徹子の部屋 樫山文枝[字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

徹子の部屋 樫山文枝[字]

~昨年逝った夫…俳優・綿引勝彦さんの見事な最期~樫山文枝さんが今日のゲストです。

◇ゲスト
女優・樫山文枝さんがゲスト。昨年12月、個性派俳優として活躍した綿引勝彦さんが75歳で他界した。今日は妻である樫山さんが46年間の結婚生活と、夫の見事な最期を初めて明かす。
◇番組内容
2018年8月、綿引さんにがんが見つかった。闘病中の2年間、病気を隠して5本の映画に出演。それは周囲に心配される事を嫌う綿引さんの意志によるものだったという。また亡くなる2週間ほど前、公証役場に自ら出向き遺言の作成。全ては妻への配慮と責任感によるものだった。今日は、綿引さんが『徹子の部屋』で妻への愛を語っていた貴重映像を紹介。女優として輝き続ける事を心から望んだ夫の愛情あふれる言葉に、樫山さんは…
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
 http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/

ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)

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  20. 投了

解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)

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(黒柳)テレビや映画でおなじみの

俳優 綿引勝彦さんが

去年 お亡くなりになりました。

75歳でした。

今日は 奥様で
女優でいらっしゃる

樫山文枝さんに
お越しいただきまして

綿引さんの見事な最期を
語っていただきたいと思います。

よろしくお願いいたします。
よろしくお願いいたします。

本当に とっても お元気な方
だったんですけれども…。

えー… 綿引勝彦さん。

あの… 私は

宇野さんも
出てらしたんですけども

『銀座わが町』っていう
ドラマで

ご一緒に
あの… 共演して。

でも なんか…
綿引さんは この方です。

とっても あの…

この方 しっかりした方で。
あの…

結婚記念日の
46年目の結婚の翌日に

亡くなったんですって?
そうなんです。

本当に 暮れも押し迫った
昨年の30日…

12月の30日に亡くなって。

結婚記念日が29日という。
あっ そうだったの?

なんか もう…

暮れに 皆さんを
驚かすような事ばっかりが

続いてしまいましたけれど。
本当ね。

でも ちょっと その前から
お具合が悪かったのに

全然…
それを隠し通したんですって?

はい。 あの… 本人が

「どうしても言わないで」
って言うものですから。

ちょっと 外出から帰ってきても
「言わなかっただろうな?」。

誰に会っても
「言わなかっただろうな?」…。

「言ってないわよ」って
言うんですけれども やっぱり

自分の… すごく繊細なところが
とてもありますのでね

なんか こう
自分の その もろさを…

崩れちゃうところもあったと
思いますね。

あのイメージのまま
逝きたかったのかなと思いまして。

そう。 ちょっと
豪胆な人に見えるじゃない?

でも 本当は とっても
デリケートな方だったんでね。

そうなんですね。
だから 誰にも言わないで

本当に頑張って
あの… 生きたと思います。

今から3年前になるんですけど

あなたが 日色ともゑさんと
一緒にいらっしゃいまして

楽しく お互いの夫の事を
話していらっしゃるんです。

まあ 過ぎた事ですけれども
ちょっとご覧いただきますか。

3年前の
『徹子の部屋』でございます。

「お二人の共通点は 非常に…

お二人とも民藝の女優さんで
いらっしゃるっていう事と

ほとんど同じぐらいの年なの?」
(日色)「同い年ですね」

「お二人とも
結婚していらっしゃるんだ?」

(日色・樫山)「はい」
「そこは でも あれですよね」

「お忙しい… 芝居しながらでもね」

「お子さんは どうだったの?」

(日色)「2人ともいないんです。
両方とも」

「やっぱりね。 じゃあ…
あっ 綿引さんと…」

(日色)「ビッキーが隣にいる」

「なんか… どうしたんでしょう?
自動車なんか乗っちゃって」

「あなた 樫山さん 結婚して
44年ですってね」

(樫山)「ああ もう…
こんな写真 どこに!」

「日色さんは どのぐらい?」

(日色)「私 49年です」
「うわー! すごい!」

「あと1年で50年」
(日色)「そうです そうです」

「樫山さんは 俳優さんで
いらっしゃるし

ご主人がね。
それから そちらはね

建築家でいらっしゃるし」

「それぞれ 創造的なお仕事だから」

この時は お二人とも旦那様
全然 元気だった…。

そうなんです。 私は あの…

いえ 元気じゃなくて
入院してたんですよね。

そうなの? ご主人が。
はい。

膵臓の頭部って…
膵頭を3分の1切って

十二指腸も切除して。
あら…。

大手術をしたあとに また なんか
おなかに水がたまっちゃって

その手術もしなきゃならないって。

それを なんか もう心配して
『徹子の部屋』に伺って…。

ちょっと
気もそぞろなんですよね。

そうだったの?
でも あとで 日色さんと話したら

「実は 私もね…」
あの時 ご主人が入院してて。

「入院先から来たのよ」って言って。

2人とも知らん顔して
お別れして。

全然わかりませんでしたね。
はい。

そのあと
彼が亡くなった時 電話して

こうだった ああだった
っていううちに

私が泣きだしちゃったら
日色さんも泣いて

ひと晩中 2人で泣きながら
話した事もありました。

だって あれから…
お二人でいらしてから

3カ月はあとで

日色さんのご主人が もう
亡くなっちゃうという事で。

そして 今度は
放送から2年目に

あなたのご主人が
亡くなるっていう

本当に思ってもいない…。
はい。 本当に もう…。

その時 ご主人は もう
病気の事はわかってたの?

彼?
うん。

ええ わかってました。
およそ…

まあ 3年ぐらいの闘病で。

まあ 自分が すぐ逝くとは

思ってなかったと
思うんですけれど。

まあ 強い人ですから

あの… 大動脈が破裂した時と。
ええー!

…もありましたし 病気
いっぱい抱えてたんですけど。

随分 頑丈そうな方に
見えましたけど。

だから あれだけ
生きられたかなとも

思うんですよね。 それで膵臓だし。

でも ああ ちょっと 自分は

そんな長生きしないかもな
っていうのは

言ってた時もありましたけど
それでも

頑丈だから どこか 自分も

亡くなるわけないって…
思っちゃったりするんですよね。

そうですよね。
まあ そうだと思います。

でも あの…
ご主人は亡くなる前に

なんか 遺言書を
作成なすったんですか?

はい。 入院する2週間前ぐらいに

酸素吸入器 つけながら 自分で…。

ここから こういう風に
こういうのをやってでしょ。

公証役場に行って。
ご自分でいらして?

はい。 なんか
高い階段を上がっていったと…。

私は その時 いなかったんだけど
マネジャーの人が言ってました。

それで やって…。

そんなに無理する事ないのにって
みんなで思ったんだけど

「いや 間に合わなくなると
いけないから」っていう事を

ボソッと言って。
あの… 本当に 私は

そういう生活の事が
あまり得意じゃなかったんで

やっていってくれたんだと
思います。

だって 入院なさる5日前まで
自宅で生活してらして

トイレとか身の回りの事は
全部 ご自分で

やってらしたんですって?
そうなんです。

苦しかったと思うんですけれど
自分で なんでもやって。

あの… もっと もっと なんか

手助けしてあげればよかったな
って 今 思うけど

あの…。

でも あんまり
される事を望む人じゃないし

なるべく 自分でやる。
そうよね。

ですね。 だから あとで
あれもしたい これもしたいって

思いましたけれど。

まあ よく…
ギリギリまで うちにいて。

最後に自分で 「明日も病院に行く」
って言ったんですよね。

それで
入院して 5日 6日目に もう

亡くなってしまいましたけれど。

随分ギリギリだったのね。
はい。

でも うちにいて
よかったと思います。

そうね。
一緒にいられただけでもね。

それと 私は思うんだけど
やっぱり

あの方は とってもいい方だったし
私も大好きだったけれど。

民藝っていう劇団からすると
あなたは

『おはなはん』をはじめとして
スターでいらっしゃったから。

彼は そんなんじゃなかった…
初め 結婚した頃は。

だから そういう 引け目…
引け目っていうのかな あの人

とってもデリケートな方なんで。
そうですね。

そういうところがあったんじゃ
ないかなって思ってた。

だから とんでもない女性と

結婚しちゃって…。
フフフ…!

自分の人生観とも生活観とも
違って キャリアも違う。

その中で
もがいて もがいて 戦って

やっぱり
頑張ってやってきたんだな…。

ちょっと 『徹子の部屋』に
綿引さんが お出になった時のを

皆さんに ご覧いただきます。
はい。

「ごはんは
できる方が作ればいいっていう

そういうお考えなんですって?」
「この40年間 そうですね」

「別に
無理して起きる必要もないし」

「長くね 女優やってると やっぱり
寝る事の大切さっていうのは

一番よく本人が知ってますからね。
寝なきゃダメですよ」

「だから 同じ俳優同士でも
おうちの中で すれ違っても

そこで文句とか なんか…」
「まず ないですね」

「42年ですか ご結婚なすって」
「そうですね」

「だから それが
うまくいくっていうのは…」

「これ どうしたんですか? これ」
「どこでしょうかね? これ」

「あなたの今の態度はね…」
「大きいです…!」

「態度は大きい。 態度は大きい。
奥様は可愛い。 フフフ…!」

「お年は 樫山さん…」
「4つ上です」

「どっち? あなたが?」
「女房…」

「全然 そういう風に見えませんね。
奥様の方が若く見える」

「そうですか?」

まあ 私の仕事に関しては
すごく こう…

理解を示してくれました。

彼は彼で その間に
その どこか悪いと…。

あとで考えれば
悪かったはずの時に

5本ぐらい
映画に出てるんですって?

そうなんです。
いや もう悪かったんですけれど。

だから
膵臓の手術をした次の年に

5本の映画に出て。
すごいのね。

まあ 周りの方も気付かれずに
やりおおせたし…。

すごい。
はい。

でも 最期の言葉が
私 知らなかったんですけど

将棋の言葉だそうだけど

「投了する」って。
はい。

ちょっと あの…
夢うつつになってきて

こうやって
手が指すんですよね 何か。

えっ? 何か? って…。

「俺の番だろ」 「俺の指し手だろ」
って言って。

指し手? 時代劇の話
してるのかなと…。

殺陣の話かなと 一瞬 思った…。

ああ…! と思って。
「うん」って言ったら

「投了すると伝えてくれ」って…。

まあ 言ったんですよね。

その時には 「ああ… はい」って
言ったんですけれど

あとで よくよく考えると

自分の中で巡り巡って
頭の中で考えてる事が

パッと言葉に出たのかなって。

「投了」っていうのは…。

「終わりました」 「負けました」
っていうか…。

「負けました」。
よく あの… 対局の時に…。

そうそう よく
お辞儀してらっしゃいますよね。

「投了いたします」って
言うんですね こうやって。

それと同じ事を言ったんだ…。

負けたとは思わないだろうけど
勝手に私が そう思ったというか。

でも やっぱり あなたを置いて
逝かなきゃいけないっていう事は

彼にとっては投了するっていう事
だったんじゃないですかね。

どうでしょうかね…。
そうだと思います きっとね。

NHKの
『銀座わが町』っていうので

宇野重吉さんがお出になって
私 一緒に…。

親子かな?
なんかだったんだけど

その時に
宇野重吉さんの付き人になって。

付き人っていうか
いろんな事 周りの事を

おやりになるのに
綿引さん いらしてて。

あなたのご主人の方が…。
まだ結婚する前に。

せりふやなんか 随分
相手をしてらしたんですって?

そうなんです。
なんか あのね 楽屋で

宇野先生のせりふを…
相手役をやってたら

なんか あの…
普通にやればいいのに

先生が
「それじゃダメだ」って。

「本気でやれ」っていう。

細かく
ダメを出されたらしいんですね。

それで すごく
芝居を勉強したっていうか。

民藝 大好きでね…。
辞めたんですけど

最後の最後まで民藝 好きで
宇野先生の事を好きで

自分の中に 理想としてね

帰る場所みたいなものも
あったのかな。

でも あれですよね あの…
コロナの時の自宅生活では

あなたは多忙だったんですって?
なんか。

彼がやってた事をやって

生活していけばいいんだって
心を落ち着けようと思って。

なんか お花に水あげたりね
金魚に餌あげたり。

これは一緒に山に行った…。

あっ 行った時の?
随分 伸び伸びしてるわね。

そうですね。
これも病気だったんですけどね。

あっ そうなの?
ええ。

亡くなる年ですよ これも。

あっ そうなの?
はい。

これ… こういうね
山荘を 2人でね

中古を買ったんですよ。
軽井沢にね。

それを「10年楽しめればいいね」
って言ったら

本当に10年楽しんで
逝っちゃったんですけど。

こうやっている時が
本当にね 幸せそうでした。

そう…。

結婚して… ギターとかが
うまかったんですけど

草花とか土に親しむ
っていう感じじゃ

全然なかったんで

本当に驚いて
素敵だと思いました。

本当ね お庭も精力的に なんか…。
これ なんです?

これは 鳥籠も作って…。
あっ 鳥籠。

木も もう いっぱい…。

カラマツで
日も当たらなかったのに切って

芝生も土から入れ替えて

もう本当に 一日中 体を動かして。

すごい! ここから見ても
彼は あそこに座ってるんだけど

あの辺あたり 全部
お掃除するだけでも大変ですよね。

こんな すごく広く見えますけど。

お花も作って。

ここに行くと もう
「息がつける」って 彼は…。

随分いいとこね でもね。
そうですね。

ここまでくるのには
ちょっと 随分 手を入れて。

でも あれですよね 『おはなはん』
あなたがおやりになった頃

ちょうど
結婚なさる頃だったのかしら。

はい そうですね。
『おはなはん』…。

いや もう 私…
だいぶ経ってからですけれど。

まあまあ すごく…
世間で騒がれてましたので。

さっきの話に戻っちゃいますけど

暮れの29日にしか
空いてなかったものですから

「その日に結婚する」って言って
宇野先生が…。

じゃあ 次の日は
忘年会なんですよね 劇団の。

で マスコミの方も
いっぱい来てて にぎやかで

すごい楽しい忘年会なんですけど
「そこで発表する」って…。

「ダメです 先生! 絶対言ったら…
次の日ね 出ちゃうし

お借りした教会の方にも失礼だし

家族だけでやるんだから」って
言って。

先生が「うん」と言うまで
ずーっと 私 粘ってたら

「お前って
本当に強いな 頑固だな」って

言われちゃって…。
そうなの?

絶対「うん」って言わなかった。

で 秘密は通せたの?
はい。

すごい。 でも あれですよね

性格も それから生活スタイルも

全部
彼とは正反対だったんですって?

そうですね。

そう。 全部 正反対だと思います。

よく… 私も我慢したけど
向こうも我慢してくれて。

フフフフ…。
我慢のできない人なのに

私の事だけは我慢したのかな。

そうよね きっとね。
そうだと思います。

あなたは おっとり
してらっしゃるように見えるけど

本当は 強いところがあるでしょ?

そうでしょうか?
いや 弱虫ですもん。

彼がいなくなったら
毎日 泣いてます。

で もう 毎晩 夜中までね
起きてると

よく 下りてきて

「いいかげんに寝ろ」って
言うんですよね。

そういう事を言ってくれる人が
いないんだと思って

果てしない自由と
果てしない孤独。

ああ こうやって生きていくのね
と思って。

本当ね。

でもね 仕事を こう 始めたら
少し元気になって。

ご近所の方も
いっぱい 声掛けてくださって。

そう。
気が付いたら

お一人でね 生きてらっしゃる方
たくさんいらして。

そうそう。
「大丈夫?」とか

「今日一日を最高の日にするように
頑張ってるのよ」なんて

90歳の方が おっしゃるから

「はい 頑張ります」って 私も…。
そうなの。

でも 皆さん ご親切ね
そういうとこね。

はい。

でも あれですよね
やっぱり 思ってない…

思ってもいない事…。

だって あの方
とても丈夫そうな方じゃない

綿引さんって。
そうなの。

そう。 だから 私が
置き去りになるとは思わない。

だから 本当に 病気になっても

どこかで また回復してくるだろう
って思っちゃうんですよね。

全部 お葬式も済ませたのに…

済ませたのに
どうして いないの? って

思っちゃうんですよね。
本当よね。

彼も あなたを置いていくのは

随分つらかったろうと
思いますよね。

当たり前の事だけど。
うん そうでしょうかね。

何か そういう思い出 あります?

そうね…。 「ああ これから

一人で生きていくのかしら」
なんて言ったら

じっと 人の顔を見てましたね。

最後に病院で… 交代で ちょっと
私が おうちへ帰った時に

夜中に電話があって

「今から来れるか?」って
言うから…

「イヤか?」って言うから
「イヤじゃない。 すぐ行く」。

「タクシーに乗って すぐ行くから
待ってて」って。

行って 「来たわ」って言って
パッと手出したら

もう すごい力で
握ったんですよね。

あれは もう… あんな握り方を
された事はないですね。

それは もう…
よかったと思いますね。

きっと 忘れられないように…。
そうね…。

握ってくださったんでしょうね
きっとね。

今まで 公のもので
ご主人の亡くなった事やなんかを

お話しになった事
ないんですってね? あなたね。

はい。
今日 初めてなんで…。

もう 取り乱して 恥ずかしい…。

だけど 綿引さんは

必ず あなたの初日…
舞台初日には来てくださって。

それは いいんだけども。
耳が痛いような批評を…。

そうなんです。 もうね
気が気じゃないんでしょうね。

終わったあと 罵詈雑言でね

こう ワーッ… 雨あられと
「ダメ」が降ってくるんですよね。

本当に?
明日 初日なんだから

もう そんなに きつい事
言わないでって思うんだけど

全然ね 手加減しないの。

ただ… なんでしょうね
やっぱり 俯瞰で見れて

芝居も才能ある人だって
私は思うんで

そういうサジェスチョンも
うまかったと…。

そうなのね うん。
だから どんな罵詈雑言されても

ちょっと いい事あるかなと思って
一生懸命 聞くのね 我慢して。

そのとおり すればね。
なるほどね。

ちょっと
綿引さんの『徹子の部屋』

見ていただきます。

「ご主人が 彼女の事を

女優として理解してくださってる
っていう事は

やっぱり ありがたい事だと
思いますよね 彼女にとっては」

「そうですね。
やってる質が違いますからね」

「もう 全てが主役で
しゃべりっぱなしで…」

「とてもじゃないけど 僕なんか…

こんな分量の覚えるの
大変だなっていう」

「このまま元気でいてくれたら
ありがたいなと思うのは

常々 思ってますね うん」

「もう 芝居やってれば
ご機嫌な人ですからね」

「奥様はね」
「そうですね。 芝居ない時は

なんか もぬけの殻みたいな…」
「フフフフ… もぬけの殻」

「いつまでもね 元気でやって…」
「でも まあ 可愛らしく…」

「可愛らしく見えるって言うと
あれだけど

お可愛いらしく見えるから

随分 若い役 いつまでも
できると思いますよね」

「そうですかね」

本当に 奥様の
一番のファンだったんですって?

ご主人は。
そうですね。

普段は認めませんけど
舞台上がってる時だけは…

素晴らしいって自分で言っちゃ
おかしいですけど。

でも いいわよ。 ご主人が
おっしゃってる事だから。

芝居やってる時だけは
認めてくれてたみたいですね。

そうなの。
はい。

今月の24日から
俳優座劇場で舞台なさる?

はい。

井伏鱒二さんの『集金旅行』
っていう戯曲をやるんですけど。

あっ そう。
もう すごく人気が…

人気があったって 自分で…
おかしいですけど。

評判で 何度も何度も
再演を繰り返して。

あっ そうなの。
はい。

今度の公演はファイナルになると
思いますけれど またやれて…。

これも好きな役で

彼が 「こういう役が
お前に合ってるんだよ」なんて

言ってくれた事がありましたね
そういえば。

自分に不実な事をした相手に
慰謝料を取って歩くっていう

えげつない話なんだけど
えげつなくないんですよね。

なんか どこか のどかで
すごく楽しい芝居ですね 大人の。

少しずつ仕事し始めて

ちょっとずつ
元気になっております。

元気ですけれど はい。

じゃあね 頑張らないと。

そうですね 頑張らないとね。

なんか 80の今は
第三の人生と思ってらして

第一の人生は 親に支えられ

第二の人生は 夫に支えられ

第三の人生は
今これからっていう。

そう。 一人で歩まなきゃ。
フフフ…。

一人を正して生きていこうかな
って思いますけど。

でも 女優さんでもね
日色さんもいらっしゃるし

皆さん 長生きの女優さん
いっぱい いらっしゃるじゃない。

そうですね。
徹子さんも そうです。

奈良岡朋子さん…。
はい?

頑張ります はい。

でも どうして
女の方が長生きする…?

そうですよね。 本当に そう思う。
なんで? って。

『徹子の部屋』は