あしたも晴れ!人生レシピ「平和のために 支えあう」[解][字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

あしたも晴れ!人生レシピ「平和のために 支えあう」[解][字]

激動の世界情勢、平和についてできることを考える。ウクライナからの避難者の安心できる居場所作りを始めた人たちや、ミャンマーで生活に困難を生じている人の支援を紹介

番組内容
激動の世界情勢の中、自分にできることはないかと動き始めた人たちがいます。ウクライナからの避難者を心理的にもサポートしようと居場所作りを始めた人たち。「ウクライナの美しい伝統文化を知ることも支援につながる」とワークショップも開かれています。ミャンマーのクーデター以降、生活に困難をきたした人たちを支援したいと始まったレストランも。そこで働くボランティアの思いとは?支えあうことの大切さについて考えます!
出演者
【ゲスト】SUGIZO,【講師】心理カウンセラー…浮世満理子,【語り】堀内賢雄,【司会】賀来千香子,小澤康喬

ジャンル :
情報/ワイドショー – 暮らし・住まい
情報/ワイドショー – 健康・医療
情報/ワイドショー – グルメ・料理

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キーワード出現数ベスト20

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  17. 場所
  18. テチャーナ
  19. 難民
  20. サポート

解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)

   ごあんない

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世界各地で起きている紛争や軍事侵攻。

私たちに何か
できることはないのでしょうか。

ウクライナから避難してきた人々を
支援したいと動きだした人たちがいます。

心理カウンセラーの業界団体と
在日ウクライナ人が協力し

安心できる居場所作りや 日本の暮らしに
なじむためのサポートが始まっています。

ウクライナの美しい伝統文化を
伝えたいと

体験型のワークショップも
開かれています。

ろうけつ染めで作る卵の工芸品 ピサンキ。

文化に触れることが ウクライナに関心を
持ち続ける きっかけにもなっています。

こちらはミャンマーのクーデターを受けて
オープンしたレストラン。

売り上げを
避難者への寄付などに充てるため…

自分にも何かできないかと
手伝い始めた日本人もいます。

スタジオゲストは 難民支援や
災害ボランティアを行っている

ミュージシャンのSUGIZOさん。

今回は平和のために動き始めた人の
思いをお伝えします。

♬~

「あしたも晴れ!人生レシピ」。

今回は軍事侵攻や紛争で苦境に立つ
母国のために

何かできないかと立ち上がった人たちと

それをサポートする人たちの姿を
見ていきます。

賀来さんは今回のテーマいかがですか?

このウクライナでの軍事侵攻のニュースや
映像は

もう どなたもが思ってらっしゃると
思うんですけど 非常に衝撃的でした。

で 月日が たつにつれ
これに見慣れてしまったような感覚に

とらわれる自分がいて いろいろ知りたい
教えて頂きたいという気持ちです。

そうですね。
では今回のゲストをご紹介しましょう。

ミュージシャンで 難民支援活動や
災害ボランティアなども

精力的に取り組んでらっしゃいます。
SUGIZOさんです。

よろしくお願いします。
よろしくお願いします。

この状況をどのように
ご覧になっていますか?

ウクライナもロシアも 僕は何度となく
コンサートで訪れている

とっても思い入れの強い場所なんですね。

本当に美しい場所なんです。

平和だった場所が 美しかった場所が
今は無残な状況にあるってことが

心が壊れるほど苦しいですね。

この時代においてね
21世紀 2020年代に

また これをやってるのかっていう
その憤りしか… なので ありません。

今年5月 ウクライナからの避難者を
サポートするセンターが開設しました。

心理カウンセリングなどを行う
業界団体が

避難者の居場所を作りたいと
始めたのです。

このセンターを立ち上げた
浮世満理子さん。

震災で被災した人の心のケアを
行ってきた経験から

日本へやって来る避難者に対しても
何かできないかと考えました。

やっぱり右も左も分からない。
言葉も通じない 土地勘のない所で

やっぱり生きていかなければいけない
人たちの不安とかって

本当にあると思うんですね。

ただ 私たちも
つらくなるだけじゃなくて…

浮世さんに協力したいと
このセンターで働き始めた人がいます。

来日して13年の
イリーナ・マコフスカさんです。

ウクライナに暮らす親戚は
激しい攻防の続く東部の町から

逃れてくる避難者の支援を
しているといいます。

日本にいる自分にも 何かできないかと

現地から ハンドメードのものを
送ってもらい 展示 販売も始めました。

それは ろうそくです。 手作り。

日本への避難者が生活していくために
必要な品物も リストアップし

SNSなどで提供を呼びかけています。

避難者に集まってもらい 日本の食文化に
触れてもらう企画を考案しました。

うん うん うん。
で くるくるくるで きゅっ!

参加者は日本人スタッフに教わりながら
手巻きずし作りを初体験。

こちらは ハルキウ出身の夫婦。

夫のミハイロさんは当時
国外で働いていたため

妻と ポーランドで合流し
その後 日本に避難しました。

日本には誰も知り合いがいないため

仲間を求めて
このイベントに参加しました。

ウクライナの大学で日本語を学んでいた
ビクトリアさんと弟のアルテムさん。

キーウから2人だけで
日本に避難してきました。

イリーナさんは ここが ウクライナから
逃れてきた人たちにとって

安心できる場所になればと願っています。

センターでは
新たな取り組みも始めました。

避難者に聞いたところ
要望が多かったのが日本語の習得。

トゥデイ ショッピングケース。
OK!

そこで ボランティアの学生に

英語を使いながら
教えてもらうことにしたのです。

姉と2人で避難してきたアルテムさん。

日本の店で言葉が通じず 目的の物が
買えなかったこともあるため

この日は実践的な会話を学びました。

6月には動物園への遠足を開催。

避難者が家に閉じ籠もることも
多いと聞いて

外に出て 自然や動物に触れてもらおうと
考えたのです。

SNSで呼びかけたところ 日本人も参加。

共に楽しいひとときを過ごしました。

全ての痛みを もちろん

私たちは 消すことは
できないんですけれども せめて…

心の負担 不安は どれほどかと思って。

ですから本当に いらした方が せめて何か
心のよりどころになったり

温かいものを感じられることができたら
本当に すばらしいなと思って。

難民の方々 最初は命をつなぐことに
全力をかけるんですよね。

たどりついて 命は まず つなげられた。
保証ができた。

その次に起こることが 人として
心を満たしたいってことなんですよね。

この段階で 日本で こういう
サポートセンターができたってことは

僕は日本の難民・移民問題に対して
すごく大きな一歩だと思っていて

とても感動しました。
そうですね。

ここで専門家の方にですね

支援のポイントを伺っていますので
ご紹介したいと思います。

難民支援や平和構築支援などが
ご専門の

近畿大学国際学部准教授の桑名 恵さんに
伺いました。

紛争や戦争においては
避難生活が長期化する傾向にある。

ウクライナ人には避難民として特別に
1年程度の在留資格を与えているが

長期的視点に立った支援体制や法律が
必要とのことでした。

また 医食住 教育 医療 特に
日本語の研修 職業のあっせんなど

トータルなサポートが必要とのことで

ワンストップ窓口と官民連携が
必要だというお話でした。

では ここで もうお一方
加わって頂きます。

VTRにも登場しました

ウクライナ交流センターの代表の
浮世満理子さんに お越し頂きました。

よろしくお願いします。
よろしくお願いします。

浮世さんは ウクライナから避難してきた
方々と接してらっしゃってですね

どんなことを感じてらっしゃいますか?

やはり大変な状況の中で避難をしてきて

日本での生活も
まだ安定してない中ですね

「これがない」「生活できない」
というような

そういった要望みたいなのをすごく
ぶつけてくださるのかなと思ったら

全然 皆さん そうじゃなくて むしろ
「安全な日本に来れて感謝してます」とか

「皆さん すごく優しいです」って
言ってくださるんですね。

さっき SUGIZOさんが
おっしゃったように

もう「命が助かった」なんですけど

実は この戦争ストレス
惨事ストレスと言いますけれども

こういったものというのは安全な場所で
ほっとした瞬間に

強いフラッシュバックが来たりとか
そういった状況というのが あるんですね。

もう毎晩 悪夢で飛び起きるとか
あるいは上を飛行機が飛んだだけで

もう ちょっと子どもたちが
もう落ち着いていられないとか

あした 自分のお父さんが
亡くなるかもしれない。

あした 自分の友達の住む街に
砲弾が落ちるかもしれない。

なかなか この強いショックで

その傷が癒えて回復していくのも
すごく大変なことなのに

もう毎日毎日 飛び込んでくるSNSや
そういった現地からの情報で

もう みんなが心をかきたてられて
不安な思いをする。

だけど「何か必要な物は?」って言っても
「いや 本当によくしてくれてる」というね。

笑顔で答える。 そういった
思慮深さというか 慎み深さを

私たちは理解していきたいなと
思いますね。

浮世さんの話の中で思ったのが ほとんど
彼らは間違いなく思うのが

罪悪感があるんですよ。
本当そうです。

自分の仲間や家族を状況の悪い場所に
残して 自分だけ生きながらえてしまった。

もしくは自分だけ逃げてしまった。

ともすると彼らを 家族や仲間を裏切った
って気持ちを持つ人も少なくない。

そこを「そうじゃないよ。
ただ生きてくれてありがとう」

という気持ちでいることなんです。

生きることをチョイスできる人
できなかった人

そこにも命の重さは関係なくて
今ね 命をつないだ方にとっては

生き延びてくれてありがとうって
気持ちなんです。

いや 本当そうですよね。

私たちが実際に できることというのは
何なんでしょうね?

そうですね。 本当に何でもよくてですね

本当に お隣に引っ越してきた
そういう方々がいれば

「今 何が欲しい?」とか
「何か困ってることありますか?」。

例えば先日は みんなで
スーパーマーケットのツアーに行こうといって

スーパーマーケットに
行ってきたんです。

お母さんたちは スーパーマーケットに
行って 実は おいしいお魚もあります。

こんなお料理もあります。

で 子どもたちは
日本のお金のゲームをして

小銭をね みんなで見てもらって。

そういうことだけでも
全然ほっとすると思うんです。

今 翻訳機みたいなのもあるので

翻訳機を使って
コミュニケーションは取れるんですね。

SUGIZOさんは 海外で
難民支援活動されてますけれども

言葉が通じない状態でのコミュニケーションに
ついては どんなこと思われますか?

もう強引に話しますね。 日本語や英語を。

「何だ お前いいやつだな。
これ食べるか?」とか

もう分かんなかったら日本語ですよ。
でも伝わるんですね。

まず 浮世さん おっしゃったように
笑顔なんですよ。

まず笑顔で接すること
目を見て接すること 友達になること。

「友達だよ 俺は」って
相手に訴えかけることが大事ですよね。

そういう感覚ですよね まさに。
本当そう思います。

やはり複雑な背景を背負って
避難してきてらっしゃる方と

なかなか友達っていう関係は難しいような
気もしてしまうんですけれども。

まずは「彼が大変な状況を
くぐり抜けてきた人だ。

だから友達になるんだ」では
ないんですよね。

まず友達になった。

すごくシンパシーを感じたやつが
たまたま大変な状況を生きてきた。

「難民だから友達になってあげよう」では
なくて 交流が始まった時に

そのあとでいいと思うんです。

彼のバックグラウンド 彼の過去の問題を
自分に受け入れることは。

子どもでいいと思うんです。

子どもたちって 違った国の子たちとも
キャッキャ キャッキャ遊びますよね。

そこで すごく大切なつながりって
生まれるじゃないですか。

僕が 彼らと接する時
「日本から来た おっちゃん」なんですよね。

そういう何か もっと言うと
親戚みたいになるんです。

その感覚って実は とても苦しい状況を
くぐり抜けた人たちだからこそ

おそらく すごく大切な温かさとか
光になるはずなんです。

結局 支援ではなくて
まず リレーションシップなんですね。

そこからだと僕は思います。

何か つい支援というと
難しく考えすぎてしまう。

そうすると 何かこう
自分からしてみれば

大それた事をしてしまってるということが
もう違うのかなというか。

何かね こう もっとラフに
友達になりたいんですもんね。

ウクライナから いらっしゃった
避難民の方たちには今

異例とも言われるぐらい 政府の
あつい支援が なされていますけれども

なかなか この日本では難民の申請は
認められにくいという現状もあります。

なので正直 申し上げますと
ウクライナの方だけが優遇される状況も

すごく違和感があります。

ポジティブに考えると
今回のウクライナの難民の方々の件で

避難民の方々に対しての意識が
より広くなったと思いたいですし

今後 他の人種の方々に対しても
必要とあれば こういうサポートが

より皆さんが自然に 変な話
気軽にできるように

この国もなればいいなと
僕は とっても望んでいます。

最後に浮世さん 今どのようなことを
願ってらっしゃるんでしょうか?

ある方から聞いたのは ウクライナは
子どもをすごく大事にする国で

で 子どものために戦ってるんだと。

例えば自分は もちろん怖いし
命は惜しいけれども

子どもたちに
ちゃんと主権国家を残したい。

じゃあ 私たち
日本の受け入れの側としたら

そこの国の思いとか 未来の希望を

ちょっと預かってるみたいな
何か感じが 私は ちょっとあって。

だから日本にいる
ウクライナの子どもたちは

また ウクライナの戦争が終わったら
戻って そこで復興をしたり

新たな国をね 作るという
考え方の中ではね

日本で仲間ができたっていう
そういう思いを持って

いつか ウクライナに
帰ってほしいなって思いが

私は やっぱり ありますね。

浮世さん どうもありがとうございました。
ありがとうございました。

ここまでで 自分は では どんなことが
できるだろうと思ってらっしゃる方も

いるのではないでしょうか。

私たちの取材に
ある在日ウクライナ人は

国の文化や歴史を知ってほしいと
答えました。

6月 都内のギャラリーで ウクライナの
文化を知ってもらおうという

イベントが開かれました。

こちらは 伝統文化に触れる
ワークショップ。

教えているのは
在日ウクライナ人のアーティストです。

作っているのは ピサンキ。

ピサンキとは 卵の殻に
ろうけつ染めで装飾を施した

ウクライナで古くから作られてきた
伝統工芸品。

お守りとしての意味を
持っているそうです。

ピサンキというのは 意味は色 模様。
これ 意味は持ってます。

22年前に来日し 英語教師をしながら
ピサンキの講座を開いてきました。

使うのは こちらの道具。

筒のような空洞があり
先端が ペン先のようになっています。

空洞の部分に蜜ろうを削り入れ
ろうそくで あぶれば

蜜ろうが先端から溶けだしてきます。

その蜜ろうで 下書きされた線をなぞり
模様を描き込んでいきます。

模様を描き終えたら 染料に数十秒
つけ込んで殻に色をつけます。

表面を軽く火にあてると
熱で蜜ろうが溶けてくるので

それを拭い取れば
下地の白色の模様が浮かび上がります。

テチャーナさんにとって ピサンキを
伝えることには大きな意味があります。

ソビエト連邦の時代に
キーウで生まれ育ったテチャーナさん。

その当時 ピサンキについて学ぶ機会は
なかったといいます。

学んだのは ウクライナが
独立したあとのことでした。

ロシアによるウクライナ侵攻が
始まってから

テチャーナさんは娘たちと
チャリティー展示会を開き

現地の状況を伝えるスライドショーや

国の歴史や美しい伝統文化を知ってもらう
試みを行ってきました。

今 このピサンキの輪が広がっています。

ウクライナの伝統文化を知り
それを広めようと動き始めた人がいます。

国分寺の公民館に勤める 小林佑子さん。

3月に開かれた テチャーナさんの
チャリティー展示会に行き

ピサンキのことを知り
多くの人に伝えたいと

今回 ワークショップを企画しました。

ウクライナの伝統的な文化を
そもそも知らなかったところに

すばらしいカラフルで いろんな
デザインがあるピサンキを知って

こういう いろんな文化を持っている国
なんだなということを

初めて知ったというのが
最初の衝撃でした。

この線は 下まで延ばして大丈夫です。

小林さんが講師として依頼したのは
その展示会で知り合った 池間恵子さん。

都内で ピサンキや ししゅうなどの
ワークショップを開いています。

池間さんは趣味で
ろうけつ染めをしていましたが

10年ほど前に ピサンキのことを知り

テチャーナさんの講座に通い
作り方を学びました。

今回 ワークショップを依頼され
協力したいと引き受けました。

丸は だめで
それ以外の直線は書いて大丈夫です。

受講者は
どんな思いで参加したのでしょうか?

子どもたちも ピサンキ作りを初体験。

池間さんは 自分が学んできた
ピサンキ作りが

少しでも何かの役に立てばと
考えています。

ニュースでは ずっと戦争の映像ばっかり
流れていて

それを見ると すごい悲しかったり
腹が立ったり

切なくなったりとかっていうのが
あるんですけれども…

伝統文化を通して ウクライナが
どんな国なのか関心を持ち続けてほしい。

母国が危機を迎えている今
テチャーナさんは そう強く感じています。

そう。 これ
ソビエト連邦のことじゃないです。

まず本当に ピサンキが すごくきれい。

そして やっぱり テチャーナさんが
もう 私 ちょっと衝撃だったんですけど

「もう日本にいる日本の方たちも
心も痛くて疲れるかもしれません」

という表現をされて。
何か こう ちょっと切ないというか

本当に人の痛みを知ってる方の
言葉の重みを感じました。

ウクライナに行くと よく見るんですよ
ピサンキ。 工芸品として。

だから何か 自分にとっては
懐かしい感じがありますね。

すごく思うことが こういう文化こそが
国と国をつなげますね。

SUGIZOさん ミュージシャンで
いらっしゃるので

やはり音楽を
ちょっと伺いたいんですけど

ウクライナの音楽については
いかがですか?

すばらしいミュージシャンがいます。

僕も戦争が始まってから知った
すばらしい ONUKAという

ミュージシャンが バンドがいて
とっても ファンになってしまって

自分のラジオで
かけたりしてるんですけど。

でも同時に ロシアの音楽も僕 大好きで。

ロシアのクラシックの作曲家
ロシアのシンガーとも

ずっと一緒に やっていましたし。

ロシアの音楽には
罪はないじゃないですか。

でも なぜか残念ながら世界では
チャイコフスキーは かけられないとか。

そうですね。
…という状態になってます。

それは 僕は非常に おかしいと思う。
チャイコフに罪はないもん。

やっぱり紛争 政治 お互いの主義と文化を
同一しないでほしいと

やっぱり文化側で生きている人間としては
強く思います。

その文化や芸術 音楽… 音楽も本当に
「言葉を超えて」って よく言いますよね。

本当 いい音楽 聴いてて気持ちいい。
あと じゃあ お料理 食べておいしい。

そして ピサンキ きれいとか
作ってて楽しいって。

「きれいだよね きれいだよね」とか
見せ合うとか もう そういうことなのね。

「なのね」って思っちゃった 今。

本当 いいものは いいし
楽しいものは楽しい。

なので国の違い 本当に いつの間にか
僕らが大きく そびえ立たせてしまった

一つの妄想でしかなくて。

だって地球を外から見たら
国境のラインは引かれてないですからね。

そうそう そうそう 本当。

さあ 最後に見てまいりますのは

軍による市民への弾圧が続く
ミャンマーへの支援についてです。

こんばんは。 消毒がある。

大勢いらっしゃいますね お客さん。

訪ねたのは 去年の6月に オープンした
ばかりの ミャンマー料理のレストラン。

実は ミャンマーのクーデターで 生活に
困難をきたした人たちを支援するため

売り上げを寄付しようと
作られた店なんです。

店内には ミャンマーに向けた
応援メッセージが寄せられています。

こちら 「ミャンマーの若者たちが夢や
希望を叶えられる国になりますように」。

「平和になったミャンマーで
おいしいもの たべたいです」。

ここのお店で ミャンマー料理を
召し上がった方たちが

現地に思いをはせて
ここに書かれている

その願いに つながってるんじゃないかな
というふうに思います。

ミャンマー料理を食べたことがない私
頂いてみることに…。

ミャンマーには 130以上の少数民族が
暮らしているので

料理のバリエーションも豊富です。

私が注文したのは シャン族が食べている
という米粉の麺を使った料理です。

お待たせしました。
どうも ありがとうございます。

これは シャン・カウスエになります。

そうですね。
これは チキンカレーですね。

シャン族の作り方で
作ってありますけど

これは ピーナッツですね。
あと こっちは とうがらしになります。

しっかり味を絡ませて頂きます。

よろしいですか。 では…。

カレーが優しい風味で ナッツの甘みが
そこに加わって おいしい。

はい ありがとうございます。

その他に頂いたのは
発酵させたお茶の葉を入れたサラダ。

甘口のスープに ひたした豚の内臓。
チリソースで頂きます。

お客さんの感想は?

この店の立ち上げに加わったのが
ミャンマー出身の女性 サガさん。

9年前に来日し 現在
看護師として働きながら

空いた時間に この店に通っています。

サガさんは 軍によるクーデターに
大きな衝撃を受けたといいます。

家や仕事を失った人たちの生活支援を
したいと 自分の収入を寄付したり

募金活動を行ったりしてきましたが

関心が薄れるにつれ
資金も集まらなくなっていきました。

そこで ミャンマー人の料理人たちと
話し合い この店をオープンさせることに。

仕事は ボランティアで行うことで
支援金を生み出そうと考えたのです。

ミャンマー国内にいる支援スタッフからは
過酷な現状が伝えられてきます。

タイの国境付近に避難した母国の人たち。

国内外に避難している
ミャンマー人の数は

国連難民高等弁務官事務所の調査では
推定80万人近くに上るといいます。

レストランからの支援金は
食料や医療物資などになり

こうした状況に置かれている人のもとへ
届けられています。

サガさんたちの思いに共感して
ボランティアを申し出た人がいます。

保芦宏亮さんです。

ミャンマー料理研究家として
活動している保芦さん。

この店で 皿洗いやホールでの仕事を
手伝っています。

会計。 はい ありがとうございます。

保芦さんは ミャンマーのカレーの魅力を
広めたいと レトルト商品を開発。

3年前からは 現地で製造 販売する
取り組みを進めてきました。

カレーの試食会を予定していた
まさに その日 クーデターが発生。

その後 保芦さんも友人とともに
抗議のデモに加わりました。

自分の友人も捕まって 他にも大勢の
友人たちが指名手配になったりという

そういう中で とうとう…

自分だけが帰ってきてしまったという
思いを抱えていた保芦さん。

この店の存在を知り 参加を決めました。

これだけ長い間 みんな やっぱり
抗議の声を上げ続けるというのは

本当に みんな疲れたり 諦めかけてる人も
やっぱり いるんだと思います。

このレストランが始まって一年 実は
ボランティアの数が減ってきています。

この店の客だった
大学院生の石川 航さんは

ミャンマーの文化などを学んでいる
大学院生。

そんな事情を知り
ボランティアに回りました。

日本の人にも ミャンマーの魅力とかを…

そういうのを頑張っていきたいなと
思っています。

サガさんは改めて 世界中の人が
平和な社会で生きられるように

という思いを強くしたといいます。

SUGIZOさんは どんなふうに
ご覧になりましたか?

おなか すきましたね。
いや~ 本当ね。

真面目な話 僕が さまざまな難民の方々と
触れ合ってきて彼らが強く発信するのが

「自分たちの存在を
忘れないでほしい」って

もう本当に皆さん 異口同音で言いますね。

なので重要なことが 継続すること。
じゃあ どうやって楽に継続できるのか?

それは おいしい料理とか
やっぱり好きな音楽とか

しつこいようですけど
友達とかなんですよね。

今 あそこで ボランティアを
やってらっしゃる保芦さん

宏亮さんですね。
さまざまな場所のお店を訪ねては

「ミャンマー料理を出してくれませんか」
という売り込みも行ってる。

そしたら今度 そのお店で
できた知り合いが

先日も お客さんとして 今度 来てる。

で 来てくれた方に ミャンマーのことを
そっと伝えていく

というような活動をしていて。

支援が どんどん 実は広がっているんだ
ということを

すごく頼もしく感じましたし あと どこか
安心するような思いもありました。

すばらしいなと思うのが たぶん それは
結果的に支援になってるんですよね。

まずは仲間の やっぱり 輪なんですよ。

SUGIZOさんは
災害ボランティアですとか

あと さまざまなチャリティーライブ
なども なさってきました。

そういう活動にはですね どんな思いが
あって 臨まれてきたんでしょうか?

災害ボランティアに関しては

僕も どこかで罪悪感というのが
あったと思うんですよね。

同じ日本にいながら この人たちは
被災して これだけ大変な目に遭ってる。

僕は東京でなんとか 家は ぐちゃぐちゃに
なったけど 命は問題なかった。

なので今 生き延びて 僕は
それができる余裕があり 環境がある。

であれば それを余すことなく使おう
という発想で始まったのが

災害ボランティアで。

あの… 罪悪感を感じない人たちも
いると思うんですよ。

まあ 人ぞれぞれだからね。

ボランティアを強制することは
できないです。

なんですが もう本当に基本的なこと
大前提として

今 この時代に この国で この環境で
自分が生を受けて 今でも生きていて

自由にいられるということが どれだけ

奇跡の集積で
起きてるかってことですよね。

これ 奇跡ですよね。
生きてることだけでも奇跡。

自分で ちゃんと生活できることが
僕だったら

生きがいの音楽ができることが
奇跡なんですよ。

もう自分が呼吸をしてることに
感謝しかないんですよね。

その感謝の気持ちの表れだったりします。

それで 難民の人たちと触れ合うこと
被災者と触れ合うことで

実は励ましに行ったつもりなのに
サポートしに行ったつもりなのに

むしろ自分が エネルギーや勇気を
もらえる。

ボランティアを一瞬でも
経験したことある人だったら

恐らく全員 感じることだと思うんです。

たぶん こういう息苦しい世界で

やっぱり今となっては
とても不安な情勢の世界だからこそ

人とのつながりで本質…

生きてるっていう本質を
感じたいのかもしれないですね。

今回は平和に向かって支え合う人々の姿を
見てまいりました。

SUGIZOさん 改めて
どんなことを感じられたでしょうか?

やっぱり人とのつながり 温かさ
思いやり。

当然のことですけど 一番重要な僕らの…
何て言うのかな

それが最も重要な武器になると
思いました。

で 力で相手を服従させること

力あるものが正しいという
前世紀的な考え方は

もう僕らは リリースしていいと
思うんですよ。

そうではなく 思いやりや愛情や笑顔が
どれだけ強いのか

人とのつながりを より強固なものに
するのかということを

今日は とても やっぱり強く
再認識しましたし。

でも日本人って そういう意味で言うと
実は とっても心遣い

そして おもてなしができる… そういうね
お国柄だと 民族性だと思うので

日本人の得意なところを ただ自然に
表現すれば それが結果的に支援になる。

そういうところに今いるんじゃないかなと
僕は思いますね。

SUGIZOさん
どうもありがとうございました。

ありがとうございました。