徹子の部屋 大越健介[字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

徹子の部屋 大越健介[字]

~メインキャスターに抜擢!野球に燃えた青春時代~大越健介さんが今日のゲストです。

◇ゲスト
10月から『報道ステーション』のメインキャスターを務めている大越健介さんが初登場。緊張で迎えた初回放送での思いや、今後の意気込みを明かす。
◇番組内容
大越さんは大の野球好き。甲子園を目指し高校から本格的に野球に打ち込んだが夢は叶わなかった。野球を続けるため猛勉強の末に東京大学に進学し、エースピッチャーとして六大学野球に出場。その後、日米大学野球に東京大学から初選出されるまでに成長したという。息子3人も全員野球経験者で、長男が甲子園に出場した時は球場まで応援に駆け付けた。これまで仕事で疎かになりがちだった子育てを担ってくれた妻へ感謝の想いを語る。
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
 http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/

ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)

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(黒柳)この10月から
『報道ステーション』の

メインキャスターをお務めになってる

大越健介さんです。

どうぞ こちらへ おいでください。

NHKのご出身で。

私の後輩になるといったら
ちょっと失礼ですけど。

まあ 何十年も前の事ですが。

学生時代は 東大の野球部で

エースピッチャーで
いらしたそうです。

奥様とは その頃
お会いになったという事も

あとで いろいろ伺います。

よろしくお願いいたします。
よろしくお願いいたします。

初めて お目にかかります どうも。
光栄です 今日は。

どうも。
今回が初出演なんですけど

まず プロフィルを ちょっと
ご紹介したいと思います。

1985年
NHKに入局なさいまして

36年間 NHKにいらっしゃって

政治部記者を 主になさいまして。

で ワシントン支局長も
ご経験なさって。

夜9時のニュースを5年間。

で 今年の6月に
定年退職という事で

フリーになった矢先に
こちらの局の

『報道ステーション』の
メインキャスターに

抜擢されたという方で…。
抜擢というのか

おいでいただいたという事で
ございます。

まずは 放送初回の映像が
ございますので

『報道ステーション』の
第1回目を

ちょっと ご覧いただきましょう。
ご覧ください。

「大越健介です。
『報道ステーション』

今日から この3人で
番組を進めてまいります」

「まあ 渋谷から六本木
距離は近いですけれども

雰囲気 どうですか?
変わりましたか?」

「渋谷 大好きなんですけども

六本木を
もっと好きになれるように

頑張りたいと思います」

(小木)「さあ 大越さん
初日でしたけれども

その日に
第100代の総理大臣が誕生する

そういう
節目の日でもありましたね」

(大越)「そうですね こういう日に
巡り合わせた事というのは

何か意味している事が
あるのかなって考えたんですが

まあ きっとないですよね。
偶然なんですが

ただ とても大事な日だと
私は思います」

ああ あの日だったんですね。
そうなんですよね。

初回は 緊張なさいました?
やっぱり。

まあ 思ったほど
っていうんでしょうかね。

緊張するだろうなと思って。
実際 周りの人は

「結構 緊張してたんじゃないの?」
って

見た方は おっしゃるんですけど

自分の中は
そんなに緊張していなくて。

まあ そうですね
おやりになってる内容はね

同じですものね。
ただ やっぱり あの…

こう スタジオが
すごく奥行きがあったり

出演者の… 同じキャスター陣が
すごく温かいので。

そういう意味での緊張感は
なかったかなという風に

思いますね。
そうですか。

大越さんにとって
報道の現場っていうのは

どういう… どういう?
ええ…。

そうですね…
もともと 学生時代から

そんなに こう 何か
時事問題に興味があるとか

なんか
自分の中に意見があるとか

主張したいものがあるとか
っていうタイプでは全然ない

普通のノンポリの
学生ではあったんですけれども。

仕事に入ってみると こう 取材…

人と会って いろんな話を聞いて

それを自分なりにまとめて
表現をするっていう

その過程っていうのは
非常に やっぱり 面白くて。

中には
つらい取材もありましたし

競争も激しかったですけれども
自分としては やっぱり

合っていたのかなっていう風に
思いますね。

でも NHKから
こちらにいらして

お出になった日は 400メートルを

もう全力で走ったぐらいの感じが
したんですって?

そうですね。
一日のニュースを その…

まあ 起きた事を… もう 今日は

どういうニュースを
取り上げようかっていう

その打ち合わせから始まって

そして 夜11時過ぎに
放送が終わるまで

結構 長い時間ですよね。
そうですね。

だけど 短距離走で もう
一生懸命 走らなきゃいけないと。

まあ 100メートルならまだしも
400メートル走ると

もう だんだん この辺が
パンパンになってくるような。

だけど ゼイゼイ言うけど
その終わった瞬間の

心地良さみたいなものが…。
ありましたか。 そうですか。

まあ ちょうど お始めになって…

こちらの局で お始めになって
約1カ月。

はい。
今 どんな感じですか?

いやあ…。

まだ1カ月なの?
っていうところですかね。

まあ 長かったなと。 もう本当

1年2年やってるような
感じがして。

でも 逆に言うと それだけ 割と
なじむのも早かったのかなという。

もう ずっとやってるような…。

ちょっと生意気な言い方
ですけれども 思いはします。

今後の意気込みって ありますか?
うーん…。

まあ 伝える側が
あんまり意気込んでみても

しょうがないので。
ええ そうですね。

まあ そこは自然体で。
ただ あんまり こう出すぎず

上から目線にもならず。
かといって

あんまり 遠慮がちにならず
っていうところで

まあ 見ている方々と やっぱり
番組を制作しているスタッフの

ちょうど こう
中間に立つくらいのバランスで

自分なりに伝えていけたらな
という風には思っています。

でも まあ NHKに36年?
はい。

随分 長くいらっしゃいましたね。
そうですね。 数えてみたら

もう36年ですもんね。
そうですね。

じゃあ もう いっぱい…
いっぱいいっぱい ギリギリまで

NHKにいらっしゃった?
そうですね。

いろんな仕事させてもらったし
ものすごく いい経験…

貴重な経験を
積ませてもらったので。

僕は NHK時代に
お世話になった人たちには

NHKそのものにも
すごく感謝をしてますし

まあ 何より
見ていただいた方々に

たくさん応援していただいたので。
何より やっぱり こう

自分が
取材させていただいた方々が

本当に真剣に
向き合ってくだすった事には

本当
感謝の気持ちしかないですね。

さっき
「渋谷も大好きなんですけど

六本木 もっと好きになりたい」
っていうのは

あれも本音です。
そうですね。

まあ 渋谷と六本木って
本当 近いですもんね。

近いですからね 近いですからね。
近いですよね。

まあ 記者時代に大変だった事は
何かありますか?

そうですね やっぱり あの…。

政治部っていうところが
長かったんですけれども

自分が担当した政治家が

朝 起きだしてから 夜 寝るまで
行動とか言動を

把握しなければいけない
っていう事で。

その担当している政治家よりも

2~3時間多く
起きてないといけないし

多く稼働してないといけないので。

やっぱり こう
体力的に大変でしたし

特ダネ合戦っていうのも
やっぱり ありましたし。

まあ
神経的には休まらなかったなと。

でも やりがいがありましたよね。
ただ やっぱり ちょっと

家族には迷惑をかけたな
っていうのは

これは 一生かけて取り戻さないと
いけないなって事は思ってます。

一番お忙しかった時には
えっと… お子さんは何人…?

えっとですね
忙しいのに 3人 息子が…。

息子が3人?
息子が3人おりまして。

そうですか。
はい。

奥様は大変でしたね
それじゃね やっぱり。

本当 もう苦労かけましたね。
やっぱり 子育てが

一番大変な時っていうのは
本当 心身ともに

へたり込むような時も
ありましたし。

夫は帰ってこないっていう中で

1人に覆いかぶせてしまった
っていう反省があるので。

ああ そうか… うん。

ちょっと それは
本当 これから 一生かけて

お返しをしなきゃいけない
っていう風に思ってます。

でも 奥様は
わかってらっしゃるでしょ?

それはね。
そうですね… はい。

まあ そういう方と
結婚なすったんですから

そういう事はあるだろうと…。
そうですね。

まあ 覚悟はしてくれていたと…。
でも まあ

そういう…
それをお返ししなくちゃとか

その苦労させたっていう風に
思ってらっしゃるだけでも

それは素晴らしいと思いますよ。
そうですかね。

そう思ってない人 多いですから
男の方って。

そうですか。
うん。 働くの当然っていう…。

妻も働いていたものですから。
看護師だったんですね。

新任の記者時代は あの…

妻の方が給料も高かったですし。

あっ そうですか。
ええ。 ひたすら低姿勢で。

だけど 結局は まあ
いろんな家事や子育てを

お任せしてしまったな
というところですね。

まあ そうですよね。
奥様との出会いは どこ…?

あの… 恥ずかしいんですが

大学時代
野球をやっておりまして。

野球をやってる中で こう…
左肩 利き腕じゃないんですけど

左肩の脱臼を
繰り返すようになって。

習慣性脱臼って
くしゃみしても 肩 外れちゃう

みたいな事になって。
すごいですね。

最後 大学4年生になる時に
最後の1年間は

もう 心置きなく
野球をやりたいっていう事で

この手術をしようという風に
決めたんですね。

で 整形外科に入院をして。

その時に 看護実習生で
今の妻が来ていまして

私の担当になったという事が…。
偶然ですね。

ええ はい。 で まあ あの…。
いい偶然。

いい… いい偶然といいますか。

まあ 退院した時に
お礼を言おうと思って

それで手紙を書いたというのが
最初ですね。

それは
ありがとうっていう手紙が?

まあ そうですね。
他意はなかったんですけどね。

他意はない? そうですか。

すごい! 結婚式 可愛い。
可愛い奥様ですね 随分。

いや… 写真を出すなら
この写真を出せって

妻が言うものですから。
奥様 可愛いものね すごくね。

へえ…。

隣の男は あんまり
風采が上がらないですけどね。

でも この時 あれですか?

うれしかったですか?
結婚式の時。

そうですね。 若かったんですよ。

結婚をしたのが 二十…
お互い 24歳。

あっ 若いですね。
今どきとしてはね。

今からすると 随分 若いですね。

同期の友達の中でも
一番早かったので

みんな もう 全国から
お祝いに来てくれて。

みんな いっぱい 人がいる。
はい。

大越さんは新潟のご出身ですね。

野球をおやりになっていらして。
はい。

何歳ぐらいから?

うーん… 3歳とか
もう そのぐらいから

始めてたと思いますね。

じゃあ お好きだったのかしら?
はい。

3つ上に 兄がいまして

両親がグローブとミットを
買い与えてくれたんですよね。

それを使って もう 毎日 本当

連日 家の前とか
横の田んぼとかですね

そこで兄とキャッチボールをして
毎日毎日 野球やってました。

じゃあ 将来
野球選手になりたいぐらい

思っていらした…?
思ってましたね。

将来の夢を書くとか
保育園であると

必ず 野球選手か
お相撲さんになりたいっていう。

お相撲さんもあったんですか?
すごいですね。

あっ すごい すごい!
これ 中学生…。

中学生の頃ですね。
おお…。

これ… ごめんなさい。
どっちが あなた…?

打ってるのが僕ですね。
打ってらっしゃる…。

なかなか
いいフォームをしてますね。

いいですね。 見本のような。

打ってらっしゃるんですよね。
そうなんですよ。

それで 甲子園を
目指していらしたんですけど

残念な事には なんか 準決勝…?
そうですね。

何度かチャンスは
あったんですけれども。

まあ 県大会も
最高で 準優勝止まりで

最後の夏も ベスト8で負けて。
もう 最後の夏 負けて…。

野球って やっぱ
練習も しんどいので

もう いいかなっていう風に…。

もう 野球も終わりだって思って
受験勉強しようと思ったら

翌朝から もう やっぱり
やりたくなっちゃってですね。

勉強すりゃいいのに
後輩の練習に 毎日 顔出すような

そんな夏休みでしたね。

でも 野球 続けたいので
東大 お入りになったって

それは本当ですか?
そうなんです。 やっぱり こう

野球を このまま 大学でも
やりたいなって思った時に

東京六大学
神宮でやりたいっていう事で。

だけども 他の五大学ですね
早稲田や慶應っていうところは

きっと 全国の名だたる
高校野球の選手が集まってきて

そういう人しか入れない
野球部なんだろうという風に

思ってたんですね 当時。

だから
地方の公立校の出身の自分が

とても入る余地はないだろうし
一生懸命 考えた結果

神宮で野球やるためには
一つ あるじゃないかと 大学がと。

これは ここに入れれば

レギュラーになれるんじゃないか
っていう事で

本当 それが目的で
必死に 受験勉強をしました。

で 東大?
1年 浪人しましたけど

奇跡的に入りましたね。

おめでとうございました。
それで 東大 お入りになったら

すぐ あれですかね?
こうやって すぐ 野球に

お出になれるように
なったんですか?

すごい顔してますよね しかし。
すごいですよね。

どなただか わかんないですけど。
ハハハハ…。

もう 4月1日に
入部の届けを出して

その日から練習に出ましたね。
えっ! すごい。

これなんかは
いいじゃありませんか。

ハハハ… ありがとうございます。

そうすると 係は…
「係は」って言うと変ね。

係は なんでいらっしゃったの?
あなたは。

ピッチャーですね。
ピッチャーの係です。 はい。

ピッチャーの係。 なるほどね。
すごい いい格好。

これなんかはね とても…。
あまり 体がね

大きくないものですから
野球選手としては。

本当は もうちょっと違う係を…
内野手とか

割と細かい係を
やりたかったんですけども

まあ 「ストライク入るのは
お前しか いないだろ」って

監督に言われて。

じゃあ ピッチャー?
ピッチャーを。

試合に お出になったのは
何年生から?

1年生の秋に
最初にデビューをして。

ああ すごい!
2年の春から

先発の一角を
任されるようになりました。

そういうのは エースピッチャー
って言われたり…。

そうですね。
そのぐらいから だんだん

言われるようになりましたね。
すごい。

何しろ 在学中
50試合に登板なさいまして

8勝27敗という…。

8勝っていうのは
すごいんですって?

そうですね。
まあ 東大の歴代の中では

多分 4位か5位ぐらいには
あると思います。

じゃあ 相当いい…。
はい。

まあ ただ 27敗っていうのが
人によって これ

微妙な受け止めがあると
思いますけども。

まあね。 あとの27敗は
なんなんだっていうね。

ええ。 でも まあ
よく故障せずに投げたなと

そういう証しだなという風には
思ってます。

そうですね。

日米大学野球というのに
東大から お出になって

それが初選出だったんですって?
そうなんです。

すごい。
国立大学から初めてっていうんで

割と スポーツ新聞に
でかでか載ったりして。

じゃあ ご家族も
お喜びでしたでしょ?

喜びましたね。
だけど 肝心の 日米大学野球

7試合あるんですけれども
まあ 投げたのは打者2人だけで

出番は少なかったんですけどね
正直 言うと。

でも 出れただけで
いいやっていうとこで。 はい。

でも お出になったんならね。
そうですね。 はい。

でも 息子さん3人とも
野球をおやりになるんですって?

そうなんです。 早くに結婚して
早くに息子たちができて。

まあ これ
写真 写ってるんですけど。

あら 可愛い!
これ 可愛い写真ですね。

後ろにボサッと突っ立ってる…。
お父さん 眠そう。

フフフフ…。
忙しくて。 だけど まあ

子どもたちが野球やる時は
できるだけ付き合って。

まあ キャッチボールをして。

僕にできるのは
それくらいだったので。

それが僕なりの子育てでしたね。
でも 可愛いですよね

みんなね 子どもってね。
本当。 こうやって見ると…。

今 もう みんな 立派な
おっさんになってますけども

こんな可愛かったんだって…。
可愛いですよ すごくね。

本当 無邪気で。

少年野球のコーチを
なすった事なんかはないの?

子どもたちが入ってるチームも
少年野球も

行ける日は もう
必ず行ってましたね 練習に。

球拾いをやったり
バッティングピッチャーやったりとか。

それが楽しくて

結局 ずっと
3人とも野球でつながったので。

まあ 野球で
育てられたというか…。

僕自身も そうでしたし
息子たちも 野球で

育てられたなっていうところは
ありますね。

それを 一生懸命
妻が支えたっていう。

で 今があるっていう形ですね。
なるほど。 すごい。

野球… 野球つながり。
そうですね。

でも 甲子園に
お出になったんですって?

ご長男?
長男が 日大三高という

甲子園の強豪校に
入ったんですけれども。

苦労はしたんですが
最後に花開いて

ピッチャーとして
甲子園に出ました。 はい。

お子さんたちの応援には
いらっしゃいました?

随分 行きました。
ただ 自分も途中から

この子たちが
高校野球とか やってる間に

僕 アメリカに
赴任する事になって。

そうなんですか。
アメリカは どこでしたか?

アメリカのワシントンに
特派員で出たんですね。

だけども その時に ちょうど…
まだ行ったばっかりの時に

長男が甲子園に出るっていう事が
決まって。

まだ 赴任して1カ月ぐらいしか
経ってないのに

早速 夏休み
ごそっといただいてですね…。

すごい。
もう 見にいらしたんですか?

そりゃ 見とかないとね。
一生に一度の事ですから。

僕の代わり…
ワシントン支局には

僕の代わりは
いっぱいいるけども

まあ 息子にとっての父親は
僕しかいないので

ここは申し訳ないけど帰らせて…。
すごいですね。

どうでした?
甲子園に息子が出るところ

ご覧になったら。 息子さんが。
いや 本当 なんか あの…

いや なんか この画が
現実のものと見えない…

思えない感じなんですよね。
フフフフ…。

映画みたい…?
この映像って 本当の…

今 見えてる景色って
これ 現実なのかな?

っていう風に思って。

だけど
いろんな事を思い出すんです。

弟たち2人も… 弟たち2人も

こういう所に立たせてあげたいな
っていう事を考えたりとか

家内は その時
体調があんまり良くなくて

家で観戦してたんですけども
ちゃんと見てるかな? とか

そんな事を考えながら
まあ うちの代表選手として

頑張ってくれっていう思いで
見てました。

でも ご自分は
出られなかったわけなんで。

そうなんです…。 そうなんです。

ちょっと そこは…。
そうなんですね。

だから まあ 息子が代わりに
夢をかなえてくれたっていうのは

まあ 何にも増して
うれしい事でしたね。

そうですか。
今日 なんか あの…

お子さんたちのプレゼントを
持ってきて見せてくださる…。

さっきから
腰の所に隠してたんですけど。

ああ そう…! 知らなかった。
これなんですけどね あの…

実は 少年野球に…
コーチに行ってる時に

自分が大学時代に使っていた
そのグローブを

なくしちゃったんですよ。
それを 僕が 「ああ 残念だな」

っていうのを長男が覚えていて
長男が その甲子園に出て

高校卒業する時に
家族で声掛けて

「おやじ
グローブ新調して作ったよ」

っていうんで これを
プレゼントしてくれたんですね。

それ あの… 注文なんですか?
そうなんです。 ここに「16」…

大学時代の
僕の背番号なんですけども。

すごい。
「大越」っていう

刺しゅうを入れてくれて。
ちょっと手が込んで…

これ 映りますかね?
これなんですけど見えますかね?

これ ここに息子たち
家族全員の名前がですね

ちょうど この手が
すぽっと入るところに あの…。

何介?
「遼介」っていうのが

その まあ 長男ですが。

「正子」「遼介」「光介」「陸」っていう

名前が縫い付けてあって。

だから 自然と
これを こう 手にすると

僕の家族4人の事が
僕の手のひらに収まるっていうか。

なるほど。
それで まあ あの…

これを宝物にしているんです。
そうですか。

皆さん お優しいのね。
そうですね。

やっぱり 今は もう
叱ってくれますよね

みんな大人ですから。
もう30代ですって?

息子さんたち。
30代です。 だから あの…

「おやじは もう
NHKからテレビ朝日の

『報道ステーション』の
キャスターになって

また 結構 派手な人生
送ってるけども

絶対 調子乗っちゃダメだぞ」
っていう事を息子たちが…。

おやじが調子乗った言動したら
俺たちが怒るからっていう事を…。

すごいですね。
すごいおっかないです…。

立場 逆転しちゃって。
すごい しっかり…。

そうですね。
ありがたい事です 本当に。

でも それで…
大事にしてらっしゃるグローブで。

これを見ながら初心に帰って

自分を支えてくれる人がいるから
今があるんだよって。

で 決して自分は
自分を勘違いしちゃいけないと。

自分は そういう…
まあ 新潟の地方公務員の

家庭に生まれて育って
そして あの…

普通のサラリーマンとして勤めて
家族があって

今があるんだっていう事は

そういう自分を勘違いしちゃ
いけないよっていう事を

なんか このグローブ見ながら…。
すごいな みんな しっかりして。

なんか ちょっと
いい事 言いすぎましたね。

でも まあ そんな
本当に お子さんたちの気持ちは

そうでしょう。 そうですか。

じゃあ それ 大事な…。
大事ですね。

大事なプレゼント。
はい。

でも 随分 いいものを
おもらいになりましたね。

そうですね。 これだけは
なくしちゃいけないなっていう。

なんと 大越さんの趣味が
家庭菜園?

趣味って言えるほどでも
ないんですけど

駐車場1台分ぐらいの所が

ちょうど 家で
場所が遊んでたもんですから

いろいろ野菜を植えて

それを1人で こう 眺めながら
1人で和んでいるという。

なんか 奥様にお料理を
お頼みになるんですって?

あの… でも あんまり うち…
僕が作った野菜に

興味はないみたいで
ほとんど自分で。

でもね ししとうなんか
ちょっと焼いて。

ああ 本当 いいですね。
いいですよね。

今も なってますから
ちょっと 帰ったら

つまみにしようかななんて。
これもそう?

これは 白菜ですかね。
ねえ!

お漬物なんかできるし。
はい。 あの… 僕から 実は

黒柳さんにお聞きしたい事が。
はいはい なんですか?

僕も いろんな方に
インタビューをするんですけども

長い間 黒柳さんは

僕のような人間も含めて
いろんな人とインタビューで

向き合ってこられたと
思うんですよね。

大事にしてる事というか
どういう気持ちで

毎回違う相手と
向き合ってらっしゃるんですか?

そうですね あの…

まあ 私が考えるのには

まず その方を尊敬…。
ああ…。

やっぱり どんな方でも
ここに出てくださる方は

とにかく大変な中から
ここに出てくださるわけなんで

これだけ
人がたくさんいるのにね。

だから そういう事では
すごく その方を尊敬して

お取り扱い申し上げなくちゃ
という事で

まあ 自然 あの…
なんていいますか

敬語も できる事なら
敬語でお話しするような。

どんな仲のいい人でも
友達扱いはしてないです。

なるほど。
いつまで経っても

45年やってますけど
どんなに仲のいい人が出ても

やっぱり ちゃんと ゲストとして
お取り扱いするようにしてる事が

大事だっていう風に
思っていますね。

本当 勉強になります。
尊敬するっていう事でしょうかね。

あとは まあ 好奇心を
やっぱり持って

相手の方をね いろいろ調べるとか
いろんな事… そういう事は

まあ しますけど。
大体は そういう事ですかね。

なるほどね。

参考にさせていただきます。
いえいえ。

相手を尊敬するって でも
すごくわかるような気がします。

そうですね。
どのような人であっても

言葉遣いは もちろんですけど

根っこから
こっちが切り込んでやるとか

インコース攻めてやる
っていう事ではなくて

まず その人に敬意を払って
その人が話したい 伝えたい事を

引き出すっていう事なのかなって
思っていたので

黒柳さんの話は 僕は なんか
すごく 今 染みましたね。

そうですか。
はい。

まあ 将来 100ぐらいになったら
もし続けてたら

もしかしたら
バリバリ聞く仕事の方に

切り替えてもと思うんですけど。

できるかどうか
わかりませんけどね

政治家やなんかね
おばあさんが聞いてるんですから

ちゃんと答えてくださるだろうと
思って。

今日のご出演を 奥様は
どんな風におっしゃってました?

「すごいじゃないの」って。
あっ 本当?

「『徹子の部屋』に出るの?」
っていう。

あら うれしいわ。
奥様 ありがとう存じます。

そんなおっしゃってくださって
ありがとうございます。

今日のご主人の出来栄えは
いかがだったでしょうかしら。

夜ですよね?

だから 夜終わってからとか
なんかが大変ですよね。

ちゃんと おうちに
真っすぐ帰らないと。

ああ 帰ります 帰ります…!
どうも。

ありがとうございました。

『徹子の部屋』は