徹子の部屋 浅田美代子[解][字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

徹子の部屋 浅田美代子[解][字]

~樹木希林さんが逝き3年…最愛の母との“共通点”に驚き~浅田美代子さんが今日のゲストです。

◇ゲスト
女優・浅田美代子さんがゲスト。
◇番組内容
デビュー以来46年、樹木希林さんとは家族のように親しくしていた浅田さん。その樹木さんが亡くなって3年、ようやく落ち着いて思い出を振り返ることができたという。21歳で結婚する時、浅田さんの両親を説得してくれたのは、樹木さん・内田裕也さん夫妻。結婚直後から長年別居をしていた2人の意外な夫婦の姿を目撃したという。また、20年前に白血病で亡くなった最愛の母…母が病になった年齢に近づいた今、感じることとは。
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
 http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/

ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)

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(黒柳)樹木希林さんが亡くなって

3年。

今日は浅田美代子さんが
お越しくださいました。

こんにちは。
デビューして46年間

家族のように
親しきお付き合いをしてらした

浅田さん。

3年経って ようやく落ち着いて

思い出を振り返って頂けるように
なったので おいで頂きました。

よろしくお願い致します。
お願いします。

9月15日は樹木希林さんの命日。

3年が経ちました…。

でも もう3年が経った
っていう感じするけども

あなたは どうですか?
そうですね。

なんか まだ…

まだ実感が湧かないぐらいで
あっ 早いなと思いまして…。

どういう時 思い出すっていうの
ある?

やっぱり そうですね。 ちょっと
自分が悩んでいたりとか

立ち止まったりしてる時に

あっ 希林さんだったら
こういう時 なんて言うかなとか

そういうふうに
やっぱり 考えてしまいますね。

あら これ どこいらした時?
あっ これはハワイなんです。

これ すごいわね。
希林さん 着物 全部 ひとそろえ

持っていったの?
そうなんです。

「着物が一番小さくなるし
いいのよ」って言って。

で それで 草履じゃなくて

下は写ってないんですけど
スニーカーなんですよ。

ハハハ…。
それが またオシャレで。

すてき でも。
ええ。

これは バリ島に
西城秀樹さんが別荘を…

すばらしい別荘を
持ってらっしゃるんで

物件が大好きな希林さんが

「ちょっと見に行きましょう」
って言うんで…。

そう。 物件好きだもんね。
はい。 で もう こういう

「川下りみたいなの
してみよう」って言って

2人で乗ったんです。
あっ そうなの。 よかったね。

でも あなたのデビュー作の
オーディションの時に

樹木希林さんが
審査員だったんですって?

そうですね。 はい。
ねえ。

そうです。 あの時
希林さんとか 久世さんとか

森光子さんとかが
審査員でいらして。

あっ そう。 あの当時…
『時間ですよ』の方たちが。

なぜか 希林さんに 興味…
興味っていうか なんか面白くて

金魚のふんみたいに ずっと
一緒にいさせて頂いたんですけど。

出会った頃の印象っていうのは
そういう感じ?

怖かったですね やっぱり。

なんか すごく 当時は
まだ鋭いものがあったので

とにかく ズバズバ言いますし
ディレクターの方にも

プロデューサーの方にも
ちゃんと

「これでいいと思ってんの?」とか
うわっ 怖っ! っていう…。

本当?
はい。 すごい怖かったです。

でも
言ってる事は いつも正しくて

愛がある怒り方だったんで。

あっ そうなの。
はい。

なんか ハワイなんかいらした時に
内田裕也さんも一緒にいて

夫婦一緒の時のを見たんだって?

裕也さんが いつも 年末に
コンサートを…

年明けコンサートをやって

それから 一月ぐらい いつも
ハワイにいらしたんですね。

で 裕也さんとハワイ
っていうのも

いまひとつ ピンとは
こなかったんですけども…。

裕也さんがゴルフ? とかも
思ったりもしたんですけども。

そこの間の中の1週間ぐらい
毎年 希林さんが訪ねていって

で その間は
2人で ご飯食べたりとか

そういう事をしてたんですけどね。
へえー。

なんか
手なんか つないでたんだって?

そうなんです。 もう
すっごく印象に残ってるのは

ハワイのワイキキから出る…
なんていうの?

サンセットクルーズみたいな
観光のあれがあったんですけど

それに 毎年 乗るんですよ。
へえー。

で 希林さんは夕日が好きでね
もう絶対乗るんで

「美代ちゃんも行こうよ」とか
言われたけど

「いや 私はいい いい」って言って
「2人で行ってきて」って言って。

で ホテルのベランダから
こうやって見てると

2人で いつも手つないでね。

それは やっぱり 危ないから
支え合ってるんですけども

でも すごく なんか いい光景で。
うん。

うわ 夫婦なんだなと思って。
なるほどね。

内田裕也さんが

『徹子の部屋』の特番
っていうのをやった時に…。

樹木希林さんも出てらしたの。

そこに あとから
内田裕也さんがいらっしゃって

2人でお話ししてるのが
あるんだけど ご覧くださる?

「どんなお気持ち?
今 こう並んで…」

「いや 普段はね 年に…
2年に1回とか会った時には

もう しゃべる事が
両方がいっぱいで

“ちょっと待って。
俺にしゃべらせろ"っていう…」

「それで 私が なんか…。
で 一応 報告ね」

「介護保険料のお金が
こうなってますから…」

「(観客の笑いと拍手)」

「報告しなきゃなんないとか

選挙の投票カードが
どうしましたとか

そういうのが
いっぱいあるでしょ」

「そうすると こちらはこちらで
もう いっぱい言う事があるから

2人でね すごいしゃべって」

「でも
今日は もう こうやってます」

フフフ…。

「で お互いの仕事に対しては

どんなふうに
今 思ってらっしゃる?」

「よく頑張ってるなって…
本当にね」

「ちゃんとした奥さんがいれば

ご飯の事も何も
全部してあげられるのに

そういうものを
全部 ネグってる私がいるでしょ」

「これは かわいそうだったな
っていうふうには思います」

「あなた様 どうですか? こちら」

「まあ 自分は…
なんていうんですか

こう 別居婚っていうんですか?
長い…」

「それで よかったと思いますね」

「一緒にいたら
必ず もめるっていうか こう…」

「でもね “お前な

こんな幸せな女優はいねえぞ"
ってね “70過ぎて"って」

「“こんな幸せな
ロックンローラーも

70過ぎて いないんじゃないの?"
って言ったら

“そうなんだ。 俺も幸せだ"って
言いましたよね?」

「えっ? いや… うん」

「まあ… テレビで
皆さんの前でね 言うのは

ちょっと照れますけど
まあ でも 結果的には

よかったんじゃないかなと
思いますけどね」

おおー。 ええー。 ハハハハ…。
へえー。

でも あなたがご結婚なさる時も
樹木希林さんやなんかが

なんか 口添えして
くださったんですって?

そうですね。 うわさになった時に
やっぱり 裕也さんと希林さんが

本当に 言いに行ってくれた…
「どういうつもりなんだ?」って。

ハハハハ…。 どういうの? それ。

元旦那さんに 「お前は
どういうつもりでいるんだ」って

言いに行ったみたいで。

「いや ちゃんとしてます」
って言ったら 納得してくれて。

それから 親の説得に
希林さんが入ってくれたりとか。

でも 希林さん
亡くなる1カ月ぐらい前は

毎日 会ってらしたんですって?
そうですね。 私が…。

本当は 家族以外は
許されなかったんですけど

希林さんが
オーケーを出してくれて

ずっと…。
本当に たまたま その一月は

ちょっと遅い夏休みを取ろうと
思ってて…。

あなたが?
はい。 ずっと暇だった時間で。

だから その時間も ほとんど毎日
病院に行って。

何を話すってわけでは
ないんですけれども

そばにいて… いたんですけどね。

それは よかったですよね でもね。

すごく恵まれてたなと思います
いさせてくださった事にね。

本当に 也哉子さんとか
家族の皆さんに感謝してますよね。

亡くなる前は
どんな様子でしたか?

最後の最後まで 本当に…
なんだろう?

色んな事をするのも
自分で決めてましたね。

「こういう処置を
したいんですけど」

って言われたら
「はいはい はいはい」

「ああー はい。
わかりました」とか

「それは嫌だ」とか 全部 自分で…。

頭が しっかりしてたんで。
すごい。

全部 自分で決めてましたね。
ふーん。

でも なんか 晩年
「私の人生の語り部になって」って

あなたに
おっしゃったんですって?

そうなんですよね。
で それは どう…。

なんで 私? と思って。

もう その時は
「何言ってんのよ」って

「もっと他に
いっぱいいるじゃない」って。

「私なんか
そんな 言葉も知らないし

いっぱいいるじゃないですか」
って。

「やめてください。 やめてよ」とか
言ってたんだけど

「いいんだよ そんなのは」って。
「美代ちゃんが

一番知ってんだから」
って言われて。

で 何回か言われてて

最後の…
病院で入院してる一月の間にも

こう 弱ってるのに

「いや 美代ちゃんが
私の語り部で

不安だわ」なんて
言ったりしてて。

だんだん… ええー? と思ってて。
でも 本当に

それは どういうふうにすれば
いいんだろうと思っていて

取材とか そういう事では
答えてはいたんですけれども

ちゃんと もう一回
見つめてみようかなと思いまして。

でも 寂しいでしょ? ねえ。

寂しいですね やっぱり。

本当に 結構 一緒に…
病院に入院する前からも

ずっと一緒にいる時間が
多かったので。

それは
何日にどうのっていうよりも

「今日 何してる?」とか
「ご飯食べない?」とか

「なんとかって映画
見に行かない?」とか

そういうふうに
行動を共にしてたので

ふっと寂しくなりますね。

樹木希林さんっていうのは 大体
どういう人だったんですかね?

面白い人ですね。 で 意外と
ミーハーなところもあって

もう ワイドショーとか
大好きでしたし。

誰と誰とが離婚するとかね
そういうの大好きよね。

もう そういう話題で 2人で
盛り上がったりとかしてましたし

あとは もう…。

あとは本当に
優しい人だったと思います。

うんうん。

私は昔 ドラマに出てた頃
どういう訳だか

あの人と しょっちゅう組んでね
やる事が多くて

2人で そろって探偵とかね

2人で そろってなんとかとかって
随分 いっぱいやりました。

だから あの人の性格は
随分 よくわかって。

でもね すごく面白かったです。

可愛いんですよね。
なんか 可愛いんですよ。

で 裕也さんも
ああいうふうなイメージですけど

可愛いところがあるから お互い
やっぱり 合ってたのかな?

まあ 一緒には
暮らしてないですけれども

長い間 見てて ああー 夫婦って
なんか 一緒に住むとか

あんまり関係ないのかなとか
思って。

時間が経って こうやって徐々に

本当に夫婦になっていくんだな
って 私は思いましたね。

でも 面白かったのは 裕也さんは

あんだけ色んな女の人と
うわさになってるけど

初婚なんですね。
あっ そうね。

で 希林さんは
一応 再婚でいらして。

それに対して 裕也さんが

普通にやきもち焼いてたんですよ
ずっと。

あっ そう。
「お前は再婚だろ」みたいな。

あなたが
今 住んでいらっしゃるお家は

物件好きの樹木希林さんが
見つけてくだすった

お家だそうですけど。
そこで色んなお料理なすって

随分 ちゃんとしたお料理
作ったりしてるのね あなたね。

一応… はい。
フフフフ…。

嫌いじゃないんですよね。
好きなんですね きっとね。

樹木希林さんも…。
希林さんも しょっちゅう

来てました。 はい。

希林さん でも 突然なんでね。
「ちょっと 今日 なんかない?」

「食べるものない?」
みたいな感じで。

味付けは お母様の…

作ってらした
とおりなんですって?

はい。
これは ちらしずしなんですけど。

具が… 野菜ちらしで
すごくさっぱりしてて

いくらでも食べちゃうんで。
本当ね。 おいしそう。

あっ これ… もう やめて。
唐揚げなんですけども。

なんの唐揚げ? これ。
うちの唐揚げって

本当に 片栗粉だけで揚げるの。
ええー?

それで お塩で食べるんですよ。
ええー?

すごいさっぱりして…。
鶏を?

はい。 すごいさっぱりしてて
おいしいんです。

でも 樹木さんは
浅田さんのお料理が

好きだったんですって?
好きだったんでしょうか。

でも なんか… なすとか
そういう季節のものが好きで

希林さんのお宅には

よく 松茸の時期には
松茸が届いたりとか

カニが届いたりとか。
そういう時に必ず

「今年も届いたから
持って行くから」って言って

私が作るっていう。
あっ 本当。 へえー。

でも ぬか床なんかが
あったりなんかして

あなた 随分…。

ぬか床は やっぱり
母の代からだったので

生きてるものだと思って
なんか うちの母の

形見のような気がして。
そうね。

絶対に悪くしちゃいけない
いけないと思って ずっと…。

しょっちゅう
かき回さないといけないからね。

いまだに…。 これは
もう古漬けを細かくして…。

ミョウガとショウガを入れて。

ああ おいしいわね。
はい。

片付けるのは どうです?

あっ すいません。
フフ…。

片付けは苦手で
いつも家に来て食べても

洗い物は希林さんがしてくれて…。

希林さん してくれたの?
はい。

へえー。
「私が洗うから」って言って。

すごいね。
丁寧に洗ってくれて…。

でも 希林さんっていうのは
お家も片付いてたんですって?

もう なんにもない
すっきりしたお家で。

希林さんの家に伺って
帰ってくると

ガッカリしちゃうんですよ。
フフフフ…。

やっぱり 資料とか
たまってくるじゃないですか

テーブルの上とか。
色んな資料の台本だとか

それに対する資料とか
たまってきちゃうんだけど

希林さんのとこは 一切…
どんどん捨てていく。

で コピーなんかは
全部 裏返しで使ったりとか。

全部 そうやって やってたんで
なんにもない。

あっ そう。
だから 私の家に来ると いつも

「ものが多すぎる」って怒って。

「美代ちゃん 死んだら
周りが迷惑だからね」って

よく言われてました。
そんな事 言ってるの。

でも あなた お母様が亡くなって
20年なんだけど

お母様は70歳の時
白血病で お亡くなりになった。

急性白血病…。

あら 奇麗なお母様。

早かったんですけどね。
68で発病して…

ですから 70で…。

まあ とっても
心の強い方だったんですって?

そうですね。

やっぱり しんどかったと
思うんですけども

一切 そういう事は言わずに…。
あっ 苦しいとか?

はい。
で 頑張ってたんですけどね。

残念ね。
うん。

でも お母様と樹木希林さんとは
似てるところが

ちょっと
あったみたいなんですって?

そういうところは似てた…。

一切 苦しい つらいみたいなのは

病気に関して
一切 言わなかったし

希林さんも 骨に…
後半 骨に転移してて。

「骨に転移って痛いでしょ?」
って言うと

「いや 痛くないのが
幸せなんだよね」って言うぐらい

絶対に痛いとか言わなくて。

そういうところも
似てるなと思って。

つらいだ 痛いだっていう事は
一切 言わなかったですね。

お母様と希林さんとは
会った事はある?

はい。 うちの母が入院してる時も
何度も お見舞いに来てくれたし。

あっ そう。
はい。

よく私は 「お母さんの方が
美代ちゃんより全然 奇麗ね」って。

フフフフ…。 まあ そういう事
平気で言うからね あの人ね。

よく言われました。
「肌とかね 奇麗」とか言われて。

フフフフ…。

でも お母さんも希林さんも
強いなと思うけど

あなたは似てるとこある?

私は無理だと思います。
フフフフ…。

私は絶対に…。

例えば うちの母が
告知された時とか

病院の先生が 「これは
告知しないと駄目だ」って。

「もう 今や 抗がん剤で
髪の毛が抜けたりするのは

みんな 知ってるから

本人がね
私 がんじゃないかしらって

悩む方が かわいそうなんだから」。

で 「告知しなきゃ」って
言われた時に

絶対 私は… 泣き叫んだりとか

ワーッてなるのかなと思ってたら
すごく冷静に聞いてて。

「はい はい。 わかりました。
じゃあ お任せします」。

で 部屋 出る時に

「先生 これって よくテレビで見る
告知ってやつ?」って

聞いたんですよね。
フフ…。

だから どこかで1人では
泣いてたかもしれないけども

私たちの前では
気丈に振る舞ってましたね。

ふーん。

でも あなたは樹木さんの…
樹木希林さんの思い出とか

ご自分のお母様の事とか

自分の結婚 離婚
そういうものを全部 振り返って

なんか ご本を
お書きになったんですって?

はい。 ずっと
希林さん 亡くなってから

「希林さんの本 出しませんか?
本 出しませんか?」って

言われてたんですけども

どうしても
そういう気分になれなくて。

まだまだ そんな
本なんて書く気分じゃないと

思ってたんですけども
やっと 3年も経って

希林さんが発病した年も越えて

やっぱり 「語り部になってね」
っていう言葉も ずっとあって。

今だったら ちょっと書けるかな
っていう気分になって

思い返してみようかなと
思ったんですけども。

また でも これがきっかけで
色んな事を思い出したりとかして。

亡くなる前に希林さんは
あなた主演の映画を

企画してたんだ。
そうなんですね。

どうしても… なんか 役者として
もう一歩 なんかって。

適当には
やっていけてるんだけど

もう一歩っていうのが
すごく あったみたいで。

で やっぱり 仲いいから

私の毒も何も
知ってらっしゃるから

色んな…
大好きなワイドショーを見て

色んな女の人の事件 見るとね

「美代ちゃん こういうの
やった方がいいのよ」って

よく言ってて。

「いや 私には来ないでしょ」
って言って。

「うーん 来ないね」ってね
言ってたら

例の タイで捕まった
詐欺事件を見て

「これは できるんじゃないの?」
っていう事で。

「いや 私には来ないわよ」って
普通に終わってたんですけども

しばらくして
「全部 決めてきたから」って。

本当?

「予算は そんな… 少ないけど
頑張りなさい」って言って

全部 決めて
やってくださったんですよね。

で それ お出になったの?
あなた。

それで 賞をお取りになった
っていうのは それ?

それは ロンドンのなんとかの賞は
頂いたんですけど

賞を… 日本の賞は そのあと

河直美監督の『朝が来る』
っていう映画なんですけども。

それは今年の5月のやつ。
はい。

女優として 初めての
賞だったんですって?

そうなんです。
これ 希林さんのお着物…。

あっ そうなの。
はい。

やっぱり この
河さんとの出会いも

ちょっと希林さんが
関係してた事もあって

一番最初の
『あん』っていう映画が。

それで どうしても
希林さんに見せたくて。

日本映画批評家大賞。
はい。

じゃあ それは
樹木希林さんには

すぐ報告した?
はい はい。

もう… 希林さんのお墓がね
すごくいいんですけどもね

夏は蚊が すごいんです。
フフ。 そうなの。 フフフフ…。

もう すごい刺されるから

いっぱい塗って。
フフフフ…。

17歳でのデビューから48年

となりの美代ちゃんも
65歳になりました。

すいません。 なっちゃいました。
でも 今年 ちょっと悲しい…

樹木希林さんは
3年前なんですけど

今年 悲しい事が
あったんですって?

そうですね。
私の また人生を変えてくれた

犬がいたんですけども

アヴィさんっていう子が
亡くなってしまって。

前に1回 あなた
お連れになったでしょ?

ここに。
そうです。 来ました 一緒に。

可愛かったね すごく。
はい。

あら 可愛い。 これ
なんていう種類だっけ?

この子は保護犬なので
雑種なんですね。

ふーん。
で… あっ…。

そうそう そうそう。
あそこにいる… 可愛い。

10… まあ 推定ですけど

17~18歳という事で。
あっ そう。

急性腎不全で 2年ぐらい
闘病してたんですけども。

でも ちょうど自粛の期間で
家にいる事が多かったので

ずっと いてあげて。

点滴もね 自分で…。
やれるようになったの。

皮下点滴してあげたり… 毎日
したりとかしてたんですけど。

だから こう ずっと亡くなる時も
看取ってあげられたし。

あっ そうなの。
はい。

でも あれがきっかけで

動物愛護活動をなさるように
なったんですって?

そうなんです。 もう こんな子が
殺処分されていたりとか

してるんだと思うと
いてもたってもいられなくて

私も何かしなきゃと思いだして

どんどん
やるようになっていったんで。

アヴィちゃんのおかげでね。

だから やっぱり ちょっと
アヴィさんが亡くなったのは

つらかったですね。
そうですよね。 去年ですかね。

ちょうどステイホームの時
看病に必死だったっていう…。

じゃあ そばに ついててあげて
よかったですよね。

今 なんか 飼ってるんですか?

今は別の保護犬が あと3匹…。

大変ね あなた。 フフフフ…。

この1 2 3…。

あら 可愛い。
アヴィちゃん入れて4匹ですから。

でも 保護犬って こんなに可愛い
ふわふわしたのもいるの?

可愛くなるんです。
可愛くなるの?

もう みんな
ひどい感じだったんですけど

やっぱり 愛情っていうか…

愛情っていっても
いじくるとか 可愛がるとか

なんか特別なご飯あげるとかじゃ
ないけども

一緒に寄り添ってあげてると
本当に 顔が変わるんですよ。

なるほどね。
ボロボロの子が。

すごい可愛いわね みんなね。

それから 苦手な片付け
っていうのも始めたんですって?

始めたってほどではないですけど
始めなきゃが正しいですね。

始めなきゃと思っている。
はい。

フフフフ…。 わかります。

でも 思うだけでもいいと思う。
私は思ってもいないから。

ハハハハ…。 すごい。

あんまり みんなが
大変だ 大変だって言うからね

駄目だなと思って。
そのうちにね いつかねと思って。

そういう先輩がいると心強いです。
フフ…。

そう言います なんかあったら。
徹子さんだって まだ…。

でも だんだん
寂しくなってくるけど

元気にいましょ。 ねっ 本当。
どうも ありがとう…。

ありがとうございます。
久世さんも いなくなるなんてね。

ねえ…。

『徹子の部屋』は