こころの時代~宗教・人生~ 瞑想(めいそう)でたどる仏教~心と身体を観察する5[字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

こころの時代~宗教・人生~ 瞑想(めいそう)でたどる仏教~心と身体を観察する5[字]

インドから中国、そして日本へ身心の観察は脈々と受け継がれてきた。最澄、空海が伝えためい想法も紹介。仏教とは、信じるとは何か、行の世界に息づく仏教の原点を見つめる

詳細情報
番組内容
悟りの契機となっためい想を通じて仏教の誕生、変遷をたどる6回シリーズ。第5回は、仏教のめい想が日本でどう受容され、展開したのか学ぶ。平安末期の乱世の中、出世のためでなく、人々を救うため立ち上がった法然、親鸞、栄西、道元、日蓮など遁世の僧たちは新宗派を次々とおこしていく。宗派の違いを超えて受け継がれてきたブッダの教えとは。修行道の観点から、宗教学者・蓑輪顕量さん、元陸上競技選手・為末大さんとひもとく
出演者
【出演】東京大学大学院教授・僧侶…蓑輪顕量,為末大,【司会】中條誠子

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
趣味/教育 – 生涯教育・資格
福祉 – 社会福祉

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「こころの時代」では 毎月1回

「瞑想でたどる仏教
心と身体を観察する」と題しまして

仏教瞑想の世界を ご紹介しています。

教えて下さいますのは
仏教学がご専門 蓑輪顕量先生です。

よろしくお願いいたします。
よろしくお願いいたします。

そして 聞き手は 為末 大さんです。
よろしくお願いします。

さあ 6回シリーズ 5回まで来ました。

2, 500年前に
ブッダが インドで始めた仏教が

中国に伝わって発展するところまでを
見てまいりました。

私たちが よく知っている念仏とか
仏像というのが

中国で広がってきたというのも
初めて分かりましたし

これから 日本に どんなふうに
やって来るのかというのが

楽しみだなと思います。

いよいよ 第5回は
日本に 仏教が伝来したところ

それを 瞑想で ひもとくということですね
蓑輪先生。

はい そうです。
中国を経て 伝来した仏教ですが

瞑想が どのような形で
日本で受け入れられたのか

まずは 見てみたいと思います。

仏教瞑想を 平安時代に
日本にもたらしたのは 最澄と空海です。

2人は 同じ年に中国へ派遣されます。

荒波を越え 唐を目指したのは
多彩な仏教文化を学ぶためでした。

先に たどりついたのは 最澄。

中国の人々の間で広まっていた
天台宗を学び

そこで 実践されていた瞑想を
日本に持ち帰りました。

その瞑想は 最澄が開いた
比叡山延暦寺で 今も行われています。

常行三昧です。

仏の名前を唱えながら
ゆっくりと お堂の中を歩き

動作や声 呼吸に注意を振り向けます。

横になることも許されない修行は
90日間 続きます。

一方 空海は
当時 最新の宗派であった 密教を習得。

紀伊半島の山中に
真言宗の拠点を築きます。

密教では 言葉で表現できない仏の教えを
体験を通じて 伝承してきました。

東京都内にある 真言宗 別院真福寺では

密教独自の瞑想法を
一般の人も体験することができます。

「阿字観」と呼ばれる この瞑想。

観察の対象は 「阿」という文字です。

「あびらうんけん
あびらうんけん あびらうんけん」。

日本の僧たちは 中国で体験した瞑想を

仏教に欠かせないものとして
捉えていました。

仏教は ブッダの瞑想から始まりました。

2, 500年前のインドで起こり 中国へ

そして 日本に もたらされると
独自の発展を遂げます。

仏教の日本伝来は 6世紀。

朝鮮半島から
いくつもの小さな仏像が渡ってきました。

光り輝く異国の仏像を 初めて目にして

人々は 畏敬の念を抱きます。

古来 森羅万象に神々を見いだしてきた
日本の人々は

仏像にも 呪術的な力を感じ

八百万の神の一つとして受け入れました。

8世紀 奈良時代になると
日本の仏教は 大きく転換します。

国の統治に
仏教が生かされるようになったのです。

奈良の東大寺。

聖武天皇が 全国に置いた国分寺の
総本山です。

天皇は 仏教を広めることで
社会を安定させようとしました。

仏教は 時の政権と結び付き

国を一つの共同体として まとめるうえで
大きな力となっていきます。

仏教というのはですね
最初期は 共同体の宗教として

受け止められたのではないかと思います。

朝廷にとって 実は 必要な宗教として
受容されたというふうに考えられます。

どういうことかと言いますと やはり
私たちが生活している この社会全体が

古代においては食糧が不足するというのは
大変な問題でしょうから

いろいろなものが よく実るように
その五穀豊穣を祈願する。

あるいは もう一つはですね
これは 天皇家を中心とした

社会体制が できてからだと
思いますけれども

天皇さんの身体が 健全でありますように
安穏でありますように という意味で

「玉体安穏」という言葉が
使われるんですが

こういうものがですね
祈願の願目として登場してまいります。

少し ちょっと
趣が違うような印象がありますね。

はい。 実際に 百済経由で入ってきた
仏教というのは…

経典の講説 つまり そのためには
勉強をしなければいけませんので

学問を中心とする仏教として
始まったのではないかと思います。

また実際に
経典を講説する場というのをですね

法会という名前で呼ぶんですけれども

法会という集まりが 大切なものだという
意識が どうも作られていくようです。

実は その経典を講説したりする
法会の場において

僧侶の昇進に関わるような試験を
一緒に行うというようなことがですね

どうも行われるようになったと
考えられています。

まさに 登用試験なわけですね。
そうですね。

それも 知識でしか判断できないですよね。
そうですね。

ですから 知識 学解という
言い方をするんですけども

学解を重視する仏教というのが

しばらくの間
展開していくんだと思うんです。

ですから いつの間にか…

そうしますと 苦しみから逃れるための
このブッダの仏教からは

だいぶ遠ざかっていくような
気がするんですが。

そういうところは 否めないと思います。

実際に 教理って大事なものでは
あるんですけれども

それだけに こだわってはいけない
つまり…

そのような お坊さんたちのことを

当時は 遁世という名前で
呼んでいたことが分かっています。

遁世… じゃあ あれですね
ちょっと権力者サイドというんですか

いわゆる 体制というか
そこと 仏教が一体化していく中で

もうちょっと そうじゃなくて
そもそも苦しい人とか

そういうのから はじかれちゃった人を
救うためにあるよねっていう

立場をとる人たちが 遁世っていう
感じですかね。

そうですね。 その人たちが
元に返るような形で 戒めを守り

禅定を行い 知恵を得る
これ 戒定慧といいますけれども…

戒律を守り 禅定 すなわち瞑想を行い
知恵を得る。

戒定慧は 仏教本来の教えです。

それが 追い求められるようになった
背景には

平安末期から 鎌倉時代にかけて続いた
世の乱れがありました。

貴族の力が衰え 武士が台頭。

各地で反乱を起こします。

追い打ちをかけるように
飢饉や疫病 災害が人々を襲います。

世の中に 不安が まん延する中

人々は 遁世の僧たちに
救いを求めました。

既存の権力から離れ
民衆の中に身を置く彼らが目指したのが

戒定慧の復興でした。

仏教の本来の教えこそが
人々を苦しみから救う。

そのことを広めようと
遁世の僧たちによって

日本仏教を代表する宗派が
次々に誕生します。

浄土宗を法然 浄土真宗を親鸞が開きます。

禅宗では 栄西と道元。

日蓮は 日蓮宗を起こします。

これらは 後に
鎌倉仏教と呼ばれるようになりました。

非常に厳しい乱世だったわけですね。
はい そうです。

そのような中において
複雑な仏教の教えを

各宗派が ただ一つに決めたのが
鎌倉時代の仏教の特徴になると思います。

それが こちらになりますね。
はい。

浄土系の方たちは 阿弥陀様を
正面に据えた教義を立てまして

法然上人 親鸞聖人という方が 浄土宗と
浄土真宗を開かれていくんです。

禅宗の方たち 道元さんと栄西さんを
中心にしてですけれども

坐禅の実践によって 悟りの世界に
入っていくということを主張いたします。

また 日蓮さんは
日蓮宗を開いていきますけれども

唱題の実践によって 悟りの世界に入って
いけるということを主張いたします。

これだったら 選びやすいですね 確かに。

これが大事なんだって 分かりやすい。
ええ そうですね。

為末さんだったら 何を選ばれますか?
僕だったら まあ でも

ひたすらに念仏をせよだと言えばいいのか
ラッキーみたいな感じで

南無阿弥陀仏みたいな
感じがしますけどね。

私にもできるっていう。
そうですね。

でも その一方で 問題も生じました。

それは 何かといいますと…

これは正しくて
あっちは 間違えているというのが

出始めちゃったということですか?
そうですね はい。

教理を中心にして
考えていきますと

どうしても 優劣の問題というのを
考えていくようになるんだと思うんです。

ところが そうではなくて
「行」 実際の修行

これは 瞑想というふうに
言い換えてもいいと思うんですけれども…

その鎌倉時代に生まれた この宗派
その行を 見ていきたいんですが。

はい。 行というのはですね 心身の観察
というふうに申し上げましたけれども

何か一つのものに 専心していく

あるいは いろいろなものを
見ていくというような

2つに 大きく分かれますが

そのような部分を
鎌倉時代に生まれた

各祖師の教えの中にもですね
見いだすことができます。

それは 苦しみはですね
自分の心が 生み出すものだ。

それは ある意味で
私たちの心が起こしている

戯論の働きだと思うんですけども…

ブッダが発見した
苦しみが生まれる仕組み「戯論」。

飛んできた矢 これが体に当たると…

本来 受け取るのは
矢が触れたという 体の感覚だけです。

しかし その認識が きっかけとなり
第2の矢が放たれます。

すると 心は どんどん動いて
怒りや悲しみが生まれます。

誰だ! ふざけるな!

このように 心が拡張することを
「戯論」といいます。

この戯論を 瞑想によって抑え
悩み 苦しみから逃れるのが

ブッダが開いた 仏教です。

鎌倉時代 それぞれ異なる教義の
宗派を開いた僧たち。

ブッダの瞑想を 各宗派の方法
行で実践していました。

それは どのようなものだったのか
まずは 禅宗。

道元が開いた曹洞宗
栄西の臨済宗を見てみましょう。

そもそも この禅というのは
どのようなものだったんでしょうか?

禅というのは もともとは
中国に発生した一派なんですけれども

中世の時代 鎌倉時代ですけれども
日本に伝わってきました。

基本的に 曹洞宗も臨済宗もですね
坐る禅を大事にしていますので

坐禅が特徴だというふうに考えられます。

それでは 禅の中身を
見ていきたいと思いますので

例えば 曹洞宗の開祖になります
道元さんは

次のような言葉を残しておられます。

こちらですね。

この意味
どのようなものだと思いますか?

上の段はね
「心意識の運転を停め」というのは

何となく ここで習った戯論が
起きないようにという感じがします。

全然 分かってないんですけど
2~3行目は。

なかなか 難しい言い方だと
思うんですけれども

この「普勧坐禅儀」というのはですね

道元さんが
実際に どのような坐禅といいますか

禅のやり方をするのが よいのか
というのを記した資料です。

「心意識の運転」というふうに
言っていますのは

私たちの心の働きをとどめて
やめてですね

「念想観の測量」 何かですね こうだとか
ああだとかっていうような感じで

判断をしているような感じがするんです。

ですので この2つの言葉から 恐らくは
心の働きを静めていくというのと

私たちが あれこれとですね
何かものを考えたりとか 判断していく

その戯論の働きをですね
静めていくということをですね やめて

実際には 「作仏を図ることなかれ」
というのはですね…

それを やめていくのが
必要なんだということを

述べているんだと思います。

結構ね 今まで習ってきた
何となく 仏教の

昔からある 仏教の感じを受けますね
印象を。 そうですね。

道元さんも そういう意味では
仏教の大事な点を

しっかりと
受け止めていたんだと思います。

「只管打坐」という言葉が 独り歩きをしてる
ところもあると思うんですけれども。

こちらですね。 只管打坐。

ひたすら 坐禅をしなさい
というようところで

今は 行われていると思います。

現在 曹洞宗の方では
実際に坐禅をする時にですね

雑念といったりしますが
それが生じても

それを 眺めていればいいんだという
言い方をする方が いらっしゃるんです。

これは 確かに そのとおりでありまして

心に生じてきたものを 一つ一つ
気づいているんだと思うんですけども

それを 眺めているっていうふうに
表現してらっしゃいます。

この 曹洞宗と臨済宗なんですけども

こちらは 具体的には
何が どう違うんでしょうか?

両方とも 禅宗ですので
中国から伝わってきて

達磨大師の教えを 大事にして

達磨さんが 坐禅を中心にして
修行をしていきますので

坐禅を大事にするところが一緒なんです。

ところが 臨済宗の場合にはですね
宋の時代にですね ある展開があるんです。

それが 公案といわれるものを用いた
禅なんですけれども

本当に 論理矛盾のですね よく分からない
問答になるわけですけども…

その公案というのは
どのようなものなんでしょうか?

これは 一つ
例を出したいと思いますけれども

江戸時代の白隠禅師がですね
これは 大変によいと言って

出されたものがありますので
ちょっと やってみたいと思います。

まず 最初に…。
(手をたたく音)

この音が 聞こえましたでしょうか?
聞こえますよね。

はい。 拍手とか手拍子の音ですね。
それでは 今 両手で打ちましたけども

では 片手の音を聞いて下さい。

片手で 手拍子を打った音を聞く…。
さあ どうしますか?

えっ!?

こうやって たたくって感じですか?

違います。
違いますか。

ふふふ。 すごい速く振って
こう空気で 何かこう…。

あっ 音が出ますね それ。
出ますね。

それ 新しい答えかもしれません。

これじゃない。
駄目です はい。

これですもんね。

両手ですと 音 出ますけども
片手だけの音を聞きなさいってことです。

これだ… これ?

2人の人間でやるということですから
なるほど… それ駄目です。

いや~ 俺… え~? もう分かんないな。
どう思いますか?

えっ? 答えはあるんですか? これは。
答えは 実は ないです。

ない?
はい。

これは 白隠さんはですね だから
この公案は よいと言っているんです。

なぜかというと 自分の心が
どのように動いてるかっていうのを

つかまえやすくなるからって
いうことのようなんです。

もう 全力で
答えを探しにいこうとしますよね。

何か ちょっと
答えがないって言われたら

先生ずるい みたいな気持ちに
なったりとか

確かに いろいろ出てきますね。
はい。

本当は 答えなんかないんじゃないかって
疑いが出てきたりとか…。 そうですね。

実際にはですね…

何となく 大体 落ち着いて
人と話せるようになってきたから

僕も戯論が この番組のおかげもあって
収まってきたかなと思っていたけど

こうやって 違う反応というかな

渡したはずなのに
ボールを もらってくれなかったら

このボール
自分で抱き続けるしかないので

すごい それに混乱して
出てくる感じっていうんですかね。

普通 渡したら
もらってくれるじゃないって思うのが

帰ってきちゃってっていう気分だったのは
確かに これは 新しいというか

抱き続けるっていう表現に近いですね。
そうですね。

片手の音を聞け。

このような 容易には答えられない
問いを抱いて 坐禅をするのが

臨済宗で行われる「看話禅」です。

看話禅の修行を受け継ぐ…

僧たちは 老師から それぞれに見合った
公案を与えられています。

その公案を抱き 坐禅に打ち込みます。

坐禅中のみならず 日々の労働「作務」や
食事など 日常生活の間も

常に 心は与えられた公案に
結びついて離れません。

この修行の意義について
管長の横田南嶺さんに聞きました。

この公案というものの
大きな意義というのは

坐禅している時にも
その問題に 集中するし

そして 坐禅が終わっても
この問題は離れないものですから

それこそ 歩いていても
そして食事をしていても

もう ず~っと そのことに
心が向いているわけですね。

もう この問題を解決しなければ

自分は もう生きることもできないんだ
っていうぐらいな気持ちで取り組むと

もう生涯 生きるに値する
大きなものは得られますね。

修行僧は 一日に幾度か

自分の考えた答えを
老師に伝えなければなりません。

これを 参禅といいます。

鐘が鳴ると その時がやってきます。

老師と 一対一で向き合います。

老師が 静かに うなずいた時には
次の公案が授けられます。

答えが浅く 修行が足りないと
判断されると 鈴を鳴らされます。

再び 同じ公案に取り組み
参禅を繰り返すのです。

答えを得ようとするほど ざわつく心。

それでも ひたすらに向き合い続けます。

それは 本人が もがいて苦しんで
そして自分で立ち上がるしかないんです。

それは 手を貸すことは 私どもは
もう不親切だっていいましてね

よく例えで 言うんですけれども

タケノコなんか
伸びてるところを見ませんかしらね。

あれは ちょうど伸びてきてところに
ちょっとでも手を触れるとね

まっすぐ伸びないのと一緒
似たような話でございまして

もう 冷徹なようかも
しれませんけれども

でも人間は 唯一 必ず それを与えられた
課題を乗り越えていける力を

皆 持っている
それだけは 信じています。

私も 先代の管長のおそばに
ずっと修行させて頂いて

一応 全部やったということに
なっているんですけども

でも その時に言われたのは…

それは 終わりではなくして

これから 本当の修行が
始まるんだと言われましてね

今 我々が生存している世代では
経験したことのないような

この感染症の拡大で
じゃあ どうやったらいいのか

もう その一つ一つは
常に 新しい問題ですよね。

だから まあ あの…

寺の奥に立つ門。

ここから先は 修行僧以外 立ち入り禁止。

僧たちは 今日も外界を絶ち
一人 問いを抱いて坐ります。

終わることのない己との対話
それが 臨済宗の行です。

この地で生まれたのが 日蓮です。

日蓮は 山の頂に立ち

朝日に向かって 「南無妙法蓮華経」と
唱えたと伝えられます。

日蓮宗は ここから始まりました。

うわっ すごいな これ。

極楽浄土だね。

為末さんが訪れたのは
日蓮ゆかりの 妙法生寺。

分かるかな? あそこで。

蓑輪先生の実家です。

こんにちは。
ああ こんにちは。

おはようございます。
どうも ご苦労さまでございます。

全然 いつもと格好が違いますね。
そうですね。

お寺に戻ってきた時には いつも
この格好をするようにしております。

はじめまして。 為末と申します。

住職の 兄でございますので。
はい よろしくお願いします。

(顕寿)賢弟に愚兄といわれてます。

寺を継いだのは 兄の顕寿さん。

蓑輪先生も 週末には帰って
僧侶の仕事を手伝います。

まず もう
こんな山の中ですので

初めて いらっしゃったと
思うんですけど

びっくりされたんではないかと
思うんですが。
ええ。

ほんとに この道で合ってるかなと
思いながら。

でも あじさいが見えてきて
あ この辺かもしれないっていう。

ああ そうですか。
はい。

じゃあ
無事にたどりつけて よかったです。

何年ぐらいにできた お寺なんですか?
こちらは。

まあ一応 伝説なんですけども
日蓮大聖人様が

お題目を朝日に向かって 「南無妙法蓮…」
と唱えたという伝説がありますので

その関係がありますので
まあ 750年ほど前。
ああ そうですか。

その前にも まあ お寺としての感覚は
あったようですけども

はっきりしたことは
よく 分かりませんので。

(為末)あんまり ふだん
意識してなかったんですけど

お話伺うと 宗派の違いで お寺の違いが
きっとあるんですよね いろいろと。

そうですね。 お寺の造りからしてですね
異なること 結構ありますので ええ。

こちらは
日蓮宗の寺院でございますので ここ…

(為末)ああ そうなんですね。
ええ。

日蓮は ブッダ晩年の教え 「法華経」こそが
真実であると人々に説きました。

その題目 「妙法蓮華経」に

帰依するという意味の「南無」を付けたのが
「南無妙法蓮華経」。

「この7文字を唱えるだけで救われる」。

それが最も大切なことだと
日蓮は言いました。

はい。

日蓮宗の中ではですね
お題目を唱えるということ

これ 「唱題」というんですけれども

とても大切なものとして
伝わってきています。

まあ その唱題をですね 住職と ちょっと
一緒にやってみたいと思います。

分かりました。
ええ はい。 どうぞ。

よろしくお願いいたします。
(為末)はい。

(鈴の音)

(唱題)

日蓮宗の行 唱題。

「南無妙法蓮華経」と声に出し
心を振り向けることで

瞑想へと つながっていきます。

(一同)「南無妙法蓮華経」。

(鈴の音)

お疲れさまでした。
ありがとうございました。

今のように…

ゆっくり唱えることによって

私たちの心の働きが静かになっていくのが
分かりますし

そのような状態になりますと 実は
私たちの心が 何か起こした時にも

それを きちんと つかまえることが
しやすくなっていきます。

そういう意味で
お題目を唱えるということは

まあ 初期仏教の時に申し上げました…

ハハハ… 分からない。

僕はもう 息が今 最後まで
初心者なので あれでしたけど

3つ 思ったことが

姿勢が良くないと
息が吸えないというのと

最後まで いくために…

もしかしたら…

もう一つは…

周りの音が こんな…

これ 戯論が止まったというのか
分からない。

実際に…

戯論は その…

何を心掛け 唱題するべきか
日蓮は弟子に このように伝えています。

その 「苦しみを苦しみと悟り」
というところで

これを唱えると
苦しいことが楽になるという

そういうことでもないんですよね?
ええ そういうわけではないですね。

これ 「苦しみを苦しみと悟り」
というふうに表現してますけれども

実際に…

それをすることが大切だというふうに
述べていて…

はい そうだと思います。 はい。

日本の仏教の中には
さまざまな行法が伝えられた

あるいは 工夫して始めたと
思われるものもありますけれども その…

そういう意味で…

今日も ずっと この仏教瞑想を
研究なさっているんですけども

どうして ここまで
この仏教瞑想を大切にされるんですか?

私自身もですね 小さい頃から
お題目を唱えてきてましたけれども

なぜ 何のためにっていうような疑問を
ちょっと持ってたことがあるんです。

まあ あの お寺に育ったというのも
ありますけれども

仏教が伝えてきてる 修行というのに
とても関心を持ちました。

その中身というのが
一体 何なんだろうというですね

そういう好奇心も
ず~っと あったような気がいたします。

バングラデシュからの留学生のお坊さんと
一緒に研究をさせて頂いたのが

一番の きっかけになりまして

まあ 現在の東南アジア
上座系の仏教の中に伝わっている…

…ということに
気がつくようになりまして

それは とても大事なことで

現代の社会において まあ…

…というようなことを
思うようになりまして

それが 基本的には ず~っと
瞑想に関する研究を続けてきた

動機っていうんでしょうかね
原因のような気がいたします。

仏教者の方って 皆さん 瞑想は
もう体験されてると言っていいですか?

恐らく 形としては
皆さん 体験してると思うんですけども

その意味を きちんと理解している方は

まだ そんなに多くはないんじゃないかな
と思うんですけども

現在 また少しずつ
変わってきてるとは思います。

この瞑想って 体感だと思うんですけど

一方で どうしても
アカデミックな世界というのは

記述できたりとか
きちんと学んだものというのは

何ていうんですかね 言葉になってたり
数式になってたりというか。 はい。

この 研究をしていくっていうことと

一方で 体験が大事である
瞑想の世界っていうものって

先生の中で
どんなふうに こう バランスというか

融合されてる感じなんでしょう。

そうですね あの…。

みんな ただ坐れとかいう…
難しいですよね。 はい 難しいですよね。

でも これはですね
仏教の伝統の中に その…

片方だけでは駄目だよというのは
ずっと言われてきていますので

まあ そこのところを 最近は よく
大事にしたいなあと思っています。

鎌倉仏教が誕生した背景には

民衆の間に広まった
浄土信仰がありました。

平等院鳳凰堂。

ここには 当時の人々が思い描いた
極楽浄土の姿が表されています。

本尊は 阿弥陀如来。

人が死ぬと 阿弥陀如来が迎えに来て
極楽浄土へと連れていってくれます。

死後の極楽浄土に 人々がすがったのは

末法の世に対する不安からでした。

末法は ブッダの入滅から
2, 000年たった頃から始まり

世界は苦しみに覆われると
伝承されていました。

日本で その時代に入るのは平安末期。

以降 鎌倉時代にかけて

戦乱や天変地異が相次ぐ現実は
末法の世そのものでした。

現世を諦めた人々の間に

来世の極楽浄土を約束してくれる
阿弥陀如来への信仰が流行します。

そうした中で 阿弥陀様の力 「他力」に
全てをお任せすれば

救われると主張したのが

法然の浄土宗
その弟子 親鸞の浄土真宗です。

浄土系の教義は 自力で悟りを目指す
従来の仏教とは 一見 全く異なります。

にもかかわらず 貴族から貧しい人々まで
広く信仰されました。

それは
なぜだったのでしょうか。

この 浄土宗の念仏というのは

先ほど見ていきました
この日蓮宗の この唱題のような

そういった この観察を伴った
念仏なんでしょうか。

いえ 法然さんの主張する
お念仏というのは…

…というようなことを
言っています。

まあ 今までのように
その 何かを観察するとかですね

心を 一つの対象に結び付けるとか

そういう意味合いはないんだというような
言い方をしているんですけども…

ですから ひたすら念仏を唱えなさい
というふうに

まあ 示していらっしゃるんです。

反対はなかったんですか?

こういう 何か ちょっと
やっぱり違いますよね。 はい。 ええ。

ですから 実際にはですね
かなり反対もありまして。
そうですか。

でも 法然上人 日に 数万遍の念仏を
唱えていたという伝承がありまして

まあ 朝から晩まで
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏って

やってたんだと思うんです。

でも これは よく考えてみますと…

そういう意味で…

だから
今までは 意図しなきゃいけないと

意識的に やらなきゃいけないって
言っていたのが

意識すらしなくても 結果として
そうなってんじゃないかというのが

この浄土宗の あれですかね。

念仏唱えれば もう勝手に そこに
何ていうんでしょうね

こう 意識が留め置かれるよという
そういうことですかね。

はい
そういう部分もあるんだと思いますね。

そこまで緩めちゃっていいの みたいな
気持ちも ちょっとありますよね。 はい。

念仏唱えるだけまで いくんだ。
そうですね。

そこまで言い切ってしまったところが

やっぱり 法然さんの
すごいところではないかなと思います。

まあ ある意味で その 学問ができて
ある程度 できないと

分からない仏教っていうようなところも
あったと思いますし その…

こう グーッと ハードルを下げていってた
感じなんですね。 そうですね。

だいぶ下げたと思いますね
はい。

続いてはですね 法然の弟子 親鸞の

浄土真宗を見ていきたいんですけれども

こちらは 阿弥陀様への「信心」を重視
ということですね。

はい。 あの 親鸞さんの時にはですね
先生でいらっしゃった法然さんと

少し異なるところが
出てくるんだと思うんです。

その背景にはですね やはり 鎌倉時代の
末法の意識が かなり働いていまして

で そのような大変な世の中において

私たち凡夫というのは
何もすることができないと。

で また
悪なる心を持っている存在だと。

でも そのような存在でも

阿弥陀様は
実は 救いの手を差し伸べてくれていて

その本願のおかげで
もう 私たちは救われているんだと。

それを信じることが 実は一番大切だ
というふうに考えていくんです。

同じように 本願を重視するところは
法然上人にもあるんですけれども

あの~ 一歩進んだような感じが
ちょっといたしまして

ここのところは 法然さんと親鸞さんの
考え方の違いというのは

どこにあるのかというのが
議論されることがあるんですが

私自身は やはり親鸞さんは
その本願を重視して ある意味で…

ただ 念仏は捨ててないんです。

感謝の?
なるほど。

だから
念仏という手段で 集中をつくって

そこから
観察をしていくというところから

念仏というのは もう 救われたあとの
ありがとうというので

唱えてるというところにいってる
ということですか。 そうです はい。

随分 何というか 飛躍がありますよね。
ええ 飛躍あると思いますね。 ええ。

何か 全ての主張を ある意味
全部 ひっくり返す言葉でもありますよね。

全部の主張は無力だよというふうに。

で 救われてるというので 何かこう
なかなか解釈が難しいですね。

そうなんですよね ええ。

その
解釈が難しいということなんですけど

この 念仏を唱えなくてもいい
ただ信じるということについて

親鸞さんは どんなふうに
こう 考えていたんでしょうか?

その 信を大事にしていくというところで
とても興味深い言葉を使っていまして

それが 私たちの 「はからう気持ちがない」
ということにいくんです。

これは
親鸞聖人が お書きになられました

「尊号真像銘文」という文章の中に
出てくるんですけども

大事なところは
その 赤で書いたところでありまして

その大事なことは
はからう心が ないことだと。

こういうことをすれば 悟りの世界に
あるいは 極楽にいけるとかですね

あれこれと 自分なりの考え方を
巡らしていくことが

はからう心になっているんですけども

これ 別の観点から見ますと…

なるほど。

…というのが 親鸞さんによって

誕生したのではないかな
という気がいたします。

なるほど。 だから まあ ある意味で
信じるというところに集中して

それで ポコポコ
自分の中で ああだこうだ

はからう心が生まれるのを抑制する
という意味では

まあ 仏教の真ん中を 一応 押さえて。
はい そうですね。

仏教の目指していた
その ど真ん中をですね。

なるほど。 ずっと この番組を見ながら
僕 思ってたの。

仏教の範囲は どこまでなんだろう
というふうに思ってたんですけど

やっぱ 何かに集中して
そのことによって

戯論を抑えるというところを
押さえられれば

押さえているので
まあ 仏教の範囲だという

それは 仏教の範囲に入ってく
ということですかね。 そうですね。

いろいろな工夫を 古来 認めてきている

非常に 寛容な教えなんじゃないかなあ
というふうに思います。

こう うまく 試合に勝つことを信じて

絶対 勝てるぞと思って
信じてたりするんですけど

でも 欲が すごく混ざってる場合と

素直に信じてる場合があるんですよね
何か。

でも ここで おっしゃってるところの
はからう心がない信じるというのは

信じながら 今の自分の
この ありようで いいんだっていう

肯定と セットになってる感じ
というんですかね。

でも やっぱ これ 我々にとっても

やっぱり 強い選手って
素直な選手が とっても多いですから

ああだこうだ 何ていうんですかね
こねくり回さないで

素直に頑張って 勝とう。

それ以上でも以下でもない
というところにいくのは

とっても大事だなというのを思って。

もともと 日本に仏教が伝わってきた時

どんな特徴を持っていたのかってことで
教えて頂いたのが

共同体としての この仏教でしたよね。
はい。

でも 共同体ではなくて
もはや こう 一人一人に寄り添うと。

もともとあった
この ブッダが唱えたものに

戻ってきたような気もするんですが。
はい。

ええ そのように考えていいと思います。

仏教を考える時の 一番の…

お釈迦様自身は 私たちの心が
戯論という働きを持っていて

それが 悩み 苦しみを作り出しているんだ
ということをですね 見据えました。

それは 行の世界として
現在の宗派に伝わっています。

ただ 今 日本のお坊さんたちも
いろいろな行をやっていますけども…

そこが確認できると

その工夫が 今の日本仏教の
修行の中身なんだっていうところに

思い至るようになるのではないかなと
思います。

まあ ある意味で…

もう一度 原点に戻って

これからも この仏教を求道していく
ということですね。

そうですね はい。 そう思います。

さあ 次回は最終回になります。

ここまで見てきた 仏教の瞑想ですが

現代を生きる私たちが
どのように生かしていけるのか

お二人と見ていきたいと思います。

どうも ありがとうございました。
ありがとうございました。

♬~

はあ~…。
はい。

「南無妙法蓮華経」。

日蓮聖人の向いている方角が ちょうど
その日の お日の出の方向なんです。

あの方向ですね。
はい。

今はですね
朝起きて ほぼ毎日なんですけども

お天気がいい時には
ここまで上がってきまして

朝日に向かって 10分ばかり
長いお題目を唱えるというのをですね

今 うちのお寺では やっています。

一緒に唱えてみますか?

(2人)「南無妙法蓮華経」。

いろいろ違うなと思ったので…

もう一つは 先生がおっしゃってた
やっぱり 教えと行ですかね。

ありがとうございます。

♬~

大丈夫?
よいしょ。

立ってみ?
つかまれるか?

つかまってごらんって。
つかまってごらん。

大丈夫か。 おお
つかまった つかまった。

(鈴の音)
お疲れさま~。

大丈夫か? 強かったね。 偉いな。

♬~