徹子の部屋 南杏子[解][字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

徹子の部屋 南杏子[解][字]

~話題の人!“いのちの停車場”原作者は主婦を経て医師に~南杏子さんが今日のゲストです。

◇ゲスト
ロングラン上映を続け話題の映画『いのちの停車場』の原作者、南杏子さんがゲスト。
◇番組内容
作家でありながら内科医として活動をしているが、なんと医学部を受験したのは娘が生まれてから!33歳で医学部に入り、38歳で医師になった南さん。そんな彼女を一番に支えたのは新聞記者である夫。医学部受験も、夫が発見したある新聞記事がきっかけだった。また『いのちの停車場』では自らも映画に出演。医師役の吉永小百合さんと共演した際のエピソードは…。そして、終末期医療の現場で働く上での大変な思いなどを激白する。
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
 http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/

ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)

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(黒柳)この右の吉永小百合さんと

一緒に立ってらっしゃる

左側の マスクしてらっしゃる方が

今日のお客様です。

お医者様でいらっしゃって
作家としても ご活躍の

南杏子さん。
どうぞ こちらにおいでください。

まあ 母親になってから
医学部を目指した

すごい方なんです。
どうぞ お座りくださいませ。

どうも。
よくいらしてくださいました。

よろしくお願いします。
素敵なお洋服。

それ 墨で描いた
お洋服ですか?

そうですね。 いつも白衣なんで

ちょっと 墨で
オシャレにしてみました。

本当。 ご自分で
お描きになったわけじゃない…?

違います。
あっ そうか。

いつも白衣でいらっしゃる…
お医者様ですからね。

映画『いのちの停車場』の
原作者で

そして
内科医でいらっしゃいます。

『いのちの停車場』
拝見しました 私。

ありがとうございます。

ちょっと 略歴を
ご紹介させていただきます。

日本女子大をご卒業になりまして
25歳でご結婚。

ご主人の勤務でイギリスに滞在。

その滞在中に

31歳で お嬢さんを
お産みになりました。

そして 日本に帰国後
33歳で医学部に入学。

東海大学医学部。

で 育児の傍ら 勉学にいそしみ

卒業式では総代をなさった。
すごいですね。

38歳で内科医。

55歳で作家デビュー。

今は 老年期医療の現場に
立ってらっしゃるという

大変
お忙しい方でいらっしゃいます。

あら 素敵な写真が出てますけど。

まあ 人生には
たくさんの転機があって

中でも 小説の映画化には
驚いたんですって?

いやあ もう…。

本当に 考えもしませんでした。
驚きました。

こんな事が人生にあるんだなと。

医師をする傍ら
小説を書いていたんですけれども

それが映画になると。

しかも 吉永小百合さんが
演じてくださるっていうと

小説を 吉永小百合さんが

手に取っていただいた
っていうだけでも

もう 感激ですのに

まさか 演じていただけるって
もう 本当に あの…

ちょっと こう
背筋が伸びるといいますか

大丈夫なんだろうかって もう…
驚きました。

ちょっと
映画の予告編がありますので

『いのちの停車場』の。
ちょっとご覧ください。

(中川朋子)「私 あと どれぐらい
生きられますか?」

「(シャッター音)」

(白石咲和子)「永遠に」

(宮嶋一義)「懐かしい
思い出ばかりがよみがえってきて」

(寺田智恵子)
「一日中ベッドに寝て

食事だけしとるのは
生きてる事じゃないわ」

(仙川 徹)「納得のいく治療を
して差し上げてください」

♬~

(若林祐子)「病院に
見捨てられたんですよね」

「そんなの
ひどすぎるじゃありませんか!」

まあ いろんな場面にね

お立ち会いになったんだと
思いますけども。

吉永さん 随分 長い事

女優さんやってるけど
お医者様 おやりになったの

初めてとか
おっしゃってませんでしたっけ?

はい 意外でしたけれども…。
ええ。

この時 あの…
左側に立ってらっしゃる

マスクしてらっしゃる方が
今日のお客様です。

で これは 現場で

吉永さんに いろいろ
メスの持ち方とか

そういうのをおっしゃりながら
お撮りになった?

メスを渡す役を
させていただきました。

女優の仕事は面白いですか?

フフフ…!
もう 倒れそうになりました。

フフフ… そうですか。

吉永さんが執刀医

それで あなたは
看護師さんでいらっしゃって

メスをお渡しになる。
はい。

どんな感じでしたか?

ちょっと 夢のような感じで こう

多分 人心地ついてもいない
というか

なんていいますか あの…

舞い上がっていたんだと
思うんですね。

それで… NGを
でも 出してしまった時に

ハッと我に返りまして

もう この場から
消えてしまいたいと…。

どういうところで
NGをお出しになったんですか?

ものすごく
せりふを邪魔してしまうほどの

物音を立ててしまいまして…
はさみを落として。

吉永さんが 長いせりふを
おっしゃってる時に

なんか はさみかなんかを
ガチャンって?

金属のワゴンの上で

こう いろいろ 物を出したり
操作するんですけども

その上に ちょっと手が滑って
落ちてしまったんです。

そういう時って 静かにして
せりふ おっしゃってる時だから

はさみなんか
落っことそうものなら

すごい音がしますよね?
そうなんです もう…!

取り返しのつかない音。
取り返しのつかない事

してしまいました。
ハハハハ…!

あそこの あの…
右端に立っているのが私です。

右端に立ってらっしゃる方が?
はい そうです。

ちょっと 背中向けてますが…
はい ほとんど マスクで。

なんか
用事してらっしゃるっていう事…。

渡しているところです。
ふーん…。

吉永さんは いかがでした?
お医者様として。

しっかりしているところですとか

なんでも こう あの…
チャレンジするとか

そういったところは あの…
私が小説へ書いた

咲和子さんっていう医師像に
ピッタリでしたし

よかったんですが
ただ 映画を拝見しまして

それにプラスして
慈悲の心があるというか

すごく 慈愛にあふれた雰囲気が
それにプラスされていて

あっ やっぱり あの…
すごいなって。

映画になって 咲和子像が
更に大きくなったっていう事で…。

そうですね。 場面場面しか
ご覧になってないとね

通して ご覧になった時に

吉永さん…
役を作ってらっしゃるので。

『いのちの停車場』。
はい。

ご自分が終末医療の現場で
体験した事から

執筆なすったような
ご本ですよね。

私も拝見しましたけれど。
はい。

終末医療の現場っていうのは
どういう事が大切なんですか?

勤務しているのは
89歳が平均年齢の病院ですので

ほとんどの方が90歳前後と
なっているんですけれども

病院で亡くなる方が
ほとんどなんです。

そこで ご家族っていうのも

70前後で
いらっしゃるんですけれども

それでも あの… 面談をしますと

「まさか 自分の親が
死ぬとは思わなかった」と

おっしゃるんですね。
で それで

すごく苦しまれて
いらっしゃったりですとか。

患者さんを診るのは
もちろんなんですけれども

ご家族に対しても
きちんと説明をして

これ以上 治療を続けても
もう戻ってこない時が

いつか くるんですけれども
人間ですから

必ず 最期っていうのは
あるんですが。

その手前の辺りにいて
ものすごく苦しんでいらっしゃる

ご家族にも あの…。

我々は医療者なので
ご家族よりも 一歩先に

どんな風になるかっていうのが
わかってくるんですね。

そこのところを
丁寧に ご説明して

最後は よかったっていう風に…
大往生だったねっていう。

そういう あの…
いい最期だったっていうのを

納得していただけるような
治療をいたしますし

ケアをいたしますし

説明もさせていただこうと
そこの辺を注意しております。

大変なお仕事ですね でもね。
はい。

やり甲斐はあります はい。

でも 吉永さんも
お母様をみとった体験

話してくださいました。
ちょっと ビデオ

見ていただいていいですか?
はい。

「お母様は 90歳で
お亡くなりになったそうですけど」

「がんだっていう事が
わかったんですけど

本人は “絶対に
治療したくない"と」

「90歳の誕生日に
みんなで集まって

シャンソンをフランス語で
歌ったりして

上機嫌で
いたんですけど

それから
2カ月ぐらいして

ちょっと やっぱり
具合が悪くなってきて」

「最後は “じゃあ
病院に入るわ"って

言ってくれて 病院に入って

2週間ぐらいで あの…

“お父様が待ってるから"
って言って

それで 他界したんですけども」
「そうですか」

「でも 入院なすって お母様が…
注文があって」

「はい。 お刺し身を
持っていったんですね

夕ごはんの時に。 そしたら
“熱燗ないの?"って言われて」

「ええー? と思って
どうしようと思ったんですけど

近くで… ありますでしょ?
ちょっと あの 自動…」

「自動販売機」
「自販機でね。 そこで

こういうの持っていって
飲ませたら

“うわあ おいしい!"って言って

それが 亡くなる6日前だったと
思うんですけど」

「あっ そうなの…」
「まあ とても喜んで

満足して 逝きました」

すごいですよね。
本当ですね。

あの… お酒っていうのは
やっぱりね

飲ませて むせたりしては
いけないんじゃないかとか

すごく心配になるような…
なんですけれども。

本当に その方が
何を望んでいるかっていう事を

こう 素直に受け止めて

そして 望んでらっしゃる事を
するっていうのは

実は 本当に 終末期医療で

日々 すごく大事だなっていう風に
私が感じている事です。

そうですね。 あの場は せっかく
お母様が お刺し身があったら…

一杯ね あったらって
お思いになったんでしょうから。

それは本当に
よかった事だなと思います…。

でも お医者様として

その終末医療の現場を志す
きっかけになったのは

大学時代に…?
そうですね。

私の原体験といいますか

大学の時に 名古屋から東京に…

祖父母の所にまいりまして。
そこから下宿して

大学に通っていいっていう事に
なったので。

行ってみて驚いたんですけれども

脳梗塞で
ほぼ寝たきりだった祖父を

祖母1人が
介護していた状態のところに

私が行ったんですね。
ええ。

普段は
冬休みとか夏休みに行って

たくさん親戚が集まりますから

それほど祖父の介護は大変だとは
思っていなかったんですけれども

行ってみたら
祖母1人で 孤軍奮闘で

朝から晩までって
やっていましたので

そこで もう
手伝わざるを得ませんし。

そうすると 祖母の大変さも
間近で見ましたし

なんていうか
そこに巻き込まれるような形で

私も 日々 大学に行って あとは

もう 介護の事で
頭がいっぱいっていう

そんな日々がありました。
そうですか。

じゃあ そこで 本当に
終末医療っていうものを

まあ
ご経験になったっていうか…。

そうですね
18歳から21歳までの間

終末の医療の在り方って 本当に

往診の先生を頼むのが
もう精いっぱいで。

その頃 まだ あの…

介護保険制度が
なかったものですから

それで 介護っていう その事が

世間にも それほど
知られていない事でしたので

おうちの中の事で
頑張っていかなきゃと思って

頑張ってました。
そうですか。

でも お若い時に
そういう経験なすった事がね

やっぱり のちに
役に立つっていうと変ですけど。

おっしゃるとおりですね もう…

本当に いい勉強を
させてもらったと思いますし…。

ご主人は 大学時代のお仲間?
はい。

大学は違ったんですけど

サークルで一緒に活動してました。

どういうところがよかったの?
そうですね あの…

サークル活動をする中で こう

いろいろ 雑談とかも
するんですけれども…。

もう 祖父は
亡くなっていたんですけれども

その 介護の時の事が
大変だったのよっていう話を

ちょっと こう ポロポロと

私も 多分 いろんな人に
していたんだと思うんですね。

その時に 夫が

「それは社会問題だ」っていう風に
言ってくれたんです。

だけど 別な友達は

「いや それは家庭の事だし
家庭の問題だよ」とか

まあ そういう事で…
私 そっちのけで

夫と その友達とで
議論になってたぐらいで。

それを聞きながら

そういう風に
考えてくれる人がいるんだと。

広い心とか そういうところを
好きになりまして

それで お付き合いが始まって
2年後に結婚しました。

よかった いい方でね。
はい。

今も それは変わらないですか?
そうですね はい。

じゃあ 今 両方 お医者様と作家と
両方やっていらっしゃるのも

協力的?
すごく協力的です。

そうですか。

20代後半で
新聞記者のご主人の転勤で

イギリスへ
いらっしゃいましたよね?

はい。
イギリスの生活は どうでしたか?

イギリスの中部のハル
っていう町で

のんびりとした生活を
していたんですけれども

そこで 私も 勉強…
アロマセラピーの勉強をしたり。

これは 旅なすった時?
そうです。 ストーンヘンジを…。

いいですね こういうものも
割と近くに見られてね。

はい そうですね。
ちょうど 育児休暇を使って。

夫は 3年間いたんですけど

私は その途中の1年間だけを
イギリスで一緒に暮らしました。

でも イギリスで お産みに
なったんですってね 赤ちゃん。

イギリスで産んで
そこで 子育てをするっていう

すごく楽しい経験を
させてもらいました。

でも この
ストーンヘンジなんていうもの

そばへ行ってみると
面白いですよね やっぱりね。

面白いです あの…。
なんか ああいうものと自然と。

どうなっているんだろう
っていうね そういう考えが…。

でも イギリスにいらした時には
随分 年配の方でも 大学行って

勉強するっていう事に
感動なさった?

そうなんですね。
もう 30歳 40歳でも

普通に
大学生になってらっしゃって

一から勉強されている方を
たくさん目にしまして。

いつでも
勉強し直していいんだとか

そういった気持ち…
カルチャーショックを感じました。

ご主人が探してくださった
なんか

社会人になってからの
学士入学っていうのがあるって。

はい そうなんです。 イギリスから
日本に帰国するという 少し前に

夫が
新聞記者だったものですから

新聞を ずっと うちで取って
読んでいたんですけども

まあ 日本語のものっていうのが
その頃 少なかったので

丹念に目を通していて
私が体の事に興味があるとか

人体図鑑をボロボロになるまで
読んでいたとか

そういった事を
夫は聞いて知っていましたので

医学部に… 1回 大学を出た人が
勉強し直せる

学士入学っていう制度があるよ
っていう

そういう記事を見付けて。

しかも
ローンが長期組めるとか…。

すごい!
ハハハ… はい。

試験科目も
そんなに たくさんないとか

記事に書いてあったのを
教えてくれたんですね。

それ… はい。
いいご主人ですね でも。

はい。 これなら
いけるんじゃないかって言われて

ちょっと背中を押してもらって
受験をするっていう運びになって。

それで翌年…。
日本に お帰りになってから?

はい。 日本に帰って1年後に。

その時に… 向こうにいらした時に
赤ちゃんをお産みになったので

その時 お嬢さん もう これから
学校へ行こうっていう時には

3歳ぐらい?
えっと 2歳の時に入学しました。

2歳のお子さん おぶって…。

可愛い。
そうですね。

とにかく あの… 覚える事が
医学部時代も多くて

ひと回り以上年下の
学生さんたちと一緒になって

こう… 覚えるんですけど

やっぱり そこのところは
私には 結構 大変で…。

でも 勉強しなければいけないし
でも 娘と遊んであげたいし

ちょっと こう自分を責めるような
気持ちもあったりして

寂しい思いを
させてないかな? と。

なので 土日とか うちで…。
でも 一緒に勉強ね なさってると

ああいう写真ね 拝見すると
安心できますよね。

そうですね。
あの… 子どもって大したもので

皮膚病の図鑑を見て
それをスケッチしたりとか。

ハハハ…! そんな…。
はい 遊びを見付けて

楽しく過ごしてくれてました。
ああ 面白い。 そうですか。

小説家におなりになったのには

なんか
きっかけがありましたか?

娘が高校生になりまして

夫婦で時間ができましたので
カルチャーセンター巡りをして。

へえー!
武術を勉強したりとか

陶芸をやったり
コーラス行ったりしてたんですが

そのうちの1つが小説教室で

私 人生で初めて
カルチャーセンターで

小説を書きました。
あっ そう…。

いかがでした?
小説 お書きになって。

私自身は楽しいんですけれども

ただ なかなか
褒めてもらえなくて あの…

難しいものだなと思っていました。

お書きになった…
今度の映画になったのは

やっぱり お書きになって
しばらく経った…?

そうですね。
いろいろ書いてるうちに あの…

講師の… 小説家の先生に

「もっと切実で よく知ってる事を
書きなさい」って言われて。

それまで ファンタジーとか
夢みたいなものを

書いていたんですが
そうではなくて 割と現実に近く

こう 感じている事を中心に
書くようにしましたら

そしたら 褒めてもらえまして。

そしたら 私も ちょっと すごく
うれしくなっちゃって

そういった事を次々と書いて
そして 文学の新人賞に応募して

最終選考まで残った
っていう事が…。

そうですか。
それを あの… 見た講師の先生が

今の出版社の編集者に
紹介してくれまして

それから 何回も指導をもらって
赤を入れてもらって

小説を書くっていう
仕事が始まりました。

そうでいらしたんですか。

お子さんもいらっしゃって
小説も書いて

それで お医者様のお仕事の方も
勉強って…

全部 大変でしたよね?
はい 大変…。

でも あの… 私自身は好きな事を
次々とさせてもらって

本当に もう これは
周りの協力がないと

できなかった事だと
思うんですけれども。

娘も 小さい頃は
保育所に入れましたし

両親が… 私自身の両親が
隣に住んでいましたので。

それは よかったですね。
はい。

夫も現役の新聞記者でしたから

両親の助けがないと とても
やっていけなかったと思います。

もう 本当に あの…
環境が良かったおかげです。

ああ これ あれですかね?
あそこの 有名な…。

あっ はい シンガポールの…。

シンガポール! そうそう。

これ 遠くから見えますよね

向こうのホテルみたいなのが。

はい そうですね。

へえ…。
旅行みたいのもなさったり?

はい 旅行は好きで
いろんな所に行っております。

でもね やっぱり 随分

大変だったんだろうな
っていう風には思います。

図書館にも一緒に…
子どもさんと一緒にいらしたり

いろんな事を…。

勉強しなきゃいけないので
図書館に行くんですけど

娘は 夫が連れてきてくれて
絵本を向こうで選んでいたりして。

で 勉強が終わったら
一緒に3人で帰るとか

そんな生活をしてました。
でも 本当に協力が必要ですよね。

本当に…。
ご主人は 随分 いい方?

はい。 もう あの…

すごく協力的で 感謝感謝です。
本当にね。 そう思います。

あの小さかったお嬢さんも

今 医学の道に
進んでらっしゃって…?

そうなんです。 あの…

最初は 国際的なものを
目指していまして

開発学っていうのを
専攻していましたので

何か こう
外国に関係するような話を…。

仕事をするのかなという風に
思っていたんですけれども

よくよく…
もう 就職手前になって

自分の事を考えてみたら
子どもの事が好きだと。

保育士とか そういった
子どもと関わる仕事がしたいって

言うようになりまして

それで あの… 小児科医も
その候補の中にあったので

私と同じように
学士入学をいたしまして。

あっ そうですか。
はい。 医学部に入って…。

それは
ようございましたよね。

格好のいい お嬢さん。 フフフ…。

どういう時間に 南さんは
執筆していらっしゃるの?

そうですね
執筆時間っていうのは

まとまって取れるのは
土日と祝日なんですけれども

その他は 朝…
通勤の時に よく書いております。

電車の中とか そういうとこ…?
電車の中で… はい。

前の日に こう 寝てて
なんか ちょっと こう

朝 思い付く事とか
結構あるんですけれども

それを忘れないように
電車の中で ずっと

スマホでメールを書くように…。
スマホなんですね。

こういう感じで… はい。

ペンで書いたりすると
電車なんかで大変…

混んだりすると大変だけど

ポンポンッて
指で こうやるんだとね

確かに できるかもしれません。

ちょっと ある方から
メッセージをいただいております。

どうぞ ご覧ください。
はい。

嘘!
あっ! ハハハハ…!

「それを楽しんでやるという風に
いったらいいでしょうか」

「結婚して35年。
ですから それを

応援しよう 応援しなければと
思って やってきましたけれども

そうやって
生き甲斐を作ってくれたのは

むしろ彼女の方なんだなと
今 感じ入っています」

「それから…」

まあ なんて いい旦那様!

どう? いかがでした?

ねっ!

もう 本当に あの…。

いつも ちょっと こう
冗談めかして

いろんな応援をしてくれます。
すごいですよね でもね。

iPSの事が書いた新聞の事まで
おっしゃって

今晩のお夕食のおかずまで
おっしゃるご主人なんて

すごいですね。
どういう存在ですか? ご主人は。

いやあ もう 本当に
ビックリしました。

ビックリした?
ビックリなさった?

ありがたい存在です。
そうですよね。

でも 随分 いい方が
いらっしゃいましたよね。

そうですね。 あの… 私の勘に
間違いはなかったなと思いました。

ようございました
おめでとうございました。

最後に 今後の目標は
何か おありですか?

ああ… そうですね

医師であって 作家という
二足のわらじを履いて

これからも 小説を一作でも多く
書いていけるような

そんな日々が続けばいいな
という風に思っております。

終末期医療の事を
多くの方に知っていただいたので

そういった事を この映画でも
知っていただけて

そんなようなテーマで

引き続き 頑張っていきたいな
という風に思っております。

よろしくお願いいたします。
ありがとうございます。

どうも 本当に 今日は
お忙しい中 おいでいただいて…。

ありがとうございました。
ありがとうございました。

『徹子の部屋』は