は

<昭和32年 第16期名人戦に
挑んだ。

相手は誰あろう 大山名人>

<一進一退。

第5局を終えて 3勝2敗で
升田が名人位に王手をかけ

迎えた第6局。

升田はついに
悲願の名人位を獲得。

それとともに史上初の

三冠独占の快挙を
達成したのであった。

しかし その後
升田は体調不良から

勢いにかげりが。

逆に大山は

< そこから

<更に…>

<将棋界の巨人として
長く君臨し続けた。

そして 新たな天才たちが

生まれてくることになる。

大山から名人位を奪った 中原誠。

史上最年少の21歳で
名人となった 谷川浩司。

史上初の7冠を独占した
羽生善治。

そして 令和の今

升田・大山の伝説からつながる
天才の系譜を受け継いだ

藤井聡太二冠が

新たな地平を切り開いている。

改めて 依頼品を見てみよう。

升田幸三が 大山康晴を破り

史上初の三冠を達成した

昭和32年
第16期名人戦で使われた

将棋盤と駒である。

5月7日・8日に

東京・代々木の
初波奈でおこなわれた

第1局のもの。

駒は 宮松影水の作>

<盤の材は 榧で

天面・両側面・裏面が
柾目になっている

四方柾と呼ばれる
贅沢なものである。

また 盤の蓋の裏に

「名人 大山康晴
挑戦者 升田幸三

立会人・加藤治郎」と揮毫され

駒と駒台を納める箱の蓋には

それぞれの名と

「静思萬考」という言葉が
記されている>

兄弟子と弟弟子っていうのも
またいいよなぁ。

小説みたいですよね なんかね。

そりゃあ 熱狂しますよね。

古い写真でしか
僕ら 見たことないから

こんな色鮮やかで。
神々しいですよね。

あの駒で 盤の上
パーンってやりたいね これね。

いい音する…。
いや~ いやいや 恐れ多い。

<CMのあと

この盤面に
大山さんと升田さんの魂が

注ぎ込まれてるんだと思うと
ドキドキしますね これね。

ご本人の評価額になりますが
おいくらでしょう?

倍の240で!

まいりましょう オープン ザ プライス。

いや~ いくら。

1000万! 1000万!

ビックリ!
これは しますよ。

すごすぎます!

欲しいかと言われれば
私 1000万で欲しいです。

盤とか駒の評価というよりも

このセットの評価ですね。
なるほど 全部揃ってる。

駒もですね 間違いなく
宮松影水さんの作品です。

赤柾の全盛期の
最高にいいものです。

盤は 四方柾でして

よく こんな大きな木が
あったんだなと思います。

つまり 四方柾というのは
贅沢すぎる取り方なんですね。

普通ですと 碁盤が取れる大きさ。

柾目に赤柾というのは

対局に一番ふさわしいんですね。

名人戦なんていうのはですね

当時 9時間 9時間。 18時間。

その間 じ~っと見てなくちゃ
いけないわけですから

非常に 目が疲れるんです。

そういうときに
非常におさまりがよく

目にやさしく対局ができる。

そこに 升田幸三という銘ですね。

普通 こんなこと書きませんよね。
名人がいるのに。

つまり 俺は強いんだっていう
表れですよね。

一方で そこに 「静思萬考」
というのがありますよね。

大山さんの独自で作られた
揮毫なんですね。

大山さん 非常に静かな
受け将棋なんですよ。

「静思萬考」。
しばらく使っておりました。

将棋会館に飾るやつですよ。
ホントですよね。

いかがですか? 改めて。

それを
そばで見てたかと思うと…。

歴史的なものですから これ。

大事になさってください。
ありがとうございます。

どうも ありがとうございました。
ありがとうございました。

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