徹子の部屋 露木茂&和子夫妻[解][字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

徹子の部屋 露木茂&和子夫妻[解][字]

~結婚57年…激務を支えた妻に感謝~露木茂さん&和子さん夫妻が今日のゲストです。

◇ゲスト
元フジテレビアナンサー・露木茂さんとテレビ朝日のアナウンサーだった妻・和子さんが夫婦で登場。
◇番組内容
早稲田大学の放送研究会で同級生だった2人。在学中から付き合い始め、それぞれ違うテレビ局のアナウンサーとして就職した。報道の仕事で激務続きだったため「子育ては一切しなかった」という露木さん。和子さんは「政治部の記者」という夢を断念して、局を退社し専業主婦に。夢を諦めさせたことは今でも負い目に思っているが、同じ仕事を経験した和子さんの理解があって定年まで仕事ができたと語る。
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
 http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/

ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)

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  14. オリンピック
  15. ダメ
  16. テレビ朝日
  17. ドイツ
  18. ハハハハ
  19. フジテレビ
  20. 仕事

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(黒柳)まあ キレイなお写真だこと。

これはですね

元フジテレビのアナウンサーで

ご主人は露木茂さんです。

奥様は テレビ朝日の

アナウンサーで
いらっしゃったんですけど

あとで お辞めになった
奥様の和子さんの

ご結婚式の写真。

で 今日は
お二人に来ていただきました。

どうもよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。

懐かしいですね! とってもね。
ご無沙汰してます。

露木茂さんと

奥様の
和子さんでいらっしゃいます。

今日は 特別に お願いしまして…

奥様をお連れくださいと
お願いしましたので

今日 来ていただいたんで
とってもよかったです。

もう 露木さんは
フジテレビをお辞めになってから

随分になりますか?
ええ。 えっと もう 20年に。

ああ もう そんなになります?
はい はい。

でも 定年まで勤め上げて…。

そうですね。 60までいましたから。

60ですかね フジテレビは。
そうです。

ふーん… なるほど。

でも 奥様が テレビ朝日の
アナウンサーっていうのは

随分ね…。
はい…。

ねえ。
まあ たまたまね

大学の同級生だったので。

早稲田大学の
同級生なんですってね。

そうなんです。
随分ね…。

だから
お二人とも同じ年で 80歳…。

あっ これ 写真…。 奥様 可愛い。

いいえ…。

露木さんは
あんまり変わらないっていえば

変わらないかもしれないけど

奥様は可愛い。
どうでしょうかね。

自分じゃ よくわかりませんけど。
フフフフ…!

まあ… そうね。
初めてお会いした時

こんな感じだったかしら?

和子さんは 退社後は
もう 専業主婦?

もう ずっと… はい。
おさんどんをしておりました。

お子さん
2人いらしたんでしたっけね。

はい はい。
そうでしたよね。

時々 露木さんに お子さんの事を
聞いたりしましたよね? 私ね。

「お子さん もう
どのくらいになったの?」って。

で 私は 小川宏さんと

NHK時代に… あの方が

「ジェスチャーゲーム」
っていうのの

司会してらして
私 よく出てたんで

とても 私と小川さんが
仲良かったものですから。

小川さんは『小川宏ショー』を
フジテレビでやってらして

そこで あなたは『小川宏ショー』に
いつも出てらしたので

そこで 知り合いになったのね。
そうですね。

だから 随分 もう…
55年ぐらいの友人。

あの頃ね やっぱり あの…

ちょっと ゲストが
なかなか決まらなくて

「誰にしようか?」って。
「黒柳さん」っていうのが

すぐね スタッフの間で…。
「黒柳さんにお願いしよう」。

で 僕は まあ… ねえ。 少し こう
お付き合いをしていて

黒柳さんが 朝 弱いのを
知ってるんですよ。

フフフフ…!
僕からは言えないんだからね…。

そうそうそう。
でも もう スタッフが みんな

「黒柳さんにお願いしよう」って
言って。

すぐ なんかね…
何かあると 「黒柳さん」。

そうでしたね。 でもね あの…

私 好きで 『小川宏ショー』に
随分 出させていただいて。

終わってから 随分 あそこの…
喫茶店だかなんだかで

長い事 お話ししましたよね?
お昼ぐらいまでね。

そうそう! 終わってから。

ですから あの番組は

その… 番組が終わると
1時間後ぐらいに

翌日の打ち合わせを
するんですけれど

黒柳さんがゲストの時だけは

打ち合わせ時間を
最初から もう ずらしてね。

本当に? 悪い…。
ハハハハ…!

そんなだったんですかね?

まあ あの… 小川さんと
3人で盛り上がってね

なかなか 話が終わらない。
懐かしいわ。

なんか 私と
お家で手巻き寿司やった時に

いらした事もあるんですってね。
はいはいはい… お邪魔しました。

私 今でも覚えてます。 ハハハ…!
フフフフ…!

おいしかった。
そんな事やったりしてたんですね。

奥様の
今日のネックレスっていうのは

それ 私がお土産に…。
お気付きになりました?

これ
ちょうだいしたネックレスです。

中国 行った時かなんか?

そうなんです。
中国 おいでになったんですよね?

そう。 行きました。

この… お土産にちょうだいして

もう 大事 大事に。 はい。

もう
みんながね 狙ってるんですよ。

そうなの?
これも50年ぐらい前ですかね?

そうですよね。 50年ぐらい前。

でも よく
キレイに取っておいてくだすって

ありがとうございました。
でも 可愛いわね。

ねえ! 素敵ですよね。

牛だかなんだかの下にも
ぶら下がってるのがね…

宝石が ちょっと。 可愛い。

素敵…。
本当に ありがとうございました。

ありがとうございます 本当に。
うれしい。

つまり こういう事があるぐらい

なぜか フジテレビのあなたと
私とが そんな風に

なんか 仲が良かったりして。
そうですね。

それで なんか あの…
『徹子の部屋』に

まだフジテレビの人なのに いらした…。

これね すごい写真なの。

小川宏さんと それから

露木さんとが 『徹子の部屋』に…。

昔の
『徹子の部屋』のセットですけど。

45年前ですよね? スタートしたのが。

そう。

他局の局アナが

『徹子の部屋』に出た最初だ
っていう風に

あとから伺いました。
そうだと思います。

最初だと思います。 おかしいわね。
光栄です。 ハハハ…!

それで
すごく 私 面白いと思うのは

あれは もう 忘れられない。
ドイツで…。

奥様もいらしたでしょ? あの時。
はい はい。

ドイツで ばったり お会いした時。

久米さんと私が

『ベストテン』っていうのを
やってた時

ノイシュヴァンシュタイン
っていうお城が 私は

どうしても見たいって言って。
それで 私 夏休みだから

ノイシュヴァンシュタイン行く
って言ったら

久米さんも 行くって言って。
それじゃあ もう 本番の中で

そこへ行くとこやなんかを
撮ろうっていう事になって。

オープンカーに乗って
私と久米さんがやってて

後ろから撮りながら
スタッフが来て

距離が離れすぎたから
「ちょっと どこかで

止まってください
止まってください」って言われて。

「そこのとこは
トイレだからダメ」とか

「そこは ちょっとダメ」とか
言って。

「じゃあ ここならいい?」
って言って 止まったら

本当に 野原の
一軒家みたいなとこでしたよね。

「なんか お土産屋から 日本人が
出てきたじゃないですか」って

久米さんが言った…。
それで その出てきた日本人が

ご夫婦だったのね。
あんな事って…。 あれは

どういう旅行だったんですか?
お二人にとっては。

あのね 結婚20年。 で それまで

2人で旅行した事っていうのは
新婚旅行の時以外ないんですよ。

もう すぐ 僕は ワイドショーが
始まっちゃったんで

忙しくて 休みも取れなくて。

で 20年経って やっと
1週間 休みが取れたので

じゃあ 行こうかっていって
計画を立てて。

で あの時は 英語ガイドのバスに
乗ったんです。

それで お土産屋さんに行って。
だからね あの…。

黒柳徹子さん 久米宏さん
っていうのを知ってる乗客は

僕ら以外にいないのよ。
あと 全部 外国人。

外国人。
だから 人垣もできなかったし。

何もね。
うん。

ただ 1分 時間がずれてたら
巡り会わなかった。

それで 私たちが
あそこで止まらなきゃね。

「なんで こんなとこに
止まるんだよ」とかって

久米さんがね。
「こんな普通の所に」とか言って。

「でも いいじゃない。 後ろの車
待ってるだけなんだから」とか

なんとか言って
パッと見たら…。

で もう とにかく 黒柳さんが
「写真! 写真!」

「記念写真!」って言って
叫んだ…。

撮った写真が 皆さん これです。

だから これは
貴重なのよ もう。

千に一つもないぐらいのね
偶然の。

だって 野原の
一軒家みたいな所でしょ?

そう。 でね この写真だって

もう少し気の利いた所でね
こう…。

ここがドイツって
こう わかるような所で

撮ればよかったんだけど。
あれ 見てね 久米さんがね

「これ ドイツっていう感じ
しないじゃないですか」なんて…。

全然しない。 ハハハハ…!

日本でも全然わかんないですよね。

代々木公園かなんかで…。
そうそう そうそう。 そんな感じ。

でも お二人の結婚は もう57年?
(和子・茂)はい。

出会いは 早稲田大学の…
さっき おっしゃったけども

放送研究会で ご一緒…?
そうです 一緒だったんです。

へえー!

で まあ もちろんね…
これ 学生時代ですけど

結婚するっていう気には そんなに
なってなかったんですけど。

(和子・黒柳)フフフフ…!
失礼しちゃう。

つまり 就職しなきゃ
いけないじゃないですか

卒業したらば。
うん。

その 就職する時に
まあ 東京の放送局と

それから まあ
日本全国 いろいろありますよね。

こう バラバラになる可能性も
あるわけだし。

たまたまね 2人で
東京の局に合格したんですよ。

で その時は
もう 仲が良かったの?

ええ ええ。 まあ
大勢 グループもいましたけどね。

まあ 仲良く
お付き合いはしてましたね。

でも すごいわね それね。
すごい偶然ね でも。

そうですね。
ねえ そうですね。

だから もう
知り合ってからは60年。

恐ろしいですね。
すごいですよね。

お二人とも アナウンサーを
お目指しになって。

で ライバル会社に就職して。

でも 結婚する時に 周りから
いろんな事 言われましたか?

まだ入社2年で その…
新米アナウンサーでしたからね。

「結婚するんですけど」
って言ったら

「オリンピック
終わってからにしてくれよな

忙しいから」とかって
こう 上の人から言われたりして。

オリンピックの時だったんですか
この時。

ちょうど オリンピックの… ねえ。

東京オリンピックの年でしたから。

今年 オリンピックで。
ねえ。

オリンピックが終わった
11月に結婚しました。

あら そうだったんですか。

和子さんは テレビ朝日で

どういう番組を
おやりになってらしたんですか?

そうですね あの…

お料理番組とか それから
報道番組なんかをやってね。

女は あの頃 あんまりね…。

政治記者になりたいと
思ってらしたらしいけど

そういうの ダメでしたよね。

メインのね
キャスターとかっていうのは

もう お呼びでない感じで。
女はね。

でも 「やりたい」って言っても
ダメでした。

これは 何をおやりになった時?
これは なんでしょう?

なんかの解説を
やってるんじゃないかと

思うんですけど
全然覚えてないです。

でも 何年
テレビ朝日で…。

これ テレビ朝日ですよ。
昔 NETって…。

何年ぐらい…?
11年。

うん? 11年… 11年ね。
本当は もう少し

やっていたかったん
ですけれども

何しろ 子どもがね。
そうですよね…。

放ったらかしにするわけにも
いかないんで…。

僕は もう ずっと
それがね 負い目っていうか

彼女は もっと
仕事を続けたかっただろうな

という風に思いながら…。

あの…
辞めざるを得なかった

気の毒な事を
してしまったなっていう

そういう気持ちは
ずっと あるんですよ。

本当?
あります。

そうですか? はい。

和子さんは その時…
仕事辞めるっていう時には

どういう気持ちでしたか?
いえ でも もう 仕方がないと。

ねえ。 こうなったらって。

子育ては 少しは なさったの?
露木さんは。

私? 全然。
いいえ! いいえ!

「いいえ」?
一切 任せてました。

これ 何してたの?

これは…。
これは たまたま どこか…

1日か2日 私が休みが取れて

どこかに行った時の写真だと…。
男の子 2人。

ええ。 男2人でした… です。

「でした」じゃなくて「です」ですね。

でも この2人が生まれる時も
なんか 事件が発生して…?

あの… よど号事件…。
よど号事件がね。

まあ 僕のね 話って
古い話になっちゃいますけど

よど号のハイジャック事件が
昭和45年にありまして。

すぐ 僕は ソウルへ飛んで

取材をする事に
なったんですけども。

その時には もう いつ生まれても

おかしくない状態だったんですよ
彼女は。

4月の3日に あの…

人質が解放されて

山村新治郎さんっていう
運輸政務次官が

身代わりの人質になって

よど号は 北朝鮮に
行っちゃうわけですよね。

そうでしたよね。
はい。

で その日が
次男が生まれた日なんですよ。

そうだったの。
私は もう 生放送で

ずっと その…。
張り付いて?

よど号が離陸しているリポートを
金浦空港からやってまして。

ですから 4日に もう
飛んで帰ってきました 翌日。

それで
赤ちゃん ご覧になった…?

はい。 それで 初めて
次男と対面したんですけれども。

でも あれは 仕事に 本当に
理解のある奥様だったから

それ 大丈夫だった…
続けられたって事ありますよね。

ハハハハ…!
いや 本当にね… 例えば

家族で どこかに旅行に行こうとか
海水浴に行こうとか

スキーに行こうとか
っていう時に限ってね

僕が呼び出されるんですよ。

なんか 事件が起こったりする?
そうそう。

だから 結局 そういうチャンスを
随分 潰しちゃって。

で 彼女は もう
予定を立ててますから

子ども2人 連れて

3人分の荷物 持って
行くわけでしょ。

可哀想。
ねえ。

それを ずっとね
やらせていたんで

本当に申し訳ないと思って。
本当ね。

その罪滅ぼしで行ったのが
さっきのドイツなんですよ。

あっ そうだったの?

じゃあ もう 相当の
罪滅ぼしでしたね その時はね。

でも 今 結婚57年で

コロナ禍で生活も変化して
ご結婚以来 初めて

長時間 ご一緒にいらっしゃる
っていう感じなんですって?

本当 初めてです。
そうですよね。

なんか 2人でいると
何を話していいか わからない…。

ハハハ…! そんな…。
まあ 趣味も違いますからね。

彼女は もう
一日黙ってても大丈夫…。

今 俳句を作ってますから。

ろくでもないのをね。
だから

あんまり うるさく話し掛けたり
しない方がいいんですよ。

でも あの… 露木さんは

毎日 3食お作りになる奥様を
観察してらっしゃるんですって?

彼女の生活パターンを見てると
後片付けが苦手なんです。

そうなの?
はい。

僕は もう じゃあ
後片付けをやろうという事で

徹底的に 洗い物
それから洗濯物 畳む しまう。

畳むまで?
全部 私がやってます。

畳むのはね
私より上手なんです。

あっ そうなの。
私はダメです。

女物を畳むのって
結構 難しいんですよね。

ちょっとね 変な形してるからね
いずれにしてもね。

お皿洗いなんかは…?
ごはん食べたあとの。

全部 洗います。
すごい。

お皿から 丼から 鍋から お釜から
フライパンから… はい。

奥様 いかがですか?
こちらの家事…。

大変結構だと思います。
ハハハハ…!

でもね やってくださるだけ
随分いいですよね。

そうですね。 少し時期がね
遅すぎましたけれども。

でも これからも しっかり
やってもらいたいと思います。

そうですね。 露木さん
お料理はなさらないの?

やっぱりね 台所っていうのはね

女の城なんですよね

主婦にとっては。
そうかしら?

そのね 城を明け渡せ
っていうのはね

これは ちょっとね やっぱり

勝海舟と西郷隆盛みたいなね
話になっちゃいますから。

やっぱり そのメインのところはね
ちゃんと こちらに任せて。

いえいえ ご遠慮なく。
私は 脇役で…。

でも ほら 「ご遠慮なく」って
おっしゃってるじゃない 奥様が。

そうよ。
作ってごらんになるといいのよ。

やっぱりね

スパイスの置き場所だとか
調味料の並べ方だとか

そういうのって 彼女の流儀が
あるじゃないですか。

だから 僕が そこでやったりして
ごちゃごちゃにすると

また 機嫌が悪いんですよ。
いえいえ。

それはね 取った所に また
戻しておけばいいんですから。

そうです。 こじつけだと
お思いになりません?

そうよね。
3つ 4つ 全部取っちゃって

わからなくなるなら
1つ取ったら返して

また取ったら返してにすれば
大丈夫じゃない。

そうですか。
ハハハハ…!

でも ご主人に
お料理してほしいですか?

はい。
ほら! してほしいって。

ぜひ!
ぜひ?

はい。
そうね。

城 明け渡しは求めません。
フフフフ…。

でも そんな中 あれですってね

露木さん
大病をなすったんですって?

私 知らなかったんだけど 去年?
そうなんですよ。

どうしたんですか?
去年の春にね

盲腸… 虫垂炎になって
入院しました。

で それは まあ 手術して
良くなったんですけども

その退院を控えて
明日 退院ですっていう時に

「じゃあ 念のために
手術の痕も診ますから

CTを撮りましょう」って…
断層撮影を。

で CTを撮ったの。 そしたら

「腎臓の辺りに腫瘍があります」
って言われて。

ちょっと ごめんなさい。
この話は テレビで

初めて お話しになる話で…。
っていうか もう ほとんど…

私は 自分の個人的な事なんでね

あんまり そんな話をするつもりは
なかったんですけど。

ええ。 それで そうしたら?

何週間か経って 検査入院をして。
で 調べたら

案の定 腎臓がんであったと。
あら…!

はい。
で それが去年の春の事ですよ。

で まあ 病室が空くのを待って
入院して

腎臓…
左の腎臓を全部取りました。

お取りになったの?
ええ。

3月に 志村けんさんが
亡くなったでしょ?

うん そうそう。
4月に 岡江久美子さんが…。

5月に
外交評論家の岡本行夫さんが。

そうそう そうそう。

あの頃 入院してたんですよ。
あら…!

で もう 僕は
一緒に仕事をしたりね

お知り合いだった方が
もう 続々と こう

コロナで亡くなっていくので

あれはイヤなものですね。

入院してて
そのニュースを聞くのは。

自分も これは ひょっとするとね

大変な事になるかもしれない。

そう思いつつ 入院して。

ですから 去年の今頃はね
まだ よたよたしてました。

なんか 10キロぐらい
お痩せになったんですって?

はい そうですね。
あら 大変…。

1年間で
ほぼ元に戻りましたけど。

今ね だって 全然
お変わりないように見えるけども。

ただ 彼女には やっぱり
心配かけました 相当。

その腎臓がんっていうのを
摘出するのには

どのくらい
時間かかったんですか?

朝9時に手術室に入って

夕方 あの… 麻酔から覚めて

病室で気が付いたら
暗くなってましたから

8時間ぐらいはかかった…。

随分だったですね。

和子さんは その時 病気の事
お聞きになって どうでした?

ええ でも
くるものは きたという感じで。

もう これはね しょうがないと。

まあ あの…
年貢の納め時かなと思いました。

随分
こういう奥様だと安心ね なんか。

でも 昔は

インフォームド・コンセント
なんっつって

患者にね 病名を
ちゃんと知らせるかどうかが

いろいろ話題になったりした
時期がありましたけれど

今は 本当 もう がんでも なんか

「風邪ですよ」って言うのと
同じぐらいの調子で

「あの これは がんですから」。

「じゃあ 入院のスケジュールを
立てましょう」とかっていう

もう 非常に事務的にね。
本当?

それで
かえって助かりましたけどね。

妙に落ち込んだりしなくて。
そうですか。

もう なんか
ベルトに載せられた感じで

はい こちら。 はい こちらで手術。

はい こちらで点滴みたいなね。

最近は 本当に がんもね

だいぶ…
なんていうんでしょうか。

寿命が延びてますのでね。
そうですね。

今も定期的に検査はしてますけど

転移もないし まあ 順調に…。

今 全然 お元気そうですもんね。
回復してます はい。

そんな10キロも
お痩せになった方には

全然 見えてないから それはね…。

自分でも その時には もう

あっ これは 体力も落ちてるし

このまんま
街なかに出ていったら

真っ先に コロナに
感染するんじゃないかって

まず思いましたよね。
うん。

それから少しずつ体力が回復して

今は 前に戻ったかな
っていう感じで。

全然 私が見たところでは
お変わりはないわね。

そうですか。
ありがとうございます。

いや それに やっぱり
コロナで 仕事が

全部 キャンセルになりましたから
その間。

ですから
仕事に穴を開けるのがね

一番 僕は
心配だったんですけれども

その事もなくて
なんとか回復しました。

そうですか。 でも それは
おめでとうございましたね。

ありがとうございます。
本当 早く気が付いたのも

よかったしね。
ええ ええ そうですね。

でも 突然 なんか 露木さんは
家庭菜園を始めたんですって?

そうです。 もう なんかね
やっぱり こう

なんか 雰囲気 変えなきゃ
いけないじゃないですか

家庭の中で。
そうそう。

で 例えば コーヒーの
コーヒー豆を替えてね

ちょっと こう
味を変えてみるとか

そんな事ぐらいしか
できないわけですけど

ちょっと 家庭菜園… 自分の家で

野菜を作ってみようかと
思い立ちまして。

ちょっと 大きめのプランターと

それから
土を60キロぐらい買ってきて

その土をプランターに…。
これ?

キュウリとトマトとナスと…。
出来が悪くって。

そこに…。
でも まあ いいじゃないですか。

これ トマト?

やっぱり
採れたてを食べられますから

そういう点では
すごくおいしいです。

でも 露木さんは
六本木1丁目育ち?

随分 すごい ど真ん中に。
育ったのがね はい。

それで 土なんか触った事
あんまりないんですって?

そうですね。

まあ 子どもの頃に

トンボを捕ったり 虫を捕ったり
っていう事は やりましたけど

なんか ものを作るためにね
畑を耕したりっていうのは

小学校の花壇を
やったぐらいですかね。

初めてです。
奥様は世田谷でお育ち…?

私は もう 田舎育ち。
世田谷区は もう

生まれてから ずっとですからね。
もう あの…

畑の中で育ったみたいなもの
なんですよね。

昔は 世田谷は
そんなでしたからね。

ねえ 「世田谷村」ですもの。 ええ。

お天気がいい日は
散歩するんですけど

散歩をするとですね 周りに
まだ畑をやってらっしゃる方とか

広い庭があって そこで

作物 作ったりしてる方
いるんですよね。

そういう お家を見ると

うちより生育がいいんですよ
みんな。

フフフフ…!
そりゃそうですよね。

でね もう 垣根に

しばらく こうね
ひじをついて眺めてると…。

うちは あんなに曲がってる…。
どうして あのナスはね

あんなに こう キレイな色でね
大きくなってるんだろうとか

そればっかり気になってます。
いいわ いつまでも お二人仲良く。

『徹子の部屋』は