徹子の部屋 川中美幸[字] …の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

徹子の部屋 川中美幸[字]

~デビュー45周年!コロナ禍でたくさんの“気づき”が~川中美幸さんが今日のゲストです。

詳細情報
◇ゲスト
現在66歳、「しあわせ演歌の女王」川中美幸さんがゲスト。
◇番組内容
45周年を迎えるということは、45年の歳を重ねることだと再確認した川中さん。改めて自分を支えてくれた人々へ思いを強くしたという。中でも一番は、5年前に92歳で逝った母親。常に応援してくれた母の遺骨とはいまだに離れがたく、納骨できず自宅に置いたままだと告白する。そんな中、偶然知った趣味が今、川中さんの生活の糧になっているという。スタジオでは川中さん手作りの「趣味の作品」を紹介する。
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
 http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/

ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)

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キーワード出現数ベスト20

  1. 自分
  2. 可愛
  3. お母様
  4. 本当
  5. 二輪草
  6. お母ちゃん
  7. マスク
  8. 気付
  9. 人生
  10. コロナ禍
  11. 苦労
  12. 随分
  13. チケット
  14. 一緒
  15. 気持
  16. 散歩
  17. 周年
  18. 納骨
  19. 母様
  20. 毎日

解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)

   ごあんない

解析用ソースを読めば、番組内容の簡易チェックくらいはできるかもしれませんが…、やはり番組の面白さは映像や音声がなければ味わえません。ためしに、人気の配信サービスで見逃し番組を探してみてはいかがでしょうか?

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(黒柳)あら お可愛らしい。

1977年にデビューして

今年
45周年をお迎えになりました

しあわせ演歌の女王
川中美幸さんです。

どうぞ こちらへおいでください。
失礼いたします。

まあ どうも。
どうも ご無沙汰しております。

ご無沙汰いたしております。
よろしくお願いいたします。

お座りください。
はい 失礼いたします。

素敵な… 素敵なお着物ね。
ありがとうございます。

それは なんていうお着物ですか?
これは 絽縮緬。

絽縮緬。
で 帯は なでしこ。

でも キレイな あれですよね…

縞が ちょっと入ってるの?
そうですね。

好きな色です ピンク。
そうですか。

『ふたり酒』をはじめ 『二輪草』

その他 ヒット曲多数という方で
いらっしゃいますが

亡きお母様との思い出

最近 身の回りで起きた
気付きについても

いろいろ 伺わせていただきます。

それから もちろん

歌声も聴かせていただきます。
ありがとうございます。

コロナ禍でね まあ 本当に

デビュー45周年を
お迎えになったそうで。

はい。
まあ 長いですよね 45周年ってね。

そうですね
特に やっぱり コロナ禍で

いろんなものを整理してると
やっぱり…

あっという間でしたけど やっぱり
45年っていうのは すごいなと

改めて思いますね。

それで 長いなと
呆然と座ってらしたら

股関節が変になったんですって?
座りすぎて。

そうですね。

やっぱり 家にいる事が
多くなったじゃないですか。

で スポーツクラブも行けなくて。
そこで はたと気が付いて

やっぱり こう
自分の体は自分でっていう事で

健康器具が 随分 増えました。

もう このような形で…
見てください。

あら すごい!
すごいですよね。

すごいですよね これ…。
ルームランナーから もう…。

すごい!
8種類ぐらいになりましたね。

ええー!
通販で買って…。

これ 全部 おやりになるの?
やります!

あっ そう。 すごい!
朝のルーチンは だから

歯を磨きながら ブルブルに乗って
っていう感じですね。

あっ それもいいですよね。

その ブルブルに乗りながら
歯が磨けるとか

なんか 両方できればね。
そうですね。

それに乗って歯磨いてると

電動歯ブラシのように
なってるんですよね。

こういう風に動くのね。
そうです。

やっぱり こう 体を動かさないと
さび付いてきますね だんだん。

まあ そうですよね。
さび付く… すごい。

で なんか
Suicaっていうものを

初めて購入なすったんですって?
そうなんですよ。

やっぱり この
ヒット曲をいただいてからね

こう 車の送り迎えで なかなか
電車に乗る事もなかったので。

それで 久しぶりに
ちょっと 電車に…

自分でチケットを買って
行くんですけど

どう買っていいかわからなくて。
パッと見たら 皆さん こう

SuicaとかPASMOとか
みんな ポンポンポンと…。

車掌さんがいないんですよね。
うん… 駅員さん いない。

駅員さん いなくて
聞くにも聞けなくて。

「すいか」っていうと

夏の「スイカ」しか
知らなかったものですから

知らない事だらけだったなと
思って。

だから 自分も感性を磨くためにね
いろんなものを

知ってなきゃいけないという事で
歩くようになりましたね。

なんか バスでも
気付きがあったんですって?

ある時 バスに乗って

こう… あっ ちょっと
座る所ないなと思って

立ってたんですね。
そしたら 前の若い…

「アベック」っていうのは
もう 死語ですかね?

でも いいですよ アベックで。
いい… アベックね。

まあ 男女の…
恋人同士なんでしょう。

私が その前に立ったら いきなり
「どうぞ!」って言われたんですよ。

パッと見たら
優先席だったんですね。

で 最初 誰の事 言ってるのかな?
と思ったら 私だったんですよ。

「あっ いや いいです いいです」
って言ったら

「どうぞ どうぞ」って言われたんで
「そうですか」って座ったら

楽だったんですね。
フフフフ…!

それで なんとなく 自分自身も

ああ そうか そういう年なんだ
って気付きと

なんか 「今の若い者は…」なんて
言う方もいるけど

なんか こう
ほっこり 気持ちがしましたね。

なるほどね そうですか。

それから 犬の散歩を
なんか なさりながら

気付きがあったんですって?
やっぱり。

それもね 年になるんですけど
犬の散歩をしてましたらね…

毎日 大体 1時間くらい
散歩してるんですけど。

そんなに?
はい。 そしたら ある時 帰る時に

なんか 可愛い男の子が 私の所に
こう 寄ってくるんですよ。

なんか すごく いやに懐いて。

それで 「僕 どこ行くの?」って
言ったら 「うち帰る」って。

「じゃあ 私も
犬 連れて散歩するから

一緒に行こう」って。

一緒に行ったら 角に お母さんが
迎えに来てらっしゃって。

で 「じゃあね またね」って
言ったら その子に

「じゃあね おばあちゃん」って
言われたんです。

「はっ?」って
最初 思ったんですよね。

「おばあちゃん」。
でも パッと お母さん見たら

やっぱ
私の娘ぐらいの若さなんですよ。

なるほど。
だから 「おばあちゃん」って

言われるわけだなって。
で 一応…

「僕 私はね
“お姉ちゃん"だからね」って

一応 言っといたんです。
そしたら どうしました?

「うん!」って言ってました。
そしたら お母さんが…

「どうも すみません」って
謝られて。

そこで…
そうか 45年もやってると

もう
おばあちゃんの年齢なんだなって

そこで また 気付くわけですよ。
なるほどね。

でも そのお散歩っていうのは
毎日なの?

そうですね。
犬がくたびれない時とか。

毎日 自分で歩いてます。

可愛いわね
でもね。

そうですね 癒やされましたね
コロナ禍で。

これ なんていう種類ですって?

一番…
ラブリーが

トイプードルなんですけど
あと2匹は

ミックス犬なんですね。
あっ そう。 可愛い。

すごく可愛い。
癒やされますね。

癒やされる?
はい。 もう 本当に。

そうですか。 まあ 5年前に
お母様がお亡くなりになって

それもあるでしょうね
寂しいのはね。

そうですね。 やっぱり こう…
もう 5年になるんですけども

やっぱり こう
深くなりますね 思いが。

お母様は お好み焼き屋さん

ずっと
切り盛りしてらしたでしょ?

はい。 今でもやってます。

一度 来てくださいましたよね。
行ってしまいましたよ 私。

ロケバスかなんかでね。
みんなで。

そうそう そうそうそう。
来ていただいて。

ありがとうございました。
食べさせていただきました。

おいしかったです。

でも 一卵性親子と
呼ばれるぐらい

仲の良かったお母様だから

5年経っても まだ
納骨をしてらっしゃらない?

そうなんですよね。

あの… まあ 墓じまい…
奈良にあったものですから

それを 兄が
やっぱり 近くにという事で

東京に引っ越したんですけど

でも なかなか その…

いつ納骨しようか
いつ納骨しようかって

なかなか その決心がつかなくて。
今は 自分が亡くなった時に

一緒に入れてって
言ってるんですけどね。

まだ 全然 納骨してないんです。
でも そうすると

毎日 お母様と
ちょっと お話しできるでしょ?

そうですね。
今年の夏はと思ったんですけど

なんか
離れてしまうような感じがして。

まだ そのまんま うちに
いてもらってるんですけど。

いいですよ
お話しできるんだから。

で 5年経って
他の遺品の整理は

できたんですか?

なかなか やっぱり できませんね。
いまだに やっぱり こう

足腰が冷えると 母の靴下をね…

もう 5年も6年も前の靴下…
母の靴下 はいたり。

それから 寒くなると

母の まあ…
ももひきっていうんですか?

ももひき? うん。
ラクダのももひきみたいなのを

母のを借りて
自分がはいてみたりとかね。

なかなか やっぱり
片付けられないものですね。

父の時は 割と早く
片付けたんですけど。

そうなんですか
お母様のね。

母の時は なかなか…。

それから お母様は ちょっとした
走り書き… メモみたいな

そういうものがあると
それも片付けられない?

そうですね。
あの… 箸袋の走り書きで

私 本名
岐味子っていうんですけど

「きみちゃん 体に気ぃ付けて
頑張ってや」っていう

走り書きとかも
いっぱいあったんですけど

それも全部 やっぱり 取ってある。
捨てられないんですね。

そうですよね。
どうしたもんでしょうね。

小さかった頃は
のど自慢荒らしという事で。

ところが 1学年 上には

あの有名人の方が
いらしたんですって?

そうですね。 上沼恵美子さんとか
天童よしみさんは

1学年 上ですかね。

天童よしみさんと
上沼恵美子さん?

ええ。 結構 なんか のど自慢で
争ってらっしゃったみたいですね。

その話をよく聞きますけど。

でも あなたは その下なの?
そうです。 そうです そうです。

じゃあ あの方たちと
争ったわけじゃない?

だから 私は
ライバルいなかったんですよね。

あっ そうなの?
ええ。 こういう…。

これ
小学校3年生ぐらいの時ですかね。

もう これがきっかけで 父が
あちらこちらに はがきを出して。

結構 あの当時 関西で

こういう のど自慢が
多かったんですね。

あっ そうなの? うん。
カラオケじゃないんですけど

アコーディオンで 伴奏で。
うん。

やっぱり こう 出ると…
優勝すると

副賞がついてくるじゃないですか。
うん。

それで まあ 父が味を占めて

親がね 苦労して
買ってあげられないものを

この子は たった3分間で
とってきたっていう事で

片っ端から…。

アパート暮らしには
非常に不釣り合いな

ステレオのね。

ステレオって… スピーカーって
昔 すごい大きかったんですよ。

それを 入らないんで 縦にしてね
積み上げて 聴いてたりとか。

そういうのもついてたんですか?
賞品に。

そういうのも やっぱり
いろいろ いただきましたね。

なんか お母様と出場なすって

一緒に優勝なさった事も
あるんですって?

母の日で 母子のど自慢大会
っていうのがありましてね。

それで こう 母と出て

美空ひばりさんの歌を
母と歌ったんですよ。

そしたら 優勝したんですよね。

優勝すると 母の日ですから
化粧品セットがいただけて。

それで ある時 母が
ちょっと 病気で倒れた時に

仏壇の整理してたら

当時 もらった 化粧品1つ
置いてあったんですよ。

「お母ちゃん
いつまで持ってんの? これ」って。

「なんかな
これ 捨てられへんねん」って。

大事に
持ってくれてたんですよね。

あっ 本当だ。
そうなんです。

「きみちゃん」って
これ あなた?

私 本名
岐味子っていうんですけど。

ある時
こういうグッズがあって

ポシェット… ちっちゃい
ポシェットの中に入れて

仏壇に ずっと
置いてあったんですよ

引き出しに。
すごいね お母様ね。

だから いまだに 私は これ
いつも ちょっと

くじけそうになったり
する時は

この化粧品をね
この袋ごと持って

見守っててねって いつも
自分を励ましてます はい。

お母様は
苦労の多い人生だったの?

そうですね。 本当の母親で
育った人じゃなく

子どもの頃から苦労して

父と結婚しても
これからという時に

ちょっと 父が大きな事故をして

もう 本当に
マイナスからスタートして

苦労 苦労の連続でしたね。
そうですか。

お母様は 車の運転なんかも
なすったんですって?

そうですね。
父が車の運転ができなくなって

慌てて 母が一生懸命 取って

父の分まで 一家の大黒柱で
頑張ってきたって。

それ 私 子どもながらに
ずっと見てましたからね。

それで 私も今 こうやって
頑張れてるのかなと思います。

あなたのお店行って
いただかせていただきましたけど

お母様は その後
お好み焼き屋を

始めたんでしょ 先に。

そうですね。
私が中学2年の時に

最初 大阪で始めたんですけど。

まあ 父が亡くなって
東京に呼び寄せて

お母ちゃん 私の帰りを
ずっと待つようになって。

これじゃダメだなと思って

「お母ちゃん お店でやる?」って
言ったら 「あっ やる」とかって。

基本 好きなんですね 働く事がね。
そうなのね。

でも コロナ禍で
そのお母様がやってらした

思い出の その…
お好み焼き屋さんが

ピンチになったんですって?
そうなんです。

皆さん そうでしょうけどもね

みんな
お店のアルバイトの子たちも

みんな 生活かかってるし
なんとか…。

まだ 休業宣言が
出てない時なんですけども

ちょうど マスクがね なくて
去年… 一昨年の話なんですけど

皆さんにマスクを作ってあげて。

それで チケットをね…

例えば
1万円分のチケットを

買っていただいたら

その1000円…
1割 割り引いて

そして マスクを

お付けしよう
っていう事で

1000枚ぐらい
作ったんですよ。

あなたが?
はい。

お店のために
一生懸命 マスクを作って。

あら 可愛い!
随分 可愛いじゃありません?

いろんなマスクを作って
チケットを買っていただいて

まあ 10パーセントですか
サービスして

おまけにマスクをお付けします
っていう事で。

お客様が
買ってくださるんですけど

私が作ったっていう事を
信用してくれなかったので

私が作ってる写真を付けて
お客様に…。

すごいわね。 でも お上手なの?
あなた ミシン。

もともと
手先の事が とても好きで

ものを作るのが大好きでね。
すごい。

よく 母の介護をしながらも
母の枕カバーを作ってあげたり

ベッドカバーを
作ってあげたりしてたので

だから ちょうどよかったなと…。
そうですか。

よかったですよね それはね。
みんなに

ピンチを助けていただきました。
本当ね。

でも お母様が亡くなる前に
おっしゃった言葉っていうのが

忘れられない…?
そうですね。

ちょうど 大阪の舞台を
やる時だったんですけど

「お母ちゃん 舞台にね
車椅子で

連れていくからね」って
言ったら

「車椅子… うーん
もう 無理や」って。

それと あと

「自分の人生を大事に生きや」って
うちの母が言ってくれました。

だから 今も 私…

これからの親孝行は
私が幸せに生きていくって事が

一番の
これからの親孝行なんだなと

改めて 思いますね。

また 今… 関西弁っていうのは
そういう時に

「生きや」っていうのがね。

「あんた 生きなさいよ」
っていうのに比べると

随分 心がこもってるように
聞こえますよね。

うちの母 優しい母でしたからね。
なんか いかにもね いいですよね。

「自分の人生 生きや」

「お母ちゃんの事はええからな」
って よく言ってくれてました。

これから歌っていただく歌は
『二輪草』っていうんですけど

これは夫婦の…?
そうですね。

夫婦の歌?
夫婦の歌なんですけど

これは 私は ファンの皆さんとの
『二輪草』でもあるし

それから
この歌を作ってくださった

スタッフの皆さんとの
『二輪草』でもあるし

っていう感じで歌ってます。

なんか これには
「黒猫の恩返し」っていうのが

ついてるんですって? なんか。
そうなんですよ。

川中家にまつわる

黒猫伝説っていうのが
ありましてね。

『ふたり酒』の前の年に
真っ黒い猫を

うちの母が拾い上げて
育てたんです。

そしたら 『ふたり酒』が
大ヒットしたんですよ。

「あっ 『鶴の恩返し』っていうのは
聞いた事あるけど

“猫の恩返し"
お母ちゃん あるんだね」って。

そしたら そうこうしてるうちに
10年ぐらい経って

そろそろ ヒット曲もな
欲しいなと思ってる時に

黒猫がやって来て…。

「やって来た」って
まあ 捨て猫だったんですけど。

それを拾い上げたら 次の年
『二輪草』が大ヒットしたんですよ。

だから もう 不思議な事って
あるなと思います。

この猫と この猫が
じゃあ 違う…?

左の 母が持ってるのが 昔の

『ふたり酒』を運んできてくれた
ミーちゃんなんです。

私が 今 抱いてるのが
これがナナコ。

7月に拾ったので
ナナコって付けたんです。

それで その時のお歌が…。

『二輪草』なんです はい。

じゃあ ここで
『二輪草』を歌っていただいて

よろしいですか?
ありがとうございます。

川中美幸さんに
歌っていただきます 皆様。

それでは
歌のご準備をお願いいたします。

よろしいですか?

それでは 亡くなったお母様
久子さんも大好きだった

『二輪草』 お願いいたしましょう。
どうぞ。

♬~

♬~

♬~

可愛い!

♬~

(拍手)
フフフフ…! フフフフ…!

どうも ありがとうございました。
ありがとうございました。

でも これ 何回伺っても
素敵な歌ですね。

なんかね 人を
笑顔にしてくれる歌だなって…。

もう すごく
徹子さん 可愛かったです。

これ?
もう これが可愛い。

本当?
可愛い。

もう 可愛い可愛い感じで…。
そう? ありがとうございました。

えっと 45周年の記念公演が
DVDになりまして。

なんか 歌だけじゃなくて
お話 お上手なんですけど

楽しいお話が
入ってるんですって? その中に。

そうですね。 あまり こう
何をしゃべるとは決めないで

その時 感じたまま 今は もう
普通にしゃべってます。

で 結構 それが
爆笑になったりするんですね。

いいですよね。
ありがとうございます。

あの… 60代の今
それを言うのも あれですが…。

いや 大丈夫ですよ。 66です。
66?

私 初… 初めて
『徹子の部屋』 お世話になった時

26歳だったんですよ。

それから もう 40年も経つ…?
そうなんですよ。

すごい。
ありがとうございます もう。

私も それだけ
年取ったって事になりますけど。

いえいえいえ もう 変わりません。

でも 話違うんですけど

新たな趣味に夢中とかって
それ なんですか?

やっぱり コロナ禍でね
楽しい事を

見付けなきゃいけないと思って
気持ちが上がる。

キャンドル作りを始めたんですね。

これ 女優の
山口いづみさんが

そういう資格を
持っていらっしゃって。

「やりませんか?」って
言っていただいて。

今 もう これに
ハマってハマって…。

どこがハマるんです?

だって こんなのを
自分で作るんですよ?

なんにもないの? もともとは。

もともとは 蝋…
もう 蝋ですから。

蝋だけね。
そうです。

それで なんか
キャンドルの灯火を見てると

なんか こう 人生のようだなと
思ったんですよ。

いつかは必ず 自分も蝋燭が…

火が消えるように
消えていくんだなと。

周り ちょっと暗くしてみます?

なるかな? ちょっと見てみます?
これ これ… 今ね

実際に こう
火をつけるのもあるんですけど

こうやって… 危ないので

LEDを
こう入れるのもあるんですよ。

なるほど なるほど。
はい。

これ 作らせていただいて。
キレイですね。

キレイなんですよ。
あっ そういう事なの。

はい。 これからの自分の人生も

火をね いつまでも元気で
灯していたいという気持ちで

今 作ってるんですけどね。
その後ろの紫色のも…?

これはね ちょっと こう
香りが入ったものなんですけど。

これも自分で 色を作って
調合して やっていくんです。

へえー!
そうなんです。

この紫も 母が大好きだったので
紫を作ってみたりとか

グラデーションで もう
いろいろとできるんですよね。

すごいんですね。 で こっちには
お花が入ったりしてるの?

これはね ボタニカルといって
もう その時季の花を。

例えば
アジサイを入れてみたりとか

キャンドル専用の
こういう花が… いろんな花が。

お作りになったキャンドルは

自宅で
飾ってらっしゃるんですか?

ええ。 もう これ… これ ちょっと
今の まあ 自分の目標で

一応 100個ぐらいは作って
並べようと思って

今 キャンドル用の棚も
今 注文してるんです。

あら すごい!
そうなんです 通販で。

でも その真ん中の辺のは 随分
たくさん お花入ってますよね。

そうですね。
これ もう 本当に あの…

間に こう
入れていくんですけども

これが また 楽しいんですよ。
夢中になれるし。

で やっぱり こういう仕事って
感性ですからね。

だから こういう感性を自分で…。

この ちょっと
おばさんみたいになってる方は

あなたですか? これ。
えっ… これ? これ 私です。

これ… ハハハハ…!

これ 私です。 もう
眼鏡かけないと見えないので。

ちょっと見えて… そうですか。
もう いろんな花…

材料があってね。
そうなの。

いろんなもの入れるんですね。
これが楽しいんですよね。

箸を使ったり それから
つまようじみたいなのを使ったり。

随分 いろんな…。
そうです。

これ もう ご自宅で…
お邪魔して。

でも 困難な時ほど なんか
気付きが多いと実感なさってる?

そうですね。 みんな…
苦しいのは みんな 同じだしね。

だから 自分の気持ちを
やっぱり いつまでもね 前向きに。

母が いつも言ってたのは

「人生 なるようにしか
なれへんで」って。

だから 前向きに。 「これが
アカンかったら これでいく…」。

じゃあ 1日1日を大事に
前向きに生きていきたいと。

そうですね。 はい。
また お会いしましょう。

本当に 今日は歌っていただいて
ありがとうございました。

ありがとうございました。
ありがとうございました。

『徹子の部屋』は