徹子の部屋 庄野真代[解][字]…の番組内容解析まとめ

出典:EPGの番組情報

徹子の部屋 庄野真代[解][字]

~アクティブな66歳!娘のために“生前整理”を~庄野真代さんが今日のゲストです。

◇ゲスト
大ヒット曲『飛んでイスタンブール』で知られる庄野真代さんがゲスト。
◇番組内容
亡くなった母親の遺品整理を始めたことがきっかけで、その大変さを実感。2人の娘には決して同じような思いをさせたくないと、自身の生前整理をすることを決意した庄野さん。まず始めたことが、一軒家から一人暮らし用のマンションに引っ越し。荷物を処分するトラックを手配し、元の家をカラにして娘に明け渡すことを約束しているという。他にも、還暦で初めたチアリーディングの話や、地元で開催する「こども食堂」について語る。
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
 http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/

ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)

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  1. 子供
  2. 自分
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  5. 食堂
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  7. イスタンブール
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  9. 部屋
  10. 一緒
  11. 組紐
  12. 徹子
  13. 年前
  14. 可愛
  15. 先生
  16. 全部
  17. 駄目
  18. 滝野
  19. チア
  20. チア部

解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)

   ごあんない

解析用ソースを読めば、番組内容の簡易チェックくらいはできるかもしれませんが…、やはり番組の面白さは映像や音声がなければ味わえません。ためしに、人気のVOD(ビデオオンデマンド)サービスで、見逃し番組を探してみてはいかがでしょうか?

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ABEMA



♬~「飛んでイスタンブール」

♬~「光る砂漠でロール」

♬~「夜だけのパラダイス」

(黒柳)『徹子の部屋』が始まった
1976年にデビューなさいまして

今年で
45周年をお迎えになりました。

『徹子の部屋』と
全く同じなんですけども。

庄野真代さん。
歌手生活にとどまらず

チアダンスとか その他
色々ご活躍なんですけども

まずは 今も輝く あのヒット曲
『飛んでイスタンブール』

早速 歌って頂こうと思います。

じゃあ お願い致しましょう。
『飛んでイスタンブール』です。

♬~『飛んでイスタンブール』

♬~

♬~

♬~

(拍手)

どうぞ。 庄野真代さんです。

『飛んでイスタンブール』
まあ 懐かしいですね。

『ベストテン』も懐かしいし
あの頃が。

そうですね。 『ベストテン』の

「今週のスポットライト」
っていうところで

この曲 取り上げて頂いて
で 全国の皆さんに

知って頂く事になりまして
お世話になりました。

そのあと ずっと
お入りになってらしたもんね。

現在 はっきり申し上げて
66歳におなりだそうで

『徹子の部屋』と同じで
45周年 お迎えになりました。

精力的に歌手活動を今でも
お続けになっていらっしゃいます。

さて お話は全然違うんですけど

あなた なんか
手付かずになっていた事があって

それ お母様のものとかなんかで
大変だったんですって?

そうなんです。 母が亡くなって
20年になるんですけれども…。

もう20年?
はい。 で 母の荷物…。

あっ うちの母です。 はい。

大きな段ボールに
20箱ぐらい 大阪の実家から…

妹たちが ものを整理して
自分のいるものだけ 全部 取って

で 残りは全部 お姉ちゃんに
っていう事で

着払いで…。
着払いで?

ドーンと送られてきまして。

それで ずっと 私の
仕事部屋にしようと思ってた所に

詰まっていて。
20箱?

20箱。
で ずっと そのままになって…。

時々は開けて 着物とか…。

まあ 母は着物の着付けとか
組紐をやっていたので

着たい着物は そこから出してきて
着たりはしてたんですけどね。

でも ずっとそのままになってて

ついに
やっぱり 20年経ったし

なんとかしようって思って
箱を…。

あっ 母の組紐…。

開けてみて それで
さて どうしたものか。

これ 遺品整理って

大変なんだなって
思いながら…。

まあ ちょっと
Facebookなんかで

こんなに ものが いっぱい
あっちゃってっていったら

組紐に関しては

私の高校の同級生が連絡をくれて
「見たよ」って言って

「私 組紐やってるから
全部もらってあげる」って…。

本当に?
はい。 もう 段ボール4箱分。

こういう… 玉ですね 組紐。
すごいですね。

やってらっしゃる方にとってはね
これ 重要なんでしょうから。

そうなんです。
だから もう 多分ね 普通に

どこか リサイクルショップとか
持っていっても

誰も もらい手がないんだろうと
思うところを

同級生が もらってくれて

本当に よかった。
随分よかったですね それはね。

はい。
じゃあ その方も きっと 多分

その中から必要なものが
あったでしょうからね。

よかったです。 あと もうね
母は趣味が多くって

食器も たくさんあるし。

食器は ちょっと 今 家の前に

ご自由にお持ちください
っていう貼り紙をして

出しているところ
なんですけれども

それはそれは大変な作業で。

私は もし 自分のものを
いっぱい残しちゃったら

うちの娘たちが こんな
大変な思いをするんだと思って

すごい こう 一念発起して

じゃあ 荷物の整理しよう
って思って頑張ってます。

フフフフ…。 大変。

ご自身の整理を始めたんだ。

で お母様のやつの前の20箱も
そこに交ざってるわけでしょ?

そうです。 で 実は
私も ものをため込む派で

母に負けないくらい
たくさん ものがあって。

もう どんなものでも
取ってあって。

例えば コンサートなんかで

お花をもらった包み紙の紙が
すごい奇麗で

リボンも すごく奇麗で

そういうものを取ってあって
たまって たまってなんですよね。

で 色々考えて

私は なんで こんなに
部屋に ものがたまるのかって。

いや 私の動きと部屋の間取りが
合ってないのかもしれない

とかって思いだしまして。

これは 私が この家を出ようと
思ったんですね。

家出です。

それで 近くにマンションを借りて
自分が出て。

で 本当に必要なものだけ…
ベッドとか 冷蔵庫とか

そういうものを まず
引っ越し屋さんに運んでもらって。

それで 新しい所にいながら
「あっ スプーンがない」とか

「あっ あれがない」とかって言って
取りに帰っていて。

いつになったら 前の家が
奇麗になるのかも不安になってね。

で もう これは
プロに聞くしかないと思って

生前整理をやっている会社…。

あるんですか?
あるんです。

生前整理と遺品整理と一緒に
ダブルで。

で 相談してみたら
色々アドバイスを頂きまして

スケジュールも組んでくださって。

何日までには これをしましょう

何日までには
これをしましょうって。

で 捨てるものも8割 9割方
ちゃんと命は引き継がれますと。

リサイクル リユース
寄付 海外へ輸出

色んな方法で ちゃんと
資源としても生かされるので

「分別してください」
って言われたんです。

あっ 分別?
はい。

仕分けですね 仕分け。
仕分け。

大変。
まだ 頑張ってやってる最中で。

「生前整理は
これからブームになりますよ」

って言われまして
じゃあ トレンドなんだと思って。

先駆けなんだ 頑張ろうと思って
やってる最中です。

やってる最中。
はい。

でも もう トラックは
予約しちゃったんですって?

そうなんです。 まあ 自分を
追い込まなきゃいけないと思って

トラックを予約しまして。

さあ それまでに ものが…。

で 一軒家の方は
どうなったんですか?

奇麗にして 売りに出そうとかって
思ってたんですけど

うちの下の娘が「住みたいわ」
って言ってくれたので

あっ これで片付けなくていい
とかって思ったんですけど

いや 期日までには…
「トラックまでには

空っぽにしてください」
って言われて

それも すごく大変です。
それも大変だわね。

はい。
なんか叱られるんですよ 娘に。

いくつなの? お嬢様って。

40前です。
あっ そうですか。 でも そんな…。

「いらないでしょ?
これ いらないでしょ?」

「もう そんな
もの いっぱいあっても

使わないでしょ?
これは なんか理由があって

着なかった服でしょ?」とかって
色々 言いながら 叱られながら…。

可愛いわね 長女と次女と。

はい そうです。
そうですか。

でも あなたは3年前に
チアダンスチームを作って。

平均年齢60歳になりました。
そうですか。 可愛いわね。

3年前にチームを作ったんですね。
ええ。

で… これですね。 我がチーム。
あっ すごい。

平均年齢60歳です。
何回も言って…。

60歳。
60歳。 それで 3年前 63歳…。

あっ これ 私… 前の…
一番前 私です。

へそ出しの服も着るんです。
そうね。 すごいね。 へそ出しだわ

あなたはチームをまとめるだわ…。
部長です。

チア部の部長をやってまして。
きっかけは

私 高校生の時に
器械体操をやってたんですね。

あっ そうなの。
はい。

それで どこかのライブハウスの
オープン記念かなんかの時に

一緒のテーブルに座った人が
たまたま

「私も器械体操やってたの
高校の時」って。

「ええー。 でも チアって
やりたかったよね」って。

「じゃあ 作りましょうか チア部」
っていう事になって

ちょうど その時に
滝野文恵さんっていう方が

『85歳のチアリーダー』
っていう本を出されてて

それを読んだんです。
あっ これですね。

今 88歳になられてると思います。

で この方が63歳の時に
チアを始められたんですって。

ええー。
私が ちょうど その年

63歳だったので

63で始められた

この人にあやかって
やろうと思って。

これは本ですよね?
本です。 で この本は

滝野さんが50歳になってから
アメリカの大学に入られたり

63歳になってから
チア始められた色んな経緯が…

ヒストリーが書いてあって。

それで 今もお元気で
本当に運動してらっしゃるので

いやー 同じ年に始めるって
なんかの縁だなとかって思って。

で 始めたら
もっと縁がつながってまして。

滝野さんがチアを始めた時に
指導されていた方が

今 私たちが習いに行ってる

先生なんです。
ええー。 随分ですね それ。

滝野さんは指導者を探されて
青学のチア部に突入して

そこの学生さんに
教えてもらったんですって。

その学生さんが
プロの指導者になられて

今 習ってるんです。
先生なの? その方。

どのくらいお稽古なさるの?
月に。

今は ちょっと お休みばかり
していますけれども

月に1回 先生の所に
習いに行って

あと 月に2回か3回
自分たちでスタジオを借りて…

若者がいっぱいダンスしてる
スタジオなんですけど。

そこへ行って練習をしてます。

だから 月3回か4回は
練習してます。

手の振りって
ちょっと あります?

こういうふうにして
こういうふうにやって…。

ちょっとやってみて。
もう 基本は

手 出したり
引っ込めたりするだけで

必ず ここに戻って。

ああいうシャワシャワしたもの
持って?

持ってます。 ポンポン持ってます。
ポンポン持って。

若いチアリーディングの人たちは
跳び上がったり

組み体操みたいに
2段になったりしますね?

あれを先生に
やりたいって言ったら

「いや やめときましょう」
って言われて。

私たち よく 足 上げる
ラインダンスもやるんです。

あっ そうなの。
はい。

ラインダンスは
普通 高いほどいいんですけど

私たちは低くっていいから
そろってる事。

その方がいいですよ でも。
奇麗ですよね その方が。

そろってる事が大事。
同じ高さにね。

これからも ずっとチアリーダー
続けてやってらっしゃる?

そうです。 滝野さんが
88までやられているので

それぐらいまでは
やらないといけないと…。

そりゃそうですよね。
まだ 随分ありますもんね。

はい。 まだ ちょっとあります。
フフフフ…。

でも なんか
鉄棒だかなんかでやったら

あなた ドスンと落っこちた事が
あるんですって? なんか。

器械体操やってた時なんですけど。
高校生の時ですよ。

全ての器械から落ちまして。

そうですってね。
なんでも落ちるんですって?

段違い平行棒も顔から落ちたし
跳馬も頭から落ちたし

床運動の時に試合に出てて
いつも…

バク転は私 できなかったんです
練習の時。

でも 試合になったら
急にやる気になって

よし 今日は跳べると思って

跳んでみたら やっぱり駄目で
頭から落ちた…。

頭から落ちたの?
落ちました。

落ちなかったのは
平均台だけですね。

で もう それで母にね
「絶対 もうやるな」って言われて

辞めて…
体操を辞めて 音楽の道に。

あっ そうだったの。
はい。

だから 私 そんな運動神経は
よくなくって

ちょっとできると 頑張って

もうちょっと上手になろうかなと
思うだけです。

それはいいですよね。
でも 様々なボランティア

他の事も
やってらっしゃるでしょ?

そうですね。
NPOをやってましたので

音楽を通して社会貢献という事で
国内も色々やってましたけど

海外の子供たちに
日本で不要になった楽器を

ずっと送ってました。
16年間 続けてました。

そうですか。
で 送ってから現地にも行って

子供たちと一緒に
青空音楽教室をやって

みんなで合奏をね するって…。
なるほどね。

それから 4年前から
子ども食堂… 食堂?

そうなんです。 外ばかりに
目を向けていたんですけど

地域の子供たち対象に
ちょっとイベントをやったら

子供たちが
本当に楽しそうだったので

定期的にやらなきゃいけないなと
思って

4年前に子ども食堂を始めまして。

子ども食堂 しもきたキッチン
っていうんですけども

色んな子供たちが集まってきて。
うちの子ども食堂は

みんなで一緒に料理をする
っていうのが

なんか こう ひとつ
特徴の子ども食堂なんですね。

あっ そうなの。
で 野菜も育てたりしてて

外で。
可愛い。

で それで みんなで食べたり
楽しくしています。

ただ この1年は
コロナの事がありましたので

お弁当を作って配布する
という事が多くて

私も食堂のおばちゃんのような…

楽しんで
やっているんですけれどもね。

でも 60食ぐらいは作る?

お作りになる?
多い時は。 でも 20か…

20ちょっとぐらいですかね
通常は。

通常はね。
でも お弁当配布にしてから

親御さんたちからのオーダーが
すごく増えてしまって。

で 考えてみれば
お仕事帰りのお母さんが

慌てて 家 帰って
子供たち 叱りながら

パパパパッと ご飯作って 食べて
息つく暇もないじゃないですか。

で 「お弁当があったら助かるわ」
って言って

持っていってくださるんですよ。

そりゃよかったわね
そういう事もできて。

本当に よかったですね。
本当ね。

でも 子供たちに食育っていうのは
すごく大事でね。

今は季節感もなく 地域色もなく
食事 いつでもできますよね。

でも 夏には夏の野菜
冬には冬の野菜があるとか

各自で ひじきとか おからとか
色んな食文化を

皆さん 続けてきているのを
子供たちにも

伝えていかなきゃいけないな
っていうので

うちのメニューは渋いです。

色が開けた時 全部
渋いんですって? 茶色っぽい。

色は鮮やかに作っています。
あっ そうなの。

おいしそうには
作ってるんですけど

おからの… ポテトサラダ風だけど
おからのサラダだったり

ハンバーグなのに
豆腐や納豆が入っていたりとか

切り干し大根だったりとか
割と大人好みになりますけど…。

そうですか。 じゃあ 子供たちも
喜んで食べてるんならね。

そうなんです。 家だと食べない…

食べた事がない
っていうようなものを食べて

「おいしい おいしい」
って言ってくれます。

いいですよね。 おからだとか
ひじきだとか食べて

おいしい おいしい
って言うのはね。

本当に渋いなと思って。

おたくのお嬢さんたちも
お料理なさるんですって?

2人とも とても上手で。

で 今 下の娘は子ども食堂

一緒に手伝ってくれてるので。
あっ そうなの。

準備 私が「ああ 間に合わない」
とかって言ったら

来て チャチャ チャチャ
チャチャッと やってくれます。

あっ いいわね。
はい。

孫たちも 結構
渋いお料理 食べる…?

そうなんです。 ぬか漬け?
ぬか漬け。

ぬか漬け…
ぬかを洗い流さないで

ぬか付いてるまんまのぬか漬けの
お漬物が すごく好きだったり。

ええー。 孫って何人ぐらい?
孫 5人います。

相当だわ。 お嬢さん2人でしょ?
はい。

その2人から
生まれた子供たちが5人?

そうなんです。
ふーん。

可愛いでしょ?
うーん…。

あんまり こう
溺愛するタイプじゃないけど

やっぱり そうですね。

自分から生まれてきて
次に生まれたんだと思うと

すごく愛おしいですね。
そうですよね。

何歳から何歳ぐらいまで?
高校生から2歳まで。

あっ そう。
はい。

趣味が たくさんおありになって
アクティブに過ごしてらして

冬はスキーだとか。
はい そうですね。

今はスキーに はまってます
というか ずっとですが。

元々は親子スキースクール
っていうのから…

娘たちが小学生の時に。

それで なぜか
親だけが はまってしまって

で 毎年 行くようになり。

本当に 雪の上にいると
気持ちが清らかになって

ああー 大地の色んなものを
水蒸気が吸い上げて

天から奇麗にして
落ちてきた雪なんだなって思うと

そこの中を呼吸するだけでも
清らかになってきて。

今年はスキー検定の
1級を受けました。

あら すごい。
2級 受けたのが もう すごい前。

10年ぐらい前になるのかな。
その時に

60歳になったら1級を受けよう
って思っていたのに

ちっともできないまんま
66にもなってしまう…

6年 越えてしまって。
ここで受けないと

自分が廃るみたいな
そんな気になって

今年は頑張って受けました。

結果は駄目だったんですけど…。
あっ 駄目だったの。

駄目だったんですけど
受けるというのが目的だったので

ここの… チャレンジした私って
すばらしいって 自分で。

そうよね。 そうそう。
そう。 いいと思います。

でも ランニングにも
挑戦なすってるんですって?

はい。 ランニングはね 2011年
東日本大震災があった時に

色々 支援活動をしていて

みんな 頑張ってるなと
思った時に

私も何か自分で頑張るものを
やろうと思ったんですよ。

その時に たまたま
イスタンブールユーラシアマラソンに

出場しませんか?
っていう話が来まして。

それで
やった事なかったんだけれども

これは やっぱり…
私 何か頑張ろうと思ってた時に

そんな事 言われちゃうなんて…。
しかも イスタンブールでね。

そう。 イスタンブールで。
もう行くしかないと思って

走りに行きました。
15キロ 走ったら

日本人女性の その年代の人の中で
2位になっちゃったんです。

あら よかったじゃない。

それで なんだ 私って
いけるじゃんとかって思って

それから 走っていて。

そういうチャリティー系の
マラソンには よく出てます。

やっぱり それ よかったですよね。

よかったですね。
おやりになってみて。

はい。 で 必ず
ゴールっていうのには

到着するんだっていうのが…。
あっ なるほどね。

早いとか 遅いとか 関係なく
自分のスピードで

前へ前へ行けば
必ずゴールには到達するんだ

っていう気になりました。
そうですよね。

これからも そういう…
何? マラソン?

歌も私生活も それじゃあ
謳歌して どうぞ…。

はい 頑張ります。
お元気…。 今日は歌も歌って頂き

ありがとうございました。
徹子さんも お元気で。

どうも ありがとうございました。

『徹子の部屋』は