たけしのその時カメラは回っていた「映画の都!ハリウッド」[字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

たけしのその時カメラは回っていた「映画の都!ハリウッド」[字]

ビートたけし&桑子真帆アナがハリウッドの裏側に迫る!なぜ市民は映画人を嫌った?史上最高傑作が変えた映画の常識とは?大スターの誕生パーティーに隠された秘密とは?

番組内容
ビートたけし&桑子真帆アナが発掘映像でハリウッドの裏側に迫る! 映画産業を独占する発明王エジソンから逃れ荒野にハリウッドを作り上げた映画人たち。彼らが巻き起こした周辺住民との珍騒動とは?史上最高傑作と讃えられる「市民ケーン」の監督オーソン・ウェルズが覆した映画の常識とは?「オズの魔法使」で一躍スターとなったジュディ・ガーランドの誕生パーティーに隠された秘密とは?出演はYOUとカズレーザー
出演者
【司会】ビートたけし,桑子真帆,【出演】YOU,カズレーザー

ジャンル :
バラエティ – クイズ
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行

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  17. 天井
  18. スターシステム
  19. 映像
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解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)

   ごあんない

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発掘映像から歴史の真実に迫る
「たけしの その時カメラは回っていた」。

きれいだな~
オードリー・ヘップバーン。

ハチャメチャそのものだった
ハリウッド誕生秘話や…。

ハリウッドの歴史を変えたといわれる…

そして あの銀幕のスターたちの

苦悩と成功のドラマをお見せします!

YOUさんは
俳優としても ご活躍ですけども

ハリウッドと聞くと
何をイメージされますか?

いや
私 行ったことがないんですよ ロスに。

だから もう本当に 今見た もう…

キラキラ。
やっぱり あの~…

たけしさんは もう何度も
足を運ばれてると思うんですけど

ずばり どんな街ですか?
やっぱり ハリウッド ロス…

俺が あの~ 「BROTHER」で
オーディションやった時に

最初…

「うお!」
ちょっと やってる日本人がいるのよ。

コントじゃないですか もう。

「え? え?」なんつって。

華やかなスターが集うレッドカーペット。

そう ここは…

アメリカ・ロサンゼルスにある
世界最大の…

実は ハリウッドは遠い昔
はるかかなたの銀河系で…。

な~んて!
もともとは ご覧のとおり田舎町でした。

住民は主に 果樹の栽培をしながら
静かに暮らしていたのです。

そこに
映画を作る人々がやって来たのは

20世紀になったばかりの頃のこと。

彼らの多くは
ハリウッドから遠く離れた

ニューヨークなど
東海岸の都市の小さな会社で

映画を作っていた人々でした。

当時 東海岸では
大手の映画会社が幅を利かせていました。

その筆頭が あの発明王 エジソン率いる
エジソン・スタジオです。

エジソンら大手の経営者は
互いに結託して産業を独占しようと

小さな映画会社を脅迫したり
訴えたりしました。

そこで 弱小映画会社が目指したのが
はるか西のハリウッドだったのです。

邪魔者のいない…

映画人たちは
意気揚々とカメラを回し始めました。

これは 1915年に撮られた西部劇。

一人の女性を巡って対決する
男たちの話です。

当時は こうした
単純な筋立てのサイレント映画が

中心でした。

ん? ん? 室内なのに

なぜか テーブルクロスが風でひらひら?

別の映画でも…。

ご覧のありさま。

こちらの映画では…。

額縁が揺れています!

まだ照明機材が発達していなかった当時
撮影は太陽光頼みで

セットは
屋外に組まれることがほとんどでした。

撮影中に セットが壊れるのだって
日常茶飯事!

それでも 映画を
自由に撮れる喜びに満ちあふれながら

日々 カメラを回していた
彼らだったのですが…。

ここで問題!

実は 当時のハリウッドの映画人たち

地元の人に超嫌われていました!

どれくらい嫌われていたかというと…。

…という看板もあったくらい。

一体なぜ
そんなに嫌われちゃっていたのか

分かりますか?

え~。 まあ…

言っても 東海岸の方で映画撮ってた
業界のノリを持ってきてると思うんで…

…とか言ってて
メチャクチャ嫌われたんじゃないですか。

人の土地入ってきて。

(笑い声)

ハリウッドの映画人たちが
地元の住民に嫌われていた理由とは?

その時カメラは回っていた!

さあ 撮影に出発!
今日も最高の画を撮りに行くぞ~!

…って ちょっと! 危ない 危ない!

こっちも!? 危なすぎ!

正解は地元に大迷惑をかけていた!

当時の映画人たちは
近所の迷惑を顧みず

町なかで危険な撮影を行っていたのです。

穏やかな暮らしを送っていた
地元の方々は

突然現れた荒くれ者たちに
白い目を向けました。

これは 当時のハリウッドの物件情報。

よく見ると…

「映画関係者お断り!」の文字が。
ほかにも?

「俳優は先払い!」
という看板を掲げる店も。

そう
全然 信用されていなかったんですね。

でも さすが
未開の荒野を切り開いた映画人たち。

ご近所トラブルさえも
映画のネタにしてしまったのです!

これが その映画です。

何やら 女性に怒鳴られている男性。

映画の小道具を
ご近所さんに貸してほしいと

お願いしに来た撮影スタッフです。

ああ… 断られちゃった。

しかし…?

あれ? 窓からのぞき込んでいます。

なんと 窓から侵入し
借りようとしていた糸車を手に取って…

撮影現場に
無断で持ってきてしまいました。

さあ 撮影開始!

あっ さっきのご近所さん。

向かった先はもちろん
大事な糸車のところ。

「誰だ!」。

「取り返しに来たんだよ!」。

一方 あのスタッフは…?

これぐらい ずぶとくなきゃ 映画なんて
撮れないんですかね? たけしさん。

そっちですか。

あれでね すごい面白い映画が
撮れたらいいですけど

撮ってるのが
糸車返せ 返さないみたいな話だったら

ちょっとね それは困りますよね。
それでウケてた時代。

しかも どうせ身内しか
見ても笑わないわけじゃないですか

映画あるあるだから。

ちなみに たけしさんは
ご自身が撮影した映画で

これは むちゃしたな
っていうことありますか。

あ~ むちゃしたの 結構あるけど…。
そうですか。

…って書かれて
随分マスコミにたたかれたね。

そうですか。 何やってもいいのか
っていうのが昔あったよ。

それでもやられたね。

ドカ~ンって。

「爆破します」。
「え… 一方的に?」っていう。

嫌われ者だった映画人は
次第に憧れの存在となっていきます。

そのきっかけとは…。

当時 映画の本場だった
フランスやイタリアの会社が

それまでのように
映画を作り続けられなくなったのです。

ライバルのピンチを

ハリウッドの映画人たちは
見逃しませんでした。

全米の投資家に
映画産業への出資を呼びかけます。

そして手にした莫大な資金で
映画作りを加速させたのです!

その結果 アメリカ映画は

世界市場におけるシェアを
8割まで拡大させます。

急激に高まった需要に応えるために

ハリウッドの映画人たちは
更に大張り切り!

製作から上映まで一手に担う
大手映画会社を次々に設立したのです。

その中には 皆さんご存じの あの会社も。

そう ディズニー社です。

こちらは ウォルト・ディズニーさん。

今日の映画業界に君臨する会社の多くが
この時 生まれました。

その中を
ちょっと のぞかせてもらいましょう。

敷地内に いくつも構えられた
巨大なスタジオには

最新の機材が ふんだんにそろえられ…。

俳優の衣装は 会社専属のデザイナーが

技術の粋を凝らして仕立てます。

特殊メークも… おっと危ない!

小道具だって よりどりみどり!

もう ご近所さんから盗む必要は
なさそうですね。

体制を整えた映画会社は
次々にヒット作を生み出します。

2時間以上の超大作や…。

今でも有名なコメディ-映画の名作も
誕生しました。

この荒ぶる人 誰だか分かりますか?

すごいな この人。

そう 喜劇王 チャップリン。

名作「黄金狂時代」は
このころに生まれました。

そのチャップリンも家を構えた
高級住宅街といえば

ハリウッドの隣の…

セレブな映画人が住む街として
にわかに発展しました。

道端には…

ちゃっかり
スターのおうちガイドマップを売る人も。

おなじみのあれが出来たのも
この時代です。

もう分かりましたか?

あの看板です!

最初は
ハリウッド・ランドと書かれていました。

実は不動産会社の広告で
すぐ取り壊される予定だったのですが

残されて ハリウッドの顔になったのです。

こうして ハリウッドの映画産業は

地元の厄介者から
世界の人々の憧れに変わったのでした。

すごい発展のしかただったんでしょうね
じゃあ スピードもね。

急成長を遂げたんですよね。

確かにね。
あんだけ嫌いだ嫌いだっつってて。

今はもう 映画なしには
成立しない都市になったわけですから。

そうだ。 そうそう そうだ。
日本で言うと。

だから… 三船さんたち役者に
1, 000坪で売ったらしいんだよ。

あそこ全然
完全な田舎町だから。

そこにスタジオ 東宝スタジオを…。

だから 日本でも
世田谷とか あの辺は…

同じですね。

続いては こちら!

1930年代から
ハリウッドは黄金時代を迎えます。

それを支えたのが 独自の感性で
映画を生み出す 映画監督たちでした。

壮大な西部劇で大衆を魅了し

映画の詩人と称された
ジョン・フォードや…。

3度も
アカデミー監督賞に輝いた

コメディの天才
フランク・キャプラが

ハリウッドを
引っ張りました。

きれいな脚…。

そんな中
1941年に封切られた一本の映画が

全米に衝撃を与えます。

それは…

新聞王の波乱万丈の人生を描いた
長編映画。

アメリカ映画協会が選ぶ
偉大な映画第1位にさん然と輝く

ハリウッド史上最高傑作といわれる
作品です。

監督したのは 主演も務めた この人物。

オーソン・ウェルズ 弱冠25歳。

ホホホホ… 老けてる。

もとは
演劇やラジオで活動していた演出家で

これが なんと
映画監督デビュー作でした。

いわば 映画の素人だったウェルズ。

自ら照明のセッティングを買って出るも
これが メチャクチャで

スタッフ一同大慌て!
という一幕もありました。

しかし そんな 素人だったからこそ
その演出は

ハリウッドの常識を塗り替えるものに
なったのです。

まず 観客を驚かせたのは

これまでにない
複雑なストーリー構成でした。

映画は いきなり 主人公の新聞王が
生涯を閉じる場面から始まります。

そして物語は
彼が最期に残した言葉の謎を巡り

過去と現在を行ったり来たり。

当時としては革新的な構成でした。

更に画期的だったのが…

屋内と屋外を滑らかにつなぐ
移動ショットや…。

まるで現在のドローンのような

クレーンカメラの長回しといった
斬新な映像で

人々の度肝を抜きました。

その中で ウェルズが特にこだわったのは
極端なまでのローアングル。

重要なシーンで繰り返し使われ

映画に迫力を加える効果を
生んでいるのですが…。

ここで問題!

実は こうしたローアングルショット

当時のハリウッドでは
非常に撮るのが難しいとされていました。

えっ 下から撮るだけじゃないの?
と思うかもしれませんが

一体なぜか 分かりますか?

この番組でも いつも
私たちの目の前にある このカメラですね。

今ご覧いただいている…

あの…

本当のこと言うと。
どう大変ですか? やっぱり…

カズレーザーさんは なぜだと。

今 思いついたんですね。
天井が…

だけど 一回 俺が大島さんの

「戦場のメリークリスマス」
出る時に

下から撮りたいって言うんだけど
カメラマンや何かで…

で こうやって…

熱いとこだから…

で 俺がひと言…

え~!
もう大笑いしたことあった。

そうだよって。 デビッド・ボウイを
ここに置きゃいいんだなんて。

何だよ それと思って。

その時カメラは回っていた!

それは 当時の
一般的な撮影セットを見れば分かります。

何か気付きませんか?

そう…

当時のセットは照明を遮らないよう
天井がないのが常識。

そのため ローアングルを撮ると
照明が映り込んでしまったのです。

しかし そんな常識にとらわれない
ウェルズの むちゃな要望に応えるため

撮影監督は
ある秘策を提案しました。

それが分かるのが この場面。

あれ? 天井がある?

でも これ ただの天井じゃ ないんです。

気付きましたか!?

ほら 今 ふわっとしましたよね!?

分かんないですって?
それじゃあ特別に もう一回。

ほら!

光を通す特殊な布で天井を作り
巧みに照明を隠したのです。

だいぶ ローアングル。

こうして撮られた
常識破りのローアングルショットは

「市民ケーン」の代名詞とも言える
映像となったのです。

ウェルズに映画製作の経験が
なかったからこそ生まれた革新でした。

ウェルズの繰り出す
斬新な演出の数々には

目の肥えた批評家たちからも
絶賛の嵐!

新人監督 ウェルズは ハリウッドを
更なる高みへと導いたのでした。

…が! 実は 素人ならではの

とんでもない失態も
犯してしまっていたのです!

この「市民ケーン」
ある超大物の半生を

本人に無許可で
映画化したものだったのです。

その人物の実際の映像が こちら。

全米のメディアに絶大な影響力を持つ
業界の大御所でした。

どれくらい すごい人かと言うと…。

これは ハースト城と呼ばれていた
彼の自宅の映像。

広大な敷地には…。

動物園付きの大豪邸に住むほどの
とんでもない権力者だったのです。

無許可でモデルにされた映画に対し
ハーストは上映妨害などの

熾烈なネガティブキャンペーンを
展開しました。

「市民ケーン」は
批評家からの絶賛の嵐にもかかわらず

上映館が なかなか見つからず

興行は
さんざんな結果に終わったのでした。

すっごい若い時に多分1回
2回ぐらい見てるんですけど 何か…

今まであったルールみたいなの 別に
あんまり関係なく…

そんな撮り方はできませんって。

いや あんたの仲間に笑われるからって…

でも たけしさんも キタノブルーとか
あえて その 何て言うんですか

動かさずに撮るカメラワークっていう
独自の技法を…。

あれは もう…

あの看板 取ってくれっていうのも
言えないんだよね。

黒澤さんだったら
あれ取れっつって取っちゃう。

明くる日 新しい看板つけてやるほどの
いいうちにしてくれるけど。

入っちゃうしね。 で 困ったね。

だから もう…

逃げていった時に…

続いては こちら!

アメリカのセックスシンボル…

ミュージカル映画の伝説…

こちらは…

ハリウッドといえば
やっぱり 華やかなスター!

初主演作「ローマの休日」では
圧倒的な美しさを発揮しました。

これは 「ローマの休日」の
貴重なスクリーンテスト。

ヘップバーンが
いろんな衣装を試しています。

きれいですね~。

しかし 彼女のような…

実は ハリウッドには
スターを大量生産する

システムがあったのです。

これは 大手映画会社による
若手俳優の育成の様子。

映画会社は 未来のスター候補を発掘して
専属契約を結び

会社の看板になるように
育てていたのです。

演技の指導も 厳しく行います。

全ては…

晴れて デビューを飾ったあとも

出演作や イメージ作りまで
映画会社が細かく管理。

スターは 映画会社にとって

莫大な利益を生む商品だったのです。

こうした
スターシステムの申し子の一人が…。

代表作は「オズの魔法使」。

その可憐な歌声と演技で
一世をふうびしました。

映画会社が彼女と契約したのは 13歳の時。

「近所の女の子」というキャッチコピーで
親しみやすさを前面に押し出しました。

同年代の男の子の子役と
コンビを組ませたり…。

子供に親しみを持ってもらうために
着せ替え人形を販売したり。

それもこれも ジュディを唯一無二の
スーパースターにするためでしたが…。

ここで問題!

こうしたイメージ戦略の一つとして

会社は ジュディの誕生日を利用した
あることをたくらみます。

ちょっと やり過ぎなんじゃないの?
と思ってしまうようなことですが

それは一体何でしょう?

大人がたくらんだイメージアップ。 え?

ちゃんと… 捨て子だったとか。
ああ なるほど。

そういう拾われた子で施設にいたとか…

ジュディ・ガーランドの
イメージアップのために

映画会社が 彼女の誕生日を利用して
たくらんだこととは?

その時カメラは回っていた!

誕生日パーティーのニュース。

ジュディが友達と楽しい時間を
過ごしているように見えますが

ここにしっかり 会社の思惑がありました。

この青年が後に驚きの証言をします。

え!? 指示されていた?

証言した男性も含め

登場人物は皆 仕込まれた役者。

感じ悪いよね。

こうして 近所の女の子という
イメージを強調する

ニセの誕生日パーティーが
ニュースとして公開されたのでした。

キスの相手も 恋人ではなく
ジュディと一緒に売り出されていた俳優。

よく見ると…。

キスする直前
カメラ位置をしっかり確認してから…

ブチュ~。

ジュディさん お疲れさまです。

そうですね。
日本でも。

誤差の範囲ですか。
それよりはいいじゃねえかって。

たけしさんって何か
ご自身のイメージ戦略ってありますか。

でも俺は 何かの言葉の間に
ばかやろうって入るんだよね。

だからね ばかやろうって…

これは
1940年のアカデミー賞授賞式の様子。

あっ 「風と共に去りぬ」の
ビビアン・リーです。

ハリウッド屈指の美貌とうたわれました。

こちらは理想のアメリカ人と称賛された
ジェームス・スチュアート。

スターシステムのおかげで
栄光を手にした俳優たちでしたが

次第に 会社の言いなりであることに
疑問を持つ人も出てきます。

その一人が スターの中のスター
マリリン・モンローでした。

金髪セクシー美女という
あまりにも定着したイメージの裏で

彼女が本当に目指したかったのは
演技派の女優だったのです。

しかし 会社が押しつけるのは
お色気役ばかり。

すると モンローは…

会社との契約を解除し
29歳にして演技学校に通い始めたのです。

当時を振り返る
貴重な音声と写真が残っていました。

一から演技を学び直したモンローは
ハリウッドに復帰します。

満を持して
スクリーンに戻ってきたモンロー。

復帰第1作の「バス停留所」では

田舎の売れない歌手を演じ切り
批評家から絶賛を浴びました。

(悲鳴)

次の「王子と踊子」は

なんと
モンロー自身が立ち上げた会社で製作。

演劇の本場 イギリスでの撮影を敢行し

名だたる俳優たちに
引けを取らない熱演を見せます。

復帰後のモンローは
常に演技学校の先生を現場に帯同。

よりよい演技を目指し
撮影中に度々意見を仰いでいました。

そうした努力が実り

復帰後3作目の「お熱いのがお好き」では
ゴールデングローブ賞を受賞します。

その演技力を
ハリウッドに認めさせたのです。

時を同じくして
スターシステムに頼らず

個性と演技力で
スクリーンに挑む俳優が続々と現れます。

ありとあらゆる役を演じ分け
カメレオン俳優とたたえられた…

反抗する若者の繊細な心を
リアルに演じた

ジェームス・ディーンらが
銀幕を飾りました。

こうして
スターシステムは過去のものとなり

俳優たちが個性あふれる演技を競い合う

ハリウッドの新たな時代が
始まったのです。

もう資本が
大資本が力を持ったところから。

でも それは スターが
生まれたからこそだと思うんですよね。

たけしさん ちなみにご自身の映画で
キャスティングを考える時に

キャストの俳優さんに求めることって
どんなことですか。

シンプル。
なるほど。

そん時は知らなかったんだ。

(笑い声)
よかった。

何せ文句言わないですよ
俺。

全部やりますね。

最後に たけしさん
たけしさんが今後 映画監督として

絶対に撮りたいっていうもの
今 何かありますか。

そういう質問をね
よく海外で聞かれるんだよ。

次回作が最高傑作。
次回作を楽しみに。

また次回 お会いしましょ~!