激レアさんを連れてきた。[字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

激レアさんを連れてきた。[字]

今回の激レアさんは『最強の男を目指していたのになぜか芸人になり、芸人界最強になった男』

◇番組内容
★激レアさん1★
最強の男を目指していたのになぜか芸人になり、芸人界最強になった男

★激レアさん2★
そのイメージとは裏腹に超わがままな父・相田みつをに振り回されて育った息子
◇出演者
【研究員】若林正恭(オードリー)
【研究助手】弘中綾香(テレビ朝日アナウンサー)
【客員研究員】濱口優(よゐこ)、山本舞香 ※50音順
◇おしらせ
☆番組HP
 https://www.tv-asahi.co.jp/geki_rare/

ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
バラエティ – お笑い・コメディ
福祉 – 文字(字幕)

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キーワード出現数ベスト20

  1. 鈴木
  2. 濱口
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  4. 一同
  5. 山本
  6. 最強
  7. 当時
  8. ホント
  9. 相田
  10. お父さん
  11. 学校
  12. 名前
  13. 友達
  14. ダメ
  15. プロレス
  16. ホームレス生活
  17. 若林
  18. 絶対
  19. 塚地
  20. 鈴木拓

解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)

   ごあんない

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今日の激レアさんは…。

僕が

芸人界
最強の男…。

(弘中)誰とも つるまずに
ケンカ三昧の日々を送っていたと。

さらに 最強の道の途中で…。

2年間の
ホームレス生活に入ります。

そうなんだ。
知らんかった これ。

お笑いでは見せない
鈴木拓の最強伝説に迫る!

さらに 父
相田みつをのわがままに

振り回され続けた息子が登場!

言いますね!

今回の激レアさんは
こちらの方です。

ひ弱な見た目とは裏腹に
最強の男!

おはようございます!

あれ!?
拓さんじゃないですか!

(鈴木)よろしくお願いします。

ドランクドラゴン
鈴木拓さんです。

よろしくお願いします。

急に 拓さんじゃないですか。

どんな激レアさんだと
思いますか? 皆さん。

拓さん 色々あるんだよな。

濱口さんとか
もしかしたら そんなに

ピンとこないかもしれないですね。
ホント?

やめろ! それ。
やめろ! それ。

(濱口)300万かけた…。
(鈴木)言うんじゃないよ!

300万かけて?

今回の激レアさんは…。

はあ~!
はいはい はいはい はいはい…。

はいはいはい…。

いやあ… 拓さん

やばいっていう言い方は
やめてくれよ。

拓さんに テレビ出たての時に

大勢の番組で
前 出れないんですけど

どうすればいいですか?
っつったら

格闘技 習って 強くなれば…。

(一同 笑い)

そうしたら 前に出れるから
っつって…。

だって 全部のMCに勝てるから

今 考えたら…。

確かに。

(濱口)何一つ
笑い生めへんもんな…。

ぶん殴っちまえばいいんだよ!
ってね。

ダメだよ ぶん殴っちゃ。

でも 芸人界最強なんですよね?

そうですね。 まあ あの…

僕が

(一同 笑い)

芸人界最強の男 鈴木拓!

俺ね あの~… その~…。

芸人として 最強とは

決して思われていない
鈴木だが…。

格闘技となると

その実力は
格闘家顔負けの相当なもの!

ひたすら
自分の強さを磨き続けてきた

ハチャメチャ人生を
見ていくぞ~!

まずは 最強への足掛かりとなる
幼少期から。

そもそも 鈴木さんなんですが

意外にもですね
おじい様が市議会議員

お父様が経営者という

超お金持ちの家に
生まれます。

そうなんですか?
(濱口)そうなの?

どんな お家だったんですか?

(鈴木)まあ 家も
3億するんだぞっつって…。

(濱口)ええ!? すげえ!
(鈴木)はい。

で おじいちゃん 市議会議員で
押し入れがあって

そこに 札束がズラーッて…。

ええーっ!?
押し入れ 開けたら?

うち いとこ4人いて

で 俺と姉ちゃんで
6人だったから

それ みんなで

あそこの… あそこの
全員 お孫さんだけど

大丈夫か? みたいな。

でも なんか
お金持ちの家の人って

そこはかとない品があるけど
拓さんって ないですよね。

もう やめて!
なんなの? それ。

(一同 笑い)

で さらに お父様がですね

かなり ぶっ飛んだ方で
いらっしゃいまして…。

血を継いでるんだ じゃあ。

で そんな お父様に対してですね

家では かなり厳しい

暗黙のルールが
あったそうなんです。

こちら ご覧ください。

まず お父さんには敬語で話す。

へえ~! 親子で。

(鈴木)だから あの…
友達ん家とか行った時に

友達が 自分のとこの友達の親に
タメ口をきいてて

すっごいドキドキした記憶
ありますもん。

へえ~!
その関係が…。

はいはい… こっちが普通だったら
思っちゃいますよね。

(鈴木)まあ 怖かったですから。

2つ目が 朝 起きたら
正座で「おはようございます」。

(若林・濱口)へえ~!
(山本)うわあ…。

で 3つ目
お父さんが見るテレビは

正座をして 黙って観賞すると。

(山本)マジ 家で息できないじゃん
こんなの。

厳しすぎでしょ。

これは いつ頃からあった
ルールなんですか?

もう 気心じゃねえや…。

物心!

(濱口)ウソでしょ。
これが嫌なんだよ!

イジるの怖いもん こっちは。

ちょっと もう それ以上 やめて!

(山本)「やるよ」だって。
(濱口)怖いな。

ちょっとね 厳しいお父さんだった
そうなんですけれども。

この お父さんの口癖がですね…。

へえ~!
「するな」とかじゃないんだ。

小学生時代の鈴木さんは…。

…を送っていたと。

山本さんが笑ってしまうのも
わかりますけど。

イメージないよね。
イメージがつかないですよね。

ケンカ三昧っていうと なんか
僕ら ヤンキーみたいなやつ…。

そう そう…。
(鈴木)そんな感じじゃないですよ。

なんか言われたら
急に ガッと こう 怒りだして

ちょっと あの…
ホントに なんつうんすかね…。

一番怖い。
(鈴木)そう 一番やばい…。

まあ 簡単に言うと…。

怖い 怖い 怖い。
(鈴木)簡単に言うと。

キレたらね とことん。

(鈴木)キレたら もう 止まらない。

いいか? 父の影響で

常に強さを求めるようになった
鈴木。

ここから
最強への道が始まっていくぞ。

さらに
強さに磨きをかけるために…。

ああ 柔道か…。
(濱口)へえ~。

(鈴木)殴っちゃうと
法に触れるから…。

って考えたのが柔道で。

いや 投げてもアウトやけどな。

(鈴木)投げても
アウトなんですけどね ホントに。

鈴木さんはですね
試合で勝ちたいというよりも

負けて 家に帰ったあとの
お父さんが怖いという事で

めきめきと実力をつけまして
なんと 小学1年生の時には

県大会で優勝するほどまで
実力をつけた

という事なんですよね。
知らなかった。 そうなんだ。

という事で こちらに
ちょっと まとめてみます。

鈴木拓さんが最強になるまでの
道のりでございます。

まずはですね 小学校で

柔道を極めた事に
よりまして

投げ技を
習得しました。

最強メーターが
1つアップします。

ここまでくるとね
最強になりますよ。

で このあと 鈴木さんが
小学校4年生の時に…。

で 鈴木さんは お母様の方に
引き取られまして…。

超貧乏生活を
強いられる事になると。

これは だいぶ変わりますよね。

もう 今じゃ ないけど
茅葺屋根。

はい はい…。

(鈴木)藁をこう重ねた。 あれで。

歩いてると こう 床がボコッ! と
落っこっちゃったりとか。

その経験もしてるんですね…。

そして 学校も
転校する事になるんですけれども。

転校した先が

当時 不良の多い学校だった
という事なんです。

(鈴木)悪い子が多かったですね。
なるほど。

学校にも
全然 暴走族みたいなのが

よく… しょっちゅう来てました。

学校にですか?
(鈴木)はい 学校に。

(濱口)えっ?

(鈴木)そうです。
あんま言わないでください…。

ヤンチャとは聞いてたけど…。
(鈴木)そうです。 そうですよ。

「俺 あれで いっつも バイクで
グルグル行ってたんだよ」っつって。

ちなみに その…
俺 わからないんですけど

暴走族がグルグル
回るんですか? 校庭を。

(鈴木)校庭
グルグル回ってました。

それは 何をしに来てるんですか?
(鈴木)それは…。

(鈴木)なんでか わからないけど
グルグル グルグル…。

なんでか わからないんだ
それって。

中学生になった鈴木。

ここから
さらなる強さに磨きをかけるため

あるものにハマっていくぞ!

それが こちら。

プロレスでございます。

特にですね 中学校の時の
鈴木さんがハマったのが

こちらです。

高田延彦さんの得意技

ローリングソバットを
極めたいんですけど

ローリングソバットって
何もない所じゃできない…。

もう 当時

(鈴木)だから 電信柱があったら

必ずローリングソバットをする
っていう決まり事を作って…。

結構あるで 電柱。

(鈴木)町ゆく この電信柱に

僕は もう クルックル

ローリングソバットしながら
歩いて。

(濱口)やべえ やべえ。
(山本)やばすぎる…。

(濱口)えー! すごいね。
(鈴木)なんか わかんないけど

電信柱に ローリングソバットを
クルクル決めながら

高田さん家に行って

どういうスケジュールなんすか
それ。

のちにね
それ 高田さんに言って…。

で 高田さん
ああ 若いからな みたいな

そういうふうに
言ってくれるのかなと思ったら

一言 「ダメだろ!!」。

言ってました。
言いそう。

(鈴木)そんな事しちゃダメだろ
って。

山本さんは 中学時代 何か
ハマっていた事ってありますか?

ハマってた事か…。

すごいじゃん。
空手!?

(濱口)すごいね。
すごい!

(鈴木)ちょっと…。

ハハハハ…!
山本さん…

あんま 怖い人がいないでしょ
多分。

いないですね。
別に なんかあったら…。

って思って…。

(鈴木)
やっちまえばいいんですよ!

監督なんて
やっちまえばいいんですよ。

(濱口)ダメだって 落としたら。

そして 小学校時代には

友達がいなかった
鈴木さんなんですけれども

中学生になりますと
ある事で人気者になります。

それが こちら。

これ どういう事でしょうか?
(鈴木)「今と一緒やん」って…。

その… 同じクラス
中学 高校で

さかなクンがいまして。

えーっ!?
面白いなあ。

すごいですね 環境。
なんなん? それ 周りに。

なんか 母校に帰るみたいな
番組で企画をやった時に

担任の先生がいらっしゃって

その担任の先生が…
目の前に学生たちがいるんですよ。

学生たちに なんでもいいから

ここにいる さかなクンは

小さい頃から
ずーっと魚を…。

ホントに 魚の絵ばっかり…。

魚の特徴を
ずっと書いたりとか。

それぐらい努力して

で ここにいる鈴木拓ちゃんは
もう 昔から

(鈴木)だから…。

(一同 笑い)

まあ サービス精神で
言ってるだけで

本心では
思ってないのかもしれませんね。

いや あんた 本心だよ!
昔から。

永遠 出てくるやん。
(鈴木)やめてくれ。

永遠に出てくるって やめてくれ。

このね 悪口キャラで

不良で多い学校で
ヤンチャな友達ができた事で

友達とですね

打撃や寝技の練習をしていた
という事なんですね。

知ってるからね。 ああ~ そっか。
そうなんですよ。

ちょっと 今回ですね
マットをご用意したので

寝技を実際に
どんな感じでやっていたか

再現して頂こうと思います。
はい。

鈴木拓が 中学時代に培った

ちょっと 試しにやって頂いても
よろしいでしょうか?

ガードポジションって まあね
弘中さんもご存じでしょうけど…。

(鈴木)ガードポジションの概念…。
初めて… ガードポジション?

当時は ガードポジションの概念が
なかったから

すぐマウント取って…。
マウントね。

この時に こうやって
マウント取ったら…。

一応 こう 三角取って
このままね…。

(濱口)それが
三角絞めってやつか。

はい。 これで こうして…。

(濱口)手も
そっちにやらなアカンのか。

はい。
三角やろうとするんですけど

そうすると 嫌がって

みんな肩を張るんです グンッと。
こうやって。

そうしたら このまま
相手の頭を押して

スイッチしちゃって。
(山本)うわっ すごい!

これで 腕を折りたたんで

このまま こう
決めてもいいですし。

(濱口)オモプラッタ…。
オモプラッタ?

(一同 笑い)

ありがとうございます。
(濱口)すごいな。

若林君も やってるでしょ?

俺 だから 拓さんに
将棋と一緒だからっていって

相手が こうしようとしてる事の
裏をついたり…。

そう。 頭の中で構築できるんです。

丁寧に教えてくれた時に…。

だって そんなの…
そうじゃないですか。

相手が こう思ってたら…。
確かに。

なんだよ! 今も なんか
フレーズ言わなきゃと思って…。

なんで…
なんで すぐ落とされちゃう…。

(一同 笑い)

さあ という事でですね

プロレスで
打撃や寝技をマスターしまして

悪口を言いまくる事で

マイクパフォーマンス能力も
手にしました。

はいはいはい 悪口でね。

メーターが
ここでもアップします。

柔道 プロレスと
着実に強くなる鈴木。

そして タイ人直伝の
さらなる武器を手にするんだ!

さらにですね この時

本場 タイで
ムエタイをやっていた

ソーパーさんに出会いまして
拓さんは…。

ムエタイもやるんですね。

ムエタイも
この時 教えてもらった…。

これ きっかけは
なんだったんですか?

この方と出会った…。

うちは米軍基地とかも近くて…。

で まあ 色々 この…。
地域的に…。

(鈴木)混沌としている所で。

移民の方もいましたし…。

ヘタクソ お前!

態度が もう
どんどん悪くなってる…。

大きく間違えろ
間違えるなら。

(山本)絶対 言えなかった…。

そこ ツッコめなかった。
よかった。

ホントに

(鈴木)もう
山本さんまでイジり始めたよ。

アハハ…!

地元でね
知り合ったって事ですね。

そうです。
外国の方とかも たくさん…。

タイから来た人とか
ブラジルから来た人とか。

もう あの
膝蹴りのやり方とか

あと 実践的に 髪の毛を
どうつかむかとか

そういうのも…。
えっ!? 髪の毛にも

つかみ方があるんですか?
(鈴木)そうそう そうです。

(濱口)
実践的なつかみ方があんねや。

実践的な…。

(山本)そういうのって

(鈴木)できれば ホントに…。
(濱口)護身術としてな。

金的ありで
髪の毛のつかみ方とか…。

あっ 女の子に教える…。

また絞め落とされてる
じゃないですか 山本さんに。

さすがですね。

護身術のためにですよ
女の子。

いや~…。

難しいな。

という事で ムエタイでですね

肘だったり 膝の使い方を
マスターして

また
最強への道が開けてきました。

この時には もう ご自身でも

なんか 俺強いな みたいな
実感ってありました?

すごくありましたね。

ここまでね 柔道 プロレス
ムエタイと習ってきて

鈴木さん ある事を

思うようになった
という事なんです。

それが 遊びじゃなくて…。

思い始めたという事なんですよね。

そこで 鈴木さんが思いついたのが
こちら。

待ってました!

この頃は もう

鍛えてもいたんですか?
(鈴木)鍛えてた。

どうやって
対決していくんですか? これ。

これは その… 街中に

ゴロゴロ あの当時は
不良漫画の影響のせいで

悪い感じの…。
(濱口)いた いた。

(鈴木)ちょっと
目を合わせたりすると

僕なんか お前 今
ガンつけたろ? みたいな…

すごい寄ってくるんですよ。

(濱口)言われるよ あれは。

その時に
パッて構えちゃうんです。

(鈴木)とにかく。

自分が正当防衛だっていうね…。
正当防衛ね。

したら ドンって1回押された。

180センチぐらいの人
だったんですよ。

って敬語で言うんですよ。
「やりましたね」って。

まずね。 確認。
(鈴木)やられたんで

これ 正当防衛ですって
告知してから スッてやって

1発 ローキック
ドーンと入れたんです。

そしたら そいつが ガッて引いて。

ローキックやると
ちょっと身が低くなるんですよ。

こう グッと。
腰が引けちゃう…。

で もう一回 ローキックを
こうすると見せかけて

途中で変化して 顔面にパーンって
ハイキックして…。

(濱口)三日月蹴りみたいな?
(鈴木)それが

(濱口)決まったの? それは。
(鈴木)それ 決まったんですよ。

決まると どうなるんですか?

お前 ふざけんなよ
みたいになって

口がガタガタ震え始めて

その人が
あんな時に言うんだなと思って。

(一同 笑い)

(鈴木)
ああ 王道のやつだと思って。

映画みたいに きれいに 大勢で

殴り合い 蹴り合いとかは
ないんですね。

かっこよく ああいうふうには
なかなか決まりづらいですね。

実戦で試す事ができず
モヤモヤする中

鈴木さんの心に
ある思いが芽生えます。

それが こちらです。

プロレスなんだね。
プロレスラーなんだ。

このプロレスラーになる夢を
かなえるために

お母さんに
こんなふうに言いました。

だから…。

(濱口)おお~!

これは なぜ メキシコ?

メキシコだと 身長が低い人でも
プロレスができる

種類があったんですね。

で メキシコ行かせてくれって
言いましたね。

そしたら

(鈴木)近所の高校に行きましたね。

しかし 家計がカツカツすぎて
メキシコ留学は絶対無理!

という事で 次の夢を探すぞ~!

僕らの頃は

香港の時代がやって来る
っていうのを… 言われてて。

…っていうのを
その時 考えたんですね。

そしたら 親が…。

出た。

(一同 笑い)

なかなか
詰める事 できなくてね。

返さないんだね。
はい。 詰められてばっかり…。

(一同 笑い)

こうして たどり着いたのが
芸人になるという目標!

とはいえ ほぼ

親にも言えず

家に居づらくなった鈴木は

まさかのホームレス生活を選ぶぞ。

なんと 2年間の
ホームレス生活に入ります。

そうなんだ。
知らんかった これ。

すごいっすね この経験!
(鈴木)はい。

当時。
(山本)川…。

なんなんすか? 拓さん。
(鈴木)ハハハハ…!

(一同 笑い)

なんて事 言ってくれてんだ!
(山本)ハハハッ!

一見 ここでね 最強への道は
終わりかと思いきや

鈴木さんは
このホームレス生活で

新たな強さを手に入れた
という事なんです。

すごいなあ…。
まず 何をしていたのか?

へえ~。
(山本)へえ~。

このあと 鈴木の
衝撃的野生ライフが始まる!

その場で寝るんだ。
(鈴木)砂利の上で。

ヘビが
目の前 バーッと通ったりとか…。

芸人界最強の男 鈴木は

なんと 2年も
ホームレス生活をしていたぞ!

まず 何をしていたのか?

へえ~。
(山本)へえ~。

(鈴木)川 行って 釣りして

眠くなったら
その場で もう 寝て…。

(濱口)その場で寝るんだ。
(鈴木)砂利の上で。

季節問わずですか?

冬は
いったん帰ったりはしたけど

3シーズンは ずーっと…。
(濱口)へえ~!

(鈴木)目ぇ覚めたら ヘビが
目の前 バーッと通ったりとか…。

高校卒業するまでの あれを

ずーっと アルバイトで
お金をためてたから…。

すごい生活をしてる…。

ホームレス生活 その2。

ええ~っ!
すげえ。

初めの1週間とかは

なんか 頭 かゆくなったりとか…
なんか するんだけど

だんだんね
正常な体の強さが出てきて…。

(一同)へえ~!

(濱口)そうなんだ。
(鈴木)そうなんですよ。

(濱口)ドロドロにならないの?
絶対 ウソだよ。

(鈴木)マジっすよ マジっすよ。
ちょっと やってみてください。

家で…。 ホントにサラッサラの…。
絶対 ウソだよ。

まあ キューティクルでしたよ
その当時の俺は。

俺の歴史の中で

(一同 笑い)

(鈴木)ぜひ!
(濱口)今 どんだけ汚いねん。

弘中さん ぜひ試してください!
しねえよ!

(鈴木)山本さん
ぜひ やってみてください。

絶対 嫌だよ そんなの…。

(鈴木)人間の その治癒力たるや
もう すごいですから。

そして その3はですね
こちらでございます。

(濱口)ホームレスの時に?

ホームレスの時に
習いに行き始めましたね。

ある時に 格闘技の番組 見た時に

170センチぐらいの
ちっちゃい人が

2メーターあるかないか
ぐらいの人を

1発も殴らずに…
色んな格闘技の中で

優勝した人がいるんです。
で それをやってたのが

ブラジリアン柔術っていう…
それをやってて。

もう 衝撃でしたね。

あの 最強少年になりたい僕が

もう そこで
パコーン! ってなって。

そしたら ちょうど 近所に

柔術を教えてくれる人がいるから
っつって

そこ通うんです 僕。
(濱口)運命的にね。

ここで
ブラジリアン柔術に出会った事で

はい 最強の寝技を習得しました。

で 知らず知らずのうちにですね
またも 最強へと近づきました。

そして 野外生活が2年経った頃
ついに

さあ そして そんな中ですね

それが あの…。

ええ~! そうなんだ。
(濱口)はいはい はいはい…。

これも
川で釣りしてた時なんですけどね。

まだホームレスなんかい。
(一同 笑い)

(鈴木)これは…

まあ みんな死んじゃうんだなって
その時思ったんです。

あんな怖い人が死ぬから。
ああ~。

だったら もう
好きな事やろうって思いまして。

ここで 鈴木さんは…。

好きな事をやって生きていこうと
思われたと。

ここまで 全部… ほとんど
お笑い芸人のね 要素が…。

あんまり言った事ないですね
お笑いが好きだったって。

聞かないね 拓ちゃんから。

初めの5回。

クイズネタかなんか見て…
それ 中学校の頃ですね。

もう

(鈴木)なんだ これ!
っつって…。

と思い始めて。

父親が亡くなったきっかけで

「俺 芸人やりたい」って
母親に言ったら…。

日本なんですね
お母さんは なんか。

そのあと

1996年 塚地さんと…。

人力舎は もう その当時から60万。

高っ。 そうなんだ。

(鈴木)当時 アンジャッシュさんなんか
全然有名じゃねえし

知らねえよと
思ってたんですけど…。

そんな わざわざ
言わなくていいでしょ 今。

(鈴木)うちの姉が…。

お前みたいな…。

だから 私が全部出してあげるから
って言って

姉が出してくれました 60万。
(濱口)ええ話や。

ここでお笑いにいくんだ やっと。
(濱口)そうね。

実はですね
このドランクドラゴンというのは

塚地さんから 鈴木さんに

コンビを組もうというお話が
あったそうなんですけれども

塚地さんにですね 今回

当時のお話を伺って参りました。
ご覧ください。

なぜ 塚地さんは

鈴木さんとコンビを組もうと
思ったのでしょうか?

(鈴木)みんな
不思議に思うとこだよな これ。

僕 24歳で養成所に入ったんですよ
脱サラして。

年齢的にも遅くて
ちょっと大人やったから

授業とかでも 講師の方が…。

とかっていうフリして。

それに対して 生徒たちが

はい! はい! はい! って
答えてる感じを…。

斜に構えた感じで
見てたんですよ。

そうしたら…。

そして
元々 組んでいたコンビを解消し

意を決して
鈴木さんに声をかけたといいます。

まあ…。

で 思い切って…。

言いそう!
「いいよー」って言いそう。

(塚地)で 声かけて
この形になったんですけど…。

ふた開けてみたら

ボケとツッコミ どっちやりたいの?
って話ししたら…。

(塚地)なので

ひどかったよね。

バカだもんね。
(一同 笑い)

(鈴木)大変でしたね ホントに。

で このあとですね

ドランクドラゴンとして
活動を開始しまして

コンビ結成5年後
初のレギュラー番組

『はねるのトびら』が
スタートします。

すごいよな。
(濱口)そうだ そうだ。

これ もう ドーン! ときて

街中の認知度も
だいぶ変わりまして

生活は一変しましたけど…。

(一同 笑い)

というのも 人気番組の
メンバー間格差は大きく

鈴木いわく

この経験によって

鈴木は 最強へのラストピースを
手にするぞ!

ロバートの山本君は
プロボクシング…。

この時も もう

(鈴木)ホントにやる事なくて。

レギュラーといえども?
レギュラーといえども はい。

ちょっと メンバーの中で こう
格差があったみたいな感じ…。

単純に

(鈴木)キングコングに対しては。
申し訳ないです。

光の陰で
不遇の時代を経験した鈴木さんは

あるものを手にしました。

それが こちらです。

SNSでね よく ちょっと
ボヤッとしてますけれども

あれも
最強のメンタルがあるからこそ

大丈夫と…。
(鈴木)そうなんですよ。

それまで 「出るな しゃべるな
あいつにしゃべらせるな」って

言われてたぐらいですから…。

しゃべったら

俺に 反応してくれるんですよ
みんなが。

(一同 笑い)
ああ なるほど なるほど。

無視されてたから。

無視されないんですよ。
しゃべっていいし。

この炎上の時に

「ああ 俺 生きてるな」って
感じたんですよ。

(山本)最強だわ メンタル。
嬉しいんだ。

(鈴木)見えてるんだと思った…
俺の事が みんな。

という事で お笑い芸人になって

心・技・体ともに最強となりまして

芸人界最強の男になった
という事なんですよね。

うん うん。
(山本)見習わなきゃな。

(鈴木)ただ

(鈴木)CM来ねえの あれ。

では 最終的なラベリングを
若林さん お願いします。

ラベリング…。

ちょっと 先輩に失礼なんですけど
えっと…

お笑いだと
すぐ絞め落とされる人です。

(鈴木)おい! なんなんだ それ。

(濱口)ポキポキ。
(山本)お見事!

続いては

カズヒトさんです。
よろしくお願い致します。

よろしくお願いします。

さあ 今回の激レアさんは…。

(一同)ええ~!

相田みつをさんの息子さん。

息子さんでいらっしゃるんです。

相田みつを。

ある人は 書家
ある人は 詩人と呼び

独特な筆さばき

飾り気のない
日常的な響きで つづられた

言葉の数々。

いのちの詩人とも評され
万人の心に響き

癒やしを与えてきた
相田みつを作品。

『にんげんだもの』を始め
関連書籍は

しかし 実は その名が

今夜は 書に人生を捧げた

相田みつをに
振り回され続けた

カズヒトさんの人生を
研究していくぞ!

カズヒトさんは
お父さん みつをさんが

31歳の時に 待望の長男として
生まれました。

しかし カズヒトさんは
生後まもなく

破天荒な父に
振り回されていく事になるんです。

はい こちらをご覧ください。

その1から参ります。 ジャン。

名前ですね。

カズヒトさんは
数字の一に 人と書いて

「一人」という
お名前なんですけれども

本当はですね
お父さん みつをさんが

思うがまま命名しようとして

没になった候補というのが
たくさんあるそうなんですね。

まず1つ目の候補が こちら。

これは…。

ちょっとね…。

まだ ちょっと深いのかなって
思っちゃいますよね。

これを背負ってね
生きていくのは大変だよ。

ちょっと よくわかんないし…。

(カズヒトさん)父としてはですね
平々凡々でもいいから

自分の足で歩いていってほしい
みたいな

それなりの思いはあったと
思うんですけどね。

これに対してですね 私の

(カズヒトさん)意味は わかるけれども
絶対 幼稚園だ 学校だに行くと

いじめの対象に
なるんじゃないかと。

父はですね 渋々

じゃあ 撤回して
もっといい名前を考えるといって

別の名前を考えたんですね。

なんとか この「平凡」に近い名前を
付けられないかと思って

次に考えた名前が
こちらでございます。

はい。 「凡平」。

まだ譲ってないね 全然。

泣いて止められてんのに。
(山本)心が折れてないな。

ただ逆にしただけっていう。
変える気ないよね。

ちょっと薄まるだろう
っていう… 凡平だと。

三日三晩 徹夜してですね

今度こそ
いい名前ができたといって

父が発表したのが
「凡平」だったらしいんですね。

これもですね
母方のおばあちゃんが

泣いて
いさめてくれたらしいんですね。

2回も泣いてるね。

最終的に 何事も
一人でやっていけるようにと

「一人」と
名付けられたそうなんですが

実は カズヒトさんが
まだ おなかの中にいる時に

ご友人に話していたという
最も斬新な 別の候補があります。

(若林・濱口)へえ~。
はい こちらです。

(濱口)ダメだよ。
すごいな。

受理されるのかな? これ。
(濱口)何よ?

これは あとあとね
知らされたと。

(カズヒトさん)父がですね
私が母のおなかにいた時に

まもなく
子供が生まれるんだけれども

(カズヒトさん)それを まあ 記念して
ってわけじゃないんですけれども

とにかく
どん底って名前を付けるんだと

言ったらしいんですね。

それに対して 知人の方が だいぶ
説得してくれたらしいんですね。

よかった。
(濱口)よかった。

相田どん底なんて もう

確かに。

(濱口)芸名でも
ちょっと変えてくれ言うよね。

その2に参ります。
その2。

わがままだっていいじゃないか
にんげんだもの その2。

ジャン。

…でございます。
へえ~。

父 みつをさんはですね 30歳で…。

30歳。
…と決心しまして

筆以外の収入は得ないと
公言されました。

ですので 副業はしなかった
という事なんですよね。

何よりも 書家であり詩人としての
生き方にこだわったため

その生活は かなり貧しかった
という事なんでございます。

(カズヒトさん)
ですから 母とかですね…

母方の親戚が 父の事を評して
相田みつをっていうのは

夢ばかりで現実がない男で
ダメだって事をですね

盛んに言ったらしいんですね。

「まさに そのとおり」…
言いますね!

結構 言うんだよな…。
(一同 笑い)

まあ 暮らしは かなり厳しかった
そうなんですけれども

なんと 大卒の初任給が
1万5000円の時代に…。

えーっ! えーっ!

これらは 全てツケで払っていた
という事なんですよ。

(山本)ツケで…。
(濱口)すごいな… 当時 30万…。

ですから 私の母がですね
なんとか お金を工面して

少しずつでも
払ったようなんですね。

ですから 当時の事を知ってる
筆屋さんとか紙屋さんに聞くと…。

(一同 笑い)

(濱口)言いますね。
めっちゃ言うじゃん。

まあ 中国から取り寄せた
画仙紙を使ってまして

一日にですね
父が 調子が出て 紙を使うと

(カズヒトさん)今の金額で言うと
何十万かになると

思うんですけどね。
(濱口)すごいなあ。

家族よりも何よりも書を優先した
相田みつを。

そのため
カズヒトさんたちの生活は

振り回されっぱなしになるんだ!

相田家というのは
そもそもなんですが

大家さんの8畳一間を
間借りしていた

という事なんですよね。
一軒 借りていたわけじゃなくて

ひと部屋を借りていた
という事なんですよね。

お父さんはですね なんと

その隣に
30畳ほどの建物を造っていた。

普通なら ここでね 家族4人

生活しそうなもん
なんですけれども

みつをさんは この30畳を

アトリエにして独占していたと。

マジ~?
へえ~。

30畳を15畳ずつ分けて

畳の部分は
座って書けるような造りにして

残りは フローリングのままですね
台を置いて 立って書く…。

すごい贅沢だったと思いますよね。

それをやりたいがための30畳だ。
そうなんです。

そのアトリエのお写真が
ございます。 こちらです。

(濱口)広っ。 めっちゃある 書が。
(山本)うん…。

(カズヒトさん)ここに写ってるのは
全部 実は 失敗の山なんですね。

(濱口)あっ 失敗なんですか?
作品じゃなくて…。

(カズヒトさん)やっぱりですね

1回で 書ができるわけでは
ありませんので

同じ言葉を 何百… やっぱり
何千と書き込むんですね。

でね この毎日出てしまう
大量の書き損じなんですが

有効利用していた
という事なんですね。

何に利用していたのかと
いいますと… はい。

この紙を切って
使ってらっしゃったと…。

今 思えば 非常に高級な
トイレットペーパーなんですけれど…。

そうですよね そうですよね!
(濱口)中国から取り寄せた…。

はい。 まあ そんなお家ですので

もちろん 三種の神器と
呼ばれるものはなかったです。

なかった…。
はい。 で 他にも

暖房器具もありませんでした。
へえ~ そうか…。

で 他には お風呂もなかった
という事なんですよね。

どうでしょう? 皆さん
このようなお父さん。

(一同 笑い)

お風呂もないって
もう 考えられない!

(カズヒトさん)お風呂はですね
銭湯に行くとお金がかかるので

そんなに頻繁に
行けなかったんですね。

で お風呂代わりにですね

そこに
なんとか入れたんですね。

ですから 五右衛門風呂ですね
いわゆるですね。

釜にお湯を沸かして その中で
それをお風呂代わりにして

しばらく
入った記憶がありますね。

家庭を顧みない
破天荒な父親だったというが

子供への教育も
相田みつを流 全開!

こんな事を
言われていたそうなんですね。

非常に厳しく言われたんですね。

私が困ったのがですね
大体 小学生の頃

近所の友達の家に遊びに行って
遅い時間になると

ご飯食べていきなさい
って言われて

つい食べちゃうんですね。
で 帰ってきて報告すると

「礼状を書きなさい」と。

目と鼻の先にいるわけですね。

しかも
毎日 会ってるわけですから

そんなに書く必要
ないんじゃないかなと

思うんですけども 必ず書けと。

私は
それが嫌になっちゃってですね

どこのお宅に行っても

(一同 笑い)

手紙 書かなくていいですもんね。
(カズヒトさん)そうですね。

さらに
みつをさんの代表作でもある

こんな教えもありました。 こちら。

はい はい はい。
父の代名詞のような…

名刺代わりのような作品の
一つなんですけれども…。

実は この教えを巡って

私が 大学に入る前に

浪人しちゃった事が
ありましてですね。

で 我が家はですね

浪人なんかできるような家では
全然なかったんですけれども

父はですね 勉強をさせたいって
思いがあったので

かなり無理をしてですね

東京の予備校に
通わせてくれたんですね。

そんな中
父 みつをが仕送りを手に

息子 カズヒトさんの様子を見に
上京した時の事。

上野のですね 不忍池という所
ありますけれども

そこのベンチで
なぜか待ち合わせをしまして…。

遠くから そのベンチに座っている
父の姿が見えたんですね。

なんか
元気がないんですね。

考えてみると
当時 父は47~48で…。

って すごい悩んでいたと
思うんですね。

その様子を見てですね 私は

(濱口)おおっ!
落ち込んでるお父さんに。

(カズヒトさん)
今思うとひどいですね。

仕送りを届けさせておいて

元気がないじゃないかも
ないんですけどですね。

なんとかですね
大学に受かったあと

父のところに帰った時ですね
父がですね

おお~!
(カズヒトさん)そんな事を

言った事がありますけどね。

そんなカズヒトさんの一言で
生まれた名作がこちら。

(カズヒトさん)
まさに当時の父の心境が

表れてる作品だと思うんですね。

私が たまたま見た時にですね

非常に嫌みっぽくですね

随分 効いてますね 不忍池の

一生青春じゃねえのかよ
っていう。

ブワーッと
書くじゃないですか それで。

(一同 笑い)

いや でも すごい。 そうなんだ。
グッとくるね。

グッときますね この話は。

まあね そんなお父様
みつをさんに振り回された

カズヒトさんでしたが

みつをさんが亡くなって5年後

カズヒトさんは
勤めていた会社を辞めまして

東京 銀座に…。

でもですね この時は
まだ世の中的に…。

これ なぜ この時に 美術館を
作ろうと思われたんですか?

やはり 息子としてはですね

(カズヒトさん)ただ 複雑な思いが
あったのはですね…。

だから 自分が死んだあとに

美術館なんてものは
ゆめゆめ考えるなよって事は

よく言ったんですね。

ただ 私も まだ若くて
生意気だったもんですからですね。

っていう思いがあってですね。

無謀にも
銀座に美術館を作ったのが

ちょうど25年前なんですけどね。

そのあとですね
みつをさんが残した作品は

見事ですね…。

へえ~。

では 最終的なラベリングを
若林さん お願いします。

カズヒトさんなんで えー…。

すごーい。

では 最終的なラベリングを
若林さん お願いします。

カズヒトさんなんで えー…

相田みつををツッコめる
ただ一人の人です。

(一同 笑い)

このあと 鈴木が収録の合間に

若林へ
長年の恨みをぶつけていた!

全然 仕事してないからね。

(鈴木)『しくじり先生』に出た時に

俺と庄司さんを こうやって
ブッキングした時あったでしょ?

あの時に 「キャスティングが10年前」
っていうのだけ

絶対やめて!
(一同 笑い)

ホントにあれで
スタッフさん笑って

あのあと あそこのスタッフさんとは
全然 仕事してないからね。

さあ そして 山本さんから
お知らせがあります。

山本舞香2022カレンダー
という事で

見どころ 教えてください。

今年デビュー10周年になりまして

セルフプロデュースさせて頂きました
カレンダーが

10月13日 私の誕生日に
発売させて頂く事になりました。

よろしくお願いします。