NHK地域局発 金よう夜きらっと新潟「横田滋さん かなわなかった再会」[字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

NHK地域局発 金よう夜きらっと新潟「横田滋さん かなわなかった再会」[字]

横田めぐみさん拉致事件から43年。捜査の第一線にいた警察官が、拉致判明までの“空白の20年”を語り始めている。亡くなった父・滋さんの思いとともに伝える。

番組内容
横田めぐみさん拉致事件から今年で43年。捜査の第一線にいた警察官が、拉致判明までの“空白の20年”を語り始めている。国家が少女を拉致するという想像を超えた犯罪に警察はどう対応し、当時の捜査官はいま、何を思うのか見つめます。“空白の20年”のあと、父・滋さんたち家族を待ち受けていたのは、娘を取り戻すための闘い。毎年欠かさず参加した新潟県での県民集会の発言録から、その思いを読み解きます。
出演者
【司会】佐藤俊吉,【出演】記者…山下達也

ジャンル :
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
ニュース/報道 – 報道特番
ニュース/報道 – 解説

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今から42年前の横田さん家族です。

こつ然と姿を消した 娘 めぐみさんの
手がかりを求めていました。

そうですね 大体…

その失踪が
北朝鮮による拉致であると分かるまで

実に20年もの歳月がかかりました。

なぜ空白の20年は生まれたのか。

今 捜査の第一線にいた警察官が
語り始めています。

その証言から見えてきたのは

拉致発生前から
北朝鮮の工作活動を警戒しながらも

誘拐事件として 捜査を続けた
当時の実情でした。

空白の20年のあとも続いた
めぐみさんを取り戻すための闘い。

滋さんは 毎年 事件があった日には
新潟で訴えました。

滋さんは どんな思いで訴えてきたのか。

妻 早紀江さんが
私たちに答えてくれました。

最後まで 拉致と闘い続けた横田 滋さん。

新たな証言で
めぐみさん拉致事件を見つめます。

こんばんは 「きらっと新潟」です。

あさって15日は 横田めぐみさんが
北朝鮮に拉致された日です。

今年は 拉致問題にとって
大きな出来事がありました。

43年間 娘を捜し続けた
父 滋さんが亡くなりました。

今日は こちらの年表に沿って

横田 滋さんの闘いの記録を見ていきます。

めぐみさんが 北朝鮮に拉致されたのは
1977年のことでした。

中学校からの下校途中 姿を消しました。

懸命の捜索も 手がかりはなく

捜査関係者からは
神隠しとも言われました。

そして 事態が動くのは
それから20年もあとの 1997年。

国が 横田めぐみさんが
北朝鮮に拉致されていると認めました。

この横田めぐみさんが いなくなってから
拉致と認められるまでの間の20年。

空白の20年間について
母親の早紀江さんは

どれだけ捜しても
何の手がかりも得られない

狂気の時代と表現しています。

めぐみさんの拉致は なぜ20年もの間
気付かれなかったのか。

今回 NHKの取材に対し 初めて
新潟県警で捜査の中枢にいた人物が

当時の内情を語りました。

新潟県警OBで
元刑事部長の小幡政行さんです。

横田めぐみさんの捜査に
発生当初から携わりました。

今回 事件が起きる5年前には 既に

警察が日本海沿岸で 北朝鮮への警戒を
強化していたことを明かしました。

小幡さんの部署では
深夜 人目につかない海岸に

不審な船がいないか
定期的に見回りを続けていました。

めぐみさんの拉致事件は
そうした間隙をつく形で発生しました。

ところが 捜査は
身代金目的の誘拐を軸に進められます。

失踪の状況から 北朝鮮と
関連づけることができなかったのです。

失踪から3か月。

情報提供を呼びかけ 取材に応じる
横田さん家族です。

そうですね 大体…

しかし 警察の捜査は
行き詰まっていきました。

はい どうも。

誘拐事件の捜査の中心にいた
安藤六郎さんです。

新潟県警始まって以来といわれる
大規模な態勢で

聞き込みや捜索を行ったといいます。

そのころ めぐみさんの捜査方針を
見直せたかもしれない出来事が

相次いでいました。

めぐみさん事件の翌年
柏崎や福井県など

各地の海岸で 若い男女の
失踪事件が起きていたのです。

新聞でも 一連の失踪に

外国の情報機関が関与している疑いがある
と報道されました。

この報道を目にした早紀江さんは

すぐに 記事を手に
警察に走ったといいます。

なぜ この時も めぐみさんの事件と
北朝鮮は結び付かなかったのか?

当時 北朝鮮は 日本人を拉致した上で

その名義を 工作員に使わせる
なりすましを行っていました。

偽造したパスポートを持った工作員を
韓国などに送り込み

軍事情報の収集などを
させていたのです。

しかし 警察は
まだ13歳だっためぐみさんが

こうした拉致の対象になるとは
思わなかったのです。

誘拐事件を担当していた安藤さん。

有力な情報を横田さんに伝えられないまま
月日が流れていきました。

安藤さんは 家族のいない場所で

人知れず悲しみに暮れる 滋さんの姿が
忘れられないといいます。

そして 発生から20年がたった 1997年。

亡命した工作員の証言をきっかけに

めぐみさんは 北朝鮮に
拉致されていたことが判明したのです。

その後 小幡さんは めぐみさんを
拉致した実行犯を突き止める

県警の捜査責任者になりました。

しかし 空白の20年が重くのしかかり
実行犯に迫れないまま 退職しました。

スタジオには 取材に当たった
山下記者です。

今回 2人の元捜査官の方々に
証言をしていただきましたけれども

この証言から
新しく分かったことというのは

どんなことなんでしょうか?

めぐみさんが 拉致される前から
新潟県警では

北朝鮮の密入国などに備え

警戒を強めていたということです。

当時 村上市などでは 北朝鮮工作員が
検挙される事件が相次いでいました。

関係者の話では 暗闇となる新月の夜に

こうした事件が
多く発生していたということです。

小幡さんも 警戒していただけに
めぐみさんが連れ去られ

船で 沖に出るまでに
救い出せなかったことが

悔しいと話していました。

そして その後も 蓮池さんの事件など

北朝鮮と結び付けられるようなことが
あったかと思うんですが

なぜ 気付けなかったのか こちらに
3つのポイントがあるということで

発生時間 そして めぐみさんの年齢
というのは

先ほどの映像でご覧いただきました。

もう一つ 拉致現場。
この発生場所というのも

一つ 結び付けられないポイントだった
ということですね。

ほかの被害者は
海岸付近で拉致されていました。

一方 めぐみさんは 海岸から
数百メートル離れた住宅街で

更に 比較的
繁華街にも近かったということから

拉致事件とは
結び付かなかったということです。

また 当時の社会情勢も
影響したと言えます。

万景峰号が寄港するなど

北朝鮮とは結び付きが強かった新潟では

北朝鮮の関係機関が数多くありました。

そのため 複数の元捜査関係者は
捜査が進まなかった原因は

北朝鮮の批判につながるような言動を
表立ってできなかった

当時の状況にあったと話していました。

そして 元捜査をしていた
小幡さんの言葉で

まさか北朝鮮は ここまでやるのか
という言葉が印象的だったんですが

それだけ警察にとっても

なかなか想像を超えた事件だった
ということですね。

当時は 新潟県警
始まって以来といわれる規模で

行方不明のめぐみさんの
捜索や聞き込みを行いました。

徹底的に捜査をしただけに

拉致と分かった時の衝撃は
大きかったようです。

その後 小幡さんは
拉致事件の捜査を進め

蓮池さん夫妻や 曽我さん親子の拉致に
関与した 工作員を突き止め

逮捕状を取りました。

しかし めぐみさんや
曽我ミヨシさんなど

帰国できていない被害者がいる
状況に対し

捜査に点数をつけるのであれば 0点だと
話しているのが非常に印象的でした。

では 年表に戻ります。

横田さん家族は
めぐみさんの拉致が判明したあとも

長い闘いを強いられます。

2002年 日朝首脳会談を経て
北朝鮮が拉致を認め謝罪。

蓮池さん 曽我さんら 5人が
帰国を果たします。

しかし 横田さん家族に
突きつけられたのは

めぐみさん死亡の説明でした。

その2年後の2004年

めぐみさんとされる遺骨が
返還されますが

これが 別人と判明します。

このころから 横田さん夫妻が
力を注いだのが 講演活動です。

全国各地で 1, 400回を超える
講演活動を行います。

情勢の変化を踏まえながら
世論に訴え続けた 横田 滋さんの言葉を

新潟県の県民集会から振り返ります。

県民集会が始まったのは 2005年。

横田さん夫妻は

めぐみさんの拉致が起きた日に合わせ
行われる この回に

毎年 参加してきました。

滋さんが 講演で 最初に伝えるのは
いつも新潟への感謝でした。

めぐみさんの救出運動を

全国に先駆けて始めた
新潟の人たちの支援を

大切にしてきたからです。

講演を始めた当初 滋さんは

まだ帰国できない被害者の存在を
忘れないでほしいと訴えました。

そして 日朝間の交渉で 政府が 北朝鮮に
被害者の調査を強く求めるよう

世論の後押しを呼びかけました。

しかし 事態は滋さんたちの願いとは
違う方向に進みます。

北朝鮮の核実験が明らかになると

国際社会は
核を放棄させることを優先し

拉致問題の交渉は 難しくなります。

更に 日本では この時期
総理大臣が相次いで交代。

2008年から4年間
日朝交渉は 全く行われませんでした。

県民集会を主催する
地元新聞社の記者は

このころから 滋さんの発言に
変化が現れてきたと言います。

このころの滋さんの集会での発言です。

しかし めぐみさんの救出に
奔走してきた滋さんの体は

限界に近づいていました。

滋さんにとって
最後の県民集会となった4年前。

新潟に行くことができず
ビデオ通話での参加でした。

滋さんは 自身の思いを
早紀江さんに託し

ほとんど発言することは
ありませんでした。

かなわなかった めぐみさんとの再会。

最期まで娘を思い続けた
滋さんの87年でした。

家族会などで
救出活動をけん引してきた

滋さんが
亡くなられたことの影響というのは

やはり 大きいですね。
はい。

滋さんが亡くなったことについては

被害者救出のための世論喚起にも
影響が出かねない状況です。

現在 被害者家族で残る親世代が

早紀江さんと 有本恵子さんの父親の
明弘さんだけとなってしまいました。

こうした状況を踏まえると

何度も 言われ続けていることでは
ありますが

解決に向けて 本当に 一刻の猶予も
許さないような状況だと言えます。

早紀江さんもインタビューの中で
即 知恵を出してほしいと

おっしゃっていました。
今 拉致問題の現状は

どうなっているんでしょうか?

北朝鮮は 拉致問題だけではなく
今もミサイル 核の

そういった問題が課題となっています。

菅総理大臣は 条件をつけずに直接

キム委員長と向き合う決意だと
話していますが

日本だけが拉致問題を優先して
解決を訴えるのは難しいのが現状です。

今後も国際社会と連携して
解決を図っていく必要があります。

そして 拉致問題の風化
という点については

県内でも懸念されていますよね。

問題の解決には 世論の後押しが
不可欠になっています。

県は おととしから
拉致問題について知ってもらおうと

大学生を対象とした
セミナーも開催しています。

そこでは 蓮池 薫さんや
曽我ひとみさんが直接 拉致について

体験を伝える活動を行っています。

拉致問題の風化を防ぐために

問題が まだ解決していない
ということについて

県民一人一人が考え

そして 行動していく必要が
あるのではないでしょうか。

拉致の問題を知らない世代も
増えていますから

そういった活動が
本当に重要になっていきます。

幸せな家族の日常を
一瞬で奪い去った拉致。

残された家族たちの時間というのは
刻一刻と減っていきます。

被害者全員が 家族と再会できるように

私たち一人一人が 解決について
訴えていく必要があると思います。

今夜は これで失礼します。